ヘリカルCTガイド下肺針生検の有効性に関する研究

 

指導教官 山川正信教授

人間生態学研究

  山口 道弘

 

第1章 緒言

 近年ヘリカルCTの普及とともに,肺野型腺癌の早期発見事例が増加している.経皮的に肺野の病巣を穿刺し,吸引生検する方法(transthoracic aspiration)は1883年にドイツのLEYDENによって初めて実施されたと報告されている1).当時は画像診断による病巣確認は不可能で,重篤な合併症が問題であった.1920年代,1930年代には経皮的針生検の技術的な改良や有用性に関する報告がされているが,癌細胞の拡散や空気塞栓などの合併症が問題となり,経皮的針生検は普及しなかった.1950年代には合併症を恐れる意見や報告もあった1),その後,1962年に開発された光源付の気管支鏡3)の進歩により経気管支鏡的肺生検が一般的な方法として定着した.その間1950年代初期に開発されたX線−TV透視撮影装置2)の応用によるX線透視下での経気管支鏡的肺生検が可能となった.

 1980年代に入ると,気管支内視鏡は急速に普及し,X線透視下で病巣を観察しながら検体採集を行う経気管支鏡的肺生検や病巣擦過細胞診が実施されるようになった.しかし,X線透視法では,微小陰影や淡明陰影を呈する病巣の画像確認が困難であった.このような問題点の解消法としてCTガイド下肺針生検が開発された.海外では1977年にHaaga JR3)によって実施され,また国内では,1989年に久保田ら4)が同法の有用性について報告している.CTガイド下肺針生検実施数の増加にともない,その診断精度と合併症に関する報告も国内,国外ともにみられるようになった5),6),CTガイド下肺針生検の画像の分解能と診断精度の関係,検査に伴う被曝線量や合併症などについての検討は行われていない.本研究では肺癌の早期発見,早期診断が有望視されているヘリカルCTガイド下肺針生検の@被曝線量,A病巣と生検器具との位置関係と合併症の確認を目的に用いられるX線画像の画質,B採取組織の病理診断精度,C検査に伴う合併症,D検査に要する医療費について従来から実施されてきた経気管支鏡的肺生検と比較検討し,その有効性と今後の課題を明らかにする.

第2章 検査時の被曝線量に関する検討

1.目的−本章では電離箱線量計を用いて経気管支鏡的肺針生検とヘリカルCTガイド下肺針生検の被曝線量を測定し比較検討を行った.

2.方法−経気管支鏡的肺生検を実施する時には,病巣と鋭匙鉗子の位置確認の目的でX線テレビによる透視と撮影が実施される.また,ヘリカルCTガイド下肺針生検では,X線CT撮影が用いられる.被曝測定はRadcal社製model 9015と旭メディカル社製の腹部アクリルファントム(30cmφ)を用いて行った.測定用電離箱は,ファントムの中心に挿入した.CTの被曝線量測定は胸部の精査目的に使用している全肺野を撮影するための標準CTの撮影条件(120kV,200mA,10mmX線ビーム幅,管球回転速度0.75sec/1 rotation)と,ヘリカルCTガイド下肺針生検時の撮影条件(120kV,50mA,2mmX線ビーム幅,管球回転速度0.75sec/1 rotation)の測定を行い,過去の文献との比較の重要性を考慮してCTDI法で評価した.X線テレビ装置の被曝線量は通常用いている条件(120kV,2.4mAで2分間透視し,4方向撮影を実施)での総合線量の測定を行った.また,CTのスキャン範囲を2種類(3cmと30cm)設定して積分線量を求め,X線テレビによる被曝線量との比較を積分線量で行った.

3.結果−CTDI法では標準CT0.237mGy/100mAs,ヘリカルCTガイド下肺針生検で0.027mGy/100mAsであった.積分線量はスキャン範囲3cmの場合,ヘリカルCTガイド下肺針生検は0.228mGy,標準CTが1.07mGyであった.また,スキャン範囲30cmではヘリカルCTガイド下肺針生検は6.84mGy(スキャン範囲30cmでCT撮影を3回施行した線量),標準CTが10.7mGy,経気管支鏡的肺生検は31.666mGy(照射野が30cm×30cmでの透視線量と撮影線量の合計線量)であった.

4.まとめ−経気管支鏡的肺生検時とへリカルCTガイド下肺針生検時の被曝線量を測定し比較検討を行った結果,1)ヘリカルCTガイド下肺針生検時,撮影施行回数の増加に伴い被曝線量の増加が予想され,これを減少させるためには,検査の技術精度を高くすることや,低線量で撮影できる多列検出器型CT装置を用いて検査を行うなどの工夫が必要であることが示唆された.

 

第3章 検査に用いるX線画像の画質評価に関する研究

1.目的−本章では,経気管支鏡的肺生検に用いるX線テレビ装置の画像とヘリカルCTガイド下肺針生検に用いるCT画像について,画像の分解能を比較し,その特徴を明らかにした.

2.方法−胸部の標準CTの画像,ヘリカルCTガイド下肺針生検時の画像,X線テレビ装置の画像の1)低コントラスト分解能,2)高コントラスト分解能,3)空間分解能,4)臨床画像について比較検討を行った.撮像条件はU章の実験の条件と同様である.画像の比較評価はCT撮影の経験年数3年以上の放射線技師5名で合議して判定を行った.

3.結果−低コントラスト分解能は標準CT画像がヘリカルCTガイド下肺針生検の画像より高かった.高コントラスト分解能は,標準CT画像,ヘリカルCTガイド下肺針生検の画像ともほぼ同じであった.経気管支鏡的肺生検の画像は,低コントラスト分解能と高コントラスト分解能が3群の中で最も高かった.空間分解能はヘリカルCTガイド下肺針生検の画像が標準CT画像より高い値となった.一方,経気管支鏡的肺生検の画像のMTF,低周波数領域においては3群の中で最も低い値となったが,逆に高周波数領域では,3群の中で最も高い値であった.臨床画像は,ヘリカルCTガイド下肺針生検の画像は,30症例すべての病巣の識別が可能で,経気管支鏡的肺生検の画像では,30症例中の23症例で識別が可能であった.

4.まとめ−X線テレビ装置の画像とヘリカルCTガイド下肺針生検に用いるCT画像について,画像の分解能を比較しその特徴を調べた結果,1)肺野の病変の分解能には高コントラスト分解能が最も大きく作用していた.2)臨床画像の比較ではへリカルCTガイド下肺針生検の画像の描出率は100%,経気管支鏡的肺生検の画像は77%で臨床画像の描出率が各検査の診断率に寄与していることが分かった.

 

第4章 経気管支鏡的肺生検とヘリカルCTガイド下肺針生検の診断精度に関する研究

1.目的−本章では経気管支鏡的肺生検とヘリカルCTガイド下肺針生検の診断精度を分析し,それぞれの特徴を明らかにした.

2.方法−大阪府下の呼吸器専門A病院にて,肺野孤立性陰影を呈する症例を対象に,経気管支鏡的肺生検が実施された症例315例(実施期間:199912月〜200012,対象者:男性200,女性115,年齢:16才−92,平均年齢:65才)と,ヘリカルCTガイド下肺針生検が実施された症例89例(実施期間:19986月〜200012,対象者:男性56,女性33,年齢:24才−85,平均年齢:62才)の診断率を求め,各検査法の診断精度について比較検討を行った.

3.結果−315例中,経気管支鏡的肺生検で診断できた症例は190例(60.3%),この方法で診断できず,他の方法で診断できた症例は26例(8.2%)であった.最終的に診断が確定し得た216例(190例+26例)に対する経気管支鏡的肺生検による診断率は88%190/216)となった.また,ヘリカルCTガイド下肺針生検の的中率は95%85/89)であったが,ヘリカルCTガイド下肺針生検で確定診断し得た症例は82例で診断率は96%82/85)であった.

4.まとめ−経気管支鏡的肺生検とヘリカルCTガイド下肺針生検の診断精度を比較した結果,1)診断精度は経気管支鏡的肺生検が88%,ヘリカルCTガイド下肺針生検が96%であった.2)ヘリカルCTガイド下肺針生検から確定診断が得られた野口分類のA,Bタイプは31%を占めており,経気管支鏡的肺生検では診断が困難な早期肺癌の確定診断を行う検査法として有用であった.

 

第5章  ヘリカルCTガイド下肺針生検施行時の合併症発症とその要因に関する研究

1.目的−本章では大阪府下の呼吸器専門A病院で実施されたヘリカルCTガイド下肺針生検の合併症の発生率および合併症の関連要因について検討を行った.

2.方法−19986月から200012月までにヘリカルCTガイド下肺針生検を実施し,検査者データベースに入力された全症例89例を対象とした.合併症の発生状況の分析に用いた対象者は男性56,女性33,年齢が24才−85才で平均年齢は62才であった.合併症とその関連要因との分析に用いたカテゴリーは性別,年齢,腫瘍径,穿刺点から腫瘍までの距離,被検者の穿刺時の体位,検査時間であった.合併症を単独の合併症と複数の合併症のカテゴリーに分けて各々の発生率を求めた.また合併症とその関連要因との解析を多重ロジスティック回帰分析を用いて行った.分析にはWindowsSPSS ver10.0を使用した.

3.結果−合併症としては,気胸,肺出血,胸痛以外認められなかった.合併症の発生率は,気胸のみが15例(17%,肺出血のみが15例(17%,胸痛のみが6例(7%,気胸と肺出血が6例(7%,気胸と胸痛が13例(15%,肺出血と胸痛が7例(8%,気胸と肺出血と胸痛が4例(4%)であった.気胸の発生率は合計43%chest tubeの挿入を必要とする重傷例が3例あった.肺出血の発生率は合計36%で止血剤を必要としたものが10例あった.また胸痛の発生率は合計34%で痛み止めを必要としたものが11例あった.多重ロジスティック検定による合併症と各要因との関連性の結果は肺出血と胸痛では,いずれの要因とも有意な関連はみられなかったが,気胸では,60以上の発生率は60歳未満の発生率より有意に高かった(p0.05.

4.まとめ−大阪府下の呼吸器専門A病院で実施された89例のヘリカルCTガイド下肺針生検を受けた患者について合併症の頻度や危険因子について分析した結果,1)合併症の発生率は気胸が43%,肺出血が36%,胸痛が34%であった.2)気胸の発症リスクは60才以上の患者で約4.7倍高かった.3)重篤な合併症はなく,発生した合併症(気胸や肺出血,穿刺痛)の予後は良好であった.

 

第6章 ヘリカルCTガイド下肺針生検のコストベネフィットに関する研究

1.目的−本章ではコストベネフィットの面からヘリカルCTガイド下肺針生検の有用性の検討を行った.

2.方法−経気管支鏡的肺生検,ヘリカルCTガイド下肺針生検,これらの方法で診断がつかなかった場合に実施される胸腔鏡手術および開胸手術を検査に要する医療費の比較対象とし,医療費の計算には平成1241日に改訂された医療保険点数算定基準を用いた.また,肺癌治療を目的として入院した患者の入院日数の比較は89例のヘリカルCTガイド下肺針生検実施者で原発性肺癌が確定し,腫瘍切除術が実施された37例(早期癌26,進行癌11例)を対象とし,入院期間の違いによる医療費の比較は肺切除術が実施された野口分類Aタイプ(TA期)1例と肺切除術と抗がん剤治療が実施された進行性肺癌(W期)1例を対象とした.2)解析方法−経気管支鏡的肺生検,ヘリカルCTガイド下肺針生検,胸腔鏡手術,開胸手術検査に要する医療費と入院期間の違いによる医療費は平成1241日に改訂された医療保険点数算定基準をもとに点数算定し,金額に換算して比較した.肺癌治療を目的として入院した患者の入院日数は腫瘍切除術が実施された37例(早期癌26,進行癌11例)の入院日数(検査・手術・治療目的の入院日数合計)を病期別に求めてMann-WhitneyU検定を行った.

3.結果−経気管支鏡的肺生検とヘリカルCTガイド下肺針生検の医療費はそれぞれ90,860,96,100円とほぼ同額であったが,胸腔鏡手術では1,311,290円(ヘリカルCTガイド下肺針生検の医療費の約14倍),開胸手術では1,437,260円(ヘリカルCTガイド下肺針生検の医療費の約15倍)の金額となった.入院期間の違いによる医療費は野口分類のAタイプ(1A期)と診断され,手術から退院に至った症例E(入院日数・34日)と,進行癌(4期)と診断され,手術から退院に至った症例D(入院日数・111日)の入院中に検査・治療・食費に要した総合医療保険点数を比較した結果は,Eが約15万点,Dが約25万点でDがEの1.64倍であった.肺癌の病期別に治療に要した平均入院日数は早期癌で57±23,進行癌で236±127日で,Mann-WhitneyU検定の結果,進行癌の入院日数は早期癌の場合より有意(p0.01)に長かった.

4.まとめ−コストベネフィットの面からヘリカルCTガイド下肺針生検の有用性について検討した結果,1)ヘリカルCTガイド下肺針生検で肺癌の確定診断がなされ腫瘍切除術が行われた早期癌は70%26/36)を占め,その中でも高い治癒率を有する野口のA,Bタイプは13例と早期癌の50%13/26)であった.2)早期癌の治療に要する入院日数は進行癌のそれより有意に短く,ヘリカルCTガイド下肺針生検の医療経済面におけるコストベネフィットが明らかとなった.

 

第7章 結論

 ヘリカルCTガイド下肺針生検の有効性に関する今回の研究から得られた重要な知見はその利点として,ヘリカルCTガイド下肺針生検が有する早期肺癌での高い診断率とコストベネフィット面での有用性であった.また欠点としてはヘリカルCTガイド下肺針生検で高発症率となる合併症の問題であった.気胸が発生する可能性が高い60才以上のCTガイド下肺針生検は特に慎重に行うことが肝要で,生検前の綿密なシミュレーション,検査補助具の改良などにより合併症のリスクを低くする工夫が必要である.またCTの高画質化は検査時間の短縮と診断精度の向上につながるので多列型検出器CTを用いたCTガイド下肺針生検の導入が望まれる.肺癌の早期診断,早期治療を可能にするためには経気管支鏡的肺生検の診断率を高めることと,CTガイド下肺針生検の適応症例に対して安全性に十分配慮して検査を実施することが大切である.

 

文献

1)Westcott J L: Percutaneous toransthoracic needle biopsy.Radiology,169;593-601,1988

2)安原弘:診療画像学T デジタル画像の基礎と臨床.日本放射線技師会, 113-114,1989

3)Haaga JR,Reich NE,Havrilla TR.et al:CT guided biopsy.Cleve Clin J Med, 44;27-33,1977

4)久保田恒,内村文昭,大竹修一,他:CTガイド下生検法-X線透視下生検法との比較-

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5)Sinner W. : Complications of percutaneous transthoracic needle aspiration biopsy. Acta         radiologica Diagnosis,17;813-826,1976

6)廣瀬敬,森清,町田優,:胸郭内病変に関するCT透視下経皮的針生検の検討.肺癌,       37;825-831,1997