「俳句有限説」について
あるものが無限には存在しない時、強調して
「高々有限である。」ということがあります
ある人が次のようにいいました。
「音楽は限られた音符の組み合わせなので、高々有限個しか存在しない。
いつか、全ての音楽が作り尽くされてしまったら、作曲家は困るだろう。」
いわゆる「音楽 有限説」などといわれるものです。
はたして有限かどうかは、少しあやしいところです。
そこで、もう少し有限性が分かりやすい、俳句の世界を考えてみましょう。
「俳句」はひらがなで 5 + 7 + 5 で書くことができるものであると限定します。
そうすれば、有限個しかない「ひらがな」の有限個の組み合わせである「俳句」
は「高々有限」個しか存在しないことは確かのようです。
『「ひらがな17個で書くことのできるもの」は高々有限個しか存在しない。
そのうち、日本語として意味をなすものは、そのわずかひとにぎりである。
いつか、全ての俳句が読み尽くされ、新しい俳句が作れなくなるだろう。」
この「俳句 有限説」について、ちょっと考えてみましょう。
日本語としての意味は無視して、「ひらがなの17個の組み合わせ」の数を
あくまでも計算上の数字のお話として考えることにしましょう。
まず「ひらがな」の個数ですが
濁音、半濁音をふくめて、73音です。
小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」「っ」は含みません。
同音の「ゐ」「ゑ」「を」ものぞいて70音としましょう。
すると「ひらがな」の(5+7+5)の組み合わせの数は
7017 であることがわかります。
この数は、どれくらいの有限なのでしょう。
次のどれと同じくらいの量なのかを考えてみましょう。
(まずは直感で答えてから計算をしましょう。)
(1) 一人の人間が一生の間に一秒に1句ずつ休まず読み続けた量。
(2) 日本人全体が平安時代から一秒に1句ずつ休まず読み続けた量
(3) 全人類が地球誕生から今まで一秒に1句ずつ休まず読み続けた量。
(4) 全人類が地球誕生から今まで一秒にノート数冊ずつ書き続けた量。
計算してみましょう。
(答え)
次回、「短歌世界一決定戦の謎」にせまる。