国語科各論研究紀要
表現愛を育む国語科学習の授業と評価の具体化
栗田稔生 島末智成
はじめに
本年度の研究は、各教科の本質に基づいた評価の具体化とともに、授業観の共有を考えていくことである。これは、各教科での評価規準や共創的実践力を発揮する子どもを育てていくことを学校教職員全体で共有して、1年生から6年生まで同じ評価観、授業観で子どもを育んでいこうとすることである。
そこで、本年度は、共創的実践力が育つために国語科の学習において、子どもたちの交流活動を積極的に取り入れていくことと、子どもたちの学習をどのように評価していくかということの2つに重点を置き、研究テーマを「表現愛を育む国語科学習の授業と評価の具体化」として研究を進めていった。
1.国語科が考える共創的実践力を発揮する子ども像とは
国語科では、「今ある自分そのものを、言葉を使った『話す』『聞く』『書く』『読む』活動を通して、他者とかかわり、さらに自分の内にある思いや考えを豊かに自分らしくしていこうとするとともに、人間関係をも豊かにしていこうとする」ことを国語科の本質として「表現愛」と定義している。
この表現愛と共創的実践力との共通点は、子どもたちが、友だちと関わって学習を進めていき、お互いを高め合っていくことだと考えられる。
2.表現愛に向かっていく子どもを育むための授業
(1)他者とのかかわりに関して
本年度は、表現愛を育むために、子どもたちが自分以外の他者と関わって学習を進めていき、お互いを高め合っていくことに重点をおいた。
つまり、言葉を使って、お互いを理解しあったり、学び合いを深めたりすることを大切にしていくということである。 その結果として自分の思いや考えが豊かになるだけでなく、相互の人間関係も豊かになっていくという表現愛が育まれていくことになると考えた。
そのためには、子ども同士が、お互いの表現のよさを認め合ったり、読みを深める場として、学習中の交流が必要になってくる。この交流活動を積極的に学習活動の中に取り入れていくことで、お互いの学び合いの場が保証され、子どもたちが他者と関わって学習を進めていくことに価値を感じていくのだと考える。
(2)交流の育ち
交流には、子どもの育ちによって、違いがあるはずである。
まず交流の育ちの違いを、言語を意識して使っていく技能と心情の育ちをもと
に、以下のように想定した。
○ 低 自分の思いや考えを言語を通して伝え合う 交流ができる。
○ 中 自分と友だちの考えの共通点や相違点を言 語を通して分かり合う交流ができる。
○ 高 自分のよさや他者のよさを認め合い、言語 でよりよい考えを生み出す交流ができる。
この子どもの育ちをもとに、「いつ」「だれと」「どんな」「なんのために」交流をしていくのかを加味し、多様な交流を構成することで、国語科がめざす、他者と関わって学習を進めていき、お互いを高め合っていく表現愛のある子どもが育まれていくと考えた。
(3)交流の形態
@いつ
まず、学習活動のなかで、いつ交流を行っていったらいいのかであるが、子どもの育ちの違いによって、交流を行う時期を変えたほうがよい。
例えば、高学年では、作文などを書き上げた後に交流の時間を設定することで、お互いのよさを認め合い、自分の作文がよりよいものとなるように加筆修正を加えていくようになる。しかし、低学年では、一度書き上がった作文を交流したとしても、自分の作文を加筆修正するということはなく、「友だちの作文もいいなぁ」と感じる程度だろう。そのために書き上がる前の段階での交流を行うことで、自分の作文へと生かしていく方が効果的である。
Aだれと
交流を行う時の相手も子どもの育ちによって違いがある。低学年では、自分の思いや考えを伝え合うという育ちを想定しているので、お互いの思いや願いをしっかりと受け止めてくれ、自分の考えを伝えやすい身近な先生や友だちから始まって、異学年の友だちや、自分の保護者などが中心となってくる。自分と友だちとの共通点や相違点がわかっていく中学年、自分のよさや他者のよさを認めあえる高学年と育っていくにつれ、交流を行う対象が広がって地域の人々や他校の児童との交流も可能になってくるだろう。
Bどんな
どんな交流を行うのかも、子どもの育ちによって違いがある。低学年では、自分の思いや考えを伝え合うという育ちを想定しているので、なるべく対話形式やお互いの作品を読み合うような小規模の交流にしたほうがよい。多人数の交流が可能になってくる高学年では、プレゼンテーションやディベートなど大規模な交流もできるようになってくる。
ただし、高学年であっても、学習内容によっては、多人数、大規模な交流を構成しないで、小規模な交流を構成したほうがよい場合もあるととらえている。
Cなんのために
単元の学習内容独自の目標が付け加えられると、単元の中で、なんのために交流を行うのかが明確になってくる。
例えば、5年生「環境問題のブックガイドを作ろう」の単元では、自分が作成したガイドブックをよりよいものに加筆修正するために、自分のよさや他者のよさを認め合い、よりよい考えを生み出していく交流を行うことにした。
3.表現愛に向かっていくための評価
(1)視点を明らかにして評価する
国語科の学習でどのように評価を行っていけばいいのかを、中心となる学習活動の評価と交流時の評価について考えた。
@中心となる学習活動への評価
学習活動に対して評価していくことに関して、昨年度までは、単元毎に「関心・意欲・態度」「話すこと」「聞くこと」「読むこと」「書くこと」の全ての目標を設定し、1時間の学習の中でも、同じように全ての目標を設定して学習を進めていた。しかし、反省として、全ての目標を評価することはできなかった。
そこで、本年度は、単元の目標としては、「関心・意欲・態度」「話すこと」「聞くこと」「読むこと」「書くこと」の全ての目標をたてることはしないことにした。心情に関わる「関心・意欲・態度」と、技能に関わるひとつかふたつの領域に重点をおきたい。つまり、子どもたちの「関心・意欲・態度」と「書くこと」なら「書くこと」に重点をおいて目標をたて、単元を「書くこと」を中心とした単元として設定し、子どもたちの活動を評価していくことにした。
そうすることで、子どもたちにとっても、単元のなかで何を学習したのかが明確になるし、指導者にとっても、4つの目標に沿って評価をしていくことに意識を置いてしまい、結果的に評価できなくなるというおそれがなくなると考えた。
A交流の評価
交流の評価に関しては、子どもたちの活動の様子を見ながら支援していくことが中心になる。交流中は、前時までの子どもの姿から、本時に広めていきたい考えをもっている子や、友だちの考えを参考にしていくと何かに気づくことができる子など、どの子に気をつけておけばいいのかを考えておき、子どもたちの交流をしているときの姿や、発言を評価することが中心となる。
さらに、交流後は、子どもたちが書いた作品、ワークシートの記述などからも子どもの交流時の様子を読みとっていくようにする。これは、交流を行っている際は、活発に声を挙げ、発表することはなくても、しっかりと友だちの意見を受け止め、自分の活動に生かそうとしている子もいるからである。
また、単元によっては、友だちの作品に対しての感想をしっかり発言できた子は、「話すこと・聞くこと」の評価に生かしたり、友だちの作品に賞賛やアドバイスを記述している場合には、「書くこと」の評価として生かしたりする場合もある。
(2)子どもの具体的な姿で評価する
学習活動を評価する際には、子どもたちの具体的な姿を想定していくようにした。これは、おおむね満足できる具体的な姿を想定して示していくことにより、学校の教職員が、評価の時に何をよりどころにしていけばいいのかを共有できるからである。
例えば、作文を書くことのなかで、表記に関わって、ある程度達成していて欲しい満足できる具体的な子どもの姿を、
まとめてみると以下のようになる。
○ 低 句読点やかぎかっこ、助詞が使え るようになる。
○ 中 句読点の使い方ができ、改行、段 落分けをして書いている。
○ 高 意識して段落分けができるように なり、慣用句を使えるようになる。
満足できる具体的な姿(表記)
このように、共通した作文を書くことだけを取り上げても、子どもたちの姿は子どもの育ちによって様々になってくる。そのため、それぞれの単元独自に現れる子どもたちの具体的な姿を、子どもの育ちに応じて少しでも多く想定することによって、指導者が変わったとしても、共有して評価していけると考えた。その具体的な姿を以下に述べる新しい年間指導計画の「主に評価すること」の欄に載せるようにした。
4.新しい年間指導計画
このような考え方のもと、新しい年間指導計画を作成し、その中でも、「主な評価」という項目を設け、重点的に指導して欲しい領域を示すことにした。また、その「主な評価」の項目の中には、昨年度想定した「言葉を意識して使っていく心情と技能の育ち」をもとに、評価して欲しい子どもたちの満足できる具体的な姿を想定し載せることにした。
そして、この国語科の基本的な考え方をもとにした年間指導計画を教職員全体で共有することで、評価観と授業観の共通理解を図っている。
おわりに
本年度は、交流活動と評価に関わって研究を進めてきた。
その中で、交流活動については、ただ交流を取り入れるだけではなく、育ちの違いに応じた交流活動を学習活動に取り入れていく必要性を提案できた。
また、学習の中心となる活動を重点的に評価していくことについては、子どもたちにとっても何を学習しているのかが明確になり、指導者にとっても、どんな姿をめざして学習を進めているのかが明確になるので、手応えを感じた。
しかし、手応えを感じるとともに、次のような課題も残った。
満足できる子どもたちの具体的な姿を想定していくことについては、1時間の学習に応じて、より細かく想定していく必要がある。単元の学習を深く分析し、どのような姿を満足できるとするのかを、育ちの違いも考慮しながら検討しなくてはいけない。それができてこそ、国語科の授業と評価というものを、より具体的に教職員全体で共有していくことができるだろう。
また、さらに国語科が提案できる子どもたちのよりよい学びの姿を考えていく必要がある。