◇平成14年度音楽科各論
音楽的感受力を育む授業と評価の具体化
 

はじめに
 私たちは、様々な音や音楽に囲まれて生活している。その音や音楽に働きかけ、音楽経験を積み重ねるほどに音楽経験が再構成されて、新たな音や音楽の感じ方・楽しみ方が形成され、そのことによって音や音楽の世界が広がっていく。またその中で、様々な音楽経験によって育ち、音や音楽を楽しむ際に私たちの内面で働くものを「音楽的感受力」とよび、音楽科の本質としてこれを育てていくことを目標として研究を進めてきた。そして、この本質に基づいたカリキュラムの作成と授業づくりに取り組んできた。(※1)このカリキュラムを実践し、音楽的感受力を育てることが音楽科における確かな学びを創り出していくことである。
 今年度は、評価を具体化するために、新しい学力観に基づいた音楽科学習における学力について明らかにし、その考え方から観点と規準を導きだし、評価の具体化を進めていくこととした。
1.音楽科で育てたい学力
(1)学力の考え方
 平成元年の学習指導要領の改訂から「新しい学力観」が提示され、一般的に、「児童・生徒一人ひとりの良さや可能性を生かし、自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの資質や能力を重視する考え方」とされている。また絶対評価の考え方も導入され、「新しい学力観」に立った学習の一層の充実が言われている。この背景には、学習観の変化が考えられる。この変化は大きくは、「行動心理学」〔刺激(教材)に対して正しい反応が結合されることで学習が成立するという考え方〕から、「認知心理学」〔表に現れない内的変化に重点を置き、学習者が外界からの刺激や情報を取捨選択して取り入れ、分類・変換したり、記憶したり、判断したりして自分の知識の体系(認知構造)の中に組み入れていく認知活動を重視する考え方〕へとシフトしていることが考えられる。(※2)
 このような学習理論の変化から、学力観も知識・理解・技能という見えやすい学力に加えて問題解決力や情意面など見えにくい学力も重視する学力観に変化してきたと言える。そこで「学力」の中身を、新しい学力観に立った音楽科の学力とは何かについて捉え直していきたい。
(2)学力の核となる音楽的感受力
 音楽をなぜ楽しいと感じるのか。それは、音楽を特徴付けている要素が何であるのかがわかり(知覚)、そこからどんな感じがするのかを認識(感受)する活動でそう感じるのである。例えば、「かっこうワルツ」を聴いたとする。その時に思わず身体が動き出してしまう衝動にかられるのは、「かっこうワルツ」を特徴付けている要素(例えば3拍子の拍子感)を知覚し、そのリズムが生み出す躍動感を感じる(感受する)からである。
 こういった音や音楽の構成要素や構造などの知覚、また音や音楽のもつ曲想、美しさを感じるという感受を音楽科で育てていきたい学力の核であると考えることとした。そして、本校ではこの学力を「音楽的感受力」として、音楽科でのめざす子ども像を、新たな音楽の感じ方・楽しみ方が生まれ、その子の音楽の世界が豊かになっていくことをめざして、「音楽的感受力を豊かに発揮し、よりよい表現を追究していく子ども」とする。図7−1は、このことを図式化したものである。


2.音や音楽を楽しむ子どもの評価の考え方
(1)音楽活動に取り組む子どもに働く学力のとらえ方
 前述の新しい学力観を一つの学習課程にのせて捉え直すと図7−2のようになる。(図は省略)
 必ずしも順序性があるわけでもなく、知識・技能の習得だけを目的としているとは考えないが、学習の入り口には、学習への関心・意欲が必要となり、これがあってはじめて目標となる指導内容の習得が可能となる。学習の途上では、思考・判断という能力が必要となり、集団の中で異なる考え方や判断を出し合い、個々の学習者が経験や認識を深めていくような場をつくるような授業の活動構成を考える。するとこのような活動の結果、知識や技能が習得されることとなる。(※3)
 このことを音楽の学習過程で捉え直すと、音楽科でいう思考力・判断力にあたるものは、かっこうワルツの例で述べたように、音楽をどのように知覚し、感受するかという音や音楽に対する知覚・感受ということであり、本校で大切にしてきた「音楽的感受力」は、音や音楽に対する知覚・感受に他ならない。
 本校では、この「音楽的感受力」(音や音楽に対する知覚・感受)を育むことを核にしながら、この力を育む授業と評価についての研究を進めていくこととした。
 また、音楽の学習活動には大きくは表現活動と鑑賞活動があるが、表現活動の学習の成果として身に付くのが表現の技能であり、鑑賞活動の学習の成果として身に付くなるのが鑑賞の能力であると考えた。これらはいずれも見えやすい学力である。しかし、決してこれらの見えやすい学力だけを育み、それだけを評価していくのではなく、情意面である@の関心・意欲・態度や、核となるAの音や音楽への感受・表現という、見えにくい学力も学力と捉え、図7−2で示した学力の層の相互の関連(例えば知覚感受したことが技能と結びついているのか等)を評価していくことをめざす。
(2)音楽科における評価の観点
 音楽科の評価の観点としては次の4つの観点を設定し、音楽科で育てたい学力と対応して以下のように考える。

 
@音楽への関心・意欲・態度 A音楽的な感受や表現の工夫
B表現の技能        C鑑賞の能力

 これら4つの観点の中でも、前述の学力の核である「音や音楽への知覚・感受」に対する評価であるA「音楽的な感受や表現の工夫」は評価の核となる。ここで、A音楽的な感受・表現の工夫とB表現の技能の観点の相違について述べたい。
 音楽科の評価を行うにあたっては、これまでも外に表現されたものを捉えて評価を行ってきた。その際には、どうしても、表現の技能というものが関わり、技能の高い子どもが良い評価を得る傾向にあり、技能が低い子どもは技能が高まらない限り評価がよくならないという傾向もあったのではないだろうか。しかし、技能のもとになる学力は、音や音楽への知覚・感受であり、その力こそ大きく評価したい。
 例えば、「アンサンブルを楽しもう」という題材で考えてみると、グループで木琴を担当し、練習しているA君は、その演奏が他の子とタイミングが合わずにいたとする。ここで、木琴の技能についての支援を第一に考える前に、A君がアンサンブルの演奏をどのようなイメージでどうしたいのかという「知覚と感受」に対して支援したい。これは、今の段階では木琴の技能の程度が不足していても、例えば「メロディーを軽やかに聴かせるために木琴ははずむようにしたい。」とか「ゆっくり演奏して秋の感じを出したい」など、どうしたいのかというA君の音に対する知覚や感受からくる表現の工夫が技能につながることが大切だからである。その強い思いがあるならば、表現を工夫することで音に対する知覚・感受と結びついた技能となって身に付いてくる。木琴がそつなく演奏できているかということよりも、音をどういう風に工夫したいのかという思いをもつことがまず大切なのである。この部分を評価するためには、そこに「表現の工夫」として、その時のA君の姿、発言、ワークシートや音の表現、ポートフォリオから継続して読みとることにする。技能は技能として別に評価することで、核としての「音楽的感受力」を評価できるのである。
 また、鑑賞の場面で働く「音楽的感受力」(知覚・感受)と「鑑賞の能力」について、サンサーンス作曲の「白鳥」の例で考えてみる。この曲は、チェロの独奏とピアノで演奏される。
「チェロが少し低い音でメロディーを演奏している。」というのは、チェロの音色と曲の旋律(構成要素)の知覚である。また、「ピアノが細かい音ををずっと演奏している。」というのもピアノの音色と旋律の知覚の部分である。その旋律が、「なめらかで流れるようなので、スケートで氷の上を滑っているようだ。」とか「白鳥が水面をすいすい泳いでいくようだ。」と感じたり、「ピアノが細かく分散して弾いているから、湖のさざ波のようだ。」と感じていくのが感受の部分である。このように知覚と感受は行われていく。
 では「鑑賞の能力」とは何であるかというと、自分が知覚・感受した要素を統合して自分の味わいとして人に伝えるための技能のことである。人は、感動したときにその感動を伝えて人と共有できたときその感動はまた大きくなる。共有するためには、知覚・感受していた構成要素を曲全体に統合して自分の味わいとし、人に伝える技能が必要だからである。先ほどの例で述べると、「ピアノの細かい和音が水面の波のようでそれにのって、チェロがなめらかに主題を奏でているから、白鳥が水面を泳いでいるような曲だと思う。」と人に伝えられてこそ自分の感動が人と共有できるのである。伝えるためには、音楽的感受力はもちろん音楽的語彙も音楽経験も必要になるであろう。「鑑賞の能力」はこういう力を育むことだということを見据えて、発達段階に応じた鑑賞の学習をする必要があるのである。低学年の子は、音楽的語彙も少なく言語発達も未熟であるが、例えば身体表現によって自分の感じた味わいを誰かに伝える工夫もできるであろう。
 このように音楽活動に対する子どもの「関心や意欲や態度」「表現の技能」「鑑賞の能力」は、音楽科で考える学力の核となる音楽的な知覚・感受(音楽的感受力)の高まりによって支えられているのである。
(3)評価の規準 
 評価の規準として、これまで研究してきたカリキュラムの題材ごとに規準をつけることとした。この規準は、その題材においてめざす子どもの姿である。(図7−3)
          図7−3 評価規準付き指導計画の例(省略)
 これに対する基準は、めざす姿に対してどれだけ実現できているかという絶対評価によって評価する。絶対評価の基準としては「おおむね満足できると判断される」ことが基準となる。(B)、その中でも「十分満足できると判断されるもの」(A)、「努力を要すると判断されるもの」(C)という評価をする。従ってはじめからABCと振り分けることではない。
 また、授業観、評価観を学校全体で共有するために、各段階の基準の設定は、それぞれの題材ごとに「具体的な評価規準」として子どもの姿や活動の様子で設定する工夫をしたい。また、この「具体的な評価規準」は想定される子どもの姿であって、題材の評価規準に照らして活動中の子どもの姿から、より詳しく具体的なものとして改善、累積され、より確実なものとしていきたい。
(4)評価の方法
 音楽的な知覚・感受は、ほぼ同時に行われることが多い。感受している姿は、子どもの姿やワークシートの記述などからも推測するのが教師としての評価眼であろうが、はっきりと見えるものではない。従って指導者は、音楽的感受力(A音楽的な感受や表現の工夫)を評価するにあたって(2)のアンサンブルの例でも述べたように、その子が音楽の構成要素の何に知覚しているのかということを常に意識して授業を進め、その知覚をイメージと結びつける支援を大切にしながら感受に働きかけ、活動中の様子や発表、演奏から随時評価していく。
 また、活動への取り組みの姿勢(@音楽への関心・意欲・態度)や表現するための技能(B表現の技能)についても、活動中の様子や発表、演奏から随時評価していく。
 鑑賞(C鑑賞の能力)において、自分の味わいを伝えることを評価するために、低学年など言語による表現が難しい場合は、身体表現をする場面を設定し、動きの交流から自分の思いが伝わるかなどの場面を設定したり、成長するにつれては、楽曲の批評などをさせるなどしたり、ポートフォリオ、ワークシート等の記述から評価する。
3.授業づくりに生きる評価(指導と評価の一体化)
(1)指導内容に対応した評価規準
 音楽活動は本来的には楽しいものである。どの子も満足できる姿に現れるような活動構成を心がけるのであるが、目標に達成できずに苦しんでいる子どもがいる時に、その子に対して行う支援はもちろんのことであるが、その授業の活動構成や指導方法、子どもが何につまずいて活動が停滞しているのかなどについて検証し、活動構成や支援について修正を加え、具体的な方策を講じたい。このことが評価を生かした授業づくりとなり、新たな音や音楽の楽しみ方を創り出す子どもを多く育てることになると考える。
 図7−3の評価規準欄で示したように、題材に合わせて観点ごとの評価規準を作成していくが、この規準は、指導内容に対応したものにしたい。指導内容とは、その題材で何を重点的に指導したいのかということを明確にもつことである。例えば、「お手合わせを楽しもう」という題材で、指導内容を「拍」の知覚と感受と設定する。はじめのうちは拍については無意識であるが、身体化・言語化を通してお手合わせをつくっていくうちに自分なりのイメージで拍の存在に気がついていく。お手合わせを音楽に合わせてつくっていくという題材も、指導内容を「拍」と明確にもつことで、その知覚・感受がどうであるかを指導者が明確にもつことができ、「拍」を意識できるような支援を行い、そして指導内容に対しての評価ができるのである。(※4)
 このように、音楽を特徴付けている構成要素を指導内容として授業を構成し、そして指導内容に対しての評価規準をもつことが授業づくりに生きる評価につながる。
(2)授業の中での評価の具体化(具体的な評価規準)
 そして、具体的に評価するにあたっては、子どもの育ちに合わせて、その題材のどの場面で、どのように評価していくのかという評価の具体化を伴った活動構成が必要となってくる。
 例えば、「ノルウェー舞曲」での指導内容を「速さ」と設定したとして、楽曲の速さに対する知覚・感受をしているかを評価する時、曲に合わせて身体を動かす場面を設定し「楽曲の速さが変わった時に、体の動き方もそれに合わせて変わっているか」というような子どもの姿から「速さ」についての知覚を評価することである。この場合、楽曲の速さが遅くなる時に、体の動きも遅くなっていれば、速さに対する知覚が行われ、その動きに「楽しい感じ」や「いそがしい感じ」など曲想に合わせた動きが感じられれば感受ができているということである。また、感じたことを交流する場面を設定し「速さに対して知覚・感受」したことを伝えることができるかどうかということで「鑑賞の能力」についての評価もできる。
 また、ポートフォリオなども活用し、その場面一度きりで評価を決めてしまうのではなく、その次には子どもはできているかもしれないという支援で、継続して確かな評価になるようにしていきたい。
4.カリキュラムに生きる評価
 一つの授業のみではなく、題材全体やカリキュラムを通して音楽的感受力は育つものである。そこで、題材や低学年・中学年・高学年の音楽的感受力の育ちを見据えたカリキュラムによって、それがどのように育ったのかを評価していく必要がある。
 一時間一時間の授業での評価の積み重ねで、もし目標に達成できずに苦しんでいる子どもが多くいると判断される場合などは、題材の活動構成に問題がないか、カリキュラムの配列に問題はないかという検証をし、カリキュラムの改善にも配慮しなければならない。
 また、子どもたちのワークシートや録音を題材ごとにまとめてポートフォリオを作成し、題材の中ではもちろんのこと、学期・年間を通して振り返ることができるようにすることで、カリキュラムの改善に生かすことができる。
 ポートフォリオとしては、音をデジタル化してワークシートと共にファイルしていくことで、いつでも音を聴くことができるようにしておくと、子ども自身も自分の学習のプロセスを知ることができ、自分たちの成長を耳から実際に感じることができるのである。このことは、また次の活動への意欲にもつながり、自己肯定感情が育まれる。 また、指導者はポートフォリオを生かして、子どもの育ちを読みとり、題材の活動構成やカリキュラムの改善に生かしていくことができるのである。

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参照文献・参照資料(Reference)
(※1)「新たな音楽の感じ方・楽しみ方を創り出す授業と評価」大阪教育大学教育学部附属平野    小学校研究紀要第6集2001.3.31
(※2)辰野千壽 雑誌「日本教育」275 1999.12 特集「学力とは何か」
(※3)西園芳信「音楽科の新しい学力観と評価」ー見える学力と見えない学力ー 第3回音楽教    育実践研究会基調提案1994.6.4 東京学芸大学 東京書籍
(※4)斉藤百合子「『遊び』を核とした学習に見られる音楽指導内容」ー低学年におけるお手合    わせの実践を通してー 第7回日本音楽教育実践学会発表原稿2002.8.17  
(※新しい学力観についての参考文献)
・斎藤勇二、渡辺裕一 産能短期大学 「大学授業改革の方向」産能短期大学紀要 2000.8.11
・梶田叡一「教育における評価の理論I 学力観・評価観の転換」 金子書房
・教育課程審議会答申「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について」2000.12