はじめに

 1年生が幼稚園へ遊びに行く。最初は幼稚園の遊具や飼育されている動物に興味をしめす。しゃべるのは主にクラスの友だちや、昨年まで見知った先生などである。そのうちに、遊びを通して園児とのかかわりが増えてくる。すると、1年生の子どもたちは、園児と友だちのように遊び出す。そのなかで、1年生として園児にやさしく接したり、名前を覚えたり、園児との共通の楽しみを見つけたりしていく。

 このような子どもたちの人とのかかわりの変化は、生活科で目指している子どもの育ちである。私たちは、生活科での体験を通して子どもたちの中にどんな育ちや学びがあるのか、ということを明確にもつ必要がある。そのためには、生活科で子どもたちに何を育てたいのか、子どもたちのどんな姿や、記述や、発言をもって確実な学びがあったとするのか、ということを明らかにしなければならない。

 そこで、本年度の生活科の研究テーマを上のように設定した。

 

1. 生活科における確かな学びとは

 

(1)  生活科で育てたい子ども像

 前述の幼稚園の例は、子どもたちは幼稚園での遊びを通して、園児とのかかわりが大切で、仲良くしたほうがずっと活動が楽しくなるということに気づいていく姿である。そこで、園児に話しかけたり、誘ったりしながら遊びをしていく。

このような1年生の姿は、自分の活動をもっと楽しくしたい、豊かにしたいとしている姿である。そうした思いをもつ子どもが、園児たちとかかわろうとしている姿や、園児と協力して遊ぶ姿、けんかや意見の食い違いがあってもあきらめずに園児のことを考えて遊ぼうとしている姿が、生活科の育ちである。つまり、遊びを楽しくしたいという思いをもち、そのために園児と仲良くしたい(自分の願い)と考えて工夫し、園児たちとのかかわりのなかで、自分や園児のことに気づいていくことが、ここでの生活科での学びなのである。

 そこで生活科では、育てたい子ども像を、『自分の願いをかなえるために、活動や体験を通して考え、自分や活動の対象に対して知的な気づきをしながら、生きる知恵を身につけ、よりよい生活を創り出していく子ども』とした。このような子ども像を育てるために、

u       自分なりの願いをもとうとする子ども(態度に関すること)

u       活動や体験を通して考え、自分なりの工夫をする子ども(能力に関すること)

u       活動や体験から、自分や活動の対象に対して知的な気づきをする子ども (認識に関すること)

 という3つの目標を設定した。この3つの目標を通して、生きる知恵を身につけ、よりよい生活を創り出していくことができると考えた。

 

2. 生活科における確かな学びを育てる授業と評価

「態度」「能力」「認識」を育てる授業での確かな見取りと評価規準

 生活科で育てたい態度や能力、認識を育てるためには、授業で教師がいかに子どもの姿をとらえ、確かな見取りを行い、子どもに指導として返していくかが重要になってくる。生活科の授業では、体験を通して子どもたちが態度や能力や認識を獲得していく。教師が授業中の活動を支援しながら、子どもたちの育ちを確かに見取ることができれば、子どもたちに確かな学びが育っているといえるのである。

 また、授業で教師が確かな見取りを行うことは、どう評価するのか、ということに関わっている。

そこで、評価規準については、目標に準拠した形の「態度」「能力」「認識」という3観点で設定していく。これは、指導要録での3観点と重なるものと考える。つまり、各家庭に学期末ごとに配布される「あゆみ」での評価と指導要録の評価が一致しているということである。

これから、育てたい3つの目標に応じて、どのように評価規準を設定するのか、授業で具体的にどのように子どもの姿を見取っていくのか、指導のための評価に生かしていくのかを述べていく。

 

@「生活への関心・意欲・態度」(態度に関する評価規準の設定について)

 活動の対象である自然や社会、身近な人々などと関わるときに、その子なりの願いをもって、またはもとうとして楽しく取り組むことができているか、を評価していく。自分なりの願いをかなえようとしながら、友だちと協力し合い、最後までねばり強く活動に取り組んでいくことが、活動の対象への愛着を持つことや生活の中でのよりよい態度につながっていくと考える。

態度−「自分の願いをもとうとしている態度」を見取る視点

 生活科において主体的に活動している姿とは、自分の生活をより豊かにするために、自分の願いを持っている、それをしようとしている、ということである。つまり、様々な単元の活動において、「わたしはこうしてみたい」「ぼくはこれをやりたい」という具体的な活動を自らの思いとしてもつ、もとうとしているということが、生活科で身につけたい主体的な態度であると考える。

 生活科の授業をしていく中で、活動にひたれない子ども、何をしていいのかわからない子どもがいることがある。このような自分のしてみたいことがわからなかったり、してみたいという思いがもちにくかったりする子どもには、教師からの支援が必要である。また、活動をしているものの満足できない子どももいる。ワークシートなどでの自己評価で活動後の満足度が低い子どもの場合、この活動がしたいという思いはもっていたが、結果的に活動に問題が起こり不満に思ったのか、その活動自体に最初から満足できずにいたのかは、区別されるべきである。前者の場合は、初めは自分の願いをもって活動を進めていたが、次時ではその願いのやり方を変えていくなど活動が問題解決されていく必要がある。後者の場合は、初めから自分の願いが持てず、自分のしたいことを見つけられなかったために不満が残った、という場合で、子どものしたいことを見つけるような教師の支援が必要である。

 自分の願いをもとうとしているか、もっているかという見取りは、子どものそれまでの学習の様子や生活のいろいろな場面によって判断されるべきである。そのうえで、支援の必要があると感じた子どもに対しては、授業の初めと終わりの様子に気をつけて、見取っていく必要がある。すなわち活動の導入での子どもの様子によって、したい活動を見つけていくための支援や、活動の終わりでふりかえり、次時のめあてを考える場面でやりたいことを共に考えていくといった支援をしていく必要があるだろう。ふりかえりの場面では、ひとりひとりの子どもが活動の達成感を共有し、次の活動に生きる交流を大切にすることも教師の支援である。

 

A「活動や体験についての思考・表現」(能力に関する評価規準の設定について)

 低学年の子どもたちは、頭の中で考えるだけでなく、活動や体験を通して手で触ったり耳で聞いたりといった諸感覚を使いながら、さまざまなことを考え、工夫し、表現していく。それには、活動や体験で常に自分をふりかえり、自分の学習の成果を自分で感じ取り、自分の体験からわかったことを生かしていくという自己評価力が大切になってくると考える。

 能力−「思考力」「表現力」を見取る視点

 子どもたちは経験から様々なことに気づく。ここでの能力とは、体験から得た様々な気づきを生かして考え、その後の活動を工夫して表現することができる、ということである。幼稚園の子どもとの交流では、「楽しく遊ぶには、みんなで協力して遊ばないといけないな」と考えたり、「幼稚園の子と1年生がいっしょに遊べるようなルールを作ってみよう」と工夫したりする姿に見ることができる。

 子どもが自分の体験をふりかえり、体験を生かした思考をしている、ということを教師が見取るのは難しい。ワークシートや作品だけではなく、主に子どもの活動中の姿や発言、つぶやきなどから教師は見取り、支援していくべきである。ワークシートなどでの満足度が低い場合、前述した、結果的に活動に問題が起こり不満に思った子どもの場合は、問題解決の場面での支援が必要であろう。同じことを何度も試して失敗しているなど、なかなか体験を生かすことができていない、成功経験がなかった、という場合も同じように問題解決の場面で支援が必要である。

 

B「身近な環境や自分についての気づき」(認識に関する評価規準の設定について)

 身近な環境や自分についての知的な気づきとは、生活に対する意識つまり、生活時間・生活空間の意識、自他の意識の広がりにあると考える。対象に対する新たな気づきがあるのかどうかは、これらの対象に対する見方、考え方が、活動や体験をすることで広がりをみせたかどうか、ということで評価できると考える。

 認識−「知的な気づき」を見取る視点−時間空間・自他の意識のとらえ

 活動中の子どもたちの発見、驚きは多数あるが、生活科が育てている認識にかかわる「知的な気づき」とはどのようなものだろうか。どのような発言を取り上げ、評価し、子どもたちへ返していけばいいのだろうか。

 本校の生活科では、時間空間・自他の意識の広がりが「知的な気づき」にかかわるものと考えている。

時間空間の意識とは、その場所・その時の特徴的な子どもたちの気づきである。「むしむし村は今花がいっぱいだな。」「附小ひろっぱよりもリンゴ園のほうにモンシロチョウがいるな。」「あさがおの葉っぱがだんだん大きくなってきている。」「キュウリの花がさいたら、そこから実ができてきた。」このような、子どもたちの体験から得られた発言が、時間・空間的な「知的な気づき」である。対象の時間的なとらえは、子どもたちが主観的にとらえている「今−前」から、「今日−昨日」へ、さらには「今週−先週」「1学期−2学期」「春−夏−秋」というように広がりをみせていく。空間的なとらえも、自分の目に見える範囲「あそこ」「ここ」から、遊び場、校内、地域、というように、子どもたちの意識は広がっていくのである。

また、自他の意識とは、関わっている対象と自分についての気づきである。自然の中で発見した虫や花、地域で出会った人など、対象とかかわるなかで、子どもたちは段階的に対象に対しての気づきを広げていく。

 例えば、自然とかかわる中では、虫に気がついたり、花を見つけたりする段階を経て、「虫が喜んでいるよ」「踏むと花が痛いって言っている」というような、対象と自分の感情や体験を重ね合わせる発言が出てくる。さらに対象へのかかわりを進めると、「この虫はこの木によくいるようだ」「虫かごでは外とくらべて虫は生きにくい」というように、対象の特徴や立場に気づいた発言やつぶやきが多くなっていく。さらには、「土から出てきたセミはすぐに死んでしまう。捕まえて狭い虫かごに入れるのはかわいそうだ。」「飼うからには、虫が住みやすい環境を整えたほうがいい」といった、相手の立場を尊重した発言や行動が見られるようになり、生命の尊さに気づいていく。

 図1は、人とのかかわりにおける自他の意識のひろがりを、幼稚園児との交流を例にとって、あらわしたものである。

テキスト ボックス: 自分→対象,テキスト ボックス: 自分 ←→ 対象,テキスト ボックス: 信頼・尊重・生命の神秘 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ほとんどの1年生は、自分中心の意識から、家族や先生などの特定の人との1対1の関係を築けるようになっている。クラスの友だちや幼稚園の子どもとの交流をすることによって、「あの子と遊びたいな」「あの子と遊ぶと楽しいな」というように、友だちを見つけよう、かかわろう、という意識に広がってくる。このときの意識ではまだ「自分がしたいことは相手もしたいはず」という意識だが、次第に相手によってかかわり方を変えてみるようになる。「あの子にはやさしくボールをなげてあげよう」など、小さい子への配慮ややさしさが見えてくるのである。さらに、「あの子はこんなことができるんだな」という相手のよさに気づいたり、「自分は幼稚園のころよりずっとできることが多くなったな」というように、自分の成長に気づいたりできるようになるのである。

 

3.  指導と評価の一体化に向けて

 評価規準を明確にし、授業での見取りを確かなものにするのは、それによって得られた確かな評価を指導に生かすためのものである。授業での見取りが確かであれば、それだけその場で子どもに支援、指導として返していくことができる。

 具体的な評価を指導にどう返していくか、どのような支援ができるのか、ということについては、研究授業で明らかにしていきたいと考えている。また、それをふまえてカリキュラム評価、カリキュラム改善にも生かしていきたい。