08ko-116 第116章 溶解平衡
 今までにいろいろな化学平衡を学んできましたが,この章では溶解平衡について考えてみましょう。
 塩化ナトリウムを水に加えていくと,はじめはよく溶けますが,やがて溶けなくなります。このとき,次のような平衡が成立しています。 
 NaCl(固) aq Naaq Claq
 NaCl(固) Na Cl
 このような飽和水溶液の平衡状態を溶解平衡といいます。
思えているかな?
1.飽和塩化ナトリウム水溶液に濃塩酸を加えたり,塩化水素を通すと,どのような変化が見られましたか?
塩化ナトリウムが析出
2.塩化水素は,どのような方法で発生させましたか?
塩化ナトリウムに濃硫酸を加えて,穏やかに加熱する。(加熱しなくても塩化水素は発生することがある。)
NaCl+HSO→NaHSO+HCl
   
 この章の学習内容は,次の通りです。
(1)溶解平衡と共通イオン効果
(2)難溶性の塩の溶解平衡
(3)硫化物の沈殿
(4)ヨウ化鉛(II)の沈殿
 まず最初に,溶解平衡と共通イオン効果からはじめましょう。
   

第116章 溶解平衡
(1)溶解平衡と共通イオン効果
 飽和水溶液の平衡状態→
溶解平衡
 飽和塩化ナトリウム水溶液
 NaCl(固) + aq ⇔ Naaq + Claq
 NaCl(固) ⇔ Na + Cl

 濃塩酸や塩化水素を加える
→[Cl]が増加→電離平衡の逆反応が進む
→NaCl(固)が増加

 ある電解質を構成するイオンと同じ種類のイオン(共通イオン)を生じる別の電解質を加えると,もとの電解質の電離度や溶解度が小さくなる→
共通イオン効果
 塩化物イオンの検出には,硝酸銀AgNO水溶液を使いますね。塩化銀AgClの白色沈殿ができるからです。塩化物の沈殿は,塩化銀と塩化鉛PbClだけです。ともに白色沈殿ですが,塩化鉛PbClは熱湯に溶解します。
  
 ハロゲン化銀のうち,フッ化銀AgFは水に溶けます。ところが,カルシウム塩のうち,フッ化カルシウムCaFだけは水に溶けないのです。どうしてでしょうか。次の表を見てください。
フッ化物 塩化物 臭化物 ヨウ化物
カルシウム塩
(電気陰性度の差)
不溶
3.0
可溶
2.0
可溶
1.8
可溶
1.5
銀塩
(電気陰性度の差)
可溶
2.1
不溶
1.1
不溶
0.9
不溶
0.6
 この表から,電気陰性度の差が大きすぎても,小さすぎても,塩は水に溶けないことがわかります。電気陰性度の差が大きいと,イオン結合が強くなります。したがって,水の極性に打ち勝って,水和イオンをつくりにくいと考えられます。逆に,電気陰性度の差が小さいと,共有結合性が強くなります。水の酸素原子と水素原子の電気陰性度の差が1.4ですから,それより差の小さいものをイオン結合ということ自体問題があるのかも知れませんね。
 それでは,塩化銀は水に少しも溶けないのでしょうか。理科年表によると,塩化銀の溶解度は20℃で0.000155(100gの飽和溶液中に存在する各物質の質量〔g〕)となっています。少しも溶けないということではないのですね。

(2)難溶性の塩の溶解平衡
 塩化銀AgClは水に溶けにくいが,わずかに溶けて溶解平衡になっている。
 AgCl(固) + aq ⇔ Agaq + Claq
 AgCl(固) ⇔ Ag + Cl
 飽和溶液では,温度が一定であるなら
 [Ag][Cl]/[AgCl(固)]=
 [AgCl(固)]はモル濃度で一定と考える→定数とみなす
 [Ag][Cl]=sp(AgCl)(一定)
 sp(AgCl)のような値=
溶解度積 solubility product

 飽和水溶液にClを加える
→[Cl]が増加
→電離平衡の逆反応が進む
→AgCl(固)が増加

 金属イオンの分離・確認の重要な沈殿物として,金属の硫化物がありますね。色の違いや液性によって沈殿の様子が変わるのが特徴です。溶液のpHに関係なく沈殿するイオンは,Ag(AgS黒),Pb2+(PbS黒),Cu2+(CuS黒),Cd2+(CdS黄)などです。中性や弱塩基性で沈殿するイオンはNi2+(NiS黒),Zn2+(ZnS白;弱酸性でも沈殿する),Fe2+(FeS黒;アンモニア塩基性で沈殿する)などです。どうして,液性の違いによって沈殿したり,しなかったりするのでしょうか。
   

(3)硫化物の沈殿
 金属イオンを含む水溶液に硫化水素HSを通じると金属の硫化物が沈殿
 水溶液のpHに関係なく沈殿するもの→硫化銅(II)CuSなど
 中性や塩基性で沈殿するもの→硫化亜鉛ZnSなど

<ZnSの溶解平衡>
 ZnS(固) + aq ⇔ Zn2+aq + S2−aq
 ZnS(固) ⇔ Zn2+ + S2−
 [Zn2+][S2−]=sp(ZnS)
 一方,HSは水に溶けて電離する
 HS ⇔ 2H + S2−

 [H]が大きい
→電離平衡は左向きに偏る
→[S2−]は小さくなる
→[Zn2+][S2−]がsp(ZnS)を超えない
→ZnSは沈殿しない

 中性や塩基性では[H]が小さい
→電離平衡は右向きに偏る
→[S2−]が大きくなる
→[Zn2+][S2−]がsp(ZnS)を超える
→ZnSは沈殿する

<CuSの溶解平衡>
 [Cu2+][S2−]=sp(CuS)
 sp(CuS)<<sp(ZnS)
→強酸性でも[Cu2+][S2−]がsp(CuS)を超える
→CuSは沈殿する

 水溶液のpHと硫化物の沈殿の生成について,定量的に考えてみることにしましょう。
 0.10mol/Lの銅(II)イオンCu2+を含む水溶液と0.10mol/L亜鉛イオンZn2+を含む水溶液液があり,ともに水素イオン濃度[H]が1.0mol/Lであるとする。
 それぞれの水溶液に硫化水素HSを通じて飽和させたときを考える。硫化水素HSは,水に溶けて次のように電離する。
 H 2H 2−

[H[ S2−
   ――――――――  1.2×10−21〔(mol/L)
[HS]

 硫化水素HSの飽和水溶液の濃度はほぼ0.10mol/Lであり,水素イオン濃度[H]=1.0mol/Lなので,水溶液中の硫化物イオンS2−は,次の式で求めることができる。

  [HS] 1.2×10−21×0.10
 [S2−]  ――――――   ―――――――――――  1.2×10−22〔mol/L〕
  [H] 1.0

 したがって,各水溶液では次の関係が成り立つ。 
 [Cu2+][S2−] 0.10×1.2×10−22 1.2×10−23 6.5×10−30 sp(CuS)
 [Zn2+][S2−] 0.10×1.2×10−22 1.2×10−23 2.2×10−18 sp(ZnS)
 金属イオンと硫化物イオンS2−の濃度の積は溶解度積spを越えることはできないので,銅(II)イオンCu2+を含む水溶液では硫化銅(II)CuSの黒色沈殿が生じ,亜鉛(II)Zn2+を含む水溶液では硫化物の沈殿は生じない。 
 
 ヨウ化カリウムKI 水溶液に硝酸鉛(II)Pb(NO水溶液を加えると,ヨウ化鉛(II)の沈殿が生じます。この沈殿ができる瞬間が溶解平衡と考えると,このときの鉛(II)イオンの濃度[Pb2+]とヨウ化物イオンの濃度[I-]がわかれば,溶解度積を求めることができます。
  

 硝酸鉛(II),ヨウ化カリウムは,それぞれ次のように電離(解離)します。
 Pb(NO) → Pb2+ + 2NO 
 KI → K + I
 ともに塩ですから,100%電離(解離)していると考えると,
 [Pb(NO)]=[Pb2+
 [KI]=[I
 いま,硝酸鉛(II)水溶液の体積を mL,溶解平衡に達したときのヨウ化カリウム水溶液の体積を mLとします。

1000
 [Pb2+ 0.10 × ――― × ――――― 〔mol/L〕
1000 100+

1000
 [I 0.10 × ――― × ――――― 〔mol/L〕
1000 100+

sp(PbI=[Pb2+] [I は一定になるはずです。
 

(4)ヨウ化鉛(II)の沈殿
 PbI(固)+aq⇔Pb2+aq+2Iaq
 [Pb2+][Isp(PbI

 [Pb2+]を変えても
sp(PbIは一定
 温度が高くなると,
sp(PbIは大きくなる 
温度〔℃〕 溶解度積〔(mol/L)
2.8×10−9
20 8.8×10−9
40 1.2×10−7
 それでは,この章の学習内容の確認です。
確認しよう
1.飽和水溶液の平衡状態を何といいますか?
2.ある電解質の水溶液に共通イオンを生じる別の電解質を加えると,もとの電解質の電離度や溶解度が小さくなる現象を何といいますか?
3.塩化銀の溶解平衡において,[Ag][Cl]を何といいますか?
4.pHによらず沈殿するのは,次の硫化物のうちのどれでしょうか?CuS,ZnS,FeS,Ag


1.溶解平衡
2.共通イオン効果
3.溶解度積
4.CuS,Ag