方言ゼミ歌壇
稲の穂
行くとまるも 平成18年 弥生
白木蓮のつぼみが日ごとにふくらむ。春の陽ざしに気高く照り光るのが楽しみだ。人の世の舞台で一舞。こうして舞台の裾から檜舞台にまず一歩。息を整えて気を落ち着かせ、気負わず気負けせず、背筋を伸ばして、いざ。右往左往せずとも個性は後からついてくる。
卒業生
○四年間 思い出辿り 微笑する 列車の中で 夕日を浴びて 真鍋
○まなびやを去る時共に決意するモラトリアムに告げる別れ 山口
○雲雀発つ虹の旋律奏でいざ放つ音霊宿る言霊 田中
○春の日の旅立つ心に芽生えるは別れの悲しみ新たな決意 田邉
○日々流れ無二の出会いに幸感ず数多の感謝胸に抱き発つ 新田
○形無き 他者との絆 痛感す まだ見ぬ子らに 伝え生きたい 森下
3回生
○早咲きも遅咲き桜もあるという 弥生晴れの日今翔びたたむ 山本
○春がきて去り行く人の背中見て我らも前に進もうと思う 村尾
○とどまらぬ弥生の空の真綿雲仰ぎ紡ぐは追想の糸 友野
桜 平成17年 卯月
冬が終われば、春になる。春には桜が咲く。人それぞれの、そして時々の桜がある。今年の桜をいかに観る。朽ちかけた古木の傍に、若木が植え継がれていく。桜にもまた折々がある。千変万化、不易流行。
○やわらかな陽射しを浴びて花吹雪 手を引く母の顔もほころぶ 久保田
○儚くも華麗な光の裏に影十一月(じゅうひとつき)の忍耐あらん 田中
○夜桜の散りゆく姿観る我の隣で騒ぐ酒瓶の山 野口
○春うらら舞い散る桜の花びらのじゅうたんの上で眠る猫たち 村尾
○ただここに幾年立つかこの桜 咲きし春しか目向けぬ人よ 森下
○風吹きて地に集まるは桜花 散りゆきてなお留まらせん 真鍋
○春雨に打たれ散りたり花びらよ我が身を待ちて姿残さん 田邉
○春雨にひゅるりらとふる山桜 地に積もるさま雪のごとくに 山本
○風吹きて桜吹雪がそらに舞う重ねて見えし走馬灯のよに 山口
○淡紅に川面を染むる花の雨細き筏は頼る辺を持たず 友野
○はかなくも散り行く定め桜花我の想いぞ永遠に 前島
○雨続き咲きたる花に目をむけつ散るが運命に儚さ覚ゆ 新田
新学期 平成17年 卯月
桜の国の桜の季節。あはれ。新たな仲間を迎えて、新学期がはじまった。ふくらんだ思いがかなうように、うつつの道を踏まねばならない。やよ励めよ。
○雲海を見下ろし叫ぶ我ひとり新たな決意胸に秘めつつ 野口
○君去りし春の校舎の静けさよ耳を澄ませど靴音もなし 友野
○空高く天にまい散る花吹雪ごはん持ち寄り皆みな笑顔 山本
○桜色ひと葉ひと葉を懐かしみ過ぎ行く季節(とき)に 我は悔いなし 前島
○筆止めて春空見上げた昼下がり歩みは止めず目指す教壇 森下
○参考書抱えた春の帰り道不安と共に進む一年 新田
○外見は心和ませ癒す桜芯は野太く意気高らかに 山口
○咲き誇る桃色並木に想い寄せ我が道程に花咲きますよう 田中
○児童から便りが届くこの春は熱き思いを呼び覚ませる 真鍋
○三回生決意新たに時間割り組んで専門の多さに驚く 村尾
○時流れかすみかけたあの思い我が心に再び芽生ゆ 田邊
○よく学びよく励めよと師の言葉受けて歩まん新たな道を 久保田
学舎を去る 平成17年 弥生
泣こうが喜ぼうが、月日はすぎる。どんなにつらい夜でも、やはり朝がくる。朝が来れば昼となり、また日が暮れて夜になる。入学すれば卒業の日に至る。時の流れのなかで、何を得て、何を失ったか。いや失うものなどはなから無い。いまこうして別れの時に無事に至ったことを慶しよう。なにがあっても平穏無事。新たな舞台で新たな舞いを。
○父母(ちちはは)とよき師よき友に導かれ辿り着きし扉(と)を今開け放つ 村上
○わが足を一歩踏み出すその先が暗闇ならば光になろう 美濃屋
○見ず知らず顔がならんだ4年前今この時は離れがたし 立石
○学舎で手にした知識糧にして新たな道に光り求めん 菅原
○新入生見つめながらも歩き出す別々の道春空の下 山畑
○散り際も満開の花もまだ見えず君発つまでにともに見てたい 澤田
○この先の自分が全然見えなくて昔の部屋の前にたたずむ 山田
○卒業が迫るにつれて舞い乱れる想い出の花風とともに 呉
○それぞれの思いを胸に進みゆく新たな道へ希望を手にして 伝藤
○日々共に学んだ友と別れの日うれしかなしも不安の中か 佐藤
○二年間培い続けた研鑽力今こそ実りの春を迎えん 近藤
○輝ける今日を迎えて振り返る続く道筋四年の足跡 久保田
七夕 平成16年 文月
近所のスーパーの店内に、小笹を立てて、そこに願いを書き込んだ短冊を吊すコーナーがしつらえてあった。小さな子どもが拙い大きな字で、てんでに願いを書いて吊していた。これは無理やろなと思うものから、ささやかだけどほのぼのとしたものまで、いろいろにあった。正月の初詣のお神籤を境内の木の枝に結び、七夕には短冊に願いを書いて笹に吊し、師走のクリスマス時には欲しいプレゼントを書いた紙を靴下に入れておく。内なる願いをこうした所作に託す習慣は、「言霊」を信じる伝統的な心持ちに通底するか。「七夕」の題にて作る歌。
○星降る夜杖ももたずに逝きし老女(ひと)空で夫とめぐりあえたか 村上
○積年の想いを馳せる星空は導く光至るに難し 美濃屋
○いつの世も人との出会いはありがたし悩める日々もまた運命か 佐藤
○織姫と過ごす時間は流れゆく言いたいことを星座に託す 前島
○短冊に込める想いはただひとつ四月に教壇立てますように 橘
○短冊に小さく望む決別の意思の堅さも新たな旅路も 澤田
○ケイタイで出会う織り姫彦星と電波の川を瞬時に越えて 真鍋
○一年に 一目の相手と 一生を 変わらぬ想い誰しも持てず 水野
○年一回 雨天中止の 大恋愛 そこまで人を 愛せるものか 森下
○たなばたに 象徴されし 純愛よ 時は平成 今はあるらむ 山口
○一年で一度の出会い一時の空を見上げて我も願わん 新田
○届けたい秘めた想いを短冊にのせて見上げる七夕の空 呉
○短冊に 願いを込めて 仰ぐ空 地の騒がしさ 知らぬ素ぶりで 伝藤
○星空を映しきらめく大和川向こうの岸にいない織り姫 近藤
○会いたいが逢えぬ夜空に我重ね今宵嬉しや織姫そばに 立石
○純愛に心惹かれる現代人七夕の空に想い流るる川 田邉
○足速に過ぎ去る道も今日だけは願いを込めて星空眺む 菅原
○織り姫の恋の悩みはただ一つ七月七日の空のご機嫌 山畑
○星の河二人を隔て幾星霜雲に隠れて何をか思う 久保田
○笹ひとつ願いを込める天の川世界が平和でありますように 田中
○年一度会える二人が妬ましくてるてるぼうず逆さにつるす 山田
水無月 平成16年 水無月
こんなに雨が降るのに、「水無月」とは。でも「無」は格助詞の「な」の当て字であれば、「水の月」。雨が降れば傘をさせばよい。無ければ濡れていくまでのこと。濡れるのが嫌ならば傘を忘れるな。それでも忘れることことばかり。雨が止むまで待っていようか。一向に降り止まぬ雨。水無月の題にて作る歌。
○じっとりと肌しめらせしこの汗は湿気のためか焦りのためか 村上
○真夏への幕が開けても傘はまだ姿を変えて大いに活躍 呉
○紫陽花の一雨ごとにうつりゆくそっと君の名ささやいてみる 山畑
○窓の外雨のように苦しみはきっと糧に今夜は飲むぞ 田中
○水無月に降ろす我が根は学を吸い枝葉を伸ばし試練に備う 立石
○静寂とともに訪る遠蛙密かに強く月に啼く 田邉
○雨上がり窓を開けたら吹き込んだ蒸し暑い風と道路のにおい 菅原
○降りしきる雨を横目に気が滅入り球児の季節に焦がれる毎日 橘
○夏本番輝き求めて空と我出陣に向け力溜め込む 水野
○水無月や水の流れは絶えずして変わり続ける自分でいたい 新田
○まだ早いいやもう待てぬと葛藤す視線の先には冷房があり 久保田
○そこに立ち横殴りの雨受ける稲小雨に倒れる私と違い 森下
○梅雨じめり暑さの夏の前ぶれか心も空も晴れよと願う 伝藤
○花嫁を祝福するにふさわしい憂える時も在り方次第 美濃屋
○父の日に子どもたちからプレゼント私もあんな 顔するのかな 真鍋
○日が沈み静かな夜の訪れに蛙の泣き声水辺に響く 佐藤
○水無月の渇いた大地にさまよいて天を仰ぎみ明日の糧乞う 山口
○あの人に会えなくなって三月経ち涙も枯れた今は水無月 山田
梅雨 平成16年 水無月
あめつちを濡らす雨。この一滴の雨粒もまた、地球上を旅し、時を駆けてきたのだ。ふとそう気づいたら、やむとも知れずに降りしきる雨が愛しくなった。隣家の坊やご自慢の黄色い長靴の出番だ。梅雨の題にて作れる歌。
○まいまいもかえるもいぬもにんげんも集う軒下 雨過ぐを待つ 久保田
○梅雨時はまぶしく映る普段より雲の合間に見える青空 山畑
○降り続く雨にも色々あるけれど今日降る雨は何をか思わん 菅原
○ダンプカー人の心もつゆ知らず噴き上ぐ飛沫我が身を襲う 近藤
○さめざめと舞う五月雨と暗雲や流す涙と瞼の如く 澤田
○降り止まず霧がかる空憂鬱に恵みの雨と思い直さん 伝藤
○空色と心もどんより雨模様星と引き換え瞬くあじさい 呉
○容赦なくこぼれる雨に引きこもる駆り立てられる負への渇望 美濃屋
○雨は水いやだと思うは思い込みいさぎよく浴びに行けば心地よし 山口
○淡い八重葉の上踊るしずく達心を晴らすアジサイの花 立石
○しとしとと雨が滴る鴨川に想いを馳せる懐かしき日々 前島
○水滴で飾りを付けた紫陽花を横目でチラリ駅までの道 真邊
○雨の日に濡れまいとして紫陽花の色にも気付かず早歩きして 田邉
○雨の音あけた窓から曇り空傘の色より虹の色かな 新田
○傘たたみぬかるみ踏みしめ行く夜道私の梅雨明け必ず来ると 森下
○人々が忌む水無月の長雨が恵みもたらし虹つくり上げ 田中
万葉園の草取り 平成16年 皐月
抜かねばならぬ草なれば、ただに抜く。本来、草に差があろうはずはない。一途にその草草の生を全うするべくそこに生えたばかりだ。「万葉園」という世界を人為につくりだし、「雑草」という名を与えて排除する。だから生えるにまかせておけばよい。それも一法。だが、わかった上で、抜いているのだ。草取りならば、抜かねばならぬ。参加した者の詠める歌。
○簡単に抜けない草が 問うてくる この根強さがお前にあるかと 山田
○てっぺんを目指して育つ雑草を抜くとそこには 虫たちの国 山畑
○躊躇なく虫の住まいを取りつつも目下の虫にあとずさりする 菅原
○幼き日手に取り愛でた草花も 虫もこの日は 愛でる価値なし 村上
○根が抜けず来夏にきっと甦る土中に残す先輩の愛 近藤
○うっそうと茂る草木の成長と匂いにむせび去年をぞ想う 伝藤
○草抜きて仲間増えたる方言ゼミ嫌われものは毛虫のみかな 立石
○しゃがむだけ逆にしんどい草むしり指に力を虫には慈悲を 美濃屋
○万葉園 やっと姿を現した次刈る時また万葉林 田中
○人の手で生と死を分ける草むしり隣で田邊がむしり放題 真邊
○小学校 クリーン作戦 思い出す 通学路から 自宅への道 森下
○雑草の衣ぬぎすて涼しげに万葉園の更衣かな 水野
○草むしり記憶に残るは酒の味深まる青と我が絆 田邉
○青々と生い茂る草 抜き取ると真っ赤に映える苺現る 呉
○命得た青々とした草花の運命は我の手に委ねらる 橘
顔合わせ 平成16年 卯月
新学期。出会いは偶然の中。知らぬ者が知人となる。そして仲間となる。「同じ釜の飯を食う」とは古い言い方であるが、昨日まですれ違っても挨拶さえしなかった者が今日からは、身近にあって、ともに学び、鍛え合う環境を共にする者となった。出会いは新しい可能性を刺激する。
(古顔)
○初顔の初々しさに頬緩み馴染みの顔に親しみ覚える 近藤
○3回の緊張の色見え隠れ己の顔は赤く染まりし 立石
○緊張で思いの全てを話されずそれを含めて自己を表す 菅原
○桜散り若葉の季節出会いありいろんな話できるといいな 山畑
○初顔の態度仕草がそれからの関係築くきっかけとなる 佐藤
○新しく並んだ顔を前にして思い出される昔の自分 呉
○さっきまで会ってもお互い知らぬ仲挨拶ひとつつながる仲間 村上
○春風と共に来たりし初(うい)顔に二年目としての身引き締める 水野
○顔会わせ一年前と反対の立場になった自分に喝を 山田
(新顔)
○新たなる己の決意顔合わせの場スピーチにこめ 山口
○新しい顔見合わせて不安消えやる気漲る春風あたたか 前島
○顔合わせ短歌作れどああでもないこうでもないと四句八句 田中
○三回生みんな遠慮の自己紹介一人ハリキリ55秒かな 森下
○三十秒 時間の違いは 何示すこの差を早く 埋めなければな 真邊
○30秒話すことでいっぱいでみんなの話覚えてない 田邉
新春 平成16年 睦月
謹賀新年。新聞やテレビまた書物に依らずに、自らの生活範囲で、自分の感覚によって知り、自分の頭で考えることはどれだけあるのだろうか。自分で「知っている」と思い込んでいる内容や情報を、よくよく点検してみれば、自分の内実からやむにやまれず掴んでいるものの少なさに驚く。誰もが世間の一員として、その片隅に暮らしていく。その一隅での在り方が問われる。確かな知恵は、どうにもならないほどに頑迷な一隅に在る。「伝統」という言葉を想っている。初春の曙光を見たか。新春に詠める歌。
○晴れやかに響き合う声新春の喜びかみしめ決意新たに 伝藤
○明けるのがめでたいならば振り向くな過去を誇るは恥ずべき愚行 美濃屋
○一年のはな飾るかな初日の出未来を照らす希望の光 菅野
○新しき年の初めのめでたきを変わらず皆で祝う慶び 久保田
○人込みにもまれながらの初詣順番待ちつつメール打ちつつ 村上
○凧揚げを知らぬ子供ら元旦もいつもと同じゲーム三昧 山畑
○初夢に何が出るかと床につき目覚めてみると期待はずれたり 呉
○初詣お賽銭に願い込め心機一転夢への準備 橘
○公が為命を懸ける旧友に会い今年の平和心より願う 近藤
○年明けし瞬時に変わるは目に見えぬ新に燃え出す己の魂 水野
○初詣皆の健康願い合いお守り片手におみくじをひく 山田
年の暮れに 平成15年 師走
未歳の平成15年の年は、まさに暮れようとする。日ひとひの繰り返しである。その一日は再び戻り来ることはない。そして年があらたまる。方言で大晦日を「年取りの晩」という所がある。誕生日にめいめいが歳を一つとる今の歳のとり方でなく、みんなが一緒に齢を刻んだ。新しい年を迎えるというのは、新年になるともに、みんなが一つ年をとるという二重の意味があった。公私ともに厳かな時間の節が、そこにあった。
○寒き中名残りの年を惜しみつつ希望は燃ゆる心の門出に 伝藤
○せわしなく往来激し人の群れ羊去り行き申来たりけり 立石
○急ぎ足ふと知らぬ間に浮足に新年に向け身辺整理 水野
○鍋かこみ向き合う顔に白い湯気はずむ話に師走を感ず 村上
○来年はよりよい年になるように毎年願い過ごす年の瀬 呉
○暮れの日々青空の下掃除の音年が明ければ子どもの笑い 佐藤
○行く年に失ったもの得たものは自らの為来る年の糧 近藤
○お帰りと迎える声が聞こえれば和らぎゆくかな一年の疲れ 久保田
○のんびりと地元で過ごす年の暮れ久々に会い話題は尽きず 山田
○暮れゆくも明けるも幾度のことながら馴れず馴染まずされど逸らず 新子
○低き空色褪せる街ただひとつ輝けるたましめ飾りかな 高田
○せかせかと気ぜわしそうな町中に漂わせるは師走の空気 橘
○怠慢を足枷とする夢の道犠牲は己の可能性なり 美濃屋
○清めたる軒下飾るしめ繩に北風が吹く大晦日の夜 山畑
○葉の落ちた木々立ち並ぶ大通り新たな色を寒空に待つ 菅原
教育実習 平成15年 神無月
大学3回生の秋に、教育実習生として小学校あるいは中学校の教壇に立つ。学生の立場で「先生」と呼ばれる期間である。子どもの授業を担当するからには責任が生じる。遊びではない。なにがしかの責任を背負えば、背負った分だけ大人になる。教育実習を振り返って詠める歌。
○ありがとうつぶやきながら門を抜け季節外れの桜咲く道 山畑
○自らの鑑となりしこどもたち良くも悪くも正直な顔 菅原
○忘れえぬこのひとつきの良き出会い実り多き日胸に刻みつ 伝藤
○緊張と不安と共に幕開けて名残を感じ一月終える 呉
○いつの日か夢を叶える第一歩児童の心つかむ喜び 佐藤
○実習生終われば元の大学生志は前にも増して 立石
○教師役必死で演じた一ヶ月児童を前に心臓バクバク 山田
○一時のヒーローなるは夢なれど進むべき道は今示された 美濃屋
○離れがたし天使の笑顔胸にしまい夢への努力心に誓う 橘
○うつぶせになりて眠る女子生徒 怒るに怒れずそっと見ぬ振り 久保田
○はしゃぐ顔励む顔笑顔の中で学び得た日々 水野
蝉しぐれ 平成15年 葉月
都会の蝉の声は、岩にしみいることはないが、声はアスファルトに木霊する。蝉に問う。なぜにそんなに鳴き暮らす。蝉の答えていはく、そりゃー、鳴かずにゃおられまいて、と。蝉の声の題にて詠める歌。
○はいいでて鳴けどわめけど日は暮れる七日ばかりかはかなき運命 菅原
○七年の歳月を経て鳴く声は騒がしくあり悲しくもあり 久保田
○旅客機のメガヘルツさえおしのける今が旬なる蝉の声かな 美濃屋
○夏休み目覚まし時計は蝉の声ミンミンミンミンああやかましい 山田
○夏の昼暑さ強める蝉の声なくてはならぬものでありけり 橘
○長袖の 町に似合わぬ蝉の声 花火と共に 梅雨明けを待つ 山畑
○暑さまし日陰のなかから夏の音重い泣き声生命の響き 佐藤
○夏本番知らせてまわる回覧虫命切なし存在強し 水野
○夕暮れに 響くはかなき その声は あらん限りの 命燃やさん 伝藤
○蝉時雨 短き命 知らずして 競うがごとく 声降り止まぬ 呉
○夏の空響き渡るは蝉の声七年間の思いを込めて 立石
夏休み 平成15年 文月
梅雨の季節。夜半は豪雨であった。まもなく「夏休み」。教師は夏休みといっても休みではない。かえって忙しくなるぐらいである。それでも、授業時間の枠にとらわれずに時間を融通できるのがうれしい。学生にとっては尚更である。「夏休み」の題にて詠める歌。
○夏休み祭りに海に羽のばし心浮かれる ほんのつかの間 伝藤
○きらきらと金に光る海見れば勉学しばし頭より去りし 橘
○鳴き響くひぐらしの声聞くたびに空虚に悩む夏の夕暮れ 呉
○夏休み家族で囲む食卓に差し込む光夕焼けの空 山畑
○待ち切れずはしゃぐ子供ら見送って並ぶ机もしばしのお休み 久保田
○図書館に集う小国姿消しセミの声のみ残る大教 山田
○ジリジリと焼け焦げる肌小麦色晴れ渡る空さわやかな青 立石
○時雨去り暗闇遠く青い空日焼けた坊主響く足音 佐藤
○朝顔と目覚めのときを競い合いしぼんだ顔に水をやる日々 菅原
○蝉の声怠惰なる身の言い訳に寝ころびふける読書はマンガ 美濃屋
初夏 平成15年 皐月
都会のマンションのベランダに泳ぐ鯉幟。小さい鯉だが、健やかにあれとの願いは、鯉幟の大小ではない。皐月の風に舞のぼる。キャンパスには大学生活にようやく溶け込んだ新入生たちが歩く。猫は今日もあくびをしながら草むらに寝ころんでいる。
○目にうつる山青々とやわらかに頬に受けるはなまぬるき風 伝藤
○晴れわたる空に映える深緑の木々が知らせる初夏の兆し 呉
○春終わり寒さが残る夏の日々暑さ待てずに騒ぐ虫たち 佐藤
○生ぬるい風を受け行くほっぺたにもうすぐ雫見出だす季節 水野
○不愉快な香り運びしこの風のなまぬるくある苛立たしさよ 美濃屋
○店先に並びはじめた涼の文字陽射しとともに夏がまた来る 久保田
○風薫る草木も映える新緑の季節来たりて立夏を感ず 立石
○空の青木々の緑が映える午後遊ぶ子供の声を聞きつつ 山畑
○光浴び木がのびをした姿勢見て今年の暑さが気にかかりだす 菅原
なごりの桜 平成15年 皐月
遅くなってしまい大変申し訳ございません。(本日は立夏ではありますが…)
桜の満開の時期も過ぎ、木々はもう青々とした葉をつけております。かつて「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心ものどけからまし」と詠われたように私たちもそんな桜に心を動かされてみましょう。(菅原)
○青空に一時の騒ぎもうばわれておもいかえせばなつかしきもの 佐藤
○春雨に打たれ散りゆく花びらよ瞬く間に過ぐ桜の季節 呉
○きみどりの若葉をつけた木の下で淡いピンクの花びらが舞う 山田
○環境の変化もつかの間すでに慣れ桜のみただ初々しくある 美濃屋
○暖かな風に吹かれて舞い落ちるしきつめられた桜のじゅうたん 菅原
○春先に彩り添える並木道葉桜揺れて初夏の到来 山畑
○桜並木見上げてみれば花びらの散りゆく様は雪のごとし 橘
○桜色小道いっぱい見上げれば淋しさ隠しのびゆく木々よ 水野
○惜しまれつ風に舞わんや桜色緑に映える景色美し 伝藤
○春の色桜の花も散りゆきて心の弾む季節は過ぎゆく 立石
○桃色を地面に移して今木々は緑となりて風に吹かるる 久保田
草取り 平成15年 卯月
柏原キャンパスの図書館の横に「万葉園」がある。万葉集に詠まれた植物のいくつかを植えた小さな庭園である。そこの草取りは方言ゼミの春の行事。草取りも習わずして教職につく、そんな時代となった。草取りは緻密な作業である。そればかりではない。引き抜かれる草の一本一本に命があることに心を向けながらも、やはり抜かねばならない。
○草いきれたちこめる庭鮮やかな緑摘み取る春の夕暮れ 山畑
○ひたすらに下向き草と格闘しふと見渡した園の広さよ 村上
○草の根に生きる力を感じ取る絶たれた命儚きものよ 呉
○みんなして摘み取る草のたくましき 生き抜く証 手に味わえり 伝藤
○新たなる花のいのちと散るいのちあい反すれどともにこの地で 澤田
○雑草を枝かきわけてひっこ抜くここまで伸びた時間はどこへ 菅原
○間違えて抜いてしまった花の上必死に草を積み上げていく 山田
○青々と繁く生え立つ雑草の命惜しまず生きるすがたよ 北森
○草むしり小さな命逃げ惑い酒のにおいでひと安心 佐藤
○抜かれてもめげずに生える雑草よおまえのように栄えてみたい 橘
○腰かがめ地面に顔を近付けて草の匂いを懐かしく思う 久保田
○いにしへの息吹の薫る万葉園何をか伝えんアップルミント 新子
○草とりて万葉園も衣替え井上ゼミの口火を切れり 立石
○抜きなされ我は雑草運命(さだめ)なりさすれば花はより美しく見ゆ 川良
-お山の猫 平成15年 卯月
大阪教育大学の柏原キャンパス、通称「お山」にはたくさんの猫が棲みついている。春には子猫が生まれ、新緑のなかで遊ぶ。けれども野良猫としての彼らの寿命は短い。けなげで愛らしい表情と動きにどこかしら哀しげな影が付きそう。そんな彼らは、日だまりにのんびりと寝そべり、見る者に安らぎを与えてくれる。急ぎ足で歩く自分たちに、そんなに慌ただしく暮らさないでもと一瞥する。
○大教の猫を見るたび思うこと生きるためのかわいい鳴き声 立石
○大学で体も知恵も成長しお昼になると飯せがむ 佐藤
○ちらと見る目つき鋭く堂々と人を恐れず悠々自適 伝藤
○階段の上にたむろすその姿井戸端会議の体にも似たり 久保田
○あまりにも人任せにて生きるならしてもいいかな家族計画 美濃屋
○大教の厳しい冬を越した今猫は喜びお散歩中 呉
○冬越えて少しやせたかこの猫め今日もいつものじゃれあう姿 菅原
○遅咲きの桜の開花鮮やかに猫の目覚めを誘う色彩 山畑
○昼ご飯狙う猫の目疎ましいさっきからあげあげたじゃないか 山田
○すっとした後ろ姿のあのくぼみ触れた時のあの心地よさ 水野
○ぽかぽかの春の地面に毬一つヒトを恐れず日なたぼっこ 橘
新学期 平成15年 卯月
桜の花の下、真新しいランドセルを背負ったぴかぴかの小学一年生が校門をくぐる。いくばくかの不安とはち切れるばかりの希望をも背負っている。「新学期」の題で詠める歌。
○真っさらの背より大きなランドセル夢をたくさん詰めておくれ 橘
○すれ違う新入生の会話聞き初々しさに笑みがこぼれる 山田
○期待より心の中は緊張でいっぱいになる新学期の日 呉
○たちまちに色づく花にさそわれてあゆみ始める新しき道 山畑
○変化なし思う心と反対にそよそよ風に そわそわ揺れる 水野
○寒さ過ぎ身体も心もあたためて新たな自分さらなる飛躍 佐藤
○新しいノートをひとつ買い求め決意あらたに踏み出す一歩 久保田
○怠慢と別れの時が遂に来て夢への束縛心地よいかな 美濃屋
○鏡見て今日からやるぞと顔作り不安を隠した自分の姿 菅原
大阪城の花見 平成15年 卯月
卒業論文題目発表会の後に大阪城公園での桜見。缶ビールとたこ焼きにて詠める歌。
○いにしへとこの時をゆくあわざくらはるか昔も春雨とともに 澤田
○いつもとは違う仲間と地元にて花を見るのもまた嬉しかな 川良
○大阪城ピンクに染まる天守閣見上げる桜ああうつくしかな 三谷
○鳩を見て菓子食い酒飲み花を見ず大阪城は春雨にけぶる 近藤
○花見来て桜を背中に舌づつみ文字のとおりの花よりだんご 村上
○花愛でる薫りにひかれ鳩雀追い行く我も千鳥足なり 新子
○風寒し太閤様の夢のあと桜さかりに鳩肥ゆるいま ひろりん
春 平成15年 弥生
卒業生・修了生を送り出し、あわただしくも新しき者を迎える。「春」の題にて詠める。
○別れゆく人々想い詰まる胸春の日差しに切なさ募る 水野
○春風をふわりと感じ目をさますわたしのとなりつくしがうたう 山田
○雨あがり光る雫とつぼみあり春の空色移りが早し 呉
○東風吹きて辿り着きたる梅の香に思いおこさる故郷の人 久保田
○寒さ越し芽吹くいのちのありありと目に鮮やかな午後の日なたに 伝藤
○やっと出た花の蕾が色づいて今年の春もまた咲き誇る 菅原
○窓の外のぞいてみれば春近し着色を待つ風景画のよう 山畑
○志高くあるかは知らないがたまごが幾多かえる時かな 美濃屋
○春の日に大空青く澄みわたり花のにおいに心も澄んで 立石
○吹雪去りまぶしいばかりのゲレンデは土が顔だす春の気配 橘