大阪教育大学キャンパスことば(12)
―ペットの名前―
国語教育講座 井上博文
T. 自分の名前が「ぽち」だったらうれしいか?
宝物のありかを教えるべく裏の畑で啼く正直者のじいさんの飼い犬はポチであり、渋谷駅前で主人の帰りを待って銅像になった忠犬はハチ公である。サザエさん家の猫はタマ、クレヨンしんちゃん家の犬はシロである。あなたがこれまで接してきたペットの名前を思い出してみてください。
もう数年前のことである。父親が自分の子どもに「悪魔」と名前を付けようと市役所の戸籍係に届けて拒否されたことに端を発した一騒動があった。マスコミが煽ったせいもあって、「悪魔」という名前の是非が取り沙汰された。この名前は人の名前としては「非常識」というのが常識(良識?)であった。たとえ他人さんの子どもであっても許容の範囲を逸脱した命名行為であった。名付けには、漠然としていても枠組というかなにがしかの規範が存在するのである。「悪魔」父はこの枠組みを破ってしまった。この子が学校でいじめられるという心配もあったが、本質的には日本語の人の名前の秩序を壊し不安定にしてしまうとまどいと危険性を漠然と感じたのであると思う。もっともキリスト教社会における「悪魔」という絶対悪の存在と、日本語の中の「悪魔」とでは受け取り方に違いがある。ユーモラスな「悪魔くん」という正義の味方の主人公が活躍する漫画もあった。
家の近くの電信柱に迷子の犬を探してくれという張り紙を見た。いはく「かわいがっていた愛犬のモモがいなくなりました。見かけた方はご連絡ください。お礼いたします。電話番号。」とあった。でも、名前は分かるがどんな犬なのか分からない。誰かが貼ってあった写真をはがしてしまったのかもしれないと痕跡を探したが、そうでもないらしい。かわいがっていたペットがいなくなったのであわててしまったのだろうか。飼い主にとって「モモ」と言えば固有名詞であり、思い出も含めてすべての情報はそこに含まれている。しかし第三者には記号でしかない。モモだけを手掛かりに探し出せる名探偵はいない。貼られたまま雨に打たれてぼろぼろになっていく張り紙を見るたびに、犬の特徴を書き忘れてしまうほどに動転した飼い主の思い入れに、ある哀しさを感じた。
本稿では、名前を分類するということよりも、現代のペットの名前を提示し紹介することを趣旨とする。
詳しくは、拙稿「ペットの名前の造語法―犬と猫の場合―」(1998.2 大阪教育大学 国語教育・日本アジア言語文化講座 『学大国文』第41号)をご参照ください。
1−2 資料
平成8年度〜10年度「小専国語」前期受講生を対象に、これまで飼ったもしくは知っているペットの名前を聞いた。(1)名前、(2)名前の由来、(3)ペットの種類、(4)雌雄の別、(5)命名した者、の5項目についてB5の用紙に記述式で回答を得た。この際に、ペット以外でも自分の持ち物に名前を付けているものがあったら教えてくれるように伝えた。
ここで得られたペットの名前は、犬と猫を中心に、兎、ハムスター、モルモット、りす、インコ、九官鳥、文鳥、十姉妹、金魚、熱帯魚、昆虫類に及ぶ。さらに、ペットではないが、サボテンや観葉植物、文房具、乗り物などに至るまで名付けをしていることが分かった。
U.ペットの名前の例
以下に、ペットの種類ごとに名前を提示する。ただし、親・祖父母の世代による名付けのものは取り上げない。あくまでも若年層の命名による名前である。資料中のMは男性、Fは女性が命名者であることを示す。
2―1 犬の名前
シロ [雄。子犬のとき真っ白だったから。F]
コロ [雄。ちっこいときすごいデブでコロコロしてて転がった方が走るよりも
早そうだったから。M]
テディ [雄。熊のように毛がふさふさしていたのでテディ・ベアから。M]
ミミ [雌。耳に特徴があったから。F]
パンチ [雄。買いにいく前は姉が「大五郎]がいいといっていたが、結局買い
にいって実物をみるとパンチパーマが全身にかかっているようだったの
で。F]
ワン [雄。鳴き声、1ということでいい名だと思った。M]
ヌーボー [雄。ぼーとした顔でお菓子のキャラクターを彷彿させたため。F]
プースケ[雄。おならをするから。M]
モモちゃん [もらわれてきた時期に桃の花が咲いていた。F]
アキ [雌。拾ってきたのが11月3日で秋だったから。M]
ジョリー [雄。テレビで「名犬ジョリー」というアニメがやってて、姉も私も
その番組が大好きだったので。F]
リュウ [雄。少女マンガに「リュウ」という題のものがあり、妹と意見が合っ
た。F]
ルイス [雄。バルセロナオリンピックでカール=ルイスがかっこよかったから。
M]
キャンディー [雌。アニメの「キャンディーキャンディー」が好きだった。F]
タロー [映画の「南極物語」に出てくる犬に感動して。M]
モモ [雌。私の大好物の果物が”桃”なので。F]
ルイス [雌。姉が昔好きだった人のあだ名だったことから。F]
ルイ [雌。短くてカタカナの名前がよかったから。F]
モモ [雌。女の子らしいカワイイ名前を付けたかったから。家族で相談]
チロ [雄。雑種だしあまりカッコイイ名前は我が家には似合わないのでかわい
いこの名前に。家族]
クック [雄。小学生だったころ友だちの飼っている犬の名前が「クック」でか
わいい名前だなと思っていたから。F]
ジロー [雄。日本の名前がよかったから。F]
ラッキー [雄。特に理由はなく、車の中で家族と話し合っていたとき、ふと頭
に浮かんだから。言いやすい名前でかわいいから。F]
ラッキー [雌。小学校1年生のとき知っていた数少ない英語で呼びやすかった から。F]
リッキー [雄。私が中学生のとき父が知り合いの人から子犬をゆずってもらっ
た。とってもかよわそうで、ちゃんと育つか不安だったので力(リ
キ)からリッキーと名付けた。F]
クール [雄。かっこよくなってほしかった。M]
ゲンキ [雌。小さいときに体が弱かったので元気な犬に育つように。F]
ジョン [雄。代々受け継がれていり名前。父親が子どもの頃に飼っていた犬も
親戚の犬もジョン]
トム(叶夢) [雄。マンガ「みかん絵日記」のに出てきた主人公と、猫の昔の
名前。F
ショウ(翔)[両親が弟に付けたかった名前で漢字制限のために付けられなか
ったが、弟がその名前の方がよかったと初めて飼った犬に付けた。
M]
キミ [雌。小学3年生のときの私が、うれしくて自分の名前の逆をつけた。F]
サブ [雄。犬がきた日にちょうど北島三郎がテレビに出て歌っていたから。M]
ポテチ [雄。名前を考えていたときにポテトッチプを食べていたから。M]
2―2 猫の名前
ハデミケ [雌。派手な三毛猫だから。F]
ケムリ [雌。毛並みがよくわからない模様だったから。ケムとも。F]
ヘタ(へ太)/スピン/ボヨンボヨン [雄。しっぽの形が「へ」の字/〜スピ
ン/〜モップみたいにぼよぼよしているから。M]
ブタネコ [雌。太っていたから。F]
ミー/チー [雌/雌。ミーがまだ3ヶ月の頃もらってきて、ミーミーと鳴いて
いたから。チーはその子どもだからとりあえず似ている名前にし
ようと思ったから。F・M]
ミーコ(ミー子) [拾ってきたときはすごく小さくて、ミーミー高い声で鳴い
ていたから。F・M]
ノブコちゃん [雄。のぶこおばさんに顔が似ていたから。F]
ボス [雄。ボスっぽいから。家族全員]
ゴロ [雌。迷い猫で家のベランダでいつもゴロゴロしていたので。F]
コネ [「ネコ」の反対。M]
マル [飼い始めたころ「ちびまるこちゃん」が流行っていたので。家族全員]
シャネル [雌。ブランドのシャネルが好きだから。F]
タマ [雌。テレビの漫画で「となりのタマ」というのがあって、とても好きだ
ったから。F]
キャシー [雌。英語の教科書を見て。F]
ミー [猫はミーだという固定観念があったから。F・両親]
タマ [雌。猫だから。F]
ハル [メス。ドイツ語で幸せという意味があるのと呼びやすいから。F]
ハス(蓮) [雄。捨て猫で、極楽へ行けるように。M]
2―3 兎・リスの名前
ユージロー [白うさぎ。?。クラスで飼っていた兎。なんとなく兎の顔がクラスメ
ートのゆうじろう君に似ていたから。M]
チビタ(ちび太) [ウサギ。雄。ちっちゃかったから。F・M]
ドンくん [シマリス。雄。「ワン・ツー・ドン」に出ているドンくんからもら
った。M]
ミー [ウサギ。雌。ミーって鳴いたから。F]
ハッピー [ウサギ。雄。うさぎと言えば「ハッピー」だと思っていた。M]
クロ/ラビ [ウサギ。黒と白の模様だったから/ラビは茶と白の模様だったが
ラビットから。F]
2―4 ハムスター・ネズミの名前
モモちゃん [雄。もも子という女の子が好きだったから。ちっこい桃みたいな
体だったから。M]
スパイ[雌。オスか雌か分からなかったので中性的な名前にしようと思った。F]
マルコ [雌。まるまると太ってたから。F]
ノン [雌。近くに雑誌non-noがあったので。F]
ハムちゃん [雌。ハムスターに似た言葉だったので。F]
ハム/ミニ [ハムスター。雄/雌。ハムスターが小さかったから。M・F]
ココア/ミルク/ポッキー [雌/雌/雄。色が全身茶色はココア、白はミルク、
マーブルだったらポッキーと、体の色で決めた。F]
リュウ[雄。もと米米clubの石井竜也のファンなので「竜」の字をとって。M]
タクロー/シンヤ[ハムスター。好きなミュージシャンプロレスラーの名前。F]
ウリ [ハムスター。雄。模様が猪のうりぼうに似ていたから。F]
ラム/タロー(太郎) [雌/雄。漫画「うる星やつら」の主人公の名前「ラム
ちゃん」から/いかにも日本男児という感じがするから。F]
チュータロー [ネズミ。チューチュー鳴くから。家族の誰か]
2―5 亀の名前
カメカメ [亀だから。M]
カメキチ [ゼニガメ。近所に「泉吉」という酒屋があって、何となくそこから
名前をつけた。M]
トムトム [見た感じが”トムトム”(ゆっくりしていそう)っていう感じだっ
たから。F]
ニゲキチ(にげ吉) [くさがめ。雄。常に逃げようとしているため。M]
ガメラ [すぐに脱出をはかろうとするから。F]
コロリン [ゼニガメ。よく転んでいたから。F]
2―6 鳥類の名前
カッちゃん [インコ。雌。姉が少年隊のカッちゃんのファンだったから。F]
ピッピ/ピック [インコ。雌/雄。鳴き声がピッピッと弟が小さかったため呼
びやすいように。F]
ピーちゃん [セキセイインコ。雌。ピーピー鳴くから。F]
ルル/リリ [セキセイインコ。雌。2羽とも同じ鳥かごでメスだったので私(る
い)と妹(えり)の名前の一部をとってつけた。F]
ピーちゃん/チーちゃん [セキセイインコ。雄/雌。いつの間にか。F]
キーボー(キー坊) [セキセイインコ。雄。黄色かったから。F]
タロー(太郎)/ハナコ(花子) [十姉妹。雄/雌。何となくかわいいと思っ
たから。F]
グリコ [ブルーボタンインコ。雄。とにかく何か鳥を飼おうと思っていて、い ろいろ名前を考えてた時、ふと浮かんだ。F]
ピヨ/ピコ [インコ。雄。思いつき。M・F]
モルテン [あひる。雌。テレビアニメ「ニルスの不思議な旅」の主人公が乗っ
ていた鵞鳥。F]
シロ [文鳥。雄。白文鳥なので体が真っ白だったから。F・M]
マーちゃん [文鳥。?。まるまると太っていたのでマルちゃん、これがマーち
ゃんとなった。F]
アズサ [文鳥。雌。人間みたいな名前が付けたかった。本名は「あずさ2号」 だったけど、長くて呼びにくかったので、「あずさ」になった。F]
チチ/ピピ [文鳥。鳴き声がそんなふうに聞こえたから。F]
チュン [雀。雨の日の学校の行きしなに、飛べずにチュンチュン鳴いてうずく
まっていた。F]
エビチュ [雀。読んでいた漫画の中のハムスターの名前。F]
キューちゃん [九官鳥。九官鳥だから。家族全員]
マリオ/ルイジ [ひよこ。なんとなく。M]
コッコ/チッチ/ピッピ [鶏。雌。ひよこのとき、体の大きい順につけた。F]
ポッポちゃん [鳩。雄。ポッポッと鳴くから。M]
2―7 魚類の名前
キンチャン [金魚。金魚から。F]
コメさん [金魚(コメット)。コメットやから。F]
キンギョン [金魚。おもしろかったから。M]
キンタロー(金太郎) [金魚の金をとった。F]
プク/フク [金魚。夜店でとってきた金魚5、6匹の中でこの2匹が生き残っ
ていてやけに太っていたから。F]
ボス [金魚。一番大きいから。F]
キンキン [金魚。金魚だから。それにちょっと愛川欽也とかけてみた。M]
デメちゃん [でめきん。雄。でめきんだから。F]
クロ [でめきん。真っ黒の金魚だったので。F]
ザリ [ザリガニ。雌。ザリガニの最初の2文字をとってつけた。M]
2―8 昆虫・爬虫類の名前
チョコ [とんぼ。雄。チョコバットみたいだから。M]
サンシロー(三四郎) [カブト虫。雄。「北斗のケン」が好きでもじった。M]
ヤマト [カブト虫。雄。かっこいいから。M]
クモスケ [蜘蛛。クモだから。F]
ゴロー [ゲンゴロウ。名前からとった。F]
2―9 植物の名前
ゴンゾー(権造) [サボテン。友だちのようで親しみやすいので。M]
ノリ [サボテン。サボテンをくれた人の名前をとって。F]
2―10 持ち物の名前
チャベス号 [自転車(ママチャリ)。雄。漫画の主人公が自分の原付につけ
ていた名前。M]
エフ・ツー(F2) [自転車。戦闘機の名前から。M]
スカイウルフ [自転車。大空を飛ぶ狼の夢を見た。M]
パララン号 [自転車。パララーンっていう感じやったから。F]
メグリータ [自転車。自分の名前(めぐみ)をもじって。F]
アポロ [原付。宇宙まで行きそうでかっこいいから。M]
ミルク [真っ白な猫のぬいぐるみ。真っ白だというのと、自分が小さい頃、親
戚のおばさんに「みる」と呼ばれていたことから。F]
クマしゃん [熊のぬいぐるみ。F]
ゴマちゃん [アザラシのぬいぐるみ。テレビ番組から。F]
エリア(AREA) [パーソーナルコンピューター。AREにAをつけてエリアに変わる点が
おもしろく感じて。高2の夏に命名。M]
デコパ [ブーツ。靴の形から。デコッパチ→デコパチ→デコパ。F]
ケイコちゃん [消しゴム。何にでも名前を付けるのが好きで持ち物ほとんど名
前をつけている。F]
V.犬と猫の名前の造語発想による分類
ここでは、語数が多く、造語発想が複雑な犬と猫の名前を取り上げる。名前の由来に注目して分類したものが「ペットの名前の造語発想の分類表」である。
W.命名心意の傾向性
得られた名前を見回してのいくつかの気づきを述べる。
(1)形態や行動などによって個体の特徴がはっきりと認識できる犬や猫などのペットは、個体に応じて名付けられて多様な名前が創出される。一方、鳥類や魚類などの個体差の小さいペットは、鳴き声や種類からの変形による類型的な名前になりやすい。また、ハムスターやセキセイインコなどはあっという間に数か増えてしまうので、名前を付けるのがしんどいためか、無造作な名付けが行われやすくなる。犬や猫は雌雄の区別が考慮され、雌にはかわいい名前が志向される。
(2)漫画やアニメなどのキャラクターからとった名前を付けることが多い。
(3)外来語、もしくは外来語的な印象を持った名前の割合が高く、「伝統的な」名前は劣勢である。
(4)音節数では、「ちゃん」などの接尾辞を除いて考えると、2音節と3音節の名前が大半である。これには呼びやすさを考慮してのことと思われる。
(5)家で飼うペットの名前に連続性が存する。まったく同じ名前であったり、類似の名前が付けられたりする場合がある。例えば、ニポポ[ごろがよかったから]→ポポ[前の犬が死んでよく似た名前にしたかったから]→ニポ[ポポの妹だったから]。ジョリー[「名犬ジョリー」にあこがれて]→チャリー[「ジョリー」の弟として]。ケムケム[犬。雄。毛むくじゃらで見た感じがケムケムだった。M]→ジュニア[犬。雄。ケムケムの息子なので「ケムケム・Jr」を略して。F]。
以上、若年層の日本語のペットの名前を概観してきた。ペットショップばかりでなく身近なスーパーマーケットやコンビニにさえも高品質のペットフードが山積みされ、数々のペット用品が所狭しと並んでいる。ペットの幸せとはなんだろうか。かわいがられること。では、具体的にかわいがるとはどういうことなのか。柏原キャンパスにも「野良犬や野良猫」を見る。遺棄されたか逃げ出したか、繁殖したものかわからない。近くに来ると彼らの頭をなでることもある。最後まで見とどける覚悟はあるか。
ところで、中国の留学生が「小白(ショーバー)[犬。チンチラ。雄。毛の色が全部白だから。F]」を、韓国の留学生は「チョンバキ(ハングル表記略)[犬。縞のように色が違う意味。F]」を教えてくれた。英語では犬の場合は人の名前が多いと聞く。ペットの名前の造語発想はおのおの言語でどうなっているのだろうか。
井上博文 「ペットの名前の造語法―犬と猫の場合―」
大阪教育大学国語教育講座・日本アジア言語文化講座