大阪教育大学キャンパスことば(14)
            ―大学構内のお気に入りの場所―
 
                             国語教育講座  井上博文
 
T.ケータイと身体性
 携帯電話はケータイ 、PHSはピッチ (上線は高アクセント)。研究室で遅くまで仕
事していて、すっかり暗くなった講義棟を歩いていると、いきなり背後の暗闇から
もしもしと女性の呼び掛ける声がした。ついに伝説の「口裂け女」に遭遇かとどき
りとした。「私きれい?」と聞かれたらなんと答えるのだったか、撃退する呪文はな
んだっけ?、そうだポマード!。ふりかえると携帯電話(ケータイ)に興じる学生
がいた。また、夕方にトイレに行ったら個室の中から男性のつぶやく声がする。い
ろいろ苦労があって独り言でもしているのかなと思っていたら、彼は水音とともに
携帯電話を手にして出てきた。話し相手と「くさい仲」なのか。日常生活の中での、
コミニュケーションの媒介の道具に「変革」が起こっている。通信技術の発展は日常生活の中
に確かに浸透している。即、コミニュケーション自体が変わっているのである。
 これも携帯電話の話しだが、昼休みの混雑する生協の食堂で食事しながらかけて
いるのを見かけるようになった。目の前の者と話さずに、そこにいない者と話しに
興じている。わたしなどは違和感を覚える。ここに大勢の人がいるのにもかかわら
ず、携帯電話という道具を介して、他の場所の個とつながっている。講義中に着信
音を高らかに響かせる。注意をする。もちろん「説教」もする。音は出ないように
していても、机の上に置いておくことは普通の光景になった。
 電波は特定の場所を越えてつながっていく。しかし、生身の一人ひとりは特定の
場所に身を置くしかない。ここに身体性の問題がある。具体的な環境に身を置いて、
五感をはたらかせ、主体的にものごとに取り組む。ここに豊かな経験がはぐくまれ
ていく。知識や情感の基盤が存する。学びの場である、大阪教育大学キャンパスを
再び見渡してみる。
 本稿は、大教生にとって大阪教育大学構内の「お気に入り」の場所の紹介である。
構内での学生生活の一端に触れるものであると思う。また、表現の問題として、他
者に特定の場所を示す場合に、どんな言語表現で説明するのかを見ようとしたもの
である。ちなみに、「大阪教育大学キャンパスことば(1)―場所の呼称を中心に―」
(『学園だより』111号 1993.5.29)もご参照ください。  
 
U.資料  
 以下の2つの講義の終了前に、「あなたが大学構内で好きな所とその好きな理由を
教えてください。ただし、150字程度で。」という課題を出した。これは短文による
「説明」の練習の実践である。論文などの学問的な文章の他に、日常生活を見つ、
そこからくみ取った問題意識を根っこにして考えていくための基礎的な文章力の種
子を播きたいと願っている。その方策としての短文練習。
 (1)平成11年度前期「小専国語」 74名  1999.4.27 3時限
 (2)平成11年度国語学特講T 24名  1999.4.30  2時限
 
V.大学構内で好きなところ
01.私が一番好きな所は食堂の上のレストランの裏のベンチのある所です。晴れてい
る日にそこでみんなでお弁 当を食べるのが大好きです。なぜ好きかというと、私
はポカポカしててのどかな雰囲気の中でボーッとするのが大好きだからです。それ
に、お弁当を食べる時は食堂もいいけど、人がいっぱいいすぎてみんなと話が楽し
くできないから落ち着きません。でも、あの場所はすごく落ち着けるし、みんなと
のんびりすごせるので、私の一番のお気に入りです。(一回生、女性、O.S)
 
02.私のお気に入りの場所は学生会館の3階にある食堂だ。1,2階の食堂はいつも
混んでいて座れないが、なぜかここだけはすぐに座れることが多い。最初はまずい
から混んでないと思っていたけれど、そうではない。(中略)一つだけ不満があると
すれば、いつも早くできるのはカレーで、ほかの料理は時間がかかるところだ。そ
のおかげで3限の授業に遅れそうになったこともある。だけど、なぜか行ってみた
くなる。(一回生、男性、S.K)
 
03.私の好きな所は位置で言うと情報処理センタの裏の道路です。しかし、ただ裏の
道路に行ってもおもしろくありません。体育館側から大学のまわりの道路をバイク
で登っていくと、坂道のピークの所で道路と空がつながったように見えます。私は
その景色がとても好きです。なんだか空に行けそうな気がする、そんな場所です。
 (二回生、女性、Y.K)
 
04.学校帰りに必ず通る階段が好きだ。特に最近は暖かくなってきて色々な草花が目
にとまる。登校時にもそれらは存在するのだが、エスカレーターを利用するし、山
を登るのに精一杯なので、気を止める余裕がない。帰りなら時間に余裕があるので
良い。昨日階段を下りながら、コスモスに似たオレンジ色の小さな花を見つけた。
とても愛らしく私のお気に入りになった。また、階段には大教猫もたくさん丸まっ
ている。彼らは人なつっこく心優しい。私が「遊んでぇ」とゆっくり近づくと「ナ
ーン」と返事をしてくれる。私はもうメロメロになる。そんな帰り道の階段は最高
だ。(二回生、女性、K.Y)
 
05.基本的に私はボーッとできる場所が好きだ。その中でも図書館はよい。友達とい
っしょに来て話すもよし(小声で)、一人で寝るもよし。何をしていてもおかしく見
えない不思議な空間だ。最近、私はひまになると図書館に立ち寄る。偶然友達に会
えば話しをしたり、インターネットをさわってみたり。とにかく1日いても飽きない。本も
高校とは比べものにならないほどたくさんあるので、ルンルンである。(後略)。(一
回生、女性、T.T)
 
06.生協の前の階段にはたくさんの人があふれている。いろんな催し物があったり、
各々が好きなことを自由に語っている。私はあの場所が好きだ。晴れた日にあの階
段を降りたところから上を見上げると、空と重なって素晴らしい風景となる。あの
階段を見る度に、この学校に来てよかったと思う。地元の友人にもいつか見せたい
なあと思える場所である。(一回生、女性、T.H)
 
07.私が大学構内で好きな場所は、生協前の階段だ。昼休みにはたくさんの人が座っ
ている。最近まではポカポカして暖かかったけど、今日はかなり暑かった。でも階
段に座っていると友達にもよく会って話しをすることができる。しかし、これから
の季節は少し厳しい。でも、あの階段に座って人を見たりしていると、「あぁ私って
大教生。」思ってしまうのは私だけだろうか。(一回生、女性、B.E)
 
08.自分がこの大学で一番好意的に感じる場所はA-314号室だ。この講義室で講義を
受けている時が大学生であることを実感できる気がする。高校の教室とは全く違う
広さや大きさに圧倒される。また高校の授業とは違う内容の講義が行われる。自分
にとってA-314はとても魅力的であり、この教室で講義を受けるのが楽しみにもなる。
(一回生、男性、K.A)
 
09.私が大学構内で好きな所は、エスカレーターを登りきった所だ。なぜかというと、
そこから見える景色がすごくきれいだからだ。大阪のゴチャゴチャした街が、その
場所から見ると別の街のように見える。またまわりの山並みも見えて、すごくのん
びりとした気持ちになれる。大教は山の上にあるからいやだなぁと思っていたけど、
こんなきれいな景色が見れる大学は、他にほとんどないだろう。
 (一回生、女性、H.T)
 
10.私は、階段を登りきった所にある、ちょっとしたスペースが好きだ。特に天気の
良い日の帰りは景色の雄大さに圧倒される。授業が終わったという解放感とあいま
って、本当に気持ちがいい。また、運良く雨上がりや晴れ間の見えはじめた頃に通
ることができれば、雲間から光条のさす幻想的な景色を見られることもある。普段
は山登りにうんざりする大学だが、この景色があるならと思わせてくれる場所であ
る。(二回生、女性、H.K)
 
11.自分はこの大学構内はどこも好きであるが、その中でも一番気に入って所がある。
それは食堂の窓から見える丘の上にある小屋である。丘の上は人があまり来ない
ので広々してて、緑がいっぱいでとても気持ちいい。晴れていて授業がなくて時
間がある時は、ときどきその丘の上の小屋に行って横になっている。
 (二回生、男性、T.S)
 
12.私が大学の中で好きな場所は下にある方の食堂である。私は弁当持参なので滅多
に食堂のメニューを利用することはない。でも、食堂に行くと同じ専攻の友人、先
輩、後輩がいる。時には去年または一昨年に受けた講義で仲良くなった人にも出会
う。3回生になり専修分属の都合で同じ専攻の人と集まる機会が少ない私にとって
のほっとする場所が食堂なのだ。(三回生、女性、H.A)
 
13.私は、この大学の学生食堂が大好きだ。一人暮らしで、栄養がかたよりがちで、
誰かに作ってもらった食事というものに飢えているので、学食の元気なおばさん達
が作ってくれた食事を食べている時は幸せだ。そして 何よりあの安さには驚いた。
一番驚いたのは、みそ汁が20円だったことだ。20円なんて、いったい何に使わ
れているのだろうと不思議になる。あんなに安くてよく経営が成り立っているなあ
と、余計な心配までしな がら、毎日食堂に通ってしまう。食堂は一人暮らしの強い
味方だ。だから私は大好きなのだ。
(一回生、女性S.K)
 
14.大学構内で私の好きな所は池のほとりです。大学に入って一年たったが、授業が
ない時はどこへ行っていいかずっと迷っていました。でも今学期偶然に自分の好き
な場所が見つかりました。いい天気の晴れた日、私は一人でふらふら歩いていた所
がちょうど池のそばでした。あんまりきれいな水でもないが、鯉かどうか知らない
魚がここちよく泳いでいました。そういうことに自分の気持ちも軽く明るくなりま
した。それで暇があったらいつも自分も知らないうちに池の方向に向かってしまい
ます。(二回生留学生、女性、S.K)
 
15.私が大学構内でいちばん好きなところは、サークル棟前の駐車場です。授業の空
き時間、図書館が閉まっていたり満員だったりしたら、私はそこに向かって歩いて
います。この大学は上り下りが多くて風景も段になって見えてくるのが普通ですが、
サークル棟前は広々と真っ平で、大学外(奈良?)の景色もよく見えます。また、
放課後まではあまり他の人も来ず、一人でぼんやりとすることができます。(後略)。
(二回生、女性、K.S)
 
16.大学構内で私が一番好きな場所は、裏にある山です。裏の道路を奈良方面に行っ
た所に入口があって、そこからは自分の足で山登りして頂上まで15分くらいです。
頂上はすごくながめがよくて、最高です。少し落ち こんで時に友人にはじめて連
れていってもらって、気分は楽になってまたがんばるぞと思えました。そこは秘密
の大教大のスポットです。自分が元気になれる場所がやっぱりいいです。暗い気持
ちの時はぜひ行ってみて 下さい。(二回生、女性、K.M)
 
17.食堂の中でも一番好きなのは、外の見える窓際です。混雑してくるとそとを眺め
ている余裕もありませんが、授業が早くおわったり、2限がない時などは、食堂に
行って窓際に座り、ボーッとしていると心が落ちつくような気がします。特に今の
季節は暑くもなく寒くもなく景色もよくて最高だと思います。(二回生、女性、M.K)
 
18.私が大学で好きな所はいくつかある。そのうち一つは共通講義棟の2階から食堂
へ通じる通路である。私はこの学校へ入学した当初、あの通路の存在を知らず、食
堂へ行くのに無駄なアップダウンを繰り返していた。ある雨の降る日、友達にあの
通路の存在を知らされた時、私はすごい感銘をうけた以来、私は用もないのにその
通路をよく使っている。(一回生、男性、T.Y)  
 
19.2機目と3機目のエスカレーターの間にある、ベンチが置いてある広場が大阪教
育大学で最も気に入った場 所だ。向かいの山の緑の斜面に人工的なビニールハウ
スのコントラスト、エスカレター自体の人工的な建物と横に見える自然の山。この
雄大な自然と人間の文明とが交わる場所のような気がするからである。
(一回生、男性、T.K)
 
20.私が好きな場所は、大学中にたくさんある花壇だ。私は外を歩く時に、必ず花壇
を見ながら歩いている。たまによそ見をしすぎて、人にぶつかる時もある。それだ
け大教の花壇は私を魅了している。今から見どころな のはツツジである。色々な
種類のツツジが5月上旬にかけてきれいに咲くだろう。私はこれから4年間、花壇
の植物を見るのが楽しみである。(一回生、女性、Y.J)
 
21.それはズバリ陸上競技場のトラックの中の部分です。まだ、体育で1回行っただ
けだけど、クローバーとかがいっぱい生えていて、目にやさしいことはもちろん、
すわりごこちもなかなかよく、心がなごんでとても幸せな気分になれるところです。
当然のように四つ葉のクローバーさがしをしてみたら、四つ葉と五つ葉を見つけて
なお幸せな気分になりました。(後略)。(一回生、女性、K.A)
 
22.私が大学構内でいちばん気に入っている場所は音楽棟にある、ピアノの個人練習
のできる部屋だ。中学生の時にやめて以来、ほとんどひかなくなったピアノを、大
学の授業でまたやり直すことになったが、下宿生の私としては、ピアノの練習がで
きないということがとても気がかりだった。その心配を解決してくれたのが、この
場所だ。小さな部屋に一台ずつピアノがあって、誰にも気がねせずピアノが弾ける。
しっかり練習して、みんなについていきたい。(一回生、女性、K.M)
 
23.僕が大学の中で一番気に入っている所はテニスコートです。この大学にはテニス
コートが16面もありますが、体育館の横のコート8面がいいです。というのも一
回生の時から「ローンテニス」というテニスサークルに入り、テニスに夢中になっ
ていたからです。色々な思い出がたくさんあって、コートを見ていると思い出せる
のです。他の人から見るとただのテニスコートでも、僕にとっては思い出のテニス
コートなのです。新しく大学生活をおくる人達には、何か一生懸命になって思い出
を残せる場所を見つけてほしいと思います。(四回生、男性、Y.K)
 
W.場所
 「お気に入り」の場所に共通する特徴は、風景の美しい静かな所とともに、大学
らしい雰囲気のある所である。また心理的には「落ち着ける、心のなごむ、ゆった
りできる、くつろげる、ぼうっとできる」場所である。そこは一人で楽しめる所と
友だちと出会える所の二つの場合がある。同じ場所であっても好きな理由が違って
いたりする。学年が上がると、ゼミ室やサークル活動の部屋とする者が多くなる。
場所に思い出が染みついてくる。
 金剛山地と生駒山地とにわたる金剛生駒国定公園内にある大学である。伝説の山
の二上山を間近に仰ぎ、はるかに六甲山地を遠望する。大阪平野の夜景を俯瞰でき
る。自然の緑も、心ある方の緑化の努力による樹木・草花の緑も横溢している。起
伏に富む構内の施設は人工の美である。あいた時間に構内の探訪散歩に出かけませ
んか。
                                                   
 ケータイ(携帯電話)の話しを学生としていたら、バリサン(ばり3)≪表示
に電波が3本立っていること。受信状態がきわめて良い≫、ワンコ≪一回コールし
て切ること。着信して電話番号を残しておく≫。徳島県ではワンコのことをワンギ
(1切り)というらしい。携帯電話の普及という一般的傾向のなかで、地域差(方
言)が生まれている。