大阪教育大学キャンパスことば(15)
             ―ケータイ(携帯電話)―
                                           井上博文
T.ポケベルからケータイへ 
1―1 ケータイの問題
 本稿は、日常生活のコミュニケーションの主要な媒介手段となったケータイに関する言語行動の一端を考えようとするものである。(ここではPHSも併せてケータイと呼ぶことにする。)
 日本国での普及率は2人に一人が持っているまでになった。わたしの研究室のゼミ生は、全員がケータイを持っている。持っていないのは私だけである。そんな時代である。ポケベル会社がつぎつぎに業務撤退し、ポケベルの製造会社は一時の隆盛の影もなく倒産している。ピッチ(PHS)も衰退ぎみで劣勢である。今や主流はケータイである。テレビではケータイのCMが多く流れる。今や電話会社は、若年層への普及が一段落したと見て、主婦層への浸透をめざしているようである。また、さらなる高機能の機種やサービスを売り出している。街を歩けば、ケータイ関連の店が殷賑をきわめている。電話所有の推移を見ると、軍隊や官公庁、企業などの団体、そして地域(「呼び出し」)から家庭へ、そして個人へと移行してきた。また公衆電話を使うことは少なくなった。合格発表の日に電話に行列ができたのは昔の風物になった。一個人で複数を所有して用途によって使い分けることも珍しくなくなった。学生で部活動の役職用のいわば公のケータイと個人の二台を携帯している者もいる。
 携帯電話は短期間に機能を進化させて、あまねく日本社会に普及した。あまりにも急激なために使用のルールを確定し共有するいとまもなかった。つい最近、道路交通法で自動車運転中の携帯電話の使用が禁止された。罰則はないらしい。運転中に手に取らないで会話できる装置も売り出されて人気だと聞く。
 講義の最中にケータイの電子音が鳴り響き、気まずい雰囲気に教室がつつまれることがある。講義を中断しなければならない教師、こらからの展開を心配する学生との微妙なにらみ合いがおこる。センター試験でも時計のアラーム禁止と、携帯電話の電源を切ることを指示する文言を読み上げる。こんな常識的なことも注意せねばならないのかと心の底ではつぶやく。確かにあの電子音は人をびくりとさせる。注意をひきやすいように作ってあるのだから機械としては優秀だ。それを使いこなす人間の側では、使い方にルールが求められる。
 初期のポケベルは一方的な呼び出しで、電話であらためて連絡する必要があった。次いでポケベルは数字やカタカナを受信できるようになった。まだ、送信は電話を利用しなければならなかった。ケータイは聴覚的な音声を媒介としている。そして、ケータイでメイルができる機能が付加した。ポケベルの仲間を「ベルトモ」、メイルの仲間を「メルトモ」と言う。通信機器だけでつながった「友だち」の世界が存する。
 経済活動の中で利用されることは無論であり、日常生活の裡にも通常にも深く浸透した。暴走族がケータイで連絡をとりあって、取り締まりの情報を交換し行動を統制する。ケータイにはいつでもどこでも通話ができる利点がある。軽くて小さく、尚かつおしゃれだ。山岳地帯でも、谷では通じなくても尾根や頂上では「アンテナ」が立つ場合が多い。この「いつでもどこでも」という利点が欠点と表裏となる。手軽であることの功罪が相半ばする。
 非常勤に行っていたある大学で、いつも授業中にケータイの着信音を高らかにならす女子学生がいた。まだマナーモードがなかった時期であった。いくら注意しても直らないので、授業後に呼んで話すと彼氏からだと言う。個人的な事情には立ち入らないが、よく考えてみよう、彼氏はあなたが学生であることを知っていて、しかも授業中なのを知っているのにもかかわらず掛けてくるのであれば、本当にあなたのことを大切に想っているのだろうかと諭した。交際が盛り上がっているときであったかもしれない、彼女はムカツイた顔をした。彼女は数週間して私のところにやってきて、どういう人かよくわかった、もう別れたと報告した。そんなこと報告されてもというとまどいもあった。どうであれ、道具としてのケータイにその使い手の人柄が現れるのだと思う。電車の中などでプライベートな話しを聞かされると辟易する。
 国語表現の視点からは、新しい語彙や表現が生まれている。例えば、ストラップ、着信音、メロディー、バイブ、サイレント、番号通知(非通知)、キャッチ、消音、メモリー、メール、ワンコール(ワンコ、ワンギリ)、バリサン、等々。表現面では、通話の状態の良し悪しを「電波悪い―入る」で表す。アクセントでは平板化がすすんでいる。
 ○デンパ ワルイ ワ。ソト イッテ カケル ワ。
  電波<受信状態>が悪いよ。(部屋の)外に行って掛けるよ。
 
 また、従来の家庭で家族で共有する備え付けの電話(ケータイに対して「家の電話、自宅電話」と呼ばれる)と違った、個人所有の電話としてのケータイに関わる固有の言語行動が観察される。コミュニケーションの様態に変化が見られるのである。こちらから掛ける場合にも、掛かってくる場合にも相手が誰であるかあらかじめ分かっている。嫌な電話や都合の悪い電話は、電波が切れるふりして切ることができる。ケータイを掛けている者には、なんとなく遠慮してしまう。ケータイを持つ手のさまなどの身体表現など観察しているとおもしろい。
 
1―2 資料
(1)平成11年度「小専国語」前期・後期受講生へのアンケート(「ケータイ
    で失礼と思うこと」)
(2)平成11年度「小専国語」後期受講生へのアンケート(「ケータイの言葉」)
 
U.ケータイ(携帯電話)の言葉
 掛けるときと切るときの言葉(コミュニケーションの始発時と終了時)を見てみる。実際には話し相手との相互のやりとりがあって、変種(バラエティ)はさらに多くなる。                                    
(1)ケータイを掛けるときの言葉                     












 
           具体的な表現
 a モシモシ/モシモシ?/モシモシー/モシモーシ/モシー/モスモス
 b アッ モシモシー/ハイ モシモシ
   c
  
 
モシモシ [相手の呼称]?/モシモシ [相手の呼称]? [自分の呼称]ヤケド/
モシモシ [自分の呼称]デスケド [相手の呼称]デスカ?/モシモシ [自分の呼称]
[相手の呼称]?/モシモシ [自分の呼称]ヤケド/モシモシ [自分の呼称]デス/
アー モシモシ [相手の呼称]?
   d モシモシー 何しよったん?/モシモシ 何しとん?/モシモシ? 今いい?/モシモシ
今大丈夫?/モシモシ 今電話しても大丈夫? 何してたん?/モシモシ 今どこ?/
 e [相手の呼称]?/[相手の呼称]? コンバンワ/
 f アノサー 俺ヤケド/アー [自分の呼称]デス/
 g ヨー/オー
 h 本人が出るので、すぐ内容に入る
 
(2)ケータイを切るときの言葉             



















 
            具体的な表現
 @ バイバイ/バイバーイ
   A
 
ホンジャ バイバイ/ホンジャネ バイバイ/ホンジャーネ バイバーイ/ホンジャネー
バイバイ/ホンジャネ バイバーイ マタネー/ホンナラ マタネー バイバーイ/
ホンナラネ マタ ハイハイ ハーイ ブァィブァィ/
   B

 
ソレジャ マタ/ソレジャ マタネー/ソレジャ マタ バイバイ/ソレジャー マタネー
バイバーイ/ソレジャネ バイバイ/ソレジャーネ バイバイ ハーイ/ソンジャー
マタ後で バイバイ/ソレジャー アリガトー バイバイ/
 
  
 C

 
ジャーネ バイバイ/ジャーネ バイバーイ/ジャーネー バイバイ/ジャーネー
バイバーイ/ジャ バイバイ/ジャー マタネ バイバイ/ジャー マッタネー バイバイ/
ジャ マタ今度 バイバイ/ンー ジャーネ バイバイ/ン ジャ バイバイ/ンジャ マタ バイバイ/ウン ジャ また連絡するわ バイバーイ/
 D
 
ジャ/ジャーネー/ジャ ナ/ンー ジャーネー/ン ジャーネー/ジャッ マタ/
ジャーネ マタネ/
 E ンジャ そろそろ切るわ/ワカッタ/
 F
 
オヤスミ(夜)/オヤスミナサイ(夜)/ン ジャ オヤスミ(夜)/
ホンジャーネー オヤスミ(夜)
 G
 
ハイ 失礼致します/失礼します(目上の人)/では失礼します。さようなら/
それでは失礼します(目上の人)/アリガトーゴザイマシタ(仕事・バイト)/切ります/
 
 
V. ケータイのマナー
3―1 どんなことが失礼か。
 使用者として、どのようなことを「失礼なこと・嫌なこと」、「ケータイのマナー」として捉えているのかを、以下に見てみる。見方をかえれば、不快な感情を抱くことは何かということになる。
 
(1)授業中など大勢の人がいて、静かなところで、ケータイの着信音がなると、一気にの場の雰囲気がくずれる。そういうところでは鳴らしてほしくない。また、病院でのケータイの使用は絶対ダメらしい。私の母が看護婦なので言っていたことだが、ケータイの電波によって精密機械はくるってしまうらしい。とくに恐ろしいのは心臓にペースメーカーをうめている人の側でケータイを使用すると、機械がくるって、その人が危険な状態になることがある。そういうことも含めると、ケータイを使う人がどんどん増えるだろうからケータイのよりよい安全やもっとすごい機能をのぞむ。(一回生、女性、F.W)
 
(2)私がケータイについて不快に思うことは、今、私と大事な話をしているにも関わらず、電話がかかってくると、その電話をとって話しだす人がいることです。私としてはなんかこちらの方を無視されたみたいで不快に思う時があります。(4回生、男性、U.R)
 
(3)私はケータイを持っていないのでいろいろ不快に思うことがある。一番不快なのは友だちとしゃべっている時に、その友だちに誰かから電話がかかってきて話が中断することだ。そういう時は電源を切っとくか、あとでかけるといってすぐ切ってほしい。あと不快なのは電車の中でかかった電話に誰もでなくて、みんな「誰のん?」て顔をして電話のベルがなりつづけていることだ。うるさいのでなんでもいいから早くでるか切るかしてほしい。ケータイを持っている人だと、いろいろとケータイのマナーについて大目にみたりできるのかもしれないが、私はケータイもってないので厳しくなってしまう。世の中には、あの着 信の電子音が嫌いな人もいるのでかかってきたら早くでてほしい。(1回生、女性、Y.K)
 
(4)けいたいの一番の問題は大声で話すことであると思う。私は電車の中でおっちゃんやおばちゃん、学生などが大声で話しているとかなり腹が立つし、友だちの時も「しぃー」と声をおとすように言う。私もそうならないように、携帯を持ち始めた頃は、あとでかけなおしたり、車両と車両の間やなるべく隅で話すようにしていた。最近は手を口元にあてている。これだけで声はかなり小さくなるし、電車のガタガタという音でまわりのはほとんど聞こえない。おためしあれ。(1回生、女性、T.T)
 
(5)私がケータイ電話で気にしているマナーはかける時間です。もちろん授業中の友だちにはかけないことは常識ですが、移動中にもあたらにようにします。それは自分が電車の中でかかってきた時に困るしまわりの視線が痛いから人にしないようにしているためです。でも夜は時間をあまり気にせずかけます。相手が寝ていそうでもかけます。これは自宅電話ではできないことなので、やっぱりケータイは便利だと思います。(1回生、女性、K.S)
 
(6)私が持つ以前は、電車の中ではバイブにしとけ!とか電車の中で電話するなよ!とか思っていました。しかし実際持ってみると、自分が不快に感じていたことをやってしまいます。やはりカバンの中に入れていてバイブにしてると気づかない時が多いので、ついつい着信音をONにしてしまいます。きっと持っていない人にとっては不快だろうと思うけど、便利なので、最近ケータイのマナーなんてほとんどないのではと思ってしまいます。(1回生、女性、S.M)
 
(7)ケータイのマナーというとまず音に関する事柄が挙がってきます。が、私がいらつくことは番号の非通知です。つい先日、非通知で電話が鳴りました。名前も名のらず、何だろうと思うと、興奮した男の人 のイタズラでした。しつこくて本当にいらつきました。(4回生、女性、K.M)
 
(8)私がいつも気になるのは授業中にマナーモードを設定しただけで安心して机の上に直接ケイタイを置いている人だ。そうすると、バイブレータ設定になっているので着信したときにケイタイと机とがぶつかってすごい音がする。ハンカチか何かの上に置くべきだと思う。(1回生、女性、K.M)
 
(9)いろいろな場所で携帯電話を使っているのを見ますが、どこを見てもマナーの悪い人が多い。例えば授業中、ケータイが鳴って急いでスイッチを切る。それが授業の初めだったらまだいい。問題なのはたて続けに2回、3回と鳴ることだ。1人目が鳴ってしまったら、後に鳴らさないためにも確認すべきである。
 また電車の中でも鳴るのは私にとっては別にかまわないのだが、話すときの声がたいへん大きい。まわりが静かなのだから声の大きさもそれに応じて考えてほしいものである。(3回生、男性、N.T)
 
(10)私がとても嫌だなと感じる時は、電車の中で雑談をしている人と、授業中にマナーモードにしていない人と、コンサートで消音にしていない人です。電車の中での使用はいまどこにいるのか、何時くらいに帰れる程度ならよいのですが、普通の会話をされるとかなり嫌です。今日の朝の満員電車でそいういう人がいて最悪でした。授業については言うまでもありません。(後略)(1回生、女性、Y.J)
 
(11)まずケータイのマナーとしてどうしても守らねばならないことといえば、病院内での使用や飛行機内での使用である。病院で使われるペース・メーカーがケータイの電波によって狂ってしまったり、飛行機 の計器類が狂ってしまったりするためである。これは、人命に関わるようなことなので絶対に守ろうと思 う。(1回生、男性、T.K)
 
(12)図書館内や電車内でたまにケータイを片手に大声で話している人を見かけます。そしてこんな風景を見る度に情けなくなります。たぶん話をしている本人は、自分の声がどのくらい大きいか気づかず、自分の世界に入り込んでしまっているのだと思います。よって難しい事かもしれませんが、たまには自分の行動を客観的に見ることも大切だと思います。(1回生、女性、T.S)
 
(13)私が設定しているマナーは音を消して、バイブレータをONにしてます。授業中だけマナーモードにしています。電車に乗っているとき、他の人が大声でしゃべってたら迷惑に感じるし、話がまわりの人に つつぬけで恥ずかしくないのかなと思います。私は家の電話で話すときでも、内容がどんなものであろうと家族に聞かれたくないのに、友だちならまだしも、他人に内容を聞かれるのってぜったい恥ずかしいと思いました。だけどこの間駅から友だちにかけたとき、大きい声で話して大笑いしている自分に気付きました。みんな無意識にやってしまってることなんだなあと思いました。気をつけないといけないと思います。(1回生、女性、D.K)  
 
(14)自分の都合とか用事で電話した時は、留守電になっていても自分からかけ直す。友人と話している時 に電話が鳴った時に、話していた相手に上手に断ってから出る。(3回生、男性、M.T)
 
(15)カラオケしてもり上がっている時に、携帯がなる人。で、その上、部屋を出てまで電話する人。で、その上、なかなか帰ってこない人(その時、その人が入れた歌がはじまるとどんどんムカつき出す)。で、その上、何度も出ていく人。以上は人のもり上がりを邪魔をしてマナーがよくない。失礼です。(2回生、 女性、S.S)
 
(16)友だちと一緒にいて話しをしている時にかかってきたら、何か悪いなあという気になる。逆に友だちの方にかかってくると、どことなくさびしい気になる。切ったあとでそれまでしていた話がどうでもよくなっていたりすることがあるのが、私は嫌だなあと思う。(2回生、女性、H.R)
 
3―2 共有する場の問題
 ケータイする状況(場所・時間)、周囲の人との関わり方(声の大きさ、通話時間、対人の様態)等々に気配りを求めていることを知る。ケータイは個人のものであり、いわば「私」に属する。しかし、その場に一人っきりでいるのではなく、他者と場を共有している。場は「公」の世界である。だからこそマナーとか礼儀とかエチケットとかが要請されてくる。便利であるが故に、それを抑制する使用者の意志と注意力とが必要となる。みんな使っているからお互い様だと、しだいに無神経、横柄な使い方へとマナーが低下する傾向にある。ケータイという道具に責任があるのではなく、道具の使い手としての人間の問題にやっぱり帰結する。他者とのまじわりの在り方への問い直しが求められる。「いま、ここ」に場を共有する他者、ケータイで話をしている他者とのまじわりをいかにするのか。ルールの確立の時期である。
 同じ行為であっても、当然の権利のように横柄にふるまわれるとムカツクけれども、気づかいの姿勢を見せてくれると腹が立ちにくい。まわりに気づかいながら行うと、きっと大事な話しなのだと周りでは容認する。授業中でも、就職や家族からの大切な連絡があるかもしれないと、前もって知らせてくれたら問題はない。受信して話してみなければ、重要な話かどうか分からないというジレンマがあって難しい点もある。
 
 
付記:ケータイのパンフレットを山のように貰って来てくれた、大福さん、岩谷さん、澤田さん、ありがとう。