大阪教育大学キャンパスことば(17)
                    ―若者ことばの文表現 (1)―
                                    国語教育講座  井上博文
T.若者ことばの文表現
 本稿は若者ことばの文表現をとりあげる。
 桜の花の季節、新入生を迎えて大学構内は華やいでいた。初夏の風の薫る六月になると、恒例の生協食堂の昼の混雑はいつの間にか緩くなった。あの溢れるばかりの新入生たちはどこへ行ったんだろうか?。時間差を利用したり弁当を持参したりの工夫をなしている学生もいるであろう。新入生ばかりでなく二回生以上も少なくなったように見える。そう見えるだけであることを祈るばかりだ。(しかし、教師として祈ってばかりでは職務の怠慢である。教室に学生が少なくなれば私語が少なくなって本来の講義ができると嘯いても欺瞞ではないか。大学生の学力低下を嘆いて見せたとて、己の授業の質はどうなんだと教師の良心がつぶやく。)授業を行っていて戸惑うことの一つに、教師としての話し言葉が眼前の学生たちに届いているのかということがある。確かに日本語を用いている。専門の術語や難解な表現は必要最小限に押さえようとする。必要があれば説明し解説を加える。それでも伝達・理解の上に齟齬が生じているように思える。言うなれば言葉が摩擦を失って空回りするような感覚を覚えることがある。文表現自体に世代差としての差異が生まれていることが考えられる。
 私たちは言葉(言語)によって外界の事物やその相互の関係を認識し把握をなし、また人間関係の上で他者とのつながりをつけ、そして関係を維持する。ここに認知やコミュニケーションに資する言語の質や様態が問題となってくる。世界(内部世界も含めて)を捉え理解し表現する自分の言葉は、はたして機能的であるのか否か問うてみる。
 一体に若者ことばの文表現はいかなるものか、その表現法を整理し傾向性を見出し、さらに個々の表現を生み出している若者の言語感覚(感性)を考えてみたい。
 
U.資料
 ここで用いる資料は、平成9年度から平成12年度(6月2日発表分まで)の国語学演習で学生が発表した文字化資料に拠る。これは若者ことばの談話を録音し文アクセント(方向観による)を付したカタカナ表記(音声表記の一方法として)で文字化を行ったものである。本稿では読みやすくするために、文アクセント表記を省略し漢字仮名交じりの表記に直し、当該の事象を片カナで表した。話し言葉の発話文は時と場に限定された場面に密着している。具体場面から一文だけを引き剥がして提示すると、言語的な脈絡から切り離されてしまい、不完全なものとなってしまう。しかし、まずはどのような言語事象が存するのかを概観する。発話文によって織りなされる、会話展開の形式や談話構造は稿を改めて論ずることとする。
 文表現を分類する観点はいろいろと存するが、本稿では若者ことばとして特徴的だと思われる事象を示すことにする。発話における個々の一文一文はそれぞれに興味深い言語事象であるが整理できていない。なお、以下の文例の末尾に記した(YM)は若年層男性、(YM)は若年層女性の発話であることを表す。
 
V.文表現
 ここに取り上げた事象は、文法形式に関わるものから構文に関わるもの、表現法に関わるものなどを含んでいる。形式として新しい事象(音変化形も含む)と、従来の形式と形態は同じでも用法が新しいものとがある。
 
(1)〜ク(形容詞の連用形と同じ形態になる。)
 01.○いや、そしたらー全関(全関西の大会)勝ったらー盛り上がらンクなるんかー。(YF)《打ち消しの助   動詞「ン」の連用形。本来は「ンヨーニ」もしくは「ナク」が期待される》
 02. ○そんなに好きクないけどー。(YF) 《形容動詞「好きだ」の連用形。「好きデハ」「好きジャ」》
(2)過去形(時制)
 03.○ほんですんごい遠くの場所にあっテンやんかー。(YF)
 04.○さっきさー、二限の間めっちゃ暇ヤッテなー。(YF)       
(3)引用形式
 05.○れーぞーこ(冷蔵庫)なんもないわーッテ、ほんまー。(YF)
 06.○それまで全然知らんふりやったのにー突然なんかどーぞッテ言われたんやーん。で、あーッテゆったら    ーなんか授業は何時に終わるんですかねーッテ。(YF)
 07.○牛乳ッテユーカ冷蔵庫なー。昨日三回ぐらい蹴ったんやって。(YM)
 08. ○違うッテユーカあれよあれよゆーまに、あ、豚ねーとか言われた。(YM)
(4)〜ッテカンジ
 09.○みんな全国公に向けてッテカンジデ。(YF)            
 10.○取っても運転せーへんやろなーッテカンジやなー。
 11.○ちょっとがんばったッテカンジやなー。(YM)
(5)〜ミタイナ
 12.○伊勢が駄目ミタイナことを〜さんが言ったんでー。(YF)
(6)〜トカ(トカ言葉・トカ弁)
 13.○なんか下宿できる学校行けば良かったートカめっちゃ思うねん。(YM)
 14.○ハート、試合トカでも言われてるやん。(YM)          
(7)〜ポイ
 15.○ブラックライトポクないよな。もっと紫にみえへん。(YM)
(8)〜テキニ(的に)
 16.○べつにうちらはお金テキニもうれしいけどねー。(YF)      
 17.○関金(宿の名前)しかわたしテキニはだいたい行ってないんよねー。(YF)    
(9)〜ケイ(〜系)
 18. ○邦楽、邦楽でもなー。なんかビジュアルケイはあかんねん。(YF)
 19. ○はーちょっと謎ケー。(YF)
(10)ナンカ(間投詞)
 20.○ナンカ〜さんがずっと携帯にーかけてきたのにー、この前自宅にかかってきてー、ナンカ携帯持ってま    したけーて聞かれてー。(YF)             
 21.○前、前に聞ーたときにナンカ今月けっこーお金余裕があるーとかの話ししてたからなー。(YF)
(11)接続詞   《デモ、テユーカ、ダッテ、ダカラなど前の発話を踏まえた明確な論理関係で接続すること   は少ない。雰囲気で繋がる》
 22.○デモお金ないわーとか思うでー。(YF)       
 23.○デッモー、スピーチって言ったらなんのことかみんな分かるよねー。だいたい。(YF)
 24.○テユーカ、マイナーナ音楽ってなんやろ。(YM)
 25.○んーダッテあたしと一緒に行き始めたんやで。(YF)  
 26.○ダカラお前より早く取ってみせるわーって言いながらなー。(YF)
 27.○ホンデこれはおかしーんちゃーんて思って、ンデばたばたばたばたしだしてんやんかー。上の子らも。
  (YF)
 28.○ホナ夏休みなったら迷子さん連れて迷子の放送してんで。(YM)
(12)感動詞
 29.○オッシャー。問題はあと一人や。オッシャー。まだあがられへん。(YF)
(13)文末詞(文末助詞)
 30.○私は短期(集中教習)やってんヤンカー。(YM)  《相手に強く同意を求める》     
 31.○でもあれは安かったんダヨネー。(YF)      《女性がよく使う》
 32.○おかん和歌山やガナー。(YF)        《滑稽さをねらって古態の方言を用いる》
(14)応答表現
 33.○ウソー、めっちゃ暇にかんじた。(YF)    《ウッソ、ウッソー、ウソウソなど変種も多い》
 34.○ホンマ、ホンマ。ソニックのでかいの入る。(YM)
 35.○マジデ
 36.○ア、ソーナンヤー、あたしあんっま朝の連ドラみーひん。(YF)
 37.○ちゃうちゃう土曜日にまとめてやってんねん。← ○ハイ、ハイ、ハイ、ハイ。(YF)
(15)待遇表現
 38.○いや買うたらいいッスやん。そんなに高ないでしょ。(YM) 《丁寧の助動詞「デス」からの変化。》
 39.○そー。電気工学部とかやったら自分で直しますもん。(YM)
 40.○迷子になったら連れて行ってモラエンちゃうん?(YM)     《授受(やりもらい)表現》
(16)可能(不可能)表現
 41.○あたし(電話)掛かってきても行かレヘンからーってゆーかんじでー。(YF) 《不可能》
 42.○お金も稼げて痩せレルねんでー。あんたー。(YF)      《いわゆる「ら抜き言葉」》
 43.○水曜日に持ってこれたらなー。イケルんちゃう。(YF)   
(17)副詞による強調
 44.○メッチャおばちゃん喜んでくれるからー。(YM)
 45.○くさっ。ムッチャくさーい。これなにすんの。(YF)
 46.○ムチャ自然やったのにー。(YM)  
 47.○スゴイうれしかった。(YF)     《形容詞の終止・連体形の形態のままで副詞となっている》
 48.○スッゴイちっちゃいで。ミッキーとかミニーとかこのぐらいやで。(YF)
 49.○なんかうちもソニック以外は女の子やで。ゼッタイ。(YF)
 50.○暗い。チョーやばい。(YM)             《最近、使用が少なくなってきた》
 51.○それやばいーんじゃない?メチャメチャ。(YF)
 52.○おるでー。めっちゃめーわくあいつら。ホンマー。(YM)
 53.○ランクはあってイッチャンさいてーランクの豚で。(YM)
 54.○特徴はケッコー見つかりそうやな。いっぱい。(YF)
 55.○うそー、むっちゃこわーい。カナリおもろいよー。(YF)
(18)その他
 56.○なんぼやったん。五百円ぐらいやったんチャウン?(YM)  《「チガウ(違う)」からの音変化》
 57.○誰か来るんチャン?(YF)                《「チガウ(違う)」からの音変化》
 58.○タブンぜったいぜったいあれ。(YM)      《文の内容に対する「ぼかし」効果がある》   
 59.○(車は)家にあるんとちゃうんかなー。シランケドー。(YF) 《断定を避けて「ぼかす」効果がある》
 60.○なんで持ってへんのー。もう。イケテヘンなー。(YM)    《評価語。反対はイケテル》
 
W.若者ことばの文表現の一つの傾向 ―ぼかし表現と強調表現の混在―
 会話は対人関係の中での言語行為である。そこで用いられる若者ことばの文表現は、若者が他者とのどういった交わりを志向するするのかという対人関係の在り方と関係している。この視点から上記の文表現を見ると、断定を避けようとする「ぼかし(あいまい)表現」にはたらく事象が多い事に気づく。
 61.○なんか、だって、めっちゃいい事ゆっていったらないんちゃう。(YF)
反対に一見、「ぼかし(あいまい)表現」と矛盾するようであるが「強調表現」にはたらく事象が目立つ。
 62.○うん、すごいでめちゃめちゃ好きやもん。(YF)
ここに二つの若者ことばに見られる文表現の傾向性を指摘できる。なぜそうなるのかという問題をぼちぼち考えていきたい。
 
付記.
 自分の周りに存する物を眺めてみる。いろいろな便利な物に囲まれて暮らしている。しかし、その便利さや有り難さがいつの間にか当たり前のこととなってしまう。帰郷した折りに、近くの小川に水汲みや洗濯に行っていた話を聞いた。上水道組合がつくられて寄り合いを重ね、役場と交渉し、寄付を募って、各戸から労働力を出して作業して、やっとこさ蛇口をひねれば水が出た時は感無量であったと。水汲みから自由になり清潔な水をふんだんに使える有り難さ。われわれはすっかり蛇口を捻れば水が出るものと安心している。子どもの頃、てんでに鎌や鍬を持って地下足袋を履いて水源地の清掃の公役に出ていく大人たちの背中を頼もしく見送った。中学校の少し上の学年まで、汲み取り式の便所の屎尿の汲み取りは教師と生徒が一緒になってやっていたのを見ている。そして中学校の畑に持っていって撒いていた。中学生ってやっぱり大人でかなわないと小学生のわれわれは尊敬のまなざしで見ていた。しかし、私が物心ついた頃には既に上水道が引かれていて蛇口から水が出るのは当たり前のことであった。汲み取りは業者に委託するようになった。多くの先人・先達の努力と苦労の上に、われわれの現在の便利で快適な生活がある。同じく同時代の人たちの多岐にわたる労働に直接的あるいは間接的に拠って暮らしている。(大学で勉強し研究するとは何か、その社会的な意味を、不甲斐ない自分自身に問いながら書いている。酒でも一杯ひっかけたくなる)。豊かな時代である。でも時折にこうなる道のりを思い出す心の営みによって、現代という時代を捉え直すことも必要ではないか。水道の蛇口は一例である。
 構内の清掃は係りの人が行う。大学の便所も水洗で係りの人が掃除をしてくれる。それでも構内に空き缶やゴミを放置され、あちこちにタバコの吸い殻が廊下にまでも散乱している(日本国中と言ってもいい。さらには消費社会の浸透した世界のあちこちなのだろう。)いくら掃除をしてもらっても追いつかない。それで平気なのか。美観だけではない、その空き缶に躓いて怪我する人がいたらと気にならないのだろうか。火のついたまま投げ捨てた吸い殻が他人を傷つけたり火事にいたると想像できないのだろうか。何を学び何を教えてきたのかと、また飲みたくなった。さて、図書館の横に新しく作られた、万葉集に出てくる植物の幾種類かを植えた万葉園の前に寝そべっている猫の頭を一撫でして帰ろう。せめて空き缶の一つでも拾ってゴミ箱に入れようか。私にとって教室で講義することと同じく大切な行為であるように思える。