大阪教育大学キャンパスことば(20)
―若者ことばの文表現(2)―
国語教育講座 井上博文
T.日常会話
本稿は、「若者ことばの文表現(1)」(『学園だより』号 平成12年7月)の続稿である。
大人数の教室でのケータイの着信音がこの春は少なくなった。マナーが良くなったのかなと思っていたら、メイルでのやり取りが主流になったのが要因のようである。行儀良く座って机の下でメイルの交換をやっている者も多いとのうわさ。私語が多いのとどちらがいいのか迷うところである。まあどっちもどっちであるが。メイルの場合には、身は教室にあっても心は他所にあるといように身と心とが分離してしまっているのは、不自然なことである。講義中にいきなりケータイを取り出して、親指をものすごい早さで動かしてボタンを操作している学生がいた。当然のこと注意したら、分からない漢字を確かめているとの返事。辞書ではなくケータイを使うのが今時である。
日常会話はそれぞれにてんでんばらばらでとりとめようのないもののようではあるが、談話構造の観点から見れば、話題・話材の選択、会話展開の様式など、いくつかの型に見分けることができる。若者ことばの会話の型は、日本語の従来の会話形式を踏襲しながら、「ノリの良さ」・「テンポの早さ」など現代若者ことばの志向性に支えられた新しい会話形式が生まれている。関西域には「ボケ―ツッコミ」を軸にした笑いを求める傾向性が強い。
気楽でくだけた、雑談を主とする日常会話の場は、心やすい者どうしで会話が交わされる。言い損ねたとて、たいてい聞き流されて会話は進んでいく。既にお互いの人間関係の枠が与えられているので、自ずと一人ひとりの会話における役割分担ができており、その立場に立って発話行為を行なう。会話の内容よりも会話(雑談)すること自体に意義がある。と同時に、会話の内容は会話に参加する者の協同によって生成されていく。あらかじめ目標があるのではなく、話がどのように展開していくかは分からない。予期しない思いも寄らない方向に流れていったり、話題の飛躍が頻繁に起こるのが普通の会話形態である。役割分担は、会話構成者の違いや会話場面によって交替する。
会話は、単独の個人の発話によって完結しているのではない。会話場面の構成者の協同作業によって全体がつくられる。具体的な発話を行なっていなくても、その場で相槌を打ったり頷いていたりすることでも積極的な役割を果たす。個々の発話文は短く、書き言葉と比すると不首尾で不完全である。けれども一人が発話を継ぎ重ねたり、構成者が相互に発話をなすことによって情報が積み重ねられていく。一人のみが主に発話を続ければ、それは「語り」になる。雑談では交互に或いは同時に発話がなされる。他の者の発言内容を引き継いで発話されることも通常である。
次の談話断片は、関西域出身の女性4人のものである(2001.4.26録音)。この部分では発話していない者が一人いて聞き手として参加している。聞き手もまた大切な構成者である。話を聞いてくれる聞き手がいてこその発話である。発話者と聞き手は相互に交代する。「笑い」も談話展開の重要な要素である。
1a.お母さんが普通のハサミでじゃきじゃきじゃきじゃき。《犬の毛を刈る話題》 [小話題の提供]
2全員.(笑い)
3b.え、でも、そんな短く普通のハサミで切られへんやろ? [疑問]
4a.うーん、でも、かなり肌が見えてたで。 [説明]
5b.ほんまに? [疑問]
6c.へー。 [驚き]
7b.へー、そうやねんや。 [驚き]
8a.うん、かわいそうやった。あれは。けっこう生えんの遅かったしな。 [説明]
9全員.(笑い)
10a.二年くらいかかってたんちゃうか。 [疑問]
11d.えーっ。 [驚き]
12b.うそー、そんなかかんの? [疑問]
13a.全部生えそろうんにな。ちょっとは生えてたけど。 [説明]
資料は、平成9年度から平成13年度(6月1日発表分まで)の国語学演習で学生が発表した文字化資料に拠る。これは若者ことばの談話を録音し文アクセント(方向観による)を付したカタカナ表記(音声表記の一方法として)で文字化を行ったものである。本稿では読みやすくするために、文アクセント表記を省略し漢字仮名交じりの表記に直し、当該の事象を片カナで表し下線を付した。発話の後の(M)(F)は、発話者が男性・女性であることを表している。
U.文表現
前稿でも述べたように、個々の発話は全体を構成する一部であるので、一発話文のみを取り出せば、文脈から切り離されてしまい不首尾な存在となる。しかし、個々の文表現の重なりによって、ひとまとまりの談話が成立しているのであれば、まずは一文一文の検討が前提となる。
応答表現 ここでは他者の発話に対してどのように応じているかに着目する。相槌ともに会話展開の促進の機能を持っている。基本的には肯定的な応答が主である。話題の発展には、疑問の提出が役立つ。
(1)肯定・同調・同意
01○うん、自称経済通ってゆってた。(M) ← ソーソーソー。(M)
02 ○いやーそれどころじゃない。(M) ← ソ ヤ ナ。(F)
03○もう人の皮やで。(M) ← ソーナンヤー。(F) ← ヘー。(F)
04○豚の皮はもうはがれてん。(M)≪治療として豚の皮を縫いつけていた≫ ← ソーナン。(F)
05○原チャあるから、楽ちゃーん。(F) ← ア ソカ ソカ。(F)
06○ピーナッツみたいなんついとったからな。(M) ← ホンマヤ。(F)
07○小泉さんは派閥にとらわれない。(M) ← アー、ラシーね。(M)
08 ○いこまってどーするん<どう書くの>。なまのこま?。←はい。←ヨネー。生駒郡? <だよねー>
09○もちもちした竹輪。(F)←ハイハイハイハイハイ、ふーん。(F)
(2)不同意・驚き・疑い
10○指紋って無くなっても出てくるんちゃうん。(M) ← ウソッ、出てこへんやろ。(F)
11○腐ったからそしたら麻酔なしでなー。(M) ← エ、ウッソー、痛ったー。(F)
12○異臭が漂ってたからな。(M) ← マジデ。(F)
13○(うどんを)一気に五玉ぐらい食べる。 ← ウソー、マージデー。(F)
14○あれはすごいな。ほーんまもちもちしてた。
← エッ おいしーの。(F)
呼び掛け表現 発話内容ではなく、発話主体に向かっての表現である。
15○どちやねん。ナーナー。(F→M)。 感動詞での呼び掛け
16○オイオーイ、ガストでも皿うどんや。(F→M)
17○ヤッチン、指紋なくなったんちゃう。(F→M) 愛称での呼び掛け
強調表現
18 ○メッチャもちもち。ホーンマもちもち。いやびっくり。(F) 程度副詞による強調
19 ○ランクあって、イッチャンさいてーランクの豚で。(M) 程度副詞による強調
20 ○ゼンゼン ダメー、こしちゃうー。スゲー讃岐スゲーって思った。≪讃岐うどんの話≫(F)
21 ○これメチャメチャかっこーやろー。うん、ゼンゼンへーきー(平気)。 程度副詞による強調
22 ○あー ミタ(見た) ミタ ミタ ミター。(F) 同語反復による強調
23 ○
アッタ、アッタヤーン。ぽっけにアッター。(F)《探し物が見つかったとき》 感動表現
朧化表現 なるべく断定を避けようとし発話内容をぼかすものである。
24○そー新潟かどっか、ミタイナー。(F)
25○家にあるんとちゃうんかなー。
シランケドー。(F)
比況表現
26○けっこー小判鮫ミタイナもんなんや。(F)
27○なんか漫画の見すぎってカンジ。(F)
28○吐きソーニなってきた。(F)
伝聞表現
29○なんか3文字しりとりで、何回同じこと言ってもいーんヤッテ。(F)
待遇表現 「待遇」はすべての文表現の有するものである。ここではいわゆる敬語に関わる要素を取り上げる。若者ことばの敬語表現は、丁寧が主に用いられ、尊敬や謙譲の形式は稀である。仲間うちの「ため口」では用いない、「あらたまった表現」と意識される丁寧表現を用いることが敬語表現であり、それが従来の尊敬・謙譲に相当する。
30○えっ、豚ッスかとか。(M)《病院で医師に対して言ったことの引用》 この丁寧の「〜ッス」は主として男性が用いる。女性の発話にも散見するが、この場合には男性的な雰囲気が感じられる。
31 ○入らないのが何年ぶりなんデショ。(M)
32 ○見るだけやったら、わたし持っててもいーデスよね。(F→先輩F)
33 ○何倍かかっトンねん。 本来、「〜テオル」を出自とするアスペクトに関わる形式であるが、大阪方言では「〜テン(〜テル)」がその位置をしめて、「〜トン」は軽卑表現をしたてるものとなっている。同じくアスペクトに関わっていた「〜ヨル」も軽卑表現に関わる。「〜テン」は時制の過去と同じ形式となっている。
34 ○徳島、ちゃう、香川行っテン。(F)
35 ○えっ、実家でもそうやっタン。(F)
仮定表現
36○あの四人ヤッタラ、やっぱり小泉さん。みんなは。(M)
37○あれは、でも、見やナ分からへんな。(F)
推定・推量表現
38○そこでなんか三役決まとってんけど、なんかやぶれたラシイ、それが。(M)
39○もと社長ラシイな。民間の話によれば。(M)
40○たちわるソー。(F)
勧奨・依頼・命令表現
41○オネガーイ、さわるんないからミセテー。見るだけ、久美子。(F)
42○久美子とシャベトキーよ。(F)
43○オドキー。ドクノヨ。(F)《ふざけて》
接続表現
45○原チャあるカラ、楽ちゃーん。(F)
46○徳島 徳島、ちゃう、香川行ってん。もう無理やったカラ、時間的に。(F)
47○違う、なんかちゃう。ダッテこここんなん無いもん。あたしのともちゃう。(F)
48○ふさふさが売りの犬やんか。デモ、老犬でふさふさやったら、お風呂とかにも入れにくいの。(F)
49○うん、デモな。果汁百パーセントやねん。(M)
50○ホンデ、まあいろいろあってんけどー。(M)
51○ンデ、うちの犬がさあ、毛伸びてきて、毛だるまになって。デ、それをな、・・・。(F)
52○ホナ、あたしどこやってんやろ。(F)
53○あ、ジャ今年はあれ全関勝ったらー、いや、ソシタラ全関勝ったらー、盛り上がらんくなるんかー。
ジャア全日本を引退試合にすると盛り上がらんに勝てらんから。(F)
倒置表現 通常の書き言葉と比べると「倒置」であるが、会話表現では日常的である。というよりも継起的に情報を重ねていくのが会話の形式である。言いたいことがまず口をついて出てきて、必要があれば補足される。
54○え、なんでこだわんの。←こだわんねん。そーゆーものは。(F)
55○剃ったらぺしゃんこやねん。ふさふさ部分が無くなってるから。(F)
56○ゆーてもーたな。あれはさすがにやばいと思ったけど。(M)
57○一限も休みやってん。めちゃめちゃ急いで来たのに。(F)
58○いいやん。一緒に出れば。(F)
59○あやにはまだゆってなかったなー。サナダ虫の話を。(M)
やりもらい表現
61○老犬みたいにな、カットしてもらってんやんか。(F) 「〜てモラウ」。利益の受容
62○あー、んじゃ、いま行ってモラッちゃおーかな。(F)
63○直子が写真持ってきてクレとったで。(F)
64○うん、今ならおごッタル。(F) 「〜てヤル」。利益の供与。
65○ちゃんとそー
シタラなー。(M)<して
やらないと>
引用形式
66○めーつぶってみーツッテ 、こーやってぱっと見て、うえーと思った。(M)≪「ツ」は無声化している≫ 関西域方言出身者の発話にも見られるようになった。
67○首かしげてたやん、テレビ見ながら、あれ俺入ってない
ユーテ。(M) 「と」抜け(
と言うて)
文末詞 いわゆる終助詞・文末助詞である。文末部にあって、発話内容を統括して聞き手に伝達する。
68○ああ、あやにはまだゆってなかったナー。(M)
69○無いネ。でもネー。出来そうな日がー全然ないネー。どーしよー。(F)
70 ○途中経過のとき、見せたら嫌がってたヤン。(M)
71○うち犬飼ってんねんヤンカー。(F)
72○えー、でも面白かったヤンナー。こないだいったん。(F)
73○やっぱりおかしーヨナ。(F)
74○あのせんちゃんてかわいーヨネー。(F)
75○ぎょーちゃんいいヨネ。(F)
76○でも、指紋ってサ。あれちゃう。(F)
77○ぶっちサー、国分のどのへんなん。(F)
78○ぶっち、でも、うどんばっかり食べてたらあかんデ。(F)
79○めっちゃびっくりしたモン。前からやりたがってはいたけど、ほんまにやるとは思ってなかったモン。(F)
〜ッテ
80○めちゃ楽やん、五分ッテ。(F→F) 提題
81○それにな、あの、幼犬、成犬、老犬ッテ、全部写真載ってんねんやんか。(F) 例示
82○ああ、清潔にしといた方がいいからッテ。顔の大きさはそのままやねんけど。(F)引用
83○あのー、東京にあって大阪に無いものはなんですかッテゆーのをたっててー(F) 会話の引用
84○家ん中をだッテ駆け回ってるだけでも結構いい運動になるからさ。(F) 副詞の語尾
V.表現への顧慮
禅宗における悟りの境地は、文字や言説によらずに(「不立文字」)、心から心へ伝えるもの(「以心伝心」)であるとする。しかし、授業の場では説明・指示、発表・質疑など言葉を道具とする。道具と言っても、それは単なる手段ではなく「言葉」自体が目標でもある。どのように語るか、いかに書くか。表現されたものが全てである。いわば、芸術や競技の世界と事情は同じである。そんなつもりはなかったとか誤解であるとかと言い訳しても、その場ではそう表現せざるを得なかったことは事実である。無論、ここに受容者の曲解や理解不足という問題が介在してくるが、元の表現がしっかりしていることが基本である。突き詰めれば真剣勝負の果たし合いになる。一言一言の軌跡を見極めていなければならない。所定の全体の見通しがあって、それにそった話の素材が選ばれ意図的な構成がなされる。個々の文表現は書き言葉的であって、発話しながら文表現への顧慮がなされ、表現を整えようとする意識がはたらいている。
普段の言葉の生活は、言葉を用いて言葉以外の対象に言及するのであって、ことさらに言葉自体への注意を向けることは少ない。文章作成の際に行なう「推敲」という行為は、「言葉」自体を見つめることである。雑談のような日常的な発話行為では、「推敲」を経て発話するのではない。まさに言葉が出るにまかせる。口を出た後に言い直したり言い足したりする。同一内容の繰り返しが頻繁に起こったり、「情報」の過不足が見られる。その場での雰囲気によって、話題は刻々と流れていく。話し言葉にあっても、時には自分の言葉の表現への顧慮を行なうことが必要である。日常会話は、その人の「言葉」の基礎である。或る対象を捉え認識し、他者に伝え理解を促す。場合によっては説得し、特定の行動へといざなう。この日常会話にはたらく己自身の言葉を鍛え整えることが、知的生活をはじめ人間関係の構築の土台であると思う。
梅干しの仕込みの季節。小学校時分に家から塩を紙に包んで持っていて、学校の帰りに道の端になっている青梅をもいでかじった。食べ過ぎて腹をこわし、翌日に学校を休んだこともたびたびである。枚岡神社の梅林の梅刈り案内のポスターを見たら、なんだか青梅をかじりたくなった。大人になった今では、もちろん日本酒で清めながら。
(平成13年6月4日投稿)