大阪教育大学キャンパスことば(18)
              ―「イケテル―イケテナイ」小考―
                               国語教育講座  井上博文
T. 問題の所在
 私たちはコト・サマ・モノ、そしてヒトとの関係に満たされ意味づけられたこの世に暮らしている。これらの厚い大気の底でややもすれば窒息するほどに関わり合いを有している。なかんずく人間関係は密でありすぎれば鬱陶しい、疎遠すぎればもの足りない。ほどよい距離を保つ、その間合いを見定めるのは難しい。あちこちで不協和音が聞こえる。でもこれが生きているということなのだろう。他者・他物と間の「摩擦」の熱が暮らしている実感を与える。日々是好日。
 森羅万象との折り合いをつけなければ、(精神の)生活は混沌に陥る。バランス感覚が求められる。出逢うさまざまなもののに必要不必要、優劣(序列)、好き嫌いなどの観点から評価し価値づけを行う。このフィルターによって選択し整序を行い、解釈をなして自分の中の既存の体系に位置づけ、受け入れあるいは改変を起こす。概して言葉がフィルターの役割を担っている。
 本稿は若者語の評価語の一つである「イケテル―イケテナイ」を取り上げる。
  01.あの子、イケテルなあ。
  02.そのTシャツ、イケテルなぁ。
  03.うちのサークルはそりゃもうイケテル。
  04.今日はイケテル。<運がいい・ついてる>
  05.あの人なんかイケテナイわぁー。
  06.明日カラオケいける?→いや予定はいってる。→おまえイケテナイなあ。
  07.今日は寝不足でめっちゃイケテナイわ。<体調が悪い>
  08.今日6限まである、イケテナイわぁー。
 どのような対象を、どんな基準・条件によって評価しているのか。「イケテル―イケテナイ」によって評価され価値づけされることは、裏を返せば、若者たちの従うべきま行動規範の一斑である。すなわち「イケテル」とされるものに自分もそうありたいと願い欲して近づこうとし、反対に「イケテナイ」とするものから自分はそうなりたくないと遠ざかろうとする。使用頻度は、よく使う者からほとんど使わない者まで幅がある。男女差では女性が男性よりも多く用いる。
 語形の中に「〜テル、〜テナイ」というアスペクトに関わる形式を含んでいて、ある状態が続いている継続の意味を表している。関西域方言では「イケテナイ」は「イケテヘン」となることもある。関東域方言では「イケテネー」となる。
 資料は、以下の調査で得たものである。B6の用紙を配布し内省による記述式で回答を求めた。
   (1)平成10年度後期「小専国語」受講生 34名
   (2)平成12年度前期「小専国語」受講生 70名
   (3)平成12年度「国語学演習」受講生  26名
 (1)(2)は「イケテル・イケテナイ」を用いる対象・状況について、(3)は「イケテル・イケテナイ」の類義語と対義語について主に尋ねた。この小調査は第一には言葉の意味・用法についてであるが、同時にコトバを考えることによって自己の他者に対する認識・行動のありさまを見つめることを意図している。「自己再発見」「自分探し」の一助である。一体に自分たちは「世界」をどう価値づけているのか、コトバを注視し吟味する行為を具体的な手段として探ろうとする。自分のなかの価値判断の指標の一つとしてはたらく「イケテル―イケテナイ」を知ろうとすることは、己の感性や、やや大げさであるが精神のすがたを照らすよすがとなる。
 
U.「イケテル―イケテナイ」
2―1 内省による説明
 以下に「イケテル―イケテナイ」についての説明(内省による)をいくつか示す。なお、「//」の後が「イケテナイ」についての説明。(15)〜(16)は文体的特徴・使用頻度に関わるものである。
(01)「いけてる」という言葉は、人生や夢とか、自分や他人や物事に対して深く考えるところでは私は使わ  ない。「いけてる」とはルックスがかっこいい、言動が面白いとか、自分の主観だけどどこか一般的な流行  や考えをベースにしてると思う。//「いけてない」とはルックスがかっこ悪い、その場の雰囲気に合わず  白けたような言動や人に対して感情的にパッと使う言葉で本当のところ「いけてる」のか「いけてない」の  か客観的であったり理論的なものはほとんど含まれていないと思う。(K.M 女性)
(02)若者が話す相手の服装や容姿、行なった行動に対して使うことが多い。例えば20歳ぐらいの仲間どう  しで「イケテル」と使うのは、その人たちの服装や容姿、行なった行動が20歳ぐらいとしてふさわしいと  思われるならば「イケテル」である。20歳より若すぎる中高生の恰好や、20歳より年取ったおじさんや  おばさんのような恰好をしてたら「イケテナイ」のである。また、20歳ぐらいとしてふさわしいとかふさ  わしくないとかいう明確な基準はなく、話している仲間どうしの暗黙の了解であるように思われる。(T.K  男性)
(03)流行についていってる時、一般的に「いけてる」と言う。普通は違うことを気にして「大丈夫かな、お  かしくない?」と尋ねた時、「いけてる?」を使う。//要領が悪かったり、思うように事が進まなかった  り運が悪かったりした時、「いけてない」と思う。気分がよくない時、暗い時。しょうもないこと言う人。  (T.M 女性)
(04)イケてるというのは、その表現などが自分の中ですっと入り込んでこれるというものであると思う。あ  と自分が納得できる、自分もしてみたいなど尊敬に似た意味も含まれていると思う。//反対にイケてない  は「それは言わん方が(やめといた方が)いいろう、というような感じでしょうか。何かパッとしないよう  な感じだと思います。(Y.H 男性)
(05)自分が「かっこいい」と思ったり「ナイス」と思ったことに対して使うことばだ。その基準はあくまで  自分で、他人からみて「イケテナイ」ことでも自分は「イケテル」と思ってることもある。安くておいしい  ランチあったら「イケテル」、かっこイイ人みつけたら「イケテル」人やと思う。でも、普段からあまり使  う言葉ではありません。//「イケテナイ」は上と逆。自分で「ダサイ」と思ったり、「サイアク」と思っ  た時使う。自分が何か失敗した時にも使います。(H.M 女性)
(06)自分がいいなぁと思うもの、またはそのもので自分の欲求が満たされるようなものに対して「イケテル」  という言葉を使っているように思う。あと、自分の感性にピッタリくるようなものは「イケテル」ものであ  ると思う。//「イケテナイ」はその逆で、どうも自分自身そのものに対して、しっくりこなかったり嫌だ  ったり気にくわなかった時に使うように思う。(U.H 女性)
(07)「イケテル」という言葉を使う対象はいろいろだが、人に関わることが多い。顔ならかっこよければ「イ  ケテル」。服は流行にのっていたら「イケテル」と言う。でも、最近はそういうもの以外でも、行動や発言  について「イケテル」を使う。とにかく自分がよいと思うもの、自分の価値観にあうものを「イケテル」と  言う。//「イケテナイ」という言葉は「イケテル」の逆の意味で使う。あの人「イケテナイ」というと、  かっこ悪いとかいう意味になる。自分でいやだと思ったり価値観にあわないものを「イケテナイ」と言う。  (M.Y 女性)
(08)ある事柄・物が、自分の好みの基準あるいはむしろ世間一般の好みの基準に到達しているか否か、到達  していればその物事は「イケテル」ことになる。(O.Y 女性)
(09)物事がうまくいった時、例えば食堂ですぐ席がとれたり、待ち時間なくちょうど電車に乗れた時などに  「今日イケテル」と使ったりする。//例えば1コマから4コマまでテストでいっぱいな日とか「今日イケ  テナイ」と使ったりするように思う。私はあまり服装とか髪型とかには使わず、いやなことが続いたり運の  悪いことが続いたりした時に、「最近イケテナイ」というふうに使う。(S.T 女性)
(10)基本的に対象は人である。人に対しての評価の言葉であるが、私は以下の二つの観点に分けれると思う。  @見た目、服装、髪型、容姿などが自分が優れていると思える人に対して言われる言葉。A生き方、面白さ、  まじめであるなど、その人の内面的な性格が素晴らしいと感じた場合に言われる言葉。//「イケテナイ」  は「イケテル」の反対で、容姿、性格などで自分がきらいな人に対して言う言葉である。(M.N 男性)
(11)「イケテル」ものは、見るとビビビっとくる。誰かの服とか持ちものとかがその対象。心の中の細い糸  がピッとひきしまってはじかれて「ピーン」と鳴るような感じ。憧れたり私も欲しいなって思ったりして、  見てると気持ちが楽しくなってくる。そんな楽しく明るい幸せな物事。//「イケテない」の対象は主に自  分自身の持ちものや髪形。「なんとなく好きじゃないから、何とかしたい!」って体の中からムズムズして  くる。これもやっぱり心の中の細い糸が「嫌だー」って共鳴するのだと思う。(Y.A 女性)
(12)具体的には自分の髪型が「イケテル」、服装が「イケテル」。これらは「これなら人に変に思われない  だろう」というところから、「これならかっこよく思われるだろう」というレベルまで含んでいる。//あ  の人「イケテナイ」という使い方。これは自分や他人の評価のとても下の方であるということ。(K.H 男  性)
(13)服装や髪型が似合っていたりおしゃれだったりしているとき。基準ははっきりしたものはない。人それ  ぞれ。//上に同じく、服装や髪型がその人に似合っていない時。またはダサイとき。あと、おもしろくな  いことを言ったときもイケテナイ。これも基準ははっきりしたものはなく、人それぞれだと思う。(I.Y 男  性)
(14)好き・嫌いと深く結びついていると思う。例えば自分がかっこいいなとかオシャレだなと思う人はいけ  てると思う。その逆はいけてない人になる。客観的な基準は定められないと思う。主観的かつ気分的で自分  が基準になっていると思う。(A.I 女性)
(15)私はあまりこの言葉が好きではない。なんでイケテルとかイケテナイとか、なんかその言葉で決めつけ  られる気がするから。もっといろいろなやわらかな表現の方が好きだから。(I.Y 女性)
(16)(前略)。自分があまり使わないのでよく分からないが、多用しているとバカっぽく見られる気がして  ならない。(Y.T 男性)
(17)私はそんな言葉は使わないのでよく分かりません。ただ、、「イケテル」「イケテナイ」という言葉その  ものに特定の意味はないと思います。なぜならその言葉は他の言葉に置き換えることが可能だからです。私  はそういった曖昧な言葉は避けるようにしています。(O.H 女性)
 
2―2 対象
 「イケテル―イケテナイ」と評価される対象は、言うならばなんでも可能である。しかし実際に言及される対象は、日常生活の中で、自分との関わり合いを強く有するものである。関係のないものもしくは無視しても影響のないものについて評価する必要はない。「イケテル」対象を(a)モノ、(b)ヒト、(c)サマ・コトの三つに分類して示す。
 
(a)かっこいい服、かわいい服、今人気のタレントの顔や服装・最新式の携帯やブランド品、似合っている髪  型・アクセサリー、おしゃれ、流行の物、周りの人から注目される服装・髪型、自分の好みの服、自分が見  てカッコイイと思える物・自分も持ちたい・欲しい物・真似したいと思うもの、その人に似合っているもの、  おもしろいもの、使いやすい・機能がいい、安くておいしいランチ、音楽、映画 etc
(b)かっこいい・きれい・かわいい・能力がある、美人、あかぬけした人、がんばりすぎてなくてなにげにか  っこいいかんじ、「授業が楽で単位をくれ、レポートで評価。テストをしてもノート持ち込み可で評価が甘  い先生」、その人の内面的な性格、好みの異性、自分の意志をしっかり持っている人 etc
(c)自分で感動したもの、その場に似合っている状態、その人らしさが出ている、自分の趣味に合うもの、心  地よいもの全般、想像よりもすぐれた状態、物事がうまくいった時、自分の好きなことができる時、調子が  良好な時、気分的に充実した時間、楽しく明るい気分になる時、ギャグがおもしろかった時、頭がさえてる  時、プリクラの写りがいい etc
 
 プラス評価されるものが挙がっている。表面的な事物から行動・行為、人格まで広範囲にわたって対象になっている。これらは具体的な個物・個人や状態ではない。問題は「プラス評価」される条件とは何かを考えることである。これが複雑である。
 「イケテル―イケテナイ」は、理性による評価ではなく「感性・感覚」による評価である。熟考を経てからの評価ではなく、瞬時の感覚的な評価である。服装や髪型、服飾品などファッション、容姿等の「見た目」、振る舞い、もの言い、しぐさなどの言動が流行にのっていることが、若者にとってプラス評価することの基本的な条件であると思われる。そこに個々人の感性的な好みが加わっている。しかし後者の個々人の好みはまったく個人的なものかというとそうではなく、やはり個人の感性も「流行」によって影響を受けている。時々の「流行」に「イケテル―イケテナイ」の具体的内容は移ろっていくことになる。例えば、「かっこいい」「かわいい」対象も変化する。さらに、同じ対象であっても個人のその時々の「気分」によって評価が異なってくる。
 さらに「イケテル―イケテナイ」は抽象化されて、「流行」との合致という評価条件を捨象して「ヨイ―ワルイ」さらには「スキ―キライ」という意味合いで使われるようになっている。
 
V.「イケテル―イケテナイ」の類義語
 「イケテル―イケテナイ」の類義語を見てみる。「イケテル」と「イケテナイ」の類義語のグループ相互は、対義語の関係にある。主要な語を図示すると以下のようである。当然ながら「イケテル」の類義語はプラス評価、「イケテナイ」の類義語はマイナス評価のものである。








 
  イケテル  
  カッコイイ
  ヨイ(イー)
  イーカンジ(エーカンジ)
  カワイイ
  オシャレ
  ステキ
  イカス
 



 




 
  イケテナイ  
  ダサイ
  ダメ
  カッコワルイ
  サムイ
  ヤバイ
  ワルイ
  ヘボイ
 








 
 この他に、「イケテル」の類義語として、[ダイジョーブ、オッケー、イケル、オイシイ、ヤサシイ、ヤバイ、クール、スゴイ、ハゲシイ、キテル、ニアッテル、マブイ、シブイ、オトコマエ]など、「イケテナイ」の類義語として、[アカン、タリナイ、シンドイ、ショボイ、シケテル、オワッテル、サイアク、ムリ]等々がある。
 これらの語群の意味的傾向は、基準が個人の感性・感覚に拠っている点である。実質的な意味内容が希薄になって、「正―負」の二値的枠組みで対象を捉える傾きが存する。
 
W.「評価」の基準
 若者語の評価語の一つである「イケテル―イケテナイ」を見てきた。「流行」との合致を条件にする、いわば表面的な評価基準から、日常生活の中で人間関係を構築する上での、他者の性格さらには人格という社会性を前提とする評価基準まで包含しているようである。時々の「流行」は刻々と変化していく。また、個々人の感性・感覚に基づきながらも、若者の共同体に共通する一定の価値観が存している。あえて言うならば前者は後者によって基礎づけられ支えられている。
 どういう基準で事物や事柄を評価し、その優劣を決めているのか。若者の共有する価値観と、他の世代との価値観との相違はどこにあるのか。と同時に世代を越えて基底に流れていると思われる「日本文化的なるもの」の共同の感覚・感性・意味の存在を知りたいと思う。
 こんな夢を見た。どっか人通りの多い街角である。忙しいそうに人々が行き交っている。一人の老人がにわかに道路の上に倒れた。人だかりができた。老人を取り囲んだ群衆は一斉にケータイを取り出して警察やら救急車やらを呼んでいる。誰もが立ったままケータイを掛け続けるだけで、倒れた老人の間近に駆け寄って様子をみようとはしない。なかには電話の向こうに状況報告している者がいる。夢の話である。わたしはビルの上から始終を眺めていたようでもあるし、ケータイに話し続ける一人でもあったようだし、倒れた老人でもあった。そこに深刻な事が起こっているにもかかわらず、手も差し伸べず、声を掛けることもない。実行して助けるのはケータイで呼ばれた救急隊と警察。そこに人が歩いていても、透明な存在でしかない。隣のオヤジの着信音で目が覚めた。イケテヘン悪夢であった。