ささなみの比良 武奈ヶ岳 1999.11.20(土)
 
 街路樹のミズキや銀杏の木がもみじして、家のまわりを歩き回ることも楽しくなった。公園で遊ぶ子どもたちは、日暮れが早くなり風も冷たくなって、夕方にその姿を見ることが少なくなった。夕餉にはきっとシチューで暖まっているのかと想ってみるとこころ楽しくなる。
 土曜日に比良山系の武奈ヶ岳を歩いてきた。通勤の帰りに京阪香里園駅の窓口に置いてあった「比良ハイキングマップ」が目をひいた。これも何かの縁であろうとさっそく行きたくなった。当日、琵琶湖の湖周道路あたりでは、一面の靄につつまれて、引き返して別の山にしようかと考えた。ラジオをつけると、日野町で日野菜を栽培しているお年寄りのインタビューがなされていて、朝からとってもいい天気だと話していた。一縷の望みを託して登ることにした。
 
万葉集に「ささなみの比良山風の海吹けば釣りする海人の袖かへるみゆ」(巻九)、
新古今集に「ささなみやしがの辛崎風さえて比良の高嶺に霰ふるなり」(冬・忠通)など比良は「風」がよく詠まれている。この風が靄を払ってくれることを祈りながら登山口まで行った。
 
 天晴る枚方市香里ヶ丘出発(7;00) すがすがしい朝風ともに出立つ。女房と二人。マイカー登山。早朝とあって渋滞なし。R307を走って宇治田原で天瀬ダムの湖畔を走る。朝霧の切れ目から照り映えるもみじを切り立った山裾に垣間見る。静かな湖面と、新鮮な光に満ちたもみじ葉。南郷ICで京滋バイパスに入り草津へ抜け、湖周道路へ。靄につつまれる。琵琶湖の芦原の枯れた景色。その岸辺ごしのもやった湖面に無数の水鳥たちがたゆたえに浮かんでいる。時間が止まっているような感覚が襲ってくる。漁り人の梁の竹がゆっくりと揺れる。琵琶湖大橋(200円)を渡って湖西道路へ入り、終点の志賀でR161に合流。比良舞子口で左折して狭い舗装路を上がって比良リフト山麓駅。リフトは9時が始発である。すでに20台ほどの車が駐車している。比良駅から歩いてきた若者のグリープに挨拶をうける。駐車のスペースは多い。水洗のWCあり。売店はまだ開いていない。
 
比良リフト山麓駅(9;30) 目の前にリフトが山に向けて直線的に伸びている。諸準備の後、山歩き開始。とは言ってもまずはリフト・ロープウェイの券を購入(往復2000円)。券売機の前は10人ほど並んでいる。検札を受けていよいよリフトに乗る。木の板の小さな腰掛け。お尻の大きなおばさんはきっとはみ出すに違いない。登山道を歩いて登る人を見下ろしながら、吊り下げられてぐんぐん上がる。下には金網が張ってあるが、錆びている。さらに危険なところには板を渡してあるが、これも腐っているようだ。山裾のもみじを眺めながらいい気分である。左手には堂満岳が聳えている。蓬莱山もはるかに見える。振り返ってみると、続々と人が運ばれてくるのが見下ろせる。13分ほどで釈迦岳駅。ここでロープウェイに乗り換える。係員のせかせる声に急いで乗車。定員30名。けたたかしい発車のベルとともにふわりと動き出す。ベルが鳴ってから急いでも間に合わない。琵琶湖の上に雲海。真下には砂防ダム沿いに登山道がうねっている。右手にカラ岳、釈迦岳がせまっている。葉を落とした広葉樹のけむった紫色の絨毯に針葉樹の緑が点在し美しい。7分ほどで山上駅に到着。
 
ロープウェイ山上駅(10;10) 売店に登山用品が置いてある。WCあり。列ができていた。外に出ると高原の雰囲気。地図を広げて道を探す。案内板がやたらと立っている。まずは金糞峠をめざすことにする。しゃくなげ尾根を歩くつもりが、砂地のゆるやかな下りに魅せられて八雲ヶ原に下りてしまった。奥の深谷源流沿いの道をとることにした。木の陰闇の森閑とした道である。小川に落ち葉がしがらみとなっている。降り積もった落ち葉はしっとりと濡れている。丸太の橋を幾度か渡りながらゆるやかな下り道を辿る。しだいに川幅が広くなってくる。しかし水の清らかさは増すばかりだ。杉の根元から水が湧いてもいる。何ヶ所かセメント製の仏様が岩の上に立っておられる。お地蔵様は深紅の前垂れをめしておられる。それが薄暗いなかでぱっと目につく。身体が温まる頃に、三つ又になった金糞峠・中峠・大橋分岐にたどり着く。
 
金糞峠(10;55) 分岐から5分ほど急な坂を上がると金糞峠。白っぽい地面の広場で四つ辻になっている。いかにも峠の雰囲気が漂う。ここにもお地蔵様。靄に霞む琵琶湖が谷の切れ目から眼下に広がる。急斜面の登山道を登ってきた男の人と挨拶。しばし休息して登った道を再び下りる。分岐からすぐに木の股に杉の丸太をさしわたした橋を渡る。すぐに上りになる。行くほどに急になってくる。沢登りのような道となる。谷川がだんだん細くなって二つに分かれる。水音が遠ざかりブナの林になって、汗が吹き出ると中峠に至る。道中峠(11;45)。ここも四方より道が集う。山歩きの熟練の方らしい年輩の男性が休憩をとっておられた。しばし歓談する。先に出発して冬枯れの林の中をどんどん下る。せっかく登ったのに惜しい気がした。15分ほどで口の深谷源流の小川に出会う。ちょっとした広場である。昼食をとる人たちでにぎわっている。冷たい水に手を浸す。小川を渡ると、すぐに雨が降れば沢となるような石ころ道の急登。谷が覆いかぶさってくる。
 
ワサビ峠(12;15) 笹が多くなるとワサビ峠。こんもりと御殿山が脇にある。坊村からの登山道と出会う。緩い上りを歩くと展望が開けてくる。しゃくなげと笹の道。あれが武奈ヶ岳かと急坂で息を上げると西南稜のコブであった。ここに立つと武奈ヶ岳への尾根がなめらかな曲線をえがく。背の低い笹原の中を歩く人たち。西に深い葛川渓谷を挟んで京の山々を見る。ゆっくりと西南稜を踏みしめながら頂上をめざす。峰を越し渡る風が心地よい。その風に笹の波が銀色に光っている。
 
武奈ヶ岳頂上(12;50―13;30)(1214m) 砂地に岩石が露呈して広々としている。ざっと数えて百名ほどの人々でにぎわっている。大展望である。北はすぐそこにツルベ岳が控えている。遠くは霞んでいるものの奥の深さを感じさせる。北東に開けた谷と町並み、さらに琵琶湖が広がっている。東に裾ひくような林と比良ロッジが間近にある。六地蔵に手を合わせて昼食。コンビニで買った俵むすび弁当。卵スープ、コーヒー。けばけばしい赤色のウインナーがうまかった。育ちのせいか、魚肉ソーセージとか鯖の缶詰とか、こんなものがこよなく好きだ。明治生まれの祖母が発売したてのインスタントの焼きそばを買ってきて、ラーメンと区別がつかずに焼きそばでラーメンを作ってくれたことがあった。青のりが浮かんだソース味のラーメンをすすった。子どもの私もこんなもんなんだろうと食べて遊びに行った。田舎者で無学な祖母であったが孫のためにとなんとか作ってくれたことを想うと、なつかしくありがたくなってくる。故郷の熊本を遠く離れた武奈ヶ岳でまがいもののウインナーの赤色を見ながらそんなことを思い出していた。
 おばさんたちの細川越え経由で戻る話しを聞くと、行きたくなったがワサビ峠への上りでちょっと疲れがあるので、最短のコースをとることにした。八雲ヒュッテをめざしてぐんぐん下る。足場の悪い急坂である。中峠との分岐を過ぎると緩やかな道になる。けれどもどろんこ道をしばらく歩く。また下りになってひたすら下る。谷川に沿う道となる。おばさんたちが川で靴の汚れを落として大騒ぎしてはる。でもまたぬかるんだ道となった。丸木橋をいくつか渡る。
八雲ヒュッテ(14;20) 樹林からいきなり視界が明るくなる。スキー場のゲレンデに出る。止まったリフトはなんだか不気味だ。水洗のWCあり。キャンプの受付をやっている。2張りのテントが張ってあった。傍らで中年のご夫婦がラーメンを食べていた。八雲池で小休止。板敷きの道から湿原を見る。
 
山上駅(14;40)―山麓駅(15;15) 辿りつくと発車のベルが響いた。次の便に乗ることにした。乗車場は崖にせり出している。小さな点がやがて大きくなって目の前に止まる。上がってきた人は3人、下山は満員状態。リフトの下りは落下する感覚。斜めに射す日に山肌が陰影をつくる。山麓の売店でよもぎ餅のおはぎを購入。比良駅まで歩く人たちも多い。谷間はすっかり日が陰っている。
 
枚方市香里ヶ丘着(19;40) 琵琶湖大橋を渡って湖周道路。R1、瀬田から南郷へ抜け、瀬田川沿いに走ってR307へ入る。R24と交差する辺りで大渋滞。田辺を過ぎたあたりからまた大渋滞。夕飯にラーメンを交野市でとってやっと家に着いた。行楽と仕事帰りとが重なっての渋滞であったかと思う。志賀方面は、電車の方が帰りのことを考えるといいのかも知れない。
 
 今回の山歩きで、比良の山に幾筋もの道があることを知った。それぞれの道に味わいのある情趣が予感できる。仕事でなんども行った滋賀であるが、いつも見上げるばかりの比良山系を一端であっても歩くことがかなった。琵琶湖をめぐっての帰り路、知らず琵琶湖周航の歌を口ずさんでいた。夕映えのなかに水鳥たちの群れたつ飛翔を見た。振りさけ見れば比良の山は墨色に暮れなずみ静かに佇む
 
 
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