生駒山地縦走    平成14年5月3日  天晴
 
 
 
ぼくらの広場から信貴山(左)と高安山(右)
 
近鉄高安山駅から生駒駅まで、生駒山地の縦走を試みた。歩行距離は約14q、所用時間は約6時間。小休憩を頻繁にとりながらの縦走であった。大半を林の中を抜けていく縦走道はよく整備されている。道には初夏の風が吹き抜けていた。しかし、どこでも風が吹いているのではない。やはりしかるべき風の場所がある。そんな風との出会いでもあった。大阪と奈良との境に位置する生駒山地には、古来より両者を結ぶ大切な道が横切っている。ここには十三峠、鳴川峠、暗峠という有名な峠がある。峠は、二つの異郷の端境であり、そこに立って想いを致せば、現在でも不思議な感覚がやってくる。薄暗い雑木林の小径をくぐって、ぱっと開けた峠道に至る。登山者たちは、ここで休憩をとり、異方向からやってきた見知らぬ人と言葉を交わす。開放感とともに、こちら側にいた自分の知らない情報を聞きたいという欲求が目覚めるのかもしれない。 高安山駅(11:15) 近鉄大阪線山本駅で信貴線に乗り換えて信貴山口駅。近鉄西信貴ケーブルで高安山駅。ゆっくりと新緑に覆われた山肌を上るにつれて、大阪平野の展望が開けてくる。服部駅から十三峠へ登る道程もある。駅の脇から縦走路がはじまる。緩い雑木林の路をゆく。開運橋という縁起の良い名前の小橋を渡る。林を抜けると、大阪管区気象台レーダー観測所。ここらは高安城跡という。気象庁の技師になりたいと勉強していた同級生をふと思い出した。高安山の脇を少し進むと、急に展望が開ける。正面に生駒山が現れる。日暮れまでに行き着くのだろうかと不安になる。それでもかなたに続く新緑の絨毯を敷き詰めた風景は、歩く者の心を暗くはしない。信貴生駒スカイラインに寄り添うように続く縦走路を歩いていく。林を隔てているので、一向に舗装道路の存在は気にならない。車の音は時折に聞こえるだけである。
 
 
遙かに生駒山を望む
 
十三峠(12:20) 緩やかなアップダウンを繰り返しながらの快適な歩き。一端、暗い林の中に降りて、蝦蟇蛙の合唱に賑わうハス池の横を過ぎて、再び上ると平群駅方面への分岐と交わる。竹林を渡る風音を聞きつつ、やや行けば、十三峠に至る。名称は十三塚に拠っている。河内と竜田と結ぶ商業路として栄えた道である。高安の女に通う在原業平の伝説によって「業平道」とも称されている。大きく下って再び上る。右手に椿の群生。残りの赤い花がぽつりと咲いている。スカイラインを跨ぐ鉄製の歩道橋を渡る。現代ならではの組み合わせだ。山菜採りをする、なんだか下品な家族と出会う。くわえ煙草に、野草をむやみに踏みつけながら大声で話している。それなりの振る舞いもあろうに。静かな佇まいの丁字ヶ池。一人の男性が池の端で休息する。静寂に満たされた空間。沢を渡たる。池を見下ろす丘で大休憩。樫の大木の木陰に風がそよぐ。歩くのをやめると、急に小鳥たちの声が山を覆っていることに気がつく。うぐいすの遠音が四方から響く。同じ鳴き方のようでも個性がある。上手下手がある。それらが一体になって協奏曲を奏でる。 鐘の鳴る丘展望台(13:15) 広い駐車場。草の小高い丘に光る金属製の展望台がある。斜面で蕨やよもぎを摘む姿が見られる。鐘は固定されていて鳴らない。突き出た展望台に上ると大阪平野、奈良方面、生駒山地がよく見渡せる。なによりも風がよく吹き抜ける。鉄柵にかけた錠前があった。恋人たちの呪いなのだろうか。ツツジや藤の花を見ながらアップダウンの小径を行く。足はようやく馴れてきた。階段状の道端で昼食。握り飯、卵焼きと漬け物。再び上り。屋根の付いた休憩所がある。
 
雑木林の中の明るい小径(鳴川峠付近)
 
鳴川峠(13:35) やや小暗い下り道の雑木林をくぐると鳴川峠。大阪側に下れば瓢箪山駅、奈良側に下れば千光寺を経て元山口駅に至る。初老の女性と若い家族とが談笑している。この道がどこに通じているかを老女が教えている様子。傍らの藪の中にある地蔵尊を拝する。ここから「ぼくらの広場」まで長い上り坂である。途中で珍事あり。息があがると休憩所。初老の男性グループが詩吟の練習をやっている。林の中に朗々と太い声。ツツジが咲き誇る。天を突くような鉄塔が眼前に現れてくる。
 
 
鳴川峠
 
「ぼくらの広場」(14:05) 暗峠への下り道との分岐、銀樟池を通る。広々としたゆるやかな草原である。のんびりと時を過ごす人々。WCあり。大阪平野をはじめ八方を見渡すことができる好展望である。案内の銅板で諸山の同定を行なう。万葉の植物を集めた植物園あり。急坂を経て府民の森なるかわ園地管理事務所に至る。自販機とWCあり。小休憩。生駒縦走道の道標にしたがって舗装道を下っていくと、杉林の間から棚田の田園風景が現れる。暗峠である。
 
 
暗峠
 
暗峠(14:40) 水を張った棚田が輝いている。池にした一つの田には鯉が泳いでいる。畑仕事をする老婦人が腰を伸ばして挨拶をしてくれた。国道308号が走っている。峠付近は由緒ある石畳の国道である。遮断機を抜け、隣の谷に至れば、大きな鯉幟が見えてきた。地蔵堂を拝して、黒い犬が門番をする木製の門の脇を抜けて、再び林の道に入る。ホトトギスの名所と知られる慈光寺には立ち寄らず。長い上り坂が続くが、藤の花を眺めながらゆるりゆるりと歩けば爽快だ。摂河泉コース分岐から縦走道を離れて生駒山山頂への小径に入る。ますます勾配がきつくなる。本日の道程でもっとも急な坂である。 生駒山山頂(16:00)スカイラインの下をくぐって一汗かけば鉄塔群。スカイランドいこまのにぎやかな音が流れてくる。汗まみれの登山者とは異なる、今様な服装の人たちに溢れる構内を突き抜けて歩く。子どもたちの歓声は聞く者をも楽しくさせる。ダンスのコンテストらしい催しがなされていた。幼い女の子に娼婦のような衣装と振り付けをさせるのは悪趣味である。駐車場の横から石畳の道を下る。腿が痙攣するような感覚がおそう。ゆっくりとケーブル線沿いに歩く。生駒市の街並みを木の葉がくれに見る。霞ヶ丘駅前の大石に腰掛ける。ケーブルカーを眺めて小休憩。 宝山寺(16:40) 「生駒の聖天さん」として親しまれる古刹。塀越しに大杉と伽藍を見る。門前町の階段状の長い道を下っていく。風情のある町並である。 生駒駅(17:10) 下り坂が終わり平坦な市街地を少し歩けば、生駒駅である。近鉄東大阪線にてJR森ノ宮駅。京橋で安い握り寿司で夕食。 爽風と新緑とに瑞々しい力を与えてもらった一日となった。小鳥のさえずり、峰をわたる風のそよぐ音、小笹の鳴る音、明るい人の話し声。耳を澄ませば、当たり前の音がそこにあった。生駒山地は大阪と奈良とを隔てる壁であると同時に、二つの地域をつなぐ道の峠でもある。その境界沿いを端から端へと歩いた。行き交う人にそれぞれの笑顔があった。それぞれの深刻な悩みを抱えつつも、それぞれが山歩きをして、山中ですれ違う。そしてまたそれぞれの日常生活に戻る。