信濃國 木曽駒ヶ岳U     平成15年10月5日 天晴
 
千畳敷カールの秋を歩く
 
いつもの散歩道の道端の藪の中を見る。おのればえの一蔓のヤマイモの葉が知らぬまに黄褐色になっていた。ここにも一つの秋を見つけた。秋高気爽。職場の元同僚2人、連れ合いの同行4人で秋晴れの木曽駒ヶ岳に登った。深夜12時に京阪香里園駅集合(0:00)。蝟集したタクシーのオレンジの光が夜の駅前の雰囲気。名神道、中央高速道を駆けていく。オリオン座がたえず車窓にあった。人類が、あの大宇宙を自由に駆け征く日がやがてくるのだろうと漠然と思いながら、延々と受け継がれていく人の命の不可思議さと頼もしさを同時に念っていた。永遠の時間の狭間の今に同行4人。深夜の高速道は貨物輸送のトラックがひっきりなしに流れている。地上に今を生きる者の暮らしを支える物流である。恵那SAで仮眠休憩(3:10〜4:30)。恵那トンネルを抜けて駒ヶ根SAで豚汁定食(納豆)の朝食と昼食調達(5:10〜5:50)。駒ヶ根ICに近くなる頃、しらしらと東天は明けゆく。南アルプスのスカイラインを背景に、あかね色に染まった豊旗雲の夜明け。明けやらぬ伊那谷の輪郭がしだいしだいにくっきりしてきた。
 
駒ヶ岳神社と南稜
 
管ノ台バス停到着(6:20)。駐車場は満車に近い。しらび平行きのバスと駒ヶ岳RWの往復チケットを購入。バスを待つ人の長い列に並ぶ。駐車場で一晩寝たという九州から来たご夫婦の話しによれば、既に5時頃には長蛇が出来ていたらしい。臨時バスを発着させているので、2台待ちで乗車できた。山道のために補助席も使い乗客全員着席。駒ヶ根橋、黒川平、地蔵平、檜尾橋、北御所登山口のバス停を経ながらうねうねと上がって約30分でしらび平。太田切川の白い河床と清流を横に見、伊那七谷の一つ太田切本谷の深さに嘆息。RWは40分待ち。乗車順序の番号を書いた紙をもらう。整備された遊歩道を散策。呼び出しの声でRW乗車の列に並ぶ。人々は、うきうきした顔に笑顔がこぼれている。RWは定員60人、すし詰め状態だが、運良く窓際にへばりつくことができた。切り立った斜面に展開する紅葉。ナナカマドの真っ赤な色が秋の盛りを知らせる。シラビソはすっくりと立つ。日暮れの滝の流れは細い。白い岩肌の急斜面に透き通った黄葉。RW千畳敷駅到着(8:20)。登山届けを書いて提出。千畳敷を歩きはじめる。駒ヶ岳神社に参拝。宝剣岳が覆い被さる。冷夏の影響で例年の紅葉には及ばないとはいえ、枯色の草草に赤い色が映える。その間を縫う小径。一筋につらなる登山者のカラフルなリックや服装がもみじしたように見える。扇を広げたごとくに切り立った岩肌の登山道を登っていく。振り返れば南アルプスの山々が居並ぶ。さらにスカイラインの上に富士山が顔をのぞかせる。八丁坂の標柱のある所で小休憩。岩間にへばりつくように生えた草ももみじする。
 
南アルプスの山並みと富士山(伊那前岳から望む)
 
伊那前岳の分岐点到着(9:15)。休憩をとる人で賑わっている。お弁当を食べる人も多い。ハイマツが白い地面に緑の敷物を広げる。駒ヶ岳から将棋頭山へのびる馬の背がゆったりとしたスロープをえがく。東の方にはるかに八ヶ岳や蓼科山が姿を見せる。小休憩。林檎をいただく。甘酸っぱい。疲れた身体に渇が入る。見上げれば厳めしい山姿の宝剣岳には鈴生りの人。宝剣山荘、天狗荘の横を過ぎて中岳をめざす。コマクサは既に枯れている。ごろごろとした岩の道を登っていく。まぶしいくらいに晴天。だが汗はかかない。
 
中岳の中腹から宝剣岳を見返る
 
中岳頂上で小休憩。駒ヶ岳が眼前に迫る。ちっちゃな子どもが道の岩をずり落ちながら一生懸命に下りている。けなげだ。鞍部に至り、再び駒ヶ岳への道を上る。さらさらと乾いた砂を踏みしめる。ハイマツに縁取られた駒ヶ岳を見上げながら登っていく。下山する人とのすれ違いにしばしば立ち止まる。駒ヶ岳頂上到着(10:15)。山頂に建つ小さな社に参拝。四方八方の山々を眺めて時を過ごす。絶景である。頂上木曽山荘を見下ろし、木曽谷ごしに御嶽山がどっしりと座っている。赤茶けた頂上部から裾野が伸びる。横手には乗鞍岳がかすむ。遠く白山が雲の上に青く浮かぶ。飛行機雲が蒼天に真っ直ぐなラインをひく。北アルプスの山々が並ぶ。槍ヶ岳のとんがりが空に突き出す。西の方には恵那山のずんぐりとした山塊が寝そべる。木曽谷に展開する集落の屋根が光る。コーヒーを沸かして一服。風は冷たい。クッキーとアーモンド入りのチョコレートを食べる。贅沢な時をすごす。白雲をぼうっと仰いでいた。頂上出発(11:00)。
 
木曽駒ヶ岳と御嶽山
 
中岳との鞍部まで下りて、そこから中岳の巻き道を行く。深く切り込んだ滑川本谷を右手に見ながら狭い道を歩く。大岩を越える。吹き上げる風は冷たい。宝剣山荘前で小休憩。トイレ使用料200円。宝剣岳には行かずに伊那前岳の中腹まで上る。岩の上に腰掛けて千畳敷カールを俯瞰する。分岐点から千畳敷カールを目指して下りはじめる。急坂。白く輝く大岩を背負うようにして下りていく。
 
千畳敷と空木岳(伊那前岳から望む)
 
RW千畳敷駅到着(12:20)。RWの乗車の整理券をもらう。整理番号は白い紙の0884番で、待ち時間は約1時間20分。整理券をもらう少しの差で待ち時間は大差ができてしまう。ホテル千畳敷の裏手で昼食。野沢菜の漬け物をいただく。素朴な味にほっとする。ホテル内の土産物屋をひやかし、あつあつの野沢菜入りのおやきを2個購入。一個を半分っこして4人で食べる。飽くまで南アルプスを眺めていた。設置されているプレートで山名の同定をする。甲斐駒ヶ岳、仙丈岳、北岳、間ノ岳の名だたる名山たち。時折に湧き上がった雲が谷を這い上がってきて視界をさえぎる。RW千畳敷駅下山開始(13:45)。しらび平で約30分ほど待って定期バス乗車。バスの運転手さんの「いくら手足を踏ん張っても料金の割引はありません」をはじめとした時々の冗談に失笑に近い笑いをうながされながら下っていく。色づく木々の割合が小さくなっていく。紅葉が山を下るのを追い越して管ノ台の駐車場(14:40)。地元の野菜や果物を売る小屋で葡萄や林檎を試食し、洋梨3個をもとめる。駒ヶ根高原の日帰りの温泉施設「こまくさの湯」(早太郎温泉)(入浴料500円)でゆっくりと湯につかり疲れを癒す(15:00−16:00)。露天風呂には南アルプスの山々をかたどった石版が並べてあった。休憩室で寝そべる。陽はかげってきた。往路と同じ道筋で帰路につく。恵那SAでそれぞれ好きなものを注文して夕食。笠置山の夕暮れを見る。この山はゆったりとした山容で眺めていると心がなごむ。ここから養老SAまで運転を代わってもらう。京阪香里園駅着(21:05)。群青の空の下、清涼な秋風に吹かれながらの楽しい山歩きのひとひとなった。こうして季節はめぐる。人のえにしもめぐりゆく。何かの縁で結ばれた絆は大切にしていきたいと願っている。こんがらがったり切れそうになったりして、ときにめんどくさくなったりする。それはそれとしてこれはこれとして、やっぱりこの地面の上でともに暮らしていく。