大和国 櫻の二上山雌岳  平成16年4月吉日 晴
 
見渡せば春日の野辺に霞立ち咲き匂へるは桜花かも(万葉集巻十 1872 作者未詳)
 
竹内街道(万葉の森)からの二上山雌岳
 
櫻の国の櫻の季節。営々と植えられた桜が花開く。その一本一本に植えた人の思いが込められ、また見る者も一人ひとり、その時々の、思いを抱いて見る。竹内街道から仰ぎ見る二上山雌岳の山腹の群桜が霞のごとくにたなびく。もうたまらない。午後から弁当を携えて一登りしてきた。麓の万葉の森から鹿谷寺跡を経て、桜の襷をかけた雌岳をめざす。ゆっくりと芽吹きの山肌を愛でつつ、緩い小坂を歩く。桃色の山ツツジがもうほころんでいる。沢の清流に砂岩の小石が研がれ、その清潔な肌を晒す。鹿谷寺跡の石塔を押し包んで桜が咲く。歴史もまた花の中に隠された。檜林の木陰のひんやりした脇道をとる。道なりの紫陽花の芽が伸びかけている。本道に合流すれば、まさに散華の道。家族連れの幼い姉弟が思わず歓声をあげる。美は、直截に看取される。理屈をひとまたぎに超える。馬の背まで花の下をくぐる。大阪平野が桜花の色合いのままに霞む。大和川のうねりがにぶく光る。
 
二上山雌岳からの葛城山と金剛山
 
馬の背からこれまた桜の下がりをくぐって雌岳の頂上。麓からのんびり歩いて、おおよそ30分で至る。子どもから老人までてんでの方向を向いて、弁当を食べたり話をしたりしている。穏やかな時がここにある。お酒をめした方々が赤いお顔で談笑する。四方の景色を楽しむ。なにもかもが桜の花ごしに見える。少し下った老木の下のベンチに腰掛けて弁当を食べる。花びらがごはんの上に舞いおちる。お茶を飲む。団子は買い忘れた。眠たくなる。立ち去りがたい思いをえいと裁ち切る。展望台まで戻り、屯鶴峰へ向かう道を下る。山菜をつむ人がいた。途中から岐れて「ろくわたりの道」を辿る。嶮しい下りが続く。いくつかの鉄塔をすぎる。下りきると小さな沢がある。鮮烈な水が迸る。一掬い手に汲んで飲む。再び上りの小径。蕨の群生。少しばかり摘む。開通したばかりの南阪奈道路をくぐって、聖徳太子ゆかりの太子町の山手に出た。杉の木立の中で、もくこくと鍬をふるって、井手をさらう人あり。遠回りの道となった。竹内街道を辿り、ふたたび万葉の森に戻る。こうして桜の二上山雌岳の小さな逍遥を終えた。この国に生まれた幸せを思う。摘んだ蕨を灰汁抜きして、味噌汁の具にしよう。春の苦みがするかしらん。