信濃国 蓼科山 (2530m)       平成15年9月27日 天晴
 
 
蓼科山 (ビーナスラインからの遠望)
 
 
見上げる空はぐんと透明になった。厳しかった残暑もいつしか静まって、街吹く風に冷たさが感じられるようになった。道端の草草の葉や花の輪郭はくっきりとしてきた。こんな季節は山に行きたくなって、机の上の本を読むにも気が入らなくなる。たまらず信濃の国の蓼科山を歩いてきた。愚妻と同行二人。蓼科山は端正な山容である。「諏訪富士」の異名を持つ。八ヶ岳の荒々しさと対照をなしている。暁(4:30)に枚方市を出発。中央自動車道の恵那山トンネルを抜けるとススキの穂の銀色が濃くなった。駒ヶ岳SAで朝食。白湯野沢菜ラーメン。諏訪湖SAで諏訪湖と八ヶ岳の遠景を展望。諏訪ICでR152号、しばらく走ってビーナスラインに入る。林檎園の林檎の実が赤い。稲田は刈り入れ直前の黄金色に光る。道沿いには信州蕎麦の店がずっと続く。蓼科湖の横を過ぎる。別荘地のある高原の雰囲気である。ちらほらともみじした枝のまじった樹木の林をくぐっていく。蓼科山登山口到着(9:30)。広い駐車場。簡易トイレあり。諸準備の後に、バス停の横から山に入る。
 
 
白樺林と蓼科山
 
 
笹原を抜ける。軽い上りのカラ松の林をゆくと急登。ダケカンバ林。高度が上がるにしたがって雲に隠れた八ヶ岳の麓が、林の間から背後に広がってくる。蓼科湖がきらりと光る。大石のでこぼことしているが、歩きにくくはない。浮き石は少ない。じっくりと汗をかけばやや平坦な径となる。足下が少し湿りぎみの湿原。再び急登。這うように上っていく。直線的な道が天に突き抜ける。小休憩を頻繁にとる。立ち止まれば風が吹きすぎて暑さは感じない。南アルプスの山々の頂が雲上にわずかにのぞく。立ち枯れの大木が白く林立する。酸性雨の影響であろうか。頂上付近に至れば、岩石の折り重なった風景となる。岩の上の道を少し登ると頂上に到着(12:40)。石の原である。登山客で賑わっている。
 
 
蓼科山山頂の蓼科神社奥宮
 
蓼科神社奥宮に参拝。山名を示した標識で四方の山を確かめるが、雲のために十分な展望を得なかった。しかし陽に照る雲海を楽しめた。裾野が広がる。眼下には白樺湖や女神湖が蒼く澄んでいる。ゴルフ場とスキー場の削られた緑が痛々しく見える。けれどもそれで観光地として暮らす人がいる。自然保護と経済活動とはいずれも大切なことである。どう兼ね合いをつけていくのか、難しい問題である。握り飯と牛肉にしぐれ煮の昼食。岩の間には小さなハイ松。岩陰の小さな草がもみじしている。季節はくまなく去来する。僅かに生えた草を踏まないように岩の上を歩く。頂上下山出発(13:30)。天祥寺原経由の道をとる。登りの道を下山すれば2時間弱であるが、こちらは3時間30分ほどかかる。
 
 
蓼科山頂ヒュッテ前から、横岳・八ヶ岳方向を望む
 
 
蓼科山頂ヒュッテ前ですぐに休憩。トイレ使用料200円との貼り紙あり。研修登山であろうか、小学5年生の一団に出会う。下山の出発間際になってトイレに行きたいという児童が大勢いて、なぜ休憩中にいかなかったのかと窘める若い男性の教師の声が響く。小学生の一団で下山道はつまってなかなか動かない。機転を利かした教師が小学生たちを脇に寄せる号令をかけて、登山客を先に通してくれた。子どもの間を縫いながら下る。飛び降りる子どもに見かねて注意する。やっぱり教師根性は抜けない。将軍平に到着(14:15)。ここは七合目一の鳥居、大河原峠、天祥寺原への三叉路である。七合目一の鳥居までは自動車で上がれ、蓼科山の頂上まで1時間30分で登れる。この道は大賑わい。コメツガやシラビソの茂る林の急坂を天祥寺原に下っていく。ごつごつした岩のころがる小径である。かさこそと乾いた木の葉のこすれる音の他に聞こえるものはない。山の日暮れは早い。林の中は薄暗くなってきた。涸れ沢ぞいの道に出る。清水が湧き出ていた。手に掬い冷たい水で喉を潤す。傾斜が緩くなれば天祥寺原。ゆったりとした広野である。横岳の斜面が伸びてここに至る。赤く紅葉した林が点在する。深呼吸。沢沿いにそって竜源橋をめざす。笹原とカラ松の道である。見上げれば、薄暮の蓼科山がくっきりとしたシルエットを描く。沢を覗けば底の小石が見通せる透明な流れ。山際の斜面には苔むした岩が並ぶ。時折に急坂の道をひたすら歩いて竜源橋。
 
 
天祥寺原から横岳を望む
 
 
竜源橋からアスファルト道路を歩く。緩い上り坂。道脇に秋の野草の花が咲く。蓼科山登山口到着(17:00)。蓼科高原の温泉郷にて露天風呂につかる。諏訪市内で夕食。往路と同じコースで帰る。秋の伊那谷の花火。飯田市あたりで花火を見る。2ヶ所で行われていた。一ヶ所は惜しむように打ち上げていた。もう一ヶ所は連打であった。音はなく、ただただ大輪の火の花が夜空に開く。闇の中にルビーとエメラルドの宝石をぶちまいたようだ。移りゆく季節の一つのけじめに見えた。枚方市到着(11:30)。ススキの穂の銀色と稲田の黄金色、林檎の赤、蓼科高原のもみじ。秋色にくるまれた長月のひとひとなった。