『民間学事典』企画趣旨・内容説明

三省堂

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The Encyclopedia for Folks

Sanseido



【企画趣旨】



1)はじめに・モチーフ



 学問の大衆化と学問の専門化が、メダルの裏表のように進行しているかにみえる今日、いずれの傾向においてもかろんじられているのが、学問の「はじまり」を見つめる視点ではないでしょうか。とりわけ、アカデミズムとよばれる制度化された専門的な学問の世界においては、かつてなかったほどの細分化がすすみ、それに比例して学問はますます精緻になりつつありますが、一方で、学問の初源を問うこと、動機と根拠を問う姿勢は、それだけ希薄になってきているように思えます。また、学問の成果をまとめた書物は無数につくられているにもかかわらず、学問の生成過程をさぐるものは非常に数少ないという現状があります。専門的な学問における方法的鍛錬を軽視するわけでは決してありませんが、現在の学問をとりまく状況をかんがえると、その「はじまり」のみずみずしさに立ち戻ることは、大きな意義をもつこころみだと思われます。

 私たちは、「民間学」の中にこそ、成果だけではなくその生成過程を大切にし、テーマだけではなくモチーフやマチエールを重視する、学問本来のありかたを見いだしています。民間学を総合的にとりあつかう初めての事典を編集することにより、学問のありかたを見直す契機をつくりたい。――それが、この事典を企画した私たちのライト・モチーフです。



2)民間学とは何か



 「民間学」は、まだ十分に認知された概念ではないかもしれませんが、ここでいう民間学とは、明治初期以降、国家の政策により制度化されたいわゆるアカデミズム(官学)以外の、民間にその根をもつ学問を広くさししめしています。これは、アカデミズムに対する「反」「非」の学問、そのいずれをも含み、さらに、日常のくらしを見つめるさまざまな活動までを抱摂した、ゆるやかな概念です。

 具体的な例をあげれば、柳田国男の民俗学、伊波普猷の沖縄学、折口信夫の古代学、牧口常三郎の人生地理学、金田一京助のアイヌ学、津田左右吉の歴史学、南方熊楠の生物学、柳宗悦の民芸研究、喜田貞吉の被差別部落研究、土田杏村の哲学、今和次郎の考現学、権田保之助の民衆娯楽研究、小野武夫の農村学、高群逸枝の女性史学、山本宣治の性科学、小倉金之助の数学、田村栄太郎の一揆・博徒研究、森本六爾の考古学などが、その代表的なものです。

 このような民間学のいわゆる先人たちの業績のほかにも、それにつらなる人々の学問や、従来の観点では周縁的なものとして顧みられなかった、くらしを見つめるさまざまな活動を、できるだけ裾野を広くとって取り上げます。

 なにが民間でなにが非民間であるかを定義することは簡単ではありませんが、民間学とは、制度ではなく、運動をその根拠とする学問の姿である、とひとまず考えています。スカラーシップとアクティヴィズムをあわせもつ営為と言いかえてもよいでしょう。

 いずれにせよ、民間学という軸を設けたときに開けてくる新しい視界を、事典という形式で定着させたい、と考えています。



3)対象領域・二巻構成



 本事典では、主として明治以降の時代を対象にしますが、江戸期の学問も、適宜取り上げます。というのは、江戸期の学問は、近代以降の民間学の根としての意義をもっているからです。明治以前に遡行することにより、近代西洋の学問体系が輸入されるとともに「非正統・非科学」としてアカデミズムから放逐された諸学のルーツと行方をみさだめることも、本事典の大きな役割になろうかと考えています。

 本事典は独立した二巻からなります。ひとつが分野別配列の『事項編』、もうひとつが五十音順配列の『人名編』です。とくに人名編を別に設けたのは、とりわけ民間学においては、学問・思想の血肉化としての人の生涯をはなれて学を語ることはできない、という認識によるものです。ひとりの人間がひとつの時代を生きたことの重み、その生涯における学問の生成過程を重視する姿勢こそ、すぐれて民間学的なものといえるでしょう。なお、人名編で対象とする民間学者は故人のみに限定し、現存の民間学者にかんしては、関連する事項編項目において、その生涯・業績を解説することにします。



4)むすび



 ほんとうに創造的な学問は、その「はじまり」においては、すべてといってよいほど民間から発生しています。さまざまな体制がととのった今日の日本社会は、そのような民間における学問の「はじまり」をかろんじる傾向にありますが、このような時代にこそ、学問がはじまるときの熱や手ざわりをみつめなおす必要があるでしょう。私たちは、この事典の刊行において、学問のありかたとは何かが、あらためて問い直される機運がおこることを願ってやみません。





【内容説明】



1)編集委員



  鹿野 政直(かの まさなお/早稲田大学教授、日本史学)

  鶴見 俊輔(つるみ しゅんすけ/哲学者・思想家)

  中山  茂(なかやま しげる/神奈川大学教授、科学史)





2)『事項編』の分野



*『事項編』は分野別配列、『人名編』は、五十音順配列です。『事項編』の分野別配列順序は、以下のとおりです。



【1】 生活

  1. 衣食住

  2. 女性

  3. 医術

  4. 体術

  5. セクソロジー

  6. 民俗



【2】 博物

  1. 博物

  2. 農学

  3. 地理

  4. 歴史

  5. 発明

  6. 蘭学

  7. 科学・技術



【3】 ことば

  1. コミュニケーション

  2. 語学

  3. 出版



【4】 趣味

  1. 生活芸術

  2. 趣味

  3. サロン



【5】 思想・運動

  1. 社会思想・運動

  2. 右翼思想・運動

  3. 左翼思想・運動



【6】 教育

  1. 教育

  2. 学校



【7】 宗教

  1. 予見術

  2. 宗教・倫理





3)本事典の体裁



  判 型:各編 A5判

  頁 数:事項編 504頁

      人名編 568頁

  定 価:事項編 本体6,600円+税

      人名編 本体7,600円+税

  項目数:事項編 508項目

      人名編 959項目

  索 引:事項編 33頁(事項索引+人名索引)

      人名編 34頁(事項索引+人名索引)

  執筆者:260名(両編を合わせての異なり人数)

  本 文:各編 縦組8.5ポイント、18字×25行×3段



4)装丁:南 伸坊



5)刊行:1997年5月30日(2巻同時発売)



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