この内容は教育、言葉を変えれば、子育ての基本として、いつも考えていることです。

脳の機能の発揮と教育

大阪教育大学  松本勝信

                

1.脳の成熟と子どもの発達の視点

 人間の思考や行動や心や感情の働きなどの精神活動を司るのは大脳である。考える力はもちろん、自発的、主体的であるかどうか、心情豊であるかどうか、意欲的、積極的であるかどうか、心優しく接するのか心冷たく接するのかどうか、等などすべて大脳の働きである。その大脳の神経系の成熟が人間としての発達と関連するものである。今日までの大脳生理学や神経科学の成果から、子どもの発達と神経系の成熟との関連を振り返ってみると以下のようにいえる。(注1)
 まず、人間の新たな生命は受精に始まるが、新生児として誕生してくる時、その新生児の体を構成する細胞の数は、約2兆個といわれる。1個の受精卵が、受精後約40週の間に母親の体内で、約2兆個にまで細胞分裂を繰り返して、新生児の体となり誕生してくるのである。そして、誕生後も細胞分裂を繰り返して成長変化し、成人の体は約60兆個の細胞でその体が構成されているといわれる。従って、新生児が大人になるまでの間に、体を構成する細胞の数は約30倍に増えることになる。この細胞分裂が身長や体重が増加するという身体的な発達の基となるものである。
 このように身体的な成長変化において約30倍に増える体細胞のなかで、誕生から死に至るまでの間で全く増えない140億個とも160億個ともいわれる細胞の集団がある。それが大脳の神経細胞である。体をつくる細胞は分裂して増え、また、壊れても再生するが、この大脳の神経細胞は誕生後は増えることはなく、また、壊れても再生しないで壊れたままであり、さらに、ある年齢に達すると逆に壊れて消滅し始めるともいわれる。
 そして、脳の重さも新生児で約400グラム、成人で約1400グラムともいわれるが、3才では既に約1100グラム、6才では成人のおおよそ9割に達するものである。(注2)
このとき、脳の働きすなわち大脳の神経系の機能の発揮は、神経細胞の髄鞘形成とシナプスの形成によるものといわれる。

 

2.髄鞘形成と子どもの発達

 脳の神経細胞のシナプスを形成する軸索にミエリン鞘(髄鞘)が形成されること、すなわち髄鞘形成がその神経細胞の機能の発揮となるといわれるが、その髄鞘形成と機能の発揮の関係については、脳の機能から運動系、知覚系、情動系、意識の4観点から検討される。それらについて、以下のようなことが指摘されている(注3)。
@ 運動系
 脊髄前根細胞に胎生5ヶ月頃から生後1ヶ月頃までに髄鞘形成が起こり、それに伴い母体内や出生時の不規則な、無目的な、原始的な動きがみられるとされている。平衡覚や共同運動に関する小脳系の髄鞘形成は胎生7ヶ月頃から起こり、生後5から8ヶ月頃に終了し、それに応じて、首が据わり、座位が可能となり、身体緊張のバランスが取れるようになる。
 また、随意運動に関する神経系の髄鞘形成は、出生直後から始まり、1から2歳までの間に完成する。この時期の子どもが興味を持つ遊びに、おはじきのような小さな物を指先でつまんで箱から出したり、また、箱に入れたりすることや、ボタンなどの穴のあいたものに紐を通すような遊びがある。これは自分の意思で自分の指先を細かく操作することができるようになった喜びを味わっている姿といえるが、それも指先を随意的に操作する神経系の髄鞘形成と対応するものである。
 このような運動系の神経系の髄鞘形成に対応して、這い這い、起立、歩行と運動機能が高まり、2歳頃までに、基本的要素的な運動機能が発達してくる。
A知覚系
 知覚系の最も原始的な働きに対応する脊髄後根細胞に、まず、胎生6ヶ月ごろから髄鞘形成が起こり、生後6ヶ月頃までに出来上がってくる。
視覚系の神経系には出生直後から髄鞘形成が始まり、生後4から5ヶ月頃までに完成する。従って、生後4ヶ月から5ヶ月頃には、視覚的な知覚の機能が高まってくる。
聴覚系の神経系には、視覚系と同じように、出生直後から髄鞘形成が始まるが、出来上がるまでには少し時間がかかり、3歳から4歳頃にかけてまで続く。1歳前後に1語文が出始め、3歳から4歳にかけて急激に言語能力が高まることも、この聴覚系の神経系の髄鞘形成に対応するものといえる。
また、触覚などの体性感覚の神経系の髄鞘形成は胎生後期から始まり、1歳頃までに出来上がるといわれる。
B情動系
情動の中枢となる大脳辺縁系の帯状回に髄鞘形成が起こり始めるのが、出生後2から3ヶ月目ぐらいであり、10ヶ月目頃には髄鞘形成が完成する。この髄鞘形成に対応して、基本的な快・不快の感情としての喜び、満足や怒り、恐れなどが示されたりする。
この出生後2から3ヶ月目ぐらいからの髄鞘形成は、後述の情緒的発達の項で述べるように、乳児の情緒的コミュニケーションが起こり始める時期と対応している。これについては、本研究を支える重要な先行研究であり、本節の事項で詳述する。
C意識
 意識という覚醒系に重要な働きをもたらすのが、大脳の奥底にある脳幹網様体の髄鞘形成である。この髄鞘形成は最もゆっくりとした時間をかけて起こるものであり、生後直後に髄鞘形成が起こりはじめ、早くて10歳頃に、遅くて12歳頃に完成する。10歳から12歳にかけて、自分で自分を反省的に意識できるようになるといわれるが、それがこの脳幹網様体の髄鞘形成に対応するものといわれる。この脳幹網様体の髄鞘形成により子どもは大人の仲間入りをすることになるのである。したがって、早い子は10才頃、遅い子でも12才頃になると、大人の仲間入りとしての一人立ちの信号をいろいろ出してくるものであるが、それらはこのような神経系の成熟に対応しているものなのである。
以上の例のように、人間の発達として観察する事ができる運動機能や言語機能や情動等の精神機能の発達は、次に取り上げるシナプス形成とともに、それぞれの中枢となる神経系の髄鞘形成に基づくものである。従って、このような研究を本研究の先行研究として示唆を読み取ることができるのは、このそれぞれの神経系の髄鞘形成の時期に合わせて(適時)、その機能が発揮されやすいように(的確)、環境を整えて(適切)、教育を行うことが求められるということである。

 

3.シナプス形成と子どもの発達

 中枢神経系としての脳の機能は、その部位により中枢機能が分業化していることは以前から指摘されている。要約すれば、後頭葉には外界との接点となる感覚受容器の中枢が局在し、前頭葉には高度の精神機能としての思考や意志決定などの中枢が局在している。
 このような脳の機能の局在性の中で、140億とも160億ともいわれれる脳の神経細胞は、個々に独立して機能を発揮しているのではなく、お互いにつながりを持ち合ってその機能を総合的に発揮する。それぞれ異なる機能を持つその神経細胞がお互いつながりを持ち、回路を形成するとき、言い換えれば、シナプスを形成するとき、成人に達すると、1個の神経細胞は他の1000個の神経細胞とつながりを持つようになることが時実(注3)によって指摘されている。この神経細胞の回路であるシナプス形成が、脳の機能の発揮となると言われているものである。
 シナプス形成という観点での脳の成熟にはいくつかの節目があるといえる。それはおおよそ3歳前後、6歳前後、10歳前後の3箇所に変曲点があるといえる。まず、成人(20歳)のシナプス形成を基準として考えると、それを100%とするならば、最初の変曲点である3歳頃には既におおよそその60%が形成されており、次の変曲点である6歳頃にはおおよそその80%のシナプスが形成されていると指摘できる。さらに、その次の変曲点である10歳頃には95%以上のシナプスが形成されているといえよう。言い換えれば、3歳で大人の6割、6歳で大人の8割、10歳でほぼ大人に近いところまでシナプス形成は育ってきているといえる。
 以上のように、シナプス形成についての先行研究の内容を要約して述べてきたが、子どもの発達はこのシナプス形成と、そのシナプス形成のために伸びていく神経細胞の軸索の髄鞘形成に左右されるということである。インプリンティングのように、人間の育ちにも、適時、適切、的確な関わり方があるとするならば、それは、以上のようなシナプス形成や髄鞘形成に合わせた教育の在り方ということであろう。その様な視点から、さらに、時実利彦(注3)らの先行研究から以下のようなことが考察される。
 このとき、先に述べた髄鞘形成の個人差について言えば、それは髄鞘形成にかかる時間の長さや、髄鞘形成の開始や完成の時期などの時間的な違いなどであり、基本的にはどの神経細胞にも髄鞘は形成されるものである。したがって、個人によって髄鞘ができたりできなかったりすることはない。しかし、シナプス形成における個人差は、その開始や完成の時期などや、それにかかる時間の長さや早さだけでなく、できる回路そのものが人によって異なる回路もあるということである。言い換えれば、シナプス形成としてつながる回路のでき方が一人ひとりの育ち方であり、どのような回路ができるかが、一人ひとりの精神活動としての人格、性格、感情、思考、行動等を左右するものといえる。シナプス形成はすべての人間にすべて同じようにできるのではなく、個人によって異なるものであり、その個人差が、その人間の個性となるとも言える。
 上述のシナプス形成の先行研究の説明において、子どものシナプス形成の節目を述べてきた。そこで大事なことは、一人ひとりの人格、性格、感情、思考、行動、などの精神活動を左右するシナプスの形成のし方である。特に、シナプス形成の節目としての3歳頃までの6割のシナプス形成のし方、その次の6歳頃までの8割のシナプス形成のし方、そしてその後の10歳頃までの髄鞘形成からいえる一人立ちに向けてのシナプス形成のし方である。それらのシナプス形成のし方に見合った教育の方法や内容を取ることが重要になることはいうまでもないことである。
 今まで述べてきている先行研究から、そのシナプス形成のし方に対して、以下のようなことが指摘されている。まず、3歳頃までに出来上がる最初の6割のシナプス形成は後頭葉を中心にして生じ、起きている間に最も多く接する人たちの影響すなわち模倣でどのような回路が形成されるかということが決まってくるということである。これは自分の身の回りの人や出来事という「外」の様子を模倣することによって、自分の「内部」のシナプスのでき方が左右されるということであり、それは外にあるものを自分の内側に取り入れること(以下「外→内」と表す)によりシナプスが育つといえるものである。例えば、既に述べたように、2才から3才頃になると言葉の発達も著しいものがあるが、この言葉の獲得も「外→内」の模倣でシナプスが形成されていることである。このような模倣によるシナプス形成は3歳を過ぎると徐々に減少しながら10歳頃まで続くといわれている。
 そして、3歳前後の6割の節目を受けて、6歳頃までの8割のシナプス形成に向けていくわけである。6割までが「外→内」の模倣が中軸になって育つのに対して、6割を過ぎると「内→外」へと矢印の向きが逆転してくると言われる。即ち、自分の外界のものを自分の内側にそのまま素直にとり入れる「模倣」によって育つシナプス形成に対して、6割以降のシナプス形成は、自分の身の回りの人や出来事に対して、自分がなにかをすると身の回りの人や出来事はどうなるのか、自分に対して身の回りの人は何をするのか、どんなことが自分にはね返ってくるのかなどを試し始めるが、その「試し」と「はね返り」によって、どのようなシナプスができるかが左右されると言われる。それは、自分の「内面」にわいてくる思いを、自分の身の回りという「外部」に向かって出すと、その「外部」から何が自分に返ってくるか(「内→外」と表す)ということを試していることである。それらは、例えば、自分がこうすると相手はどうするかという人とのかかわり方の試しであったり、表現のし方の試しであったり、感情の出し方の試しであったり、自分の欲求の通し方の試しであったり、すべきことやしてはいけないことの限界の試しであったり、等など様々な試しを行う。
 先述した6割のシナプス形成以降のシナプス形成は、この「試し」とそれに対する「はね返り」に基づいて、それに対応する神経細胞の軸索が伸び、シナプスが形成されていくと言われる。即ち、「内→外」の試しの中で、人とのかかわり方、表現のし方、感情の出し方、欲求の通し方、望ましさの判断のし方、自立のし方などの思考や行動や感情にかかわるシナプスが形成されていくのである。従って、量的には6歳前後にその個人のシナプス形成の8割ができるといわれるが、どのような環境で、どのような試しをし、どのようなはね返りを体験するかによって、一人ひとりに出来る神経回路は異なってくる。
 遺伝的要素は同じと考えられる兄弟姉妹においても、人格や性格や思考や行動や感情などの精神活動が異なるのは、それぞれが味わう「試し」の違いや「はね返り」の違いによるシナプスの出来方の違いによるものと言えよう。
 そして、その「外→内」から「内→外」へと矢印の向きが変わってくる境となる3才頃になると、6割完成の信号を出してくるのである。それが内から外へという自己主張である。この「内→外」という自己主張が強く出始めると反抗期という用語を用いるが、実際は、「反抗期」というよりも「試し期」というほうが発達の実態に合うものといえよう。
このように、小学校入学前後までに「内→外」への「試し」によって、一人ひとりのその人の成人としての育ちに対する8割程が出来あがってくるのである。自分の内面に生まれてきたものを外に出し、そのことに周りから何がどんなふうに返ってくるかということを試すという「試し」は、前述の髄鞘形成で述べた10才頃の意識の確立まで欠かせない重要な活動といえる。
 この「試し」の活動は、子ども一人ひとりのなかに生まれてきたイメージを外へと解き放つ「内→外」の活動とも言えよう。教師が子どもの外から内側に与えたり、まとめたり、やらせたりすることは、子どもから見れば「外→内」への活動というものになり、それでは「試し」の活動にはならない。「内→外」への「試しの解き放ち」の活動こそがこの発達段階で重要視されなければならないものである。いかに体験重視であっても、「外→内」のやらせの体験では子どもを受身にするという害あって益の無いものである。
このような「内→外」の試しにおいて、10歳から12歳頃までに、以下のような試しをいかに体験するかということが重要となる。 これらはすべて密接な関係を持つものであるが、項目的に整理すると以下のようになる。
@ 自立の仕方の試し(未来志向の能力・態度形成、意欲、価値判断・意志決定)
A 人との関わり方の試し(自己規範づくりの試し)
B 心の働かせ方の試し
C 表現の仕方の試し
D 感情の処理の仕方の試し
E 美意識の試し

注及び引用・参考文献
(注1)塩見邦雄編、「発達心理学総論」ナカニシヤ出版、1986
 ロナルドS.イリングワース著、松見富士夫訳、「乳幼児の発達診断ー知能・精神の正常と異常」 岩崎学術出版社、1989
 諏訪 望・三宅和夫編著、「乳幼児の発達と精神衛生」川島書店、1984
(注2)津本忠治著、「脳と発達ー環境と脳の可塑性」朝倉書店、1986
(注3)時実利彦著、「目でみる脳−その構造と機能−」東京大学出版会、1969

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