第37回大阪教育大学国語教育学会
2001年12月1日           
於大阪教育大学教育学部
附属天王寺中・高等学校内中学校講堂

「中学校小説教材における主人公と状況との関係」

国語表現ゼミナール
指導教官野浪正隆
構 成 員沖和哉 柏山佳子 片山美幸 河飯由理 草野奈津美 玉林尚子

0 はじめに

 学校教育では、ほとんどの国語の授業で、教科書の文章が用いられている。教科書に採られている文章ほど多くの子どもが読んでいるものはない。多くの子どもが読む教科書に載せる文章を選ぶのであるから、当然そこには何らかの意図があると考えられる。私たちはその意図を解明したいと考えた。そこで、小説という子どもにとっては記憶に残りやすいものに的を絞り、そこに描かれている主人公に焦点を当てて考えることにした。
 中学生は、時には自分と主人公を重ね合わせ、時には客観的に主人公を見つめながら読んでいく。様々な状況に置かれた主人公が、その状況に対してどのような行動をとるのか。小説の中の主人公が読者である中学生にどんな影響を与えるのか。教科書に採られている小説の主人公像を解明することによって、当初の疑問に対する答が見えてくるのではないかと考えた。
表(0) 三省堂・東京書籍・光村図書の教科書に掲載されている小説作品
 および 各教科書における小説作品の割合
三省堂中学1年玩具屋 川西蘭
空中ブランコ乗りのキキ 別役実
水仙月の四日 宮沢賢治
トロッコ 芥川龍之介
星の子 マイケル=ドリス
竜 今江祥智
中学2年兄からのはがき 佐江衆一
ゲド戦記 U.K.ル=グウィン
四万十川―「コロバシ漁」 笹山久三
小さな手袋 内海隆一郎
走れメロス 太宰治
中学3年カワセミ 図子英雄
故郷 魯迅
凧になったお母さん 野坂昭如
猫 トーベ・ヤンソン
吾輩は猫である 夏目漱石
東京書籍中学1年愛のサーカス別役実
カメレオンチェーホフ
木を植えた人ジオノ
さんちき吉橋通夫
そこに僕はいた辻仁成
中学2年菊池寛
走れメロス太宰治
僕の防空壕野坂昭如
リトル・トリーカーター
中学3年いちご同盟三田誠広
絵本松下竜一
故郷魯迅
光村図書中学1年おいのり 三木卓
銀河鉄道の夜 宮沢賢治
少年の日の思い出 ヘルマン・ヘッセ
そこまでとべたら安東みきえ
父の列車吉村康
坊ちゃん 夏目漱石
中学2年パラパラ落ちる雨よ阪田寛夫
六月の蝿取り紙 ねじめ正一
わたしを作ったものロバート・ウェストール
中学3年握手 井上ひさし
故郷 魯迅

1 研究方法

1−1 プロット分析

 まず、プロット分析を行った。ここでは、始めに小説中の叙述を状況と主人公の心理、行動に分類し、分析表にまとめた。この分析表をもとに、主人公と状況との関わり、主人公の心理の変化を捉えた。
 図(1)は、『形』という作品のプロット分析をするために作成した分析表である。ここでの心理・行動は、主人公新兵衛のものである。それ以外の叙述は、主人公の心理や行動に影響を与えるものとして、状況に分類した。
 新兵衛の心理が状況によって変化した部分として、プロット分析表の23、25、26、27文を例として挙げる。主人公の新兵衛は、自分の力に自信を持ち、大きな誇りを持っていた。しかし、25、26での状況によって、27文の「いつもと勝手が違うことに気づき、戸惑いを感じる。」という変化が起きる。

形  菊池 寛
 
  1. 摂津半国の主であった松山新介の侍大将中村新兵衛は、五畿内、中国に聞こえた大豪の士であった。
  2. そのころ、畿内を分領していた筒井、松永、荒木、和田、別所など、大名、小名の手の者で、「槍中村」を知らぬ者は、おそらく一人もいなかっただろう。
  3. それほど、新兵衛はそのしごき出す三間柄の大身の槍の矛先で、先駆けしんがりの功名を重ねていた。
  4. そのうえ、彼の武者姿は、戦場において水ぎわだった華やかさを示していた。
  5. 火のような猩々緋の服折を着て、唐冠纓金のかぶとをかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりの鮮やかさを持っていた。
  6. 「ああ、猩々緋よ、唐冠よ。」と、敵の雑兵は新兵衛の槍先を避けた。
  7. 味方が崩れたったとき、激浪の中に立ついわおのように敵勢を支えている猩々緋の姿は、どれほど味方にとって頼もしいものであったか分からなかった。
  8. また、あらしのように敵陣に殺到するとき、その先登に輝いている唐冠のかぶとは、敵にとってどれほどの脅威であるか分からなかった。
  9. こうして、槍中村の猩々緋と唐冠の株とは、戦場の華であり、敵に対する脅威であり、味方にとっては信頼の的であった。
  10. 「新兵衛殿。折り入ってお願いがある。」と、元服してからまだ間もないらしい美男の士は、新兵衛の前に手をついた。
  11. 「何事じゃ、そなたと我らの間に、さような辞儀はいらぬぞ。望みというを、はよう言ってみ。」と、はぐくむような慈顔をもって、新兵衛は相手を見た。
  12. その若い士は、新兵衛の主君松山新介の側腹の子であった。
  13. そして、幼少のころから、新兵衛が守役として、我が子のようにいつくしみ、育ててきたのであった。
  14. 「ほかのことでもおりない。明日は我らの初陣じゃほどに、なんぞ華々しい手柄をしてみたい。ついては、おみさまの猩々緋と唐冠のかぶとを貸してたもらぬか。あの服折とかぶととを着て、敵の目を驚かしてみとうござる。」
  15. 「ははははは。念もないことじゃ。」
  16. 新兵衛は高らかに笑った。
  17. 新兵衛は、相手の子供らしい無邪気な功名を快く受け入れることができた。
  18. 「が、申しておく、あの服折やかぶとは、申さば中村新兵衛の形じゃわ。そなたが、あの品々を身に着けるうえからは、我らの肝魂を持たいではかなわぬことぞ。」と言いながら、新兵衛はまた高らかに笑った。
  19. その明くる日、摂津平野の一角で、松山勢は、大和の筒井順慶の兵としのぎを削った。
  20. 戦いが始まる前、いつものように猩々緋の武者が唐冠のかぶとを朝日に輝かしながら、敵勢をしりめにかけて、大きく輪乗りしたかと思うと、駒の頭を立て直して、一気に敵陣に乗り入った。
  21. 吹き分けられるように、敵陣の一角が乱れたところを、猩々緋の武者は槍をつけたかと思うと、早くも三、四人の端武者を突き伏せて、また悠々と味方の陣へ引っ返した。
  22. その日に限って、黒皮おどしのよろいを着て、南蛮鉄のかぶとをかぶっていた中村新兵衛は、会心の微笑を含みながら、猩々緋の武者の華々しい武者ぶりを眺めていた。
  23. そして、自分の形だけすらこれほどの力を持っているということに、かなり大きい誇りを感じていた。
  24. 彼は、二番槍は自分が合わそうと思ったので、駒を乗り出すと、一文字に敵陣に殺到した。
  25. 猩々緋の武者の前には、戦わずして浮き足だった敵陣が、中村新兵衛の前には、びくともしなかった。
  26. そのうえ彼らは、猩々緋の「槍中村」に突き乱された恨みを、この黒皮おどしの武者の上に復讐せんとして、たけりたっていた。
  27. 新兵衛は、いつもとは、勝手が違っていることに気がついた。
  28. いつもは虎に向かっている羊のようなおじけが、敵にあった。
  29. 彼らがうろたえ血迷うところを突き伏せるのに、なんのぞうさもなかった。
  30. 今日は、彼らは対等の戦いをするときのように、勇みたっていた。
  31. どの雑兵も十二分の力を新兵衛に対して発揮した。
  32. 二、三人突き伏せることさえ容易ではなかった。
  33. 敵の槍の矛先が、ともすれば身をかすった。
  34. 新兵衛は必死の力を振るった。
  35. 平素の二倍もの力をさえ振るった。
  36. が、彼は、ともすれば突き負けそうになった。
  37. 手軽にかぶとや猩々緋を貸したことを後悔するような感じが、頭の中をかすめたときであった。
  38. 敵の突き出した槍が、おどしの裏をかいて彼の脾腹を貫いていた。
表(1)
状況  新兵衛
心理  行動
第一段落1 摂津半国の主であった松山新介の侍大将中村新兵衛は、五畿内、中国に聞こえた大豪の士であった。       
↓(省略)    
9 こうして、槍中村の猩々緋と唐冠の株とは、戦場の華であり、敵に対する脅威であり、味方にとっては信頼の的であった。    
第二段落10 「新兵衛殿。折り入ってお願いがある。」と、元服してからまだ間もないらしい美男の士は、新兵衛の前に手をついた。(美男の士への愛情)11 「何事じゃ、そなたと我らの間に、さような辞儀はいらぬぞ。望みというを、はよう言ってみ。」と、はぐくむような慈顔をもって、新兵衛は相手を見た。
12 その若い士は、新兵衛の主君松山新介の側腹の子であった。    
13 そして、幼少のころから、新兵衛が守役として、我が子のようにいつくしみ、育ててきたのであった。    
14 「ほかのことでもおりない。明日は我らの初陣じゃほどに、なんぞ華々しい手柄をしてみたい。ついては、おみさまの猩々緋と唐冠のかぶとを貸してたもらぬか。あの服折とかぶととを着て、敵の目を驚かしてみとうござる。」 15 「ははははは。念もないことじゃ。」
  17 新兵衛は、相手の子供らしい無邪気な功名を快く受け入れることができた。16 新兵衛は高らかに笑った。
    18 「が、申しておく、あの服折やかぶとは、申さば中村新兵衛の形じゃわ。そなたが、あの品々を身に着けるうえからは、我らの肝魂を持たいではかなわぬことぞ。」と言いながら、新兵衛はまた高らかに笑った。
第三段落19 その明くる日、摂津平野の一角で、松山勢は、大和の筒井順慶の兵としのぎを削った。    
20 戦いが始まる前、いつものように猩々緋の武者が唐冠のかぶとを朝日に輝かしながら、敵勢をしりめにかけて、大きく輪乗りしたかと思うと、駒の頭を立て直して、一気に敵陣に乗り入った。    
21 吹き分けられるように、敵陣の一角が乱れたところを、猩々緋の武者は槍をつけたかと思うと、早くも三、四人の端武者を突き伏せて、また悠々と味方の陣へ引っ返した。    
  22-2 会心の微笑を含みながら、22-1 その日に限って、黒皮おどしのよろいを着て、南蛮鉄のかぶとをかぶっていた中村新兵衛は、
   22-3猩々緋の武者の華々しい武者ぶりを眺めていた。
  23 そして、自分の形だけすらこれほどの力を持っているということに、かなり大きい誇りを感じていた。 
第四段落  24-1彼は、二番槍は自分が合わそうと思ったので、24-2 駒を乗り出すと、一文字に敵陣に殺到した。
25 猩々緋の武者の前には、戦わずして浮き足だった敵陣が、中村新兵衛の前には、びくともしなかった。    
26 そのうえ彼らは、猩々緋の「槍中村」に突き乱された恨みを、この黒皮おどしの武者の上に復習せんとして、たけりたっていた。27 新兵衛は、いつもとは、勝手が違っていることに気がついた。  
28 いつもは虎に向かっている羊のようなおじけが、敵にあった。    
↓(省略)    
33 敵の槍の矛先が、ともすれば身をかすった。(焦り)34 新兵衛は必死の力を振るった。
    35 平素の二倍もの力をさえ振るった。
36 が、彼は、ともすれば突き負けそうになった。37 手軽にかぶとや猩々緋を貸したことを後悔するような感じが、頭の中をかすめたときであった。  
38 敵の突き出した槍が、おどしの裏をかいて彼の脾腹を貫いていた。    

 このように、状況によって心理の変化が起こっていることが、プロット分析表から読み取ることができる。

1−2 主人公像のタイプ分析

 次に、プロット分析表をもとに主人公について詳しく見ていった。まず、状況の変化に対して主人公の心理がどのように変化し、そこから主人公がどのように状況に対処したかに着目して、主人公像を分析した。状況の変化に対する主人公の心理変化を分析するために、心理変化の起点となったと考えられる状況を「事件」として捉え、その前後の状況・心理状態を、先のプロット分析表をもとに考えていった。事件前の状況を始めの状況、事件後の状況を終わりの状況と表し、それぞれを「悪い・普通・良い」の三段階に分類した。さらにグラフ化のために、「−・0・+」に記号化した。
表(2)
教科書
会社
学年題名(作者)要約始めの状況始めの心理終わりの状況終りの心理事件状況との関係タイプ許容の型
1三省堂1玩具屋 (川西蘭)状況に失望し、つぶされそうになった主人公が、自分が良いと思うものを良いと思う人の出現によって状況に希望を持ち直す。悪い失望+良い+希望主人公の望む客が現れる状況に希望を持ち直す希望型 
2三省堂1空中ブランコ乗りのキキ (別役実)主人公は、周囲の声援を受けることが生き甲斐だった。しかし、それが奪われるだろう状況に直面する。人気のなくなることを恐れた主人公は、最後に最も大きな声援を受け姿を消す。良い満足-悪い-悲しみ自分に成り代わる人物が現れる状況に自ら働きかけている努力型 
3三省堂1水仙月の四日 (宮沢賢治)雪婆んごの命令に従って雪を降らせていた主人公は吹雪の中で一人の子供を見つける。雪婆んごからは殺すように指示されるが、自分があげた宿り木を持ち続けていたその子供を雪童子は助けた。普通容認+良い+満足子供を助ける状況に働きかけている成長型 
4三省堂1トロッコ (芥川龍之介)トロッコに乗れる状況に憧れを抱く主人公は、ある日念願のトロッコに乗ることができる。だが、帰り道に恐ろしく不安な思いをする。成長した主人公は、自分の状況に疲れており、昔トロッコに乗った時の帰り道と同じような気持ちにとらわれている。良い喜ぶ-悪い-不安帰り道に、恐ろしく不安な思いをする状況に不安を持っている不安型 
5三省堂1星の子 (マイケル=ドリス)人間である自分の状況を捨て、岩になろうとした主人公は岩になったことで、自分が色々なことが分かるようになったと思っている。しかし父さんの言葉を聞いて、自分の状況を受け入れ、人間に戻ることを決意する。悪い逃避+良い+喜び父親によって皆の気持ちを知る状況を受け入れている成長型 
6三省堂1竜 (今江祥智)                     主人公は、気が弱く、沼のそこでひっそりと暮していた。しかし人に気付かれ注目されてしまう。困って尚更なりを潜めていたが、また偶然から神様にされてしまう。何となく悪い気はしないまま、その状況を受け入れた。普通不安+良い+安堵人間に偶然見つかる状況を受け入れている許容型消極的
7三省堂2兄からのはがき (佐江衆一)兄の戦死をめぐり、父や母、周りの大人たちが様々な行動をとる中、主人公はその様子を見つつ、自分なりに兄の死にけじめをつける。悪い混乱・悲しみ-悪い+気持ちの整理がつく兄の戦死の知らせが届く状況を見つめている許容型積極的
8三省堂2ゲド戦記 (U.K.ル=グウィン)魔法の力に奢っていた主人公が師に諌められ、ローク島へ修行へ出る決心をする。良い慢心+良い+向上心失敗と師の言葉状況から働きかられている成長型 
9三省堂2四万十川―「コロバシ漁」 (笹山久三)姉に保護される状況にいる主人公は、その状況に自ら働きかけ、満足している。良い満足+良い+満足  状況に満足している許容型 
10三省堂2小さな手袋 (内海隆一郎)主人公は祖父の死をきっかけにしておばあさんに全く会いに行かなくなった。死という状況を拒絶し、それに近い人間からも遠ざかった。成長したシホは、死を受け入れ、自分から状況に近づいていこうとした。良い楽しい-悪い-後悔遠ざかっていた状況に自ら働きかけた状況を受け入れ、自分から働きかけている成長型 
11三省堂3カワセミ (図子英雄)カワセミに魅せられた主人公は、偶然にも自分の家でカワセミが巣作りを始めたことによって、ますます魅せられ、カワセミを神聖なものにさえ思うようになった。良い喜び+良い+さらなる喜びカワセミが主人公の家で巣作りをしている。今の状況に満足している。許容型 
12三省堂3凧になったお母さん (野坂昭如)空襲に遭い、逃げ遅れたお母さんは、5歳の息子を火の熱さから守るため、自分の体から出せる、ありとあらゆる水分を息子に与え、最後には血まで与え、命と引き換えに息子の命を守った。悪い恐怖-悪い-悲しみ息子を火の熱さから守る為、自分の体から出せる、ありとあらゆる水分を息子に与える。なんとか状況を良くしようと働きかけている努力型 
13三省堂3猫 (トーベ・ヤンソン)自立心が強く、自分の愛に応えてくれない、飼い猫マッペに不満な主人公だが、マッペと正反対の性質を持つ猫、スヴァンテを飼うことにより、マッペの性質を受け入れられるようになった。悪い不安+良い+納得人なつっこく、おとなしい猫、スヴァンテとマッペを交換する状況に働きかけている。許容型
・成長型
積極的
14三省堂3吾輩は猫である (夏目漱石)吾輩は、理不尽な扱いを受ける現状に不満を抱きつつ、その日その日をどうにか送っている。悪い不満-悪い-不満  不満を抱きながらも現状をうけいれている許容型消極的
15三省堂
・東京書籍
2走れメロス (太宰治)どんな状況にあっても自分が正しいと思う行動をとる主人公が、人質となった親友の命を救い、王に友情と信頼を証明する為に走り、見事それを成し遂げた。悪い怒り+良い+満足・喜び親友を救う為、ひたすら走る状況に働きかけている努力型 
16三省堂
・東京書籍
・光村図書
3故郷(魯迅)主人公は、厳しい生活や時間が変えてしまった状況に対し、為す術がないことに失望する。しかし、若い世代に生まれた交流を通し、将来の状況に希望を託す。悪い失望+良い+希望若い世代の交流現状に失望しつつ、未来に希望を抱いている希望型 
17東京書籍1愛のサーカス (別役実)ある港街にやってきた少年と象に、主人公が心を尽くすうちに、街全体が優しさに満ちていった。人々に感動を与えたことが、サーカスの興行の一つであった。普通普通+良い+感動少年と象がやってくる状況を受け入れている許容型積極的
18東京書籍1カメレオン (チェーホフ)偉い人が絶対だと考えて生きている主人公が一匹の犬の飼い主がだれかということで態度をころころ変えてしまう。悪い犬への怒り-悪い-男への怒り犬が将軍の飼い犬か野良犬かの議論がおこる状況に流され、態度をころころ変えている依存型 
19東京書籍1木を植えた人 (ジオノ)主人公の木を植えるという行動が、荒れ地を森に、廃虚を豊かな村へとよみがえらせた。悪い普通+良い0普通木を植え続ける行動が状況を大きく変化させている努力型 
20東京書籍1さんちき (吉橋通夫 )半人前の車大工の主人公は唯一任された鉾車の矢の一本に名前を彫ろうとするが、”さんちき”と彫ってしまう。侍は何も残さないが大工は車を残す、という親方の言葉から、職人の仕事の尊さを学ぶ。普通喜び0普通+プロ意識に目覚める親方の言葉状況の中で成長した成長型 
21東京書籍1そこに僕はいた (辻仁成)主人公には片足が義足の友達がいた。彼のハンディキャップを意識していたが、自分が片目を怪我したことをきっかけに、自然に接することができるようになる。悪い困惑・苦痛+良い+理解自分の片目を怪我する状況に自ら働きかけている成長型 
22東京書籍2形 (菊池寛)主人公は状況に裏切られて死んだ。普通余裕-悪い-後悔若い士に羽折とかぶとを貸す状況に裏切られる失敗型 
23東京書籍2僕の防空壕 (野坂昭如)父の死を理解できなかった主人公は、防空壕の中で、父と戦うことを空想する。戦後、防空壕が取り壊される状況を目の当たりにし、父の死を受け入れざるをえなくなった。普通普通-悪い-悲しみ防空壕が取り壊される状況を受け入れざるをえなくなる成長型 
24東京書籍2リトル・トリー (カーター)ガラガラヘビに襲われた主人公ををかばいケガをした祖父を祖母と共に処置する体験を通じて祖父と祖母の愛を感じる。普通普通+良い+喜び、愛を感じるガラガラヘビに襲われる状況に働きかけている成長型 
25東京書籍3いちご同盟 (三田誠広)主人公は徹也に対して不信感を抱き、直美が危ないという状況から逃げていた。その後、直美の手術を通して徹也の気持ちを理解し、分かり合い、状況を受け入れた。悪い不満+良い+理解直美の手術状況に向き合う努力をする成長型 
26東京書籍3絵本 (松下竜一)@F:死を覚悟した主人公は、Mの子供に絵本を送るという計画を状況に対する最後の働きかけとして、その希望を胸に死んでいく。 AM:主人公は亡き友人から届いた手紙と絵本に驚くが、Fの最期の望みを受け入れていく。 @−A0@悪いA普通@−A−@悲観A驚き@−A0@悪いA普通@+A+   @希望A受け入れる@絵本を送る計画を立てる AFの手紙を読む@状況に働きかけている A状況を受け入れる@許容型A許容型@積極的A積極的
27光村図書1おいのり (三木卓)心地よい場と尊敬する人を失うかもしれない状況に不安を感じ、その改善を祈っている。悪い不安+良い+希望回想状況に前向きに働きかけようとしている希望型 
28光村図書1銀河鉄道の夜 (宮沢賢治)主人公はカムパネルラと列車に乗っていた。列車はりんどうの野や、白い十字架の立つ島を過ぎる。白鳥停車場で二人は一時降車し、海岸で発掘調査をしている大学士に会い、再びまた列車へ戻った。普通不安0普通+喜び、楽しい列車にカムパネルラと乗っている状況を受け入れている許容型消極的
29光村図書1少年の日の思い出 (ヘルマン・ヘッセ)主人公は少年時代蝶を収集しており、自分より優秀な収集家であり、模範少年であったエーミールに嫉妬していた。彼の珍重な蝶を盗み、返そうと試みるが、蝶を粉々にしてしまう。許しを乞うが、軽蔑されるのみであった。僕は償いのできない行為を犯してしまったことを悟る。悪い嫉妬・欲望-悪い-後悔・絶望蝶を盗む状況に働きかけ、その結果に後悔している成長型 
30光村図書1そこまでとべたら (安東みきえ)状況を正しく受け取れなかった、状況とうまく折り合っていなかった主人公が、おじいさんの看病を通じて、自分で自分のことを決めるように決意した。悪い不満+良い+希望祖父の危篤自分の意志で状況に働きかけるようになった成長型 
31光村図書1父の列車 (吉村康)主人公は、兵隊に取られた夫の生死に不安を感じながら過ごしていた。結局夫は帰ってこなかったが、最後に子供たちを夫に会わせることができたことに達成感を感じている悪い不安+良い+達成感夫からの手紙を受け取った状況に自ら働きかけている努力型 
32光村図書1坊ちゃん (夏目漱石)主人公は無鉄砲でほぼ思いつきで行動している。周囲は、唯一かわいがってくれた清を除き、皆そんな主人公を見限っていた。普通無関心0普通 0無関心家族と離れる自分らしく生きる成長型 
33光村図書2パラパラ落ちる雨よ(阪田寛夫)痴呆症の主人公が、ハーモニカを発見し、吹いたことで、状況に関わり直そうとしている悪い不満+良い+満足ハーモニカの発見無意識的に状況に働きかけている努力型 
34光村図書2六月の蝿取り紙 (ねじめ正一)六月は悩まされることが多い主人公は、六月が嫌いだが、六月であるためにいらいらした母が父とけんかしたとき、父に働きかけ、家族の状況がよくなるようにした。悪い不安+良い+達成感父と母の喧嘩状況に自ら働きかける許容型積極的
35光村図書2わたしを作ったもの (ロバート・ウェストール)主人公は頑固で変わり者の祖父と二人きりになることが大嫌いだった。しかし、祖父の思い出の品を見つけたことで、二人は打ち解け、主人公は小道具や過去に興味を抱くようになる。悪い恐怖+良い+理解祖父の思い出の品を見つける状況に働きかけている成長型 
36光村図書3握手 (井上ひさし)主人公はルロイ修道士との再会を通じて、天使園での出来事と彼の献身を思い出し、感謝の気持ちを深める。普通普通0普通+感謝ルロイ修道士との再会状況を受け入れ、感謝の念を抱く許容型積極的
37光村図書3高瀬舟 (森鴎外)主人公は、喜助の境遇と自分とを引き比べ、欲望を踏みとどめ満足している喜助に驚き、感心する。また、喜助の弟殺しの行為を罪と判断した状況に対して、悩み迷う。普通不思議0普通-思い悩む喜助の話を聞く状況に対して納得することができずに悩む疑問型 

 ここで、@番『玩具屋』を例として説明する。『玩具屋』の始めの状況は、「主人公は木製の玩具を好み、玩具屋でバイトをしていたが、コンピューターゲームばかりが売れ、木製の玩具を求める客がおらず、(失望していた)」という状況である。「望みの客があらわれない」という状況なので、「悪い」、記号化すると「−」で表される。事件は、「(主人公の望む)客が現れる」という状況である。終わりの状況は「木製の玩具を求める客が現れた(ことで、世の中まだまだ捨てたものじゃないと思い、希望を持つようになった)」という状況である。「望みの客が現れ、希望を持つようになった」という状況なので、「良い」、記号化し、「+」で表す。よって、状況の変化は「−→+」と表すことができる。
 また、始めの状況・終わりの状況それぞれに対する心理を端的な言葉で表し、同じように「−・0・+」に記号化した。前述の『玩具屋』で説明すると、始めの状況に対する心理を「失望」という言葉で表し、負の感情であるので「−」に記号化し、終わりの状況に対する心理を「希望」という言葉で表し、正の感情であるので「+」に記号化した。心理の変化は「−→+」と表すことができる。
主人公は、どのような人物として描かれているのだろうか。心理の変化を踏まえ、主人公と主人公のおかれた状況との関係を見ていった。主人公と状況との関係を分析することで、その人物の人生観、生き方を見ることができる。主人公のタイプは、次に続く読者の受容の状況に対して、顕著に影響を及ぼすと考えられる。
主人公のタイプを「希望型」、「努力型」、「成長型」、「許容型」、「特殊型」と、大きく6つに分類した。
1『玩具屋』では、主人公の望む客が現れるという事件をきっかけに、状況に希望を持ち直している。そこで、この主人公のタイプを「希望型」と分類した。
「努力型」の作品としては、15『走れメロス』がある。主人公のメロスは、親友を救うためひたすら努力した。ここで主人公は、状況に対して積極的に働きかけ、状況に変化をもたしている。よって、この作品の主人公を「努力型」と分類した。
「成長型」の作品としては、8『ゲド戦記』がある。主人公のゲドは、自分の魔法の力におごり、失敗し、それを師に諌められた。それをきっかけに、自分自身を成長させる。つまり、主人公は状況から働きかけられ、自分自身を成長・変化させている。そこで「成長型」に分類した。
次の「許容型」は、「積極的許容」と「消極的許容」に細かく分類した。「積極的許容型」の作品としては、7『兄からのはがき』がある。兄の戦死を聞いた主人公は混乱しながらも、自分なりに兄の死にけじめをつける。つまり、主人公は状況を積極的に受け入れているので、「積極的許容型」に分類した。「消極的許容型」の作品としては、6『竜』がある。人間に見付からないように隠れて暮していた主人公の竜は、ある日偶然人間に見付かってしまう。しかし、神様に祭り上げられたことで、その状況をまんざらでもないと考え受け入れた。主人公は、消極的ではあるが状況を受け入れているので、「消極的許容型」に分類した。
「特殊型」は、以上の4つの型に当てはまらない特殊性を持った作品を分類した。「特殊型」には「失敗型」・「疑問型」・「不安型」・「依存型」ある。「失敗型」の作品は、22『形』がある。主人公は状況の判断に失敗し、命を落としてしまうので「失敗型」とした。「疑問型」の作品には、37『高瀬舟』がある。主人公は、自分の状況に解決できない疑問を持つ。よって、「疑問型」とした。「不安型」の作品には、4『トロッコ』がある。主人公は過去に不安な思いをし、現在も同じような不安にとらわれている。よって、不安型とした。依存型の作品には、18『カメレオン』がある。主人公は、状況によって態度をころころ変えるので、状況に依存したと考えられる。よって、依存型とした。
以上のような方法で、ほかの作品でも主人公のタイプを分類していった。

1−3 読者の小説の捉え方

次に、主人公のタイプを分類していった結果を踏まえ、中学生である読者が、作品をどう捉えるかを考えるために、作品世界の舞台設定と、主人公の立場が読者にとって一般的なのか、特殊なのかを分析した。
中学生が持っている常識で推測可能な人物や状況を一般的とし、年齢がかけ離れていたり、舞台設定が非日常的な作品を特殊とした。
教科書会社学年題名(作者)性別年齢職業主人公から見た事件の性質読者にとっての小説内容
1三省堂1玩具屋 (川西蘭) 店員特殊特殊(人物)価値観による
2三省堂1空中ブランコ乗りのキキ (別役実) 空中ブランコ乗り特殊特殊(人物・状況) 
3三省堂1水仙月の四日 (宮沢賢治) 雪童子特殊特殊(人物・状況) 
4三省堂1トロッコ (芥川龍之介) 子ども特殊特殊(状況) 
5三省堂1星の子 (マイケル=ドリス) 子ども特殊特殊(状況) 
6三省堂1竜 (今江祥智)                      特殊特殊(人物・状況) 
7三省堂2兄からのはがき (佐江衆一) 中学生特殊特殊(状況) 
8三省堂2ゲド戦記(U.K.ル=グウィン) 魔法使い見習特殊一般的(ロールプレイングゲーム) 
9三省堂2四万十川―「コロバシ漁」 (笹山久三) 子ども 特殊(状況)読者の住んでいる場所による
10三省堂2小さな手袋 (内海隆一郎)6年生小学生特殊一般的 
11三省堂3カワセミ (図子英雄) 小学生特殊特殊(状況)読者の住んでいる場所による
12三省堂3凧になったお母さん (野坂昭如) 主婦特殊特殊(人物・状況) 
13三省堂3猫 (トーベ・ヤンソン) 子ども特殊特殊(状況) 
14三省堂3吾輩は猫である (夏目漱石)  特殊(人物・状況) 
15三省堂
東京書籍
2走れメロス (太宰治)  特殊特殊(人物・状況) 
16三省堂
光村図書
東京書籍
3故郷 (魯迅)  特殊特殊(人物・状況) 
17東京書籍1愛のサーカス (別役実)  港街の人々特殊特殊(人物・状況) 
18東京書籍1カメレオン (チェーホフ) 警官一般的特殊(人物・状況) 
19東京書籍1木を植えた人 (ジオノ) 羊飼い一般的特殊(人物・状況) 
20東京書籍1さんちき (吉橋通夫 ) 職人見習い特殊特殊(人物・状況) 
21東京書籍1そこに僕はいた (辻仁成) 子ども特殊特殊(状況)読者のおかれている環境による
22東京書籍2形 (菊池寛) 武士特殊特殊(人物・状況) 
23東京書籍2僕の防空壕 (野坂昭如) 小学生特殊特殊(状況) 
24東京書籍2リトル・トリー (カーター)5歳子ども特殊特殊(状況) 
25東京書籍3いちご同盟 (三田誠広)15歳中学生特殊一般的 
26東京書籍3絵本 (松下竜一)@男
A男
@25歳
A?
@?
A作家
@特殊
A特殊
特殊(人物・状況) 
27光村図書1おいのり (三木卓) 特殊特殊(人物) 
28光村図書1銀河鉄道の夜 (宮沢賢治) 小学生特殊特殊(人物・状況) 
29光村図書1少年の日の思い出 (ヘルマン・ヘッセ) 子ども特殊特殊(状況) 
30光村図書1そこまでとべたら (安東みきえ) 12才中学生特殊一般的 
31光村図書1父の列車 主婦特殊特殊(状況) 
32光村図書1坊ちゃん (夏目漱石) 青年特殊特殊(人物・状況) 
33光村図書2パラパラ落ちる雨よ (阪田寛夫) 老人特殊特殊(人物) 
34光村図書2六月の蝿取り紙 (ねじめ正一) 小学生一般的一般的 
35光村図書2わたしを作ったもの (ロバートウェストール) 子ども特殊特殊(状況) 
36光村図書3握手 (井上ひさし)  特殊特殊(人物・状況) 
37光村図書3高瀬舟 (森鴎外) 役人特殊特殊(人物・状況) 

8『ゲド戦記』を例にとると、作品世界の舞台設定は魔法世界であり、非日常的である。しかし、テレビゲームが普及した世代である中学生の場合、ロールプレイングの舞台設定に似通っていることから推測可能と判断し、条件付で一般的としていた。
また、33『パラパラ落ちる雨よ』を例にとると、主人公は老人であり、中学生である読者との年齢差が大きく、その心理が推測しづらい。そこで、人物が特殊であるとした。

2 考察および結論

次に今から述べる五つの項目について学年別・教科書会社別にしたグラフから考察した。
(1) (2)
(3) (4)
(5)

グラフ(1)〜(5)はそれぞれの小説の事件を区切りとした「主人公の心理の変化」についてまとめたものである。−が負の感情、0が普通の状態、+が正の学年別・教科書会社別にしたグラフから考察した。学年別・教科書会社別にしたグラフから考察した。感情を表している。教科書会社別、学年別とまとめてあるが、すべてにおいて負の感情(−)から正の感情(+)への数が最も多いという結果となった。このことから私達は、読者に前向きな気持ちを起こさせる小説が多く選ばれているのだと考えた。


(6) (7)
(8) (9)
(10)

グラフ(6)〜(10)は「主人公のプロット」についてまとめたものである。ここで私達が面白いと感じたことは、学年別のグラフで、1年生では成長型が最も多く、3年生では許容型が最も多い。人を許容するにはある程度の精神の成熟が必要だ。3年生なら人を許容できるようになってほしい、あるいは許容できるだろうという思いからこのような結果になったのだと考えた。




(11) (12)
(13) (14)
(15) (16)
(17) (18)
(19)

グラフ(11)〜(14)は、「主人公から見た事件の性質」をまとめてある。「なし」というのは事件は無いことを表している。教科書会社別、学年別どちらにおいても特殊が最も多くなっており、このことはグラフ(15)〜(19)の「読者から見た小説内容」でも同じことが言える。何らかの特殊性を持った小説の方が中学生にとって興味が持ちやすく、心情が読み取りやすいと考えられているのではないか、と推察した。
(20) (21)
(22) (23)
(24)

グラフ(20)〜(24)は、読者から見た小説内容が特殊である場合、「何が特殊なのか」をまとめたグラフを並べたもので、読者である中学生にとって主人公の性質と主人公のおかれた状況がともに、特殊な小説が多数を占めている。これは、小説の設定が非日常的であるほうが、学習者である中学生の興味を引きやすいためだと考えた。

(25)

グラフ(25)は、「状況の変化と心理の変化の二つを組み合わせたグラフを載せている。ここでも状況と心理が共に−から+へと変化する作品が大部分を占めている。ここから困難な状況におかれた主人公が、ある事件を境に、事態を好転させようと状況に働きかける姿が描かれた小説が多く採られていると言える。この結果から、「学習者である中学生も直面する状況に挫折することなく、前向きに状況に働きかけていけるように」という意図が含まれているからではないかと、私たちは考えた。
主人公の多くは、困難な状況におかれても、ある事件をきっかけに自らを成長させていたり、状況を許容するという我慢強さを見せている。このような主人公を読者である中学生は自らと重ね合わせ、またあるときは客観的に見つめ、小説内容と主人公を理解していく。これを通して、思春期の中学生は状況に対する人物の生き方の多様性を知ることで、生きていく上での視野を広げることができるのではないのではないか。

3 おわりに

今回の研究では、現行の教科書のなかで三省堂、東京書籍、光村図書の3社のみを対象に分析をした。今後の研究の方法として、改訂以前の教科書に採用された小説教材群を比較することが教えられる。小説教材の変遷を主人公と状況の関係から見ていきたいと考えている。