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よしもとばなな小説作品の構造特性
〜主人公の心理のグラフ化をもとに〜

小学校教員養成課程 国語科専攻
学籍番号992213番
国語表現ゼミナール 草野奈津美
<400字詰め原稿用紙換算 240枚>
  

目次


序章 課題設定の理由
 
第一章 課題解明の方法
 
      第一節 心理を抽象化する作業について
第一項 心理の抽象化について
第二項 心理のカテゴリー化について
 
第二節  心理をグラフ化する作業について
  第一項 心理の数値化について
  第二項 グラフの種類について
 
第二章  作品分析
(1)『キッチン』
(2)『キッチン2 満月』
(3)『うたかた』
(4)『哀しい予感』
(5)『TUGUMI』
(6)『ハゴロモ』
 
第三章  まとめと今後の課題
第一節 本論のまとめ
第二節 今後の課題

参考文献・資料
おわりに

 

序章 課題設定の理由


課題設定の理由


 女性向けのファッション雑誌「Olive」2002年12月号(マガジンハウス)に、女性704人を対象にしたアンケート調査結果の記事が掲載されている。質問項目の中に「あなたの好きな作家は?」という項目があり、一位:江國香織、二位:よしもとばなな、三位:村上春樹という結果であった。
 以上のような結果を見るまでもなく、よしもとばななは、女性読者を主な対象に、大変人気の高い作家のうちの一人である。よしもとばななは1988年に『キッチン』でデビューして以来、小説作品のほかにエッセイや「ロッキンオンジャパン」という音楽雑誌での執筆、奈良美智緒などのアーティストと共同で本を出版したりなど、分野の違う様々なメディアで注目され、活発な創作活動を行っている。(参照:)


 私がよしもとばななの小説を初めて読んだのは、高校生の頃だった。「有名だから読んでおくか」という気持ちで、デビュー作『キッチン』を手始めに読んでみたのだが、一読した時点では「なんだこの変な話」というのが主な感想であった。文章は平易でわかりやすく、まるで少女漫画のような語り口なのに、描かれている世界はもっと深いような気がする、ということを漠然と感じていた。しかしなぜこの作品が有名なのかいまいちわからなかった。
 それまで少女漫画や少女小説(コバルト文庫など)、テレビアニメにどっぷりとつかり、読んだ本と言えば童話や神話、児童文学ばかりで、純文学に慣れていなかった私にとって、よしもとばななの小説は、純文学とそれ以外をわける境界線に位置するものに思えた。
 少女漫画や児童文学などは、起承転結がはっきりし、物語が落ち着く先がなんとなく見えている。一言で言えばわかりやすいものばかりである。しかしよしもとばななの作品は、それらとは確かに一線を画す。事件と呼べる事件も特に無く、少女漫画的な物語展開ではない。なのにいつの間にか作品世界に引き込まれ、自然に読み進めている。よしもとばななの小説作品には不思議な魅力があり、それがよしもとばななの作品に興味を持ったきっかけであった。
 
 はじめに例示したアンケート調査結果のコメントに、「透明感のある文体と現実と非現実の狭間のような不思議な世界観が魅力」という記述がある。
 よしもとばなな作品を、頻出する言葉に着目して分析研究された上野裕子氏は、その論文(※1)の中で、よしもとばななの文章特性として以下の事柄を挙げている。


  ○「夜、死、光、夢、遠、闇」という順にこれらの言葉の使用頻度が高い。(初期六作品中)
  ○白や青などの色彩語を多用している。色というのは、一瞬にして人にイメージ、インパクトを与える。ばななの世界は色が自然と与えるメッセージ性をうまく利用している。
  ○文体による親しみ安さがある。日常使う言葉を使い、日常するように感情表現をする。常に語りかけられているような感じを受ける。
    ・オノマトペの多用、“とか弁”、記号(!、?、・・・)を用いている。
    ・作品の語り手が自分の考えや判断について確信を持っていない。「みたいな」「そういうような」「かもしれない」などのように形容詞と形容する対象をしっかり結びつけることに拒否反応がある。
    ・「美しい」「淋しい」などのように、片言で感動を現す。感動の度合いを(描写によって)限定しない。
  ○文法的な問題は全く意味がなく、「人に伝える」ことを最重要としている。「肝心なのは自分の言いたいこと」「訴えたいことと文章のあいだに距離があったらとにかく失敗なんです。」と作者本人が述べているように、ばななが「人に伝える」のは、風景でも物でもなく気持ちなのである。

 以上論文を参照に簡潔にまとめた。
 上野氏が述べているように、よしもとばなな作品の魅力の一つはその個性的な文体であり、自然と読まされているという感があったのは、その文体にあったと言える。
 上野氏が述べられているような特徴や、独特な比喩表現を用いて対象を描くことによって、作品世界に読者を引きこむのである。


 独特の文体に支えられたよしもとばななの作品であるが、上に述べたように少女漫画的展開に慣れてしまった私にとって、やはり物語の構造がつかみづらい。事件が全くないわけではなく、主人公の心理が最終的には変化していっているのはわかるが、いつのまにか知らない間に変化し、物語が終わっている、と感じてしまうのだ。ある事象をその独特の文体で描くことによって、奇妙な浮遊感を生み、読み手に曖昧なイメージを与える。特に小説中のあらゆる場面で数多く心理描写がされているが、それが文体の効果によって、つかみどころなくひたすら流れるように感じられるのだ。
 よしもとばなな作品は主人公の心の成長や回復を主にした作品が多い。(『キッチン』『哀しい予感』など、特に初期作品に多く見られる傾向)物語の展開だけではなく、主人公の心理の変化が作品の構造を支えていると考えられる。ここで主人公の心理を数値化しグラフ化してみると、つかみづらいと感じていた主人公の心理の動きが、目に見える形で明らかになるのではないか。どのような心理が、どのように変化し、物語を支えているかについて、検証してみたいと考えた。
 本稿では、主人公の心理に注目し、その推移をグラフ化する作業を通して、よしもとばなな小説作品の構造の特徴をみていく。

 

第一章 課題解明の方法



 心理をグラフ化するまでの作業手順は以下の通りである。


1. 文章中から読み取れる心理を、感情語に抽象化する
2. 感情語をさらに抽象度の高いカテゴリーにあてはめる
3. カテゴリーごとに定められた数値をもとに、グラフ化する


 以下は、この作業方法の詳しい説明を行う。

第一節 心理を抽象化する作業について


 第一項 心理の抽象化について



 まず、何を持って「主人公の心理」とするかを定義する。
心理学者松山義則氏はその著書『感情心理学 第一巻』(※2)において、次のように述べている。


 人間の心を区分するとすれば、伝統的な知・情・意の三分割に従うのがもっとも穏当であろう。(中略)
 人間の心を伝統的な三分割によって区分するといっても、要素の組み合わせのように、3つの分野に、あるいは作用に明確に区分することは不可能である。心の全体のうごきのなかで、感情のはたらきを考えねばならない。また、感情と意志を分割するのではなく、感情と意志を連続的なはたらきであると考えることもできる。情意は、受動的な心的状態である感情と、能動的な状態である意志のはたらきの2つの極から成立していると考えることもできる。(※2−p1より抜粋)


 精神分析学者エルグレンもまた、精神分析学の立場から、人間の心を「自我」を中心とした「思考」「感情」「意志」の3つに分割している。(※3)
 以上のように人間の心理は3つに分割されるとされているが、本稿では「知・情・意」でいう「知」、またはエルグレンのいう「思考」は心理として扱わないこととする。よしもとばななの作品中で、主人公が「思考」する場面は必ず存在する。しかし「思考」は、道徳観念で言う「良い・悪い」などに分けることができたとしても、数値化することは困難である。心理を因子として取り出し、数値化することが目的であるので、数値化不可能な「思考」はそれ以外の心理に大きく関係するものであれば取り上げるが、基本的には心理として扱わないこととする。

 さらに松山氏は、感情と情動について定義づけをしており、以下それを参考にまとめた。


  ●感情(feeling)
   感覚から喚起される快、不快の心的状態あるいは意識的経験。
「すがすがしい気持ち」「いやな心地」など。
  ●情動(emotion)
   急激に生じ短時間でおわる比較的強い感情。主観的な内的経験であるとともに、行動的、運動的な外面的反応であり、内分泌腺の変化などの生理的活動をともなう。「怒り」「恐れ」「愛」など。
  ●気分(mood)
   長時間持続的に生ずる比較的弱い感情状態。「楽しい」「うっとうしい気分」など。
  ●情操(sentiment)
   個人の中に学習を通じて獲得された高尚な感情。文化的価値に関して生ずる。


(※2−p1〜2)


 本稿では、以上の感情状態を、不分類のまま全て主人公の心理として扱うこととする。


 心理が発生する過程には諸説があるが、松山氏の考えにより、「対象」に接触しそれを「意識的経験として評価した状態」(※2−p12)を、心理が発生した状態であると考える。
 「対象」はまた「刺激」とも呼ばれるが、小説作品においての「対象」は「出来事・事件・状況・人物」など、主人公が認知したものであり、それに対してなんらかの心理描写があれば、それを心理とする。
 次によしもとばなな小説作品中における心理描写のパターンをみると、以下のように分類できる。
   ・パターン1・・・対象−認知→感情語
   ・パターン2・・・対象−認知→心理描写→感情語
   ・パターン3・・・対象−認知→心理描写
   ・パターン4・・・心理描写のみ(思いつき、予感、悟りなど)
   
 認知はあくまで心理発生の過程であり、叙述には描かれていない。
 以下パターンに沿って文章を例示しながら、どのような文章からどのような心理を抽象化したかについて述べる。例文は全て『哀しい予感』(対象作品)から抜粋した。


・パターン1・・・対象−認知→感情語

「おかしなものだ、あのあたたかい家の中ではいつも不安だったのに、こんなに生きていくことが不確かな暮らしに私は充実感を感じていた。」


 主人公は、不確かな生活という「状況」に「充実感」を覚えている。単純に感情語で表されており、「充実感」というすでに抽象化された状態である。


・パターン2・・・対象−認知→心理描写→感情語

「それなのに今はまるで宇宙の闇を見ているように孤独なのだ。」


 主人公は前の文脈で述べられてている、ある「状況」に「孤独」を感じている。「孤独」に修飾する語がついたパターンであるが、そのまま「孤独」に抽象化される。


・パターン3・・・対象−認知→心理描写

「あたたかい陽射しの中、遠くの雲間に太陽が見えかくれしているのを眺めているような、優しく心地よい気分を、久しぶりに味わう気がした。」


 この場合複雑な心理描写がなされており、前後の文脈や、「対象」から判断して感情語に抽象化する作業が必要である。上の文章の場合、幼い頃の記憶が無かった主人公が、あうことをきっかけに過去の真実を知ったことが「対象」であり、上のような心理状態にある。よって、「充足」という言葉に抽象化する。


・パターン4・・・心理描写のみ

「ふいに胸の内側がざわざわする感じ。何かが、わかりそうな気配。そして何かを見つけることができそうな予感・・・・・自分の何もかもをくつがえすような出来事がやってくるような、少し恐ろしくて奇妙にわくわくして、どこかもの哀しい気持ち・・・・・」


 この場合も複雑な心理描写がなされており、「対象」が明記されていないものや、「対象」なしに突然実感を覚えたりと、はっきりしないものがほとんどである。「思いつき」「予感」「悟り」などがそうである。これらは「思考」に近いものであり、扱いは「思考」と同じく、それ以外の心理に大きく関与するものであれば取り上げる。

 第二項 心理のカテゴリー化について



 次に、第一項で示した作業によって抽象化した感情語を、さらに抽象度の高い感情語のカテゴリーに分類していく。これはできるだけ心理を因子として扱い、数値化しやすくするためである。
 まず実験的に『哀しい予感』を対象に心理の抽出を行い、そこにあらわされた心理をもとに、以下のカテゴリー一覧を作成した。また、カテゴリーの見出し語を考えるに当たって、ローズマン(Roseman 1984※4)があらわした、認知次元と感情の関係表(資料1)に記載されている感情語を参考にし、新たに付け加えたものもある。
 以下はカテゴリーの一覧であり、どのような感情語が含まれるかと、どのような心理状態をあらわしているかを明記する。


喜び・・・幸せである、幸福である
満足・充足・・・無かったものが満たされて、満ち足りている
安心・安定・・・ほっとする、不安がない、安心する、心地よい、充実している
希望・・・未来を想像する、期待を抱く
決意・・・何かをなそうと決定する
前向き・・・物事を肯定的に捉える、何かをなそうと意識する
自信・・・自分を肯定する、自分の考えを肯定する
感動・・・おもしろい、おかしい、かわいい、美しい、きれい、尊敬する、不思議、うれしい、快い、楽しい
驚き・・・驚く、びっくりする
好意・・・好き、微笑ましい、かわいい、恋愛感情、親しみ、感謝、感心
感傷・・・懐かしい、しみじみとなる、切ない
悲しい・・・悲しい
さみしい・・・さびしい、さみしい
絶望・・・現状に立ち向かう気力がない
不安・不安定・・・心もとない、喪失感がある、安定感がない、心配、心細い
孤独・・・孤独である
フラストレーション・・・もどかしい、不満、辛い、困惑、卑小感、焦燥、落胆、緊張、ためらい、恥ずかしい
恐怖・・・怖い、恐ろしい
怒り・・・腹が立つ、むかつく、いらつく、不服に思う
嫌悪・・・嫌い、気味が悪い、不気味


 これらの分類に当てはまらない感情語もあり、「共感・願い・予感・思いつき・あきれ」などがそうである。これらの扱いについては第二節で述べる。

第二節 心理をグラフ化する作業について


第一項 心理の数値化について

 第一節第二項で提示したカテゴリーをそれぞれ数値化するにあたって、感情心理学におけるさまざまな心理因子の評価基準を参考にした。
 感情心理学においても、どのような感情を基本とするか、またそれらをどのような基準で評価するかについては諸説があり、秩序立てて述べられてはいない。ここでは諸説を紹介し、本稿においての評価基準の参考としたことを述べておく。


○ヴント(Wundt,W 1920)の<感情三次元説>
 感情は「昂奮−沈静」「快−不快」「緊張−弛緩」の三次元に分けられるとする説。岩下豊彦氏(※5)は以後の心理学者はヴントの三次元説を参考に、様々な感情次元を考え出した、と述べている。


○魚返善雄氏の<感情のスペクトル説>(※6)
 魚返氏は感情を「愛・喜・楽・0・哀・怒・憎」の7つに基本分類し、これを光のスペクトルに一致すると述べている。(「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」)
 0の感情とは、「中性の感情」であり感情の動きが微弱である状態を表している。さらに、七つの感情を以下のような図で示している。


 左辺は明るい感情で+、右辺は暗い感情で−、辺の高さは感情の程度を表し、下の頂点は中立的であることを表している。


○プルチック(Plutchik,R 1962)の情動立体モデル(※7)
 プルチックは「受容、驚き、恐れ、悲しみ、嫌悪、期待、怒り、喜び」の8つをこれ以上分析できない情動であると仮説し、色相関の理論を用いてそれらの情動を環であらわしている。



 色相関の理論の補色関係と同様、「喜び」と「悲しみ」、「受容」と「嫌悪」などのように相対立する感情関係があるとしている。
 また、これらのそれぞれの情動には強度差があると考え、情動の立体モデルを考えている。


 たとえば「悲しみ」という情動の中にも、「悲嘆」「悲しみ」「物思い」という強度の程度差があることをあらわしている。この情動の強度を決定するために、情動の同意語を集め、30人の大学生に1から11までの尺度で数値評価させている。
(例:悲嘆(8.83)−悲しみ(7.53)−物思い(4.40)の順に強度が下がる。)


 以上の三つのほかにも、感情をさまざまな次元から評価する方法説があるが、共通していえることは、ヴントの三次元説でいう「快−不快」、魚返氏のいう「明るい(+)−暗い(−)」、プルチックのいう「両極に位置し、対立する感情関係」などから、感情を大きく二つに分けて考えることは妥当である。たとえば「喜び」は快で+、「悲しみ」はそれに対立して、不快で−である、ということはできる。
 本稿でもカテゴリーを大きく「ポジティブ(+)」と「ネガティブ(−)」の二つに分けることにする。ポジティブ、ネガティブという呼称は、アーノルド(Arnold 1954)の情動の力動説において使用されている。アーノルドは、人間はある対象が個人にとって適当であるか不適当であるかの認知の違いによって、積極的情動(positive emotions)と消極的情動(negative emotions)に区別されるとしている。(※8)


 カテゴリーを「ポジティブ」と「ネガティブ」などの二つに大別することは、感情心理学と共通して可能であるが、カテゴリー別の程度を決定付けるための基準は感情心理学においては見つけられなかった。プルチックが行った数値評価は、同じカテゴリー内での程度評価であり、カテゴリー別の評価には応用できない。「悲しみ」の同意語の間で程度差をつけることは可能だが、「悲しみ」と「絶望」ではどちらが程度的に高いか低いかの評価には、個人差があり、一般的な評価基準を設けることは困難である。しかし本稿では、できるだけ一般性に近づけることと、よしもとばなな小説作品中におけるその心理の重要度を考慮し、検証を繰り返して数値化を試みた。
 心理のレベルを−5〜0〜+5の十一段階評価とし、以下のような数値評価表を作成した。

 序章でも少し述べたように、おおまかに作品の傾向をみると、主人公の心の成長や回復を描いた作品がほとんどで、たとえばある状況に「不安」を感じている状態から、なんらかのはたらきかけがあり、最終的には「喜び」を感じている、「安心」しているなどの、ポジティブな心理に上昇して物語が終わる、というパターンが多い。つまり主人公の心理の出発点と最終点にあるだろうと思われる心理を一番高い数値5に設定し、それぞれ−と+の両極に置いた。これは松山氏の述べられている「基本情動」(*)のはたらきと共通する部分がある。


*「基本情動」
 人間の心理において基本的な感情を何とするかについての議論は今もなされ、分類困難なことは上に述べたが、情動のはたらきそのものについて、松山氏が以下のように考えておられるので、以下に抜粋する。


 感情や気分が、個人の機能の内的状態の指標としてはたらくのに対して、一方、情動は自己にとって有益な対象の所有をめざしている。情動は特定の対象や事物を所有するためにはたらくだけではなく、事物の所有によって人間の可能性の実現、すなわち人格の完成をたすけるためにはたらくのである。情動はわれわれを活動にかりたて、行動を促進するようにはたらくことはいうまでもない。努力の情動をともなわないで希望しているものを求め獲得する場合もあるけれども、その目標に達するために、激しい努力を必要とすることも多いのである。怒りや恐れの情動が、活動を高めるのである。(※2−p16)


 よしもとばなな小説作品中の主人公も「不安」「悲しみ」などの、人間の心にとって大きく作用する強い感情を抱いており、受動的で活動的でない場合もあるが、主人公がそこを出発点として変化していくさまを物語として描いている傾向が見られる。
 −4から−1、+1から+4についても強度や重要度を検討して設定した。0については、平静な状態(ニュートラル)に落ち着いた心理をあらわしているが、特に作品中に描かれることはないので、心理と心理の間の通過点として考えた。よって、特にプロットしない。
 この数値評価表は、よしもとばなな小説作品においてのみ使用できる表であり、一般にはあてはまらない部分もある。たとえば、「怒り」などは感情心理学においては「基本情動」の一つと考えられ、本来ならば「悲しい」や「不安」などと同じレベルであると考えるべきである。しかしよしもとばなな作品においては「怒り」の心理はほとんど登場せず、登場しても一時的なものや、主人公の前後の心理や行動に大きく関係していないものである。そのため、−2という数値的に低いレベルに設定している。
 また、プルチックのいうように、それぞれの感情には程度の差が存在するが、本稿ではできるだけ単純化し、記号化して心理を見ることを目的としているので、程度についての尺度は無視した。
 「驚き」が+3と−3の両極に位置するが、「驚き」は認知のあとの二次的な判断で、「ポジティブ」か「ネガティブ」かに分けられると考えたからである。たとえば感動的な事柄に出会ったときの「驚き」は「感動」につながる場合があり、+。おそろしい場面に遭遇したときの「驚き」は「恐怖」につながる場合があり、−である。


 また、第一節で「共感・願い・予感・思いつき・あきれ」などの感情語はカテゴリーに分類するのが困難であることを述べた。これらは数値化することも困難であり、これらの心理が登場しない作品もある。よって、重要度の高い心理(繰り返しあらわされたり、行動の大きな起因となったりする心理)であれば、その分析対象の作品ごとに任意で数値化することする。これらについては特記事項として、作品ごとに明記している。

第二項  グラフの種類について



 グラフは大きく二つの観点別に作成した。一つは叙述であらわされた全ての心理をプロットしたものであり、作品全体の主人公の心理変化の過程を見ることができる。また回想場面が存在する作品によっては、叙述の順番に沿ってあらわしたグラフと、回想場面を時間の流れに沿って入れ替えたグラフの二種が存在する。
 時間順のグラフを作成したのは、回想のなかでさらに回想を行っているような複雑な叙述では、心理が入り組んで見えにくい場合があるためである。


*1 ◆や■などのマーク・・・数値評価表に対応した心理の要素。
*2 線と線の区切れ・・・・章の区切れ。
*3 破線・・・心理と心理の間に時間的な隔たりがあり、一度感情がニュートラルなところに落ち着いた段階を踏まえていることをあらわしている。


 もう一つのグラフは、心理を継続的なものと限定的なものに区別し、継続的なものだけをプロットしたものである。継続的な心理とは、同じ事柄に起因し、後に変化してあらわされたり、繰り返しあらわされたりする心理であり、限定的な心理とは、ある対象に対して瞬間的にあらわされるもので、それ以後の状況や心理に大きく関与しない心理であると定義する。継続的に繰り返される心理は、物語を支える根本的な心理であり、重要度の高い心理ではないか、という考えから、継続的な心理だけを拾ったものをグラフ化することにした。
<例:『キッチン』から>

 

第二章 作品分析


 第二章では、第一章で設立した作業方法を用いて、実際に作品を分析した結果を述べる。グラフの前に添付したプロット分析表は、主な出来事や状況と主人公の心理を簡易的に並べたものであり、どのような状況でどのような心理が発生したかわかるようにした。心理には番号をつけ、カッコ付きで対象を明記した。対象のはっきりしないものは、その心理の発生した過程を簡略な言葉で表した。
 対象とした作品は以下の通りである。


 (1)『キッチン』
 (2)『キッチン2 満月』
 (3)『うたかた』
 (4)『哀しい予感』
 (5)『TUGUMI』
 (6)『ハゴロモ』

(1)『キッチン』


●あらすじ

 唯一の肉親である祖母を亡くしたため、深く悲しんでいたみかげは、祖母を知る田辺雄一とその母親(実は男性で父親)えり子と暮らすうち、心が癒されていく。

主な状況・行動主人公の心理
 1好意(台所に対して)
<回想> 
 2悲しみ・孤独(祖母の死)
・台所で眠るようになる        3絶望(部屋を新たに探すことに対して)
・田辺雄一が現れる          4希望(雄一の落ちついた態度)
・祖母の葬式の時の雄一について    5雄一から冷たい印象を受ける
・田辺家へ向かう            
・田辺家に到着する           
・台所を見る             6好意(田辺家の台所)
・お茶を飲む             7孤独(雄一と向かい合って)
                   8感動(夜景を見て)
・田辺家へ住むように言われる      
                   9喜び(雄一の態度)
・えり子が現れる           10感動(えり子を見て)
・えり子再び仕事へ出て行く       
                   11驚き+(えり子が男であると知らされて)
                   12フラストレーション
                   (雄一とえり子の今までの話を聞いて)
                   13好意(雄一の笑顔)
                   14喜び・安心(台所の側で眠れることに対して)
                   15感傷+(えり子の姿)
・朝食を摂る              
                   ・えり子について考える
<回想>                
・祖母について思い出す         
                   16さびしい(祖母がいつか死ぬことを思って)
・田辺家で暮らすようになる      17喜び(田辺家の生活に)
                   18満足(台所で眠ることに)
・もと住んでいた家を訪れる       
・元恋人の宗太郎から電話がくる     
・宗太郎と公園で会う          
                   19安心(宗太郎の笑顔)
                   20驚き−(雄一との関係を誤解されていることに)
                   21感傷−(宗太郎の明るさ)
・雄一がワープロを買って帰る 22フラストレーション(雄一の鈍感な態度)
・引越しはがきを書く                
                         23悲しい(雄一も誤解されて悲しい想いをしていることに気づいて)
                         24好きになるだろうという予感・好意(雄一の笑顔に)
                         25決意(一人で生きていかなければ、と思い立って)
・えり子がジューサーを買って帰ってくる      26喜び(バナナ柄のグラス)
・祖母と住んでいた家を引き払う          27悲しい(大家のおじさんのふるまいに時の流れを感じる)
                         28感傷−(住んでいた部屋)
・バスに乗る                    
                         29フラストレーション(バスの停車の揺れ)
                         30感動(飛行船を見て)
・バスに乗り合わせた少女とその祖母との会話を聞く 31フラストレーション(少女のワガママな言動)
                 32感傷−(少女と祖母のやり取り)
                   33さみしい(“二度と”ないという言葉)
・涙を流す               
                   34驚き・恥ずかしさ(自分の涙)
・バスを降り、路地で泣く        
・厨房の音を聞く           35感動(厨房の音)
                   36祈り・希望
・田辺家に戻り、眠る          
                   ・夢を見る
                   ・もと住んでいた家の台所の流しを洗っている
                   ・雄一とお茶を飲む
                   ・あせって出て行くことはないと説得される
                   ・掃除を再開し、歌を歌う
・目が覚め、台所へ水を飲みに行く   37感動+(夢を見て)
・雄一が起きてくる           
・ラーメンを作る            
・同じ夢を共有していたことがわかる   
・ジューサーでジュースを作る     38感動(夢と時間を共有していること)
・ある日の夕方、えり子と会話する  
                 39希望(えり子との会話のうちに、前向きな気持ちになる)

『キッチン』心理グラフ


■全心理■





 冒頭に、台所に特別な思い入れを抱いていることと、物語全体を振り返っての感想のようなものが述べられている。また、祖母が亡くなったときの回想場面が存在するので、時間順のグラフでは叙述順と比較して最初の部分にズレが生じる。しかしそれ以外は叙述順とほぼ変りはない。

■継続的な心理■


『キッチン』の叙述中にあらわされた継続的な心理は、
・台所に関する心理(心理1,6,14,18,35)
・祖母を亡くしたことに関する心理(心理2,16,27,33,34,36,39)
・雄一に関する心理(心理4,5,9,13,22,24)
の3つである。
○グラフから
 物語の冒頭に、台所に特別な思い入れを抱いていることが述べられている。なので「好意(+2)」から始まり、祖母を亡くしたことの悲しみや孤独感が前半部分で明らかになる部分では、心理のレベルが落ち込む。その後雄一やえり子との暮らしで安心感や幸福感を感じてはいるものの、完全には悲しみが癒えない。継続的な心理のグラフを見ればわかるように、祖母を亡くしたことに関する心理はネガティブなレベルに停滞したままである。
 心理31〜34では、バスに乗り合わせた少女とその祖母のやりとりをきっかけに、祖母を亡くしたことを実感し、涙を流している。しかし次の場面で、路地裏の間でうずくまって泣く主人公が厨房の音を聞き、白い湯気がのぼっている様子を見て、明るい気持ちになっている。(グラフ*)悲しみが、自分の心の拠り所となっている台所の音を聞いたことによって癒され、さらにえり子と会話をするうちに、雄一たちと離れ一人で生活していかねばならない、と決意するまで(心理39)の上昇の過程がグラフから読み取れる。


(2)『満月 キッチン2』

●あらすじ

  雄一の母親えり子が暴漢に殺され、みかげは雄一とともに悲しみに沈む。雄一は旅に出てしまい、引き止めることの出来なかったみかげは、出張先からカツ丼を持って雄一のいる旅館を訪れる。特に何もしない時間だったが、お互いに心を触れ合わせ少しだけ癒される。後日雄一から電話がかかり、再会を約束する。

主な出来事・状況主人公の心理
・えり子が男に殺された事件について       
・雄一の電話                 1フラストレーション(雄一の電話)
                       ・最後にえり子に会ったときのことを思い出す
                       2安心(笑顔で別れたことを思い出して)
・準備をして田辺家へ向かう  
・涙を流す  
                       3フラストレーション(えり子の死に)
                       4孤独(えり子の死に) 
                       5嫌悪(夜道を歩く自分の姿に)
                       6絶望(えり子の死に)
・田辺家に到着する  
・雄一と会う                 7喜び(雄一に会って笑顔になったこと)
                       8感傷+(部屋の匂い)
・雄一のはなしを聞く  
・冗談を言うと、雄一が涙を流す  
・肩身のセーターをもらう  
・えり子の遺言状を読む            9フラストレーション(手紙からするえり子の香水の匂いに)
・泣く                    10かなしみ(えり子の死)
・翌日午後起きだす              ・夕食を作ることを思いつく
・雄一出かけていく  
                       11フラストレーション(外の冬の空気)
                       ・以前田辺家で暮らしていたときのことを
                       思い出す
・台所の掃除をする              12安心・充実
                       (乾燥機で布巾が回っているのを見て)
                       ・料理を勉強した夏のことを思い出す
・夜、雄一が帰宅する  
・買ってきたものを取りに駐車場へ行く  
                       13希望(雄一の言葉に)
                       14好意(?)
・夕食を作る  
・大量の料理を食べる  
・雄一の話を聞く  
                       15絶望(部屋の重苦しさに)
・雄一が眠り、一人で洗い物をする  
・涙を流す                  16孤独(一人きりで洗い物をしていることに)
・翌日電話で目を覚ます  
・電話何も言わずに切れる 
・職場へ行く 
・伊豆の取材への同行を了承する        17安心(雄一から一時的に離れられること)
・仕事仲間の二人について           18好意(二人の幸福で明るい振る舞いに)
・雄一の元彼女(?)が職場を訪れ、口論になる  
 19フラストレーション(女性の的を射た言葉に)
                       20悲しい(女性の気持ちを想像して)
・田辺家に戻る  
・雄一の車で送ってもらう  
・雄一と喫茶店に入る             21感傷+(紅茶のアールグレイの香り)
                       22願い
・店を出る  
・車に乗る  
                       23フラストレーション(車のドア)
・アパートに着く  
<回想>  
・えり子が帰宅する  
・えり子が、過去について語る         24フラストレーション(えり子の話に)
・伊豆へ行く朝、電話がかかる  
・“ちかちゃん”と蕎麦屋で会う        25感傷+(“ちかちゃん”の笑顔に)
・雄一が旅に出たがっていたことを聞く  
                      26自信(雄一の話を聞いて)
・“ちかちゃん”泣き出す          27感動(“ちかちゃんの涙に)
                      28フラストレーション(心の疲れ)
・出張先、夜宿を出る  
                      29孤独
・街を歩く  
                      30喜び(知らない土地にいること)
・駅前の店に入る  
・カツ丼を注文する  
・雄一のいる宿に電話する  
 31さびしい(電話越しの雄一の声)
 32予感(雄一と友達以上の関係にはなれない分岐点にいる気がして)
・電話を切る  
 33孤独(外の音を聞いて)
・カツ丼を食べる 34感動(カツ丼のおいしさ)
・カツ丼を新たに作ってもらい、タクシーに乗る  
・タクシーの中で眠る  
・I市内に着く  
・雄一の泊まる宿に入ろうと試みる  
 35確信(宿の暗い窓を見て)
・飾り屋根によじ登る  
・雄一の部屋へ入る 36不安(雄一の笑顔)
・お茶を飲む 37安心(お茶)
 38不安(部屋の空気の重さ)
・カツ丼を食べるようにすすめる  
 39安心(雄一がカツ丼を食べるのを見て)
 40感傷−(田辺家で過ごした日々を思い出して)
 41満足(雄一との間の明るいムード)
・雄一にいなくなってほしくないことを伝える  
・冗談を言い合う  
・再会を約束する  
・自分の宿に戻る  
・眠ったあと、目が覚める  
 42感傷−(えり子が死んだことを実感して)
・呼ばれて起きる  
・出張最終日の夜、浜へ散歩に行く  
 43哀しい甘やかな気持ち=感傷+(海を眺めていて)
・ホテルへ戻る  
・フロントから電話がかかる  
・雄一からの電話で、東京で会うことを約束する  
 44充足(雄一からの電話に)

※特記事項


カテゴリー外の感情語を、『キッチン2』においてのみ、以下のように数値化した。

32予感→−5
43かなしい甘やかな気持ち→感傷+

『キッチン2』心理グラフ





 生前のえり子とのやりとりの回想場面が存在するので、『キッチン』と同じくグラフのはじめにズレが生じているが、それ以外は叙述と同じ心理の流れである。

■継続的な心理■


『キッチン2』にあらわされる継続的な心理は、
・えり子が亡くなったことに関する心理(心理1,2,3,4,5,6,9,10,15,16,24,42)
・雄一に関する心理(心理7,13,14,17,23,36,39,41,44)
の2つである。




○グラフから
 『キッチン』の続編である本作品は、前作で主人公を癒してくれた人物の一人、えり子の死に対する深い「悲しみ」の心理をはじめとしているが、えり子の息子雄一とのやりとりが主である。前作で雄一に恋愛感情に近いものを感じていた主人公は、はじめは雄一とかなしみを共有していたが、えり子の死に深く落ち込む雄一の姿に、不安を感じるようになる。(グラフ*部分)
 しかしカツ丼を持って雄一に会いに行くという、衝動的・突発的行動によって、再び二人は心を通わせるようになる。(心理41、42)全体的に上昇しているが、えり子が亡くなったことに関する心理はネガティブのままである。


(3)『うたかた』

●あらすじ

主人公鳥海人魚は、母と二人暮しをしている。籍を入れていない父とは別居しており、ある日母と父は二人でネパールへ旅行に出かけていく。母の留守中に、父が昔引き取った知人の子、嵐と出会う。お互い惹かれあい、日々を過ごす内に、馴染めなかった父へも親しみを覚えるようになる。しかし旅先で体調を崩した母を心配して、嵐はネパールへ旅立ってしまう。入れ替わりに帰ってきた母は、父についていけないことに消沈しており、自殺しそうになるが、なんとか踏みとどまり、回復に向かう。ある風の強い日に帰国した父と偶然出会い、父がちゃんと母のことを想っていることを確信し、安堵する。嵐がまもなく帰ってくることを伝えられ、喜びを感じる。
主な出来事・状況主人公の心理
・嵐について 1前向き(嵐への想い)
<回想>小学生  
・母に名前の由来について訊く  
 2好意(母に対して)
 3嫌悪(父に対して)
・母から嵐について聞く 4驚き−(捨てられた子ども話を聞いて)
 5好奇心(捨てられた子ども話を聞いて)
 6フラストレーション(捨てられた子どもを心配して)
<回想>ごく最近  
・父と母がネパールへ行くことになる 7驚き+(旅行へ行くことを聞いて)
・母が旅行の準備をする 8フラストレーション(一人になることに)
 9期待(母とはなれて一人になることで、なんらかの変化することへの期待)
・一人でマンションで過ごす  
・写真に凝る  
・ある日、夕方に目が覚める 10フラストレーション (十二時間も眠っていたことに)
・新宿へ出かける  
・花屋の前で嵐と出会う 11驚き+(嵐に)
 12感動(嵐の話し方や声に)
 13好意(嵐の振る舞いに)
・嵐にコスモスを買ってもらう 14喜び(花を買ってもらったことに)
 15感動(さびしさが薄れたことに)
・嵐と電車に乗って帰る 16フラストレーション(嵐と血のつながりがあるかもしれない、という考えが浮かんで)
・嵐と別れる 17フラストレーション(もっと嵐の声を聞きたかった、と思って)
 18好意(嵐に対して)
 19ひっかかり(嵐と自分の関係に)
・母に電話するが、父が応対する 20フラストレーション(母が寝込んだことを知って)
・嵐との血のつながりについて尋ねる 21安心(父に質問できたことに対して)
 22フラストレーション(血のつながりがあるかもしれない、と感じて)
・嵐と血のつながりがないことを確認する 23好意(父に対して)
 24確信(父の話に)
 25喜び(父の話に)
・嵐に電話し、翌日会いに行く約束をする  
・翌日、嵐の家へ向かう 26感動(雨の街の様子に)
・嵐、迎えに来る 27喜び(嵐に対して)
・嵐と父の住む家を見て、父について考える  
・嵐の部屋を見る 28驚き+(嵐の部屋に)
・中華料理を食べに出る  
・お茶を飲みに行く 29満足(嵐と過ごせることに)
・嵐が幼い頃作った話の内容を聞く 30感動(話の内容に)
 31好意(嵐の心持に)
・秋のある日、嵐と過ごす  
・家族四人で過ごす場面を想像する 32フラストレーション
・嵐の家へ向かう途中、果物屋で店番をしていた嵐と出会う  
・昔の話をする  
・泣く 33安心(嵐の兄のようなしぐさに)
 34フラストレーション
・嵐の家で布団を干す 35感動(景色に)
・嵐から、母の体調がよくないことを知らされる 36不安(母の様子を聞いて)
 37驚き(嵐もネパールへ行ってしまうことを知って)
・少しだけ恋愛に関する話をする 38好意(嵐に)
 39フラストレーション(二人の仲が進展しないことに)
 40確信(嵐との間にある何かに気づいて)
 41フラストレーション
・幼馴染のさゆりが訪ねてくる 42前向き(さゆりの明るさに)
・二人で父について語る  
・二人で嵐について語る 43喜び(さゆりが、嵐と自分の出会いの場面を目撃していたことを知って)
 44確信(自分の人生が変わり始めていることに)
 45前向き(なにもかもを自分で見たい、という気持ちになる)
・嵐の出発の準備を手伝う  
・嵐から、嵐の実の母親の話を聞く 46驚き
・キスをする  
・嵐の家をあとにする 47フラストレーション(嵐を置いていった母のような気持ちになって)
・母から電話がかかってくる  
・嵐と会話をし、電話を切る 48フラストレーション(嵐との電話を切って)
 49さみしい(嵐がいないことに/恋愛のさみしさ)
 50感傷
・母がネパールから帰宅する 51驚き(母がやつれて帰ってきたことに)
 52フラストレーション(母の様子を心配して)
 53フラストレーション(母の様子に心細さを感じて)
・母がすき焼きを作る 54フラストレーション(母の様子を心配して)
・母が気力をなくした理由を語る 55不安(母に)
 56フラストレーション(母に)
 57不安(母に)
・喫茶店で嵐に手紙を書く 58フラストレーション(うまく手紙を書けなくて)
・ポットを落として割ってしまう 59フラストレーション(砂糖のビンまで落としてしまったことにうんざりして)
・嵐から喫茶店に直接電話が来る  
・母の様子がおかしいようなので見に行くように言われる 60不安(嵐の話を聞いて)
 61好意(嵐の心遣いに)
・家に戻り、台所に立ち包丁を握った母を見て、泣く 62不安(自殺しようとしていたことを誤魔化し、黙々と食事をする母に対して)
・父、嵐と電話をする  
・母と会話をする 63喜び(母が回復したことに)
 64希望(家族の将来を想像して)
・風の強い日、ネパールから帰国した父と偶然会う 65驚き(父との再会に)
・嵐が帰ってくることを知る 66喜び(嵐が間もなく帰ってくることに)
・母に会いに行く父を見送る 67感傷+(父の後姿に)

※特記事項


好奇心→+2
期待→+4
ときめき→好意+2
ひっかかり→プロットしない

『うたかた』グラフ


■全心理■


※回想場面は存在するが、状況説明的な場面であり、特に大きな時間の隔たりがないので、時間軸に沿って入れ替えた時間順のグラフは作成しないことにする。

■継続的な心理■


『うたかた』の叙述中にあらわされた継続的な心理は
・嵐に関する心理(心理1,12,13,14,15,16,19,27,31,33,38,39,40,41,47,48,49,50,61,66)
・父親に関する心理(心理3,23,67)
・家族に関する心理(心理32,64)
・変化に期待する心理(心理9,44,45)
・母親に関する心理(心理51,52,53,54,55,56,57,63)
の5つである。


○グラフから
 他の作品と異なり、主人公が悲しみを癒す、希望を持つなどの大きな変化は見られない。状況に対してではなく、人物に対して抱く心理が主に多く描かれている。嵐に対しては、お互いに触れ合ううちに恋心を抱くが、血がつながっているのではないか、思い悩んだり(心理16)、嵐も旅行へ行ってしまったことにさみしさ(心理49)を感じたりしているので、安定しない。父親に関しては、はじめ恐れを感じ(心理3)なじめなかったが、電話でのやりとりなどによって、父へ親しみを感じるようになる(心理23)ので上昇し、落ち着く。母親に関しては、父についていけないことに自殺しかけるまでに落ち込み、それに対して主人公は不安(心理51〜57)を感じていたが、母親の心の回復とともに不安が安心に変っている(心理63)。また、主人公は未婚の両親の子どもであり、父親とは別居しているという複雑な家庭環境から、家族に対してネガティブな感情(心理32)を抱いていたが、最終的には家族の将来に幸福なイメージを抱くようになり(心理64)、全ての感情がポジティブに上昇している。


(4)『哀しい予感』

●あらすじ

 弥生は幼い頃の記憶がないことに漠然とした不安を抱いていた。ある日仮住まいの家の風呂で超常体験をしたことをきっかけに、「自分には別に本当の家族がいる」という確信を持つ。以前から不思議と近しさを感じていたおばのゆきののもとへ家出し、そこでゆきのが本当の姉であること、本当の両親がすでに亡くなっていることを知る。翌日ゆきのは黙って姿を消し、血のつながらない弟の哲生とゆきのを探す旅に出る。その旅の中で哲生と心が結ばれ、ゆきのを探し出し全ての真実を手に入れた弥生は、不安をなくし未来へ向かう決意をする。


※小さな章が☆によって区切られてあるので、それも明記した。

主な出来事・状況主人公の心理
☆1
・ゆきのの住む家と周りの状況について
 
 1喜び(これから展開する物語全体を振り返って)
・ゆきのについて 2感動(ゆきのの様子)
・雨の夜、ゆきのの家を目指す 3不安(外から電話してもゆきのが出ないこと)
 4感動(ゆきのの家へ向かっていること)
☆2
<回想> 
 
・葬式の朝の回想  
・母の電話のやりとりを耳にする  
<回想>  
・前夜の通夜の回想  
 ゆきのの様子を見る  
 5自信(ゆきのが泣き出すまでを自分だけが見ていたこと、ゆきのの気持ちがわかること)
<回想>  
・葬式の翌日の回想  
・ゆきのの家を一人で訪れる 6自信(ゆきのが家にいるという確信)
・ゆきのの家に上げてもらい、二階の部屋へ行く  
・ピアノを弾いてもらう  
・ゆきのの家を去る さみしい(ゆきのを見て)
☆3
 
8感傷(+) (ゆきのの家での記憶)
・ゆきのの家に到着する  
・事情を話し、家に入れてもらう。 9フラストレーション
 10自信(ゆきのが家に入れてくれるという確信)
・ゆきのがお茶を淹れる様子を見つめる 11自信(ゆきのの家にやって来たこと)
 12感動(ゆきのがお茶を淹れる様子)
・曇った午後、ゆきののピアノを聴く 13感傷(−)(ピアノを聴いて)
 14喜び・15孤独・不安・哀しい予感(ピアノを聴いて)
☆4
<回想> 
 
・家出のきっかけとなったある日曜日の回想  
 16フラストレーション
(新しい家の天井を見て)  
 17不安(幼児期への記憶が無いことに)
・父に起こされ、階下に降りる  
・犬小屋を作っている哲生と話す 18好意(哲生に対して)
・庭に出て、母を手伝う  
・母と雨を避けて木の下へ避難する  
・母に借家に住んでいたとき何かあったのかと尋ねられる 19不安(母に真剣な顔で訊ねられて)
・借家について  
☆5
<回想> 
 
・借家で起こった事件の回想  
・風呂に入る 20予感(何かが思い出せそうな気になる)
・背中に何かがあたるが、何も無い 21恐怖(背中に何かがあたって)
・アヒルのおもちゃが湯船に浮かんでいるのを見て、湯船を出る 22恐怖(あひるのおもちゃを見て)
・赤ん坊を殺す夢を見る 23嫌悪(夢の内容に対して)
☆6  
・母に借家での体験を話す 24不安定(話しながら)
・母に、幼児期に予知的な力を持っていたことを知らされる 25フラストレーション(覚えていないことにたいする)
 26不安定(母から過去のことを聞いて)
・庭いじりを再開する  
・本当の家族、特に姉らしき人物の記憶を断片的に思い出す  
☆7
<回想> 
 
・数日後の夜の回想(家出をする前夜)  
・ベランダに座り、日本酒を飲む  
 27フラストレーション(家出をすることへのためらい)
 28予感(これまでの家出とは何かが違う予感)
 29好意(哲生を失いたくないと思って)
・哲生が部屋を訪れる 30自信(別に血のつながった家族がいるという)
 31不安定(家出することへのためらいから)
・哲生について 32好意(哲生に対する)
 33不安定(哲生が家にいないこと)
<回想>  
・哲生が呼び出された夜の回想 
・呼び出しの電話を取り次ぐ 34不安(哲生の外出)
・哲生を探しに家を出る  
 35前向き(哲生に対して)
・哲生と会う  
・二人でマクドナルドへ行く  
・哲生が部屋を出て行く 36不安(哲生が部屋を出て行き、ドアが閉まる音がして)
☆8  
・ゆきのの家へ来てしばらく経った夜、ゆきのと過ごす  
 37フラストレーション(どうすべきかわからなくなって)
・母から電話がかかる 38さびしい(夜の電話)
 39喜び(ゆきのが起こさずにいてくれたので)
・起こされ、酒を飲む用意をする。  
 40安定(ゆきのとの生活)
 41感傷−(家族のことを思って)
・哲生からの電話に出る。 42予感(電話の向こうの気配を探り当てる)
 43感傷−(哲生の電話)
・酒を飲む。 44不安(ゆきのの精神の不安定さに)
 45決意(弥生が哲生を血のつながっていない弟、と呼んだこと)
・本当の両親の話をする 46フラストレーション(過去の話を何でもないことのように話されて)
・事故についての話をする  
・両親の話をする  
・眠りの中でピアノの音を聞く 47充足(過去の話を聞き、不安から多少開放されて眠ることが出来たから)
☆9  
・ゆきのが家を出て行く音を眠りの中で聞く  
・哲生が家を訪れる 48好意(哲生に対して)
 49前向き(家に戻ろうかと考える)
 50前向き(哲生が帰って行く姿を見て)
・食器を洗う  
・窓辺で食事を摂る  
・ゆきのの部屋の様子について 51不安(ゆきのが帰ってこないこと)
☆10  
・母に家出をたしなめられたときを振り返って 52感傷−
☆11  
 53不安(ゆきのが出て行ったこと)
・哲生がやってくる  
・哲生とともに、ゆきのを探しに軽井沢へ行くことにする 54フラストレーション
 55決意(哲生の言葉) 
☆12  
・夜行列車に乗り、軽井沢へ向かう 56好意(哲生の寝顔を見ながら)
 57フラストレーション(月を見て)
 58充足・満足(過去を知ったことに対して)
 59好意(哲生の寝顔に)
・軽井沢に到着する 60好意(哲生の表情)
 61不安(別荘が見つからないので)
 62感動(森の様子に)
・別荘に入る  
 63決意(ゆきのが別荘にいたことを確認して)
・置手紙を見つける 64安心(哲生と笑いあって)
 65感傷−
☆13  
・立野正彦が現れる 66驚き+(立野の若さに)
 67驚き+(ゆきのが子どもをおろしたという事実に)
 68感動(立野のひたむきさに対して)
 69喜び(立野の言動に対して)
☆14  
・三人でカレーを食べる  
・ゆきのの話をする 70感動(現状に対して)
 71感傷+(ゆきのを思い出して)
☆15  
・哲生と林を歩く 72感傷−(子どもの頃を思い出して)
 73さみしい(別荘に戻ってしまうことを思って)
・今後について話す 74驚き−(哲夫が真実を知っていたので)
 75さみしい(哲生が血のつながりがないことを明確にしたので)
 76感傷−(哲生から家の匂いを感じて)
・キスをする  
☆16  
・別荘に戻る 77感動(哲生のことを想って)
 78孤独(二人の行き場がないことを思って)
 79フラストレーション(ゆきのに会うまで物事が進まないので)
 80フラストレーション(哲生と自分の行いを振り返って)
☆17  
・朝食の準備をしに、台所へいく  
・正彦が散歩から帰ってくる 81フラストレーション(ゆきのの人としての弱さに気づいて)
☆18
<回想> 
 
・ゆきのの家の裏にかさ立てを置きに行く 82かなしい(家の裏の“なかったこと”にされた物を見て)
☆19  
・朝食を作る  
 83喜び(正彦の振る舞いに)
 84安心(うしろめたさから解放されたので)
 85希望(自分たちの未来を想像して)
☆20 
 86フラストレーション(哲生との態度が自然すぎて)
・別荘から帰る  
☆21  
・上野駅に到着する  
 87フラストレーション(ホームシック)
 88フラストレーション(駅の混み具合に)
 89好意(哲生の後姿を見て)
☆22  
・食事をする 90かわいそう(哲生の気持ちに対して)
 91満足(ゆきのと暮らす未来を想像して)
 92感動(哲生の言動に対して)
・オレンジジュースを見る 93好意(哲生の笑顔に)
・駅で別れる 94甘く、もの悲しい=感傷+(哲生に対して/三日間を振り返って)
☆23  
・ゆきのの家へ戻る 95フラストレーション(ゆきのが帰っていないことがわかって)
・風呂に入る 96前向き(ゆきのを探したい気持ちになって)
・ゆきのの部屋に入る  
・ピアノに触れる 97自信(青森のガイドブックを見つけて)
・母から電話がかかる 98淋しい(母の電話)
・家を出る  
☆24  
・盛岡へ向かう新幹線に乗る 99自信(今度こそゆきのに会うことが出来ると確信して)
 100満足(真実を知ったことに対して)
 101安心(物事を収集できることに対して)
☆25
<回想・夢> 
 
・母の側で泣く 102かなしい(予感)
 103感傷+(過去の記憶に対して)
・ゆきのに連れられて散歩へ出る  
 104安心(ゆきのの笑顔)
☆26  
・野辺地に到着し、タクシーに乗る 105自信(ゆきのに会うことができるという確信)
・ゆきのと再会する  
・二人でタクシーに乗る 106事故直前の記憶を思い出すが、何も感じない
☆27  
・恐山を歩く 107充足(「長かったね。」というゆきのの言葉)
 108喜び(自分で姉と恋人を発掘したこと)

『哀しい予感』心理グラフ


■全心理■



■継続的な心理■


 『哀しい予感』の叙述中にあらわされた継続的な心理は
・幼いころの頃の記憶がないことに起因する心理(心理1,14,15,17,25,47,58,84,100,107,108)
・哲生に関する心理(心理18,29,32,35,48,56,77,78,89,90,93,94)
・ゆきのの様子に関する心理(心理2,12)
・家出することに関する心理(心理27,31)
・ゆきのの精神の不安定さに関する心理(心理44,81,82)
・ゆきのと再会できるという確信による心理(心理99,105)
の6つである。



○グラフから
 主人公は幼い頃の記憶がないことに常に不安を覚えていたが、叔母のゆきの(実の姉)から真実(現在の両親以外に本当の両親がいること、ゆきのが実の姉であること、両親が事故で亡くなっていること)を聞いたことによって安心感を覚える(心理14)。しかし同時に不安感や孤独(心理15)を抱いている。これは失っていた記憶や過去の真実が明らかになることによって、過去や実の姉であるゆきの、血のつながりのない弟の哲生への恋愛感情と向き合わなければならないことに対する不安である。真実が明らかになり安心感を覚えたところで物語が修了するのではなく、その安心感に裏打ちされた前向きさで、向き合うべきものに向き合い、それぞれに解決していったことが、継続的な心理のグラフからわかる。最終的には過去の記憶がすべて明らかになったこと、恋人と姉を手に入れたことに幸福感を感じている。(心理107、108)
 叙述順に見ると、心理1(+5)から心理108(+5)の並列的な変化であるが、時間順に見ると、心理102(−5)から心理108(+5)に上昇していることがわかる。これは叙述のはじめに、物語全体を振り返っての感想のようなものが述べられているためであり、最終的な心理と一致する場合が多い。(この場合心理1と心理108)よしもとばなな作品のほとんどが、このように「すでに過ぎ去った過去」について述べている「過去語り型」の作品である。


(5)『TUGUMI』

●あらすじ

 まりあは愛人生活を送る母とともに海辺の街の旅館で暮らしていた。母が父と再婚することになり、一度街を離れ東京に引っ越すが、旅館が閉まる最後の夏を過ごすために街へ戻る。病弱だが美しく傍若無人な振る舞いをするいとこのつぐみ、つぐみの姉陽子、海辺で出会った恭一たちとひと夏を過ごす。ある時恭一が飼っていた犬を殺されてしまうといういやがらせを受け、その報復につぐみは一人で穴を掘り、その犯人を落とし入れる。つぐみは体力を消耗して入院し、一時命が危ぶまれたが持ちこたえる。回復したつぐみから遺書が届き、まりあはつぐみを通して、命の輝きや尊さに気づく。

主な状況・行動主人公の心理
T.お化けのポスト  
・自分とつぐみについて  
・つぐみについて 1感傷−(つぐみのはかない様子に)
・つぐみとの思い出  
・祖父が亡くなる 2フラストレーション(祖父の死に)
・つぐみが祖父からの手紙だと言って手紙を持ってくる 3驚き+(つぐみが手紙を持ってきた様子に)
 4感傷−(祖父の手紙に)
 5感動(祖父の手紙に)
・つぐみが手紙を書いたことが明らかになる 6あきれ(つぐみの振る舞いに)
・つぐみを突き飛ばす 7怒り(つぐみに)
 8フラストレーション(つぐみに)
・つぐみと一緒に笑う 9好意(つぐみに)
U.春と山本家の姉妹  
・母について  
(東京に引っ越すことが決まる)  
・ポチについて 10感動(つぐみとポチが仲良くなり始めたのを見て)
・ポチとつぐみと一緒に散歩するようになる  
・海に散歩に出る  
 11不安(海のない場所へ引っ越すことに)
 12驚き+(つぐみが心の内を語ったことに)
 13感傷−(つぐみの言葉に)
・引越しの準備を進める 14感傷−(引越しの準備をしているときに)
・陽子とバイトから帰る  
・川と海を眺める 15感傷−(もうすぐ引っ越さねばならないことに)
 16好意(陽子に)
 17安心(旅館の明かりと客室の窓を見て)
・陽子がこっそりと泣くのに気づいて、気づかない振りをする 18感傷−(陽子が悲しんでいる姿に)
V.人生  
・父について 19好意(父の優しい振る舞いに)
・夜残業から帰ってきた父とテーブルに着く  
<回想>  
・仕事帰りの父を見かける  
・父の家では見せない表情を見る 20実感(人生について考える)
・父と前妻などについての話をする 21好意(父の言葉に)
 22感傷−(海を恋しく想う)
<回想>  
・母と通りに出たとき、潮の香りを嗅ぐ  
<回想>  
・東京へ来る前、父と母が話し合いをしているのを聞く  
・つぐみから電話がかかってくる 23驚き−(旅館が無くなる事を聞いて)
 24フラストレーション(〃)
・山本屋へ行くことになる  
W.よそ者  
・船に乗り、海辺の街へ戻る 25フラストレーション(自分がよそ者である気分になって)
・山本屋の人々と再会する 26喜び(なつかしさと幸福を感じて)
・夕方つぐみと散歩に出る 27感動(つぐみとポチの様子に)
 28感動(つぐみの言うことに不思議さを感じて)
・恭一と出会う  
X.夜のせい  
・寝付けず、夜について考える  
<回想>小学生の頃  
・夜中につぐみと陽子と三人で歩いて峠を越える  
・漁村まで辿り着く  
 29感傷−(昔を思い出して)
・つぐみが部屋へ来る  
 30感動(不思議さを覚えて)
・つぐみと物干し台に出て飲み物を飲む 31満足(つぐみが胸のうちを語ったこと)
・権五郎を連れた恭一が偶然通りかかる 32感動(恭一と仲良くなれそうな気がして)
Y.告白  
・雨の日、つぐみが寝込む  
・まりあ本を読む 33不安(つぐみが死ぬことをふと考えてしまって)
・本を買いに外へ出る  
・恭一と偶然会う 34感動(恭一がつぐみの名前を正確に発音したことに)
 35自信(恭一とつぐみがうまくいくだろうという確信を持つ)
・恭一と二人で旅館に戻る  
・つぐみがいなくってしまったので、探し回る 36不安(つぐみが見つからないことに)
・つぐみが見つかる 37あきれ(隠れていたことに)
・恭一がタオルの話をする 38感動(恭一の人となりに)
・泣きそうになる 39感傷−(つぐみの幸せそうな笑顔に)
Z.父と泳ぐ  
 40不安(つぐみと恭一の幸せそうな様子に)
・父が東京からやってくるので、バス停まで迎えに行く  
<回想>  
・父が週末だけ会いに来ていた時のこと  
・父が帰った朝、母に起こされる時のこと 41さみしい(父がいないこと)
・父と海へ泳ぎに行く 42不安(海を泳ぐ父を見て)
 43幸福(父の笑顔に)
・つぐみが現れる 44好意(つぐみと父のやりとりに)
・父を見送る 45さみしい(夏の終わりには山本屋が無くなる事を想って)
[.祭り  
・つぐみとまりあ熱を出して寝込む 46感動(熱に慣れた様子のつぐみに)
・祭りに行くために浴衣を着せあう 47驚き−(つぐみの腰の細さに)
・恭一と待ち合わせをして、祭りに出かける  
・神社で恭一が男三人に嫌がらせを受け、恭一やり返す 48驚き+
 49感動(陽子が恭一を慰める様子に)
・恭一が宿泊している宿へ行き、スイカを食べる 50喜び(皆で過ごせる夏の夜に)
・花火を眺める  
\.怒り  
・怒ったときのつぐみの様子について  
<回想>  
・中学生の頃、つぐみが同級生と諍いを起こし、窓ガラスを割る 51驚き−(つぐみの怒るさまに)
・恭一から電話がかかり、権五郎がさらわれたことを知る  
・権五郎を探しに出る 52フラストレーション(権五郎が見つからないことに)
・つぐみが川で溺れていた権五郎を救いあげて連れてくる  
・焚き火を囲む 53恐怖(つぐみが静かに怒っている様に)
 54安心(権五郎を預かることになって)
・権五郎が再び攫われるが、見つからない  
].穴  
・家に戻る恭一を見送りに、港へ行く 55感傷−(恭一との別れに)
・恭一、別れを交わし、船に乗って町を去る  
・つぐみが権五郎を連れ去った男の一人に復讐をしかけたことを本人から聞く  
・真夜中、陽子が泣きながらつぐみに訴えている場面に出会う  
・つぐみが穴を掘り、男を埋めたことを陽子に聞く 56感動(つぐみのまっすぐな心に)
11.面影  
・つぐみが入院する 57フラストレーション(つぐみのつらそうな様子に)
・恭一戻ってくる  
・恭一とつぐみの話をする 58感動(つぐみがしでかしたことがおかしくて)
 59感動(恭一のつぐみに対しての考えに共感して)
・つぐみの見舞いに行く 60恐怖(つぐみのやつれた姿に)
 61驚き−(死ぬかもと言い出したつぐみに)
 62恐怖(つぐみが人間らしい悩みを口にしたことについて)
・東京へ戻る日の朝、旅館を出て、陽子と歩く 63感傷−
 64かなしい(別れに)
・東京に着く 65好意(つぐみを思い出して)
12.つぐみの手紙  
 66感傷−(夏を思い出して)
・父が骨折して入院する  
・陽子から電話がかかり、つぐみの容態がおかしいことを知らされる 67フラストレーション
 68不安(夢の中のつぐみに)
・翌日、電話がかかり、つぐみの容態が落ち着いたことを知らされる 69安心(つぐみの容態が落ち着いたことに)
・つぐみから電話がかかる 70喜び(つぐみの元気な様子に)
・つぐみの手紙  

※特記事項


あきれ→−1
実感→0


『TUGUMI』心理グラフ


 本作品は、他の作品と違って雑誌連載作品であり、章立てられ、章ごとに語られるテーマが決められている。
章ごとにそれぞれ回想場面が登場するが、場面というよりはある状況や真理を説明するための道具的なはたらきをしており、かつ時間的に序列できないものがあるため、時間軸にそった時間順のグラフは作成しないこととする。

■全心理■



■継続的な心理■


『TUGUMI』にあらわされた継続的な心理は
・つぐみに関する心理(心理1,12,13,27,28,31,33,39,40,46,47,51,53,56,57,60,61,62,65,68,69,70)
・街を離れることに関する心理(心理11,14,15)
・最後の夏に関する心理(心理23,24,45,50,66)
・父に関する心理(心理41,42,43)



○グラフから
 本作品は、主人公が心理的に何らかの成長をしたり、回復したりした他の作品とは異なり、事実に対して感じたことや思ったことを淡々と述べている語り型の作品である。特に病弱なつぐみに対してや、旅館が閉館してしまい、旅館で過ごす最後の夏であることに関する心理が多く述べられ、心理の高低が激しい部分がある。
 また全体的に「感傷(−1)」が多い。これは作者があとがきで「(西伊豆の)その何もなさ、いつも海があって、散歩や、泳ぎや、夕暮れをくりかえすだけの日々の感じをどこかにきちんととどめておきたくてこの小説を書きました。」と述べているように、淡々と風景や人物、出来事を描こうとした試みの結果であると考える。
 出発点の心理1(−1)から最終点の心理70(+5)だけを見ると上昇しているように見えるが、その心理の対象を見ると、状況(この場合はつぐみの様子や状態)に対する心理であり、主人公自身に特に変化は見られない。
 他の作品とは(心理の視点からみると)構造の異なった作品である。

(6)『ハゴロモ』

●あらすじ

 長い愛人生活を送ってきたほたるは、ある日相手に別れを告げられ、傷心のまま一時帰郷する。どこかで会った覚えのある青年みつるとの出会いや、父が以前再婚しようとした女性の娘のるみ、夫を事故で失い長く心労に臥しているみつるの母親など、様々な人々と関りと故郷の自然の中で、少しずつ心を癒していく。
主な出来事・状況主人公の心理
 ・故郷の町並みについて
 ・故郷の川に対して抱く心情
・故郷に戻る 1フラストレーション(愛人生活が終わったこと)
 ・自分の両親について
 2フラストレーション(恋愛に疲れて)
<回想>  
・愛人に別れ話をされる 3フラストレーション(一方的に別れを決められて)
 ・別れた相手との生活について
 4絶望(手切れ金代わりに受け取った部屋に一人きりでいることに)
 5驚き−(失恋によって人が弱ってしまうものであることに気づいて)
 6不安(別れ話が完結してしまい、一人で部屋に取り残されたことに)
<回想>  
・留守番電話がきっかけで、相手の妻に不倫がばれてしまったいきさつについて  
・留守番電話を購入したときのことについて  
 7フラストレーション(事実を受け止められないことに)
・祖母が経営する喫茶店について 8嫌悪(蘭の花の多さと店内の乱雑さに)
 9好意(蘭の花とコーヒーがおいしいこと)
 10嫌悪(店の様子と客の様子に)
 11感動(祖母の優しさに)
 ・今までの自分を振り返る
 12フラストレーション(ふるさとの景色に癒されながらも辛い記憶に落ち込んでしまうことに)
・ある日大通りの歩道でみつるに出会う  
 ・みつるを見知っている気がするが思い当たらない
 13感動(みつるが誰なのかは思い出せないが、不思議さやあたたかさを感じて)
・父のマンションへ向かう  
・父について  
・部屋の掃除をする 14感動(写真の中の父の幸せそうな様子に)
・父が以前再婚しようとしためぐみについて  
<回想>  
・父と自分、めぐみとその娘るみの四人で食事をしたときのこと 15感動(めぐみの美しさに)
・るみについて 16驚き+(るみの不思議な存在感に)
・るみと二人だけで席を外し、公園へ行く  
・河童の話をする 17驚き+(るみの話す内容と、るみの不思議な人柄に)
 ・るみと会おうと思いつく
・掃除を終え休憩する  
 ・母のことを思い出す
 ・祖父のことを思い出す
 ・人との別れについて
・るみと再会する 18驚き+(るみが保母になると言ったので)
 19怒り(るみの言葉に)
 20感動(るみの立派な態度に)
・るみが子どもの頃の不思議な体験について語る 21感動(るみの語る不思議な体験に)
 22安心(るみと過ごした時間に心地よさを感じて)
・夜中に目が覚める 23不安(現在の自分の状況に)
・気分転換に外に出る  
・ラーメン屋に入る  
・みつると再会する 24驚き+(店の間取りに)
 25フラストレーション(みつるの振る舞いのあやしさに)
 26確信(みつるを確かに知っていると感じて)
 27感動(思いのほかラーメンがおいしくて)
 28フラストレーション(父の奇行について語られて)
・みつるの母親がバスの事故で夫を失ったことが原因で心身喪失していることを知る 29安心(みつると一緒に過ごせたことに)
 30前向き(自分以外の人の苦しみを知って)
・みつると少しずつ親しくなる 31感動(新しく人と知り合えたことに)
 ・別れた相手について思い出す
<回想>  
・不倫相手と初めて会った時のこと  
・二人きりで会った時のこと  
・病気で寝込み、看病された時のこと  
 32感傷−(正妻と比べて相手にとっての自分の存在の不自然さや小ささを感じて)
・父から電話がかかる  
・るみと会う 33好意(るみとるみの交際相手について聞いて)
・みつるのことについてるみに相談する 34好意(るみの言葉に)
・バス事故について話す 35前向き(自分の甘えに気づいて)
 36好意(るみとるみの交際相手の写真を見て)
・みつると偶然再会する  
・みつるの母の話をする  
・るみからのアドバイスを伝える  
・みつるの母の見舞いに行く 37前向き(心痛のために塞ぎこむ母と向き合い、母を当たり前のように労わるみつるに、自分も変るべきではないかと感じる)
・みつるの母が泣く  
・みつると二人で母の話をする  
・事故の日の朝について聞く 38好意(みつるの振る舞いに)
 39不安(別れてすぐの一人きりの時間を思い出して)
・祖母と温泉へ行く  
・祖母がみつるとどこで会ったかを思い出し、語る 40好意(祖母の振る舞いに)
 41前向き(時間の流れによって、徐々に辛いことを忘れることができるのだ、と感じて)
・るみの家に泊まりに行く  
 42感動(るみと会話していることに)
・町にある川について語り合う 43前向き(故郷の景色に癒されていることに気づいて)
 ・夢を見る
 ・みつるの父親らしき男性が探し物をしており、自分も探しているものがあるのだ、という話をする
・スーパーでみつるを見かける  
 44前向き(みつるの自然に振舞う姿に、自分がここにいてもいいのだ、と感じる)
・みつるとラーメンの話をする ・母のことを思い出す
<回想>  
・不倫相手と別れあと、一人で旅行に出かけ、夜の山道を運転中に事故を起こしかける  
・亡くなった母の声を聞く  
・みつると歩く 45フラストレーション(不倫相手のことを思い出して)
 46感動(みつると過ごしていることに)
・みつると喫茶店に入る  
・みつるの祖母の話をする  
・みつるの話が、ほたるの祖母の語ったことと一致し、みつると以前出会っていたことが明らかになる  
 47驚き+(事実があきらかになったことに)
・幼い頃、みつるから受け取った手袋を発見する  
 48感動(手袋が実在し、それを発見したことに)
・みつるの代わりにみつるの母の看病をする 49感動(みつるの母の笑顔に)
・みつるの母が回復の兆しを見せ、みつるの祖母の話をする  
・手袋を満の母に手渡す  
 ・夢の中でみつるの父親が言っていたことを思い出し、探し物のありかを思い当たる
・みつるの家の庭にある杉の根元を掘り、みつるの父が埋めていた妻へのプレゼントを掘り出す  
・父から電話がかかる 50フラストレーション(父の言葉に)
 51前向き(自分で何かを決めようと思って)
・みつるを再会する  
・川辺でたこ焼きを食べる  
・みつるの母が回復に向かっていること、みつるの父親の生前の様子について聞く  
・二人で泣く 52感動
・るみの家へ行く 53前向き(るみの言葉から、この町へ帰ってこようかと考える)

『ハゴロモ』心理グラフ


■全心理■



 回想場面は存在するが、主人公が現在時点にいながら不倫相手とのやりとりを思い出し、その時に感じたことを述べている説明的なものなので、場面として扱わないこととする。よって、時間順のグラフは作成しない。 

■継続的な心理■


『ハゴロモ』の叙述中にあらわされた継続的な心理は、
・失恋したことに関する心理(心理1,2,3,4,5,6,7,12,23,30,32,35,37,39,41,43,44,45,51,53)
・みつるに関する心理(心理13,26,29,38,42,46)
・るみに関する心理(心理16,17,18,19,20,21,22,33,34,36)
 の3つである。




○グラフから
 大きな事件がきっかけで「前向き」な気持ちを取り戻したのではなく、不思議と人を癒す、るみとのやりとりや、深い悲しみにあるみつるの母親との心の共有、みつるに昔救われていたことが明らかになり、お互いに心を通わせるなどのエピソードの重なりによって、少しずつ辛さを薄れさせている。なので、心理23辺りからは、人々とのやり取りに「感動」「安心」「前向き」さを覚えながらも、時折辛さを思い出して「不安」な心境に陥るのでグラフの高低が激しい。主人公を癒す存在である、るみやみつるに関する心理はほぼ一定してポジティブなレベルを維持している。主にるみやみつるに対して抱いている感情は「感動」や「好意」などで、るみとみつるの独特の存在感、自然な振る舞いなどが対象である。
 主人公は不倫相手と別れたことによる自己喪失状態の「フラストレーション」(心理1)や「不安」(心理6)から、故郷の人々とのやりとりや故郷の自然に癒され、最終的には「前向き」(心理53)な気持ちを取り戻しており、典型的な上昇型である。


 

第三章 まとめと今後の課題


第一節  本論のまとめ


 初期作品五編と最新作一編を分析対象に、心理のグラフ化を試みた。よしもとばなな小説作品中にあらわされる心理は、一見とりとめのないものに思えていたが、心理が発生した対象を明らかにし、変化を追うという作業を通して、それぞれの心理が複雑に絡み合い、お互いに作用しながら、ある目指すべき一点に向けて変化していっていることがわかった。
 ある目指すべき一点とは、六作品に共通して、ポジティブの高いレベルの心理に落ち着くことであり、前向きにものごとをとらえたり、向き合っていこうと決意する主人公の心理傾向が見られる。辛い状況や悲しい思いをしても、なんとか上昇していこう、という作者からのメッセージがうかがえ、これは読み手に快の感情を与える。絶望感や悲しい気持ちを主人公に抱かせたまま終わる小説も存在するが、よしもとばななの場合は上昇志向の作品が主である。
 また、継続的にあらわされる心理は、作品の構造に大きく関るのではないか、という予想から継続的な心理のグラフを作成したが、大体において予想通りであった。特に第一章の課題解明の方法で述べた、松山氏による心の分類項目の内、「情動」に分類される言葉(悲しみ、喜びなど)が継続的な心理としてピックアップされることが多く、「気分」や「情操」などに分類される言葉(かわいい、うれしい、楽しいなど)は、限定的な心理として扱う場合が多かった。これは同氏がいう「基本情動」の目的およびはたらきは「人格の完成」を目指すものであるという考えに共通している。つまり、よしもとばなな作品の主人公は、自己の人格や心の基盤を脅かすような「不安」や「孤独」「絶望」などのネガティブな基本情動から出発し、それらを解決していこうとする上昇志向に支えられ、最終的には「喜び」や「満足」「充足」などのポジティブな基本情動に落ち着くことを目指して変化していっているのである。
 小説中に描かれる心理は、主人公のものであると同時に、読み手の心理ともつながっている。主人公が抱く「不安」「絶望」といった基本情動は、対象は異なるとしても読み手と共通する部分がある。そこで読み手に共感を抱かせ、心理変化と心理の最終点までの細かな心理描写が、読み手の心に訴えかけ、読み手を作品世界に引き込むのである。


 よしもとばななの小説作品は、人間にとって大きな作用をなす基本情動を骨格にし、さまざまな心理要素をからめながら、よい方向へ上昇させようとする上昇志向の構造を持つことが、まとめとしていえる。

第二節 今後の課題

 今後の課題として次のようなことがあげられる。
 (1)心理の数値評価表の客観性を高める
 (2)文章から心理を抽出する過程において、どのような文章からどのような心理を取り出すか、という基準を定める。
 (3)数値化困難な感情語の扱いについて。
 (4)プロットや文章などの他の要素からも作品の構造を見る。


(1)について。なるべく一般にも当てはまるように検証して定めた数値表であるが、心理にかかわることなので感覚に頼る部分が大きく、やや客観性が低いように思われる。アンケートなどを行って数値を定めることも考えたが、今回はやめておいた。検証を重ね、改良していきたい。


(2)について。文章中から心理を抽出する段階において、色々と不具合が出てきた。それは主に作家の文体の変化によるものである。今回は初期作品五編を主に分析の対象とし、実験的に最新作の『ハゴロモ』を分析してみたが、過去の作品と比較して、文体に顕著な変化が見られた。特に心理の描き方に変化があり、かなしい、さみしい、などの感情語はほとんど使用されず、複雑な比喩や感覚的な言い回しが多く、抽象化するのに抵抗が感じられる表現が多かった。文体によって読み取りが困難であったり、抽象化しにくかったりする。今後は自分だけで泣く他の読者がどのように心理を読み取っているか、という認知過程を明らかにし、どのような文章からどのような心理を読み取るか、についての基準をしっかりと定めたい。


(3)について。「予感」や「共感」など、数値化しにくい感情語の扱いに困り、作品ごとに数値を変更することとして扱ったが、これも客観性に欠ける。また、『ハゴロモ』においては、「人とは〜なものである」のような哲学的なことを主人公が思考する場面も多い。今回は思考を心理として扱わなかったが、『ハゴロモ』においては思考も構造に大きく関っていると考えられる。数値化しにくい感情語の扱いを検証する必要がある。


(4)について。今回は心理にのみ注目して、グラフ化することを試みたが、心理のみでは構造を完全に明らかにしたことにはならない。ある叙述のある一言や、ある描き方が大きく構造に関っている場合があるからである。特に文章に独特の特徴があるよしもとばななの作品は、プロットや文章特性とあわせて考えてみるべきである。

 

参考文献



※1『吉本ばななの世界〜頻出する言葉を手がかりとして〜』上野裕子 (日本文学研究年誌第4号 金沢女子大学日本文学研究室 H7年3月)
※2『感情心理学 第一巻 感情と情動』松山義則/浜 治世著 (誠信書房 1974.9.15)
※3『Feeling and emotions』エルグレン (1950)
※4『Personality and social phychology』ローズマン (1984)
※5『心理学』岩下豊彦 (双々庵 1998.3.1)
※6『言語と文体』魚返善雄 (紀伊国屋書店 1994.1.25)
※7『Jounal of phychology』プルチック (1962)
※8『The human person』アーノルド (1954)

その他


※『日本人の感情世界〜ミステリアスな文化の謎を解く』工藤力/ディビット・マツモト著
※『感情心理学 第三巻恐怖と不安〜情動と行動U〜』今田寛著 (誠信書房 1975.12.10)
※『対人行動学研究シリーズ4 感情と行動・認知・生理 ―― 感情の社会心理学』土田昭司・竹村和久編 (誠信書房 1996.9.10)

参照HP

よしもとばなな 公式サイト http://www.yoshimotobanana.com/
参照文献

「Olive」12月号(2002.11.18発刊) マガジンハウス

対象作品

『キッチン』ベネッセ
『うたかた/サンクチュアリ』ベネッセ
『哀しい予感』角川書店
『TUGUMI』中央公論新社
『ハゴロモ』新潮社





おわりに



  心理をグラフ化するだけで、本当言うと大変だった。よしもとばななの文章は、読みやすいようで、読みにくい。感覚的にはわかるがはっきりとこれ、とは言いにくく、もやもやしている。なので抽象化しようとすると大変な抵抗感やズレを感じる。
 また、「心理を数値化するなんて」と心理学科の友人ににらまれたりしたし、この研究のテーマも二転三転した。「この研究はいつか終わるのだろうか」と常に不安で、心理の落ち着く先が全く見えない、まさに−5に停滞した状態だった。なのになんとかやってしまおうと思ったのは、指導教官の野浪先生が、「やったれよ」と背中を押してくださったからである。「とにかくやってみる」という勇気が、私に一番足りなかったことだ。間違うかもしれない、間違っているかもしれないとしり込みするのではなく、とにかくやってみること。研究にしろなんにしろ、考え、動き、探さねば何も得られぬということがわかった。
 終えてみると足りないことだらけのこの研究は、今後形を変えてなんらかの発展をみたい。(と思う)何か一つのことを追求していくことの楽しさと苦悩の一端を、今回の卒業論文作成という(できれば避けたい)経験のなかに見た気がする。人生をかけて追求していくべき課題を持つことは、いいことかもしれない、と楽観的に思ったりもする。


 三回生で表現ゼミに入った当時、私はゼミの中で唯一パソコンを持たない人間だった。どんどん近代化していく表現ゼミナールの中で、それでもなんとかやってこれたのは、奇跡、でもなんでもなくて、いつもやさしく適切に指導してくださった野浪先生、笑いの絶えない明るい同回生のみなさんのおかげである。(おかげでパソコンもそこそこ使える現代人の仲間入りができました。)


 本当にありがとうございました。


2003.1.30  草野奈津美

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