目次 | |
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0. はじめに 1. 題名の効果について 2. 恐い部分の文量について 3. 恐さを生むものとその種類について 4. 地の文の人称と主人公と読者との関係について |
私たちは「恐い話の表現論的考察」として、『恐ろしい話』という恐い話の本を分析した。
『恐ろしい話』は、筑摩書房からの出版で、全23作で構成されているアンソロジーである。いわゆる幽霊話だけでなく、病気や殺人などの話も含まれている。
それぞれの作品を分析した結果を一覧表にした。紙面の都合で「作品分析結果一覧表1」と「作品分析結果一覧表2」に分割している。
作品名 | 題名からの話の予想(読む前/怖い話だという前提はない) | 一致・不一致とその根拠 | 題名の役割 | 全体行数 | 怖い場面の始まりの行数 | 怖い場面の始まり | 怖い場面の始まりの行数 | 怖い場面の終わり(%) | 怖い場面の後の叙述内容の長さ | 怖い場面の長さ | 何人称か | 主人公の役割 | 読者の役割 | 読者の気持ち |
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詩人のナプキン | 清潔感の漂う美しい話 | 不一致・ジャンル | 原因 | 109 | 66 | 60.6% | 80 | 73.4% | 26.6% | 13% | 三人称 | 無意識の加害者 | 観察者 | やっぱり・ふしぎ |
バッソンピエール元帥の回想記から | 元帥という位の高い人間の過去の栄光を振り返る話 | 不一致・性質 | 登場人物 | 277 | 227 | 81.9% | 277 | 100.0% | 0.0% | 18% | 一人称 | 著者、被害者 | 読者 | あれよあれよ |
蠅 | 汚い話だという印象を持つ | 一致・性質 | 原因 | 248 | 195 | 78.6% | 248 | 100.0% | 0.0% | 21% | 三人称 | 被害者 | 観察者 | かわいそう |
爪 | 爪が話とどのようにからむのか | 不一致・問題解決 | 原因 | 234 | 230 | 98.3% | 234 | 100.0% | 0.0% | 2% | 三人称 | 語り手(内部では探偵) | 観察者 | はらはら→どきり |
信号手 | 鉄道を介して描かれる人間ドキュメント | 不一致・ジャンル | 登場人物 | 379 | 334 | 88.1% | 379 | 100.0% | 0.0% | 12% | 一人称 | 観察者 | 観察者 | ふしぎ |
「お前が犯人だ」 | サスペンス要素を含む | 一致・ジャンル | 原因 | 360 | 295 | 81.9% | 302 | 83.9% | 16.1% | 2% | 一人称 | 観察者→探偵 | 観察者 | あれよあれよ |
盗賊の花むこ | 盗賊である男が花婿としてやってくる話 | 一致・ジャンル | 登場人物 | 110 | 51 | 46.4% | 67 | 60.9% | 39.1% | 15% | 三人称 | 被害者→探偵 | 観察者 | はらはら→爽快 |
ロカルノの女乞食 | 乞食のみじめな生涯の話 | 不一致・ジャンル | 登場人物 | 67 | 17 | 25.4% | 67 | 100.0% | 0.0% | 75% | 三人称 | 被害者 | 観察者 | ふしぎ・理不尽 |
緑の物怪 | ファンタジー | 不一致・ジャンル | 登場人物 | 166 | 115 | 69.3% | 155 | 93.4% | 6.6% | 24% | 三人称 | 被害者 | 観察者 | ふしぎ |
竈の中の顔 | 不気味だ | 一致・ジャンル | 原因 | 247 | 204 | 82.6% | 247 | 100.0% | 0.0% | 17% | 三人称 | 被害者 | 観察者 | 少しはらはら |
剣を鍛える話 | 修行や格闘が関係していそう | 不一致・ジャンル | 原因 | 468 | 294 | 62.8% | 396 | 84.6% | 15.4% | 22% | 三人称 | 被害者 | 観察者 | あれよあれよ |
断頭台の秘密 | 普通の断頭台とは何が違うのか、秘密とは何か | 不一致・問題解決 | 結果 | 312 | 295 | 94.6% | 303 | 97.1% | 2.9% | 3% | 三人称 | 提案者 | 観察者 | すごい・はらはら |
剃刀 | 凶器として使われそう | 一致・性質 | 原因 | 199 | 184 | 92.5% | 199 | 100.0% | 0.0% | 8% | 三人称 | 加害者 | 観察者 | はらはら |
三浦右衛門の最後 | 華々しい人生の「最期」を描いた話 | 不一致・性質 | 登場人物 | 186 | 161 | 86.6% | 164 | 88.2% | 11.8% | 2% | 三人称 | 被害者 | 観察者 | かわいそう・残虐だ |
利根の渡 | 渡し守の生涯が人との出会いを通して描かれる話 | 不一致・ジャンル | 登場人物 | 290 | 276 | 95.2% | 283 | 97.6% | 2.4% | 2% | 三人称 | 観察者 | 観察者 | ふしぎ |
死後の恋 | 感動系で美しい話 | 不一致・ジャンル | 結果 | 501 | 422 | 84.2% | 465 | 92.8% | 7.2% | 9% | 一人称(話の内部で三人称) | 聞き手(内部では被害者) | 聞き手(内部では観察者) | ほんまかいな(あれよあれよ) |
網膜脈視症 | 目の難病についての話 | 不一致・ジャンル | 原因 | 493 | 385 | 78.1% | 493 | 100.0% | 0.0% | 22% | 一人称 | 語り手→観察者 | 観察者 | なるほど・ふしぎ・あれよあれよ |
罪のあがない | 罪人が反省する話 | 不一致・ジャンル | 結果 | 151.00 | 81 | 53.6% | 141 | 93.4% | 6.6% | 40% | 三人称 | 加害者→被害者 | 観察者 | 理不尽 |
ひも | どういったひもなのか | 不一致・問題解決 | 原因 | 216 | 142 | 65.7% | 216 | 100.0% | 0.0% | 34% | 三人称 | 被害者 | 観察者 | 理不尽・かわいそう |
マウントドレイゴ卿の死 | どのようにマウントドレイゴ卿は死ぬのだろうか | 一致・問題解決 | 登場人物 | 720 | 235 | 32.6% | 720 | 100.0% | 0.0% | 67% | 三人称 | 観察者 | 観察者 | ふしぎ・かわいそう |
ごくつぶし | 働かない、ダメな人の話 | 不一致・性質 | 恐怖対象 | 126 | 31 | 24.6% | 121 | 96.0% | 4.0% | 71% | 三人称 | 被害者 | 観察者 | やっぱり |
貧家の子女がその両親並びに祖国にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案 | 社会全体に利益がでそうな画期的な案 | 不一致・性質 | 恐怖対象 | 216 | 54 | 25.0% | 207 | 95.8% | 4.2% | 71% | 一人称 | 著者 | 読者 | なるほど・しんじられない・へぇ〜 |
ひかりごけ | きれいで神秘的なイメージの話 | 不一致・性質 | 恐怖対象 | 1089 | 1055 | 96.9% | 1089 | 100.0% | 0.0% | 3% | 一人称(話の内部ではセリフのみ) | 語り手(内部では作者) | 聞き手(内部では読者) | 理不尽・ふしぎ |
表の縦軸は、分析した各作品のタイトルである。
表の横軸は、私たちが分析をする際に使用した観点である。
作品名 | 恐さを生むもの | 内容の種類 | 恐さの種類 |
---|---|---|---|
詩人のナプキン | ナプキンによって病気がうつり4人が死んだこと ナプキンに表れた絵 | 病気系 | 病気の恐さ 怪奇現象への恐さ |
バッソンピエール元帥の回想記から | ペストによって突然愛するものが死んだこと | 病気系 | 病気 |
蠅 | 蠅の持ってくるおそろしい病人の症状、病人の妬みからくる裏切り | 病気系 | 病気、追い詰められた人間の性質、裏切り |
爪 | 指の調理を想像させるところ、指の処理と金持ちの奥さんが指を食べたことが同時に明らかになるところ | 食人系 心理系 切断系 | 切断、痛さ、意図しないうちの人肉食い |
信号手 | 幽霊と生身の人間の行動の一致 | 怪奇系 | 怪奇現象への恐さ |
「お前が犯人だ」 | 死体が飛び出してしゃべるということ 復讐のために人を殺して、その罪を人になすりつけた人の醜さ | 突然系 死体系 | ありえないことが突然起こる恐怖 人の醜さによる恐怖 |
盗賊の花むこ | 人食いを見てしまうこと、自分が食べられてしまうかもしれないこと | 食人系 | 人食い、間近に迫っていた死 |
ロカルノの女乞食 | 女乞食の幽霊、不思議さ | 怨念系 | 呪い、怨念、恨み |
緑の物怪 | 緑の怪物である子供、不思議さ | 怪奇系 | 奇形、怪奇 |
竈の中の顔 | 僧の存在 残酷な死体 | 怪奇系 | 何か正体のわからないものに対する恐怖 |
剣を鍛える話 | 生首3つの格闘 | グロテスク系 | グロテスクな恐さ |
断頭台の秘密 | 人の死を実験に利用しようとすること。 首が切れたあとも意識があること | 論理系 切断系 | 人間の知識への欲求への恐さ 信じられない事実への恐さ |
剃刀 | 失敗しただけで殺してしまう感情 | 切断系 異常心理系 | 人心 |
三浦右衛門の最後 | 人間の残忍さが見えるところ、読者の視点のゆらぎ、右衛門が死ぬまでの経緯 | 切断系 異常心理系 | 現在の倫理に反する残忍さ、読者の視点のゆらぎ、痛さ、切断 |
利根の渡 | 座頭の執念 | 怨念系 | 怨念 |
死後の恋 | 戦争の虐殺 | グロテスク系 切断系 | 残酷な恐さ |
網膜脈視症 | 子供が見ていたものが父の死だったこと、それを明かしていった精神分析の結果 | 論理系 深層心理系 | 事実が明らかになっていく恐さ、殺された現場の目撃 |
罪のあがない | 子供の冷酷さ非情さしつこさ | 切断系 | 気持ち悪さ |
ひも | 弱い者いじめをしたがる人々の性質、マジョリティになりたがる人々の性質、起こったできごとそのもの | 群集心理系 | 人間の性質、冤罪、群集心理 |
マウントドレイゴ卿の死 | 科学で説明がつかない怖さ、不思議さ | 怨念系 深層心理系 | 説明のつかない恐さ、怪奇 |
ごくつぶし | その理論 死に向かうしかない状況 | 論理系 | 人間の考え方への恐さ 死への恐さ |
貧家の子女がその両親並びに祖国にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案 | 赤ん坊を食べるということが当たり前のように描かれていること | 食人系 論理系 | 現在の倫理に反する恐さ |
ひかりごけ | 糾弾した人も気付かないうちに人肉を食べていたところ | 食人系 群集心理系 | 人間そのものが持っている存在の恐さ、追い詰められた人間、自覚しない動き、群集心理 |
作品分析結果一覧表2について、
二つの例によって、一致する話不一致な話を説明する。
「竈の中の顔」という題名から考えられる話の予想は「ホラー系で気味の悪い話」である。
実際の内容は「ホラー系で気味の悪い話」であるため、予想と内容が一致したということになる。。
「ひかりごけ」という題名から考えられる話の予想は「きれいで神秘的なイメージの話」である。
実際の内容は「食人についての実話を元にした話」であるため、予想と内容が一致しないということになる。
次に一致・不一致の判断基準について説明する。
「ジャンル」は、話の型・スタイルである。例えば『竈の中の顔』はホラーであり、『お前が犯人だ』はサスペンスである。
「性質」は、その事物に本来そなわっている特徴である。例えば『ひかりごけ』はきれいなこけではなく、食人をしたひとの背後にひかる輪のことである。
「問題解決」は題名から抱いた問題が解決するということである。例えば「断頭台の秘密」は秘密って何だろう、いわくつきの断頭台なのだろうかという疑問を抱きますが、読んだあとに秘密が予想と違う秘密であったことがわかるというもので、不一致となる。
次のグラフは先に述べた題名から考える話の予想と内容の一致・不一致の割合を示したものである。不一致が約75%を占めている。よって「恐い話は不一致の方が多い傾向にある」といえる。
次のグラフは判断基準別に見たものである。
どの判断基準においても不一致が上回る結果となった。そしてそれぞれを100%に直してグラフ化してみても、一致・不一致の割合は25:75になり、上の円グラフで示した一致・不一致の割合に非常に近い値になった。
登場人物は、こちらはそのまま登場人物の一人が題名となっているものである。「利根の渡」という作品がある。この作品は利根の渡し守が座頭を観察し始めたことから、ラストに座頭の過去を知る話である。
原因は、題名のものが恐さの元となっているものである。たとえば、蠅という作品は蠅が病気を持ってくることで、近しい者の裏切りがあり、人の本性に触れていく作品である。
恐怖対象は、その題名のもの自身が恐さになっているものである。例えば、先ほどのひかりごけは食人をすることで見えるという人の背後に現れる光の輪が物語の中で恐怖対象として描かれている。
結果は、物語を読み終えた後にその題名がなんたるかを理解できるものである。例えば、死後の恋という作品は、物語の中の人物が語る物語全体のことである。
そして、集計結果をグラフにしてみると、原因と登場人物が七割以上を占めていることがわかる。
以上より、恐い話は原因と登場人物を題名に置く傾向にあると言える。
さらに細かく分けて、一致不一致の基準別に見てみるとジャンルが多いことがわかる。
以上の分析結果より恐ろしい話は、題名からの予想と内容が一致しない傾向にある。
また、予想と内容の一致・不一致の割合は約25:75であり、それは判断基準別に見ても変わらず、さらに、判断基準はジャンルが過半数を超える。
そして、題名の役割が登場人物・原因となる割合が七割以上を占める。
以上より私たちが考えたことは
怖い部分の位置・分量を分析する。
左図は、怖い部分の長さと物語の全長の関係である。全長は600行以内、怖い部分の長さは全体の4割以内、という作品が多いことがわかる。5作品だけ飛びぬけた作品があるが、次の話と関連させて説明する。
左図は怖い話の構成についてのグラフである。
赤が怖い部分の前の叙述内容、黄色が怖い部分、青が怖い部分の後の叙述内容の長さである。このグラフの赤の部分を見れば、物語の前置きとして分量全体の1/4は必要であることがわかる。
作品の中で怖さを生んでいるものは何かを話し合い、設定したものである。
「怖さを生むもの」と死の関連について、作品を読んでいくとほとんどの作品の中で死がでてきていることに気がついた。
作品中に死が出てこない作品は23作品中1作品だった。
死が出てくるが怖さを生むものに関わっていない作品は23作品中2作品(「爪」「罪のあがない」)だった。「爪」という作品はある殺人事件で、現場に容疑者のはがれた爪が見つかり、爪がはがれている犯人が勤め先の料理店で、刑事に追い詰められ、指を切り落として逃げ、お客さんがその指を食べてしまうという話である。この作品の怖さを生むものは「指の調理を想像させるところ、指の処理と金持ちの奥さんが指を食べたことが同時に明らかになるところ」である。殺人事件として死がでてくるのと、その怖さを生むものは直接関わっていない。
同様の作品として「罪のあがない」がある。
他20作品は全て死が怖さを生むものに関わってた。このことから、死は怖さを生むものに関わりやすいが、死が必ず怖さを生むものに関連しているというわけではないということがわかった。
次に「怖ろしい話」において作品中の怖さを生むものではどのような特徴を持ったものが多いか調べるため左記の5つの観点より分類した。
現実に ありえる | グロテスク かどうか | 怨みがある | 主人公が 生み出して いるか | 突発的か どうか | |
---|---|---|---|---|---|
お前が犯人だ | ○ | × | × | ○ | ○ |
貧家の子女が〜 | ○ | × | × | ○ | ○ |
ごくつぶし | ○ | × | × | × | × |
網膜脈視症 | ○ | × | × | × | × |
ひも | ○ | × | × | × | × |
蠅 | ○ | × | × | × | × |
死後の恋 | ○ | ○ | × | × | ○ |
爪 | ○ | ○ | × | × | ○ |
詩人のナプキン | × | × | × | × | × |
信号手 | × | × | × | × | × |
緑の物怪 | × | × | × | × | × |
利根の渡 | × | × | ○ | × | × |
ロカルノの女乞食 | × | × | ○ | × | × |
マウントドレイゴ卿の死 | × | × | ○ | × | × |
断頭台の秘密 | ○ | ○ | × | × | × |
三浦右衛門の最後 | ○ | ○ | × | × | × |
盗賊の花むこ | ○ | ○ | × | × | × |
剣を鍛える話 | × | ○ | ○ | ○ | × |
竈の中の顔 | × | ○ | × | × | × |
ひかりごけ | × | × | × | × | ○ |
バッソンピエール元帥〜 | ○ | × | × | × | ○ |
罪のあがない | ○ | × | ○ | × | × |
剃刀 | ○ | ○ | × | ○ | × |
表を見て読み取れるように、同じ項目に○がついているもので分類すると作品数に偏りがなくいろんな種類の話があった。
現実にありえるものに○がついているもので恨みがあるものにも○がついているものは、ほとんどなかった。そのことから、怖さは理解できないものから生まれる。恨みによる行動は理屈にかなっていて怖さを生みにくい。ということが推測できる。「罪のあがない」の一作品のみが例外だった。
怖さを生むものがグロテスクであるものに、怖い場面が長いものがないという特徴があった。これは、怖さを生むものがグロテスクでないものである作品と怖さを生むものがグロテスクなものである作品とを比べて相対的に怖い場面が短かったということである。また、怖さを生むものがグロテスクであるものは、怖い場面のみを取り出しても怖いと感じることが多いという特徴があった。
主人公と読者の役割が一致している作品で主人公が怖さを生み出している作品は23作品中0作品だった。ここから、怖い場面で、読者と怖さを生みだしている人の視点が一致してしまうと、怖さを生み出している人の心情や行動の根拠が理解できるのでこわいと思いにくくなるのではないかという推測をたてた。
この推測をもとに1作品ずつ検討していくと、怖さを生む人と読者の役割が怖い場面で一致している作品「蠅」があった。蝿という作品は、蝿によって病気にかかってしまった人が、その病原菌をもっているかもしれない蝿がいとこにとまっているのを見つけたにも関わらず、自分は死んでしまうかもしれないのに、自分を置いて幸せになるいとこへのねたみからそのことを言わないという作品であった。怖い場面は、ねたみから蝿のことをいとこに言わないところだ。この作品では怖い場面での読者の視点がこわさを生み出している人物と一致することで、読者に自分も同じことをしてしまうかもしれないという感情を持たせることで怖さが増している作品といえる。
ここから人間が誰でも持っているねたみなどの本性を作品から読み取ることで怖さを増すものもあるということがいえる。
最後に、地の文の人称と、主人公・読者との関係についての分析を述べたい。
地の文の人称に関しては、何人称かという欄で、一人称か三人称かで分けている。「内部では三人称」や、「内部ではセリフのみ」という特殊なものもあるが、それは、作品内部でもとの世界から転じて、過去について語られるということで、主人公が変わったとみなし、内部では三人称での語りであると判断したものと、作品の内部に戯曲の台本が書かれており、台本であるからセリフのみとしているもののことである。
主人公の役割は、各作品の中で主人公とみられる人物が、作品内でどのような役割をもっているかをあらわしたものである。矢印を挟んで二つ書かれているものは、途中で転換しているもの。読者の役割は、各作品を読む読者が、作品の物語世界に対してどのような役割をもっているかをあらわしたものである。主人公と読者のどちらでも、内部では何々というようなカッコ書きがあるものがあるが、それは作品の内部で話が変わったり、主人公が変わったりしたことによって、一時的に役割が変わった作品において、つけられているものである。
読者の気持ちは、表現ゼミナール生8人が実際にその作品を読んだ時に抱いた気持ちを、端的に表せる言葉を書いてある。
それらのデータをもとに、ここでは、
人称 | 作品数 |
---|---|
一人称 | 5 |
一人称(話の内部では三人称) | 1 |
一人称(話の内部ではセリフのみ) | 1 |
三人称 | 15 |
人称は、何人称で書かれているかということを各作品について調べた。すると、
読者の役割 | 作品数 |
---|---|
観察者 | 18 |
聞き手(内部では観察者) | 1 |
聞き手(内部では読み手) | 1 |
読み手 | 2 |
読者の役割は、作品ごとに適すると思われるものを考えて充てたところ、
人称 | ||||
---|---|---|---|---|
読者の役割 | 三人称 | 一人称(話の内部では三人称) | 一人称(話の内部ではセリフのみ) | 一人称 |
観察者 | 15 | 0 | 0 | 3 |
聞き手(内部では観察者) | 0 | 1 | 0 | 0 |
聞き手(内部では読み手) | 0 | 0 | 1 | 0 |
読み手 | 0 | 0 | 0 | 2 |
人称 | ||||
---|---|---|---|---|
主人公の役割 | 三人称 | 一人称(話の内部では三人称) | 一人称(話の内部ではセリフのみ) | 一人称 |
被害者 | 8 | 0 | 0 | 0 |
被害者→探偵 | 1 | 0 | 0 | 0 |
加害者→被害者 | 1 | 0 | 0 | 0 |
無意識の加害者 | 1 | 0 | 0 | 0 |
提案者 | 1 | 0 | 0 | 0 |
観察者 | 2 | 0 | 0 | 1 |
観察者→探偵 | 0 | 0 | 0 | 1 |
語り手(内部では探偵) | 1 | 0 | 0 | 0 |
語り手→観察者 | 0 | 0 | 0 | 1 |
聞き手(内部では被害者) | 0 | 1 | 0 | 0 |
聞き手(内部では作者) | 0 | 0 | 1 | 0 |
語り手 | 0 | 0 | 0 | 0 |
著者・被害者 | 0 | 0 | 0 | 1 |
著者 | 0 | 0 | 0 | 1 |
主人公の役割は、作品ごとに適すると思われるものを考えて充てたところ、
「一人称」(全5作品)のときの主人公の役割は、「観察者」、「観察者→探偵」、「語り手→観察者」、「著者・被害者」、「著者」がそれぞれ1作品ずつであった。「一人称(内部では三人称)」(全1作品)のときの主人公の役割は、「観察者」であった。「一人称(内部ではセリフのみ)」(全1作品)のときの主人公の役割は、「聞き手(内部では作者)」であった。「三人称」(全15作品)のときの主人公の役割は、「被害者」が8作品、「観察者」が2作品、その他5つの役割が1作品ずつの割合であった。
このことから、三人称の作品では主人公は「被害者」であることが多いことや、一人称の作品では主人公の役割に偏りが出にくいことが分かる。
主人公の役割が「著者」であるとき読者の役割は「読み手」であり、また、主人公の役割が「語り手」であるとき読者の役割は「聞き手」であった。そして、主人公の役割がその他である場合はすべて、読者の役割は「観察者」であった。よって、前述の2例を例外とみなすことができ、読者の役割の変化によって例外が生み出されていると見ることもできる。読者の役割が「観察者」以外になったとき、主人公の役割もそれに対を成すことができる役割になっているので、読者の役割が「観察者」以外の場合、主人公の役割と読者の役割はお互いに対応しているといえる。また、主人公の役割は、読者の役割と比べて多様性があることが分かる。
客観 | 主観 |
---|---|
ほんまかいな | あれよあれよ |
ふしぎ | しんじられない |
なるほど | 理不尽 |
へぇ〜 | 少しはらはら |
やっぱり | はらはら |
すごい | かわいそう |
残虐 | |
爽快 | |
どきり |
読者の気持ちは、客観的なものと主観的なものに分けられると考える。読者が登場人物や物語世界に寄り添った形で抱く気持ちを、主観的な気持ちとし、「あれよあれよ」「しんじられない」「理不尽」「少しはらはら」「はらはら」「かわいそう」「残虐」「爽快」「どきり」をこれとした。それ以外の気持ちを客観的な気持ちとし、「ほんまかいな」「ふしぎ」「なるほど」「へぇ〜」「やっぱり」「すごい」をこれとした。
この中のいくつかについて、簡単な説明をしておく。
一人称の作品(6作品) 客観:7
1 ほんまかいな
主観:63 ふしぎ 2 なるほど 1 へぇ〜
4 あれよあれよ
1 しんじられない 1 理不尽 |
三人称の作品(16作品) 客観:8
2 やっぱり
主観:165 ふしぎ 1 すごい
4 かわいそう
4 はらはら 3 理不尽 1 少しはらはら 1 あれよあれよ 1 残虐だ 1 爽快 1 どきり |
主人公の役割を、大きく2つに分けた。1つめは、物語の中で立ち回る主人公、つまり物語内部に深くかかわってくる主人公である。この主人公がみられた作品は、全部で15作品あり、
主人公の役割 | 作品数 | 読者の気持ち | 客観 | 主観 |
---|---|---|---|---|
加害者 | 1 | 1 はらはら | 0 | 1 |
無意識の加害者 | 1 | 1 やっぱり 1 ふしぎ | 2 | 0 |
被害者 | 11 | 3 あれよあれよ 3 かわいそう 2 ふしぎ 2 理不尽 1 少しはらはら 1 やっぱり 1 残虐だ 1 はらはら | 3 | 11 |
提案者 | 1 | 1 すごい 1 はらはら | 1 | 1 |
加害者→被害者 | 1 | 1 理不尽 | 0 | 1 |
計 | 6 | 17 |
主人公の役割 | 作品数 | 読者の気持ち | 客観 | 主観 |
---|---|---|---|---|
語り手 | 2 | 1 理不尽 1 ふしぎ 1 はらはら | 1 | 2 |
語り手→観察者 | 1 | 1 なるほど 1 ふしぎ 1 あれよあれよ | 2 | 1 |
聞き手 | 1 | 1 ほんまかいな | 1 | 0 |
観察者 | 3 | 3 ふしぎ 1 かわいそう | 3 | 1 |
観察者→探偵 | 1 | 1 あれよあれよ | 0 | 1 |
著者 | 2 | 1 なるほど 1 しんじられない 1 へぇ〜 1 あれよあれよ | 2 | 2 |
探偵 | 2 | 1 爽快 1 どきり | 0 | 2 |
計 | 9 | 9 |
『恐ろしい話』における人称と主人公の役割と読者の役割と読者の気持ちとの関係を分析した結果からは、次のようなまとめをしたい。三人称で書かれることが多く、主人公の役割は被害者であることが多い。読者はそれらの作品に対して、主観的な、登場人物や物語世界に寄り添った気持ちを抱く傾向が強い。また、三人称で書かれる場合の読者の役割は観察者のみだが、一人称になると違う役割が出てくる。こういった特徴があって、『恐ろしい話』は恐さを生みだしている。
5作品 | 1作品 (内部で三人称) | 1作品 (内部ではセリフのみ) | |
---|---|---|---|
内容の分類 | 突然系・死体系・ 怪奇系・食人系・ 論理系・深層心理系・ 病気系 | グロテスク系・ 切断系 | 食人系・ 群集心理系 |
題名と内容 | 一致:1作品 不一致:4作品 | 不一致 | 不一致 |
全文における 怖い部分の割合 | 2〜22%:4作品 71%:1作品 | 9% | 3% |
番外として、他の分析の観点と、人称との関係を見てみる。一人称の作品と、他の観点との関係は、左図のようである。
内容の分類に関しては、特に傾向がみられない。題名と内容に関しては、一致:不一致=1:6であるので、不一致のものがかなり多いとわかる。このことは、題名からの分析のときと同じ結果であるので、説明は省く。全文における怖い部分の割合に関しては、3分の1以下:それ以上=6:1であるので、怖い部分が短い作品が多いとわかる。
16作品 | |
---|---|
内容の分類 | 怪奇系2・切断系5・ 異常心理系2・グロテスク系 ・論理系2・病気系2 ・怨念系3・深層心理系 ・群集心理系・食人系2 ・心理系 |
題名と内容 | 一致:6作品 不−致:10作品 |
全文における 怖い部分の割合 | 2〜24%:2作品 67〜75%:3作品 |
対して、三人称の作品と、他の観点との関係は、左図のようである。
内容の分類に関しては、切断系が5作品と、次いで怨念系が3作品と多い。これは、切断系や怨念系は、読者の想像力を超える内容であり、また作者自身が経験することも稀な内容であるため、三人称で書かれることが多いのだと考えられる。ここで、内部では三人称になる一人称の作品についても切断系が見られることから、切断系は三人称で書かれる傾向が強いといえる。
題名と内容に関しては、一致:不一致=3:5であり、不一致の方が若干多いという程度である。このことを一人称の作品での分析結果と比較すると、一人称の作品では題名と内容は不一致で書かれることが多く、三人称ではどちらも書かれるということがわかる。これは、主人公が登場人物であり語り手であるために、主人公とともに物語を追っていくという形式から、題名と内容に不一致を起こさせた方が面白みがあると考えられるからではないだろうか。
全文における怖い部分の割合に関しては、3分の1以内:半分程度:大部分=11:2:3であり、短いものが若干多いという程度である。このことを一人称の作品での分析結果と比較すると、一人称の作品では、主人公の思考(語り)とともに物語を追うために、だらだらと怖い部分が続く作品よりも、瞬間的な怖さをもつ作品を書かないと、面白みがなくなると考えられるからではないだろうか。