大阪教育大学 国語教育講座 野浪研究室 ←戻る counter
平成20年12月25日(木)
大阪教育大学柏原キャンパス
第44回 大阪教育大学国語教育学会
共同研究発表

恐い話の表現論的考察

―「恐ろしい話」に見られる表現方法―

国語表現ゼミナール

岩切仁美  岡田貴志  坂 知樹  田中啓太
南部豪志  廣田健心  宮腰隆弘  宮本真鈴
指導教員  野浪正隆
『恐ろしい話』カバー 目次
0. はじめに
1. 題名の効果について
2. 恐い部分の文量について
3. 恐さを生むものとその種類について
4. 地の文の人称と主人公と読者との関係について

0. はじめに

 私たちは「恐い話の表現論的考察」として、『恐ろしい話』という恐い話の本を分析した。
 『恐ろしい話』は、筑摩書房からの出版で、全23作で構成されているアンソロジーである。いわゆる幽霊話だけでなく、病気や殺人などの話も含まれている。
 それぞれの作品を分析した結果を一覧表にした。紙面の都合で「作品分析結果一覧表1」と「作品分析結果一覧表2」に分割している。

作品分析結果一覧表1
作品名題名からの話の予想(読む前/怖い話だという前提はない)一致・不一致とその根拠題名の役割全体行数怖い場面の始まりの行数怖い場面の始まり怖い場面の始まりの行数怖い場面の終わり(%)怖い場面の後の叙述内容の長さ怖い場面の長さ何人称か主人公の役割読者の役割読者の気持ち
詩人のナプキン清潔感の漂う美しい話不一致・ジャンル原因10966 60.6%80 73.4%26.6%13%三人称無意識の加害者観察者やっぱり・ふしぎ
バッソンピエール元帥の回想記から元帥という位の高い人間の過去の栄光を振り返る話不一致・性質登場人物277227 81.9%277 100.0%0.0%18%一人称著者、被害者読者あれよあれよ
汚い話だという印象を持つ一致・性質原因248195 78.6%248100.0%0.0%21%三人称被害者観察者かわいそう
爪が話とどのようにからむのか不一致・問題解決原因234230 98.3%234100.0%0.0%2%三人称語り手(内部では探偵)観察者はらはら→どきり
信号手鉄道を介して描かれる人間ドキュメント不一致・ジャンル登場人物379334 88.1%379100.0%0.0%12%一人称観察者観察者ふしぎ
「お前が犯人だ」サスペンス要素を含む一致・ジャンル原因360295 81.9%302 83.9%16.1%2%一人称観察者→探偵観察者あれよあれよ
盗賊の花むこ盗賊である男が花婿としてやってくる話一致・ジャンル登場人物11051 46.4%67 60.9%39.1%15%三人称被害者→探偵観察者はらはら→爽快
ロカルノの女乞食乞食のみじめな生涯の話不一致・ジャンル登場人物6717 25.4%67100.0%0.0%75%三人称被害者観察者ふしぎ・理不尽
緑の物怪ファンタジー不一致・ジャンル登場人物166115 69.3%155 93.4%6.6%24%三人称被害者観察者ふしぎ
竈の中の顔不気味だ一致・ジャンル原因247204 82.6%247100.0%0.0%17%三人称被害者観察者少しはらはら
剣を鍛える話修行や格闘が関係していそう不一致・ジャンル原因468294 62.8%396 84.6%15.4%22%三人称被害者観察者あれよあれよ
断頭台の秘密普通の断頭台とは何が違うのか、秘密とは何か不一致・問題解決結果312295 94.6%303 97.1%2.9%3%三人称提案者観察者すごい・はらはら
剃刀凶器として使われそう一致・性質原因199184 92.5%199100.0%0.0%8%三人称加害者観察者はらはら
三浦右衛門の最後華々しい人生の「最期」を描いた話不一致・性質登場人物186161 86.6%164 88.2%11.8%2%三人称被害者観察者かわいそう・残虐だ
利根の渡渡し守の生涯が人との出会いを通して描かれる話不一致・ジャンル登場人物290276 95.2%28397.6%2.4%2%三人称観察者観察者ふしぎ
死後の恋感動系で美しい話不一致・ジャンル結果501422 84.2%465 92.8%7.2%9%一人称(話の内部で三人称)聞き手(内部では被害者)聞き手(内部では観察者)ほんまかいな(あれよあれよ)
網膜脈視症目の難病についての話不一致・ジャンル原因493385 78.1%493100.0%0.0%22%一人称語り手→観察者観察者なるほど・ふしぎ・あれよあれよ
罪のあがない罪人が反省する話不一致・ジャンル結果151.00 81 53.6%141 93.4%6.6%40%三人称加害者→被害者観察者理不尽
ひもどういったひもなのか不一致・問題解決原因216142 65.7%216100.0%0.0%34%三人称被害者観察者理不尽・かわいそう
マウントドレイゴ卿の死どのようにマウントドレイゴ卿は死ぬのだろうか一致・問題解決登場人物720235 32.6%720100.0%0.0%67%三人称観察者観察者ふしぎ・かわいそう
ごくつぶし働かない、ダメな人の話不一致・性質恐怖対象12631 24.6%121 96.0%4.0%71%三人称被害者観察者やっぱり
貧家の子女がその両親並びに祖国にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案社会全体に利益がでそうな画期的な案不一致・性質恐怖対象21654 25.0%207 95.8%4.2%71%一人称著者読者なるほど・しんじられない・へぇ〜
ひかりごけきれいで神秘的なイメージの話不一致・性質恐怖対象10891055 96.9%1089100.0%0.0%3%一人称(話の内部ではセリフのみ)語り手(内部では作者)聞き手(内部では読者)理不尽・ふしぎ

 表の縦軸は、分析した各作品のタイトルである。
 表の横軸は、私たちが分析をする際に使用した観点である。

作品分析結果一覧表2
作品名恐さを生むもの内容の種類恐さの種類
詩人のナプキンナプキンによって病気がうつり4人が死んだこと
ナプキンに表れた絵
病気系病気の恐さ
怪奇現象への恐さ
バッソンピエール元帥の回想記からペストによって突然愛するものが死んだこと病気系病気
蠅の持ってくるおそろしい病人の症状、病人の妬みからくる裏切り病気系病気、追い詰められた人間の性質、裏切り
指の調理を想像させるところ、指の処理と金持ちの奥さんが指を食べたことが同時に明らかになるところ食人系
心理系
切断系
切断、痛さ、意図しないうちの人肉食い
信号手幽霊と生身の人間の行動の一致怪奇系怪奇現象への恐さ
「お前が犯人だ」死体が飛び出してしゃべるということ
復讐のために人を殺して、その罪を人になすりつけた人の醜さ
突然系
死体系
ありえないことが突然起こる恐怖
人の醜さによる恐怖
盗賊の花むこ人食いを見てしまうこと、自分が食べられてしまうかもしれないこと食人系人食い、間近に迫っていた死
ロカルノの女乞食女乞食の幽霊、不思議さ怨念系呪い、怨念、恨み
緑の物怪緑の怪物である子供、不思議さ怪奇系奇形、怪奇
竈の中の顔僧の存在
残酷な死体
怪奇系何か正体のわからないものに対する恐怖
剣を鍛える話生首3つの格闘グロテスク系グロテスクな恐さ
断頭台の秘密人の死を実験に利用しようとすること。
首が切れたあとも意識があること
論理系
切断系
人間の知識への欲求への恐さ
信じられない事実への恐さ
剃刀失敗しただけで殺してしまう感情切断系
異常心理系
人心
三浦右衛門の最後人間の残忍さが見えるところ、読者の視点のゆらぎ、右衛門が死ぬまでの経緯切断系
異常心理系
現在の倫理に反する残忍さ、読者の視点のゆらぎ、痛さ、切断
利根の渡座頭の執念怨念系怨念
死後の恋戦争の虐殺グロテスク系
切断系
残酷な恐さ
網膜脈視症子供が見ていたものが父の死だったこと、それを明かしていった精神分析の結果論理系
深層心理系
事実が明らかになっていく恐さ、殺された現場の目撃
罪のあがない子供の冷酷さ非情さしつこさ切断系気持ち悪さ
ひも弱い者いじめをしたがる人々の性質、マジョリティになりたがる人々の性質、起こったできごとそのもの群集心理系人間の性質、冤罪、群集心理
マウントドレイゴ卿の死科学で説明がつかない怖さ、不思議さ怨念系
深層心理系
説明のつかない恐さ、怪奇
ごくつぶしその理論
死に向かうしかない状況
論理系人間の考え方への恐さ
死への恐さ
貧家の子女がその両親並びに祖国にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案赤ん坊を食べるということが当たり前のように描かれていること食人系
論理系
現在の倫理に反する恐さ
ひかりごけ糾弾した人も気付かないうちに人肉を食べていたところ食人系
群集心理系
人間そのものが持っている存在の恐さ、追い詰められた人間、自覚しない動き、群集心理

作品分析結果一覧表2について、


1.題名分析

題名から考えられる話の予想と内容との相関について

一致する話・不一致な話

(例)竃の中の顔 ⇒一致(予想)ホラー系で気味の悪い話
(実際)ホラー系で気味の悪い話
(例)ひかりごけ ⇒不一致(予想)きれいで神秘的なイメージの話
(実際)食入についての実話を元にした話

 二つの例によって、一致する話不一致な話を説明する。
 「竈の中の顔」という題名から考えられる話の予想は「ホラー系で気味の悪い話」である。
 実際の内容は「ホラー系で気味の悪い話」であるため、予想と内容が一致したということになる。。
 「ひかりごけ」という題名から考えられる話の予想は「きれいで神秘的なイメージの話」である。
 実際の内容は「食人についての実話を元にした話」であるため、予想と内容が一致しないということになる。

一致・不一致の判断基準

 次に一致・不一致の判断基準について説明する。
 「ジャンル」は、話の型・スタイルである。例えば『竈の中の顔』はホラーであり、『お前が犯人だ』はサスペンスである。
 「性質」は、その事物に本来そなわっている特徴である。例えば『ひかりごけ』はきれいなこけではなく、食人をしたひとの背後にひかる輪のことである。  「問題解決」は題名から抱いた問題が解決するということである。例えば「断頭台の秘密」は秘密って何だろう、いわくつきの断頭台なのだろうかという疑問を抱きますが、読んだあとに秘密が予想と違う秘密であったことがわかるというもので、不一致となる。

次のグラフは先に述べた題名から考える話の予想と内容の一致・不一致の割合を示したものである。不一致が約75%を占めている。よって「恐い話は不一致の方が多い傾向にある」といえる。

次のグラフは判断基準別に見たものである。
どの判断基準においても不一致が上回る結果となった。そしてそれぞれを100%に直してグラフ化してみても、一致・不一致の割合は25:75になり、上の円グラフで示した一致・不一致の割合に非常に近い値になった。

題名の役割

話の中での題名の役割について

 登場人物は、こちらはそのまま登場人物の一人が題名となっているものである。「利根の渡」という作品がある。この作品は利根の渡し守が座頭を観察し始めたことから、ラストに座頭の過去を知る話である。
 原因は、題名のものが恐さの元となっているものである。たとえば、蠅という作品は蠅が病気を持ってくることで、近しい者の裏切りがあり、人の本性に触れていく作品である。
 恐怖対象は、その題名のもの自身が恐さになっているものである。例えば、先ほどのひかりごけは食人をすることで見えるという人の背後に現れる光の輪が物語の中で恐怖対象として描かれている。
 結果は、物語を読み終えた後にその題名がなんたるかを理解できるものである。例えば、死後の恋という作品は、物語の中の人物が語る物語全体のことである。
そして、集計結果をグラフにしてみると、原因と登場人物が七割以上を占めていることがわかる。
以上より、恐い話は原因と登場人物を題名に置く傾向にあると言える。
さらに細かく分けて、一致不一致の基準別に見てみるとジャンルが多いことがわかる。
以上の分析結果より恐ろしい話は、題名からの予想と内容が一致しない傾向にある。
また、予想と内容の一致・不一致の割合は約25:75であり、それは判断基準別に見ても変わらず、さらに、判断基準はジャンルが過半数を超える。
そして、題名の役割が登場人物・原因となる割合が七割以上を占める。
以上より私たちが考えたことは

ということである。

2. 恐い部分の文量について

2.1 怖い話の長さと全長の関係

 怖い部分の位置・分量を分析する。
左図は、怖い部分の長さと物語の全長の関係である。全長は600行以内、怖い部分の長さは全体の4割以内、という作品が多いことがわかる。5作品だけ飛びぬけた作品があるが、次の話と関連させて説明する。

2.2 怖い話を始めるためには

 左図は怖い話の構成についてのグラフである。
 赤が怖い部分の前の叙述内容、黄色が怖い部分、青が怖い部分の後の叙述内容の長さである。このグラフの赤の部分を見れば、物語の前置きとして分量全体の1/4は必要であることがわかる。

例外について

ひかりごけ……
2部構成になっているため全長が長くなっている。2部目は演劇の台本になっており、怖い部分はその演劇のクライマックスにあるため、割合としてこわい部分の長さが短い。
ロカルノの女乞食・貧家の…・ごくつぶし・マウンドドレイゴ卿…
 そして最後に例外について説明する。
 ヒカリゴケに関しては、その作品構成の関係上全長が長くなり怖い部分が短くなっている。
 ロカルノの女乞食・貧家の…・ごくつぶし・マウンドドレイゴ卿…、は左記のような共通点が見られた。


 

3. 「怖さを生むもの」について

【怖さを生むものと死の関連】

作品中に死が出てこない作品
 23作品中1作品 『緑の物怪』
死が出てくるが怖さを生むものに関わっていない作品
 23作品中1作品 『爪』『罪のあがない』

他20作品は全て死が怖さを生むものに関わっている。
死は怖さを生むものに関わりやすいが、死が必ず怖さを生むものに関連しているというわけではない。

 作品の中で怖さを生んでいるものは何かを話し合い、設定したものである。
 「怖さを生むもの」と死の関連について、作品を読んでいくとほとんどの作品の中で死がでてきていることに気がついた。
 作品中に死が出てこない作品は23作品中1作品だった。
 死が出てくるが怖さを生むものに関わっていない作品は23作品中2作品(「爪」「罪のあがない」)だった。「爪」という作品はある殺人事件で、現場に容疑者のはがれた爪が見つかり、爪がはがれている犯人が勤め先の料理店で、刑事に追い詰められ、指を切り落として逃げ、お客さんがその指を食べてしまうという話である。この作品の怖さを生むものは「指の調理を想像させるところ、指の処理と金持ちの奥さんが指を食べたことが同時に明らかになるところ」である。殺人事件として死がでてくるのと、その怖さを生むものは直接関わっていない。
 同様の作品として「罪のあがない」がある。
 他20作品は全て死が怖さを生むものに関わってた。このことから、死は怖さを生むものに関わりやすいが、死が必ず怖さを生むものに関連しているというわけではないということがわかった。


怖さを生むものを以下の5つの観点より分類した。

 次に「怖ろしい話」において作品中の怖さを生むものではどのような特徴を持ったものが多いか調べるため左記の5つの観点より分類した。

怖さを生むもの分析結果一覧表
現実に ありえるグロテスク
かどうか
怨みがある主人公が
生み出して
いるか
突発的か
どうか
お前が犯人だ × ×
貧家の子女が〜× ×
ごくつぶし × × × ×
網膜脈視症 × × × ×
ひも × × × ×
× × × ×
死後の恋 × ×
× ×
詩人のナプキン × × × × ×
信号手 × × × × ×
緑の物怪 × × × × ×
利根の渡 × × × ×
ロカルノの女乞食 × × × ×
マウントドレイゴ卿の死 × × × ×
断頭台の秘密 × × ×
三浦右衛門の最後 × × ×
盗賊の花むこ × × ×
剣を鍛える話 × ×
竈の中の顔 × × × ×
ひかりごけ × × × ×
バッソンピエール元帥〜× × ×
罪のあがない × × ×
剃刀 × ×

 表を見て読み取れるように、同じ項目に○がついているもので分類すると作品数に偏りがなくいろんな種類の話があった。
 現実にありえるものに○がついているもので恨みがあるものにも○がついているものは、ほとんどなかった。そのことから、怖さは理解できないものから生まれる。恨みによる行動は理屈にかなっていて怖さを生みにくい。ということが推測できる。「罪のあがない」の一作品のみが例外だった。


 怖さを生むものと怖い場面の長さについて、

 怖さを生むものがグロテスクであるものに、怖い場面が長いものがないという特徴があった。これは、怖さを生むものがグロテスクでないものである作品と怖さを生むものがグロテスクなものである作品とを比べて相対的に怖い場面が短かったということである。また、怖さを生むものがグロテスクであるものは、怖い場面のみを取り出しても怖いと感じることが多いという特徴があった。

 怖さを生むものと主人公・読者の役割について、

 主人公と読者の役割が一致している作品で主人公が怖さを生み出している作品は23作品中0作品だった。ここから、怖い場面で、読者と怖さを生みだしている人の視点が一致してしまうと、怖さを生み出している人の心情や行動の根拠が理解できるのでこわいと思いにくくなるのではないかという推測をたてた。
 この推測をもとに1作品ずつ検討していくと、怖さを生む人と読者の役割が怖い場面で一致している作品「蠅」があった。蝿という作品は、蝿によって病気にかかってしまった人が、その病原菌をもっているかもしれない蝿がいとこにとまっているのを見つけたにも関わらず、自分は死んでしまうかもしれないのに、自分を置いて幸せになるいとこへのねたみからそのことを言わないという作品であった。怖い場面は、ねたみから蝿のことをいとこに言わないところだ。この作品では怖い場面での読者の視点がこわさを生み出している人物と一致することで、読者に自分も同じことをしてしまうかもしれないという感情を持たせることで怖さが増している作品といえる。
 ここから人間が誰でも持っているねたみなどの本性を作品から読み取ることで怖さを増すものもあるということがいえる。

4. 地の文の人称と主人公と読者との関係について

 最後に、地の文の人称と、主人公・読者との関係についての分析を述べたい。
 地の文の人称に関しては、何人称かという欄で、一人称か三人称かで分けている。「内部では三人称」や、「内部ではセリフのみ」という特殊なものもあるが、それは、作品内部でもとの世界から転じて、過去について語られるということで、主人公が変わったとみなし、内部では三人称での語りであると判断したものと、作品の内部に戯曲の台本が書かれており、台本であるからセリフのみとしているもののことである。
 主人公の役割は、各作品の中で主人公とみられる人物が、作品内でどのような役割をもっているかをあらわしたものである。矢印を挟んで二つ書かれているものは、途中で転換しているもの。読者の役割は、各作品を読む読者が、作品の物語世界に対してどのような役割をもっているかをあらわしたものである。主人公と読者のどちらでも、内部では何々というようなカッコ書きがあるものがあるが、それは作品の内部で話が変わったり、主人公が変わったりしたことによって、一時的に役割が変わった作品において、つけられているものである。
 読者の気持ちは、表現ゼミナール生8人が実際にその作品を読んだ時に抱いた気持ちを、端的に表せる言葉を書いてある。
 それらのデータをもとに、ここでは、

@人称と読者の役割
A人称と主人公の役割
B主人公の役割と読者の役割
C人称と読者の気持ち
D主人公の役割と読者の気持ち
の5項目から分析をしていく。

 @人称と読者の役割との関係の傾向

何人称で書かれているか

人称作品数
一人称5
一人称(話の内部では三人称)1
一人称(話の内部ではセリフのみ)1
三人称15

 人称は、何人称で書かれているかということを各作品について調べた。すると、

「一人称」の作品が5作品、 「一人称(話の内部では三人称)」が1作品、 「一人称(話の内部ではセリフのみ)」が1作品、 「三人称」の作品が15作品
であった。
 一人称の作品で括弧書きのあるものについて、補足説明をしておく。話の内部では三人称という補足がある一人称の作品は、作品中の一部分で主人公の立ち位置が変わり、語り手が三人称になっている作品のことである。話の内部ではセリフのみという補足がある一人称の作品は、作品中の一部分で戯曲の台本が書き連ねられて物語を構成している部分があるので、その部分ではセリフのみが書かれ、語り手が存在していない作品のことである。
読者の役割は

読者の役割作品数
観察者18
聞き手(内部では観察者)1
聞き手(内部では読み手)1
読み手2

 読者の役割は、作品ごとに適すると思われるものを考えて充てたところ、

「観察者」が18作品
「聞き手(内部では観察者)」が1作品
「聞き手(内部では読み手)」が1作品
「読み手」が2作品
であった。
 括弧書きのあるものについて、補足説明をしておく。内部では観察者・読み手である聞き手というのは、作品中の一部分で読者の役割が変わり、観察者・読み手になっている部分もある作品のことである。
人称と読者の役割との関係
人称
読者の役割三人称一人称(話の内部では三人称)一人称(話の内部ではセリフのみ)一人称
観察者15003
聞き手(内部では観察者)0100
聞き手(内部では読み手)0010
読み手0002
 人称と読者の役割との関係を調べるため、人称に対する読者の役割の割合を調べた。
 「一人称」のとき、読者の役割は
「観察者」であることが60%、 「読み手」であることが40%
だった。
 「一人称(内部では三人称)」のとき、読者の役割は「聞き手(内部では観察者)」であること 「一人称(内部ではセリフのみ)」のとき、読者の役割は「聞き手(内部では読み手)」であること 「三人称」のとき、読者の役割は「観察者」であること
は、それぞれ全て100%だった。
 このことから、三人称の作品では読者は必ず「観察者」になっていることや、一人称の作品では「観察者」以外の役割も読者には与えられることがあるということが分かる。また、「一人称」に対しては、読者は「観察者」、「読み手」、「聞き手」という役割になり、「セリフ」に対しては「読み手」になるように、読者は語りの形によって役割を変えることになるということが分かる。

A人称と主人公の役割との関係の傾向

人称と主人公の役割との関係
人称
主人公の役割三人称一人称(話の内部では三人称)一人称(話の内部ではセリフのみ)一人称
被害者8000
被害者→探偵1000
加害者→被害者1000
無意識の加害者1000
提案者1000
観察者2001
観察者→探偵0001
語り手(内部では探偵)1000
語り手→観察者0001
聞き手(内部では被害者)0100
聞き手(内部では作者)0010
語り手0000
著者・被害者0001
著者0001

 主人公の役割は、作品ごとに適すると思われるものを考えて充てたところ、

「被害者」8作品、
「被害者→探偵」1作品、
「加害者→被害者」1作品、
「無意識の加害者」1作品、
「提案者」1作品、
「観察者」3作品、
「観察者→探偵」1作品、
「語り手(内部では探偵)」1作品、
「語り手→観察者」1作品、
「聞き手(内部では被害者)」1作品、
「聞き手(内部では作者)」1作品、
「著者」が1作品、
「著者・被害者」が1作品
だった。
 複数の役割がある主人公がいたので、それを表すために用いた記号の意味を説明しておく。まず、「○○→△△」は、作品中に主人公の役割が○○から△△に転換することを表している。「○○(内部では△△)」は、○○だった主人公が作品中の一部分において△△になり、また○○に戻るということを表している。「○○・△△」は、両方の役割を同時に持っていることを表している。

 「一人称」(全5作品)のときの主人公の役割は、「観察者」、「観察者→探偵」、「語り手→観察者」、「著者・被害者」、「著者」がそれぞれ1作品ずつであった。「一人称(内部では三人称)」(全1作品)のときの主人公の役割は、「観察者」であった。「一人称(内部ではセリフのみ)」(全1作品)のときの主人公の役割は、「聞き手(内部では作者)」であった。「三人称」(全15作品)のときの主人公の役割は、「被害者」が8作品、「観察者」が2作品、その他5つの役割が1作品ずつの割合であった。
 このことから、三人称の作品では主人公は「被害者」であることが多いことや、一人称の作品では主人公の役割に偏りが出にくいことが分かる。


B主人公の役割と読者の役割との関係の傾向

人称と主人公の役割との関係
三人称のときの主人公の役割

 主人公の役割が「著者」であるとき読者の役割は「読み手」であり、また、主人公の役割が「語り手」であるとき読者の役割は「聞き手」であった。そして、主人公の役割がその他である場合はすべて、読者の役割は「観察者」であった。よって、前述の2例を例外とみなすことができ、読者の役割の変化によって例外が生み出されていると見ることもできる。読者の役割が「観察者」以外になったとき、主人公の役割もそれに対を成すことができる役割になっているので、読者の役割が「観察者」以外の場合、主人公の役割と読者の役割はお互いに対応しているといえる。また、主人公の役割は、読者の役割と比べて多様性があることが分かる。

 C人称と読者の気持ちとの関係の傾向

読者が抱く気持ち
客観主観
ほんまかいなあれよあれよ
ふしぎしんじられない
なるほど理不尽
へぇ〜少しはらはら
やっぱりはらはら
すごいかわいそう
 残虐
 爽快
 どきり

 読者の気持ちは、客観的なものと主観的なものに分けられると考える。読者が登場人物や物語世界に寄り添った形で抱く気持ちを、主観的な気持ちとし、「あれよあれよ」「しんじられない」「理不尽」「少しはらはら」「はらはら」「かわいそう」「残虐」「爽快」「どきり」をこれとした。それ以外の気持ちを客観的な気持ちとし、「ほんまかいな」「ふしぎ」「なるほど」「へぇ〜」「やっぱり」「すごい」をこれとした。
 この中のいくつかについて、簡単な説明をしておく。

「ふしぎ」は、読み終わった後に主題に近いことに関して理由を考えたくなる気持ちのこと。
「やっぱり」は、展開が想定内だったために抱く気持ちのこと。
「あれよあれよ」というのは、「やっぱり」という気持ちとは反対に、想定外のことがどんどん展開していく状態で抱く気持ちであり、主人公に近い心理状態で抱く気持ちだと判断したため、主観的とした。
「理不尽」は、ひどいとか理屈に合っていないといった感想を包括する言葉。これは、読者が主人公に寄り添って抱く気持ちだと判断したため、主観的とした。
「少しはらはら」は、先が見えない状態だが何となく怖い気がする状態で抱く気持ちのこと。
「はらはら」は、それとは違い、展開がある程度読めている、先が見えている状態で抱く気持ちのこと。
このふたつは作品世界に寄り添った気持であると判断したため、主観的とした。

人称と読者の気持ちとの関係の傾向
一人称の作品(6作品)
客観:7
1 ほんまかいな
3 ふしぎ
2 なるほど
1 へぇ〜
主観:6
4 あれよあれよ
1 しんじられない
1 理不尽
 一人称の作品は、全部で6作品あったが、読者の気持ちの延べ数は次のようであった。客観が7つで、「ほんまかいな」が1、「ふしぎ」が3、「なるほど」が2、「へぇ〜」が1、主観が6つで、「あれよあれよ」が4、「しんじられない」が1、「理不尽」が1だった。客観:主観=7:6なので、割合としてはあまり違わないとみえる。
 このことから、一人称の作品については、次のような推測をした。一人称の作品では、登場人物として物語内に存在する主人公と、語り手として読者に対してアプローチする主人公がいることになるため、読者は主人公を二面的にみている。よって、作品を読んだときに抱く気持ちは、客観主観の偏りがないのではないだろうか。
人称と読者の気持ちとの関係の傾向
三人称の作品(16作品)
客観:8
2 やっぱり
5 ふしぎ
1 すごい
主観:16
4 かわいそう
4 はらはら
3 理不尽
1 少しはらはら
1 あれよあれよ
1 残虐だ
1 爽快
1 どきり
 三人称の作品は全部で16作品あったが、読者の気持ちの延べ数は次のようであった。客観が8つで、「やっぱり」が2、「ふしぎ」が5、「すごい」が1、主観が16で、「少しはらはら」が1、「はらはら」が4、「あれよあれよ」が1、「理不尽」が3、「かわいそう」が4、「残虐」が1、「爽快」が1、「どきり」が1だった。客観:主観=1:2なので、主観に偏る傾向があるとみえる。
 このことから、三人称の作品については、次のような推測をした。三人称の作品では、読者は語り手を通して物語世界を見るが、この語り手というのは物語から離れた第三者である。そのため、語り手は客観的に物語世界を見、その語り手を通じて物語世界を見る読者は、語り手よりも離れたところから見ることになる。しかし、読者というのは物語世界に入りたがる傾向を持っているので、入ってみようとした結果、より近くに存在することになって主観的な気持ちを抱きやすいのではないだろうか。

D主人公の役割と読者の気持ちとの関係の傾向

 主人公の役割を、大きく2つに分けた。1つめは、物語の中で立ち回る主人公、つまり物語内部に深くかかわってくる主人公である。この主人公がみられた作品は、全部で15作品あり、

「加害者」が1作品
「無意識の加害者」が1作品
「被害者」が11作品
「加害者→被害者」が1作品
「提案者」が1作品
だった。
 もう1つは、物語の内容にはあまり関わらない主人公、つまり物語の中に存在はしているものの展開には関わらない主人公だ。この主人公がみられた作品は、全部で12作品あり、
「語り手」が2作品
「語り手→観察者」が1作品
「聞き手」が1作品
「観察者」が3作品
「観察者→探偵」が1作品
「著者」が2作品
「探偵」が2作品
だった。
主人公の役割と、読者の気持ちとの関係の傾向
物語の中で、立ち回りをする主人公
主人公の役割作品数読者の気持ち客観主観
加害者11 はらはら01
無意識の加害者11 やっぱり 1 ふしぎ20
被害者113 あれよあれよ 3 かわいそう
2 ふしぎ 2 理不尽
1 少しはらはら 1 やっぱり
1 残虐だ 1 はらはら 
311
提案者11 すごい 1 はらはら11
加害者→被害者11 理不尽01
617
 物語の中で立ち回る主人公のいる作品に対して、読者が抱く気持ちの延べ数は、次のようである。「加害者」は「はらはら」が1、「無意識の加害者」は「やっぱり」と「ふしぎ」がそれぞれ1ずつ、「加害者→被害者」は「理不尽」が1、「提案者」は「すごい」と「はらはら」がそれぞれ1ずつ、「被害者は「少しはらはら」が1、「あれよあれよ」が3、「やっぱり」が1、「ふしぎ」が2、「理不尽」が2、「かわいそう」が3、「残虐」が1、「はらはら」が1だった。
 これらを表にすると、左図のようになり、客観:主観=3:7なので、主観に偏る傾向があることがわかる。このことから、次のようなことを推測した。主人公が物語内で立ち回ると、それを見ている読者は主人公に寄り添いやすくなるので、主観的な気持ちを抱きやすくなるのではないだろうか。
主人公の役割と、読者の気持ちとの関係の傾向
物語の内容にはあまり関わらない主人公
主人公の役割作品数読者の気持ち客観主観
語り手21 理不尽 1 ふしぎ 
1 はらはら
12
語り手→観察者11 なるほど 1 ふしぎ 
1 あれよあれよ
21
聞き手11 ほんまかいな10
観察者33 ふしぎ 1 かわいそう31
観察者→探偵11 あれよあれよ01
著者21 なるほど 1 しんじられない
1 へぇ〜 1 あれよあれよ
22
探偵21 爽快 1 どきり02
99
 物語の内容にはあまり関わらない主人公のいる作品に対して、読者が抱く気持ちは次のようである。「語り手」は「理不尽」と「ふしぎ」と「はらはら」がそれぞれ1ずつ、「語り手→観察者」は「なるほど」と「ふしぎ」と「あれよあれよ」がそれぞれ1ずつ、「観察者」は「ふしぎ」が3、「かわいそう」が1、「聞き手」は「ほんまかいな」が1、「観察者→探偵」は「あれよあれよ」が1、「著者」は「なるほど」と「しんじられない」と「へぇ〜」と「あれよあれよ」がそれぞれ1ずつ、「探偵」は「爽快」と「どきり」がそれぞれ1ずつだった。
  これらを表にすると、左図のようになり、客観:主観=1:1なので、割合としては違わないことがわかる。このことから、次のようなことを推測した。主人公が物語の内容に関わらないと、読者は、一人称の作品の傾向に同じく、語り手としての主人公と登場人物としての主人公をみることになるため、客観主観の偏りをもたないのではないだろうか。
  ここで注目したいのが、右図において、主人公の役割が「探偵」である場合には、必ず主観的な気持ちのみを抱いていることだ。このことについて、次のように推測した。「探偵」は、不特定多数に対して語る「語り手」とは違い、読者に直接的に語りかけてくるため、主観的な気持ちのみになるのではないだろうか。
  人称または主人公の役割と、読者の気持ちとの関係の傾向からは、次のようなまとめをしたい。読者は、語り手や主人公の立ち位置に応じて、自らの立ち位置を決めて、作品を読んでいると考えられる。

 『恐ろしい話』における人称と主人公の役割と読者の役割と読者の気持ちとの関係を分析した結果からは、次のようなまとめをしたい。三人称で書かれることが多く、主人公の役割は被害者であることが多い。読者はそれらの作品に対して、主観的な、登場人物や物語世界に寄り添った気持ちを抱く傾向が強い。また、三人称で書かれる場合の読者の役割は観察者のみだが、一人称になると違う役割が出てくる。こういった特徴があって、『恐ろしい話』は恐さを生みだしている。

他の分析の観点と人称との関係

一人称の作品と他の観点との関係
5作品1作品
(内部で三人称)
1作品
(内部ではセリフのみ)
内容の分類突然系・死体系・
怪奇系・食人系・
論理系・深層心理系・
病気系
グロテスク系・
切断系
食人系・
群集心理系
題名と内容一致:1作品
不一致:4作品
不一致不一致
全文における
怖い部分の割合
2〜22%:4作品
71%:1作品
9%3%

 番外として、他の分析の観点と、人称との関係を見てみる。一人称の作品と、他の観点との関係は、左図のようである。
 内容の分類に関しては、特に傾向がみられない。題名と内容に関しては、一致:不一致=1:6であるので、不一致のものがかなり多いとわかる。このことは、題名からの分析のときと同じ結果であるので、説明は省く。全文における怖い部分の割合に関しては、3分の1以下:それ以上=6:1であるので、怖い部分が短い作品が多いとわかる。

三人称の作品と他の観点との関係
 16作品
内容の分類怪奇系2・切断系5・
異常心理系2・グロテスク系
・論理系2・病気系2
・怨念系3・深層心理系
・群集心理系・食人系2
・心理系
題名と内容一致:6作品
不−致:10作品
全文における
怖い部分の割合
2〜24%:2作品
67〜75%:3作品

 対して、三人称の作品と、他の観点との関係は、左図のようである。
 内容の分類に関しては、切断系が5作品と、次いで怨念系が3作品と多い。これは、切断系や怨念系は、読者の想像力を超える内容であり、また作者自身が経験することも稀な内容であるため、三人称で書かれることが多いのだと考えられる。ここで、内部では三人称になる一人称の作品についても切断系が見られることから、切断系は三人称で書かれる傾向が強いといえる。
 題名と内容に関しては、一致:不一致=3:5であり、不一致の方が若干多いという程度である。このことを一人称の作品での分析結果と比較すると、一人称の作品では題名と内容は不一致で書かれることが多く、三人称ではどちらも書かれるということがわかる。これは、主人公が登場人物であり語り手であるために、主人公とともに物語を追っていくという形式から、題名と内容に不一致を起こさせた方が面白みがあると考えられるからではないだろうか。
 全文における怖い部分の割合に関しては、3分の1以内:半分程度:大部分=11:2:3であり、短いものが若干多いという程度である。このことを一人称の作品での分析結果と比較すると、一人称の作品では、主人公の思考(語り)とともに物語を追うために、だらだらと怖い部分が続く作品よりも、瞬間的な怖さをもつ作品を書かないと、面白みがなくなると考えられるからではないだろうか。

 
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