岡田淳作品におけるプロットの分析

2013年度卒業論文

「岡田淳の物語作品における表現特性の研究」

大阪教育大学教育学部

学校教育教員養成課程国語教育専攻小学校コース

国語表現ゼミナール

学籍番号　102137 吉岡友美

指導教官　野浪正隆先生

序章　はじめに

第一章　研究対象について

第一節研究動機

第二節研究方法・研究目的

第三節　岡田淳について

　　第一項　岡田淳の経歴

　　第二項　創作手法

第二章　岡田淳作品の表現特性

　第一節　場面設定の方法　

第一項＜日常＞の設定

第二項＜日常＞における心理状態

第二節　登場人物設定

第一項　登場人物設定

第二項　主要人物設定

第三節　＜非日常＞への入り口　

第一項　＜非日常＞の引き金となる装置

第二項　＜装置＞とタイトルの関係

第三節語りの枠組み

第三章　考察

終章　おわりに

　第一節　今後の課題

　第二節　謝辞

文献ほか

序章　はじめに

　この論文は、かつて小学校の教員をしており、現在も児童文学作家として活動している作家岡田淳の物語作品の表現特性を明らかにしようとするものである。岡田淳の物語の表現特性を明らかにするために、岡田淳の物語作品の中でも短編連作小説を今回の研究対象とした。場面設定、＜非日常＞への入り口となる装置、登場人物設定、語りの枠組みという四つのポイントの分析・考察を研究の中心として研究を進めてきた。分析結果を元に、岡田淳自身の考えや先行研究等と併せて、岡田淳の物語の表現特性についての一考察とする。

第一章研究対象について

　第一節　研究動機

　大学に入り、自分が小学校の教員を目指すようになって、児童文学作品に触れる機会が多くなった。そんな中で、小学校の教員（図工専科）をしながら作家として数多くの作品を生み出し、退職してからも作家活動を続けている岡田淳という児童文学作家に出会った。岡田淳の作品は、小学生を主人公にしたものがほとんどであるが、大学生の自分も、岡田淳の作品を読んでいくうちにその面白さに引き込まれ、その魅力を明らかにしたいと考えるようになった。岡田淳自身が小学校教員をしていたこともあり、その作品は、その多くが学校を舞台にしたものである。学校に通う小学生たちの日常生活のほんの些細なこと、小さな出来事から＜不思議＞の世界へと入っていく作品は、毎日実際に小学校に通っている小学生が親しみやすいのもうなずける。しかし、岡田淳の魅力は、もちろん舞台設定だけではない。今回は、岡田淳全集『ファンタジーの森で』に収められている作品の中から短編小説、短編連作小説にスポットを当て、その設定や構造の特徴を研究していくこととした。

第二節　研究方法・研究目的

岡田淳の描く物語作品の特徴を明らかにし、岡田淳という作家の描く物語作品の＜おもしろさ＞の要素を明らかにすることを目的とする。そのために、分析する項目として大きく四つの観点を設けた。物語内において、場面設定・＜日常＞から＜非日常＞へと移行するための＜装置＞・登場人物設定・語りの枠組みという四つの観点から分析を行い、それらの傾向と、それぞれが生み出す効果を分析していく。岡田淳自身の描くエッセイ集や先行研究も参考にしながら、岡田淳の描くファンタジーの表現特性を明らかにしていく。

第三節　岡田淳について

　　第一項　岡田淳の経歴

　作家岡田淳の経歴を、雑誌『飛ぶ教室　第34号』の中の「年譜＆エッセイ「ぼくをつくるもの」」よりまとめた。（注1）

年	出来事	居住、勤務先等	出版物
1947.1.16	兵庫県西宮市に生まれる。父俊一、母チエの長男。姉弘子、祖母ミヨと5人家族。	兵庫県西宮市
1953.4	西宮市立上甲子園小学校に入学。	西宮市立上甲子園小学校
1956	大阪市立新森小路小学校に転校。	大阪市立新森小路小学校
1962.4	大阪府立清水谷高等学校に入学。中学校の先輩の勧誘で演劇部に入部する。	大阪府立清水谷高等学校
1965	神戸大学教育学部美術科に入学。高校演劇部以来の先輩藤村洋一の誘いで<さそり座>を結成。	神戸大学教育学部美術科
1966			『星泥棒』（私家版）
1969.3	4月、西宮市の教員として採用され、西宮市立夙川小学校で図工の専科教師となる。	兵庫県立夙川小学校
1971			マンガ集『個人的ピラミッドへの挑戦』（私家版）を出版。
1972			マンガ集『マリオネット』（私家版）を出版。
1974			神戸白山画廊でマンガの個展『竜をやっつけるべき騎士』をパネルで発表。マンガ集『木』（私家版）を出版。
1976	授業以来気に入っていた「ムンジャクンジュ」の執筆が断続的に続く。		マンガ集『竜をやっつけるべき騎士―迷路』（私家版）を出版
1977	給食時の＜お昼の放送＞に＜図書室からのお知らせ＞を送る。
1978			マンガ集『おうむ』（私家版）を出版
1979	小学校時代の前半を過ごした西宮市立神甲子園小学校に、23年ぶりに図工教師としてまいもどる。		『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』を偕成社より出版。＜ある小学校のお話＞をもとに『放課後の時間割』の構想を練り始める。
1980	『ようこそ、おまけの時間に』を書き始める。		偕成社より『放課後の時間割』を出版
1981	『放課後の時間割』で第14回日本児童文学者協会新人賞を受賞。日本児童文学者協会に入会。「日本児童文学」（1982年1月号）のために『ねがいの木』を書く。		『ようこそ、おまけの時間に』（偕成社）を出版。
1983	「絵本とおはなし」9月号に『ぼやごちゃけなよ』を書く。		『雨やどりはすべり台の下で』（伊勢英子絵・偕成社）を出版。翌年、第31回サンケイ児童出版文化賞を受賞。『リクエストは星の話』（偕成社）を出版。「日本児童文学」（1984年1月号）に『人類やり直し装置』を書く。
1985	「びわの実学校」（1986年133号）に『五つのおはよう』を書く。		『二分間の冒険』（太田大八絵・偕成社）を出版。翌年うつのみやこども賞を受賞。
1987	『学校ウサギをつかまえろ』（偕成社）で第27回児童文学者協会賞受賞。		『扉のむこうの物語』（理論社）を出版。翌1988年、第18回赤い鳥文学賞を受賞。
1988			『びりっかすの神さま』（偕成社）を出版。『いちばん　すごい　まほうつかい』（高見八重子絵・ひかりのくに）が単行本になる。
1989			『ポアンアンのにおい』（偕成社）を出版。『ぼくが立たされたわけ』（宮本忠夫絵・佼成出版社）を出版。
1990			『星モグラ　サンジの伝説』（理論社）を出版。クラルテ、人形劇『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』を上演。
1991	『現代童話V』（今江祥智・山下明夫編・福武文庫）に、『イモムシは……』収録。
1992	＜こそあどの森＞のイメージスケッチを始める。『新潮現代童話館2』（今江祥智・灰谷健次郎編・新潮文庫）に『なんの話』収録。神宮輝夫さんのインタビューを受けた『現代児童文学作家対談8』（偕成社）が出版される。		『手にえがかれた物語』（偕成社）、『もうひとりのぼくも、ぼく』（教育画劇）を出版。
1993	『びりっかすの神さま』と『星モグラ　サンジの伝説』で第15回山本有三記念路傍の石幼少年文学賞を受賞。西宮市立津門小学校に移る。劇団うりんこ『学校ウサギをつかまえろ』を上演。
1994			『ふしぎな木の実の料理法』（理論社）を出版。＜こそあどの森＞シリーズが始まる。
1995			『まよなかの魔女の秘密（こそあど2）』『森のなかの海賊船（こそあど3）』（理論社）を出版。＜こそあどの森の物語1・2・3で野間児童文芸賞を受賞。ピッコロ劇団『二分間の冒険』を上演。
1996			『ネコとクラリネットふき』（クレヨンハウス）を出版。翌年産経児童出版文化賞推薦。
1997			『選ばなかった冒険』（偕成社）を出版。第6回島根音楽祭で『放課後の時間割』を原作にした『学校ネズミのコンサート』を上演。
1988	津門小学校で演劇クラブを始める。＜こそあどの森の物語1・2・3＞で国際アンデルセン賞IBBYオナーリストに選ばれる。		『ユメミザクラの木下で（こそあど4）』（理論社）を出版。『ふしぎの時間割』（偕成社）を出版。
1999	演劇クラブ『紙風船』を発表。		『ミュージカルスパイス（こそあど5）』（理論社）を出版。劇団うりんこ『雨やどりはすべり台の下で』を上演。
2000	劇団クラブ『はじめの一歩』を発表。		『プロフェッサーPの研究室』を出版（偕成社）
2001	演劇クラブ『誰かが星を見ていた』を発表。		『はじまりの樹の神話（こそあど6）』（理論社）を出版。翌年うつのみやこども賞を受賞。ピッコロ劇団『選ばなかった冒険』を上演。
2002	演劇クラブ『空をめざして』を発表。西宮市立神原小学校に移る。『作家が語る　わたしの児童文学15人』(日本児童文学者協会編・にっけん教育出版)が出版される。		『ふたたび　プロフェッサーPの研究室』（17出版）を出版。
2003			『竜退治の騎士になる方法』（偕成社）を出版。劇団風の子『森のなかの海賊船』を上演。
2004	ピッコロ劇団『放課後の時間割』『学校ウサギをつかまえろ』を上演。
2005	神原小学校でも演劇クラブを始める。		『だれかののぞむもの（こそあど7）』（理論社）を出版。
2006			『ぬまばあさんのうた（こそあど8）』（理論社）を出版。
2007			『あかりの木の魔法（こそあど9）』（理論社）を出版。総合劇集団俳優館『星モグラ　サンジの伝説』を上演。劇団はぐるま『ふしぎな木の実の料理法・まよなかの魔女の秘密』を上演。
2008			『人類やり直し装置』（17出版）、『フングリコングリ・図工室のおはなし会』（偕成社）を出版。劇団はぐるま『はじまりの樹の神話』を上演。
2009			『王子さまの耳はロバの耳』（はたこうしろう絵・フェリシモ出版）、『霧の森となぞの声（こそあど10）』（理論社）を出版。劇団仲間『竜退治の騎士になる方法・ドラゴンハンター』を上演。
2010			『ヤマダさんの庭（BL出版）』を出版。
2011	東日本大震災。日本児童文学者協会の支援事業のキャッチフレーズ「本はいつでもきみたちの味方です。」を考える。		『カメレオンのレオン・つぎつぎとへんなこと』『シールの星』（偕成社）を出版。ピッコロ劇団『扉のむこうの物語』を上演。
2012			『願いのかなう曲がり角』翌年産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞。『夜の小学校で』『図工準備室の窓から・窓をあければ子どもたちがいた』（いずれも偕成社）を出版。『図工準備室の……』は初のエッセイ集。演劇クラブの新しい脚本『世界中の子どもたちが』を書く。
2013	アートスペース＜しあわせなふくろう＞で作品展をする。		『魔女のシュークリーム』（BL出版）を出版。

　岡田淳は、兵庫県西宮市に生まれ、兵庫県で小学校教員として定年まで勤め上げた。その上で、現在も作家としても活躍している人物である。もともとは作家になるつもりはなく、作品を書くきっかけとなったのは同僚の小学校の先生からの何気ない一言であったと、自身のエッセイ集において語っている。岡田淳は、教師をする傍らで作家をしながら、演劇にも携わっている。物語作品の他には脚本も手がけており、自身の勤めた小学校に演劇クラブを創設し、演劇の指導にも関わってきた。その創作の幅は多岐に渡るが、今回は岡田淳の描く物語作品を研究対象とした。その中でも、短編・短編連作のものについて研究を行っていく。なお、この論文内での作品の表記の仕方については、一冊の本を一作品、短編を一短編と数え表記することとする。

　第二項　創作手法

　岡田淳の作品には、長編・短編小説がある。岡田淳は＜ファンタジー＞を手掛ける作家であるが、＜ファンタジー＞のタイプとして、この世界の中に不思議なものが隠れている（主人公たちがそれと出会う）という＜エブリディマジック＞の手法のもの、主人公たちが現実世界から異世界に迷い込む＜ナルニア型＞に分けることができる。いずれも、普段の何気ない日常から、主人公が非日常へと入り込んでいく手法のものであるという点では共通している。岡田淳の作品の傾向として、長編小説には＜ナルニア型＞、短編小説、短編連作小説には＜エブリディマジック型＞が多いとされている。岡田淳の描くファンタジーについて、二宮由紀子氏は岡田淳氏との対談の中で次のように語っている。

　　　私が子どものころに読まされた「学校ファンタジー」って、だいたい大人が悪者で、純粋な子どもたちがみんなで声をあげて、大人たちに立ち向かうみたいなストーリーが多かった。でも、岡田さんの作品の中では子どもたちは、ちゃんと自分の中に悪を抱え込んでいるわけですよね。私、学校って、子どものころすごく苦手だった。学校って、子どもに対して、ややもするとレッテル貼りをするところだっていうのがあったんですけれども、岡田さんはレッテルを剥がす感じが素敵。例えば、「こそあどの森」の「スミレさん」なんかも、渋くてかっこいい方なんですけれども、パッと子どもみたいな顔が出てきたり、「トマトさん」が実は魔女だったり。でもそれを「悪の側の人間」って切り離すのではない。人の中には善もあれば悪もあるから、それを、みんなが受け入れあう社会っていうのが、すごく気持ちいいなって思っています。（注2）

　岡田淳氏はそのような、みんなが受け入れあう社会、ということについて深く考えて書いているわけではないと言う。しかし、岡田淳の物語作品は、二宮氏の述べるように受容的なものであると、実際に作品を読んでいて感じるようになってきた。岡田淳は、小学校教員として学校で毎日働いて、子どもたちと接していたわけであるが、創作においては、学校で実際に起こったこと、学校に実際にいる子どもを主人公に物語を書くというよりは、一枚の絵、場面などから想像を膨らませていくことが多い、とこの対談において語っている。悪者、善者と人物を区別して悪を倒していくのではなく、それぞれの登場人物を輝かせることができるのが、岡田淳の物語作品ということができる。詳しい登場人物の描かれ方については、第三章において考察していくこととする。

第二章　岡田淳作品の表現特性

第一節　場面設定の方法

第一項　＜日常＞の設定

　岡田淳の創作手法の特徴を明らかにするために、まず場面設定のされ方に着目することとした。岡田淳の物語作品に登場する人物は、現実世界の子どもたちと同じようなそれぞれのありふれた日常を送っている。実際に本を読んでいる子どもの中にも、共感できる部分が多いであろう、＜普通の＞子どもたちが主人公なのである。そんな子どもたちが、一人の時間をもてあましているとき、どこか孤独に感じているときに、岡田淳は、その子どもをふっと＜非日常＞の世界へと連れていったり、不思議な体験をさせたりする。＜日常＞から＜非日常＞へと移行するからには、そのための要因が存在するはずである。＜非日常＞の世界へと主人公が旅立つ必然性を確保するための要因を分析するため、場面設定に着目することとした。

そこで、各短編作品において、＜非日常＞に移行する以前の＜日常＞がどのように描かれているかを抜きだし、その特徴を見出すこととした。各物語作品の場面設定をまとめたものが以下の表である。それぞれの場面設定において、主人公を取り巻く状況から読み取れる状況描写、主人公の内面を描いている心理描写の二つを取り上げ、その中でキーワードと考えられる語句を右の列に抜き出した。

『放課後の時間割』

短編名	場面設定	キーワード
はじめに	それは、二学期も中ごろの、ある月曜日、ながびいた職員会議がおわったあとのことだった。	・二学期も中ごろ・月曜日・ながびいた職員会　　　議
1それがはじまったわけ	秋は日がくれるのがはやい。三方を校舎でかこまれた中庭は、もうくらくなっていた。ぼくは、戸じまりをするために、図工室へ行くところだった。	・秋・三方の校舎でかこまれた中庭・もうくらくなっていた
2しゃっくり―一年生ネズミの話―	一年一組に、サッちゃんっていう女の子がいてね、ある日、三時間目のとちゅうで、とつぜん、しゃっくりをはじめたんだ。
3手の中のもの、なあんだ	井上さんという人が、この学校の夜警員をしていたときのことです。その年は、とくべつ冬がながびいて、四月だというのに、さむい日がつづいていました。	・冬がながびいて・さむい日
4赤い潜水艦	小学校から一時間ほど南へ歩くと、小さな浜に出る。むかしはこの浜も、海水浴をする人でにぎわったそうだ。だがいまでは、足をいれてみる人もいなくなってしまった。	・今では、足をいれてみる人もいなくなってしまった
5おしゃべりはだいきらい	むかし、といっても二十年くらいまえのこと、あるところに、八本のプラタナスがならんでいた。
6学校こわい	むかしむかし　この学校に　五匹のナメクジ　すんでいた
7時間割はストップ	つぎの月曜日は、二学期の終業式だった。式がおわって、子どもたちが帰ってしまうと、学校は急にしずかになった。	・月曜日・終業式・静か
8なみだのあな	ぼくねえ、二年生のころまで、とても泣き虫だったんだ。　ある日、いつものように、ぼく、なみだをこらえて理科室のうらへ走っていったんだ。	・泣き虫
9図工室の色ネコ	ある日の放課後、先生は、子どもたちの絵を一枚ずつ見ながら、ついうとうとしてしまい、机にもたれて、ぐっすりねこんでしまった。おそらくつかれていたのだろう。	・放課後・つかれていた
10すると、雪がふりだした	きゅうに教室がざわついた。雪がふりだしたのだ。　それは三時間目、算数の授業中のことだった。	・ざわついた・三時間目、算数の　授業中
11すけだち	四階だてのあたらしい校舎をたてるために、おかのはずれをそろそろ整理しはじめたころのことでした。	・あたらしい校舎をたてるために
12机の上の宝島	二学期のある日の、五時間目のことだった。　おなかもいっぱい、授業もたいくつ、キヨシは手にもっていたみどりのボールペンで、なにげなく、いちばんむこうの板の等高線のひとつをなぞっていた。	・二学期のある日の五時間目・おなかもいっぱい、授業もたいくつ
13もとのすがた	まえの小学校でね、女の子が転校してきたんですよ。
14放課後の時間割、あるいは長ぐつをはいたネズミ	―ある秋のことだった。　そのときも、わたしはかぜをひいていた。はやい話が、わたしはいつだってかぜぎみなのだ。　ただ、そのときはとくにひどかった。くしゃみが出、鼻がつまり、熱がさがらなかった。とうとう、しんぼうできなくなったわたしは、まだ授業中のことはであったが、保健室へかぜ薬をとりにいくことにしたのだ。	・かぜをひいていた・そのときはとくにひどかった・くしゃみが出、鼻がつまり、熱が下がらなかった。
15戸だなの中のマリオネット	図工準備室のガラスの戸だなの中に、マリオネットがかざられていました。　ところがある日、戸だなに三つめのマリオネットがやってきました。	・三つめのマリオネット
16それからあとのこと	ぼくは春休みになるとすぐ、図工準備室の整理にとりかかった。

この作品は、主人公である「ぼく」に、「学校ネズミ」がお話を聞かせる、という形式で構成されている。「学校ネズミ」が語る作品において、主人公やその性別はさまざまである。しかし、＜日常＞を描写する表現として、「ながびいた職員会議」「くらい」「さむい」「静か」「つかれていた」「かぜ」「たいくつ」といったものが使用されている。「くらさ」や「さむさ」からは、もの寂しい様子を連想することができる。また、「かぜ」をひいているとき、「たいくつ」なときというのは、何かが起きることを心のどこかが望んでいると考えることができる。このように、物語内における＜事件＞が起こる前の心理状態として、さみしさ、たいくつさ、というキーワードが挙げられる。

　この「学校ネズミ」が「ぼく」にこれらの話を聞かせたのは、自分が学校に残った唯一の「学校ネズミ」で、ひとりぼっちで話し相手がいないこと、自分が死んでしまえば数々の話を語り伝える人がいなくなってしまい、消滅してしまうという思いからである。それぞれの話の主人公だけでなく、語り手である「学校ネズミ」もまた孤独な存在であるということができる。また、「ぼく」がひとりでいるときにのみ「学校ネズミ」が現れるということにも注目したい。「ぼく」もまた、ひとりでいた時間に「学校ネズミ」に会って話を聞くことを楽しみにするようになるのである。「学校ネズミ」が「ぼく」に話をしたことで、自分の話を受け継いでくれる人が現れたということだけでなく、「ぼく」が、話をしてくれた「学校ネズミ」のために、新しい赴任先の学校でお返しとして、「学校ネズミ」の友だちを探すところで物語は締めくくられている。孤独であった「学校ネズミ」が、「ぼく」に話をすることでまた違う＜日常＞を得るという予感を残して物語は終わるのである。

『雨やどりはすべり台の下で』

短編名	場面設定	キーワード
はじめに	公園の木にあつまるセミの鳴き声に、ツクツクホウシが聞こえだすと、もう夏休みもおわりがちかい。その公園は、ふるい家や、あたらしいマンションのまざりたつ住宅街にしてはひろい公園で、すべり台さえなければ、本式の野球をすることもできるだろう。中略そういうわけで、夏休みのおわりのちかいある日の午後、年のちがう十人が、公園で三角ベースをすることになったのだ。	・夏休みもおわりがちかい
1スカイハイツ・オーケストラ―照夫の話	あれはたしか、転校して二、三日たった、土曜日の午後のことだったと思う。　ぼくはあたらしい家、五〇六号室のベランダから、ひとりぼっちで、下の公園を見おろしてつぶやいていたんだ。	・転校・ひとりぼっち
2青みどりのかぎと麦わらぼうし―一郎の話	そのときおれ、公園のベンチで、自分のかげのかたちをさ、見るともなしに見てたんだ。　昼前の太陽が、首のあたりにあつかったよ。アブラゼミが、ジイジイ鳴いたりしてさ。	・自分のかげ
3白いボートと麦わらぼうし―恭子の話	わたしが前に住んでたとこは、バスで十分ほどで、海水浴場があったん。中略　家のひとには友だちといっしょや、ゆうて、わたしひとりで、昼から海へ行ってん。	・ひとりで、昼から海へ行ってん。
4ナマズの恩返し―園美の話	ほら、去年の夏、すごい雨がふったの、おぼえてる？　きょうの雨もひどいけど、あのときのほうが、もっとすごかったわ。お母さんたちがとびだしてきて、ろうかのまどをしめったっけ。　あ、そのとき園美、なにかでお母さんにしかられて、むしゃくしゃしてて、アパートのろうかにひとりでいたの。　雨は、まるで滝みたいにまどにたたきつけていたわ。でも、半時間くらいで、うそのようにあがっちゃった。	・すごい雨・お母さんにしかられて、むしゃくしゃしてて、アパートのろうかにひとりでいたの。
5水玉もようの……―二郎の話	その夜は、ぼくひとりでるすばんだった。　どうしてかっていうと、お母さんと兄ちゃんは、入院してるお父さんのお見舞いにいっちゃったからさ。　ほんとうはぼくもいくはずだったんだけど、ほら、ぼく、しょっちゅうかぜをひいてるだろ。そのときもかぜぎみで、ベッドでねるほどのことはないけど、ズン、なんて鼻すすってさ、のこることになったんだ。　八時すぎだったっけ。　テレビ見てもおもしろくなくて、ソファーにねころんでると、ろうかに足音とはなし声がきこえたんだ。	・ひとりでるすばん・そのときもかぜぎみで・テレビを見てもおもしろくなくて
6まあっすぐな線―大介の話	ええっと、この冬のこと。「なん月ごろ？」　二月のはじめ。「よくおぼえてるじゃない。」　うん。学級ヘイサってのがあったときのことだから。中略　ぼく、ぴんぴんしてた。だから、ええっと、十時ごろかな、朝の。家にいるのたいくつで、公園にでてきた……。	・二月のはじめ・学級ヘイサ・家にいるのたいくつで
7真夜中のコンニチハ―由紀の話	去年のある秋のことよ。　わたし、こわい夢を見て、あせびっしょりで目をさましたの。まくらもとの時計を見ると、午前二時を、すこしまわったところだったわ。	・こわい夢を見て、あせびっしょりで目をさましたの。・午前二時を、すこしまわったとろろだったわ。
8黄色の紙ひこうき―信子の話	それは去年。わたしが三年生のときのこと。　そのころ、紙ひこうきをつくるのが、はやってた。おぼえてる？中略その日、ずいぶん早くおきて、朝ごはんのまえに、公園にいってみたの。
9まい子のお礼のチョコレート―幸江の話	春の日、四つくらいの男の子をつれたおばさんが、うちにきたわ。「管理人さんに、おうかがいしたいんですけれど……。」とか。いってね。　ちょうど、うちには、お父さんとわたしがいたの。
10雨森さんのこと―勝治の話	雨森さんがスカイハイツにやってきたのは、五年くらい前のことだと思うんだ。
おまけ、下の景色―ヤモリの話	十人の子どもたちがでていくと、トンネルの天じょうのあたりで、小さな声がした。　それは、ひびのすきまからきこえてくる、ヤモリの声だった。

　この作品は、公園に集まったそれぞれの子どもが「雨森さん」にまつわる不思議な話を披露していくというものである。それぞれの子どもが一人ひとつずつ話をしていく形式で物語が展開されていく。それぞれの子どもたちの話は、いずれも語り手である子どもがひとりでいるときにおこった話というところで共通している。「こわい夢を見た」「ひとりでたいくつしていた」「むしゃくしゃしていた」という言葉があるように、＜事件＞が起こる前の子どもの内面は、満たされていない場合が多い。そんなときに、子どもたちを＜非日常＞の世界へと連れ出すのが、この作品を通して登場する「雨森さん」という人物である。

　また、話全体の枠組みとして、「夏休みも終わりが近いある日の午後」に、年の異なる子どもたちが集まってそれぞれ話をするという設定がなされている。「夏休み」の「おわりが近い」、子どもたちにとってなんとなく寂しくなる時期の午後に、「雨」が降ってくる。この「雨」が、それぞれの物語を語りだす＜装置＞となっており、やはり「雨の日」というのも、晴れている日に比べると、本来ならばなんとなく気分の上がらない日である。そういった日に、岡田淳の物語は進行していくといえる。

　話全体を通して登場する「雨森さん」は、ひとりぼっちの人である。たくさんの子どもたちに楽しい魔法をかけておきながら、主人公である雨森さんは孤独な人物であり続けた。そして、「雨森さん」は、スカイハイツを去ることになる。「別れ」の日、そんな「雨森さん」に、子どもたち、スカイハイツの住人たちから感謝の気持ちが表される。ここにも、「孤独な時」「さみしいとき」に何かが起こる岡田淳の手法を見ることができる。

『リクエストは星の話』

短編名	場面設定	キーワード
1シールの星―ほんものでない星がでてくるほんとうの話	マアコが、三年生になってきゅうに野球ぼうをかぶりだしたのは、シールのせいだ。中略　その日の夕がた、もう下校のチャイムも鳴って、だれもいなくなったはずの学校に、しのびこんだ三人がいた。　マアコと、一平と、しんちゃんだった。　ついさっき、一平としんちゃんがキャッチボールをしているところに、マアコがとおりかかったのだ。	・夕方、もう下校のチャイムも鳴って、だれもいなくなった学校
2箱のなかの星―ほんものかどうかわからない星がでてくるほんとうかどうかわからない話	四年生の秋、洋が日番の日のことだ。　日番はふたりでひとくみだった。だが、洋のあいての典子は朝からかぜぎみで、四時間めがおわったところで、かえってしまっていた。　放課後の日番の仕事はすくなくない。ひとりだと、なおさらだ。　黒板をきれいにして黒板消しをはたき、ゴミ箱のゴミをしょうきゃくろへすてにいき、学級日誌をかいてまどや戸をしめたときには、もう教室にはだれものこっていなかった。　だから洋は、ひとりでかえらなけらばならなかった。	・教室には、だれものこっていなかった・ひとりでかえらなければならなかった
3ポケットの星―ほんものの星がでてくるほんとうとはおもえない話	こだかい丘の上、十二階だてのマンションの十二階で、咲子はちょっぴりふくれっつらのまま受話器をおいた。　夏の夜はもう八時をまわっている。ひとりぼっちにはなれているが、こんな時間までというのははじめてだ。	・ふくれっつらのまま受話器をおいた。・夏の夜はもう八時をまわっている。・ひとりぼっち
4スター―あいつにいわせればほんものの星がでてくるほんとうの話	きみょうな島があった。　そのあたりはいつもきりがたちこめ、おまけにかぞえきれないほどの岩が、海からつきでていた。だから、どんな船もちかよれず、島のことはだれもしらなかった。中略　さて、ある夜のことだ。　なぜかれむれぬ一わの鳥が、島の頂上の岩の上で、くらい夜空をみあげて、ニッとわらった。	・どんな船もちかよれず、島のことはだれもしらなかった

　この作品は、語り手が「ぼく」にお話しを披露するという形式をとっている。話の舞台や内容が全く異なる四つのお話で構成されている作品であるが、やはり、場面設定において、「ひとり」「孤独」という言葉が用いられていることが明らかになった。当事者である主人公（たち）しかいない、ということが、＜不思議＞が起こるために必要な要因であるということができる。そして、そのうえで、主人公（たち）の心理状態が、退屈であったり寂しかったりするということが＜不思議＞の引き金となっていると考えることができる。

『フングリコングリ』

短編名	場面設定	キーワード
ぼくは小学校で　フングリコングリ	ぼくは小学校で図工の先生をしている。中略きょうの授業のあとかたづけ、あすの授業の準備、子どもたちの作品のすすみぐあいなどのチェック、つぎにする授業や、いつかやってみようかと考えている授業の作品の試作、会議や研究会にだすための資料づくり……。いつのまにか窓の外は暗くなる。そして、ようやく仕事が一段落する。つまり、ぼくの放課後になる、というわけだ。そういうときに、声がきこえてくることがある。	・いつのまにか窓の外は暗くなる
フングリコングリ	その日、一年一組の四時間目は算数で、くりあがりのあるたし算をしていた。アスカは、くりあがりのあるたし算は、ヤノ先生の説明ですっかりわかった。だからそのあとの練習問題も、あっというまにできてしまった。そこで、指遊びをはじめた。	・練習問題も、あっというまにできてしまった。
図工室のとなりは保健室　ふぎゅるっぴん	図工室のとなりは、保健室。彫刻刀で指を切ったときなど、つごうがいい。図工の先生は図工の先生だけど、保健室の先生は保健の先生ではなく、養護の先生という。　その養護の先生がなにかの集まりがあるとかで、二日間、学校をるすにすることになった。そこで、「おとなりのよしみで、世話をしてちょうだい。」と、保健室においていた金魚鉢を、図工室にもってきた。
むぎゅるっぱらぴれ　ふぎゅるっぴん	その年の二年一組といえば、これはまたどういったわけか、なにごとにもうろたえない子どもばかりが集まってしまった。中略　さて、そんな二年一組で、このことはおこった。　夏休みもまぢかのある暑い日、五時間目のことだ。子どもたちは少しイライラしていた。うろたえないからといって、イライラしないわけではない。うろたえないなりに、イライラする。それにはわけがあった。その日はプールも図工も音楽も図書もない時間で、おまけに遊び時間もなくなってしまった。　休み時間は午前中に一度、二十分間の休みがある。あと五分間の休みが二度あるが、それはトイレにいくとか、つぎの授業の用意をするとかのためで、運動場へでてあそぶわけにはいかない。だから遊び時間といえば、二十分休みだ。　その二十分休みの直前に、つまり二時間目のおわりに、カツヤのおじいさんがとつぜん、教室にあらわれた。カツヤのおじいさんは沖縄に住んでいて、きょうはわざわざ沖縄から、サトウキビをみんなにかじってもらおうと、もってきたというのだ。　それはそれでおもしろかった。けれど気がつけば、二十分休みはあそべなかった。　給食のあとにも、二十分の休みがある。これは先生たちのつごうで、なくなった。なんでも放課後にだいじな会があるとかで、はやく五時間めをおわらせたいのだそうだ。　そういうわけで、二年一組のみんなは、うろたえないなりに、イライラしていたのだった。　五時間目の算数の授業がはじまったとたんに、トオルがいった。	・子どもたちはイライラしていた
ぶぅんと音がして　かっくんのカックン	こんど授業でやってみようかと思っている紙工作など、おもしろいかどうか、自分でつくってみる。すると、思わず熱中してしまうことがある。その日もそうだった。　きょうはここまでにしようと、まるくなっていた背をのばした。そして、いすの背にもたれかかろうとした。
かっくんのカックン	立っているひとのうしろに、そっと近づいて、ひざのうらをかるくつつく。つつかれたひとは、きゅうにひざがまがってよろける。その遊びを、みんなはカックンとよんでいた。中略　格也は、小さいときから、「かっくん」とよばれていた。そうよばれていたが、三年生の二学期になるまで、ひとにカックンをしたことはなかった。みんなのまえで、めだつようないたずらをするタイプではなかったのだ。どちらかというと、「なんだ、かっくん、そこにいたんだ。」といわれるような子だった。三年生の二学期までは。　かっくんとなかよしなのが、おなじクラスのよっちゃんだ。家も近くで、ものごころがついたころから、ずっと友だちだった。だから、かっくんは、よっちゃんにはえんりょなくつきあえた。そういうわけで、かっくんがうまれてはじめてカックンをした相手は、よっちゃんだった。　それは、ある日の放課後のことである。　かっくんとよっちゃんは、運動場のすみっこで、木ぎれで地面をほっていた。
はやく暗くなってしまったのは、雨が降っているせい　壺に願いを	はやく暗くなってしまったのは、雨が降っているせいだ。　その日の授業でつくった粘土の作品を、しっかりくっついていなければならないところがくっついているか、ひとつひとつ点検しおわって、ひと息ついたところだった。　子どもがすわるいすに腰をおろして、ペットボトルのお茶をひと口のんだ。そこで声がきこえた。	・はやく暗くなってしまったのは、雨が降っているせいだ。
壺に願いを	ほんとうなら、三時間めは体育のはずだった。　けれど、雨がふりだした。運動場がつかえなければ体育ではなく国語、と、朝から決まっていた。　その三時間めの国語がはじまったが、寺西くんのすがたがなかった。	・雨がふりだした
「ねえ、ひま？」という声に戸をあけると　フルーツ・バスケット	「ねえ、ひま？」という声に戸をあけると、はいってきたのはネコだった。　この白黒のネコは、いくつかの家の通いネコだ。ひとつの家で飼われるのではなく、気がむいた家で食事をし、ねむる。
フルーツ・バスケット	三時間めのはじまりのチャイムが鳴ったあとのことだった。先生がまだやってこない五年二組の教室は、休み時間のざわめきをのこしているものの、ほとんどの者が席につき、教科書やノートを用意しはじめていた。　窓ぎわの席の裕一は、なにかをさがしているようだった。かばんや机の中をひっかきまわしている。	・なにかをさがしているようだった
「でも。」と、ヤモリは残念そうな目をした　なんの話	「でも。」と、ヤモリは残念そうな目をした。机のむこのはしから顔をだしたとたんに、だ。	・残念そうな目をした。
なんの話	家にかえったぼくはすぐにかばんをあけ、借りてきた本をとりだした。いそいそとね。図書室で読みかけていた続きをはやく読みたかったのさ。ところが机のまえのいすにすわったとき、ズボンのポケットになにかはいっているのに気づいた。なんだろう。手をポケットにつっこんだ。「あ。」　指がふれただけで、それがなんだかわかった。とりだすまでもなかったね。プラスチックのプレートがついたかぎなのさ。そしてそのプレートには＜図書室＞と書いてあるんだ。やれやれ。　ぼくは左手をポケットにいれたまま、右手のひじを机につき、頭をささえた。口はまだ「あ。」のかたちだったね。	・やれやれ・ぼくは左手をポケットにいれたまま、右手のひじを机につき、頭をささえた。

　この作品は、「ぼく」に話をしてくれと頼みに来るさまざまな動物に、「ぼく」が作った話を語るという形式の短編連作である。それぞれ、学校が舞台であるというところは設定として共通している。しかし、事件が起こる時間、学年、場所などはそれぞれ異なっているが、その舞台設定がそれぞれの物語のはじめに示されているという枠組みは共通している。この作品は、今までの作品と異なり、学級単位、集団単位で＜事件＞に遭遇するものが多い。ここまでは、ひとりで孤独なときに事件が起こる傾向がある、と述べてきたが、この作品では、集団全体が「イライラしている」ときであったり、集団の中の個人が「たいくつ」な思いをしているときに、＜事件＞が起こっているということができる。

　また、この作品では、小学校の先生をしている「ぼく」のところに、さまざまな動物たち（ネコ、ヤモリ、カエルなど）が訪れる。図工準備室に一人でいるときに訪れるそれぞれの動物に聞かせたい話を順に語る、という構成になっている。ここでも、退屈な思いをしている動物たちを、「ぼく」がお話を通して＜非日常＞の世界へと誘っているということができる。また、図工の先生をしている「ぼく」とは、岡田淳自身であり、岡田淳の作品には、自分自身を「ぼく」として登場させている作品が多くみられる。

『カメレオンのレオン』

短編名	場面設定	キーワード
1ぺたぺたしたやつ	マコトは授業中にトイレにいきたくなった。　そこで、先生にいって、いかせてもらうことにした。トイレはろうかのつきあたりにある。授業中のろうかはだれもいなかったはずだ。それなのに、あるいていると、うしろでみょうな足音がきこえているのに気がついた。	・授業中のろうかはだれもいなかったはず
2ぼくはだれ？	校長先生は、毎朝、だれよりもはやく学校にやってくる。　その朝もいちばんにやってきた。　いつものように、だれもいないろうかを、ひとり靴音をひびかせながらあるいき、いつものように、校長室のドアをあけた。	・だれもいないろうか
3カラスノエンドウの森	桜若葉小学校の中庭のまんなかには、大きなクスノキがある。　そのクスノキの木陰に、一年二組のみんながあつまっているところだった。
4しずかにしなさい	二年のタナハシ学級の子どもたちは、やかましかった。中略　そのときも、タナハシ先生は、「しずかにしなさい！」とさけんでいた。　キョウヘイが『ぼくのおかあさん』という作文をよみおわったとたんに、みんながしゃべりはじめたからだ。中略　全員がそういう調子でしゃべりはじめたものだから、先生はさけんだのだ。「しずかにしなさい！」　先生がさけんだので、一瞬しずかになった。　タナハシ学級のうしろの出入り口から、糸のついていない小さなゴム風船が、風にふかれたようにころがってはいってきたのは、そのときだった。	・一瞬しずかになった
5サンダユウのわるだくみ	放課後の小学校の中庭を、五年生のアキラがよこぎっていた。　その足もとで、小さな声がした。	・足もとで、小さな声がした
6「オバケのいたずら」といううわさ	四年生の体育の授業では、とび箱が校舎ほどに大きくなったり、けしゴムくらいに小さくなったりした。　すりむくくらいのけがですんだのは、とても幸運なことだった。中略　おかあさんのだれかが新聞社にしらせたのか、その日の午後に、新聞記者がやってきた。
7フルヤさんの花よ　め	その日の夕方、フルヤさんがアパートにもどってくると、管理人のおばさんがにこにこ顔で、立っていた。どうやらずっとフルヤさんをまっていたらしい。
8無口な客	その客をのせたのは深夜、一丁目の交差点だった。　信号まちをしていると、窓ガラスをこんこんとたたかれ、おどろいてドアをあけた。　だれもいなくても赤信号だからとまらなくちゃならないなあ、そう思っていたところだったから、おどろいたのだ。	・深夜、一丁目の交差点

9ヴァイオリンのおけいこ―レオン登場―

　よく晴れた日曜日の午後、アリサは窓辺にもたれ、庭の花をながめていた。

　よろい戸もガラス窓も大きくひらかれていて、五月の風がはいってくる。

　ハミングしているのは練習曲だ。桜若葉小学校三年生のアリサは、ひと月まえからヴァイオリンをならいはじめていた。

　アリサは窓に手をのばした。いまからヴァイオリンのおけいこをするつもりだ。

中略

　窓をとじるとき、風といっしょに小さな虫が部屋にとびこんできた。虫は窓のうちがわの白いカーテンに、ぽつんととまった。つやつやとしたオレンジ色に黒い点が七つ、テントウムシだ。アリサはにっこりわらってうなずいた。

　―わたしのヴァイオリンをききたいかたもいるってことね。

　譜面台を立て、楽譜をひろげた。そしてつくえの上でヴァイオリンのケースをあけたとき、左の肩にかすかにふれられた感じがあり、耳もとで小さな声がきこえた。

　この作品は、日常生活につぎつぎと不思議な出来事が起こっていく展開になっている。作品ごとにつながりがある短編連作の作品であるが、はじめの舞台は学校である。集団生活をしている学校の中の、一人に不思議な事件が起こるところから物語は始まっている。それから、学級単位での事件へと変化していき、不思議な出来事は学校外にまで及びだす。『「6オバケのいたずら」、といううわさ』を境に、事件の舞台が学校内から学校外へと移る。事件にかかわる人も、学校の子どもたちや先生から一般の人へと変化している。この作品においても、主人公が一人でいるときに事件が起こっている傾向があることがわかる。この作品においては、さみしさや孤独が事件の引き金になるというよりは、何気ないところからいつのまにか事件が起こっている、と考えることができる。

『ふしぎの時間割』

短編名	場面設定		キーワード
朝　五つめのおはようとはじめてのおはよう		背中のランドセルをおどらせて、たけしは、全速力で学校にむかっていた。　きょうは朝礼がある日だ。集合の曲が学校の外まできこえている。もう、みんな運動場にあつまりだしたのだ。　突然、たけしは今週の目標のことを思いだした。五人以上の相手と朝のあいさつをしましょう、それが今週の目標だった。ちぇっ。遅刻だけじゃなく、今週の目標もまもれないな。	・ちぇっ。遅刻だけじゃなく、今週の目標もまもれないな。
一時間目　ピータイルねこ		ほんとうに、きょうは学校にいきたくない、とみどりは思った。　学校にいきたくないのは、きょうにかぎったことではない。入学した四月からずっとだ。でも、きょうは、とくべつにそう思った。　それは、保健当番のせいだった。＜朝の会＞で出席と欠席をしらべた先生が、健康観察表という紙に、なにか書きこむ。それを保健室までもっていくのが保健当番で、きょうはみどりの番だ。それがいやだった。いやだった。	・ほんとうに、きょうは学校にいきたくない
二時間目　消しゴムころりん		二時間目は作文の時間だった。さおりはとっくに書きあげて、机の上で消しゴムをころがせてあそんでいた。	・とっくに書きあげて、机の上で消しゴムをころがせてあそんでいた。
三時間目　三時間目の魔法使い		二時間目のあとの休み時間、運動場は子どもたちの声がはじけていた。　体育倉庫のまえでは、四年生がゴムボールをにぎりこぶしで打つ野球をしている。ちょうど、バッターが大ファウルをうったところだ。ボールは体育倉庫の屋根で一度はずみ、向むこう側に消えた。	・ボールは体育倉庫の屋根で一度はずみ、向こう側に消えた。
四時間目　カレーライス三ばい		黒板に計算問題を書きおわると、山根先生は壁の時計をちらっと見た。「あと五分で四時間目がおわる。きょうの給食は、みんながだいすきなカレーライスだな。さあ、そのまえにこれをやってしまおう。ぼくはエプロンを職員室にとりにいってくるからね。教室にもってくるのをわすれたんだ。たまに洗濯などすると、こういうことになる。みんなはがんばって計算していてね。」　先生が教室を出ていくと、三年二組の教室は鉛筆の音だけになった。	・三年二組の教室は鉛筆の音だけになった。
五時間目　石ころ		五時間目、先生が教室にやってきたとき、訓平の席はからっぽだった。	・訓平の席はからっぽだった。
六時間目　夢みるちから		その日、六年一組の六時間目は、井上先生がよその学校に出かけたので、自習になった。　真一たちが課題のプリントをはじめて、十五分くらいたったころのことだ。	・自習
放課後　もういちど走ってみたい		卒業まであとわずか、二月のおわりの放課後のことだった。　宏たちは放課後といえば探偵ごっこばかりしていた。＜どろたん＞ともいう。どろぼうと探偵にわかれた集団おにごっこだ。　その日、宏はどろぼうで、探偵たちの目をのがれ、剛と安男といっしょに、運動場の植えこみのかげでひと息ついたところだった。	・卒業まであとわずか、二月のおわりの放課後
暗くなりかけて　だれがチーズを食べたのか
夜　掃除用具棚		夜の八時をまわった小学校は静かだ。　田島雅子先生は、帰ろうか、もうすこしのころうか、まよいながら教室の戸をあけた。かたづけなければならない仕事はかたづいている。机もきちんとならべなおしたし、黒板もきれいにした。窓の戸じまりもした。だが、しのこした＜気持ちの仕事＞があるような気がしていた。　三年一組の教室は南校舎の二階にある。出入口に立っていると、廊下の窓ごしに、すっかり明かりの消えた北校舎が、中庭のむこうに見える。その北校舎の廊下を、光がゆれながらゆっくりうごいていく。夜警員の西村さんが見まわりをしているのだ。	・しのこした＜気持ちの仕事＞

この作品は、作品全体が学校の一日の時間割になっている。朝から一時間目、二時間目…放課後、夜まで、一日の流れを通して短編が連ねられている。ここでも、子どもたち一人ひとりに不思議な事件が起こるもの、複数の子どもに起こるもの、学級全体で起こるもの、先生に起こるもの、と分類することができる。ここでも、子どもたちが学校に対してイライラしていたり、行きたくない、とマイナスな感情を持っているとき、退屈な思いをしているときであったりといった日常の場面設定がされている。なにか不思議な事件が起きるには、満ち足りた日常ではなく何かが足りない、かけているところのある心理状態であるということが必要であるということが、この作品からも読み取れる。

　第二項　＜日常＞における心理状態

　ここまで、各作品について、場面設定の描写を抜き出し、その内容を見てきた。特に心理状態が描かれていない通常の心理状態の場合と、落ち込んでいるとき、退屈しているときなどマイナスな心理状態のとき、何かうれしいことがあったときなどのプラスの心理状態のときの作品数を分けることにした。基準としては、場面設定において、心理描写や心情が予想されるような描写をキーワードとして挙げ、そのキーワードがマイナスのマイナス、プラスどちらの心情かを判断し、特に心理描写のないものや心情に大きな特徴がないものは通常の心理状態というように扱った。状況から、「さむい」「くらい」なども、マイナスの心理を働かせるものとして扱っている。各作品内において該当する短編数は以下のようになった。以下の表をグラフにしたものがさらにその下のものである。

作品名	通常の心理状態	マイナスの心理状態	プラスの心理状態	総短編数
放課後の時間割	8	9	0	17
雨やどりはすべり台の下で	4	8	0	12
リクエストは星の話	0	4	0	4
フングリコングリ	5	7	0	12
カメレオンのレオン	4	5	0	9
ふしぎの時間割	3	8	0	11
総数	24	41	0	65

作品によって差はあるが、どの作品を見てみても、通常の心理状態のときに比べて、マイナスの心理状態が＜日常＞において描かれている作品が二倍程度あるということが分かった。このことからも、一人でいるとき、退屈な思いをしているとき、さみしい思いをしているときに＜事件＞が起きる仕掛けがなされているということができる。さらに、はじめの場面設定においてプラスの心理状態である作品はないことが明らかになった。岡田淳が述べているように、「気持ちのうえの欠如というか疎外感が、魔法の期待と重なる」ような仕掛けがなされていることが、場面設定から読み取れるといえるだろう。

　さらに、マイナスの心理状態について、「暗くなった」「寒くなった」等周囲の状況から読み取れるものと、「疲れていた」「たいくつだった」等心理描写から読み取れるものに分けて考えてみた。すると、その結果は以下のようになった。

作品名	状況描写	心理描写
放課後の時間割	8	5
雨やどりはすべり台の下で	4	5
リクエストは星の話	4	1
フングリコングリ	3	4
カメレオンのレオン	4	1
ふしぎの時間割	4	4
総数	27	20

　状況描写、心理描写ともに、場面設定をする上では欠かすことのできないものである。主人公の心理状態は、そのまま物語の進行を決定づけるものとなる。心理的に「つかれる」「イライラする」などの描写に比べると間接的ではあるが、「さむい」「くらい」等、さみしさや孤独を強調するような状況描写が用いられている短編が27あることが明らかになった。心理描写だけでなく、状況描写もまた、場面設定において心理状態を表すひとつの指標となっていると言うことができるだろう。状況描写、心理描写のどちらかだけではなく、どちらも用いられている作品もある。この二つの組み合わせによって、主人公が＜非日常＞へ移行する必然性が補強されていると考えることができる。状況描写・心理描写の両方から、＜なにかが起こりうる＞環境を用意しているのが岡田淳の手法である。いずれの作品においても、最初の場面設定において、「うれしい」「心地よい」等プラスの心理状態を推測できるものは見つからなかった。岡田淳は、＜不思議＞を願うときについて、「うれしいときに願わないと思う」と述べているように、＜不思議＞が起こるときというのは、心理的・物理的またはその両方の欠落が要因となっているのである。これらのことにより、岡田淳は、その作品内において、「楽しいとは言えない」状況描写や心理描写から、何か事件が起こりうる場面設定をしているということが考えられる。

岡田淳は、主人公が＜非日常＞へと移動するための日常の設定を、神宮輝夫氏との対談の中で語っている。『雨やどりはすべり台の下で』を例に、神宮輝夫氏は次のようなコメントをしている。

子どもが集団で雨やどりをしながら、一人ひとり話をする。中学一年生を頭にずーっと集まっているわけだけど、一人ひとりの話がぜんぶ、子どもが孤独でいる瞬間におこったこと。そういう瞬間に、慰めたり、励ましたり、いろんなものをみせてくれる男の人がいる。その意味で、テーマといったらおかしいけど、シチュエーションが統一された感じがします。（注3）

雨が降った日のすべり台の下で話される、一人一人が体験した不思議な出来事に関わる男の人は、主人公たちが孤独なとき、一人の時に現れる。＜不思議な出来事＞は、楽しい日常ではなく、どこか孤独な寂しいとき、それも、主人公が一人きりでいるときに起こりやすく描かれている。このことは、実際に描かれている場面設定からも明らかになった。このことに対し、岡田淳は、次のように述べている。

　　　それは、意識的にはないんです。孤独なときにということは、指摘されて「ああ、そうだな」と思ったんです。それとは逆に、どういうときに子どもにとって、ふしぎがおこりうるのかと考えたら、やっぱりふしぎを願うときにそうなるんだろうと思った。どういうときに願うかと言ったら、幸せなときに願わないと思うんです。マッチ売りの少女は貧しいから幻想が見える。トムは遊びたいのに遊べない、場所がない、相手がいないから、あの世界を体験できるという、気持ちのうえの欠如というか疎外感が、魔法の期待と重なるように捉えていたんだろうなと、いまになると思うんです。この子はそういうかたちで、ほかと分断されているときに救われるようにしようかという発想ではなかった。結果的にそうなっちゃってますね。（注4）

　岡田淳の描く子どもは、どこか孤独であったり、日常の中のある場面において心理的に満たされていなかったりする場合がある傾向があるということは、作品の分析からも明らかになった。岡田淳自身は意識していなかったと述べているが、通常の心理状態から始まる作品よりも、マイナスの心理状態から始まる作品が倍程度あることからも、そのような設定がなされている傾向にあることが分かる。ありきたりな＜日常＞の中の小さな精神の綻びを冒頭の場面設定において描くことで、＜非日常＞へと主人公が移行する必然性が生じているのである。

また、岡田淳の描く＜非日常＞は、＜日常＞とは切り離された時間、いわば「おまけ」の時間であることが多い。そのことについて、高田桂子氏は次のように述べている。

　　　岡田さんには、さまざまなおまけの時間の物語がある。タイトルからして『ようこそ、おまけの時間に』はもちろんのこと、「雨やどり」する間の話も、「放課後」という、どこにも属さない時間に起きるできごとも、『二分間の冒険』も、みんな、おまけ、すきま、瞬きする間の物語。ほんのちょっとの寄り道、まわり道で、毎日がなんと豊かになることか。遠くまで行かなくてもいい。舞台は学校。小学校の先生であった作者は、子どもたちが一日の大半を過ごす小学校の不思議を語り続けた。

そして、不思議の世界に行って、生きて帰るためには、腕力・武力よりもおそらく書物が支えになるであろうこと、読書によって蓄えられた知識や知恵、そこから生まれる夢や応用力の大切さといったことが、物語の底に潜んでいるように思われる。

（注5）

　岡田淳は、主人公を簡単に＜日常＞から＜非日常＞へと移動させることができる。＜非日常＞で起こるさまざまな出来事、経験を経て＜日常＞へと帰還したとき、そこではほとんど時間が流れていないことがあることは、高田氏も指摘しているように、『ようこそ、おまけの時間に』『雨やどりはすべり台の下で』『放課後の時間割』といった作品のタイトルからも明らかである。その＜非日常＞の世界で起こる様々な出来事は、放課後、夢の中といった、時間で細かく区切られた＜日常＞とは別次元のところで起こるのである。退屈な日常から生まれる＜非日常＞的な体験は、＜日常＞におけるおまけの時間、ほんの少しの時間で描かれているとされている。岡田淳は、＜日常＞に満足していない子どもたちに、一時の夢を見させることができるのである。＜不思議＞から帰還した子どもたちを＜浦島太郎＞にするのではないところが、岡田淳作品のひとつの特徴である。＜日常＞も＜非日常＞も、それぞれの時間軸で独立した存在なのである。＜非日常＞が＜日常＞を侵食してしまわないことで、主人公たちは＜不思議＞な体験で得た気持ちをそのまま＜日常＞の続きに持ち帰ることができるのである。このことも、岡田淳ファンタジーの一つの特徴と考えることができる。

　場面設定において設定される心理状態は、中心人物のものである。中心人物の心理的・物理的な欠如により、その人物が＜不思議＞の世界へと旅立つ必然性が生まれると考え、場面設定について分析を行ってきた。次の項では、物語における登場人物がどのように描かれているのかということについて、さらに詳しく見ていくこととする。

第二節　登場人物設定

第一項　登場人物設定

物語作品には、必ず主人公が登場する。岡田淳の物語作品は、小学校を舞台にしたもの、小学生を主人公にしたものが圧倒的に多いとされている。また、同様に、岡田淳自身が「ぼく」として、小学校の図工の先生として登場している作品も描かれている。＜日常＞世界にいたはずの中心人物が、＜非日常＞へと移行していくことにも、何らかの理由が存在するはずである。場面設定において、物語冒頭での登場人物の心情は満たされていないことがほとんどである、という結論を得ることができた。つまり、登場人物たちは、何らかの＜欠落＞を抱えていることになる。中心人物の心理的・物理的な＜欠落＞を埋めるために、岡田淳はその人物を＜非日常＞の世界へと誘うのではないだろうかと考えた。そこで、各作品において登場人物がどのようにして描かれているのかを、人物ごとにさらに詳しく見て、第一項の場面設定との関連性を見出していくこととする。なお、人物の取り扱いについては、各作品の中で、出てくる人物を登場人物、その中でも主要な人物を主要人物として扱う。さらに、登場人物の中でも、主要人物にとって肯定的な働きかけをする人物を肯定的人物、否定的な働きかけをする、または主要人物を否定的な感情にさせる人物を否定的人物として分類した。各作品における登場人物は以下のとおりである。

『放課後の時間割』

短編名	登場人物	主要人物	肯定的人物	否定的人物
1それがはじまったわけ	ぼく・ネズミ・ねこ	ぼく	ネズミ	ねこ
2しゃっくり	サッちゃん・ユキオくん・先生・世界中の人々	サッちゃん
3手の中のもの、なあんだ？	井上さん・女の子	井上さん	女の子
4赤い潜水艦	悦子・トビウオ・まわりの子ども	悦子	トビウオ	学校の人々
5おしゃべりはだいきらい	プラタナスたち	プラタナス		周りのプラタナス
6学校こわい	なめくじ	なめくじ		学校の人々
7時間割はストップ	ぼく・ネズミ	ぼく	ネズミ
8なみだのあな	ぼく・キノコ	ぼく		キノコ
9図工室の色ネコ	色ネコ・先生	先生	色ネコ
10すると、雪がふりだした	タカシ・ウサギ	タカシ	ウサギ
11すけだち	五年生・六年生・男の子・女の子	五年生	すけだちしてきた二人	五年生
12机の上の宝島	キヨシ・アケミちゃん	キヨシ		井上浩三
13もとのすがた	わたし・女の子・学校の人々	わたし		女の子
14放課後の時間割、あるいは長ぐつをはいたネズミ	わたし・空場公二	空場公二	ネズミ	まわりの人々
15戸だなの中のマリオネット	マリオネット（男・女・怪獣）・先生	男女のマリオネット		怪獣
16それからあとのこと	先生・学校ネズミ	先生	ネズミ
合計（人）	39		10	10

『放課後の時間割』では、肯定的人物と否定的人物とが同数描かれていることが明らかになった。「ぼく」にお話しを提供してくれる「学校ネズミ」は、物語全体を通してのストーリーテラーの役割を果たす肯定的人物ととらえることができる。岡田淳の作品には、このように、物語全体の進行役を設け、その進行役からの伝聞形式でそれぞれの短編が語られる作品が見られる。そのストーリーテラーも、聞き手である「ぼく」や、読者自身の退屈な欲求を満たしたり、楽しいお話を聞きたいという欲求を満たしたりするといった点で、肯定的人物と考えることができる。ストーリーテラーである「学校ネズミ」は、学校に夕唯一残った孤独な存在である。その「学校ネズミ」が、「ぼく」に話をしていく過程で、関係を結び、満たされた心情に変化している。その点で、「ぼく」にとって「学校ネズミ」が肯定的人物というだけでなく、「学校ネズミ」にとっての「ぼく」もまた、肯定的人物であると考えることができる。

『放課後の時間割』の肯定的人物の特徴としては、主要人物の前に突然現れて、主要人物を不思議の世界へと誘い、その後何もなかったように姿を消す、というパターンのものがあることが明らかになった。一方、否定的人物は、突然目の前に現れるのではなく、それまでにもそこにあったものやこと、日常の中に存在しているものであることが明らかになった。退屈な心情に突然変化を与える肯定的人物の登場とは異なり、それまで日常的に存在している否定的な人物や出来事を通して＜不思議＞が生まれるという描かれ方の違いが明らかになった。
『雨やどりはすべり台の下で』

短編名	登場人物	主要人物	肯定的人物	否定的人物
はじめに	雨森さん・照夫・一郎・恭子・二郎・勝治・由紀・信子・大介・園美・幸江	ぼく	班のメンバー	雨森さん
1スカイハイツ・オーケストラ	照夫・雨森さん	照夫	雨森さん
2青みどりのかぎと麦わらぼうし	一郎・恭子・雨森さん	一郎	雨森さん
3白いボートと麦わらぼうし	恭子・男の子・ボート屋のご主人	恭子	男の子
4ナマズの恩返し	園美・雨森さん・ナマズ	園美	ナマズ
5水玉もようの	二郎・女の子・アオスジアゲハ・男の人	二郎	女の子
6まあっすぐな線	大介・雨森さん・ハト	大介	雨森さん
7真夜中のコンニチハ	由紀・圭子・尚代・おばさん・お客さん・お母さん	由紀	由紀のおばさん	お母さん
8黄色の紙ひこうき	信子・雨森さん・紙ひこうき	信子
9まい子のお礼のチョコレート	雨森さん・男の子・両親・さあちゃん	さあちゃん	雨森さん
10雨森さんのこと	雨森さん・お父さん	雨森さん	お父さん
おまけ下の景色	ヤモリたち	ヤモリ	紙ひこうき
おわりに	雨森さん・スカイハイツの住人	雨森さん	スカイハイツの住人
合計（人）	54		21	2

　『雨やどりはすべり台の下で』は、雨森さんという人物を通しての不思議な出来事を、年齢の異なる近所の子どもたちが集まってそれぞれに話していくという形式の物語である。物語全体を通しての中心人物は雨森さんというおじいさんであり、雨森さんは、子どもたちにとって「親しみにくいが、何か良いことをぼくたちにしてくれているはずの人」という位置づけとなっている。それぞれの短編を通して起こる＜不思議＞な出来事の要因となっているのが雨森さんの魔法なのである。それぞれの短編において、主人公の子どもたちは満たされない、退屈な心情を抱えている。それぞれの満たされない心情の原因となっているのが否定的人物であり、雨という天候である。そんなときに、雨森さんが、肯定的人物として、子どもたちにはそうとはわかりづらい形で関わっていくことで、子どもたちの心情はプラスへと変化する。物語内において、雨森さんは一貫して、子どもたちの肯定的人物であり続けている。しかし、冒頭では、雨森さん自身の心情は満たされておらず、孤独で話し相手のいない人物として描かれている。そんな雨森さんの引っ越しという事件をきっかけに、今まで雨森さんにしてもらったさまざまな＜不思議＞のお礼に、舞台であるスカイハイツの住人からのプレゼントが送られる。雨森さんは、物語内ではじめて嬉しそうな、プラスの心情を見せるのである。人に親切にし続けた雨森さんが、最後には親切にしていた皆から恩返しを受け、認められるところで物語は収束している。雨森さんが小さな幸せを与え続けた人々は、雨森さんにとっての肯定的人物に変化するのである。ここに、岡田淳の語りの枠組みの仕掛けをみることができる。

『リクエストは星の話』

短編名	登場人物	主要人物	肯定的人物	否定的人物
1シールの星	マアコ・一平・しんちゃん・先生・美子	しんちゃん	マアコ・一平	美子
2箱のなかの星	洋・お父さん・お母さん・お兄さん・男の人・信之・俊樹・文彦・典子	洋	男の人・典子・俊樹・文彦・信之	お父さん・お母さん・お兄さん
3ポケットの星	咲子・男・お父さん・お母さん	咲子	男の人	両親
4スター	ドーフィー・むすめたち・鳥たち	ドーフィー	むすめたち	一部の鳥
合計（人）	22		9	6

『リクエストは星の話』では、全体を通して「ぼく」が「あいつ」にお話しを聞かせる、という形式をとっている。『放課後の時間割』とは立場が逆転した作品である。話を聞かせてくれと頼む「あいつ」に話を聞かせる「ぼく」は、「あいつ」にとっての肯定的人物と考えることができる。それぞれの短編において、特徴的なのは、どの作品にも、肯定的人物と否定的人物の両方が登場するという点である。同じ主要人物の性格や行動を、肯定的に感じる登場人物もいれば否定的に感じる登場人物も存在している。誰からも好かれる人物や誰からも嫌われる人物がいないのと同様に、この作品においても、登場人物たちは微妙な人間関係の中で生活をしていることがわかる。その中でも、肯定的人物によって＜不思議＞な出来事が起き、主要人物の内面が晴れやかになるというところは、岡田淳の作品の特徴の一つと言えるだろう。
『フングリコングリ』

短編名	登場人物	主要人物	肯定的人物	否定的人物
ぼくは小学校で　フングリコングリ	ぼく・シジミチョウ	ぼく	シジミチョウ
フングリコングリ	アスカ・ヤノ先生・カズマ・お父さん	アスカ	カズマ	先生たち
図工室のとなりは保健室　ふぎゅるっぴん	ぼく・養護の先生・金魚	ぼく	金魚
むぎゅるっぱらぴれ　ふぎゅるっぴん	ナリサ・カズコ先生・透・明	カズコ先生		校長先生
ぶぅんと音がして　かっくんのカックン	ぼく	ぼく	テントウムシ
かっくんのカックン	かっくん・よっちゃん	かっくん	よっちゃん
はやく暗くなってしまったのは、雨がふっているせい　壺に願いを	ぼく	ぼく	カエル
壺に願いを	寺西君・中川先生・魔女	寺西君		魔女
「ねえ、ひま？」という声に戸をあけると　フルーツ・バスケット	ぼく	ぼく	ネコ
フルーツ・バスケット	裕一・麻紀・和美・満・弘昭	裕一
「でも。」と、ヤモリは残念そうな目をした　なんの話	ぼく・ヤモリ	ぼく	ヤモリ
なんの話	ぼく・教頭先生・お話の主人公たち	ぼく	教頭先生	お話の主人公たち
合計（人）	32		9	4

『フングリコングリ』は、図工の先生である「ぼく」のところに、様々な動物が話をしてくれるよう頼みに来る、という形式を取っている。これも、今までの作品と同様に、それぞれの動物にとって、お話をしてくれる「ぼく」は、肯定的な人物と考えることができる。また、動物たちが「ぼく」のもとを訪れるのは、「ぼく」が一人きりの時間である。一人でいる退屈をまぎらすという意味では、動物たちも、「ぼく」にとって肯定的人物であると考えられる。

『フングリコングリ』の特徴として、登場人物数が多いということが挙げられる。学級や学校単位で事件が起こり、そこにいる全員が不思議な体験を共有するという点がこれまだの作品と異なっていると考えることができる。学級・学校となると、様々な人が存在しているのは現実でも同じである。肯定的人物と否定的人物を配置することで、現実世界のような舞台設定をなす効果をもたらしている。
『カメレオンのレオン』

短編名	登場人物	主要人物	肯定的人物	否定的人物
1ぺたぺたしたやつ	マコト・先生・ペンギン	マコト		ペンギン
2ぼくはだれ？	教頭先生・校長先生	校長先生		偽物の校長先生
3カラスノエンドウの森	スガハラ先生・カッちゃん・ケイちゃん・アリ	スガハラ先生		カラスノエンドウ
4しずかにしなさい	タナハシ先生・子どもたち	タナハシ先生
5サンダユウのわるだくみ	アキラ・サンダユウ	アキラ		サンダユウ
6「オバケのいたずら」といううわさ	学校の人たち・校長先生・タチバナさん・教頭先生・
7フルヤさんの花よめ	フルヤさん・おばさん・花嫁	フルヤさん		花嫁
8無口な客	客・運転手	運転手		タクシーの客
9ヴァイオリンのおけいこ―レオン登場―	アリサ・レオン・コヤナギ先生・百年クラゲ	アリサ		百年クラゲ・コヤナギ先生
合計（人）	29		0	8

　『カメレオンのレオン』は、次々と不思議な出来事が起こっていくという連鎖が描かれる物語であり、さまざまないたずらが短編ごとに登場する。その原因となるのが、最終短編に登場する「百年クラゲ」である。物語内で起きるすべての事件はこの「百年クラゲ」のいたずらである。そのため、「百年クラゲ」が変身して姿を変えた登場人物を、否定的人物と考えた。すべての否定的人物が、登場人物たちにいたずらをしかけ、最後には逃げていくというパターンをとっており、いたずらをされて突然その元がいなくなる、という展開が共通している。最後にはその「百年クラゲ」を退治してしまうのではなく、もとの世界に返すことで、お互いにとって平和的な解決法で物語が締めくくられているのも特徴である。

『ふしぎの時間割』

短編名	登場人物	主要人物	肯定的人物	否定的人物
朝　五つ目のおはようとはじめてのおはよう	たけし・金魚・さなえ・インコ	たけし・さなえ	インコ・金魚
一時間目　ピータイルねこ	みどり・ねこ・先生	みどり	ネコ	先生
二時間目　消しゴムころりん	さおり・ゆきひろ・ヤモリ	さおり	ヤモリ
三時間目　三時間目の魔法使い	としお・おじいさん・野球をしている子どもたち	としお	おじいさん
四時間目　カレーライス三ばい	先生・ひさし・メイコ	ひさし		メイコ
五時間目　石ころ	訓平・良太	良太		訓平
六時間目　夢みる力	おばあさん・真一・クラスメイト	真一	おばあさん
放課後　もういちどはしってみたい	田端先生・宏・どろたんをしている友達	宏	田端先生
暗くなりかけて　だれがチーズをたべたのか	まさお・ネズミ・魔女	まさお	ネズミ	魔女
夜　掃除用具棚	田島先生・西村さん・竜一	田島先生	西村さん	竜一
合計（人）	21		9	5
全体合計（人）	197		58	34

全体

　『ふしぎの時間割』は、否定的人物に対して肯定的人物の出現割合が高くなった。この作品では、学校の中で起こる不思議を描いたものであるが、学級の中の特定の個人に不思議が起こるという点が先程の作品とは異なっている。マイナスな気分の児童に不思議なことが起こって、心理状態がプラスに変化するというパターンを取っている。作品全体において、終結する時点で主要人物の心理がプラスへと変化しているというのも、この作品の特徴である。

　また、作品の枠組みとして、○時間目、という設定がなされており、学校の一日の流れと共に物語が進行していくのもこの作品の特徴である。学校の一日を通して、それぞれの人物が幸せな気持ちになる瞬間を描いた作品である。

　物語内において、主要人物に対して二種類の働きかけをする人物がいると考え、分類を行った結果が上の表である。作品ごとに特徴や偏りは見られるが、主要人物に肯定的な働きかけをする人物が、否定的な働きかけをする人物よりも描かれる割合が多いことが明らかになった。また、どちらの働きかけもしない人物が、それぞれの合計の倍程度存在することが明らかになった。

　肯定的人物は、主要人物の行動や生活を後押ししたり、主要人物の内面によりそったりして、主要人物の内面を変化させていく役割を果たしていると考えることができる。また、主要人物にお話しを聞かせる、ストーリーテラーとしての肯定的人物も存在している。ここでの肯定的人物は、主要人物を＜非日常＞の世界へと連れて行く役割を果たしていると考えられる。

　一方で、否定的人物は、主要人物にマイナス感情を起こさせる要因のひとつとして描かれている。＜非日常＞の世界へと主要人物が移行していくためには、主要人物の何らかの欠落がその＜装置＞となっていることは先にも述べた通りである。その欠落を作り出すために、否定的人物が描かれていると考えるころができる。否定的人物が作り出す欠落が、＜非日常＞への出発の＜装置＞となる効果があるのである。肯定的人物、否定的人物それぞれのみが主要な登場人物として描かれている作品もあるが、肯定的人物と否定的人物が同一作品の中に描かれている作品もある。それぞれが物語内において果たす役割が異なっているからであると考えられる。また、通常の日常世界には、自分のことを肯定的に受け止める人物も否定的に受け止める人物も存在している。そのような、現実の日常を再現しているため、双方の種類の異なる人物が同一物語内に存在していると考えられる。

第二項　主要人物設定

物語の中心となっている人物を主要人物とするということは先に述べた。物語の中で主要人物がどのように描かれているかを調べるため、六つの観点を設けた。名前・年齢・身分・性格・体格・その他について、物語中において描写されているものを抜き出した。それらを表にまとめたものを以下に記す。

『放課後の時間割』

短編名	名前	年齢	身分	性格	体格	その他
はじめに	ぼく		図工の先生
1 それがはじまったわけ	学校ネズミ	十さい	最後の学校ネズミ	りくつっぽい	白い服
2 しゃっくり―一年生ネズミの話―	サッちゃん	一年生	小学生の女の子			ユキオくんにからかわれている
3 手の中のもの、なあんだ	井上さん	もうわかくはない	夜警員の男性	いつもひとりでうつむきかげんに歩く		あまり誰かと話したり、わらいあったりするということがありませんでした
4 赤い潜水艦	悦子	二年生	小学生の女の子	つんつん突堤を歩いていた		ひっこしてきてからというもの、いつだって悦子は、おもしろくなかった
5 おしゃべりはだいきらい	プラタナス	二十年くらい	プラタナスの木	おしゃべり		孤独
6 学校こわい	なめくじ		学校に住んでいるなめくじ	塩嫌い		学校こわい…
7 時間割はストッ　　　プ	学校ネズミ	十さい	最後の学校ネズミ	さみしがり
8 なみだのあな	ぼく	二年生	小学生の男の子	泣き虫		人に泣いているところを見られるのがいや
9 図工室の色ネコ	図工の先生		図工の先生	めんどくさがり		色ネコに代わりに掃除をさせる
10 すると、雪がふりだした	タカシ		小学生の男の子	親切		みんなと同じように固まっているふりをする
11 すけだち	五年生	五年生	小学校五年生	あきらめ気味	六年生に劣る	六年生にコートをとられそう
12 机の上の宝島	キヨシ	六年生	小学校六年生の男の子	空想好き		机の木目からストーリを想像する
13 もとのすがた	女の子		転校生の女の子	親切？な魔法使い		みんなをもとの姿にもどしてあげる
14 放課後の時間割、あるいは長ぐつをはいたネズミ	空場公二	五年生	小学校五年生の男の子	なにかに集中して、練習したり考えたりすることがにがて		優等生になる。人間的に成長する。
15　戸だなの中のマリオネット	男女のマリオネット		マリオネットの人形	相思相愛		一緒にいられることが幸せ
16 それからあとのこと	新しい学校ネズミ		赴任先の学校ネズミ	学校ネズミに興味あり		友達になる予感

『放課後の時間割』では、人間以外の登場人物が主要人物となっている作品があることが特徴である。人物については、泣きむしである、という性格の少年や、あまりだれかと話したりすることがない用務員さん、など、細かい設定がなされている作品が存在した。その他、一人称で語られる作品については、主観的に、さみしいなどの表現が用いられていることが明らかになった。
『雨やどりはすべり台の下で』

短編名	名前	年齢	身分	性格	体格	その他
はじめに	雨森さん	六十さいくらい	アパートの住人	アパートきってのかわりもの。へんくつ	長身の、めがねをかけた	ひとりで生きている。魔法使い？
1 スカイハイツ・オーケストラ―照夫の話	照夫	中一	中学校一年生の男の子	新しい地域になじめない		ひとりぼっち
2 青みどりのかぎと麦わらぼうし―一郎の話	一郎	小六	六年生の男の子	海行きが中止になってあたまにきている		たいくつしている
3 白いボートと麦わらぼうし―恭子の話	恭子	小六	六年生の女の子	泳ぐのが好き		ひとりで海に行った
4 ナマズの恩返し―園美の話	園美	小三	三年生の女の子	おかあさんに叱られてむしゃくしゃ		アパートのろうかにひとりでいた
5 水玉もようの……―二郎の話	二郎	小五	五年生、一郎の弟	かぜぎみ	しょっちゅう風邪をひく	たいくつ
6 まあっすぐな線―大介の話	大介	小三	三年生、信子の弟	たいくつ	ひなたぼっこの猫みたいな気分	学級閉鎖で退屈していた
7 真夜中のコンニチハ―由紀の話	由紀	小五	五年生の女の子	やさしい気持ち友達が怒られて悔しくて涙が出た		お母さんに話を聞いてほしい
8 黄色の紙ひこうき―信子の話	信子	小四	四年生の女の子	はやりの紙飛行機をこっそり作る、不器用	ぶきっちょ	男の子と一緒に遊ぶわけではない朝早く、ひとりで公園
9 まい子のお礼のチョコレート―幸江の話	幸江	小二	二年生、勝治の妹	知的？		雨森さんにチョコレートをあげる雨森さんと話せる
10 雨森さんのこと―勝治の話	勝治	小五	五年生の男の子	問いかけるような話しかた		不思議な話ができないことに罪悪感
おまけ下の景色―ヤモリの話	ヤモリ			下の景色へのあこがれ		ヤモリの序列

『雨やどりはすべり台の下で』の主要人物は、本来は明るい子どもたちが、環境の変化やある出来事によって、マイナスな感情でいるときに不思議な出来事が起こるようになっている。個人の性格やプロフィールについてはあまり触れられておらず、主要人物自身の語りで話が進んでいく。それらはどれも、「きょうは、なんとなくかなしい」など、主観的な表現で語られている。そして、話のすべてに関わる人物である雨森さんについては、外側からの語りで描写がなされている。初めは否定的な印象を持たれていた雨森さんが、話が進行していくに従って感謝すべき優しい人物という印象へと変化していく。
『リクエストは星の話』

短編名	名前	年齢	身分	性格	体格	その他
1 シールの星	しんちゃん	三年生	三年生の男の子	いつもにこにこしている人を責めない勉強が苦手		しんちゃんのせいでシールをもらえなかったと責められる
2 箱のなかの星	洋	四年生	四年生の男の子	注意深い男の人を警戒		日番をひとりでした帰り道
3 ポケットの星	咲子	三年生	三年生の女の子	一人のさみしさを紛らわすよう明るくする		親が出かけて一人で留守番
4 スター	ドーフィー		鳥	なぜか眠れない自慢の歯をむき出し痛いふりをするようになる	コバの実そっくりに太ってしまった	痛みの歌でスターに成り上がる

『スターの星』では、一人一人の登場人物について細かく性格の描写がなされている。その上で、事件が起こるときには、ある出来事がきっかけとなっていることが分かった。どの作品も三人称で語られており、その語り手が主要人物の描写をしている。このことからも、三人称での語りの方が、主要人物についての細かい描写がなされている傾向があると言える。
『フングリコングリ』

短編名	名前	年齢	身分	性格	体格	その他
ぼくは小学校で　フングリコングリ	シジミチョウ		シジミチョウ	言葉づかいが丁寧	羽が美しく見えるようにとまる	優雅
フングリコングリ	アスカ	一年生	一年生の女の子	フングリコングリが気に入った		問題が終わってたいくつしていた
図工室のとなりは保健室　ふぎゅるっぴん	金魚		保健室の金魚	けっこうおちついた声		見てもらったり話しかけてもらうのがすき
むぎゅるっぱらぴれ　ふぎゅるっぴん	アキラ	二年生	二年生の男の子	うろたえない真剣	透明人間	透明人間になってもうろたえない
ぶぅんと音がして　かっくんのカックン	テントウムシ		テントウムシ	つぶされそうになる		先生の仕事が終わるのを待っていた
かっくんのカックン	格也	三年生	三年生の男の子	目立たない	走るのが得意ではない	かっくんのカックンは、張りつめていたきもちをゆるめる
はやく暗くなってしまったのは、雨がふっているせい　壺に願いを	アマガエル		アマガエル	礼儀正しい		雨がすき
壺に願いを	寺西くん	四年生	四年生の男の子	信じてもらえないかもしれないという不安		起きたことを順序だてて話す
「ねえ、ひま？」という声に戸をあけると　フルーツ・バスケット	ビビアン		猫	悩み事がある思わせぶりな話し方	優雅な歩き方	人の気持ちがわかるとはどういうことかを考える
フルーツ・バスケット	麻紀	五年生	五年生の女の子	いつも乱暴な口を利く		謝ることができるようになった
「でも。」と、ヤモリは残念そうな目をした　なんの話	ヤモリ		ヤモリ	懐疑的お話を聞くのが好き
なんの話	ぼく	六年生	六年生の図書委員の男の子	どちらかといえばぱっとしない印象の薄いいざというときに思い出されないタイプ	あまりいさましくない外見	本に夢中になっていたせいで、図書室の鍵を持って帰ってきてしまった

　この作品では、「ぼく」にお話しをしてくれるようにさまざまな動物が会いに来る。そのそれぞれの動物にも性格があり、話し方にも特徴を持たせている。それぞれの短編については、三人称で描かれているので、人物の性格や普段の様子の描写がなされている。はきはきした明るい人物よりも、いつも乱暴であったり、平凡であったりする登場人物が主要人物になっている傾向があることが明らかになった。

『カメレオンのレオン』

短編名	名前	年齢	身分	性格	体格	その他
1 ぺたぺたしたやつ	マコト	一年生	一年生の男の子	足音が怖くて振り向けない		一人でトイレに行く途中
2 ぼくはだれ？	校長先生		校長先生	自分の席に座っている人にうろたえた		だれもいない廊下を、ひとり靴音を響かせながら校長室に来た
3 カラスノエンドウの森	スガハラ先生		一年二組の先生	責任感が強い		カラスノエンドウの成長にあわてる
4 しずかにしなさい	タナハシ先生		二年生の先生	しずかにしなさい、が口癖		風船をわらないように、しずかにさせようとする
5 サンダユウのわるだくみ	サンダユウ		さむらいのかっこうをしたヒキカエル	自分の言うことに相手が従うはずだ、という話し方サンダユウが悪者だと思っている	でっぷりふとったソフトボールより少し大きいさむらいのかっこう、灰色のはおりに暗い青のはかま姿で、二本の刀	一人で学校に戻る途中に話しかけられる
6 「オバケのいたずら」といううわさ	教頭先生		教頭先生	ふしぎな出来事について悩んでいた		オバケのせいにしたら気分が晴れた
7 フルヤさんの花よめ	フルヤさん		アパートの住人	なんとか意思疎通を図ろうとする		どっとつかれが出る
8 無口な客	運転手		タクシーの運転手	おしゃべり口から先に生まれてきた、と言われる
9 ヴァイオリンのおけいこ―レオン登場―	アリサ	三年生	三年生の女の子	オバケに会えたことを喜ぶ勇敢		オバケ退治を引き受ける

『カメレオンのレオン』を通しての主要人物は、いたずら好きの「百年クラゲ」である。人を驚かすことが好きで、様々ないたずらを仕掛けてくる。そして、いたずらをしかけられる人物については、口から先に生まれたような、責任感が強い、など、端的ながらその人の人柄を端的に示す言葉で描写がなされていることが明らかになった。この作品も三人称で描かれており、そのことが主要人物の描写を細かくする要因であると考えられる。
『ふしぎの時間割』

短編名	名前	年齢	身分	性格	体格	その他
朝　五つ目のおはようとはじめてのおはよう	たけし	二年二組	二年生の男の子	遅刻したくない、元気		だれもいない教室
朝　五つ目のおはようとはじめてのおはよう	さなえ	二年三組	二年生の女の子	しゃべりたくない、おとなしい	足の骨を折ってギプスをしている	だれもいない教室
一時間目　ピータイルねこ	みどり	一年生	一年生の女の子	ひとりで教室から出られない	緑色のワンピース	保健室まで表をもっていくのがいやで、学校に来るのもいや
二時間目　消しゴムころりん	さおり	二年生	二年生の女の子	消しゴムを小さくなるまで使う		問題が早く解けてたいくつしていた
三時間目　三時間目の魔法使い	としお	四年生	四年生の男の子	飛んで行った自分のボールの行方が気になる		一人で体育館裏までボールを取りに行く
四時間目　カレーライス三ばい	ひさし	三年生	三年生の男の子	カレーライスがすき	たくさん食べる、しょっちゅうお腹をすかせている	問題を解いている途中でカレーライスのことを考えていた
五時間目　石ころ	良太	五年生	五年生の男の子	訓平に言ったことを気にしている		ジャンパーを汚されたことに腹を立てて訓平を罵ってしまう
六時間目　夢みる力	真一	六年生	六年生の男の子	言われたことを守ろうとする		突然現れたおばあさんの指示に従う
放課後　もういちどはしってみたい	タバセン	定年退職	先生	走ることが好き		子どもたちにまじってどろたんをする
暗くなりかけて　だれがチーズをたべたのか	まさおくん	五年生	五年生の男の子	人と違うことをするのがすき		ネズミと話をしてチーズをあげた話をする
夜　掃除用具棚	田島雅子	三十年間教師をしている	先生	気持ちの整理をする内科検診の自分の態度を反省	中腰がつらい	叱った竜一の気持ちになってみるために掃除用具棚に入る

　『ふしぎの時間割』では、教室の中の一人の人物に不思議な出来事が起こっていく展開となっている。この作品も三人称で語られているため、主要人物についてのプロフィールが冒頭で示されている。おとなしく内気な女の子など、おとなしい人物や、落ち着いて気持ちの整理をする先生など、読者である人物も抱えていそうな悩みを持った人物が描かれている。登場人物たちが抱える些細な悩み事は、読者に共感的に働きかける効果を持っていると考えることができる。

　63短編それぞれにおける中心人物のプロフィールは上記の通りである。先に示した場面設定と併せてみてみると、相互に関連したものであることが分かる。主要人物自体の性格が＜不思議＞を引き起こすというよりはむしろ、主要人物を取り巻く環境がそうさせる、ということは、場面設定を見ると明らかである。主要人物の性格について細かく触れられず、一言もしくは表記がない作品もあったことから、それぞれが自分なりの中心人物を思い描く幅がそれだけ広いということが言える。このことは、それぞれの主要人物に読者が自らを投影しやすくする効果を生んでいると考えられる。自分たちと同じような＜普通＞の子どもたちが、いつもとは異なる満たされない気持ちのときに＜不思議＞が起こるのであり、その対象は他ならぬ自分であるかもしれないという期待を読者に抱かせている効果があるのではないかと考えた。

第四節＜非日常＞への入り口

　第一項　＜非日常＞への引き金となる装置

　岡田淳の物語作品は、＜日常＞から＜非日常＞へと移行していく作品であるということはこれまでにも述べた。では、どのようにして登場人物たちは＜日常＞から＜非日常＞へと移行していくのであろうか。＜日常＞から＜非日常＞に移行する際、その原因、きっかけとなる＜装置＞があると考えた。それぞれの短編において、＜不思議＞を引き起こすためにどのような＜装置＞が用いられているかを作品、短編ごとにまとめた。さらに、各＜装置＞の分類として、分類語彙表を用いて分類を行った。それぞれの＜装置＞が、分類語彙表の中のどの項目にあてはまるかを右欄に示したものが以下の表である。その下に、各作品の中で＜装置＞の分類が占める割合を示した表を作成している。作品ごとの結果は以下の通りである。なお、割合の数値は、小数点以下を四捨五入して表記することとする。

『放課後の時間割』

短編名	＜装置＞となるもの	＜装置＞の分類
1それがはじまったわけ	ネズミ	動物
2しゃっくり	しゃっくり	生命
3手の中のもの、なあんだ？	「手の中のもの、なあんだ？」	言語
4赤い潜水艦	海に浮かぶ赤いもの	物質
5おしゃべりはだいきら　い	プラタナスのつぶやき	言語
6学校こわい	授業	心
7時間割はストップ	冬休み	生活
8なみだのあな	涙のあな	形
9図工室の色ネコ	色ネコ	動物
10すると、雪がふりだした	鼻の上に落ちる雪	物質
11すけだち	五年生のあきらめ	心
12机の上の宝島	宝島	天地
13もとのすがた	ゴニョゴニョゴニョ	言語
14放課後の時間割、あるいは長ぐつをはいたネズミ	空場公二	人物
15戸だなの中のマリオネット	風	様相
16それからあとのこと	転勤	待遇

待遇	1
道具	0
機械	0
食糧	0
資材	0
事業	0
行為	0
住居	0
自然	0

分類	短編数
動物	2
生命	1
言語	3
物質	2
心	2
生活	1
形	1
天地	1
人物	1
様相	1