次の文章を読んで、問いに答えなさい。

放課後の
ロックンロール・
パーティ
 その朝、新駅の1ヘキガいっぱいになぐり書きされていた文字は、最初、このように読めたという。
 少年がふたり、夏の2名残りの強い日差しがコンクリートの3舗装によって白く照り返される、〈緑橋〉に続く坂道を上っていくのは、それから三日後の午後だった。小太りの方がオサム。オサムは汗っかきで、短く刈った髪の毛を、プールから上がってきたばかりのように汗で濡らしていた。もうひとりが僕。夏はまだ、町にしっかりと居座っていた。
 「転校してきたやつの名前が分からないなんて、そんなバカなことがあるかよ」
 坂道を上りながら、Aオサムはいらだたしげだった。上り坂の道が、急角度で右にカーブを切っている。
 「誰も知らないんだからしかたないじゃないか。職員室に行って、どうしてもって言って聞き出してくるにしても、このことについてはみんな、妙に口が固いんだ」
 「だって、おかしな話じゃん」
 オサムは@不服そうだ
 「転校生ってのは朝、来てさ、担任に呼ばれて、みんなの前に立たされて、自己紹介とかさせられて……」
 「だからそれがなかったんだって、『あいつ』の場合」
 まるで自己4ベンゴでもするように、僕はBけんめいに反論している
 「だいたい、転校してきてから一度も『あいつ』が学校に来たことがないのはオサムだって知ってるだろ。誰も顔さえ知らないんだよ、『あいつ』の。名前も知らない。だけど毎日顔を合わせてるんなら名前がなくちゃ不便だけど、知らないやつの名前なんか知らなくたって、誰も困らないじゃないか」
 「おまえ、よくそんなに落ち着いていられるよな」
 「あいつ」は新学期になって、ひとつ上級、三年生のクラスに転校してきたと言われていた。顔つきが大人びていて、普通の三年生より、本当に年が少し上らしい。何故なのか、事情は分からなかった。この町には親も親戚もなく、どこに住んでいるのか誰も知らない。イメージが5膨れて、「あいつ」は身寄りも何もないアウトロー、実は相当のワルらしいというA根も葉もないことも言われていた。女子生徒たちの間では、「『あいつ』はカッコよくて素敵」という、これもC出所不明の噂があった。「あいつ」に関することはすべてが噂だった。それでも噂話の種に6トドまる間は謎の多いほうがおもしろい。昨日まではそれでもよかった。
 [D  ]この日の朝、三日前のあのこと、新駅の巨大なヘキガにとんでもないいたずら書きをしたのが、実は「あいつ」だったのだという新しい噂が、学校中に、だけではなく、事件の性質上この町中に、突然のように飛び交った。これも発信源は分からない。今度こそ、これまで「あいつ」について、本当のところ、いちばん肝心な部分をあいまいなままにして噂話を楽しんでいた少年たちは、「あいつ」とはいったい何者で、この町で何をしようとしているのか、E急に気になり始めた。そして、この事態を前にして、僕たちが「あいつ」について本当に知っていることがあまりに少ないことを思い知らされることになる。それが、その時のオサムをいらだたせていた原因だった。

(市川陽『放課後のロックンロール・パーティー』より作成)