一 次の文章を読んで、右の問いに答えよ。

a「やあい、やあい、くやしかったら、つり橋わたって、かけてこい。」
山の子どもたちがはやしました。
トッコは、bきゅっとくちびるをかみしめて、ゆれるつり橋を見ました。
ふじづるでできた橋の下には、谷川がゴーゴーどしぶきを上げてながれています。
橋はせまいくせに、ずいぶん長くて、人が歩くと、よくゆれます。
おまけに、今にもふじづるが切れそうなほど、ギユッ、ギユッと、きしむのです。
だから、さすがにまけずざらいなトッコも、足がすくんでしまいました。
「やあい、影かがあったら、とっととわたれ。」
トッコの家は東京てすが、お母さんが病気になったので、この山のおばあちゃんの家にあずけられたのです。
おばあちゃんは、トッコがさびしがるといけないと思って、子どもたちを三人もよんできました。
サブとタケシとミヨです。
「トッコちゃんとあそんでやっておくれ。さあ、東京のおかしをお食べ。」
そう言って、サブたちのごきげんをとりむすんでくれたのです。
それなのに、トッコときたら、山の子たちに弱みを見せたくないものだから、東京のじまんばかりしてしまったのです。
だから、サブたちがおこるのは当たり前です。
そのあげくが、
「くやしかったら、つり橋わたれ。」
ということになったのです。
「ふんだ。あんたたちなんかと、だれが あそんでやるもんか」
トッコは、べっかんこして見せました。
おばあちゃんは、畑仕事をしたり、はたをおったりしなければなりません。
だから、トッコとおままごとやおはじきばかりしてはいられないのです。
来る日も来る日も、cトッコはー人であそびました
花をつんだり、ちょうちょうをおいかけたり、小鳥のすをのぞいたり――。
はじめのうちはめずらしかったが、一人では、何をやってもおもしろくありません。
(ママ、今、何してるかな。早く病気なおらないかな。)
そう思うと、きゅうにママがこいしくなりました。
「ママーッ。」
かさなり合った緑の山に向かって、大きな声でよびました。
すると、
「ママーッ。」
「ママーッ。」
「ママーッ。」
と、大きく、小さく、声がいくつもかえってきました。
そして、また、元のしずけさにもどりました。
ただ遠くの方で、かっこうの鳴くのが聞こえました。
「だれか、あたしの声をまねしてる」
トッコは、おもしろくなって、何度も何度もよんでみました。
そのたびに、自分そっくりの声がかえってきました。
トッコは、うれしくなって、はたをおっているおばあちゃんのところへとんでいきました。
「あれは、山びこっていうんだよ。」
と、おばあちゃんが教えてくれました。
そこで、トッコは、山に向かってよびかけました。
「おうい、山びこうっご。」
すると、「おうい、山びこうっ」という声が、いくつもいくつもかえってきました。
それがだんだん大きくなってきたかと思うと、とつぜん、どっと風がふいて、水の葉をトッコにふきつけました。
トッコはびっくりして、思わず目をつむりました。
そして、こわごわ目をあけると、そばに、かすりの着物を着た男の子が立っていたのです。
「あら、あんた、いつ来たの。」
と、トッコが聞くと、男の子は、
「あら、あんた、いつ来たの。」
と言って、にっこりしました。
「おかしな子ね。」
「おかしな子ね。」
「こらっ、まねするな。」
トッコが手をより上げると、男の子は、
「こらっ、まねするな。」
と言って、にげました。
「まねすると、ぶつわよ。」
「まねすると、ぶつわよ。」
男の子は、わらいながら、つり橋をトントンかけていきました。
dトッコも、知らないうちに、つり橋をトントンわたっていました。
つり橋はゆれましたが、トッコは、もうこわいと思いませんでした。
つり橋をわたりおえると、男の子は、林の中へかけこんでいきました。
いそいでおいかけました。
でも、もう、男の子のすがたは見当たりませんでした。
しらかばのこずえが、サヤサヤ鳴り、ほおの本の広い葉を通してくる日の光が、トッコの顔を緑色にそめました。
「おうい、どこにいるのうっ。」
と、トッコはよびました。
すると、林のおくから、
「おうい、どこにいるのうっ。」
という声が、聞こえてきました。
そして、また、どっと風がふきました。
「何だ、おめえか。」
そばの山つつじの後ろから、サブがひょっこり顔を出しました。
ミヨとタケシも出てきました。
「今、男の子を見なかった?」
「いんや、どんな子だい。」
「着物を着た子。」
「今どき、着物を着てるやつなんか、いるもんか。ゆめ見てたんとちがうか。」
アハハハと、山の子たちはわらいました。
「おめえ、つり橋わたれたから、いっしょにあそんでやるよ。」
と、サブが言いました。
それからです、eトッコが山のくらしが楽しくなったのは。
でも、トッコは、もう一度、着物を着た男の子とあそびたいと思いました。
ところが、いくらよんでも、遠くの方でまねをするだけで、あの子は、もうすがたを見せませんでした。