一 次の文章を読んで、右の問いに答えよ。


1

{1}、豆太ほどおくびょうなやつはない。もう五つにもなったんだから、夜中に{2}でせっちんぐらいに行けたっていい。
{3}、豆太は、せっちんは表にあるし、表には大きなモチモチの木がつっ立っていて、空いっぱいのかみの毛をバサバサとふるって、両手を「わあっ!」と上げるからって、夜中には、じさまについていってもらわないと、{2}じゃしょうべんもできないのだ。
じさまは、ぐっすりねむっている{4}に、豆太が、
「じさまあ。」
って、どんなに{5}で言っても、
「しょんべんか。」
と、すぐ目をさましてくれる。
いっしょにねている一まいしかないふとんを、ぬらされちまうよりいいからなあ。
それに、とうげのりょうし小屋に、自分とたった二人でくらしている豆太がかわいそうで、かわいかったからだろう。
けれど、豆太のおとうだって、くまと組みうちして、頭をぶっさかれて死んだほどのきも助だったし、じさまだって六十四の今、まだ青じしを追っかけて、きもをひやすような岩から岩へとびうつりだって、みごとにやってのける。
それなのに、どうして豆太だけが、こんなにおくびょうなんだろうか_。

2
モチモチの木ってのはな、豆太がつけた名前だ。小屋のすぐ前に立っている、でっかいでっかい木だ。
秋になると、茶色い、ぴかぴか光った実をいっぱいふり落としてくれる。その実をじさまが木うすでついて、石うすでひいて、こなにする。こなにしたやつをモチにこね上げて、ふかして食べると、ほっぺたが落っこちるほどうまいんだ。
「やい、木い、モチモチの木い!実い、落とせえ!」
なんて、昼間は木の下に立って、かた足で足ぶみして、いばってさいそくしたりするくせに、夜になると、豆太は、もうだめなんだ。木がおこって、両手で、「お化けえ!」
って、上からおどかすんだ。夜のモチモチの木は、そっちを見ただけで、もうしょうべんなんか出なくなっちまう。
じさまが、しゃがんだひざの中に豆太をかかえて、
「ああ、いい夜だ。星に手がとどきそうだ。おく山じゃあ、しかやくまめらが、鼻ぢょうちん出して、ねっこけてやがるべ。それ、しいいっ。」
って言ってくれなきゃ、とっても出やしない。しないでねると、あしたの朝、とこの中がこうずいになっちまうもんだから、じさまは、かならずそうしてくれるんだ。五つになって「しい」なんて、みっともないやなあ。
でも、豆太は、そうしなくっちゃだめなんだ。

3
そのモチモチの木に、今夜は灯がともるばんなんだそうだ。
じさまが言った。
「しもつきの二十日のうしみつにゃあ、モチモチの木に灯がともる。起きてて見てみろ、そりゃあきれいだ。おらも、子どものころに見たことがある。死んだおまえのおとうも見たそうだ。山の神様のお祭りなんだ。それは、一人の子どもしか見ることはできねえ。それも勇気のある子どもだけだ。」
「……それじゃあ、おらは、とってもだめだ……。」
豆太は、ちっちゃい声で、なきそうに言った。だって、じさまも、おとうも見たんなら、自分も見たかったけど、こんな冬の真夜中に、モチモチの木を、それもたった一人で見に出るなんて、とんでもねえ話だ。ぶるぶるだ。
木のえだえだの細かいところにまで、みんな灯がともって、木が明るくぼうっとかがやいて、まるでそれは、ゆめみてえにきれいなんだそうだが、そして豆太は、「昼間だったから、見てえなあ……。」と、そっと思ったんだが、ぶるぶる、夜なんて考えただけでも、おしっこをもらしちまいそうだ……。
豆太は、はじめっからあきらめて、ふとんにもぐりこむと、じさまのたばこくさいむねん中に鼻をおしつけて、よいの口からねてしまった。

4
豆太は、真夜中にひょっと目をさました。頭の上でくまのうなり声が聞こえたからだ。
「じさまあっ!」
むちゅうでじさまにしがみつこうとしたが、じさまはいない。
「ま、豆太、しんぺえすんな。じさまは、じさまは、ちょっと、はらがいてえだけだ。」
まくらもとで、くまみたいに体を丸めてうなっていたのはじさまだった。
「じさまっ!」
こわくて、びっくらして、豆太はじさまにとびついた。けれども、じさまは、ころりとたたみに転げると、歯を食いしばって、ますますすごくうなるだけだ。
a「医者様を、よばなくっちゃ!」
豆太は、子犬みたいに体を丸めて、表戸を体でぶっとばして走り出した。ねまきのまんま。はだしで。半道もあるふもとの村まで……。
外はすごい星で、月も出ていた。とうげの下りの坂道は、一面の真っ白いしもで、雪みたいだった。しもが足にかみついた。足からは血が出た。豆太はなきなき走った。いたくて、寒くて、こわかったからなあ。
でも、大すきなじさまの死んじまうほうが、もっとこわかったから、なきなきふもとの医者様へ走った。
これも年よりじさまの医者様は、豆太からわけを聞くと、
「おう、おう……。」
と言って、ねんねこばんてんに薬箱と豆太をおぶうと、真夜中のとうげ道を、えっちら、おっちら、じさまの小屋へ登ってきた。
とちゅうで、月が出てるのに雪がふり始めた。この冬はじめての雪だ。豆太は、そいつをねんねこの中から見た。
そして、医者様のこしを、足でドンドンけとばした。じさまが、なんだか、死んじまいそうな気がしたからな。
b豆太は、小屋へ入る時、もう一つふしぎななものを見た。
「モチモチの木に、灯がついている!」
けれど、医者様は、
「あ?ほんとだ。まるで灯がついたようだ。だとも、あれは、トチの木の後ろに、ちょうど月が出てきて、えだの間に星が光ってるんだ。そこに雪がふってるから、あかりがついたように見えるんだべ。」
と言って、小屋の中へ入ってしまった。だから、豆太は、そのあとは知らない。医者様の手つだいをして、かまどにまきをくべたり、湯をわかしたりなんだり、いそがしかったからな。

5
でも、次の朝、はらいたがなおって、元気になったじさまは、医者様の帰ったあとで、こう言った。
「おまえは、山の神様の祭りを見たんだ。モチモチの木には、灯がついたんだ。おまえは一人で夜道を医者様よびに行けるほど勇気のある子どもだったんだからな。自分で自分を弱虫だなんて思うな。人間、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことは、きっとやるもんだ。それを見て他人がびっくりするわけよ。ハハハ。」
――それでも、豆太はじさまが元気になると、そのばんから、
「じさまあ。」
と、しょんべんにじさまを起こしたとさ。