大阪教育大学 国語教育講座 野浪研究室 ←戻る counter
提出日:平成29年1月31日
平成28年度 卒業論文

笑いを生み出す文章の表現特性
―すべらない話を資料として―

大阪教育大学 教育学部 学校教育教員養成課程 
国語教育専攻 小学校コース
国語表現ゼミナール 132108 奥田 真心

指導教員 野浪 正隆先生

目次

序章 研究動機・目的
  第一章  研究にあたって
   第一節 研究対象 「人志松本のすべらない話」
   第二節 「面白い話」と「つまらない話」
	  第一項 話題選びにおける「共感」
	  第二項 「フリオチ」の特性
   第三節 研究について
    第一項 すべらない話の構成分析  
    第二項 すべらない話の笑いの対象となる人物
  第二章 分析結果
   第一節 各分析について
    第一項 構成分析の分析結果
    第二項 笑いの対象となる人物の分析結果
    
   第二節 分析結果の考察
  第三章 まとめと今後の課題
   第一節 まとめ
   第二節 今後の課題

参考文献と資料

序章 研究動機・目的

 大学に入学してから、様々な人と話をする機会が増えた。大学に行けば学科の友達やサークルの先輩や後輩がいて、アルバイト先では主婦の方がいて、ボランティアで小学校に行くと、先生方や小学生がいる。このように多様な年齢や性別の人との交流の場がある。そこで私は一つの疑問を抱いたのである。自分の話は会話をしている相手にとっておもしろいものなのだろうか。大学に入学する以前は部活動か学級といった限られたコミュニティの中での会話で十分であり、話題に事欠くことも無く、気の合う人との会話がほとんどの日常の中では、抱くことの無い疑問だったのだ。それが大学に入学してから多様なコミュニティでの会話が必須とされ、社会に出れば更に多くの機会が待ち受けているだろう。教師になれば教壇に立ち子どもたちの前で話をすることなど日常になってくる。「面白い話」ができることは日常生活をしていく上で有益であることは間違いない。
 そこで私は、聞き手を引き付ける語りのテクニック、自分の頭の中で台本を構成し、時にはアドリブを加え自分の語りに聞き手を集中させる能力、これらを身近な場面で感じたのが、お笑い芸人の語りである。そのなかでも、『人志松本のすべらない話』という番組は、メディアで活躍している名だたるお笑い芸人たちが、自らの語り一つで笑いを取り、聞き手を夢中にさせている。この語りのなかにどのような工夫やテクニック、人を引き付ける技術が含まれているのか、また、その技術はお笑いの場面だけでなく、教師として教壇に立ったとき、使えるものはないかと考え、この研究をするに至った。


第一章 研究にあたって

第一節 研究対象 『人志松本のすべらない話』

 本研究対象である『人志松本のすべらない話』とはフジテレビ系列の単発のバラエティ番組であり、ダウンタウンの松本人志の冠番組である。「人は誰も1つはすべらない話を持っており、そしてそれは、誰が何度聞いても面白いものである」がコンセプトの番組である。
 当番組を企画した松本人志やお笑い芸人が出演し、すべらない話をひたすら披露していくトーク番組である。会員制カジノを模したセットで松本が出演者の名前が書かれたサイコロを振り、出目に当たった人がすべらない話をするというものである。
今回の研究では『人志松本のすべらない話』に出演しているものの中で、全29回放送のうち、複数回出演いている演者のすべらない話を抜粋した、松本人志、千原ジュニア、ほっしゃん。、宮川大輔、河本準一、ケンドーコバヤシ、兵動大樹、小藪千豊、木村祐一の9名は出演回数が特に多いので、この9名のすべらない話を中心に、文字におこし、分析を行った。以下の表は9名の所属事務所・NSC何期生・活動開始時期『人志松本のすべらない話』の出演回数・ネタつくりの際台本を書くか・漫才においての役割を示したものである。
 また下の表2は今回取り扱う作品の語り手と題名を示した表である。
(表1) 語り手一覧
語り手事務所期生活動開始時期出演回数台本役割
松本仁志よしもと1198130ボケ
千原ジュニアよしもと8198930ボケ
宮川大輔よしもと9199030×ツッコミ
ほっしゃん。よしもと9199023ボケ
河本準一よしもと13199522ボケ
ケンドーコバヤシよしもと11199221ボケ
小藪千豊よしもと12199317ボケ
兵頭大樹よしもと9199017記載なしボケ
(表2) 取り扱う作品一覧
語り手題名
宮川大輔親父のパソコン
宮川大輔球技大会にて
宮川大輔家族で遊びに行ったときのできごと
宮川大輔憧れの女の子とデート
松本人志愛犬 ペル
松本人志カーナビ
松本人志犬のミッシェル
松本人志ハワイ旅行にて
松本人志相方 浜田
ほっしゃん。おねしょ
ほっしゃん。ボルネオ島
ほっしゃん。ガス代
ほっしゃん。奥さんの危機管理
ほっしゃん。メガネと景色
ほっしゃん。星のセーター
ほっしゃん。安売りの洗剤
兵動大樹たっくん
兵動大樹くじ
兵動大樹マラソン大会のゼッケン
兵動大樹間違い電話
兵動大樹空港のトイレ
兵動大樹パリン
千原ジュニア寿司屋にて
千原ジュニアりあるキッズ
千原ジュニアケンドーコバヤシ
千原ジュニア亀のクラッシュ
小藪千豊合コン
小藪千豊葬式のおばさん
小藪千豊天然の人
ケンドーコバヤシラーメン屋にて
ケンドーコバヤシかっこいい人
ケンドーコバヤシ横断歩道にて
ケンドーコバヤシマネージャー
ケンドーコバヤシ親父
木村祐一猫舌
木村祐一後輩
木村祐一お好み焼き屋にて
河本準一リズム
河本準一カップルのしりとり
河本準一タロ吉

第二節 「面白い話」と「つまらない話」

第一項 話題選びにおける「共感」

 すべらない話に限らず、なにか人に話をするとき、相手が「この人の話は面白い」と思うか、「この人の話はつまらない」と思うのかで重要となってくる要素の一つに話題選びがある。その話題選びにおいて、最も重要なことは「共感」を得ることである。日常の会話で会話の相手(聞き手)によって、話題を選びその相手にあった話をすることはごく自然のことであろう。例えば、部活の仲間と話をするときは、そのスポーツの話をしたり、そのコミュニティでの人間関係の話をしたりする。共通の趣味を持つものと話をするとき、その共通の趣味で盛り上がるなどである。これがいわゆる「共感」を得る話題選びである。
 では、複数人、またはあまり親しくない人との会話では「共感」を得ることのできる話題というものはどのようにしてみつければいいのだろうか。放送作家の美濃部達宏氏の『なぜ、あなたの話はつまらないのか?』のp72ではこのように記されている。話のネタ選びのコツは、できるだけたくさんの人が共通して経験し、共感できるネタをチョイスすることである。そこで、多くの人が共通して経験し、かつ、テレビ番組で頻繁に取り上げられている題材がある。それをまとめたものとして、「共感のピラミッド」がある。美濃部氏が提唱した「共感のピラミッド」によると、最も多くの人物から「共感」をえることができる話題として「家族」の話が挙げられる。生まれたとき誰もが持っている家族の話題は万人から「共感」を得ることの出来る話題である。次に学校(子ども・学生時代の思い出)、食・住(食べることなどの日常生活)、恋愛や仕事での話、最後に芸能(好きな有名人やアーティストの話)が「共感」されやすい話題とされている。実際に『人志松本のすべらない話』第一回放送でも27作品のうち16もの作品が「家族」を話題にした話であった。
美濃部達宏氏の「共感のピラミッド」では左の家族から多くの聞き手に「共感」得ることができる話題とされている。
 家族→学校(子ども・学生時代の思い出)→食・住→恋愛・仕事→芸能
今回文字おこしを行った全40作品の話題選びの内訳は以下の通りである。
(資料1) 話題選びの内訳
 プライベートの話題
 「カーナビ」「メガネと景色」「星のセーター」「安売りの洗剤」「リズム」「カップルのしりとり」「ラーメン屋」「かっこいい人」「横断歩道にて」「空港のトイレ」「たっくん」「間違い電話」「くじ」「寿司屋にて」「猫舌」「お好み焼き屋にて」「後輩」

家族の話題
「愛犬 ペル」「ガス代」「おねしょ」「奥さんの危機管理」「タロ吉」「親父」「パリン」「親父のパソコン」「家族で遊びに行った時の出来事」

仕事の話題
 「相方 浜田」「ボルネオ島」「マネージャー」「合コン」「天然の人」「マラソン大会のゼッケン」「りあるキッズ」「亀のクラッシュ」「ケンドーコバヤシ」「ハワイ旅行」

学校の話題
 「犬のミッシェル」「葬式のおばさん」「球技大会にて」「憧れの女の子とデート」
ここでは、作品を無作為に選んではいるが、「家族」を話題に上げている作品が40作品のうち9作品という結果になった。また『人志松本のすべらない話』という場での聞き手とは一般視聴者である以前に、番組出演者、つまりお笑い芸人であることに着目すると、参加者全員が芸能界、またお笑い芸人というコミュニティに所属していると考えると「仕事」を話題に選ぶということは聞き手にとって「共感」を得やすい話題選びをしているということになる。「仕事」を話題に選んだ作品は10作品ということで「家族」と同じく『仁志松本のすべらない話』という場で語られやすい話題だと分かる。17作品で一番多い割合を占めたのが「プライベート」の話題である。これは「家族」「学校」「仕事」以外の話をしていたら便宜上「プライベート」という表現を使うこととし、「家族」「学校」「仕事」以外の「その他」という扱いをするため多くの割合を占めることとなった。

第二項 「フリオチ」の特性

 話を面白くするためには「共感」ともうひとつなくてはならない要素がある。それが「フリオチ」である。「フリオチ」とは端的に言い換えると「おもしろさを伝える正しい順序」である。「フリオチ」は「フリ」と「オチ」の2つの単語が合わさった言葉で、お笑いに詳しい人は聞いたことがあるかもしれないが、実際にどういったものなのかと問われると答えるのは難しいだろう。
美濃部氏は『なぜ、あなたの話はつまらないのか?』のp110で「フリオチ」を打ち上げ花火に例えて説明している。以下下線部はその例えの引用である。打ち上げ花火は導火線に火を点けると、火が線を伝って火薬に引火し、ドーンと花火がうちあげられます。この(導火線)がフリ(火薬)がオチです。導火線(フリ)がしっかりしていれば、火が問題なく火薬(オチ)に引火し、花火(あなたの話)がドーンと打ち上げられ、花火を見ている人(聞き手)を魅了することができます。(中略)
 面白いとされる話は必ず、フリ→オチという順番で進み、時には一つの話の中に「フリオチ」が複数存在して、それが連続することで成り立っている話もある。面白い話における「フリ」と「オチ」の役割を以下のように示す。
フリ…聞き手に「この先、この話はこうなるんだろうな」という想定をさせる。
オチ…その想定を裏切るような意外な結末を用意する。
 すべらない話では、それぞれの話における最後の「オチ」で一番大きな笑いが起こるように語り手は話の筋道を立てていると考えられる。
 以下に示すものは、松本人志の「相方 浜田」を文字おこししたものと、その中から「フリオチ」を抜粋したものである。
(資料2) 松本人志 「相方 浜田」 
 じゃあ、短いので!相方の浜田さん、けっこうあのーなんか、キャラ的に怖いもん知らずみたいな、根性据わってるみたいな、なんか感じじゃないですか。で、むかーしね、2人で全然売れてない時ですよ?あのーなんか余興というか、営業にね2人だけ、マネージャーも付いてきてないころですよ、いかされたんですよ。んでなんかこー、漫才前くらいに緊張しよったんかな、もうなんかートイレ、公衆便所みたいなところに入っていったから、ちょっとおれ、おもろそうやから、ずーとついていったら、なんかお腹下してたみたいで、うんこしとんねや。んで、そーっと入って行ってあいつがうんこしてるところのドアを、バァンって蹴ったったんですよ、そしたら、あの根性ありそうに見せてるあいつ、
(一同はい、はい)「えぇ〜。」(一同 笑い@)10回ぐらい蹴ったったんですよ!10回とも、「えぇ〜。」(一同 笑いA)考えられないでしょ、こらー!なんか一切ない。出てきたときもなんか、「えぇ〜。」
(一同なにしてんねんってなるかと思った)しょせんあんなもんなんですよね。
フリ:キャラ的に怖いもん知らずみたいな、根性据わってるみたいな、なんか感じじゃないですか。
オチ:そーっと入って行ってあいつがうんこしてるところのドアを、バァンって蹴ったったんですよ、そしたら、あの根性ありそうに見せてるあいつ、(一同はい、はい)「えぇ〜。」
 この話は「フリオチ」の構造がはっきりとしており、そのはっきりとした「フリオチ」により笑いが起きている。
キャラ的に根性据わってるので、怖いものなどなさそうだし、緊張もあまりしないだろうと聞き手は予想する。(フリ)しかし、語り手である松本が、脅かしてやろうと相方である浜田が入っているトイレのドアを蹴ると、情けない声で「えぇ〜」というその想定を裏切るような声が聞こえてきた(オチ)というものが、このすべらない話の基本的な構造となっている。出演者の反応にも注目すると、あの根性ありそうに見せてるあいつというフリのあとに、はいはい。と同意の反応を示し、「えぇ〜。」というオチの後に笑いが起こっている。
 このようにすべらない話には聞き手に結末を想定させるフリがあり、その聞き手の想定を裏切るオチに向かっていき最後に笑いの山場を迎えるという構造になっている。

第三節 研究について

 この節では、すべらない話を分析するに当たり、どのような分析方法を用いたのか、その方法と一部の例を示す。分析方法は大きく分けて二つの観点から分析を行なった。まず、一つ目は、すべらない話の構成についての分析である。構成の中には先ほど説明した「共感」や「フリオチ」の構造の他に語り手独自のすべらない話をおもしろく語るための技法についての分析である。二つ目は、すべらない話に登場する、笑いの対象となる人物の分析である。
 この二つの観点から分析を行ない、すべらない話にはどのような特性があるのか、語り手の工夫はどういったものなのかなどを明らかにしていく。

第一項 すべらない話の構成分析

すべらない話にはどの話にも必ず、前節で説明した「フリ」と「オチ」が存在する。
すべらない話の構成分析の項では、「フリオチ」の構造について、語り手はいかなる手段で、どのようにフリをつけ、どのようなオチに着地させているのかを分析していく。
 下に示しているものは、ケンドーコバヤシの「親父」という話と、フリオチの分析である。
(資料3) ケンドーコバヤシ 『親父』
 ぼくが小学校高学年ぐらいのときに、学習塾のブームが起こったんですよ、世間的に、なんかその、みんな学習塾入れて、将来のためにみたいなブームがすごい起こって、ブームに当てられたうちのおかんも、あんた塾行きみたいなこと言いだしたんですよ。ちょっと、うちの親父がそれを聞いて、滅多に怒こることないんですけど、急に怒りだして、「んなもんいかんでええ!」あんまりその教育方針とかぼく、親父には言われたことなかったのに、「塾なんかいくな!」って。んで、おかんとえらい喧嘩してて、ある日親父がバイクに乗れと、後ろ乗ってこう山の方へブーンと行ったんですよ。でまあ、「悪かったなおかあさんとケンカしてしまって、お前には見せたあかん姿やけど、まあ確かに、そのー勉強でのし上がっていって、しっかりした人になるっていうのは大事なことなんかもしれんけど、俺は人間の一番の財産は友やと思う、友達をもっと作るような環境にお前を置きたい。だから公立の中学校に行って欲しい。」って親父そんなこと考えてたんや。って、で、なんかいい感じのこと言いたかったんでしょうね、ちょっと川へいこうや、って、川行って、石投げながら話してたときに、こう、亀がおったんですよ、結構大きめの亀が。で「例えば、友達が居なかったら、本当に寂しい人生なんだ、この亀みてみろ。」ガッて亀捕まえて、ガッて裏返して。「この亀もひとりぼっちやったらこのまま死んでしまう。」って言うたら、野生すぎて、首伸ばしてブリッジでぐわーっ立って、スタスタスタって。(一同 笑い@) やっぱ野生はすごいなって。(1人で生きていける。野生すぎてかはわからんけど。)
「フリオチ」
フリ…@俺は人間の一番の財産は友やと思う、友達をもっと作るような環境にお前を置きたい。Aなんかいい感じのこと言いたかったんでしょうね。
B亀がおったんですよ、結構大きめの亀が。で「例えば、友達がいなかったら、本当に寂しい人生なんだ、この亀をみてみろ。」ガッて亀捕まえて、ガッて裏返して。「この亀もひとりぼっちやったらこのまま死んでしまう。」
オチ…野生すぎて、首伸ばしてブリッジでぐわーっ立って、スタスタスタって。
 ケンドーコバヤシの「親父」という話には、1つのオチに対してそのオチに向かうためのフリが3つある。@人間の一番の財産は友だと思うと言うことで人間は一人では生きていくことが出来ないので、多くの友達を作ってほしいという父の願いが込められている。Aなんかいい感じのこと言いたかったんでしょうね。父親として息子の心に響くような言葉をかけたいという思いがあることを示している。B今まで語ってきた一人では生きていけないということを、亀に例えて話そうとする。なのに父親としていいことを言いたかったということ叶わなかったことと、亀は自分の力で起き上がり、歩いていってしまう。という二重のフリオチ構造となっている。

(資料4) ほっしゃん。 『ガス代』 
  えーこれほんとちょっと前の話なんですけど、あの、後輩とかとお酒を飲んで家に帰ったんですよ、で家に帰ったらいっつも下の郵便受けであのダイヤル合わせて郵便物とかとるんですね。無駄なもんはいってますけど、一個、ガス、東京ガスからの紙が来てて普段見ない紙で開けてみたら、あの、ガス止まりますよっていうの来てたんですよ。ほんで、あの、後から分かったんですけど、最近引越ししたんですよね。いっつも振り、引き落としになってたんですけど、最初の月はなんか払い込んでくださいって。そういうのがあるみたいなんですよ。それを忘れてて、最初の月の払込を忘れててずっと引き落としになってたんです。でもその最初の月の分が払込まれてないんで、ガス何日までに払込まんと止めます。っていう紙やったんです。んで、これ酔いながらも、あこれ払えるんは明日の朝ぐらいしかないわ。なんかコンビニでも払えない、ちゃんとそこに行かなあかん奴やったんで、部屋に慌てて戻ってそれを財布の中に入れまして。あっ、これ入れたら忘れるかもしれん、でも出してたらわすれるかもしれんって思って、電話の、家の話の横にあるメモ用紙をちぎって、あのボールペンで「ガス代忘れない」って書いてテーブルの上で財布でおさえといたんですよ。ほんでそのまま寝たんですよ。  で、朝起きたら奥さんがもう先起きてて、「うん、や、おはよう」って言ったら、なんか普段とちゃう感じなんですよ。「おはよう」みたいな感じで「え、何その感じ」っていったら「え別に。」「いや、違うやんそれいうてや、なんやねん。」言うたら「昨日、お楽しみやったんだね。」みたいなこというんですよ。全然意味がわからないじゃないですか。「いやいや、なんやなんやねん。」言うたら、
マジっすよ。  「がすよってだれよ。」(一同 笑い@)(えー。)
マジっすよ。
それも分からないから、がすよが誰かわからないから。(ガス代をわすれないっていう)そうですそうです。がすよ言われても分からないですから「誰やねん。」言うたら。
(わからんかったんや)全然わからないですよ、がすよってだれや、そんなふぁっとした名前わからないですよ。「や誰や。」気持ち悪い名前ですし、「誰や、それ誰や」言うたら、その紙を自慢げに出して「バカじゃないの」言うて、それでもその紙がわかんないんです。で、それ見てもうなんかふぁってわかって、説明が、するのもなんか怖いじゃないですか。(一同 笑いA)
何が起こりすぎて、何やその感じって、折り合いが、感情の折り合い兼ね合いが(一同 笑いB)
 
「フリオチ」
フリ…@ボールペンで「ガス代忘れない」って書いてテーブルの上で財布でおさえといたんですよ。ほんでそのまま寝たんですよ。Aまじっすよ。
オチ…「がすよってだれよ。」
 ほっしゃん。の「ガス代」という話には、1つのオチに対してそのオチに向かうためのフリが2つある。@「ガス代」忘れないというメモ書き。A奥さんの勘違い発言がいかに信じられないものかを強調したもの。「ガス代」というメモ書きを「がすよ」と間違えたことをまじっすよ。という感嘆表現で強調している。という「フリオチ」構造である。
 このように「オチ」に向かうための「フリ」には様々な方法があり、語り手であるお笑い芸人たちは、いくつものテクニックを持っている。第二章ではそれらを分析し、」いかなる技法があるのかを明らかにしていく。

語り手のテクニック
「フリオチ」以外にも話を面白くするテクニックがあり、すべらない話に出演している芸人たちもそれぞれのテクニックを用いて話を構成している。「共感」を得る話題を選び、話を「フリオチ」の順で構成することを基盤に、さらに話を面白くするためのテクニックとしてどのようなものが使われているのかをここでは分析していく。
 美濃部氏による「話の組み立てがうまくなるテクニック」では、アバン法・クエスチョン法があるとされている。また、「話をもっとおもしろくするためのテクニック」として、シンクロ二シティ法・ギャップ法・変則擬音語・擬態語法・毒舌法・一人芝居法・適温下ネタ法・などがあるとされている。また、今回私自身が見つけた語り手のテクニックといえるものに、繰り返し法というものを提唱する。繰り返し法についての説明は下に示したとおりである。これらの手法がすべらない話にも使用されているか、どのように使用しているかを分析していく。以下は上述したテクニックの説明である。

(資料5) 語り手のテクニック
 ・アバン法…番組冒頭で見どころを伝える「アバンタイトル」にちなんだもの。「○○の話しなんですけど」など冒頭で聞き手の心をつかむテクニック。
・クエスチョン法…話題にするテーマについて、まず聞き手に直接問いかける形でスタートする。また、話の途中で質問を活用して話に起伏とリズムをつくり、聞き手の関心を途切れさせないようにするテクニック。
・シンクロ二シティ法…「偶然の一致」をおもしろいと思う人の心理を応用したもの。一致しないと思っていたものがたまたま一致したときに起こる笑い。
・ギャップ法…普段の姿とそうでないときの姿の違いに笑いが起こる。
・変則擬音語・擬態語…誰もが発想する一般的な擬音語・擬態語を使うのではなく、オリジナリティーのある変則的な音を使うことで話に個性をだす。
・毒舌法…他人に対し皮肉や辛らつな言葉をかけ、みんなの気持ちを代弁するもの。「共感」を得ることができる。
・一人芝居法…一人で声色を変えたり、身振り手ぶりで物まねをするこのように、何役も演じて話す。話に臨場感を与えたり、状況理解をしやすくする。
・適温下ネタ法…下品なことをあえて笑いのネタにすることで「緊張を緩和」したり「共感を生む」効果がある。
・繰り返し法…ある特定の言葉を意図的に繰り返すことで、話にリズムをつけることができる技法である。

第二項 すべらない話の笑いの対象となる人物について

すべらない話には、笑いを起こす人物が必ず登場している。それは、語り手本人である場合や語り手の家族であったり、語り手とは赤の他人である場合もあり多様である。
 織田正吉氏の著書『笑いとユーモア』より、笑いを起こす人物とは、何かの意味で正常、平均的でなく、欠陥や制約を持つ人であるとしている。また、笑いは、笑いを起こす人物と、笑いを起こす行動・状況という二つの要因によって起こる。二つは入り混じっている場合がほとんどであるが別個に独立していることもある。
 笑いの対象となる人物は主に以下の五つに分類されるとしている。
 
 @知能的な欠陥A性格的、道徳的欠陥 B言動の過失 C職業・社会的地位の制約 D肉体的欠陥
以下はそれぞれの説明である。

@知能的な欠陥を持つ人物
 子供、おろか者、酔っ払いなどがこれにあたる。子供は社会的な常識にとぼしく、思考が未熟であるため、物事をとりちがえたり、大人を困らせたり、表現が上手にできなかったりするので、笑いの世界の主役としてしばしば登場する。
 おろか者は東京落語に出てくる与太郎や狂言の婿、大名など。普通の社会常識や知能に欠けた面があるためいろいろな失敗をする。民話や狂言に出てくる婿はとくに極端におろか者に設定されている。
 酔っ払いは、普段は正常な人間であるが、酒に酔って、理性や体の正常な働きを失っているため、言動に失敗を犯す。一時的な急性のおろか者といえる。
我々は機智にとんだ人も笑うが、機智を感じた瞬間、それを受け取る側が一時的におろかものの立場に立ってそれを笑う。

A性格的・道徳的欠陥を持つ人物
 外見は正常であっても性格的、道徳的にマイナスの面を持つ人物が笑いを起こす。
うかう・けち・欲張り・慌て者・物忘れ・放心・おしゃべり・臆病・好色・いたずら者・怠け者・不精・あさはか・うぬぼれ・頑固・自慢・強情・知ったかぶり・悠長・短気・嘘つき・厚顔・恥知らず・悪賢さ・盗癖・身勝手・卑怯・縁起かつぎ・性的倒錯・不作法・無教養・奇癖・その他欠陥となる性癖をさらけ出す人物。良い性格の場合でも、丁寧すぎる、正直すぎるなど過度になった場合もこれにあてはまる。常に変わらない



B言動の過失を犯す人物
 知能、性格にも欠陥がない人物だが、いいまちがい・ひとちがい・とりちがえ・放屁など自分の意志に反して過失を犯す人物。椅子がこわれてしりもちをつく人や、その人が、いるとも知らずにうっかりと陰口をきく人など、もっとも広がりを持つ笑いを提供する人物である。しかけられたいたずらにひっかかる人やからかわれる人物もこれにあたる。

C職業・社会的地位に制約を持つ人物
 大名・武士・僧侶・牧師・学者・医師・裁判官・警官など。威厳をもって体面をとりつくろわねばならない職業や社会的地位にある人は、一般の人なら笑いにならないような行動でも、すぐ笑いに結び付けられてしまうため、しばしば、笑いの場に登場させられることになる。


D肉体的欠陥を持つ人物
 盲人・聾者・?者・肥満・?身・禿頭・醜貌など外面的な欠陥を持つ人物。現在の良識では体に障害を持つ人を笑うことをさしひかえるが、ごく最近までは平気で笑いものにしていた。肉体的な欠陥を持つ人を笑うのも、性格に欠陥のある人を笑うのも、どちらも他人の欠陥を笑うという点から見れば同じ性質のものである。以前は現在のように、肉体的な欠陥を笑うのはいけないという社会的モラルがとぼしく、他人の欠陥は外面にあらわれたもの、そうでないものの区別なく一律に笑いの対象にしてきた。


 笑いを起こす言動・状況
 言葉・動作・状況などの要因について考えてみる。この要因には
@類似点の発見 A思考や行動の突然の方向転換 B思考や行動の不当な拡大 C価値の下落 D歪曲された思考や行動
の5つがある。以下がそれぞれの説明である。

@類似点の発見
 もともと似ているはずのないものに、思いがけず共通点を見つけた時、笑いが起こる。
・音の類似…日本のなぞかけ
・くりかえし…音の繰り返しや動作の単純な繰り返しなど
・かたちやその他の類似…物まね、声帯模写など似ているはずのないものがよく似ていることがおかしい
・とりちがえ…よく似ているという現象に、うかつ、無知、粗忽など人物の要因が加わると起こる。
A思考や行動の突然の方向転換
人間の頭のはたらき、体のはたらきには、物理の法則でいう慣性と同じ動きをし、一定の方向に向かって進み続けようとする。その思考や行動が、突然、裏切られたり、方向を変えさせられるとき笑いが起こる。この中には、期待はずれ・逆転・弱者に負ける強者・意外性・巧智・リズムの変化が含まれる。

・期待はずれ…予想が裏切られ、一定の方向に進もうとしていた思考が突然戸惑いを見せるため起こる笑い。
・逆転…思考の方向が逆に向かっていることを知らされたり、常識の逆の現象が現れると起こる笑い。
・弱者に負ける強者…『逆転』の笑いの一つ。弱いはずのものが強いものをふりまわす、下の地位のものが上のものに対してリーダーシップをとったりする場合に起こる笑い。
・意外性…常識、先入観そのほか心の慣性の虚をつき、もう一つの事実をあらわにすることによって一種のショックを受ける。その思いがけなさが笑いを生み出す。
・巧智…意外性が特に知的に働いた場合に起こる笑い
・リズムの狂い…調子のよいリズムの連続、そこに突然、リズムを狂わせる要素がくわわると笑いが起こる。例えば、一人、二人、三人と子どもがうまく跳び箱を越え、四人目がしりもちをつくなど。

B思考や行動の不当な拡大
 ある種のひねりをともなって誇張された表現や動作。
・言葉による誇張…明らかにおおげさなことを笑いを含む別の言葉で表現するレトリック
・動作、かたちの誇張…漫画や映画で見られる。

C価値の下落
 威厳を持った人がすべってしりもちをついたり、外部には決して見せない内情が暴露されたりすることによって笑いが起こる。その時、笑う側に、笑いと一緒に生まれる副次的な感情が優越感であって、優越感を抱くとき笑いが起こるという〈優越感の理論〉は、原因と結果を取り違えているのである。
 価値の下落によって起こる笑いは、威厳の喪失 卑俗化 内情・本性の暴露 人間の非人間化 などに分類することが出来る。
・威厳の喪失…笑いを起こす人物の中であげた、職業的・社会的地位に制約を持つ人物の起こす笑いはほとんどこの笑いに分類される。
・卑俗化…権威や威厳のあるものを、それ自体の責任や失敗によってではなく、第三者がことさら低俗なところへひきずりおろすことによって起こる笑い。
・内情・本性の暴露…表面はどんなにとりつくろっても、いったん楽屋の中に入ると人間はだらしない本性をみせる。それを何かの理由で第三者にさらけだしたとき笑いが起こる。
 タテマエの裏側にかくされているホンネが思わず出てしまったときに起こるものもある。
・人間の非人間化…人間がなにかの事件で人間以外に似たものー動物、機械その他の物体になった場合、価値が下落し笑いが起こる。

D歪曲された思考・行動・状況
 一つおぼえ 未熟な思考 未熟な技術 スリル 本末転倒 矛盾 詭弁 不合理 不可能 ナンセンス 不釣合いなど、平衡やバランス、常識をうしなった言動いっさいをここにふくめることにする。

ここでは、織田正吉氏の著書『笑いとユーモア』の笑われる対象となる人物の分析を行う。以下はほっしゃん。の『ボルネオ島』と兵動大樹の『たっくん』いう話を文字におこしたものとその分析である。

(資料6) ほっしゃん。 『ボルネオ島』
僕この前、とあるロケでボルネオ島というところに行ってきたんですよ。マレーシアとかインドネシアのうちのマレーシア領のところで、みんなスキューバにいったりするんですけど、ジャングルの山手の方なんですよ。山奥のジャングルで、本当に日本人なんか誰も来ないようなところで、泊まるホテルがジャングルの中にボンとあるようなところで、もうそのへんにサルは出るは、野豚は出るは、野生動物の中にお邪魔しているような。1週間ぐらい行ってまして、ベランダみたいなところに露天風呂がついてる部屋に。タレントだからスタッフさんよりいい部屋用意してもらってて。まあ野生動物の鳴き声が聞こえて、真っ暗なんですけど1回は入りたいと思ってたんですけどロケが忙しくて入れなかったんですよ。最終日結構早く終わったんでこの露天風呂はいろうと思って、真っ裸になって、入ったんですよ。お湯ためて、隣にもおんなじ様なタイプの部屋あって、西洋の白人の方が、おじいちゃんぐらいの方が入ってたんですよ。その人は海水パンツをはいてたんですよ。僕がフリチンで入ったときにうわわみたいな。顔をしたんですよ。海外だから法律とか知らないし、えらいことや。白人のおじさんが部屋に戻ったんですよ。フロントの人に連絡されたらおこられるんちゃうかと。あわてて僕が部屋に戻って海水パンツがないからはいてたトランクスをはいて戻ったんですよ。そうしたら今度白人のおっちゃんがフリチンで出てきたんですよ。(一同 笑い@) まあアジアって言うこともあってお互いどっちが正解か?(一同 笑いA)向こうの人も向こうでああこういうルールだと思って。(なるほどね、どっちも正解でどっちも不正解みたいな)入れ替わったまま気まずい感じで。(なんか、いい話ですね)(一同 笑いB)

笑いの対象となる人物
 この話の笑いの対象となる人物は、語り手本人と、白人のおっちゃんの二人である。語り手であるほっしゃん。と白人のおっちゃんの勘違いにより笑いが起きているので、上記の分類ではBの言動の過失を犯す人物による笑い。に分類される。知能や性格に欠陥があるわけではない二人が、温泉につかるときの文化の違いによって、双方が勘違いをしてしまいその様子から笑いが生まれる。
 
笑いを起こす言動・状況
笑いを起こす言動や状況の観点からみると、@の類似点の発見の中のとりちがえから起こる笑いである。語り手であるほっしゃん。は我々と同じ日本の文化で、入浴時は全裸になるというのが当たり前と思い、当然のように全裸で入浴する。おそらくヨーロッパ系の白人のおじさんは海水パンツをはいての入浴が当然の文化であるのだろう。そこでお互いが勘違いを起こし、語り手であるほっしゃん。はトランクスに着替え、白人のおじさんは全裸になって入浴する。双方の恰好が逆転して登場するという状況に笑いが起こるのである。

(資料7)兵動大樹 『たっくん』
 あのー、ぼくあのー、ものすごい悪い子ども見たときの話なんですけど。あのーぼくあのー、大型の電気屋さんいくんものすごい好きで、なんか電気屋さん入ったら1.5倍テンション上がってまうみたいな、うわーなっててうろうろすんの好きなんですけど、わーってこう入ってあるいとったら、後ろのほうでおっさんの声で「やめなさい!たっくんやめなさい!」って言う声が聞こえてくるんです。んで、なんかいな思ってばってみたら、おっさんがダイエットにきく乗馬マシーンの上でぶんぶん揺れがら「たっくん!やめなさい!」っていってるんですよ。たぶん、たっくんという子どもが、乗った瞬間にマックスにして逃げたと思うんですね。(なるほど。一同 笑い@)ほんで、「たっくん!やめなさい!」っていうて、ほんで、自分でとめりゃいいんですけど、多分揺れに弱い人なんですよ。「やめなさい!たっくん!」ゆうてこないなってるんですよ。んでたっくんらしきものはだれもいないんですよ、で店員さんが来て「あー大丈夫ですか」ゆうて止めて「あー」いうてそのお父さんが走っていったら、たっくんはマッサージチェアでがー寝てるんですよ。たっくんものすごい悪いなと、普通は自分のやったん見るやんみたいな、んでまあまあ、あんな子ものすごい悪いゆうて。 また、あるいとって10分ぐらいたってから、またさっきのおっさんの声で「たっくん!かえしなさい!」「たっくん!かえしなさい!」って聞こえるんですよ。(何でしょう。 一同 笑いA)なんかいな思って、ぱってみたら、おっさんたっとるんですよ、ほいでたっくんもここにおるんですけどさっきよりねおっさんの肩が盛り上ってるんですよ。んで、なんかな思ったらここに、低周波治療器コーナーって書いてるんですよ。多分つけて、たっくんにリモコン取り上げられて、もののマックスにされてるんと思いますけど「たっくん!やめなさい!かえしなさい!」って5秒に一回肩が落ちるんですよ。(一同 笑いB)「たっくん!かえしなさい!たっくん!」なんかスリラーみたいにたっくんに寄っていくんですよ「たっくん!たっくん!」マイケルジャクソンなみに。(おー、 一同 笑いC)(悪いなーたっくん。おこったったらええたっくんほんまにー)

笑いの対象となる人物
 笑いの対象となる人物の観点から分析すると、この話の笑いの対象となる人物はたっくんである。語りの冒頭にものすごい悪い子どもを見た時の話とあるようにたっくんは子どもで、見た目や年齢などは語られていないが、いたずら好きなところから考えると幼稚園児くらいの年齢だと判断できる。よってこの話は@の知能的欠陥を持つ人物による笑いだといえる。幼い子ども故の未熟な思考で大人を困らせる。このいたずらが子どものしたことであるゆえに笑いが起こるが、成熟した大人のしたことであれば、社会的にモラルのない幼稚な人物ととられてしまう。
笑いを起こす言動・状況
 笑いを起こす言動・状況の観点から分析すると、Aの思考や行動の突然の方向転換の中の弱者に負ける強者である。たっくんという子どもがおそらく自分の父親である人物を振り回すという常識とは逆の事実が起こっているときに生まれる笑いである。話の序盤から終盤まで、父親と思しき人物はたっくんという子どもに振り回され、「たっくん、やめなさい」とお決まりのセリフのように何度も発している。
 以上のような分析をこの節では行い、分析によって明らかになったことを次の章で書き表していく。


第二章 分析結果

第一節 各分析について

 本章では、第一章で示した分析方法で、話の構成・語りのテクニック・笑いの対象となる人物の観点でそれぞれ分析を行い、すべらない話にはどのような傾向があるのかを明らかになった事を書き表す。

第一項 構成分析の分析結果

まず、ここでは「共感」「フリオチ」の構造とともに語り手のテクニックを分析していく。面白い話には聞き手に「共感」を得ることと話の構造がフリ→オチとなっていることが重要と述べて、今回選んだ40作品全ての「共感」を得るための話題と、「フリオチ」の構造を見てきた。また「共感」と「フリオチ」以外にも語り手による話を面白く語るためのテクニックがあり、それらについての分析も行った。

どのような技法が好まれて使われているか。
 今回選出した40作品を対象にどの技法が好まれて使われているかを調べたところ以下のような数値となった。また、ひとつの話で二つ以上の技法を使われている場合もあるものとする。
一人芝居法20作品
アバン11作品
繰り返し9作品
クエスチョン法9作品
毒舌法6作品
変則擬音4作品
ギャップ法4作品
シンクロニシティ法3作品
適温下ネタ法2作品

「一人芝居法」
 全40作品のうち20作品で使われている。一人芝居法を用いて一人で登場人物を何役も演じることにより、聞き手が状況の理解をしやすくする効果と、場の空気に臨場感を与える効果がある。『仁志松本のすべらない話』という話術のみで場を盛り上げなくてはならないという独特の空気の中で、臨場感を与えるのに効果的な一人芝居法は好まれてつかわれるのだろう。

「アバン法」
 アバンとはフランス語と英語の造語「アバンタイトル」を略したもので、テレビ製作に関わる者の間で、番組が始まる直前に流れる、見所VTRのことである。
まず11作品で使われているそれぞれのアバンを抜き出してみていく。
 以上を踏まえて、恐怖小説の性質について考えてみると次の四つの性質によって構成されていることがわかる。

・ほっしゃん。「おねしょ」 誰も悪くない話なんですけど。
・兵動大樹「たっくん」 あのー、ぼくあのー、ものすごい悪い子ども見たときの話なんですけど。
・兵動大樹「くじ」 いやー、これ奇跡的なもん見たんですけど。あのー、梅田をちょっと歩いてましたら、あのー化粧品屋の前に行った時に、おばあさんが、ごっついでっかい筒みたいなとこに手入れて、「わたいもうよろしい、わたいもうよろしい。」って言うてはるんですよ。
・兵動大樹「ふるきさん」 あのー、これはあのー、古城さんっていう人の話なんですけど、これはあのー、全然僕は知らない人なんですけど。
・ケンドーコバヤシ「かっこいい人」 ほんまつい最近なんですけど、こんなかっこいい人おんのかってくらい、かっこいい人と出会ったんですけど、渋っていう人と。
・ケンドーコバヤシ「横断歩道にて」 あのこれー、中目黒の横断歩道でちょっと世知辛いというか、誰が悪いんだっていう寂しい話なんですけど。
・木村祐一「猫舌」 お前帰れや!!っていう話 来んなや!!って話。
・木村祐一「後輩」 後輩なんですけど、あのー、お前みてんのか!聞いてたんか!わかってんのか!っていうね
・河本準一「タロ吉」 犬のタロ吉っていう話
・河本準一「リズム」 あの、リズムのいいお話なんですけども。はい、リズムのいい、僕が、僕そんなに一般の方、もしくわタクシーの運転手さんとかによくちょっとまあ、腹立つことはいっぱいあるんですけど、「こらあ」とか「わあー」とかって僕あんまり言わないんですよ。でもそんな僕が外で「リズム」っていうリズムのお話なんですけども、いってしまったという。
・小藪千豊「葬式」 中学とか高校とかのときに、同じクラスじゃないけども、お互い顔知ってる女の子と、喋ったことはないけども、お互いちょっと意識し合うというか。向こうも自分のことええと思ってんのか、僕もちょっとかわいいとおもってんのかなんか、チラチラ廊下ですれ違うとき目だけぱっと合うけど、喋ったことないお互い意識し合う異性みたいなんっていうのはなんか、学生の時あると思うんですけど。
 冒頭の語りだしで「アバン法」を使って、これからどんな話をします。ということを聞き手に伝える。その際に、詳しく話の中身を語るのではなく、聞き手に興味を持たせるよう、簡潔に伝えているのが特徴である。そしてこのアバンが伏線となり、結末部のオチと見事につながるという仕組みになっている。小藪千豊の「葬式」の話しを例にとって説明すると。

(資料8)小藪千豊 「葬式」
中学とか高校とかのときに、同じクラスじゃないけども、お互い顔知ってる女の子と、喋ったことはないけども、お互いちょっと意識し合うというか。向こうも自分のことええと思ってんのか、僕もちょっとかわいいとおもってんのかなんか、チラチラ廊下ですれ違うとき目だけぱっと合うけど、喋ったことないお互い意識し合う異性みたいなんっていうのはなんか、学生の時あると思うんですけど。
このようなアバンを用いている。この冒頭部は、本編の葬式と全く関係のない話のように語られる。次に話は学生時代の葬式での出来事に移る。
僕あの、学生時代にあの、お葬式に行きまして、それが告別式というか、なんですけど、お家でお葬式があって、外には白いテントでおじいちゃんとかおばあちゃんとかおっちゃんとかがお茶飲んでる状態みたいな。僕早めにいったんですけど、若者僕だけしかいなくて、だんだん人がばー集まってきたら若者もくるみたいな。(中略)
話の中盤は冒頭で語られたアバンとは関係のない内容が語られていく。
(中略)ここにおった50ぐらいのおばちゃんもパッて見たらおばちゃんもわらってて、僕もちょっと笑ってる。ぱってみて、あっ、今の聞きましたよね?なんやったらいたっ?も聞いてましたか?みたいな感じやったんですよ。ほんで地元一緒やったからちょいちょいそれで、そのおばちゃんと会うんですけど、前あのことで一緒に笑い合ったお兄ちゃんやねみたいな感じで、すれ違うときいつも、チラチラみてくるんですよ。ほんで、一回ぼくが南海電車から降りてロッテリアの前でおばちゃんが自転車乗ってるんですけど、ぼくぱーって、あ、またみてくるんやろなと思ってみてたら、見てたぼくに気づいたおばちゃんが、浅野温子みたいに髪かきあげたんですよ。ないないないない。 一同 笑いB あんたとそんなことならんから、だから50歳ぐらいのおばちゃんとチラチラ目合うだけでお互い意識するだけの関係になったという話。
このように、結末部で冒頭部の伏線を回収するという仕組みになっている。このような構成の話が、40作品中11作品、約27%が冒頭部のアバンがフリとなり、結末部がオチとなっているまさに「フリオチ」の構造といえる。冒頭で見出しのような役割を果たし、聞き手の興味を引き付ける役割と、結末のオチに着地する際の、フリの役割がある「アバン法」はすべらない話において好んで扱われやすいということがわかる。



「クエスチョン法」「繰り返し法」「変則擬音法」
 次に話にリズムと起伏をつけるために用いられやすい技法である、「繰り返し法」「クエスチョン法」「変則擬音法」についてである。「繰り返し法」と「クエスチョン法」「変則擬音法」のいずれかが使われている話は40作品中18作品とほぼ50%の割合で用いられている。
 以下が「クエスチョン法」「繰り返し」「変則擬音法」のいずれかが使われている作品である。
(資料9) 作品一覧
宮川大輔球技大会にて
松本人志カーナビ
松本人志犬のミッシェル
松本人志ハワイ旅行にて
松本人志相方 浜田
ほっしゃん。ガス代
ほっしゃん。星のセーター
兵動大樹たっくん
兵動大樹くじ
兵動大樹間違い電話
兵動大樹空港のトイレ
兵動大樹パリン
千原ジュニアりあるキッズ
小藪千豊葬式のおばさん
ケンドーコバヤシラーメン屋にて
ケンドーコバヤシかっこいい人
河本準一リズム
これらの技法の特徴としては、語り手ごとに得意な技法があり、その語り手は得意のテクニックを使って話にリズムをつけたり起伏を与えたりして話を独自のエッセンスを加えている。例えば松本仁志は今回全5作品選出したうちの4作品で「クエスチョン法」を用いている。以下の資料は松本仁志のクエスチョン法の例を書き出したものである。


(資料10) 松本人志 クエスチョン法例
・『相方 浜田』 短いので!相方の浜田さん、けっこうあのーなんか、キャラ的に怖いもん知らずみたいな、根性据わってるみたいな、なんか感じじゃないですか?
・「犬のミッシェル」 子どもってやっぱ犬飼いたいじゃないですか?
・「ハワイ旅行にて」 全員でみんなで遊んでたんですよ?
・「カーナビ」 あのなんですか?あの道?(六本木通り)そうそう、六本木通り。
このように淡々と一人で語っていくよりも、要所で聞き手に問いかける、あるいは同意を求める形の疑問系の文を挟むことで、聞き手を語りに引き込んでいく効果がある。聞き手を語り手の側へ引き付けることで、緊張感がほぐれ笑いが生まれやすくなるのである。
 
 「繰り返し法」でも同様に、語り手の特徴が見られる。兵動大樹は今回選出したのが全6作品のうち3作品に「繰り返し法」が用いられている。これはある特定の言葉を意図的に繰り返すことで、話にリズムをつけることができる技法である。また、必要なまでに同じ言葉を繰り返すことにより、その言葉の音事態で笑いが起きたり、その言葉を使うと笑いが起きているということを感じ取り、あえてアドリブ的に繰り返していることもみられた。
以下に示した資料は兵動大樹の「くじ」のなかで使われる繰り返し法を抜粋したものである。
(資料11)兵動大樹「くじ」繰り返し法例
@いやー、これ奇跡的なもん見たんですけど。あのー、梅田をちょっと歩いてましたら、あのー化粧品屋の前に行った時に、おばあさんが、ごっついでっかい筒みたいなとこに手入れて、「わたいもうよろしい、わたいもうよろしい。」って言うてはるんですよ。(一同 笑い@)
Aおばあさんでは取れないんですね。あのー、くじ引きが。で、あのーずーっとやってみたいで、「わたいもうよろしい、わたいもうよろしい。」言うてはるんですよ。(一同笑いB)
B「わたいもうよろしい」言うて、「おばあちゃんもう諦めますか?」言うて。「あー」言うて手抜いたら、ピターッてこの上に一枚だけくじが乗ったんですよ。(おー!)
 括弧書きは出演者の反応を示し。(一同笑い)は聞き手である出演者から笑いが起こったことを表し、その後の丸数字は笑いが起こった回数を示すものである。「わたいもうよろしい、わたいもうよろしい。」を繰り返し使うたびに、聞き手から笑いの反応が起こっていることで、繰り返しを意図的に多用している例である。

 「変則擬音法」は今回選出した全40作品の中では用いられている話は少なく全4作品という結果であった。宮川大輔は多彩な変則擬音法を用いることで有名で、番組内でついたキャッチコピーが「擬音マジシャン」というほど、擬音語を多彩に扱い話にオリジナリティとリズム感を与えている。
 次は、すべらない話を語る上で最も大切と述べてきた「共感」と「フリオチ」に関する技法である。「アバン法」と「フリオチ」の関係のようにその技法を使うこと自体が、「共感」を得ることであったり、「フリオチ」の構造を作ることとなっている。

「毒舌法」「ギャップ法」
 「毒舌法」とは上述したとおり、聞き手の言いにくい気持ちを代弁したものであり、毒を吐くことで聞き手の「共感」を得るという技法である。今回選出した全40作品中6作品で用いられていたが、主に「毒舌法」を得意とする語り手は小藪千豊である。以下はその一例である。
(資料12)小藪千豊 「天然の人」 毒舌法例 
あのー、ぼくー、テレビとかでもあれですけど、天然の方って、いうのが芸人にも結構多くて、みんなこないだあいつ天然でな、あはははってみんな結構笑うんですけど、ぼくあんまり、天然の人好きじゃないんですけど野性爆弾のロッシーと僕ずっと、おったんで、ロッシーの話みんな、キャキャキャ。笑うんですけど、ぼくもう飽きてるんですよ。もうええと、お前そんなミスするやろ、だからお前はいじられんねん(中略)
HGもRGもほんまに天然なんですよ。だから、極力あんまり一緒に居たくないんですけど。(中略)ほんまに慌てた時の天然の2人のやりとりは腹立った。(厳しいねんちょっと。)だからテレビでみるもんやなと天然の方は。
 このように、小藪千豊は、先輩後輩や一般人芸能人関係なく毒を吐き笑いを取るというスタイルである。なぜ毒舌で笑いがおこるのかというと、ただ単に悪口を言うのではなく、言いたいけれど言いづらいことをユーモアあふれる言葉や表現で代弁しているからである。上の「天然の人」でも、天然の人好きじゃないといいつつ、野生爆弾のロッシーと僕ずっとおったんで。と語っているように、「嫌いではないが、ずっと一緒にいると煩わしく思うこともありますよね。」という「共感」を得るテクニックなのである。
 

 「ギャップ法」については、「フリオチ」そのもので、その人に抱く普段の姿からの印象とその話の結末でわかるその人の姿がフリ→オチの構造そのものとなっている。千原ジュニアの「ケンドーコバヤシ」という話を例に分析すると、
 (資料13)千原ジュニア 「ケンドーコバヤシ」 ギャップ法例
・コバヤシ君とは昔からもう10数年の付き合いなんですよ。まあちょっと、何ていうんでしょう。優しくて力持ちみたいなね、曲がったものは嫌いですよ。みたいな。男らしいよおれは。みたいなね。困ってる子がおったら助けてあげるよ。みたいな。ずっと本当にそうなんですよ、彼は昔から。男らしいなあと。そんな小林君とですね、ある劇場で元旦に一緒に仕事だったんですよ。仕事終わったんで「コバ、今日どうする?」と、毎日遊びに行ってるんで、「今日どうする?」って言ったら「今日は元旦なんで家に帰ります。」「ほんまか」言ったら、コバの電話が鳴ったんですよ。そうしたら、いつもこの温厚なコバが。
「あー、んー、わかってるがな。」えらい切れてるんですよ。誰かなと、「あー、チェッ、帰るよ、おー、チェッ、3つや。」めっちゃいきりながら、お母さんにお餅の数言ってるんですよ。お雑煮の。
 

 その人に抱く普段の印象(フリ)→優しくて力持ちみたいなね、曲がったものは嫌いですよ。みたいな。男らしいよおれは。みたいなね。困ってる子がおったら助けてあげるよ。みたいな。
 結末部でのその人の姿(オチ)→いつもこの温厚なコバが。「あー、んー、わかってるがな。」えらい切れてるんですよ。誰かなと、「あー、チェッ、帰るよ、おー、チェッ、3つや。」めっちゃいきりながら、お母さんにお餅の数言ってるんですよ。お雑煮の。
 という、ギャップそのものが「フリオチ」の構造になっているという構成が「ギャップ法」の特徴である。「ギャップ法」が使われている話は、登場人物のイメージや設定をいかに裏切るかが、「フリ」と「オチ」の振れ幅にかかわってくる。今回「ギャップ法」が使われている話は4作品のうち3作品が芸能人を笑いの対象として登場している。このことから、聞き手にとってイメージが固められている人物を対象とするとより効果的な「フリオチ」の構造となるのだろう。

「シンクロニシティ法」
「シンクロニシティ法」についても「共感」と「フリオチ」の二つの要素を併せ持った技法といえる。シンクロニシティとは「意味のある偶然の一致」のことで、日本語では「共時性」と訳される。この「偶然の一致」と「フリオチ」とが同じ構造となっている。
 全く接点がないと思っていたというのが「フリ」になり、意外な共通点でつながっていたということが「オチ」になる。このように、つながってなかった点と点が線でつながると、想定外が引き起こされ、人はおもしろいと感じるのだ。
 以下の資料はほっしゃん。の「星のセーター」を抜粋したものである
(資料13)ほっしゃん。 「星のセーター」 シンクロニシティ法例
(中略)
 当時付き合ってた僕の彼女、よっちゃんっていう子がいまして、その子がクリスマス、ちょうどこの時期ですよね。手編みのセーターに、手編みのセーターをくれたんですよ。それはもう、真っ黒の生地で、黄色で星のマークで、ほんで、ローマ字で星ちゃんって入れてるんですよ。星ちゃんって呼んだことないくせに、星ちゃんって入れてるんですよ。それはやっぱりこれ着られへん、(んー、ちょっと厳しいかもしれんな!)はい。ほんで、まあ仕事あるときに今日もまあたぶん、ダンボールにいらんもん入れると思ったから、それも家から持っていって、入れたんですよ、その箱にね。これもちょっと入れといてくれ言って。まあね。で、ほんで、忘れてたんですけど、半年後ぐらいに、何の気なしに家テレビついてて、ニュースやってまして、どっかの国でなんかクーデターみたいなのが起きましたと、内乱が起きましたと。映像何の気なしにみたら、星ちゃんのセーター着た黒人が先頭で戦車に石ほってたんですよ。
なにげなくみていたどこかの国のクーデターの映像に映る外国人と(フリ)
 全く接点がないはずの自分が持っていた星のセーターがつながった(オチ)ことで笑いが生まれている。
 「シンクロニシティ法」は「偶然の一致」を見つけることで初めて語ることが出来る「フリオチ」の技法である。それゆえ、事実を語らなければならない『仁志松本のすべらない話』では、使われることがあまりないと考えられる。そのため今回選出した40作品中3作品のみで扱われるという結果にいたったのであろう。

「適温下ネタ法」について
 「適温下ネタ法」は語り手のキャラや、聞き手を選ばなければならない技法である。また、語られる場所も適切な場所でないと笑いが起こるどころか、場に空気を凍らせてしまう。それゆえに、『仁志松本のすべらない話』においても、特定の語り手が使う技法となっている。その語り手とは、宮川大輔である。今回40作品選出した中で、2作品のみで使われている「適温下ネタ法」はどちらも宮川大輔が語ったものであった。明るいキャラクターや嫌味のない語り口で語られる「適温下ネタ法」は聞き手に受け入れられやすく、時には大きな笑いを生むこともある。また、「適温下ネタ法」には、「緊張を緩和させる」という役割もあり、独特の緊張感の中語られる『仁志松本のすべらない話』という場所において、効果的な技法だといえる。

上述したように、聞き手に「共感」を得る話題を選び、「フリオチ」の構造で話を構成するために、語り手であるお笑い芸人は各々得意な技法を用いて、話をおもしろくしているのである。これら独自の技法の中には「フリオチ」の構造を、強調するものや、「共感」を得るための話題選びに使用されているもの、語りに臨場感やリズムを与えるものなどが存在している。それぞれ、得意な技法を言葉巧みに扱いすべらない話として語っているのである。

第二項 笑いの対象となる人物の分析結果

 今回選出したすべらない話全40作品の笑いの対象となる人物の特徴を5つに分類したときの内訳は以下の通りである。
言動の過失を犯す人物…15作品
性格的欠陥を持つ人物…12作品
社会的地位に制約を持つ人物…6作品
知能的欠陥を持つ人物…5作品
該当なし…2作品
 この結果から全体の67.5%が「言動の過失を犯す人物」による笑いか、「性格的欠陥を持つ」人物による笑いだということが分かる。これら二つは、街中で目にした一般人や、芸能人の仲間など不特定のジャンルの人物による笑いなのに対して、「社会的地位に制約を持つ人物」や「知能的欠陥を持つ人物」による笑いは、子どもや父親、老人など特定の人物による笑いなので、割合が低くなるのだろう。
 一方で、全体の27.5%が「社会的地位に制約を持つ人物」による笑いと「知能的欠陥を持つ人物」による笑いとなった。この2つのジャンルは上の2つのジャンルと違い特定の社会的地位にあるものが起こす笑いであるので割合は低くなっている。残り2作品の該当なしとは笑われる人物が存在しない話で、動物や機会が起こす笑いをここに分類した。
 また、「肉体的欠陥を持つ人物」による笑いは、昔の日本笑い話では、現代の社会的モラルに反するという概念が乏しく、外見を笑うことも内面を笑うことも一律の笑いとされてきた。しかし、『人志松本のすべらない話』は出演者が体験した実話を語ることが条件となっている。このことから、現代のモラルを考慮して「肉体的欠陥を持つ人物」は笑いの対象とはならない。





「言動の過失を犯す人物」
 言動の過失を犯す人物による笑いは全部で13作品あった。言動の過失というもののなかにはどのような過失があるのかを調べてみたところ、期待外れ・とりちがえ・ひとつおぼえ・リズムの狂い・弱者に負ける強者・意外性・言葉による誇張・音の類似・ナンセンスなどがある。そのうち、とりちがえが3つ、期待外れ、リズムの狂いがそれぞれ2つと複数個見られた。
第一章第三節第二項で述べたように、とりちがえとは、よく似ているという現象に、うかつ、無知、粗忽など人物の要因が加わると起こる。期待外れは、文字通り語り手が予想していたこととは違う何かが起こることで、リズムの狂いは、1つ目2つ目と調子よくきていた出来事が3つ目で意外な変化が起きることである。とりちがえの例として、ほっしゃん。の「ガス代」リズムの狂いの例として、木村祐一の「お好み焼屋さんにて」がある。

(資料14)ほっしゃん。 「ガス代」 とりちがえ
(中略)
 ガス止まりますよっていうの来てたんですよ。ほんで、あの、後から分かったんですけど、最近引越ししたんですよね。いっつも振り、引き落としになってたんですけど、最初の月はなんか払い込んでくださいって。そういうのがあるみたいなんですよ。それを忘れてて、最初の月の払込を忘れててずっと引き落としになってたんです。でもその最初の月の分が払込まれてないんで、ガス何日までに払込まんと止めます。っていう紙やったんです。んで、これ酔いながらも、あこれ払えるんは明日の朝ぐらいしかないわ。なんかコンビニでも払えない、ちゃんとそこに行かなあかん奴やったんで、部屋に慌てて戻ってそれを財布の中に入れまして。あっ、これ入れたら忘れるかもしれん、でも出してたらわすれるかもしれんって思って、電話の、家の話の横にあるメモ用紙をちぎって、あのボールペンで「ガス代忘れない」って書いてテーブルの上で財布でおさえといたんですよ。ほんでそのまま寝たんですよ。
 で、朝起きたら奥さんがもう先起きてて、「うん、や、おはよう」って言ったら、なんか普段とちゃう感じなんですよ。「おはよう」みたいな感じで「え、何その感じ」っていったら「え別に。」「いや、違うやんそれいうてや、なんやねん。」言うたら「昨日、お楽しみやったんだね。」みたいなこというんですよ。全然意味がわからないじゃないですか。「いやいや、なんやなんやねん。」言うたら、
マジっすよ。  「がすよってだれよ。」(一同 笑い@)(えー。)(中略)
「ガス代忘れない」というメモ書きを、奥さんが「がすよ」という女の人のことを忘れないと勘違いしたことから生まれた笑いである。「ガス代」を「ガスよ」と読むことは出来るがそれを女の人の名前と勘違いするという意外性から起こる笑いである。


(資料15)木村祐一 「お好み焼き屋さんにて」 リズムの狂い
 (中略)
 なんとなしに見てたら一個目が双子卵やったんですよ。お、お、おって思って。まあ別に一個目やからそんなにリアクションもなしに、まあまあ喋ってたんですよ。ほんな
らそのにいちゃんもぐしゃぐしゃっと混ぜて、よーあることなんでしょうね。ばっとやってばっとやって。次のやついったらまた双子卵やったんですよ、これさすがにあっと思って顔見合わせてふっと見たらなんにもリアクションなしで、ぐしゃぐしゃとやってぺって二個目仕上げはったんですよ。これそういう卵発注してんのかなーとか、きみの方が多なるから美味しいんかな思って卵の箱とか見てたんですけど別に双子卵とか書いてないし、リアクション薄いからそんなもんなんや、思って。3つ目また双子卵やったんで、これは完全にそういうの発注してんねや!思ってパッとにいちゃんみたら、焼くコテおいて、キャベツ切ってるおっさんに言いにいきよったんですよ。一同笑い@ えぇー!?えぇー!?切ってるおっさんも言われて、おっ!?手元に一個しかないんで、証明できませんやん、ぐしゃぐしゃとやってしまってるんで。そこで、はじめて俺の顔パッとみよって、いやいやしらんしらんしらん。一同笑いA 今まで知らん顔してたやん。急に証明ならなあかんねん。
 このように、1つ目2つ目と双子卵を割り続けても、なんのリアクションもしなかった店員さんが、3つ目の双子卵でも反応しないと思ったところ、急に大きなリアクションをとるという変化が起きるというものである。 
 このように言動の過失というのは、人物そのものをおもしろいとして笑うというよりも、その人物が起こすことが、予想していない意外性のあることだったときに生まれる笑いだといえる。
 
  「性格的欠陥を持つ人物」
 この人物が起こす笑いは上記の「言動の過失を犯す人物」の思いがけずにしてしまったことで起こる笑いに対して、元々その人間の性格に難があり、普段からそういう人間なのだろうと思われる人物が起こす笑いという微妙な違いがある。したがって、「性格的欠陥を持つ人物」が笑いの対象となる話は、語り手が意図的に、その人物の人間的欠陥をさらけ出して、笑いを取っている。そのような人物紹介の表現が見られる作品は、40作品中12作品で、うち6作品が「性格的欠陥を持つ人物」による笑いである。「性格的欠陥を持つ人物」による笑いは12作品あったので、50%が語り手の意図的な人物設定が用いられていることが分かる。その人物の人間的欠陥をさらけ出すような人物設定というものは以下のようなものである。

(資料16)「性格的欠陥を持つ人物」 人物設定のあるもの一覧
語り手題名
宮川大輔球技大会にて
ほっしゃん。奥さんの危機管理
千原ジュニアりあるキッズ
小藪千豊合コン
小藪千豊天然の人
ケンドーコバヤシマネージャー
(資料17)「性格的欠陥を持つ人物」 人物設定
 (中略)
 「球技大会にて」黒澤くんいう、鈍臭いやつが
「奥さんの危機管理」奥さんはすごいあの危機管理に長けてるというか、ベランダで、ガラス開けたらすぐ寝室なんですよ。で、ベランダになんか人が来れんこともないんですよ、外から。侵入されたりできる可能性があるんで、バットをいつも奥さん、置いてるんですよ。
「千原ジュニア」小学生4年か5年から漫才やり始めたんですよ、同級生と。11歳からやってるんですよ、ほんでいまはもう、芸歴15年なんですけど、まだ26くらいなんですけど。若くその、10歳ぐらいから吉本入ったからそうなのか、もともとそいつはそういう人間なのか、もうねえ、子供のままなんですよ、いまだに、いい言い方するとピュアなんですよ。めちゃくちゃ
「合コン」井上竜夫さんっていうたつじいっていうね、大ベテラン60歳ぐらいのおじいさん役の人ですよ
「天然の人」HGもRGもほんまに天然なんですよ。だから、極力あんまり一緒に居たくないんですけど。
「マネージャー」僕の今のマネージャーがですね、言葉遣いというか言葉のチョイスがおしゃれすぎてちょっといらっときちゃうところがあるんですよ。
 以上のように笑いの対象となる人物の性格的欠陥を語り手が紹介して、その欠陥が過剰であったり一般的な想像の範疇を超えた時に起こる笑いである。また、このジャンルの話は性格的欠陥が明らかになっている人物を笑う対象としていることから、語り手の身近な人物、語り手の知り合いを笑いの対称にしていることが予想される。事実、「性格的欠陥を持つ人物」による笑いは12作品中10作品が語り手の知り合いを対称にしていた。一方「言動の過失を犯す人物」による笑いは15作品中10作品が語り手とは交友関係の無い、通りすがりや偶然その場に居合わせた一般人が対象となっている。



「社会的地位に制約を持つ人物」「知能的欠陥を持つ人物」
 上述したように特定の人物が対象となっている。今回選別した作品の中では、父親が笑いの対象となる話が4つ、残る2つは芸能界と言う特殊なコミュニティでイメージが固定化された人物による笑いである。威厳や体面を保つべき人物が驚いたり、萎縮したり情けない姿をさらけ出したときに起こる笑いである。普通の人物が起こしても笑いは起こらないが世間的に偉そうな人物が起こすと笑いが生まれるような話である。「知能的欠陥を持つ人物」による笑いも同じく特定の人物が対象となるものである。子ども・老人・よっぱらいなどがこれに当たる。今回の作品では、5作品のうち子どもが対象となっている作品は3つ、老人が対象となる作品が2つである。
 この2つのジャンルは、上の2つのジャンルと比べて、笑いの質が変わってくるように感じた。「言動の過失を犯す人物」と「性格的欠陥を持つ人物」による笑いは、その人物やその人物が犯した失敗を笑うというものであるが、「社会的地位に制約を持つ人物」や「知能的欠陥を持つ人物」による笑いは人物の失敗や勘違いという面では、同意であるが、笑いの対象となる人物と語り手の関係が身内である場合が6作品、芸人仲間が2作品、他人の老人、子どもが3作品である。これらの人物による笑いから構成されているので、失敗を嘲笑するというより、朗笑するという印象を受ける。
 織田氏によると「笑い」には質的な違いと量的な違いが存在する。質的な違いというのが苦笑・失笑・嘲笑・お世辞笑い・朗笑がある。量的な違いとは微笑・哄笑・爆笑などがある。それぞれ辞書で意味を調べると以下のようになる。
苦笑…にがにがしく思いながら、しかたなく笑うこと。
失笑…思わず笑い出すこと。こらえきれずに、ふき出すこと。
嘲笑…あざけり笑うこと。
お世辞笑い…機嫌をとるために笑う。
朗笑…ほがらかに笑うこと。(広辞苑より引用) 
意味を調べ、「社会的地位に制約を持つ人物」と「知能的欠陥を持つ人物」のすべらない話を鑑賞後感じた共演者の笑いの種類は、11作品中朗笑が7作品という結果になった。失笑が2作品、苦笑が1作品、嘲笑が1作品という結果となった。「社会的地位に制約を持つ人物」と「知能的欠陥を持つ人物」によって起こる笑いは、朗笑が約63%を占めていることがわかった。
 出演者から朗笑が起こった話の笑いの対象となる人物は、7作品中5作品が老人・子どもによる笑いであった。また、失笑が起こった話の笑いの対象となる人物は2作品とも父親による笑いであった。笑いの対象となる人物と笑いの質的な違いには関連性があることが分かる。

第二節 分析結果の考察

 今回の研究では、『仁志松本のすべらない話』に出演しているお笑い芸人のすべらない話を文字におこし文字言語として、構成分析・人物分析を行った。本節では前節で行った分析結果のまとめと考察を行う。
 まず第一項で、構成分析を行って明らかになったことは、すべらない話には必ず笑いを起こすためのフリになる部分と話の最大の笑いのポイントとなるオチが存在することである。そのフリとオチの構造については、語り手の技法によって違いがある。「アバン法」を用いたすべらない話のフリとなる部分は、語りはじめ冒頭部にある。冒頭部で、「いまから○○の話をします。」といって、その話にタイトルをつけ、結末部でその真意を明らかにすることがオチとなっている。この技法はタイトルをつけることで聞き手を話に引き込むことができる効果もあり、多くの語り手に好まれる結果となった。「ギャップ法」を用いた話では、登場人物の普段の姿がフリとなり、普段の姿からは想像できない失敗や、イメージと違った行動をとるという結末がオチとなる技法である。芸能人など聞き手にとって元からイメージが固められている人物を対象とするときほど効果的なフリとなる技法であることがわかった。「シンクロ二シティ法」を用いたすべらない話は「偶然の一致」が面白いと思う人間の心理をついた笑いである。一致するはずのないものが、ひょんなことから一致するというフリとオチの構造になっていることがわかった。  「毒舌法」と「適温下ネタ法」もたびたび笑い話として用いられる。その理由はこの2つの技法は聞き手の「共感」を得やすい話題といえるからである。しかし、『人志松本のすべらない話』でもこの技法を使う語り手は、限られている。このことから語り手のキャラクターによって笑いが起きるか、下品な話ととられるかが左右される技法であることがわかった。
「一人芝居法」と「クエスチョン法」と「繰り返し法」と「変則擬音法」は「共感」をえる話題選びや、「フリオチ」の構造とは直接関連性のない技法である。この4つの技法では語りに起伏をつけたり、リズムを与えたり、オリジナリティーを加えたりするときに用いられる。なかでも「一人芝居法」すべての語り手が使用しており、全40作品中20作品で用いられていた。自らの話術だけで笑いを起こさなければならない場面で、相手に内容を理解させなければならず、かつ臨場感が必要となってくる。お笑い芸人は普段から漫才やコントで演技をしているので、語りの際にも一人芝居をすることに長けていると考えられる。
 第二項では、笑いの対象となる人物について分析を行った。そこで明らかになったことは、「言動の過失を犯す人物」と「性格的欠陥を持つ人物」による笑いの割合が半分以上を占めていたことである。これは、対象となる人物が特定されていないということでこの2つの性格の人物による笑いが多いという結果になった。どちらも失敗を笑うという面では同じであるが「言動の過失を犯す人物」による笑いは意外性がもたらす笑いである。対象の人物が、語り手とは他人であることが15作品中10作品と多くを占めることから、その人物内情をよく知らないが、予想外の行動で笑いが起きるという場合が多い。一方で「性格的欠陥を持つ人物」による笑いは、笑いの対象となる人物の内情をよく知ったうえで起こる笑いである。そのため語りはじめに対象となる人物の意図的な人物設定がされているものが12作品中6作品と半分を占める結果となった。このことから「言動の過失を犯す人物」と「性格的欠陥を持つ人物」による笑いの分類ができることがわかった。
 「知能的欠陥を持つ人物」と「社会的地位に制約を持つ人物」による笑いは特定の人物を対象とする笑いなので割合が少なく全40作品のうち2つのジャンルで11作品となった。また、笑いの対象によって笑いの質も変わってくる。子どもや老人を対象としている笑いは共演者からの笑いが朗笑ととれるものであることがわかり、父親や先輩など社会的地位に制約を持つ人物が対象の場合失笑や苦笑の反応がみられた。
 以上が今回の分析で明らかになったことをまとめた。

第三章 まとめと今後の課題

第一節 まとめ

今回行った研究については、『人志松本のすべらない話』という特別な空間で行われている語りの研究であった。「共感」を得ることのできる話題で仕事の話題や、芸能人ならではの話題などが多く登場している。しかし、この結果を我々の社会や学校に生かすことは十分に可能だと考える。今回行った研究が松本人志をはじめとするお笑い芸人に寄ったものだとすれば、我々は、我々のコミュニティの中での「共感」を探し、話題を選ぶことができれば、笑いを生み出す面白い話をすることができる人間になれるのではないだろうか。教職に就くにあたって、話しをするのが得意ということは大きなスキルになることは間違いない。今回の研究で明らかになったことを用い、自分に合った語りのテクニックをみつけ、話を構成できるようになれば今回の研究の成果といえるだろう。

第二節 今後の課題

今回分析を行った分析は構成分析と人物についての分析であった。分析項目が少なく、偏った分析となってしまったことが心残りである。また、出演回数の多いものから順に出演者を選びある程度自分の型を持っている語り手を選出したので、多様な人物を選出し、出演回数の少ないものと多いものでは語り方にどのような違いがあるのかをみていくことができれば、もう少し踏み込んだ研究ができたであろう。
 また、語り手のみでなく聞き手の反応にも注目できればいいと感じた。笑いの質について少し触れたが、聞き手の反応に明確な違いやパターンをみつけることができれば、すべらない話の構成についてももっと細かく分類することができたかと思う。
 次回笑いの文章の表現特性について研究することがあれば、語りだけで笑いを生み出すものとして落語の研究も同時にできればと考える。日本の伝統芸能ともなっている落語と現代のお笑いを率先する松本人志考案のすべらない話との共通点相違点などを分析していきたい。
 以上を今後の課題としていきたい。


参考文献と使用した資料

資料
・TV番組『人志松本のすべらない話』

参考文献
・織田 正吉『笑いとユーモア』筑摩書房 1979年
・美濃部 達宏『なぜ、あなたの話はつまらないのか?』あさ出版 2014年