一 次の文章を読んで、右の問いに答えよ。

1 大昔から船乗りたちは、船がクジラの群れに近づくと、低く不気味な音が船底にこだまするのを知っていた。彼らはそれをクジラの鳴き声だと信じていた。
2 (ア)、当時の研究者がいくらクジラの体を調べても、声を出すために必要な1声帯は見つからなかった。人々は、1声帯がない以上、鳴き声を出すことはできないはずだと考え、船乗りたちが聞いたのは、何か別の音だろうということになった。
3 だが、彼らを観察していると、時として互いに情報を伝え合っているとしか思えない場面に出会う。
4 (イ)、コククジラの群れでは、一頭がおとりになって、敵から群れの仲間を別の方向に逃がすことがある。逃げる群れを九十度の角度で曲がらせた先頭の一頭が、逆もどりして、目立つように泳ぎながら、仲間とは別の方向に一直線に進むのである。おとりになるのはよほど泳ぎに自信のあるクジラらしく、一頭で逃げきってまた仲間の群れに合流する。そうしたことから、2研究者たちは、クジラには情報を受信・発信する何か優れた手段があるにちがいないと考えるようになった。
5 では、その「手段」とは、いったいなんだろうか。
6 二十世紀後半になり、録音技術が向上して、クジラの鳴き声がとらえられた。クジラが鳴くということが、ようやく証明されたのである。調べてみると、クジラは、鼻の奥に続く気道にあるいくつかの袋を使って音を出していた。そのため、1声帯がなくても鳴くことができたのであった。そのうえクジラは、人間の耳には聞こえないほど低い音から、これも人間には聞こえない超音波とよばれる高い音までを出していたので、録音することも難しかったのである。
7 (ウ)クジラたちは、短く高い音と、長く続く低めの音の二種類を、目的に応じて使い分けていた。
8 短いほうの音は、「クリック」とよばれる。これは周りの様子を知るための音である。クジラの聴覚は非常に発達している。自分の発したクリック音が周りの物に当たり、はね返ってくるのを聞き、それがどのくらいの大きさなのか、何でできているのか、また、止まっているのか動いているのかなどを察知する。このような1知覚方法をエコロケーションという。
9 さらに、自分たちのえさとなる魚たちが、どの方向へ、どのくらいの速さで進んでいくのかも、このクリック音の反射で把握していく。これは、人間が海中を探るために使う音響探知機と同じ仕組みである。
10 もう一つの、低い連続した音は、「ホイッスル」とよばれる。これは、主として仲間どうしのコミュニケーションに用いられる。いわばクジラたちの「言葉」といえるだろう。おもしろいことに、同じ種類のクジラでも、群れによって使われるホイッスル音は違うことがある。それぞれの群れは、その群れに特有な音を使って、その群れにしか通じない方法で情報を伝え合っているのかもしれない。
11 ザトウクジラは、このホイッスル音で「歌」を歌うことが知られている。五分から二十分くらいの間隔で、まるでメロディのように、ひとまとまりの決まった音をくり返しくり返し発するのだ。こうした音を発するのは、1成熟した雄のザトウクジラであり、その期間は1繁殖の時期が中心となる。このことから、ザトウクジラの「歌」は、主として雌や、ライバルとなる雄に自分の存在を示すためのものであろうといわれている。
12 (エ)、クジラたちは、なぜこのように巧みに音を使って、周りの状況をとらえたり、情報を互いに伝え合ったりするようになったのだろうか。
13 彼らは、光の届きにくい海の中で生活している。こうした海の中では、二十メートルほど先を見わたすのがやっとである。目で見る情報はとても頼りないものとなる。
14 しかし音は、たとえ暗やみだろうと響きわたる。そのうえ水中では、音は陸上の五倍という驚くべき速さで伝わるのである。音こそまさに、海の中での情報の受信や発信にはうってつけの手段であるといえよう。
15 クジラたちは、自分たちの暮らす環境の中で、その体の特徴を生かしながら、周りの情報を得たり、得た情報を互いに伝達し合ったりしながら生活しているのである。