一 次の文章は『十訓抄』「成方の笛」の本文である。これを読んで、右の問いに答えよ。

成方といふ笛吹きありけり。御堂入道殿より大丸といふ笛を賜はりて吹きけり。めでたきものなれば、伏見修理大夫俊綱朝臣欲しがりて、
「千石に(1)買はむ。」
とありけるを、売らざりければ、たばかりて使ひをやりて、
「売るべきの由言ひけり。」
と空言を言ひつけて、成方を召して、
「笛得させむと言ひける、本意なり。」
とよろこびて、
「価は乞ふによるべし。」
とて、
「ただ買ひに買はむ。」
と言ひければ、成方色を失ひて、
「さる事申さず。」
と言ふ。 この使ひを召し迎へて、尋ねらるるに、
「まさしく申し(2)候ふ。」
と言ふほどに、俊綱大きに怒りて、
「人を欺きすかすは、その咎軽からぬ事なり。」
とて、雑色所へ下して、木馬に乗せむとする間、成方曰はく、
「身の暇を給はりて、この笛を持ちて参るべし。」
と言ひければ、人をつけて(3)つかはす。帰り来て、腰より笛を抜き出でて言ふやう、
「このゆゑにこそ、かかる目は見れ。情けなき笛なり。」
とて、軒のもとに下りて、石を取りて、灰のごとくに打ち砕きつ。 大夫、笛を取らむと思ふ心の深さにこそ、様々かまへけれ、今は言ふかひなければ、戒むるに及ばずして、追ひ放ちにけり。後に聞けば、あらぬ笛を大丸とて打ち砕きて、もとの大丸はささいなく吹きゆきければ、大夫の(4)をこにてやみにけり。はじめは、ゆゆしくはやりごちたりけれど、つひに出だしぬかれにけり。