一 次の文章を読んで、右の問いに答えよ。

  言葉は、ソムリエの仕事にとって大変重要なものです。
 ぼくは、一年間に一万種類以上のワインをテイスティングします。それらのワインの特徴を記憶するためには、感じたことを言語化することから始めます。
 ワインの外観は、視覚を使い色合いの微妙なニュアンスの違いを、宝石の色などにたとえます。アルコールのボリュームを知るために、液体の粘着性を言葉で表現し、清澄度合いなども同様に言語化します。
 ワインの香りは嗅覚で感じ、感じた香りをいろいろなものに置きかえて表現します。果実や花、スパイスやハーブ、木や土などにたとえます。その数は五百以上にもなります。
 ワインの味わいは、味覚や触覚感覚を使います。甘味、酸味、鹹味(塩からい味)、苦味、旨味の五味のバランスを時間差で表現します。また、ワインの温度や、赤ワインに含まれるタンニンからの渋みや、発泡性ワインの泡の刺激は、触覚感覚でチェックし言語化します。
 そして、発泡性のワインの泡の状態などを、聴覚を使って確認することもできます。

 なぜ、感じたことを言語化するのか。五感で感じる感覚は、潜在的に記憶することは可能であっても、いつでも自在に引き出し、応用することは不可能です。したがって、言語化することで、整理や検索を容易にするのです。
 そして、感じたことを表す言語は、同時に国際的に通じる単語でなくてはなりません。なぜなら、言語は会話のベースであり、他の人とのコミュニケーションツールであるからです。
 ワインに感じたことを言語化することによって、ソムリエどうしのワインの味わいなどの情報交換を文字や会話で表現することができます。
 また、ワインの風味をお客様に説明するのにも言葉は重要です。たとえば、あるワインに感じたことを百の単語で表現し、記憶しておけば、お客様のワインの知識レベルの差や、好みの違いに対し、二十から三十の単語を使い分けて説明することが可能です。
 感覚を言語で表現するのはワインにかぎったことではありません。
 きれいな景色の見える場所に立った際に、見るだけで感動するのではなく、空気の香りを意識し、風の音を聴くことで、いつでもあの時"の感覚を再確認できるのです。
 おいしい料理を食べるときにも、「軟らかくておいしい」と触覚感覚だけで食べるのではなく、外観を視覚で眺め、五つの味のバランスを味覚で、食べ物の風味を意識するために嗅覚を使い、かむ音の響きを聴覚で感じる。そして、その感覚を言葉で表現してみる。
 感じたことを言葉に置きかえる訓練はいつでもできるのです。
 そして、言葉を使いこなすためには、相手のことを知ることが大切です。上手な会話は、相手のことを考えながら行うことから生まれます。
 このことは、どのような仕事においても、また人生を豊かに過ごすのにも大切なのではないでしょうか。そのためには、五感で感じたことを、より多くの言葉で表現する習慣を身につけることができるとよいでしょう。
田崎 真也「感覚を言語化する」より