第三節 『猫の事件』阿刀田高

 

1 登場人物

2 あらすじ

  ある金に困った男が、金を手に入れるためにさまざまな犯罪を考える。そうするうちに、金持ちのおばあさんが可愛がっている猫を誘拐して、身代金を要求することを思いつく。男は、子供を誘拐したら話が大げさになるし、もしその子を殺したりしたら立派な殺人犯になってしまうが、猫なら警察も本気で取り合わないだろうし、その猫を殺しても殺人犯にはならないのでとてもいい計画だと考える。かくして、この計画は成功し、男は簡単に身代金の百万円を手にする。ところが、事件から三日後、突然警察がやってきて彼は逮捕されてしまう。男が警察に「どうしてアパートがわかったんですか?」と聞くと、刑事は「猫が話したんだ。あそこの奥さんは猫語がすっかりわかるらしいぜ」と答えるのである。

3 作品に登場する猫についてわかること

4 猫の事件との関わり方

   男に誘拐されるが、飼い主が身代金を払ったので無事帰される。帰ってから飼い主

   のおばあさんに犯人のアパートを教える。

5 その他

   <飼い猫と野良猫の比較>

       飼い猫                野良猫

    @飼い主に気を使うこともある   < 気楽である

    A毎日鯛の刺身が食べられる    > 魚屋のあまり物で生きている

    B寒い日もあったかい家の中    > 寒さに耐えなければならない

    C人見知りをしない        >   猜疑心が強い

   

 以上四点から男は「同じ猫に生まれるなら、いい家に飼われるほうがいいなぁ」と思っている。

 

 

<サスペンスについて>

 この作品では『猫の事件』というタイトルどおり、三つのサスペンスと一つの伏線全てに猫が関わっている。

 この作品の中で、最も重要で事件を解決する鍵となる事実は、おばあさんが猫語を理解するということである。表の第二段落の伏線の欄に「猫語がわかる夫人」と記した。このことは、作品中では次のように書かれている。

 

  「奥様、いつもお元気ですねえ。」

  雑貨屋のかみさんも相手が大金持ちだからやけに愛想がいい。

  「はい、はい、おかげさまで」

  「チャコちゃんもいいご機嫌ね」

  畜生にまでお世辞を使っている。猫のやつは、薄目を開けてジロリと雑貨屋を睨んで

  いたぜ。

  「でも、このごろ、チャコは寝不足なのよ。ね、そうでしょう」

  へえー、猫の寝不足なんてあるのかな、年中眠っているくせに。

  「あら、そうなんですか」

  「裏で工事をやっているでしょ。ガス工事かしら。“うるさくて眠れない”ってこぼ

  していますのよ」

  オレは首を傾げたね。だれがいったい「うるさくて眠れない」ってこぼしているんだ

  ろう?

  雑貨屋のかみさんは、さして不思議そうな顔もしないで、

  「あら、あら。それはかわいそうね。でも、あの工事は今月でおしまいよ。あと四日

  の辛抱ですからゆるしてやってくださいね」

  と猫に話しかける。

  屋敷のばあさんも、胸に抱いた猫に向かって、

  「あと四日ですってサ。我慢しなさいね。」

  とたんに猫のやつ、

  「ニャ―ン」

  と鳴きやがった。

  「゛仕方ない゛って言ってますわ」

  「本当に奥様は猫の言葉がよくおわかりになるから」

  ガムを買いに来た子どもが、

  「おばちゃん、本当に猫の言葉がわかるの?」

  目をくりくりさせてたじゃないか。教育上よくないよ。

  「ええ。自分の子どもと同じようにかわいがっているから、自然と猫語がわかるよう

  になるのよ。」

  「そうでしょうとも。本当に奥様はチャコちゃんをかわいがっていらっしゃるから」

  屋敷のばあさんは、猫とそっくりの顔をして目を細くしていたね。どうでもいいこと

  だけど、動物を飼っている奴って、どうしてその動物と同じ顔つきになるのかな。

 上記の部分は、雑貨屋のおばさんとチャコの飼い主であるおばあさんとの世間話であり、主人公の男も馬鹿にしながら聞いている。しかし、おばあさんが猫語がわかるというこの事実は、最終的に男のアパートが警察にばれてしまうという結末に重要な意味を持つのである。そして、この作品中の唯一の伏線と言える。

 サスペンスとしては、三つあるが、どれも長く引っ張るものではなく、全て段落内で解決している。また、第二段落の「素晴らしいアイデアとは?」というサスペンスに関しては、以下に述べるとおりである。

 まず始めに「今、木箱の上で眠っている猫を見ていたら、急にすばらしい考えが浮かんで来た。」という記述によってサスペンスが生まれる。それから、その考えを述べることなく、男は下見に行くのである。下見の場面が先程記述した伏線の場面である。そして、そのあと

 「ここまで話せば、オレの計画もだいたい見当がつくだろうな。

  そうよ、その通り。

  人間の子どもを誘拐するとなると、話が大袈裟でいけないよ。自動車でも持っていな

  いと、なかなかむつかしいな。

  さっきも言ったろ。人質を殺してしまうのは、オレの趣味じゃないんだ。アパートに

  子どもを軟禁しておいて『助けて』なんて叫ばれたらことだからなあ。その点、猫な

  らどうとでもなる。たとえ人質を・・…いや猫質って言うのかな、

  これは。そいつを殺したところで殺人犯にはならないですむ。警察だって猫の誘拐事

  件じゃ本気で取り合ってくれないぜ。こりゃ間違いないね。いくら大金持ちの家の猫

  だって・・…。」

と続き、ここでサスペンス解決となる。しかし、猫を見て思いついたと書かれていることから、猫を誘拐することを想像することは容易である。そのため、この作品ではサスペンスそのものはすぐに解決する傾向が見られる。

 最後に、サスペンスの長さについて調べてみた。

<サスペンスの長さ>

   『猫の事件』(全316行)

サスペンスの内容

行数(行)

全体に対する割合(%)

@すばらしいアイデアとは何か?

50

15

A誰がこぼしているのか?

2

0

Bなぜ犯人のアパートが分かったのか?

5

1

平均

19

6

平均6%という数字が、他の作品と比較してみて実際に短いのかどうか、本章の第九節において確かめることにする。

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