第七節 『黒猫』ポー

1 登場人物

   ・私 ・妻 ・警察

2 あらすじ

 もともと動物好きだった「私」は、小鳥、犬、金魚などの小動物と一緒に黒い猫を一匹飼っていた。若くして結婚した妻も、「私」と同様の動物好き。黒猫のプルートーは「私」=主人にとても可愛がられていた。猫もよく主人になついていたのだ。ところが数年後、主人はアルコール中毒になり、プルートーを虐待するようになる。黒猫プルートーのなれなれしさが、かえって彼の不機嫌をつのらせてしまうのだ。ある夜、泥酔して帰ってきた主人は、ちょっとしたことで激怒し、プルートーの眼をペンナイフでえぐりとってしまう。その後もいじめは収まらず、結局はプルートーの首に輪をつけ、木にぶら下げて殺してしまうのだ。プルートーを殺してから何ヶ月かして、彼はまたペットが欲しくなり、プルートーと瓜二つの黒猫を、行き付けの酒場からもらってくるのである。

 二代目の黒猫は、プルートーと瓜二つ。驚くことに片目が無かったのである。プルートーが眼をえぐりとられたと同じ状態なのだ。ところが、家に帰ってよく見ると、一点だけプルートーとは異なっていた。胸に白い斑点があったのだ。

 この猫も、主人によくなつく。ところが残念なことに主人のアルコール中毒は、さらに深刻の度合いを増し、この猫がなつけばなつくほど、彼の不機嫌さは以前よりも大きくなる。さらに、悪いことに二代目の黒猫の白い斑点は、時間がたつごとに絞首刑の絞首台の形を現してきたのである。なれなれしい態度に対する嫌悪と恐怖はつのり、彼は発作的にその黒猫を殺そうとする。ところが、それを止めに入った妻をあやめてしまうのだ。そして、地下室の壁に妻の死体を塗り込めるのである。しかし、あの黒猫の姿はない。

 警察が調べにやってきたとき、壁の中のすべてのことが明らかになる。壁からはすさまじいうなり声が聞こえてくるのである。

 「壁はどさりと崩れ落ちた。ひどく腐乱した、血糊のこびりついた死体が、見ている者たちの眼前に真っ直ぐに立っていた。しかもその頭上には、真っ赤な口を大きく開き、片目を焔のように燃え立たせながら、あの忌まわしい獣が座っていた。その狡猾さがわたしを人殺しへと誘い、そのすさまじい密告の声がわたしを首吊り役人の手に引き渡した獣が。この怪物をも、わたしは墓のなかに塗り込めてしまっていたのだ!」

 

3 作品に登場する猫について分かること

 

4 猫の事件との関わり方

・地下室に降りていくところで猫が足元をうろつき、「私」は危うく階段から転げ落ち 

 そうになる。そこで「私」は激怒し、猫を殺そうとするのだが、勢いあまって妻を

 殺してしまう。

・完全犯罪が成立すると思い、警察が来ても余裕を見せていた「私」だったが妻の死

 体と一緒に壁に塗りこめられた猫によって、殺人を暴露されてしまう。 

 

<サスペンスについて>

 

 この作品では、最後の「妻の死体と一緒に塗りこめられた黒猫」という解決が作品全体の解決となっている。以下は殺人事件解決の場面である。

   わたしが殴打したその反響音が沈黙の中へ消えていくよりも早く、墓の中から一つ

  の声が答えたのである!最初は子供の啜り泣きに似た、押し殺したような切れ切れの

  叫び声であったが、やがて瞬く間に、恐ろしく異様で、人の声とも思えぬ、長く尾を

  引く、甲高い、絶え間なくつづく悲鳴へとたかまっていった―それは断末魔の苦しみ

  に喘ぐ地獄の亡者どもと、彼らの地獄落ちを狂喜する悪鬼どもの喉から一時に出て来 

  る、なかば恐れ、なかば勝ち誇るわめき声であり、悲痛な叫び声であった。

   わたしがどんな思いでいたか、言うも愚かであろう。気を失いかけながら、わたし

  は反対側の壁のほうへとよろめきながら行った。一瞬、階段の上にいた警官たちは、

  極度の恐怖と戦慄のために、身動き一つしなかった。だが、次の瞬間、十二本のたく

  ましい腕がその壁を取り壊しにかかっていた。壁はどさりと崩れ落ちた。ひどく

  腐乱した、血糊のこびりついた死体が、見ているもの達の眼前に真っ直ぐに立ってい

  た。しかもその頭上には、真っ赤な口を大きく開き、片目を焔のように燃え立たせな

  がら、あの忌まわしい獣が坐っていた。その狡猾さがわたしを人殺しへと誘い、その  

  すさまじい密告の声がわたしを首吊り役人の手に引き渡した獣が。この怪物をも、わ

  たしは墓のなかに塗り込めてしまっていたのだ!

 

このように、一匹目のプルートーによく似た二匹目のプルートーは、主人公を重罪人の独房に送り込むという非常に恐ろしい形で、復讐を遂げるのである。

 また、この作品にも『赤い猫』と同様に、導入の部分で「ひどく途方もない、しかもそれでいてひどくありふれた物語とはどんなものか?」というサスペンスが生まれる。そしてこれは、作品全体を読まなければ解決しないのである。このことに関する検証は、本章のまとめ、第九節において行ないたい。

サスペンスの長さについては以下のとおりの結果となった。

<サスペンスの長さ>

  『黒猫』(全304行)

サスペンスの内容 行数(行) 全体に対する割合(%
@ひどく途方もない、しかもそれでいてひどくありふれた物語とはどんなものか? 302 99
Aなぜ重罪人の独房に入れられているのか? 40 13
B黒猫の斑点は何の形になっていくのか? 4 1
C事件後、猫は一体どこへ消えたのか? 3

46

1

15

D壁の中から聞こえるのは何の声か? 7 2
     
平均 20 6.6

 この作品で、メインとなるのは「私」が妻を殺してしまう事件である。そこで、上記の五つのサスペンスの中からメインとなるサスペンスを抽出すると、ACの二つである。この二つだけの平均値を求めると、行数43行、割合28.3%となる。このことに関しては、本章の第九節において検証することにする。

 

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