第九節 まとめ

 第一節から第八節まで、八作品のサスペンスを見てきたが、これらをいくつかのパターに分けてみることにする。一つ目は、長い謎は読者を飽きさせてしまうので、途中に偽の解決を設けるというものである。二つ目は、新たな謎を追加し、古い謎を解決せずに消してしまう消失のパターンである。三つ目は、結果を読者の想像に任せる形で、一つのサスペンスが二つ以上の解決を持つパターンである。そして、四つ目は、同じ謎を別の言い方で表わすことにより、内容を整理したり、読者に思い出させたりするものである。これらが、その作品に使われているものなのかを表に表わしてみることにする。なお、表中の

「○」の記号は使用されている印で、「×」の記号は使用されていない印とする。

 

<サスペンスのパターン>

作品名

長編・短編

サスペンスの長さ(平均)

偽の解決

消失

二つの解決

謎の繰り返し

猫は知っていた

長編

923.5

19.8%

×

×

赤い猫

短編

189

23.9%

×

×

×

×

猫の事件

短編

19

6%

×

×

×

柩の中の猫

長編

277

8.9%

×

×

×

避暑地の猫

長編

949.6

24.2%

アーサー・カーマイクル卿〜

短編

168.9

27.7%

×

×

×

黒猫

短編

20

6.6%

×

×

×

×

黒猫亭事件

長編

616.9

27.2%

×

×

 

 四つのサスペンスのパターンの中で、最もよく使われているのが謎の繰り返しである。これは、長編小説では特によく使われている。『猫の事件』と『アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件』では、短編小説であるが、謎の繰り返しが使われている。しかし、この場合の謎の繰り返しは、内容を整理するためというよりも、謎を強調するために用いられている。例えば、『アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件』では、第3段落に「歩き方やまばたきの仕方がどことなく異様で、これとはっきり言えないが、それを見てわたしは誰かを、いや、何かを連想せずにおれなかった。」とあり、第4段落には「非常に・・…・あるものを連想させるな。」とある。そして、第7段落の「前にアーサーの忍び歩くような足どりや、油断のない目のくばりを見て、わたしが何を連想しようとしたか、今はもう考える余地がなかった。」という記述によって、「猫」という解決に至る。短編小説の場合は、あまり複雑なサスペンスは出てこないし、未解決のサスペンスが同時点でいくつも重なる状態になることはほとんどないので、内容を整理するために、謎の繰り返しを行なう必要が無いものと思われる。

 次に、よく用いられているのは、偽の解決である。これは、長編小説にしか用いられていない。短編小説では、サスペンスの行数が短いため、偽の解決を入れる余地がないのである。そこで、サスペンスがどのぐらいの長さになると、偽の解決が用いられるのかを調べてみた。

 

<偽の解決について>

作品名

サスペンス

行数(行)

全体に対する割合(%

猫は知っていた D平坂氏行方不明

2060

44.2

避暑地の猫 Dなぜ志津は地下室を知っているのか?

1199

30.6

黒猫亭事件 @誰の死体か?

1902

83.9

A日兆はなぜ掘っていたのか?

1893

83.5

D猫はなぜ殺されたのか?

1090

48.1

       
平均

1628.8

58.1

1628.8行という数字は、<サスペンスのパターン>の表の数字と比べると、かなり大きい数字である。また、全体に対する割合の平均も58.1%というように、作品の半分以上の長さである。このように、偽の解決が使われるサスペンスは、そうでないサスペンスの約二倍の長さがあることがわかった。

 次に、短編と長編、それぞれのサスペンスの長さの違いについて述べたいと思う。八作品を読んだ後感じたのは、短編小説のサスペンスはすぐに解決し、長編小説のサスペンスは長く続くということである。果たして、それは本当なのか。検証してみることにする。八作品のうち、短編小説は『赤い猫』『猫の事件』『アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件』『黒猫』の四作品である。これら四作品のサスペンスの長さの平均は、行数99.2行、割合16.1%である。それに対して、長編小説四作品の平均は、行数693.8行、割合20.0%である。行数では長編は短編の約7倍の長さであるが、割合では約1.2倍とそんなに大きな差はない。長編のサスペンスを長く感じたのは、行数が多いからであり、作品全体に対する割合は、長編も短編もあまり変わらないことが分かった。

 次に、同じ作品のサスペンスでも、メインの謎とサブの謎に分けられる。これらの長さに違いがあるのかどうかを調べてみた。なお、このことに関しては、メインの謎とサブの謎が比較的はっきりと区別できる三作品を資料とする。『猫は知っていた』と『赤い猫』と『黒猫』である。

 

<メインの謎とサブの謎の差>

作品名

全ての平均

メインの謎の平均

サブの謎の平均

行数

割合

行数

割合

行数

割合

猫は知っていた 923.5 19.8 1448.4 31.1 595.5 12.8
赤い猫 189 23.9 291 36.7 53 6.7
黒猫 20 6.6 43 28.3 5.5 2.0

 

 結果は一目瞭然である。メインの謎は、サブの謎よりもかなり長く引っ張られていることが分かる。

 最後に、第二節で立てた仮説、「導入の部分で生まれたサスペンスは、ストーリー全体をふまえて最後に解決することが多いのではないか」ということについて考えてみたいと思う。導入の部分でサスペンスが生まれるのは、『赤い猫』『避暑地の猫』『黒猫』『黒猫亭事件』の四作品である。『赤い猫』の「遺産が多佳子に譲られることになったのはなぜか?」というサスペンスが「多佳子を好きになったから」という形で解決するまでに、725行かかり、それは作品全体の92%を占めている。また、『避暑地の猫』では「ある一つの場所とは?」というサスペンスが解決するまでに、3120行かかり、作品全体の80%である。

『黒猫』では、「ひどく途方もない、しかもそれでいてひどくありふれた物語とはどんなものか?」というサスペンスが、作品の冒頭で生まれる。これは、『黒猫』の中で起こる事件全てを指しているので、最後まで読んでやっと解決する。そのため、行数は302行、割合は99%である。『黒猫亭事件』では、最初の金田一耕介からの手紙によって、「一体どういうトリックなのか?」というサスペンスが生まれる。そして、それが「一人二役」だと分かるまでに2232行かかり、これは作品全体の98%を占めている。これらのことをもとに、表を作成してみた。

 

<導入部分でのサスペンス>

導入部分でのサスペンスの内容 行数(行) 作品全体に対する割合(%
遺産が多佳子に譲られることになったのはなぜか? 725 92
ある一つの場所とは? 3120 80
ひどく途方もない、しかもそれでいてひどくありふれた物語とはどんなものか? 302 99
一体どんなトリックなのか? 2232 98

 

 以上より、導入の部分で生まれたサスペンスは、作品全体の80%以上を費やして解決していることが分かる。つまり、このようなサスペンスは、ストーリー全体を通して最後に解決するもので、途中で解決することはないのである。

 以上がサスペンスの特徴である。

 

 これらの特徴を踏まえて、猫とサスペンスの関わりについて見ていく。

まず、全ての作品のサスペンスの中から、猫が登場するサスペンスを抜き出すことにする。

 

<猫が登場するサスペンス>

作品名 サスペンスの内容 行数(行) 作品全体に対する割合(%)
猫は知っていた チミはどこへ行ったのか?〈サブ〉 317 7
黄色い猫の気絶〈伏線〉    
赤い猫 赤猫=火事〈伏線〉    
サンタクロースごっこ〈伏線〉    
猫の事件 すばらしいアイデアとは何か?〈メイン〉 50 15
誰がこぼしているのか?〈サブ〉 2 0
なぜ犯人のアパートがわかったのか?〈サブ〉 5 1
柩の中の猫 千夏の企てとは何か?〈サブ〉 113 4
避暑地の猫 なぜ猫は逃げないのか?〈サブ〉 66 2
百万円の猫は夫妻の元に帰ったのか?〈サブ〉 消失
アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件 猫に一体何があるのか?〈サブ〉 116 19
猫の姿が見えないのはなぜ?〈メイン〉 64 10
夫人が猫に殺されかける。なぜか?〈メイン〉 131 21
黒猫 事件後、猫は一体どこへ消えたのか?〈メイン〉 46 15
黒猫亭事件 猫はなぜ殺されたのか?〈メイン〉 334756 15

33

平均 177.6 13

 

 表を見ると、メインの謎が五つ、サブの謎が七つ、伏線が三つとサブの謎の数が多い。そのため、サスペンスの長さの平均は、少し短くなっている。

 猫が登場するサスペンスの中で、サスペンスのパターンに当てはまるものは、「百万円の猫は夫妻の元に帰ったのか?」というサスペンスの消失と、「猫はなぜ殺されたのか?」というサスペンスの偽の解決である。消失したサスペンスは、メインの謎ではない。しかし、この謎は、猫が人間の悪を象徴しているのではないかと考えさせるきっかけになる。また、読み終えた後も、この謎について悩む余韻を生み出している。そして、偽の解決が使われているサスペンスは長く、その謎は、事件解決の鍵を握っている。つまり、作品全体の中でも特に重要な役割を果たしている。

 ここで、メインの謎とサブの謎、伏線がどのような役割を果たしているのかについて考えてみることにする。メインの謎は、例えば『黒猫亭事件』の「猫はなぜ殺されたのか?」というサスペンスのように、読み手がそれまで注目している「誰の死体なのか?」という謎から猫のほうに注意を向けさせて、事件解決のヒントを与える。サブの謎は、『猫は知っていた』の「チミはどこへ行ったのか?」というサスペンスが抜け穴の発見につながったように、重要な伏線に結びつくこともある。また、『避暑地の猫』の「なぜ猫は逃げないのか?」というサブの謎は、主人公の起こした殺人事件から話をそらせて、起承転結の転の部分のように気分転換的な効果をあげている。そして、伏線は『赤い猫』の「サンタクロースごっこ」のように、無駄話でカモフラージュされながらも、事件解決の重要な鍵を握っている。

 

 以上が構成分析の結果である。