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のなみの俳句

『震災十三句』

夜明けまであと1時間立ち尽くす   一月当日

階段に血糊を残し降りにけり         

圧死されし方の隣で十針縫う         

体育館の床新聞紙は暖かし          

乳飲み子のまだ開かぬ目まなかいに      

妻と子がいる実家に近く倒壊増ゆ   一月翌日

西宮北口に放置自転車増やしおく       

研究室でペットボトルの水捨てる       

震災疎開の平日の回転木馬       二月末

芦屋川の桜年並みに咲きにけり     三月末

仮設住宅の屋根鈍銀に陽をうつす    八月 

神います 火の中「いいからいきなさい」   

三歳五歳震災死亡情報欄           


緑なくて立ち小便もままならず

高層の窓から窓へ秋の風

夏に生まれ夏に逝きたる瞳かな

天高く回るクレーンの赤と白

秋行くや震災更地の花の畝

震災地ゆっくり動くシムシティー


踏切の明滅灯に息染まり

夕焼けの芯に消えゆく鳥の群れ

すれ違うコオロギ階段のぼりゆく


先行走者正しき靴のリズムかな

灰色の壁伝い落つ冬の雨

棟上げの前後左右に更地かな

天高く六甲山が近くなり

秋行くや更地のセイタカアワダチソウ

終い風呂家族の匂いを確かめる


小春日や車内に喪服の組二つ

ディズニーの生まれたる日の暖かさ

禁酒法を廃止した日の寝酒かな


『神戸市立須磨水族園に遊びて』

銀色の変幻鰯の群動く

鮫の腹子ホルマリンの中眼開きたり

母鮫の頭部のみあり口開きて

アナゴの巣こちらを見ている目の多さ

ペンギンの羽を反らせて昼寝かな

秋の日の等速回転ブランコ

秋いくや回転木馬を掴む指

怠け者もいてイルカライブショー

「あといくつ」住吉・摂津本山・芦屋かな


『詩織の風邪』

子の咳や震え続ける窓ガラス

深更の子の熱高し風やまず

子が熱にうなされている夜寒かな

子の熱に座薬一発の寝息かな

風邪の子の這い来る頬の赤さかな

チビオンの数字上がるな上がるなよ

眠る子の笑み広がりぬ「チューしたろ」


舌の如雪雲山を塞ぎたる

奧山の初雪光り雲切れぬ

足長蜂が窓のガラスを掻きにけり

米の衣着てコクゾウムシは太りけり


薮蚊満つ公園に児等の「かーわって」

本置いてまたメール書く夜長かな

リレーの歓声高層団地を懸けのぼる


売れ残る互い違いのサンマかな

山奥の初雪光り雲切れぬ

黒雲の冬陽を隠す速さかな

盛り上がるマロニーの下カニ沈む


誕生会小さな靴の並びたり

銀杏散って「虹のかなたに」道を行く

重なりて冬の陽うける甲羅かな

エビせんを食み割る亀や春の池

エビせんを鳩打ちつける春の土


遠山の冠雪涼し新幹線

寒の残月さよならと言いて榊置く

あつまりし仲間を泣かせる笑顔かな


指先に我が重みあり凧日和

思いやること忘れており聖誕夜

日本橋ここにも一人窓の客


蓑虫の隣に芽ある桜かな

並びいてここにも一人護摩の客

立ち上る香煙の数冬日和

注連縄の稲穂をつつく雀二羽


白き息の流れ続けり校門へ

監督の眠気吐き出す暖房機

鉛筆の音のみの部屋西日入る

バスを待つコートの消しゴム震えおり


「痩せたわよ」顎突き出して立つ女

野良猫に挨拶返す帰路寒し

渋滞の尾灯明滅クリスマス

京菓子の丸さ冷たさ柔らかさ

終い風呂足し湯に吐息広がりぬ


笠たたみバスの座席に尻温し

マネキンのごと立ち並ぶ地下の駅

生け垣の平面上に花切れて

寒の川白鷺の首すくみたる


初花や白木のぽっくり六つ行く

冬の駅旅客の並ぶ日向かな

冬木立蓑虫の数雲速し


皮取りて伊予柑吾子の口に余り

伊予の陽を一つ分けては口に入れ

音の無き窓を開くれば春の雪


鳩のあとついて歩きぬ冬の駅

缶コーヒー両手でこねる寒の星

繰り上がる十の目映き真珠かな

白々と線路 列車走らねど


六甲山の崩れの数や寒の晴れ

探梅や下校の児等の声遠し

探梅や切れ切れに聞く涅槃経

探梅や木魚わずかに揺れいたり


被災地の八十路の小児医再建す

なにものかゆらりと動く靄の内

寒緩む自転車置き場の湯気の数

靄篭めて乳の海かと思いけり

靄篭めて見えぬ安心乳の海

ウィスキーをボンボンで飲む靄の内


新築に隠されていく更地かな

退官を前に芝焼く図書館長

瀬戸内の霞を抜ける汽笛かな

子の腿を甘噛む夕べ春動く


ひなまつり小さな靴の並びたり

春の宵妻の好物買いにけり

鷹化して鳩となる午後投票す

暮れ遅き公園の藤緑なり


子の尻の重さのままの朝寝かな

子等と入る蛤二つのすましかな


公園にボール残りて春暮るる

春を行くオレンジ燈のうねりかな

オレンジのうねりの果ての海市かな


磯つたう婆の腰篭海胆こぼる

断ち割りて摘まみ集めし瓶の海胆

さえずりの高み残すや落ち雲雀

にんまりと朧三日月帰路遥か


鮮やかな日陰の雪の白さかな

伏し草の茎を流るる雪解水

ごみを出す罪の意識や朧月

酔眼を白く塞ぐや朧月

酔眼に揺れ止りたる朧月

帰路遥か通過列車の風温し

黄昏にたたずむ女三宮


満載の冬着アヒルの洗濯屋

昼風呂の天窓の日の朧かな

暗闇の雛人形の目の気配


帽子屋へトーアロードの春の風

春雨や元異人館の煉瓦塀

廃屋の鎧戸の破れ闇深し

楼上の風鐸夕陽の中華店

サリーの人乗ってカリーの香りけり

子等の声坂上にあり波光る

春服の流れゆったり広き道

戸を閉めて黒木に並ぶ古書の数

親の手が猫踏んじゃったを止めにけり

大丸の天井までの高さかな


テーブルの花それぞれに謝恩会

謝恩会の帰路の車内に百合香る


春麗ら精神科棟の窓白し

終鈴の受験生の頬の白さかな

雨足の明るき太さ春の道


外れ玉の闇に猫の目光りたり

土はねて躍り上がるやハサミムシ

丸虫の前でビーダマとまりけり

土蹴ってミミズの香る道を行く


駆け上がる螺旋階段風光る

百窓を過ぐ雲二つ風光る

宣誓の右親指や風光る


満開の花両岸に盛り上がる

花も葉もなき枝ばかり液状地

細枝に花ぽつぽつと若桜


うなづいて歩きだしたる遍路かな

ゆるゆると四国取り巻く遍路笠

宿の湯に足さすりたる遍路かな


春雨を急行列車くぐりゆく

幾度も花丸見せる春の宵

満開の枝垂れ桜の重さかな

山近き教会の旗高くあり


日曜の朝の車内の春の数

春の午後引率教師目をこすり


気をつけの手に力あり新学期

白き背を見せるカモメや風光る

欄干に十四五匹の鯉のぼり

吾子の手を離れて風船割れにけり


春雨を吸い上げて行く維管束

赤薔薇こんな人にも親がいて

屈託をすり抜けて行く柳絮かな

角刈りの垣香りけり五月尽

踏み潰す脚赤く染む薔薇かな


文珍の不機嫌眼鏡光りたり

眼前にかなぶんの顔静止する

バス停のまわりに白き梅雨の海

ビルを引く鋼線の張り梅雨の空


母と娘と雲指さして立葵

マネキンの白き面のサングラス

それなりの勢いで飛ぶ水たまり

焼肉を頬張る顔の汗の数

梅雨晴れの土手揺れて行く子馬結い


梅雨晴れや位牌を抱いた地鎮祭

夜店の灯映して鈍き虫の甲

曇天に吸い込まれていくコンチキチン

湯気立ちて卵カステラ降りしきる

客の居ぬ射的の店の赤さかな

巫女の鈴祭りの夜を繋ぎたる


炎天に溶けし紫陽花蟻渡る

終業式子等の手にあり夏の雲

向日葵や孫駄負う婆の簡易服

向日葵のワンピース行く朝の土手

台風や雄ライオンの顔の傷


しおしおと一人林檎を擂る夜かな

掌が重心を知る林檎かな

秋雨や鳩並びいる寺の屋根

帰路遥か幾万匹の虫の声

子を抱いて聞くこおろぎの子守り歌

街灯に照らされているばったかな


薄雲を縫い取って行く月の面

月光や白線延びるグラウンド

満月の中に自転車浮びけり

白旗が上りて騎手は脱力す

アンカーのこけたる刹那曲止みぬ

秋空に眼を置きて待つマスゲーム

篭外れし玉の行方や秋の雲

間違える子ども交じりてマスゲーム


おこないをすましてやさし虫の声

秋晴れの芦屋の街の人の数

手をかざし菊花の精の声を聞く

掌の上で野菊が死んでいく


パックの中の目とろりと睨む

間に合わないドアがゆっくりと閉まる

いっぱい着込んでぬくぬくいねむり

早朝のプラットホーム出汁香る


試着室の外に幼児の下半身

お互いの踵削りて冬ごもり

凶の意味考えている寒烏

アンテナと屋根とに百の寒烏


灯を写す寒の川面に鷺眠る

枝々に蓑虫の数雲速し

寒風の帰路に広がる夜景かな

遠山をけものの如き雲の影


肩にある掌のあたたかさ春一番

庭の木の鳥身構えて春一番

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