次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

チョコレートのおみやげ


 港の公園のベンチで、みこおばさんはチョコレートの箱を一つ取り出した。
坂のとちゅうの店で買ったのだ。
もう一つ同じ箱かあるけど、それはお母さんへのおみやげ。
「チョコレートって、おかしの中で、いちばんすてきやと思うな。」
と、おばさんは言った。
みこおばさんはお母さんの妹。
今日一日、わたしにつき合ってくれた。
異人館と港が見たい?
それ、デートコースやんか。
五年生の女の子とデート。
ま、それもわるないな。
わたしも悪くないと思った。みこおばさんはすてきなのだ。
異人館も港も、一度行きたい所だった。
で、このゴールデンウィークに、お母さんがおばさんにたのんでくれたわけ。
箱の中にチョコレートは六つ入っていた。
赤や緑や銀色の紙で包まれたチョコレートは、むいて食べるのがおしいような気がした。
「三っすつやで。初めに、ゆきちゃんが好きなん選び。」
そう言われて、わたしが緑のを取ると、おばさんは銀色のをつまみ上げた。そっと紙をはがして、二人いっしょにロに入れた。
舌の上で、かたまりがゆっくりととけていく。
おばさんがつぶやいた。
「・・・が、とけていくみたいや。」
「え?・・・何がとけていくって?」
「時間。時間がとけていくみたい、ゆうたん。」
みこおばさんがすてきなのは、とつ然こんなことを言うからだ。
「時間て、こんなとけ方するのん?」
わたしがたずねると、おばさんはまじめな顔でうなずいた。
「ふうん。時間て、あまいん?」
それには答えず、おばさんは、今日見たものの中で好きだったものを言えと言った。
「異人館、風見どり、門に付いてたライオンのノッカー、金属でできとったツタのからまった電気スタンド、坂道、風船売り、チョコレート。」
ゴールデンウィークの宿題の作文に書こうと思って、頭の中にメモしていたから、わたしはすらすらっと答えた。
うなずいたおばさんはしばらくだまりこんだ。
そして、とつ然こう言った。
「坂道の上の洋館に、一人の男とニワトリがくらしていました。」
おばさんのとつ然には、慣れているつもりだったけれど、これには少しおどろいた。
「なに?・・・急に。」
「ええから、聞き。」
みこおばさんは、お話を始めてしまった。
「男は風船売リでした。ニワトリは、なくてはならない相ぼうてす。
というのは、ニワトリは毎朝屋根のてっぺんに上って 空気のにおいをかぎ、その日の風の向きと強さを教えてくれるからです。
『今日は南の風が強くふくね。』
ニワトリがそう言うと、男は公園の木の下で風船を売リ、
『今日は風はないな。』
そう教えてくれた日には、港で風船を売リました。」
わたしは思わす□をはさんだ。
「天気予報やったら、テレヒ見たら分かるやん。」
「ゆきちャん、あんたね、テレビがある時代にニワトリがしゃべったと思う?」
「ニワトリなんか、どんな時代にもしゃべらへんわ。」
「それはゆきちゃんが、テレヒのある時代の子ォやから、そない思てんの。」
おばさんはめげずに続けた。
「風船がたくさん売れると、男はおみやげにチョコレートを買って帰リました。
男もニワトリも、チョコレートが大好きだったからです。
夕食の後、二人はだんろの前でチョコレートを食べながら、いろんな話をしました。
男は風船を売りながら街で見たことを話し、ニワトリは家の周りであったことを話しました。
ニワトリの風の予報のおかげで男の風船はよく売れ、二人は幸せでした。
ところがある日のことです。
いつものように早起きをしたニワトリが、屋根のてっぺんにまい上がったとたん、ふっとむねの中にいたずら心が生まれたのです。
もしも、ぼくがちがう予報を言ったら・・・。
その日の空気は、午後に強い南風がふくにおいがしていました。
でも、風がふかないと教えたらどうなるでしょう。
きっと男はあわてるにちがいない。
その様子を想像すると、もうおなかの底からクックッと笑いがこみ上げてくるのです。
男はおこるだろうか、とも考えてみました。
でも、今までずっと正しい予報をしてきたのですから、一度くらい外れても、きっと許してくれるでしょう。
男はやさしいのです。
そこでニワトリは言いました。
『今日は、風はふかないね。』
その日、夕方になっても 男はもどってきませんでした。
ニワトリは心配になりました。
昼過ぎからの強い風がまたふいていましたが、げん関の外で待ちました。
夜になっても帰ってきません。
門の上で待ちました。
真夜中になってももどってきません。
風はやんで、星が光っていました。
次の日も そのまた次の日も、男のすがたは坂道に現れません。
心配で心配で、ニワトリは何も食べずに待ちました。
うそをついたから、ぼくをきらいになったんだ。
初めはそう思いました。
でもそのうちに、もっとひどいことが起こったんじゃないかと思えてきました。
強い風に、風船を持ったまま飛はされてしまったんだ。
どこか遠くの国に行ってしまったのかもしれない。
大けがをしたかもしれない。
大けがならまだいい。
もしかすると 死んじゃったかもしれない。
ああ、もしも、もどってきてくれたら、ぼくは絶対にうそなんてつかない。
正しい風の向きと強さを、死ぬまで教え続ける。
どうかもどってきてくれますように。
ニワトリがいくらいのっても、男はもどってきませんでした。」
おばさんはそこで少したまった。
わたしはたずねた。
「もう、ずっと、もどってこなかったん?」
おばさんは首をふった。
「男がもどってきたのは、三か月もたった後のことです。
ニワトリが想像したとおりのことが起こっていたのです。
あの日、港で風船を売っていた男は、とつ然の強い風に、風船を持ったまま空高く飛はされてしまいました。
気がつけば、知らない街の知らない病院のベットの上でした。
気を失い続けている間に、大けがもほとんど治っていました。
それから弱っていた体に元気がもどり、歩けるようになって、やっともどってきたら、三か月がたっていたのです。
ニワトリは元気だろうか。
そればかりが男の気がかりでした。
@坂のとちゅうでチョコレートを買うのももどかしく、男は坂道の上の洋館にもどってきました。
家の中にニワトリのすがたがありません。
表にいるのかもしれない。
家の周りもさがしてみました。
いません。
よんでみました。
出てきません。
そうだ、屋根の上かもしれない。
屋根を見上げた男は、びっくりしました。
とがった屋根のてっぺんに、なかったはずの風見どりが、ゆらゆらと風の向きを教えていたからです。」
わたしはそっとため息をついた。
おばさんが箱を差し出して、わたしは二つめのチョコレートを口に入れた。
チョコレートがゆっくりととけていく。
時間みたいに?
わたしは、おばさんが今作ったらしいお話を、もう一度思い出してみた。
「なんぼなんでも、ニワトリが風見どりになるゆうのんは、やり過きやと思うわ。」
つぶやくように言ったわたしを、おばさんは横目で見た。
その後、海を見ているようだったが、話を考えていたらしい。
「いくら待っても男はもどってきませんでした、の続き。」
と、おばさんはとつ然言った。
「坂道を、一人のおじいさんが登ってきました。
『風船売リを見なかった?」
ニワトリがたずねました。
『見なかった。
でも、何かわけがありそうじゃね。』
親切そうなおじいさんに、ニワトリはわけを話しました。
『なるほど。』
おじいさんはうなずきました。
『じゃが、お前さん、何も食べておらんようだが、そのままでは死んでしまうぞ。
死んでしまえば、風船売りがもどってきても、風の向きを教えてやることができんではないか。』
『でも、何も食べられないんだ。』
ニワトリはうなだれました。
おじいさんはしばらく考えてから言いました。
『実は、わたしは金物大工でな。
それで、もしもお前さんが望むのなら、お前さんを風見どりにしてあげることができるのじゃが・・・。
風見どりになれば、いつまでも風の向きを教えることができるがなあ。』
おじいさんは、持っていた黒いふくろの中から、トンカチを出しました。
『これは不思議なトンカチでな。
こいつでたたくと、ライオンでもツタの葉でも金物になる。
これでお前さんを風見どりにすることができるのじゃが、どうする?』
そうしてくれと、ニワトリはたのみました。
おじいさんはトンカチでニワトリの足をトンとたたきました。
足がカチンと金物になりました。
どうをトンとたたくと、どうかカチンと金物になりました。
頭をトンとたたくと、頭がカチンと金物になりました。
金物になったニワトリをかかえて、おじいさんは屋根に上っていきました。」
これでどう?・・・という目で、おばさんはわたしは見た。
ちがう、とわたしは思っていた。
ニワトリが風見どりになるのがやり過ぎと言ったのは、なり方ではなく、なることがひどいという意味だったのだ。
でもおばさんは話を作ってしまった。
わたしたちは、おしまいのチョコレートを口の中に入れた。
たったー度だけ、いたずら心でうそをついたために、風見どりになってしまうなんて。
なんとかならへんやろか。
チョコレートが口の中でとけていく。
時間みたいに?
わたしは思いついた。
「男は屋根に上っていきました。」
と、わたしは言った。
そう、とつ然に。
「おじいさんが、上っていったんよ。」
あれ?・・・という目でおばさんが言った。
「ちゃうねん。
三か月後の話やねん。
聞いてて。」
わたしは続けた。
「男は屋根のてっぺんに上ると、風見どりを外して、部屋にもどりました。
テーブルの上には、おみやげに買ったチョコレートがありました。
チョコレートを一つ風見どりの口におしこむと、頭が生きたニワトリになりました。
二つめで、どうが生きたニワトリになりました。三つめのチョコレートで、足が生きたニワトリになりました。それで、男とニワトリは それから後、ずっと幸せにくらしました。」
わたしはおばさんの顔を見た。
「なんで、チョコレートにそんな力があったんやろね。」
おばさんはつぶやいた。
「さっき、ゆうたやんか。」
と、わたしは答えた。
「チョコレートは、A時間がとけていくみたいやって。」
「え?」
おばさんは目を大きくした。
「それで、三か月の時間がとけた、ゆうわけ?」
「そう。
一つで一か月。」
「そうか。
一つで一か月、か。」
おばさんはくすんと笑って、くり返した。
「そうか。
一つで、一か月・・・・・・。」
わたしはえがおでうなずいた。
「ゆきちゃん、やさしいんやね。」
みこおばさんは、とつ然わたしの頭をなでた。
五年生のわたしの頭を。
一年生の子にするみたいに。