大阪教育大学 国語教育講座 野浪研究室 ←戻る counter

近代小説に使われた故事成語について

野浪正隆

0.はじめに

 確立した方法によって現象を分析し分析結果から結論を導き出す研究がある一方、結論よりも現象を分析する方法の確立を目指す研究がある。後者の結論は「この方法は、……程度有効である」であって、前者の結論「この現象は、……である」とは違う。
 本研究は、現象を分析する方法の確立を目指す研究である。具体的には、人間の代わりにコンピュータに文章中のキーワードを検索させて、何らかの思考材料を得るという方法がどの程度有効であるのかを判定するものである。

1.0 用意したもの

1.1 テキスト

 「新潮文庫の100冊[CD-ROM]」新潮社 (1995/12)と「新潮の文庫 明治の文豪[CD-ROM]」新潮社 (1997/01)と「新潮の文庫 大正の文豪[CD-ROM]」新潮社 (1997/07)に収録された日本文学作品は、以下の通り(作者名のJISコード順)である。

作者作品
阿川弘之『山本五十六』『山本五十六』作品後記
安部公房『砂の女』
伊藤左千夫『姪子』『守の家』『浜菊』『野菊の墓』
井上ひさし『ブンとフン』
井上靖『あすなろ物語』
井伏鱒二『黒い雨』
遠藤周作『沈黙』『沈黙』切支丹屋敷役人日記
塩野七生『コンスタンティノープルの陥落』
夏目漱石『こころ』『ケーベル先生』『三四郎』『二百十日』『倫敦塔』『坊ちゃん』『坑夫』『変な音』『夢十夜』『彼岸過迄』『思い出す事など』『我輩は猫である』『手紙』『文鳥』『明暗』『永日小品』『硝子戸の中』『草枕』『虞美人草』『行人』『道草』『野分』『門』
芥川龍之介『あばばばば』『おぎん』『おしの』『きりしとほろ上人伝』『さまよえる猶太人』『るしへる』『アグニの神』『トロッコ』『一塊の土』『仙人』『侏儒の言葉』『俊寛』『偸盗』『六の宮の姫君』『地獄変』『報恩記』『大導寺信輔の半生』『奉教人の死』『好色』『年末の一日』『庭』『往生絵巻』『或日の大石内蔵之助』『或阿呆の一生』『戯作三昧』『文芸的な、余りに文芸的な』『杜子春』『枯野抄』『歯車』『河童』『澄江堂雑記』『煙草と悪魔』『犬と笛』『猿蟹合戦』『玄鶴山房』『白』『神神の微笑』『秋』『竜』『糸女覚え書』『羅生門』『舞踏会』『芋粥』『藪の中』『蜃気楼』『蜘蛛の糸』『蜜柑』『袈裟と盛遠』『西方の人』『運』『邪宗門』『開化の殺人』『雛』『魔術』『黒衣聖母』『鼻』
開高健『パニック』『巨人と玩具』『流亡記』『裸の王様』
梶井基次郎『ある崖上の感情』『ある心の風景』『のんきな患者』『交尾』『冬の日』『冬の蠅』『器楽的幻覚』『城のある町にて』『愛撫』『桜の樹の下には』『橡の花』『檸檬』『泥濘』『筧の話』『蒼穹』『路上』『過古』『闇の絵巻『雪後』『Kの昇天』
葛西善蔵『仲間』『呪はれた手』『埋葬そのほか』『子をつれて』『悪魔』『春』『暗い部屋にて』『椎の若葉』『湖畔手記』『酔狂者の独白』
岩野泡鳴『憑き物』『憑き物補遺』『放浪』『断橋』『毒薬を飲む女』『発展』
菊池寛『ある恋の話』『俊寛』『入れ札』『屋上の狂人』『形』『忠直卿行状記』『恩を返す話』『恩讐の彼方に』『敵討以上』『時勢は移る』『極楽』『海の勇者』『父帰る』『真似』『籐十郎の恋(戯曲)』『義民甚兵衛』『藤十郎の恋』『蘭学事始』
吉行淳之介『樹々は緑か』『砂の上の植物群』
吉村昭『戦艦武蔵』『戦艦武蔵』あとがき
久米正雄『学生時代』
宮沢賢治『ひのきとひなげし』『よだかの星』『オツベルと象』『カイロ団長』『シグナルとシグナレス』『セロ弾きのゴーシュ』『ビジテリアン大祭』『マリヴロンと少女』『北守将軍と三人兄弟の医者』『双子の星』『猫の事務所』『銀河鉄道の夜』『饑餓陣営』『黄いろのトマト』
宮本輝『錦繍』
五木寛之『風に吹かれて』
幸田露伴『太公望』『文字と秦の丞相李斯』『晋の僧法顕南アメリカに至る?』『楊貴妃と香』『王羲之』『画題としての詩仙』『芭蕉入門』『蘇子瞻米元章』『蘇東坡と海南島』
高野悦子『二十歳の原点』
国木田独歩『おとづれ』『たき火』『わかれ』『二老人』『初孫』『初恋』『号外』『富岡先生』『少年の悲哀』『岡本の手帳』『巡査』『忘れえぬ人々』『星』『春の鳥』『武蔵野』『死』『河霧』『渚』『源叔父』『牛肉と馬鈴薯』『疲労』『空知川の岸辺』『窮死』『竹の木戸』『糸くず』『絶望』『詩想』『運命論者』『遺言』『郊外』『酒中日記』『鹿狩』
三浦綾子『塩狩峠』
三浦哲郎『忍ぶ川』
三島由紀夫『金閣寺』
三木清『人生論ノート』『人生論ノート』後記
山本周五郎『さぶ』
山本有三『路傍の石』『路傍の石』あとがき『路傍の石』ペンを折る『路傍の石』付録
司馬遼太郎『国盗り物語』
志賀直哉『佐々木の場合』『冬の往来』『十一月三日午後の事』『城の崎にて』『好人物の夫婦』『小僧の神様』『山科の記憶』『晩秋』『流行感冒』『濠端の住まい』『焚火』『瑣事』『痴情』『真鶴』『赤西蠣太』『転生』『雨蛙』『雪の日』
小林秀雄『モオツァルト』『偶像崇拝』『光悦と宗達』『実朝』『平家物語』『当麻』『徒然草』『無常という事』『真贋』『蘇我馬子の墓』『西行』『鉄斎』『雪舟』『骨董』
松本清張『点と線』
新田次郎『孤高の人』
森 鴎外『かのように』『じいさんばあさん』『カズイスチカ』『ヰタ・セクスアリス』『二人の友』『余興』『堺事件』『妄想』『寒山拾得』『山椒大夫』『普請中』『最後の一句』『杯』『百物語』『興津弥五右衛門の遺書』『舞姫』『護持院原の敵討』『阿部一族』『附寒山拾得縁起』『雁』『青年』『高瀬舟』『高瀬舟縁起』『鶏』
水上 勉『越前竹人形』『雁の寺』
星 新一『人民は弱し、官吏は強し』
石川淳『かよい小町』『マルスの歌』『処女懐胎』『喜寿童女』『変化雑載』『山桜』『張柏端』『焼跡のイエス』『葦手』
石川啄木『一握の砂・悲しき玩具』
石川達三『青春の蹉跌』
赤川次郎『女社長に乾杯!』
川端康成『雪国』
泉 鏡花『国貞えがく』『売色鴨南蛮』『女客』『婦系図』『歌行燈』『高野聖』
曽野綾子『太郎物語』高校編 大学編1 大学編2
倉橋由美子『聖少女』
倉田百三『出家とその弟子』
村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
太宰 治『人間失格』
大岡昇平『野火』
大江健三郎『不意の唖』『人間の羊』『他人の足』『戦いの今日』『死者の奢り』『飼育』
沢木耕太郎『一瞬の夏』
谷崎潤一郎『痴人の愛』
池波正太郎『剣客商売』
竹山道雄『ビルマの竪琴』
中島 敦『名人伝』『山月記』『弟子』『李陵』
長塚 節『土』
長与善郎『青銅の基督』
椎名誠『新橋烏森口青春篇』
田山花袋『生』『田舎教師』『蒲団』『重右衛門の最後』
田辺聖子『新源氏物語』『源氏物語』とつきあって
渡辺淳一『花埋み』
島崎藤村『ある女の生涯』『三人』『並木』『伸び支度』『分配』『刺繍』『千曲川のスケッチ』『夜明け前』『家』『岩石の間』『嵐』『市井にありて』『新生』『旧主人』『春』『桃の雫』『桜の実の熟する時』『海へ』『熱海土産』『破戒』『船』『芽生』『藁草履』『藤村詩稿』『藤村詩集』『足袋』『食堂』
筒井康隆『エディプスの恋人』
藤原正彦『若き数学者のアメリカ』
徳田秋声『あらくれ』『縮図』
二葉亭四迷『あひびき』『くされ縁』『其面影』『平凡』『浮雲』『片恋』
樋口一葉『うつせみ』『たけくらベ』『にごりえ』『ゆく雲』『わかれ道』『われから』『十三夜』『大つごもり』
尾崎紅葉『新続金色夜叉』『続続金色夜叉』『続金色夜叉』『金色夜叉』
武者小路実篤『友情』『友情』自序友情
福永武彦『草の花』
北原白秋詩集『思ひ出』『東京景物詩』『歌謡』『水墨集』『海豹と雲』『白金之独楽』『真珠抄』『第二白金之独楽』
北杜夫『楡家の人びと』
堀 辰雄『美しい村』『風立ちぬ』
野坂昭如『アメリカひじき』『プアボーイ』『ラ・クンパルシータ』『死児を育てる』『火垂るの墓』『焼土層』
柳田国男『遠野物語』
有吉佐和子『華岡青洲の妻』
有島武郎『小さき者へ』『惜みなく愛は奪う』『或る女』『生れ出づる悩み』
里見 ク『多情仏心』
立原正秋『冬の旅』
林芙美子『放浪記』
壺井 栄『二十四の瞳』

1.2 故事成語

Web page「故事成語etc.」http://www18.ocn.ne.jp/~kuniko/kojitop.htmlに掲載されている故事成語217語(50音順)は以下の通り。
青は藍より出でて藍より青し・悪事千里を走る・足を洗う・中らずと雖も遠からず・圧巻・羹に懲りて膾を吹く・穴があったら入りたい・痘痕もえくぼ・過ちては則ち改むるに憚る事勿れ・晏子之御・暗中模索・唯唯諾諾・石に立つ矢・痛くも癢くもない・一日千秋・一陽来復・一蓮託生・一を聞きて以って十を知る・一挙両得・一刻千金・一将功成って万骨枯る・一寸光陰・一朝一夕・一敗、地に塗る・命長ければ辱多し・井の中の蛙大海を知らず・曰く言い難し・一辺倒・殷鑑遠からず・魚を得て筌を忘る・烏合の衆・雲泥の差・役夫の夢・燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや・遠水は近火を救わず・王侯将相なんぞ種あらんや・会稽の恥・改竄・隗より始めよ・蝸牛角上の争い・火牛の計・和氏の壁・臥薪嘗胆・鼎の軽重を問う・株を守りて兎を待つ・画餅に帰す・壁に耳あり・可もなく不可もなし・画竜点睛・邯鄲の夢・完璧・管鮑の交り・間髪を容れず・奇貨居くべし・疑心暗鬼・木に縁って魚を求む・驥尾に付す・杞憂・九仞の功を一簣にかく・窮すれば則ち変ず、変ずれば則ち通ず・窮鼠猫を噛む・曲学阿世・漁父の利・愚公山を移す・君子豹変・鶏口と為るも牛後と為るなかれ・蛍雪の功・鶏鳴狗盗・逆鱗に触れる・月下氷人・月旦・捲土重来・巧言令色すくなし仁・後生畏るべし・狡兎死して走狗煮らる・鴻門の会・亢竜悔あり・呉越同舟・国士無双・虎穴に入らずんば虎子を得ず・五十歩百歩・五里霧中・先んずれば人を制す・酒は百薬の長・左袒・三顧の礼・三十にして立つ・三十六策、走るをこれ上計とす・三人虎を成す・鹿を遂う者は山を見ず・鹿を指して馬と為す・四十にして惑わず・死せる孔明生ける仲達を走らす・七歩の才・四面楚歌・十有五にして学に志す・首級をあげる・殊塗同帰・旬・上善は水の若し・商人・食指が動く・助長・人生意気に感ず、功名誰かまた論ぜん・人生は朝露の如し・心頭を滅却すれば火も亦た涼し・水魚の交わり・推敲・双六・杜撰・相撲・青天の霹靂・尺璧は宝に非ず・折角・折檻・切磋琢磨・千載一遇・前車の覆るは後車の戒め・禅譲・千丈の堤も蟻の一穴より・戦戦兢兢・先鞭をつける・千里眼・糟糠の妻は堂より下さず・宋襄の仁・曾参人を殺す・漱石枕流・大器晩成・多岐亡羊・他山の石・蛇足・断腸の思い・竹馬の友・魑魅魍魎・中秋の名月・中元・中原に鹿を逐う・朝三暮四・恙無し・綱引き・轍鮒の急・天道、是か非か・天網恢恢疎にして漏らさず・桃源・桃李言わざれども下おのずから蹊を成す・登竜門・蟷螂の斧・兎走烏飛・虎の威をかる狐・泣いて馬謖を斬る・鳴かず飛ばず・習相遠し・南柯の夢・二桃三士を殺す・人間万事塞翁が馬・鶏をさくにいずくんぞ牛刀を用いん・嚢中の錐・敗軍の将は兵を語らず・背水の陣・破鏡重円・白眼視・伯仲・千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず・馬耳東風・始めは処女の如く、後には脱兎の如し・破竹の勢い・破天荒・万事休す・顰に効う・人を射んとすればまず馬を射よ・百尺竿頭一歩を進む・百代過客・百聞は一見にしかず・百里を行くものは九十を持って半ばとす・百発百中・豹は死して皮を留む人は死して名を留む・覆水盆に返らず・富国強兵・舟に刻して剣を求む・刎頚の交わり・焚書坑儒・亡命・枕を高くして臥す・麻姑の手・先ず隗より始めよ・豆を煮るに豆殻を焼く・水清ければ魚棲まず・水は方円の器に随う・矛盾・明鏡止水・面壁九年・孟母三遷・孟母断機・病膏肓に入る・夜郎自大・往く者は追わず来たる者は拒まず・羊頭を懸げて狗肉を売る・楊布の狗・洛陽に紙価を高からしむ・梨園・李下に冠を正さず・立錐の余地なし・竜頭蛇尾・梁上の君子・遼東の豕・良薬は口に苦し・隴を得て蜀を望む・六十にして耳順う・和光同塵・禍は口より生ず・禍転じて福と為す
これらをできるだけ短縮して、
知命・悪事千里・葦編三絶・圧巻・暗中模索・以心伝心・意気軒昂・衣食足・井蛙・一期一会・一挙両得・一刻千金・一字千金・一将功成・一炊・一寸光陰・一朝一夕・一日千秋・一敗地・一物全体・一辺倒・一陽来復・一蓮託生・烏合・瓜田・雲泥・燕雀・遠交近攻・遠水・王侯将相・温故知新・火牛・禍転・画餅・画竜点睛・画龍点睛・臥薪嘗胆・改竄・乾坤一擲・完璧・管鮑・間髪・雁書・奇貨・疑心暗鬼・逆鱗・窮鼠猫・牛耳・曲学阿世・玉石混淆・金城湯池・九仞・愚公山・君子豹変・傾国・蛍雪・鶏口・鶏鳴狗盗・鶏肋・月下氷人・月旦・捲土重来・虎穴・虎視眈々・虎視眈眈・五十歩百歩・五里霧中・呉越同舟・後生畏・孔明生・巧言令色・紅一点・鴻門・合従連衡・国士無双・左袒・塞翁・三顧・三十六策・三人虎・三人市虎・四端・四面楚歌・志学・歯牙・而立・耳順・辞譲・蛇足・借虎威・弱肉強食・守株・殊塗同帰・酒池肉林・出藍・食指・親仁善隣・推敲・水魚・切磋琢磨・千里眼・戦戦兢兢・曾参人・双璧・宋襄・糟糠・草莽・他山・多岐亡羊・多多益・大器晩成・断腸・朝三暮四・轍鮒・天衣無縫・天網恢恢・兎走烏飛・杜撰・登竜門・桃源境・桃源郷・桃李言・同病相憐・内柔外剛・南柯・二桃三士・嚢中・破鏡重円・破竹・破天荒・馬謖・背水・白楽天・白眼視・白眉・比翼連理・百尺竿頭・百代過客・百発百中・百聞・百薬・病膏肓・不倶戴天・不惑・富国強兵・覆水盆・焚書坑儒・庖丁解牛・方円・傍若無人・墨守・万事休・矛盾・明鏡止水・面壁九年・孟母三遷・孟母断機・門前市・夜郎自大・狼子野心・唯唯諾諾・唯々諾々・楊布・羊頭狗肉・濫觴・李下・流言飛語・流言蜚語・竜頭蛇尾・両雄並・臨機応変・臨池・和光同塵・亢竜悔・佯狂・刎頚・壟断・惻隠・懿公・拈華微笑・掣肘・晏子之御・杞憂・殷鑑遠・滄桑・漱石枕流・狡兎死・羞悪・膾炙・蝸牛角上・辟易・邯鄲・驥尾・髀肉・魑魅魍魎・鷸蚌
という検索語にした。

1.3 awk script

 検索には自作の awk script「goishuukei.awk」をcopalpro32上のmawk32で動かした。
http:// /www.osaka-kyoiku.ac.jp/~kokugo/nonami/awk/goi_shuukei.awk
に置いてあるので、ダウンロードして、適宜修正して使ってもらって構わない。

# goishuukei.awk
# copalpro32で使用するのならば、
# 検索語を1語1行で並べたファイルを作って、フルパスで指定する
# 例 "C:\\Users\\nonami\\Desktop\\四字熟語\\goi.txt"
# 調べたいtxtファイル群を入れたフォルダをドラッグして、copalpro32にドロップする。
# コマンドラインで指定するのならば、
# 例 c:\mawk32 -f goishuukei.awk 調べたいtxtファイル群を入れたフォルダ名
# ls は unix like tools で検索して入手して、c:\bin\に入れておく。

BEGIN{
    mes="";
    c=1;
    # 検索語読み込み フルパスで指定
    while(getline < "C:\\Users\\nonami\\Desktop\\四字熟語\\goi.txt"){
        s[c]=$1;
        ln[c]=jlength($1);
        c++;
    }
    enk=c-1;
   # 検索語を語長の長い順に並べ替えておくと、検索間違いがなくなる。高山 高山病
    for(i=1;i<=enk;i++){
        for(j=1;j<=enk;j++){
            if(ln[i]>ln[j]){
                temp=s[j];
                s[j]=s[i];
                s[i]=temp;
                temp=ln[j];
                ln[j]=ln[i]
                ln[i]=temp;
            }
        }
    }
    
# フォルダ内のファイル名をlist.txtへ ls は unix like tools で検索入手
    system("c:\\bin\\ls " ARGV[1] " > list.txt");
    # フォルダ内のファイルすべてに対して
    while(getline < "list.txt"){
        m=split($0,aaa,"\.");
        if(aaa[m]=="txt"){
            nn=ARGV[1] "\\" $0;
            n=aaa[m-1];
            size=0;
            # 1ファイルに対して
            while(getline l < nn){
                # 1段落読み込んでは
                # 文字列長を求める size
                size=size+jlength(l);
                for(i=1;i<=enk;i++){
                    nnn=gsub(s[i],"_",l);
                    d[s[i]]=d[s[i]]+nnn;
                }
            }
            for(i in d){
                if(d[i]>0){
                    print n "\t" i "\t" d[i];
                    kotonari++;
                    nobe=nobe+d[i];
                }
            }
            # 出現率は 1000000分率 パーミリオン
if(size>0){printf "@@@%s\t%d\t%d\t%d\t%6.3f\t%6.3f\n",n,size,kotonari,nobe,kotonari/size*1000000,nobe/size*1000000}
            delete d;
            kotonari=0;
            nobe=0;
        }
    }
}

2.0 分析結果

 検索すると

  阿川弘之『山本五十六』  巧言令色  2
  阿川弘之『山本五十六』  知命  1  
  阿川弘之『山本五十六』  傍若無人  2  
  阿川弘之『山本五十六』  万事休  2  
  阿川弘之『山本五十六』  奇貨  1  
  阿川弘之『山本五十六』  臥薪嘗胆  1  
  阿川弘之『山本五十六』  雲泥  1  
  阿川弘之『山本五十六』  背水  2  
  阿川弘之『山本五十六』  矛盾  2  
  阿川弘之『山本五十六』  逆鱗  1  
  阿川弘之『山本五十六』  百発百中  1  
  阿川弘之『山本五十六』  完璧  1  
  阿川弘之『山本五十六』  断腸  2  
  @@@阿川弘之『山本五十六』 401664  13  19  32.4  47.3  
  安部公房『砂の女』  万事休  1  
  安部公房『砂の女』  五十歩百歩  2  
  @@@安部公房『砂の女』 133650  2  3  15.0  22.4
という出力を得る。
@@@が行頭にある行が、その作家のその作品で用いられた故事成語の集計行である。
@@@作家名『作品名』総文字数 異なり語数 述べ語数 異なり語出現率(異なり語/総文字数*1000000) 述べ語出現率(述べ語/総文字数*1000000)
集計行より前にある行は、その作家がその作品で用いた故事成語1語の集計である。
これを、故事成語でまとめて、どの作家がどれだけその故事成語を使っているのかを集計した。作家名は姓名の最初の三文字で示している。その次の(xx)はその作家の使用頻度である。

2.1 どの故事成語がよくつかわれているかの分析

故事成語使用作家数合計出現数使用作家(頻度)
矛盾40298夏目漱(91) 高野悦(29) 島崎藤(25) 芥川龍(22) 石川達(21) 有島武(20) 二葉亭(10) 福永武(7) 三木清(7) 森鴎外(6) 松本清(5) 三島由(5) 村上春(4) 田辺聖(3) 新田次(3) 司馬遼(3) 北杜夫(3) 小林秀(3) 阿川弘(2) 林芙美(2) 藤原正(2) 宮沢賢(2) 幸田露(2) 大岡昇(2) 田山花(2) 倉田百(2) 久米正(2) 井伏鱒(1) 筒井康(1) 曽野綾(1) 谷崎潤(1) 山本周(1) 赤川次(1) 星新一(1) 遠藤周(1) 開高健(1) 岩野泡(1) 徳田秋(1) 長与善(1) 長塚節(1)
辟易1758夏目漱(36) 芥川龍(5) 有島武(2) 井伏鱒(2) 三浦哲(1) 北杜夫(1) 葛西善(1) 石川淳(1) 太宰治(1) 志賀直(1) 池波正(1) 梶井基(1) 曽野綾(1) 椎名誠(1) 渡辺淳(1) 有吉佐(1) 長塚節(1)
完璧1950村上春(10) 沢木耕(9) 塩野七(6) 小林秀(3) 吉村昭(3) 曽野綾(3) 立原正(2) 赤川次(2) 倉橋由(2) 松本清(1) 大江健(1) 太宰治(1) 有吉佐(1) 谷崎潤(1) 石川達(1) 阿川弘(1) 開高健(1) 筒井康(1) 水上勉(1)
傍若無人1935北杜夫(6) 夏目漱(5) 有島武(4) 沢木耕(2) 遠藤周(2) 阿川弘(2) 二葉亭(2) 芥川龍(1) 樋口一(1) 三島由(1) 司馬遼(1) 尾崎紅(1) 倉橋由(1) 三浦哲(1) 田山花(1) 大江健(1) 岩野泡(1) 久米正(1) 小林秀(1)
一朝一夕514島崎藤(9) 森鴎外(2) 夏目漱(1) 渡辺淳(1) 塩野七(1)
杞憂1013新田次(4) 尾崎紅(1) 有島武(1) 沢木耕(1) 芥川龍(1) 藤原正(1) 久米正(1) 森鴎外(1) 菊池寛(1) 北杜夫(1)
雲泥1011野坂昭(2) 小林秀(1) 太宰治(1) 水上勉(1) 川端康(1) 泉鏡花(1) 渡辺淳(1) 芥川龍(1) 夏目漱(1) 阿川弘(1)
間髪1011中島敦(2) 椎名誠(1) 井伏鱒(1) 五木寛(1) 曽野綾(1) 壺井栄(1) 沢木耕(1) 田辺聖(1) 宮本輝(1) 藤原正(1)
万事休911島崎藤(2) 阿川弘(2) 安部公(1) 渡辺淳(1) 夏目漱(1) 国木田(1) 田辺聖(1) 井上ひ(1) 志賀直(1)
牛耳710北杜夫(2) 梶井基(2) 有島武(2) 岩野泡(1) 島崎藤(1) 久米正(1) 倉橋由(1)
歯牙910有島武(2) 中島敦(1) 田辺聖(1) 森鴎外(1) 石川達(1) 池波正(1) 二葉亭(1) 尾崎紅(1) 司馬遼(1)
一挙両得79夏目漱(3) 芥川龍(1) 松本清(1) 山本有(1) 葛西善(1) 岩野泡(1) 二葉亭(1)
食指79有島武(3) 尾崎紅(1) 曽野綾(1) 司馬遼(1) 徳田秋(1) 夏目漱(1) 井伏鱒(1)
背水69岩野泡(2) 有島武(2) 阿川弘(2) 星新一(1) 石川達(1) 塩野七(1)
臨機応変59夏目漱(4) 井伏鱒(2) 竹山道(1) 二葉亭(1) 尾崎紅(1)
改竄28沢木耕(4) 芥川龍(4)
五里霧中58小林秀(3) 太宰治(2) 藤原正(1) 梶井基(1) 林芙美(1)
破天荒58北杜夫(3) 有島武(2) 夏目漱(1) 開高健(1) 椎名誠(1)
意気軒昂47北杜夫(3) 島崎藤(2) 幸田露(1) 司馬遼(1)
逆鱗67夏目漱(2) 芥川龍(1) 樋口一(1) 藤原正(1) 中島敦(1) 阿川弘(1)
五十歩百歩47国木田(2) 安部公(2) 芥川龍(2) 夏目漱(1)
千里眼37夏目漱(4) 吉村昭(2) 梶井基(1)
白楽天37幸田露(4) 夏目漱(2) 田辺聖(1)
百発百中67中島敦(2) 司馬遼(1) 阿川弘(1) 田辺聖(1) 葛西善(1) 井上ひ(1)
流言蜚語27井伏鱒(6) 北杜夫(1)
疑心暗鬼56島崎藤(2) 北杜夫(1) 赤川次(1) 司馬遼(1) 田辺聖(1)
蛇足46夏目漱(3) 五木寛(1) 高野悦(1) 石川淳(1)
酒池肉林26司馬遼(4) 太宰治(2)
方円36夏目漱(3) 二葉亭(2) 曽野綾(1)
掣肘46森鴎外(3) 芥川龍(1) 長塚節(1) 二葉亭(1)
邯鄲36中島敦(4) 夏目漱(1) 芥川龍(1)
一日千秋35菊池寛(2) 有島武(2) 久米正(1)
水魚45司馬遼(2) 吉村昭(1) 幸田露(1) 北杜夫(1)
断腸45阿川弘(2) 島崎藤(1) 夏目漱(1) 小林秀(1)
杜撰25北杜夫(3) 夏目漱(2)
以心伝心34夏目漱(2) 岩野泡(1) 曽野綾(1)
傾国24司馬遼(3) 泉鏡花(1)
嚢中44岩野泡(1) 夏目漱(1) 森鴎外(1) 菊池寛(1)
破竹44水上勉(1) 沢木耕(1) 森鴎外(1) 北杜夫(1)
李下14幸田露(4)
竜頭蛇尾14夏目漱(4)
佯狂34芥川龍(2) 中島敦(1) 島崎藤(1)
魑魅魍魎24泉鏡花(3) 司馬遼(1)
奇貨33司馬遼(1) 三島由(1) 阿川弘(1)
月下氷人33田山花(1) 泉鏡花(1) 太宰治(1)
巧言令色23阿川弘(2) 中島敦(1)
弱肉強食33井上ひ(1) 石川達(1) 開高健(1)
推敲33幸田露(1) 中島敦(1) 森鴎外(1)
糟糠33北杜夫(1) 葛西善(1) 太宰治(1)
桃李言13芥川龍(3)
同病相憐33谷崎潤(1) 二葉亭(1) 島崎藤(1)
滄桑23夏目漱(2) 森鴎外(1)
悪事千里22樋口一(1) 夏目漱(1)
圧巻22北杜夫(1) 幸田露(1)
衣食足12五木寛(2)
画餅22司馬遼(1) 国木田(1)
画竜点睛12夏目漱(2)
臥薪嘗胆22有島武(1) 阿川弘(1)
管鮑12芥川龍(2)
金城湯池12司馬遼(2)
九仞12夏目漱(2)
捲土重来22葛西善(1) 久米正(1)
左袒22幸田露(1) 芥川龍(1)
切磋琢磨22中島敦(1) 芥川龍(1)
双璧22池波正(1) 渡辺淳(1)
草莽12司馬遼(2)
天衣無縫12田辺聖(2)
百尺竿頭22岩野泡(1) 小林秀(1)
不倶戴天22井上靖(1) 沢木耕(1)
不惑22立原正(1) 中島敦(1)
富国強兵12井伏鱒(2)
墨守22夏目漱(1) 幸田露(1)
壟断12岩野泡(2)
膾炙22小林秀(1) 芥川龍(1)
驥尾12司馬遼(2)
井蛙11小林秀(1)
一期一会11司馬遼(1)
一炊11二葉亭(1)
一辺倒11田辺聖(1)
烏合11夏目漱(1)
瓜田11幸田露(1)
燕雀11夏目漱(1)
乾坤一擲11北杜夫(1)
曲学阿世11井伏鱒(1)
月旦11久米正(1)
塞翁11夏目漱(1)
四面楚歌11司馬遼(1)
辞譲11幸田露(1)
出藍11岩野泡(1)
宋襄11幸田露(1)
他山11島崎藤(1)
知命11阿川弘(1)
轍鮒11尾崎紅(1)
桃源郷11司馬遼(1)
南柯11芥川龍(1)
馬謖11北杜夫(1)
白眉11夏目漱(1)
百聞11渡辺淳(1)
焚書坑儒11芥川龍(1)
面壁九年11岩野泡(1)
濫觴11有島武(1)
狡兎死11司馬遼(1)
蝸牛角上11田山花(1)
髀肉11菊池寛(1)
鷸蚌11森鴎外(1)

2.3 使われなかった故事成語

 用意した故事成語196のうち、1語以上使われたのが、105である。
以下の91語は、つかわれなかった故事成語である。
羞悪・漱石枕流・殷鑑遠・晏子之御・拈華微笑・懿公・惻隠・刎頚・亢竜悔・和光同塵・狼子野心・臨池・両雄並・流言飛語・羊頭狗肉・楊布・唯唯諾諾・唯々諾々・夜郎自大・門前市・孟母断機・孟母三遷・明鏡止水・庖丁解牛・覆水盆・病膏肓・百薬・百代過客・比翼連理・白眼視・破鏡重円・二桃三士・内柔外剛・桃源境・登竜門・兎走烏飛・天網恢恢・朝三暮四・大器晩成・多多益・多岐亡羊・曾参人・戦戦兢兢・親仁善隣・殊塗同帰・守株・借虎威・耳順・而立・志学・四端・三人市虎・三人虎・三十六策・三顧・国士無双・合従連衡・鴻門・紅一点・孔明生・後生畏・呉越同舟・虎視眈眈・虎視眈々・虎穴・鶏肋・鶏鳴狗盗・鶏口・蛍雪・君子豹変・愚公山・玉石混淆・窮鼠猫・雁書・画龍点睛・禍転・火牛・温故知新・王侯将相・遠水・遠交近攻・一蓮託生・一陽来復・一物全体・一敗地・一寸光陰・一将功成・一字千金・一刻千金・暗中模索・葦編三絶

などが、使われなかった理由として推測できる。

2.4.0作家ごとの作品文字長

作家ごとの作品文字長は以下の通り
作家総文字数
(対象にした作品すべての)
島崎藤2617875
夏目漱2371180
司馬遼842120
芥川龍725030
田辺聖678582
北杜夫601390
岩野泡532996
森鴎外491434
有島武479947
新田次461219
二葉亭423694
村上春416573
阿川弘401664
曽野綾375802
沢木耕365839
田山花334082
立原正314112
泉鏡花277199
山本有274638
国木田265340
尾崎紅252444
林芙美247123
渡辺淳233454
徳田秋222932
長塚節222382
赤川次214288
菊池寛211880
山本周210535
井伏鱒195025
石川淳188402
三浦綾185704
谷崎潤179060
三浦哲174401
開高健168967
幸田露166036
藤原正165002
宮沢賢162940
三島由162610
久米正158076
吉村昭150391
水上勉149583
遠藤周148750
星新一148524
福永武147137
倉橋由146340
石川達144139
塩野七143587
野坂昭143166
大江健142150
宮本輝139153
葛西善138586
五木寛134679
池波正134251
筒井康134125
梶井基133878
安部公133650
志賀直122312
椎名誠120082
壺井栄118167
倉田百118127
小林秀118092
樋口一117503
吉行淳114547
竹山道113052
有吉佐110599
松本清107058
堀辰雄97542
井上靖97225
大岡昇93685
高野悦90315
井上ひ83870
川端康73340
太宰治73028
三木清71016
中島敦67890
武者小66165
長与善64931
伊藤左52523
柳田国34612
石川啄27645
北原白22124
里見惇7279

2.4.1 「矛盾・辟易・完璧」

 夏目・芥川・島崎は作品数が多く、その文字数合計も多いので、使用された故事成語が多いのは当然であるが、使用された故事成語に特徴がある。使用数上位3語「矛盾・辟易・完璧」は、興味深い。再掲する。

故事成語使用作家数合計出現数使用作家(頻度)
矛盾40298夏目漱(91) 高野悦(29) 島崎藤(25) 芥川龍(22) 石川達(21) 有島武(20) 二葉亭(10) 福永武(7) 三木清(7) 森鴎外(6) 松本清(5) 三島由(5) 村上春(4) 田辺聖(3) 新田次(3) 司馬遼(3) 北杜夫(3) 小林秀(3) 阿川弘(2) 林芙美(2) 藤原正(2) 宮沢賢(2) 幸田露(2) 大岡昇(2) 田山花(2) 倉田百(2) 久米正(2) 井伏鱒(1) 筒井康(1) 曽野綾(1) 谷崎潤(1) 山本周(1) 赤川次(1) 星新一(1) 遠藤周(1) 開高健(1) 岩野泡(1) 徳田秋(1) 長与善(1) 長塚節(1)
 高野悦子の「矛盾」は出現率 321.1(パーミリオン)。321.1/1000000*400 =0.13 1/0.13=7.69 400字詰め原稿用紙ならば8枚に1回の割合で「矛盾」が使われている。
 高野悦子『二十歳の原点』(行頭の数字は文番号。詩は1行を1文と看做してカウントした。およその位置を示すため)
使用文脈
出現した行出現した文
107矛盾に対さない限り、結局のところ矛盾はなくなることはないし、未熟のままで終るしかない」小田実
135 いろいろな矛盾をもっている。
237矛盾に対さない限り、結局のところ矛盾はなくならない。
1235矛盾しているではないか!
1236 矛盾は常に内側にあって、内に貫流するものと同質のものが外に発見できたとき、人は外に向けて怒るものなのだから。
1344人間が自由であろうとすればする程、体制の矛盾(それは自己矛盾として現われる)とぶつかり体制をはみ出さざるを得なくなる。
1347この自己矛盾……。
1989この矛盾! 私だって家からの仕送りで生きていく方がよいのかもしれぬ。
2037彼が何の矛盾も感じていなくては話しても一方通行である。
2546会社と自己の出世欲との矛盾を強く感じているに違いない。
2550 労働せずして社会の矛盾などということはいうな。
2983彼はさらに岩井氏は人間、生きている人間には矛盾があって混沌さはないというのだろうか。
3210私にはいろいろな矛盾と混沌がある。
3679その仕事がいかに人間としてのあなたにとって矛盾に満ちたものであるかを。
3680そして、その矛盾を止揚して闘ってほしい。
3800中村にはその矛盾がよくわかっているのだ。
3896 はっきりしていることは、己れが存在し、矛盾と混沌に満ちておることだ。
3897それは、己れがまた現代に生きる人間、もの、動物、すべてが商品となって非人間化、物化、機械化され、資本という怪物により支配されているという矛盾であり混沌である。
3959つねに自己の矛盾を論理化しながら進まねばならない。
3982しかし、この言葉の中にはカッコヨイヒロイズムに酔った姿があり、純化されない矛盾と混沌、醜さがあることも私は知っている。
4055他者の存在が矛盾なく自己と同居している。
4056そうした真空から脱したとき始めて、その矛盾に気がつくのである。
4193そして日帝は、米帝が国内、国外両面の矛盾の激化によりアジアから後退せざるをえない状況の中で、アスパックに現われたようにアジアのヘゲモニーを経済的軍事的に握ろうとしているし、そのような状況の中で、現在の安保体制の強化をはかろうとしている。

 「矛盾」が使われた文を抜き出して、乱暴に要約すると、高野の『二十歳の原点』は「世界の矛盾と自己矛盾」について述べた文章であるといえる。
 そして、その傾向は、夏目の場合でも芥川の場合でも島崎の場合でもあるのではないかと推測する。世界の矛盾・自己矛盾・世界と自己の間の矛盾に「辟易」して、夏目が胃に穴を開け、芥川・高野が生きる意欲を失ったといえるのではないかと。

故事成語使用作家数合計出現数使用作家(頻度)
辟易1758夏目漱(36) 芥川龍(5) 有島武(2) 井伏鱒(2) 三浦哲(1) 北杜夫(1) 葛西善(1) 石川淳(1) 太宰治(1) 志賀直(1) 池波正(1) 梶井基(1) 曽野綾(1) 椎名誠(1) 渡辺淳(1) 有吉佐(1) 長塚節(1)

2.4.2 「完璧」

 完璧を使うのは、大方が大正以降の生まれで、昭和以降に活躍した作家たちである。

故事成語使用作家数合計出現数使用作家(頻度)
完璧1950村上春(10) 沢木耕(9) 塩野七(6) 小林秀(3) 吉村昭(3) 曽野綾(3) 立原正(2) 赤川次(2) 倉橋由(2) 松本清(1) 大江健(1) 太宰治(1) 有吉佐(1) 谷崎潤(1) 石川達(1) 阿川弘(1) 開高健(1) 筒井康(1) 水上勉(1)
使用文脈
作家『作品』出現した文
有吉佐和子『華岡青洲の妻』もともと寡黙であった加恵は、一層無口になって人前に出たがらず、離れ家の中でひっそりと暮したが、しかし加恵の意志に反して、盲目はこの美談のために完璧な演技を果していた。
立原正秋『冬の旅』「つぎに特別少年院に入ってくれば、俺の経歴は完璧になるがよ、安、どうだ、ここを出たら、特別少年院に入るためにことをおこしてみる気はないか」
阿川弘之『山本五十六』南雲艦隊のミッドウェーでの戦闘については、淵田と奥宮の「ミッドウェー」がほぼ完璧な戦記であり、このほか、源田実も書いているし、伊藤正徳も書いている。
塩野七生『コンスタンティノープルの陥落』トルコによるコンスタンティノープル包囲網は、この時期、いかに楽観的な人の眼もあざむけない完璧さで完成していたのだった。
開高健『流亡記』いまの警察網は完璧である。
吉村昭『戦艦武蔵』出入りは、完璧と言っていいほど厳重を極めているのだ。
小林秀雄『モオツァルト』芸術は生活体験の表現だという信仰は次の時代に属しただろうが、そんな事を言ってみても、彼の統一のない殆ど愚劣とも評したい生涯と彼の完璧な芸術との驚くべき不調和をどう仕様もない。
小林秀雄『偶像崇拝』この智慧が合理化され、偶像と離別して哲学大系を完成した時には、偶像による表現は既に完璧の域に達し、偶像によらなければ表現出来ない別種の自律的な智慧を語っていたのである。
松本清張『点と線』これも安田の主張の条件は完璧です。
水上勉『越前竹人形』何どめかのものだっただけに完璧な作品といえた。
石川達三『青春の蹉跌』試験という制度は、それ自体完璧なものではない。
赤川次郎『女社長に乾杯!』一応当たってみたところ、お二人のアリバイは完璧です。
曽野綾子『太郎物語』「秋夫は弱かったもんだからおふくろが、完璧に育てようとしたんだ。
倉橋由美子『聖少女』この微笑は、ぼくには、小さいときからいたずらを競いあってきた兄妹の関係、あるいは誠実に欺しあってきた夫婦みたいな完璧な共犯者同士の関係を、一瞬暗示しているかのようにおもわれた。
村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』完璧な防御システムだね。
これほどまでの完璧な暗闇というものにはまず他ではお目にかかれない。
太宰治『人間失格』教室も寮も、ゆがめられた性慾の、はきだめみたいな気さえして、自分の完璧に近いお道化も、そこでは何の役にも立ちませんでした。
大江健三郎『死者の奢り』死んですぐに火葬される死体は、これほど完璧に《物》ではないだろう、と僕は思った。
沢木耕太郎『一瞬の夏』これまでの何日か、内藤はその難しい役割を完璧に果していた。
谷崎潤一郎『痴人の愛』ここに至ってナオミの体は全く芸術品となり、私の眼には実際奈良の仏像以上に完璧なものであるかと思われ、それをしみじみ眺めていると、宗教的な感激さえが湧いて来るようになるのでした。
筒井康隆『エディプスの恋人』初老の男としての肉体は彼の仮の宿りに過ぎず、彼の放散させている精神力も通常の人間並みに弱められてはいたが、長い年月で鍛えあげた知性と意志が完璧ともいえるほど釣合いよくとれている意識をちょっと覗くだけで七瀬には彼がただものでないとわかるのだった。

 「完璧」は外界の物や制度・作戦などに用いられていることがわかる。矛盾にこじつけるならば、矛盾を矛盾と書く代わりに、自己と対照する何かを「完璧」と示すことによって「自己の非完璧性=矛盾」を示そうとするのかもしれない。
 「矛盾・辟易・完璧」は故事成語であるけれど、「四面楚歌」に比べると、故事を想起させない語になってしまっているらしい。アンケート調査が必要だろう。同じ故事成語であっても、現代語として運用している語と、依然として故事を想起させる語とがあるようである。

2.5 作家別集計

 作家別に集計をする。

作家異り
語数
述べ
語数
成語(頻度)
夏目漱31182矛盾(91) 辟易(36) 傍若無人(5) 竜頭蛇尾(4) 千里眼(4) 臨機応変(4) 蛇足(3) 方円(3) 一挙両得(3) 以心伝心(2) 白楽天(2) 杜撰(2) 滄桑(2) 九仞(2) 逆鱗(2) 画竜点睛(2) 破天荒(1) 烏合(1) 断腸(1) 嚢中(1) 塞翁(1) 墨守(1) 食指(1) 一朝一夕(1) 燕雀(1) 悪事千里(1) 五十歩百歩(1) 雲泥(1) 万事休(1) 白眉(1) 邯鄲(1)
芥川龍1952矛盾(22) 辟易(5) 改竄(4) 桃李言(3) 管鮑(2) 五十歩百歩(2) 佯狂(2) 掣肘(1) 杞憂(1) 一挙両得(1) 焚書坑儒(1) 雲泥(1) 左袒(1) 逆鱗(1) 膾炙(1) 切磋琢磨(1) 傍若無人(1) 邯鄲(1) 南柯(1)
島崎藤1045矛盾(25) 一朝一夕(9) 意気軒昂(2) 疑心暗鬼(2) 万事休(2) 他山(1) 牛耳(1) 同病相憐(1) 断腸(1) 佯狂(1)
有島武1242矛盾(20) 傍若無人(4) 食指(3) 歯牙(2) 牛耳(2) 一日千秋(2) 辟易(2) 背水(2) 破天荒(2) 臥薪嘗胆(1) 杞憂(1) 濫觴(1)
司馬遼2031酒池肉林(4) 傾国(3) 矛盾(3) 驥尾(2) 水魚(2) 草莽(2) 金城湯池(2) 食指(1) 百発百中(1) 画餅(1) 意気軒昂(1) 疑心暗鬼(1) 四面楚歌(1) 狡兎死(1) 一期一会(1) 傍若無人(1) 魑魅魍魎(1) 奇貨(1) 桃源郷(1) 歯牙(1)
高野悦230矛盾(29) 蛇足(1)
北杜夫1630傍若無人(6) 矛盾(3) 杜撰(3) 破天荒(3) 意気軒昂(3) 牛耳(2) 圧巻(1) 水魚(1) 糟糠(1) 疑心暗鬼(1) 馬謖(1) 乾坤一擲(1) 辟易(1) 破竹(1) 流言蜚語(1) 杞憂(1)
石川達525矛盾(21) 背水(1) 弱肉強食(1) 歯牙(1) 完璧(1)
二葉亭920矛盾(10) 方円(2) 傍若無人(2) 同病相憐(1) 掣肘(1) 臨機応変(1) 一炊(1) 歯牙(1) 一挙両得(1)
阿川弘1319矛盾(2) 万事休(2) 傍若無人(2) 断腸(2) 背水(2) 巧言令色(2) 完璧(1) 臥薪嘗胆(1) 知命(1) 奇貨(1) 雲泥(1) 逆鱗(1) 百発百中(1)
幸田露1219李下(4) 白楽天(4) 矛盾(2) 水魚(1) 宋襄(1) 意気軒昂(1) 左袒(1) 瓜田(1) 圧巻(1) 辞譲(1) 墨守(1) 推敲(1)
沢木耕719完璧(9) 改竄(4) 傍若無人(2) 杞憂(1) 不倶戴天(1) 破竹(1) 間髪(1)
森鴎外1018矛盾(6) 掣肘(3) 一朝一夕(2) 歯牙(1) 推敲(1) 破竹(1) 鷸蚌(1) 杞憂(1) 嚢中(1) 滄桑(1)
井伏鱒816流言蜚語(6) 辟易(2) 臨機応変(2) 富国強兵(2) 間髪(1) 矛盾(1) 曲学阿世(1) 食指(1)
小林秀915矛盾(3) 完璧(3) 五里霧中(3) 膾炙(1) 断腸(1) 百尺竿頭(1) 雲泥(1) 傍若無人(1) 井蛙(1)
中島敦1015邯鄲(4) 間髪(2) 百発百中(2) 推敲(1) 歯牙(1) 逆鱗(1) 巧言令色(1) 不惑(1) 切磋琢磨(1) 佯狂(1)
村上春214完璧(10) 矛盾(4)
岩野泡1113壟断(2) 背水(2) 嚢中(1) 牛耳(1) 出藍(1) 矛盾(1) 以心伝心(1) 百尺竿頭(1) 一挙両得(1) 傍若無人(1) 面壁九年(1)
田辺聖912矛盾(3) 天衣無縫(2) 白楽天(1) 歯牙(1) 万事休(1) 百発百中(1) 一辺倒(1) 疑心暗鬼(1) 間髪(1)
曽野綾79完璧(3) 間髪(1) 辟易(1) 方円(1) 矛盾(1) 以心伝心(1) 食指(1)
太宰治79五里霧中(2) 酒池肉林(2) 糟糠(1) 完璧(1) 雲泥(1) 辟易(1) 月下氷人(1)
塩野七38完璧(6) 背水(1) 一朝一夕(1)
久米正78矛盾(2) 月旦(1) 牛耳(1) 一日千秋(1) 杞憂(1) 捲土重来(1) 傍若無人(1)
三島由37矛盾(5) 傍若無人(1) 奇貨(1)
三木清17矛盾(7)
松本清37矛盾(5) 完璧(1) 一挙両得(1)
新田次27杞憂(4) 矛盾(3)
福永武17矛盾(7)
吉村昭36完璧(3) 千里眼(2) 水魚(1)
泉鏡花46魑魅魍魎(3) 傾国(1) 雲泥(1) 月下氷人(1)
渡辺淳66万事休(1) 双璧(1) 百聞(1) 一朝一夕(1) 雲泥(1) 辟易(1)
藤原正56矛盾(2) 五里霧中(1) 杞憂(1) 逆鱗(1) 間髪(1)
尾崎紅66傍若無人(1) 轍鮒(1) 杞憂(1) 臨機応変(1) 食指(1) 歯牙(1)
梶井基45牛耳(2) 千里眼(1) 五里霧中(1) 辟易(1)
葛西善55辟易(1) 糟糠(1) 捲土重来(1) 一挙両得(1) 百発百中(1)
菊池寛45一日千秋(2) 髀肉(1) 杞憂(1) 嚢中(1)
田山花45矛盾(2) 蝸牛角上(1) 月下氷人(1) 傍若無人(1)
開高健44矛盾(1) 破天荒(1) 弱肉強食(1) 完璧(1)
五木寛34衣食足(2) 間髪(1) 蛇足(1)
国木田34五十歩百歩(2) 画餅(1) 万事休(1)
赤川次34完璧(2) 矛盾(1) 疑心暗鬼(1)
倉橋由34完璧(2) 傍若無人(1) 牛耳(1)
安部公23五十歩百歩(2) 万事休(1)
井上ひ33弱肉強食(1) 万事休(1) 百発百中(1)
遠藤周23傍若無人(2) 矛盾(1)
水上勉33破竹(1) 雲泥(1) 完璧(1)
谷崎潤33同病相憐(1) 矛盾(1) 完璧(1)
池波正33双璧(1) 辟易(1) 歯牙(1)
長塚節33掣肘(1) 辟易(1) 矛盾(1)
椎名誠33間髪(1) 辟易(1) 破天荒(1)
樋口一33傍若無人(1) 悪事千里(1) 逆鱗(1)
立原正23完璧(2) 不惑(1)
林芙美23矛盾(2) 五里霧中(1)
宮沢賢12矛盾(2)
三浦哲22辟易(1) 傍若無人(1)
志賀直22辟易(1) 万事休(1)
星新一22背水(1) 矛盾(1)
石川淳22辟易(1) 蛇足(1)
倉田百12矛盾(2)
大岡昇12矛盾(2)
大江健22完璧(1) 傍若無人(1)
筒井康22矛盾(1) 完璧(1)
徳田秋22食指(1) 矛盾(1)
野坂昭12雲泥(2)
有吉佐22辟易(1) 完璧(1)
井上靖11不倶戴天(1)
宮本輝11間髪(1)
山本周11矛盾(1)
山本有11一挙両得(1)
川端康11雲泥(1)
竹山道11臨機応変(1)
長与善11矛盾(1)
壺井栄11間髪(1)

 故事成語を使用しなかった作家は、以下の9名。
里見ク・柳田国男・堀辰雄・北原白秋・武者小路実篤・石川啄木・三浦綾子・吉行淳之介・伊藤左千夫

2.5.1 詩人は故事成語を使わない

 伊藤左千夫が故事成語を小説で使っていないのは、アララギで活動した歌人であったことと関係があるかもしれない。
 北原白秋『思ひ出』『東京景物詩』『歌謡』『水墨集』『海豹と雲』『白金之独楽』『真珠抄』『第二白金之独楽』、石川啄木『一握の砂・悲しき玩具』は、詩集・歌集である。詩・短歌には、故事成語を使いにくい理由がありそうである。故事成語は慣用表現(主題まで表現してしまうことがある)であるから、それを使うと苦心して組み上げている自己表現を壊すことになるのかもしれない。

3.0 結論ではなく

 キーワード群を検索語として、大量のテキストデータ内を検索することで、気付かなかったことに気付かされることがわかった。その点で、今回の試みには、有用性がある。気付きであって、それはもっと綿密な調査・分析によって明らかにするべきことであるが。

(のなみ まさたか)
大阪教育大学 国語教育講座 野浪研究室 △ ページTop ←戻る