金子みすゞの
  典型的な詩14編

















































私と小鳥と鈴と

私が両手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすつても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい。






























星とたんぽぽ

青いお空の底ふかく、
海の小石のそのやうに、
夜がくるまで沈んでる、
昼のお星は眼にみえぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。

散つてすがれたたんぽぽの、
瓦のすきに、だァまつて、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根は眼に見えぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。































こツつんこツつん
打たれる土は
よい畠になつて
よい麥生むよ。

朝から晩まで
踏まれる土は
よい路になつて
車を通すよ。

打たれぬ士は
踏まれぬ土は
要らない土か。

いえいえそれは
名のない草の
お宿をするよ。

























大漁

朝焼け小焼けだ
大漁だ
大羽鰮の
大漁だ。

濱は祭りの
やうだけど
海のなかでは
何萬の
鰮のとむらひ
するだらう。































石ころ

きのふは子供を
ころばせて
けふはお馬を
つまづかす。
あしたは誰が
とほるやら。

田舎のみちの
石ころは
赤い夕日に
けろりかん。































たもと

袂のゆかたは
うれしいな
よそ行き見たいな気がするよ。

夕顔の
花の明るい背戸へ出て
そつと踊りの真似をする。

とん、と、叩いて、手を入れて、
誰か来たか、と、ちょいと見る。

藍の匂の新しい
ゆかたの袂は
うれしいな。




























喧嘩のあと

ひとりになつた
一人になつた。
むしろの上はさみしいな。

私は知らない
あの子が先よ。
だけどもだけども、さみしいな。

お人形さんも
ひとりになつた。
お人形抱いても、さみしいな。

あんずの花が
ほろほろほろり。
むしろの上はさみしいな。



























雀のかあさん

子供が
子雀
つかまへた。

その子の
かあさん
笑つてた。

雀の
かあさん
それみてた。

お屋根で
鳴かずに
それ見てた。



























仲なほり

げんげのあぜみち、春がすみ、
むかうにあの子が立つてゐた。

あの子はげんげを持つてゐた、
私も、げんげを摘んでゐた。

あの子が笑ふ、と、気がつけば、
私も知らずに笑つてた。

げんげのあぜみち、春がすみ、
ピイチク雲雀が啼いてゐた。

































私は雲に
なりたいな。

ふわりふわりと
青空の
果てから果を
みんなみて、
夜はお月さんと
鬼ごつこ。

それも飽きたら
雨になり
雷さんを
供につれ、
おうちの池へ
とびおりる。


























電報くばり

赤い自転車、ゆくみちは、
右もひだリも麥ばたけ。

赤い自転車、乗つてるは、
電報くばリの黒い服。

しづかな村のどの家へ、
どんな知らせがゆくのやら、

麥のあひだの街道を
赤い自転車いそぎます。































紋附き

しづかな、秋のくれがたが
きれいな紋つき、着てました。

白い御紋は、お月さま
藍をぼかした、水いろの
裾の模様は、紺の山
海はきらきら、銀砂子。

紺のお山にちらちらと
散つた灯りは、刺繍でせう。

どこへお嫁にいくのやら
しづかな秋のくれがたが
きれいな紋つき着てました。




























夕顔

お空の星が
夕顔に、
さびしかないの、と
ききました。

お乳のいろの
夕顔は、
さびしかないわ、と
いひました。

お空の星は
それつきり、
すましてキラキラ
ひかります。

さびしくなつた
夕顔は、
だんだん下を
むきました。
























手帳

静かな朝の砂濱で
小さな手帳をひろつた
緋繻子の表紙、金の文字
あけてみたれどまだ白い

たれが落して行つたやら
波にきいても波さんざ
渚に足のあともない
きつと今朝がた飛んでゐた
南へかへるつぱくろが
旅の日記をつけるとて
買うて落したものでせう。