アグニの(かみ)
芥川(あくたがわ)龍之介(りゅうのすけ)


 ()()上海(しゃんはい)(ある)(まち)です。(ひる)でも薄暗(うすぐら)(ある)(いえ)()(かい)に、人相(にんそう)(わる)印度(いんど)(じん)(ばあ)さんが一人(ひとり)商人(しょうにん)らしい一人(ひとり)亜米利加(あめりか)(じん)(なに)(しき)(はな)()っていました。
(じつ)今度(こんど)もお(ばあ)さんに、(うらな)いを(たの)みに()たのだがね、――」
 亜米利加(あめりか)(じん)はそう()いながら、(あたら)しい巻煙草(まきたばこ)()をつけました。
(うらな)いですか? (うらな)いは当分(とうぶん)()ないことにしましたよ」
 (ばあ)さんは(あざけ)るように、じろりと相手(あいて)(かお)()ました。
「この(ころ)折角(せっかく)()()げても、御礼(おれい)さえ(ろく)にしない(ひと)が、(おお)くなって()ましたからね」
「そりゃ勿論(もちろん)御礼(おれい)をするよ」
 亜米利加(あめりか)(じん)()しげもなく、三百(さんひゃく)(どる)小切手(こぎって)(いち)(まい)(ばあ)さんの(まえ)()げてやりました。
(さし)(あた)りこれだけ()って()くさ。もしお(ばあ)さんの(うらな)いが(あた)れば、その(とき)(べつ)御礼(おれい)をするから、――」
 (ばあ)さんは三百(さんひゃく)(どる)小切手(こぎって)()ると、(きゅう)愛想(あいそ)がよくなりました。
「こんなに沢山(たくさん)(いただ)いては、(かえ)って()()(どく)ですね。――そうして一体(いったい)(また)あなたは、(なに)(うらな)ってくれろとおっしゃるんです?」
(わたし)()(もら)いたいのは、――」
 亜米利加(あめりか)(じん)煙草(たばこ)(くわ)えたなり、狡猾(こうかつ)そうな微笑(びしょう)(うか)べました。
一体(いったい)(にち)(べい)戦争(せんそう)はいつあるかということなんだ。それさえちゃんとわかっていれば、我々(われわれ)商人(しょうにん)(たちま)ちの(うち)に、(おお)金儲(かねもう)けが出来(でき)るからね」
「じゃ明日(あした)いらっしゃい。それまでに(うらな)って()いて()げますから」
「そうか。じゃ間違(まちが)いのないように、――」
 印度(いんど)(じん)(ばあ)さんは、得意(とくい)そうに(むね)()らせました。
(わたし)(うらな)いは五十(ごじゅう)年来(ねんらい)(いち)()(はず)れたことはないのですよ。(なに)しろ(わたし)のはアグニの(かみ)が、()自身(じしん)()()げをなさるのですからね」
 亜米利加(あめりか)(じん)(かえ)ってしまうと、(ばあ)さんは(つぎ)()戸口(とぐち)(おこな)って、
(けい)(れん)(けい)(れん)」と()()てました。
 その(こえ)(おう)じて()()たのは、(うつく)しい支那(しな)(じん)(おんな)()です。が、(なに)苦労(くろう)でもあるのか、この(おんな)()(した)ぶくれの(ほお)は、まるで(ろう)のような(いろ)をしていました。
(なに)愚図(ぐず)々々しているんだえ? ほんとうにお(まえ)(くらい)、ずうずうしい(おんな)はありゃしないよ。きっと(また)台所(だいどころ)()(ねむ)りか(なに)かしていたんだろう?」
 恵蓮(けいれん)はいくら(しか)られても、じっと(うつ)()いたまま(だま)っていました。
「よくお()きよ。今夜(こんや)(ひさ)しぶりにアグニの(かみ)へ、()(うかが)いを()てるんだからね、そのつもりでいるんだよ」
 (おんな)()はまっ(くろ)(ばあ)さんの(かお)へ、(かな)しそうな()()げました。
今夜(こんや)ですか?」
今夜(こんや)十二(じゅうに)()()いかえ? (わす)れちゃいけないよ」
 印度(いんど)(じん)(ばあ)さんは、(おど)すように(ゆび)()げました。
(また)(まえ)がこの(あいだ)のように、(わたし)世話(せわ)ばかり()かせると、今度(こんど)こそお(まえ)(いのち)はないよ。お(まえ)なんぞは(ころ)そうと(おも)えば、(ひな)()(くび)()めるより――」
 こう()いかけた(ばあ)さんは、(きゅう)(かお)をしかめました。ふと相手(あいて)()がついて()ると、恵蓮(けいれん)はいつか窓際(まどぎわ)()って、丁度(ちょうど)()いていた硝子(がらす)(まど)から、(さび)しい往来(おうらい)(なが)めているのです。
(なに)()ているんだえ?」
 恵蓮(けいれん)(いよいよ)(いろ)(うしな)って、もう一度(いちど)(ばあ)さんの(かお)見上(みあ)げました。
「よし、よし、そう(わたし)莫迦(ばか)にするんなら、まだお(まえ)(いた)()()()りないんだろう」
 (ばあ)さんは()(おこ)らせながら、そこにあった(ほうき)をふり()げました。
 丁度(ちょうど)その途端(とたん)です。(だれ)(がい)()たと()えて、()(たた)(おと)が、突然(とつぜん)荒々(あらあら)しく(きこ)(はじ)めました。


 その()のかれこれ(おな)時刻(じこく)に、この(いえ)(そと)(とお)りかかった、(とし)(わか)一人(ひとり)日本人(にっぽんじん)があります。それがどう(おも)ったのか、()(かい)(まど)から(かお)()した支那(しな)(じん)(おんな)()一目(ひとめ)()ると、しばらくは呆気(あっけ)にとられたように、ぼんやり()ちすくんでしまいました。
 そこへ(また)(とお)りかかったのは、(とし)をとった支那(しな)(じん)人力車(じんりきしゃ)()です。
「おい。おい。あの()(かい)(だれ)()んでいるか、お(まえ)()っていないかね?」
 日本人(にっぽんじん)はその人力車(じんりきしゃ)()へ、いきなりこう()いかけました。支那(しな)(じん)(かじ)(ぼう)(にぎ)ったまま、(たか)()(かい)見上(みあ)げましたが、「あすこですか? あすこには、(なに)とかいう印度(いんど)(じん)(ばあ)さんが()んでいます」と、気味悪(きみわる)そうに返事(へんじ)をすると、匆々(そうそう)()きそうにするのです。
「まあ、()ってくれ。そうしてその(ばあ)さんは、(なに)商売(しょうばい)にしているんだ?」
(うらな)(しゃ)です。が、この近所(きんじょ)(うわさ)じゃ、(なに)でも魔法(まほう)さえ使(つか)うそうです。まあ、(いのち)大事(だいじ)だったら、あの(ばあ)さんの(ところ)なぞへは()かない(ほう)()いようですよ」
 支那(しな)(じん)車夫(しゃふ)(おこな)ってしまってから、日本人(にっぽんじん)(うで)()んで、(なに)(かんが)えているようでしたが、やがて決心(けっしん)でもついたのか、さっさとその(いえ)(なか)へはいって()きました。すると突然(とつぜん)(きこ)えて()たのは、(ばあ)さんの(ののし)(こえ)()った、支那(しな)(じん)(おんな)()()(ごえ)です。日本人(にっぽんじん)はその(こえ)()くが(はや)いか、(ひと)(また)二三(にさん)(だん)ずつ、薄暗(うすぐら)梯子(はしご)()(のぼ)りました。そうして(ばあ)さんの部屋(へや)()(ちから)(いっ)ぱい(たた)()しました。
 ()()ぐに(ひら)きました。が、日本人(にっぽんじん)(ちゅう)へはいって()ると、そこには印度(いんど)(じん)(ばあ)さんがたった(ひと)()()っているばかり、もう支那(しな)(じん)(おんな)()は、(つぎ)()へでも(かく)れたのか、(かげ)(かたち)見当(みあた)りません。
(なに)御用(ごよう)ですか?」
 (ばあ)さんはさも(うたが)わしそうに、じろじろ相手(あいて)(かお)()ました。
「お(まえ)さんは(うらな)(しゃ)だろう?」
 日本人(にっぽんじん)(うで)()んだまま、(ばあ)さんの(かお)(にら)(かえ)しました。
「そうです」
「じゃ(わたし)(よう)なぞは、()かなくてもわかっているじゃないか? (わたし)(ひと)つお(まえ)さんの(うらな)いを()(もら)いにやって()たんだ」
(なに)()()げるんですえ?」
 (ばあ)さんは(ますます)(うたが)わしそうに、日本人(にっぽんじん)容子(ようす)(うかが)っていました。
(わたし)主人(しゅじん)()(じょう)さんが、去年(きょねん)(はる)行方(ゆくえ)()れずになった。それを(ひと)()(もら)いたいんだが、――」
 日本人(にっぽんじん)一句(いっく)一句(いっく)(ちから)()れて()うのです。
(わたし)主人(しゅじん)香港(ほんこん)日本(にっぽん)領事(りょうじ)だ。()(じょう)さんの()妙子(たえこ)さんとおっしゃる。(わたし)遠藤(えんどう)という書生(しょせい)だが――どうだね? その()(じょう)さんはどこにいらっしゃる」
 遠藤(えんどう)はこう()いながら、上衣(うわぎ)(かく)しに()()れると、(いち)(てい)のピストルを()()しました。
「この近所(きんじょ)にいらっしゃりはしないか? 香港(ほんこん)警察(けいさつ)(しょ)調(しら)べた(ところ)じゃ、()(じょう)さんを(さら)ったのは、印度(いんど)(じん)らしいということだったが、――(かく)()てをすると(ため)にならんぞ」
 しかし印度(いんど)(じん)(ばあ)さんは、(すこ)しも(こわ)がる気色(きしょく)()えません。()えないどころか(くちびる)には、()って(ひと)莫迦(ばか)にしたような微笑(びしょう)さえ(うか)べているのです。
「お(まえ)さんは(なに)()うんだえ? (わたし)はそんな()(じょう)さんなんぞは、(かお)()たこともありゃしないよ」
(うそ)をつけ。(いま)その(まど)から(そと)()ていたのは、(たしか)()(じょう)さんの妙子(たえこ)さんだ」
 遠藤(えんどう)片手(かたて)にピストルを(にぎ)ったまま、片手(かたて)(つぎ)()戸口(とぐち)(ゆび)さしました。
「それでもまだ剛情(ごうじょう)()るんなら、あすこにいる支那(しな)(じん)をつれて()い」
「あれは(わたし)(もら)()だよ」
 (ばあ)さんはやはり(あざけ)るように、にやにや(ひと)(わら)っているのです。
(もら)()(もら)()でないか、一目(ひとめ)()りゃわかることだ。貴様(きさま)がつれて()なければ、おれがあすこへ(おこな)って()る」
 遠藤(えんどう)(つぎ)()()みこもうとすると、咄嗟(とっさ)印度(いんど)(じん)(ばあ)さんは、その戸口(とぐち)()(ふさ)がりました。
「ここは(わたし)(いえ)だよ。()(しら)らずのお(まえ)さんなんぞに、(おく)へはいられてたまるものか」
退(しりぞ)け。退(しりぞ)かないと()(ころ)すぞ」
 遠藤(えんどう)はピストルを()げました。いや、()げようとしたのです。が、その拍子(ひょうし)(ばあ)さんが、(からす)()くような(こえ)()てたかと(おも)うと、まるで電気(でんき)()たれたように、ピストルは()から()ちてしまいました。これには(いさ)()った遠藤(えんどう)も、さすがに(きも)をひしがれたのでしょう、ちょいとの(あいだ)不思議(ふしぎ)そうに、あたりを見廻(みまわ)していましたが、(たちま)(また)勇気(ゆうき)をとり(なお)すと、
魔法使(まほうつかい)め」と(ののし)りながら、(とら)のように(ばあ)さんへ()びかかりました。
 が、(ばあ)さんもさるものです。ひらりと()(かわ)すが(はや)いか、そこにあった(ほうき)をとって、(また)(つか)みかかろうとする遠藤(えんどう)(かお)へ、(ゆか)(うえ)五味(ごみ)()きかけました。すると、その五味(ごみ)(かい)火花(ひばな)になって、()といわず、(くち)といわず、ばらばらと遠藤(えんどう)(かお)()きつくのです。
 遠藤(えんどう)はとうとうたまり()ねて、火花(ひばな)旋風(つむじかぜ)()われながら、(ころ)げるように(そと)()()しました。


 その(よる)十二(じゅうに)()(ちか)時分(じぶん)遠藤(えんどう)(ひと)(ばあ)さんの(いえ)(まえ)にたたずみながら、()(かい)硝子(がらす)(まど)(うつ)火影(ほかげ)口惜(くちお)しそうに()つめていました。
折角(せっかく)()(じょう)さんの()りかをつきとめながら、とり(もど)すことが出来(でき)ないのは残念(ざんねん)だな。いっそ警察(けいさつ)(うった)えようか? いや、いや、支那(しな)警察(けいさつ)()ぬるいことは、香港(ほんこん)でもう()()りしている。万一(まんいち)今度(こんど)()げられたら、(また)(さが)すのが一苦労(ひとくろう)だ。といってあの魔法使(まほうつかい)には、ピストルさえ(やく)()たないし、――」
 遠藤(えんどう)がそんなことを(かんが)えていると、突然(とつぜん)(たか)()(かい)(まど)から、ひらひら()ちて()紙切(かみき)れがあります。
「おや、紙切(かみき)れが()ちて()たが、――もしや()(じょう)さんの手紙(てがみ)じゃないか?」
 こう(つぶや)いた遠藤(えんどう)は、その紙切(かみき)れを、(ひろ)()げながらそっと(かく)した懐中(かいちゅう)電燈(でんとう)()して、まん(まる)(ひかり)()らして()ました。すると(はた)して紙切(かみき)れの(うえ)には、妙子(たえこ)()いたのに(ちが)いない、()えそうな鉛筆(えんぴつ)(あと)があります。

遠藤(えんどう)サン。コノ(いえ)ノオ(ばあ)サンハ、(おそれ)シイ魔法使(まほうつかい)デス。時々(ときどき)真夜中(まよなか)(わたし)(からだ)ヘ、『アグニ』トイウ印度(いんど)(かみ)(じょう)(うつり)ラセマス。(わたし)ハソノ(しん)(じょう)(うつり)ッテイル(かん)(ちゅう)()ンダヨウニナッテイルノデス。デスカラドンナ(ごと)(おこし)ルカ()リマセンガ、(なに)デモオ(ばあ)サンノ(はなし)デハ、『アグニ』ノ(かみ)(わたし)(くち)()リテ、イロイロ予言(よげん)ヲスルノダソウデス。今夜(こんや)十二(じゅうに)()ニハオ(ばば)サンガ(また)『アグニ』ノ(かみ)()(うつり)ラセマス。イツモダト(わたし)()ラズ()ラズ、()(とお)クナッテシマウノデスガ、今夜(こんや)ハソウナラナイ(うち)ニ、ワザト魔法(まほう)ニカカッタ真似(まね)ヲシマス。ソウシテ(わたし)ヲオ父様(とうさま)(ところ)(かえ)サナイト『アグニ』ノ(かみ)ガオ(ばあ)サンノ(いのち)ヲトルト()ッテヤリマス。オ(ばあ)サンハ(なに)ヨリモ『アグニ』ノ(かみ)(こわ)イノデスカラ、ソレヲ()ケバキット(わたし)(かえ)スダロウト(おも)イマス。ドウカ明日(あした)(あさ)モウ(いち)()、オ(ばあ)サンノ(ところ)()(くだ)サイ。コノ計略(けいりゃく)(ほか)ニハオ(ばあ)サンノ()カラ、()()スミチハアリマセン。サヨウナラ」

 遠藤(えんどう)手紙(てがみ)()(おわ)ると、懐中時計(かいちゅうどけい)()して()ました。時計(とけい)十二(じゅうに)()()(ふん)(まえ)です。
「もうそろそろ時刻(じこく)になるな、相手(あいて)はあんな魔法使(まほうつかい)だし、()(じょう)さんはまだ子供(こども)だから、余程(よほど)(うん)()くないと、――」
 遠藤(えんどう)言葉(ことば)(おわ)らない(うち)に、もう魔法(まほう)(はじ)まるのでしょう。(いま)まで(あか)るかった()(かい)(まど)は、(きゅう)にまっ(くら)になってしまいました。と同時(どうじ)不思議(ふしぎ)(こう)(におい)が、(まち)敷石(しきいし)にも()みる(ほど)、どこからか(しずか)(ただよ)って()ました。


 その(とき)あの印度(いんど)(じん)(ばあ)さんは、ランプを()した()(かい)部屋(へや)(つくえ)に、魔法(まほう)書物(しょもつ)(ひろ)げながら、(しきり)呪文(じゅもん)(とな)えていました。書物(しょもつ)香炉(こうろ)()(ひかり)に、(くら)(なか)でも文字(もじ)だけは、ぼんやり()(あが)らせているのです。
 (ばあ)さんの(まえ)には心配(しんぱい)そうな恵蓮(けいれん)が、――いや、支那(しな)(ふく)()せられた妙子(たえこ)が、じっと椅子(いす)(すわ)っていました。さっき(まど)から(おと)した手紙(てがみ)は、無事(ぶじ)遠藤(えんどう)さんの()へはいったであろうか? あの(とき)往来(おうらい)にいた人影(ひとかげ)は、(たしか)遠藤(えんどう)さんだと(おも)ったが、もしや人違(ひとちが)いではなかったであろうか?――そう(おも)うと妙子(たえこ)は、いても()ってもいられないような()がして()ます。しかし(いま)うっかりそんな()ぶりが、(ばあ)さんの()にでも()まったが最後(さいご)、この(おそろ)しい魔法使(まほうつか)いの(いえ)から、()()そうという計略(けいりゃく)は、すぐに見破(みやぶ)られてしまうでしょう。ですから妙子(たえこ)一生懸命(いっしょうけんめい)に、(ふる)える両手(りょうて)()(あわ)せながら、かねてたくんで()いた(とお)り、アグニの(かみ)()(うつ)ったように、()せかける(とき)(ちか)づくのを(いま)(いま)かと()っていました。
 (ばあ)さんは呪文(じゅもん)(とな)えてしまうと、今度(こんど)妙子(たえこ)をめぐりながら、いろいろな()ぶりをし(はじ)めました。(ある)(とき)(まえ)()ったまま、両手(りょうて)左右(さゆう)()げて()せたり、(また)(ある)(とき)(うしろ)()て、まるで()かくしでもするように、そっと妙子(たえこ)(ひたい)(うえ)()をかざしたりするのです。もしこの(とき)部屋(へや)(そと)から、(だれ)(ばあ)さんの容子(ようす)()ていたとすれば、それはきっと(おお)きな蝙蝠(こうもり)(なに)かが、蒼白(あおじろ)香炉(こうろ)()(ひかり)(なか)に、()びまわってでもいるように()えたでしょう。
 その(うち)妙子(たえこ)はいつものように、だんだん(ねむ)()がきざして()ました。が、ここで(ねむ)ってしまっては、折角(せっかく)計略(けいりゃく)にかけることも、出来(でき)なくなってしまう道理(どうり)です。そうしてこれが出来(でき)なければ、勿論(もちろん)二度(にど)とお(とう)さんの(ところ)へも、(かえ)れなくなるのに(ちが)いありません。
日本(にっぽん)神々(かみがみ)(さま)、どうか(わたし)(ねむ)らないように、()(まも)りなすって(くだ)さいまし。その(かわ)(わたし)はもう一度(いちど)、たとい一目(ひとめ)でもお(とう)さんの()(かお)()ることが出来(でき)たなら、すぐに()んでもよろしゅうございます。日本(にっぽん)神々(かみがみ)(さま)、どうかお(ばあ)さんを(だま)せるように、()(ちから)()()(くだ)さいまし」
 妙子(たえこ)(なん)()(こころ)(なか)に、熱心(ねっしん)(いの)りを(つづ)けました。しかし(ねむ)()はおいおいと、(つよ)くなって()るばかりです。と同時(どうじ)妙子(たえこ)(みみ)には、丁度(ちょうど)銅鑼(どら)でも()らすような、得体(えたい)()れない音楽(おんがく)(こえ)が、かすかに(つた)わり(はじ)めました。これはいつでもアグニの(かみ)が、(そら)から()りて()(とき)に、きっと(きこ)える(こえ)なのです。
 もうこうなってはいくら我慢(がまん)しても、(ねむ)らずにいることは出来(でき)ません。(げん)()(まえ)香炉(こうろ)()や、印度(いんど)(じん)(ばあ)さんの姿(すがた)でさえ、気味(きみ)(わる)(ゆめ)(うす)れるように、()()()()せてしまうのです。
「アグニの(かみ)、アグニの(かみ)、どうか(わたし)(もう)すことを()()()(くだ)さいまし」
 やがてあの魔法使(まほうつか)いが、(ゆか)(うえ)にひれ()したまま、()れた(こえ)()げた(とき)には、妙子(たえこ)椅子(いす)(すわ)りながら、(ほとん)生死(せいし)()らないように、いつかもうぐっすり寝入(ねい)っていました。


 妙子(たえこ)勿論(もちろん)(ばあ)さんも、この魔法(まほう)使(つか)(ところ)は、(だれ)()にも()れないと、(おも)っていたのに(ちが)いありません。しかし実際(じっさい)部屋(へや)(そと)に、もう一人(ひとり)()鍵穴(かぎあな)から、(のぞ)いている(おとこ)があったのです。それは一体(いったい)(だれ)でしょうか?――()うまでもなく、書生(しょせい)遠藤(えんどう)です。
 遠藤(えんどう)妙子(たえこ)手紙(てがみ)()てから、一時(いちじ)往来(おうらい)()ったなり、夜明(よあ)けを()とうかとも(おも)いました。が、お(じょう)さんの()(うえ)(おも)うと、どうしてもじっとしてはいられません。そこでとうとう盗人(ぬすっと)のように、そっと(いえ)(なか)(しの)びこむと、早速(さっそく)この()(かい)戸口(とぐち)()て、さっきから()()をしていたのです。
 しかし()()をすると()っても、(なに)しろ鍵穴(かぎあな)(のぞ)くのですから、蒼白(あおじろ)香炉(こうろ)()(ひかり)()びた、死人(しにん)のような妙子(たえこ)(かお)が、やっと正面(しょうめん)()えるだけです。その(ほか)(つくえ)も、魔法(まほう)書物(しょもつ)も、(ゆか)にひれ()した(ばあ)さんの姿(すがた)も、まるで遠藤(えんどう)()にははいりません。しかし(しわが)れた(ばあ)さんの(こえ)は、()にとるようにはっきり(きこ)えました。
「アグニの(かみ)、アグニの(かみ)、どうか(わたし)(もう)すことを()()()(くだ)さいまし」
 (ばあ)さんがこう()ったと(おも)うと、(いき)もしないように(すわ)っていた妙子(たえこ)は、やはり()をつぶったまま、突然(とつぜん)(くち)()(はじ)めました。しかもその(こえ)がどうしても、妙子(たえこ)のような少女(しょうじょ)とは(おも)われない、荒々(あらあら)しい(おとこ)(こえ)なのです。
「いや、おれはお(まえ)(ねが)いなぞは()かない。お(まえ)はおれの()いつけに(そむ)いて、いつも悪事(あくじ)ばかり(はたら)いて()た。おれはもう今夜(こんや)(かぎ)り、お(まえ)見捨(みす)てようと(おも)っている。いや、その(うえ)悪事(あくじ)(ばち)(くだ)してやろうと(おも)っている」
 (ばあ)さんは呆気(あっけ)にとられたのでしょう。(しばら)くは(なん)とも(こた)えずに、(あえ)ぐような(こえ)ばかり()てていました。が、妙子(たえこ)(ばあ)さんに頓着(とんじゃく)せず、おごそかに(はな)(つづ)けるのです。
「お(まえ)(あわ)れな父親(ちちおや)()から、この(おんな)()(ぬす)んで()た。もし(いのち)()しかったら、明日(あした)とも()わず今夜(こんや)(うち)に、早速(さっそく)この(おんな)()(かえ)すが()い」
 遠藤(えんどう)鍵穴(かぎあな)()()てたまま、(ばあ)さんの(こたえ)()っていました。すると(ばあ)さんは(おどろ)きでもするかと(おも)いの(ほか)憎々(にくにく)しい(わら)(ごえ)()らしながら、(きゅう)妙子(たえこ)(まえ)()()ちました。
(ひと)莫迦(ばか)にするのも、()加減(かげん)におし。お(まえ)(わたし)(なん)だと(おも)っているのだえ。(わたし)はまだお(まえ)(だま)される(ほど)耄碌(もうろく)はしていない心算(つもり)だよ。早速(さっそく)(まえ)父親(ちちおや)(かえ)せ――警察(けいさつ)()役人(やくにん)じゃあるまいし、アグニの(かみ)がそんなことを()()いつけになってたまるものか」
 (ばあ)さんはどこからとり()したか、()をつぶった妙子(たえこ)(かお)(さき)へ、(いち)(ちょう)のナイフを()きつけました。
「さあ、正直(しょうじき)白状(はくじょう)おし。お(まえ)勿体(もったい)なくもアグニの(かみ)の、声色(こわいろ)使(つか)っているのだろう」
 さっきから容子(ようす)(うかが)っていても、妙子(たえこ)実際(じっさい)(ねむ)っていることは、勿論(もちろん)遠藤(えんどう)にはわかりません。ですから遠藤(えんどう)はこれを()ると、さては計略(けいりゃく)露顕(ろけん)したかと(おも)わず(むね)(おど)らせました。が、妙子(たえこ)(あい)(かわ)らず目蓋(まぶた)(ひと)(うご)かさず、嘲笑(あざわら)うように(こた)えるのです。
「お(まえ)()(どき)(ちか)づいたな。おれの(こえ)がお(まえ)には人間(にんげん)(こえ)(きこ)えるのか。おれの(こえ)(ひく)くとも、天上(てんじょう)()える(ほのお)(こえ)だ。それがお(まえ)にはわからないのか。わからなければ、勝手(かって)にするが()い。おれは(ただ)(まえ)(たず)ねるのだ。すぐにこの(おんな)()(おく)(かえ)すか、それともおれの()いつけに(そむ)くか――」
 (ばあ)さんはちょいとためらったようです。が、(たちま)勇気(ゆうき)をとり(なお)すと、片手(かたて)にナイフを(にぎ)りながら、片手(かたて)妙子(たえこ)襟髪(えりがみ)(つか)んで、ずるずる()もとへ()()せました。
「この阿魔(あま)め。まだ(ごうじょう)()()だな。よし、よし、それなら約束(やくそく)(どお)り、(ひと)(おも)いに(いのち)をとってやるぞ」
 (ばあ)さんはナイフを()()げました。もう(いっ)分間(ぷんかん)(おく)れても、妙子(たえこ)(いのち)はなくなります。遠藤(えんどう)咄嗟(とっさ)()(おこ)すと、(じょう)のかかった入口(いりぐち)()無理無体(むりむたい)()けようとしました。が、()容易(ようい)(やぶ)れません。いくら()しても、(たた)いても、()(かわ)()()けるばかりです。


 その(うち)部屋(へや)(なか)からは、(だれ)かのわっと(さけ)(こえ)が、突然(とつぜん)(くら)やみに(ひび)きました。それから(ひと)(ゆか)(うえ)へ、(たお)れる(おと)(きこ)えたようです。遠藤(えんどう)(ほとん)気違(きちが)いのように、妙子(たえこ)名前(なまえ)()びかけながら、全身(ぜんしん)(ちから)(かた)(あつ)めて、(なん)()入口(いりぐち)()へぶつかりました。
 (いた)()ける(おと)(じょう)のはね()(おと)、――()はとうとう(やぶ)れました。しかし肝腎(かんじん)部屋(へや)(なか)は、まだ香炉(こうろ)蒼白(あおじろ)()がめらめら()えているばかり、人気(ひとけ)のないようにしんとしています。
 遠藤(えんどう)はその(ひかり)便(たよ)りに、()()ずあたりを見廻(みまわ)しました。
 するとすぐに()にはいったのは、やはりじっと椅子(いす)にかけた、死人(しにん)のような妙子(たえこ)です。それが何故(なぜ)遠藤(えんどう)には、(あたま)毫光(ごこう)でもかかっているように、(おごそ)かな(かん)じを(おこ)させました。
()(じょう)さん、()(じょう)さん」
 遠藤(えんどう)椅子(いす)()くと、妙子(たえこ)(みみ)もとへ(くち)をつけて、一生懸命(いっしょうけんめい)(さけ)()てました。が、妙子(たえこ)()をつぶったなり、(なん)とも(くち)(ひら)きません。
()(じょう)さん。しっかりおしなさい。遠藤(えんどう)です」
 妙子(たえこ)はやっと(ゆめ)がさめたように、かすかな()(ひら)きました。
遠藤(えんどう)さん?」
「そうです。遠藤(えんどう)です。もう大丈夫(だいじょうぶ)ですから、()安心(あんしん)なさい。さあ、(はや)()げましょう」
 妙子(たえこ)はまだ夢現(ゆめうつつ)のように、弱々(よわよわ)しい(こえ)()しました。
計略(けいりゃく)駄目(だめ)だったわ。つい(わたし)(ねむ)ってしまったものだから、――堪忍(かんにん)して頂戴(ちょうだい)よ」
計略(けいりゃく)露顕(ろけん)したのは、あなたのせいじゃありませんよ。あなたは(わたし)約束(やくそく)した(とお)り、アグニの(かみ)(かか)った真似(まね)をやり(おお)せたじゃありませんか?――そんなことはどうでも()いことです。さあ、(はや)()()げなさい」
 遠藤(えんどう)はもどかしそうに、椅子(いす)から妙子(たえこ)()(おこ)しました。
「あら、(うそ)(わたし)(ねむ)ってしまったのですもの。どんなことを()ったか、()りはしないわ」
 妙子(たえこ)遠藤(えんどう)(むね)(もた)れながら、(つぶや)くようにこう()いました。
計略(けいりゃく)駄目(だめ)だったわ。とても(わたし)()げられなくってよ」
「そんなことがあるものですか。(わたし)(いっ)しょにいらっしゃい。今度(こんど)しくじったら大変(たいへん)です」
「だってお(ばあ)さんがいるでしょう?」
「お(ばあ)さん?」
 遠藤(えんどう)はもう一度(いちど)部屋(へや)(なか)見廻(みまわ)しました。(つくえ)(うえ)にはさっきの(とお)り、魔法(まほう)書物(しょもつ)(ひら)いてある、――その(した)仰向(あおむ)きに(たお)れているのは、あの印度(いんど)(じん)(ばあ)さんです。(ばあ)さんは意外(いがい)にも自分(じぶん)(むね)へ、自分(じぶん)のナイフを()()てたまま、()だまりの(なか)()んでいました。
「お(ばあ)さんはどうして?」
()んでいます」
 妙子(たえこ)遠藤(えんどう)見上(みあ)げながら、(うつく)しい(まゆ)をひそめました。
(わたし)、ちっとも()らなかったわ。お(ばあ)さんは遠藤(えんどう)さんが――あなたが(ころ)してしまったの?」
 遠藤(えんどう)(ばあ)さんの屍骸(しがい)から、妙子(たえこ)(かお)()をやりました。今夜(こんや)計略(けいりゃく)失敗(しっぱい)したことが、――しかしその(ため)(ばあ)さんも()ねば、妙子(たえこ)無事(ぶじ)()(かえ)せたことが、――運命(うんめい)(ちから)不思議(ふしぎ)なことが、やっと遠藤(えんどう)にもわかったのは、この瞬間(しゅんかん)だったのです。
(わたし)(ころ)したのじゃありません。あの(ばあ)さんを(ころ)したのは今夜(こんや)ここへ()たアグニの(かみ)です」
 遠藤(えんどう)妙子(たえこ)(かか)えたまま、おごそかにこう(ささや)きました。

あけたままのまど
サキ
中西なかにし秀男ひでおやく

伯母おばはすぐ下りお てまいります、ミスター・ナテル。失礼しつれいですがそれまでわたくしがお相手あいていたしますわ」
と、はらった若いわか女性じょせいがいった。じつ十五じゅうごさいである。
 フラムトン・ナテルはなんとかうまい挨拶あいさつはないかとしきりにかんがえた。いままえにいるめいだという女性じょせいをほどよくもちげ、しかもやがてあらわれる伯母おばさんをあまりけなすことにならない挨拶あいさつでないとまずい。神経しんけいやすめるためということでこの土地とちているのだが、こうあらたまってまったくの他人たにんばかりつぎつぎたずねてまわるのがいったい休養きゅうようになるかどうか、かれこころなかでなんべんも疑問ぎもんおもった。
「どんなことになるかわかりきってるわ」
と、かれがこの田舎いなかうつってくる準備じゅんびをしているときあねがいったものだ。
「きっとそのむらへもぐりこんだきりきた人間にんげんとはくちもきかず、年中ねんじゅうふさぎこんでいて結局けっきょくいちだんとわるくなるぐらいのものよ。だからあのむら全部ぜんぶ紹介しょうかいじょういてあげるわ。おぼえてるけどなかにはとてもいいひといくにんもあってよ」
 その紹介しょうかいじょういっ つうもって今日きょうこうして訪ねたず てきたミセス・サプルトンというひとは、たしてその「とてもいいひと」の部類ぶるいはいるのかな、とフラムトンはかんがえた。
「このむらにおいがいくらもいらっしゃいますの?」
めいだという女性じょせいがたずねた。かいでだまりこんでいるのはもうこれで十分じゅうぶん、と判断はんだんしたわけだ。
「それがひとりもありません」
とフラムトンはいった。
なんねんまえあねがこのむら牧師ぼくしかんまっていたことがありましてね、そのあねがいろんなほう紹介しょうかいじょういてくれたのです」
 この最後さいご言葉ことばにはこまったなあという語調ごちょうがはっきりあった。
「するとうちの伯母おばのこともほとんどごぞんじないのですね?」
はらった女性じょせいかさ ねてたずねた。
「お名前なまえとご住所じゅうしょしかぞんじません」
とフラムトンはありのままをいった。ミセス・サプルトンにはおっとがあるのかそれとも未亡人みぼうじんか、それさえわからない。しかし室内しつないにはなんとなくおとこす んでいるらしい気配けはいがある。
「ちょうどさんねんまえ伯母おばかなしい運命うんめいにあいましたのよ」
めいがいった。
「おねえさまがこのむらからおもどりになったあとですわね」
かなしい運命うんめいですって?」
とフラムトンはかえした。なぜかこののどかな田舎いなかかなしい運命うんめいちがいのがする。
「あのまど十月じゅうがつひるすぎなのにあけたままにしておくなんてへんだ、とおおもいでしょう
めいはいって、芝生しばふかってあけはなしてあるおおきなフランスまどゆびさした。
いま時節じせつとしてはわりあたたかですからね。ですがあのまど伯母おばさまのかなしい運命うんめいというのになに関係かんけいでもあるんですか?」
「ちょうどさんねんまえ今日きょうでした。あのまどから伯母おばおっとが、伯母おばおとうとをふたりつれて狩猟しゅりょうきました。それきりもどらないんですの。いつものシギの猟場りょうばこうと沼地ぬまちをわたる途中とちゅうで、あしもとの あぶない湿地しっちさんにんともはまりこんだのですね。そら、あのひどくあめおおなつでした。いつものとしなら大丈夫だいじょうぶ場所ばしょなのが不意ふいにめりこんだのです。さんにんとも死体したいはとうとうつかりません。つからないからこそこまるんです」
いままでのはらった口調くちょうが、ここでむねがせまって途切とぎれがちになった、
どく伯母おばはそれからずっとってるんですの。みんな、いつかはかえってくる、いっしょにんだ茶色ちゃいろのスパニエルもれて、三人さんにんともいつものとおりあのまどからはいってくる、とおもってますの。それで毎日まいにちすっかりくらくなるまであけたままにしておきます。かわいそうに伯母おば三人さんにんかけたときのことをよくはなしますわ。伯父おじ白地しろじのレーンコートをうでにかけていたそうです。したおとうとはいつものように伯母おばをからかって『パーティ、おまえはなぜはねる』をうたってたんですって。ふだんそれをくといらいらする、って伯母おばがいってたんですね。ときどき、こんなしんとしたしずかな夕方ゆうがたなど、あのまどから三人さんにんがスーツとはいってくるかとおもうと、わたし、ゾーツとすることがありますのよ」
 めいぶるいするとはなしった。そこへ伯母おばというひとがせかせかはいってきて、たいへんおたせしてすみませんとさかんにもうしわけをならした。フラムトンはホッとした。
ヴィアラのお相手あいてでご退屈たいくつだったんじゃありません?」
伯母おばはいった。
「いや、たいへん面白おもしろお話はなしうかがってました」
とフラムトンはいった。
「あのまど、あけたままでかまいませんか?」
とミセス・サプルトンはハキハキしたこえでいった。
「もうすぐおっとおとうとたちがりょうからもどります。いつもそのまどからはいってきますの。今日きょうはシギちにぬまほうきましたから、もどってたらきっとカーペットがだいなしでしょうよ。おとこかたってみなそうですわね」
 りょうのこと、とりすくなくなったこと、このふゆのカモりょうこみ--ミセス・サプルトンは快活かいかつにしゃべりつづけた。それがフラムトンにはゾッとするほどおそろしい。かれ一所いっしょけんめいはなし気味きみわるくないほうけようとしたが、どうもあまり成功せいこうしない。がつくと相手あいてはあまり自分じぶん関心かんしんがなくて、えずフラムトンをとおりこして、あいたままのまどとそのそと芝生しばふほうへばかりいている。かなしい運命うんめいにあったというその記念きねん偶然ぐうぜんたずねてきたとは、じつなんという不運ふうんだろう。
「どの医者いしゃもみな完全かんぜん休養きゅうようれ、興奮こうふんすることは一切いっさいやめろ、身体からだをとかくはげしく使つかうことはよせ、というのです」
とフラムトンははなした。あか他人たにんでもふとったひとでもひとの病気びょうき衰弱すいじゃくやその原因げんいん療法りょうほうなど、こまかくきたがるものだ。というのは世間せけんにかなりおおい妄想もうそうの一つだが、かれもまたその妄想もうそうにとらわれてせっせとはなしたのである。
「ところがべるもののことになると、どの医者いしゃのいうこともくいちがいましてね」
「まあ、そうですか?」
とミセス・サプルトンはいった。あぶなくあくびをころしたこえだ。突然とつぜん彼女かのじょかおきゅう晴々はればれしてなにかにありありと注意ちゅういけた。しかしフラムトンのはなしけたのではない。
「ようやくもどってきましたよ」
彼女かのじょおおきなこえでいった。
「ちょうどおちゃってよかったこと。まあ、かおまでどろんこじゃありませんか」
 フラムトンはブルブル身震みぶるいするとめいほうへふりいた。なるほどわかりました、おどくですね、というかおけた。めいはあけたままのまどそとをじっとたまま、恐怖きょうふちすくんだつきをしている。なにといいようもない物凄ものすごさにゾーッとすると、フラムトンは椅子いすのままきをえておな方向ほうこうた。
 くらくなりかけたゆうやみの芝生しばふ三人さんにん人影ひとかげまどほうへやってくる。三人さんにんともうでじゅうをかかえて、なかのひとりは白地しろじのレーンコートをかたにひっかけていた。そのすぐあとを茶色ちゃいろのスパニエルがつかってついてくる。おとてずにまどちかづくと、ゆうやみのなかからしわがれたわかおとここえが『パーティ、おまえはなぜはねる』をうたした。
 フラムトンはやにわに帽子ぼうしとステッキをつかみ、玄関げんかんのドアももんまでの砂利じゃりみち表門おもてもんもろくろくはいらず夢中むちゅうでかけした。往来おうらいばしてきた自転車じてんしゃいちだいがきっこんであぶなく衝突しょうとつけた。
「おい、いまもどったよ」
白地しろじのレーンコートをっかけたおとこまどからはいってきながらいった、
「かなりどろになったがもうたいがいかわいた。いまかけしてったのはだれだい?」
「とてもわったひとよ、ミスター・ナテルとかいうの」
とミセス・サプルトンがいった、
自分じぶん病気びょうきはなしばかりして、あなたがたがもどるとさよならともなんともいわずにパッとかえっちまったの。まるで幽霊ゆうれいにでも出会であったみたい」
「きっとスパニエルがたからよ」とめいいていった。
「あのひと、イヌが大嫌だいきらいですっていったわ。一度いちどどこかガンジスがわきし野良のらイヌのむれいかけられて墓地ぼちなかげこんで、ての墓穴ぼけつでひとばんあかしたことがあるんですって。すぐあたまうえうなったりいがみてたりえついたりしてるんですって。だれだってふるえがりますわね」
 即席そくせきつくばなし彼女かのじょのお得意とくいだった。



あたまでっかち
下村しもむら千秋ちあき

いち
 かすみうらといえば、みなさんはごぞんじでしょうね。茨城いばらきけんみなみほうにある、周囲しゅうい百四十四ひゃくよんじゅうよんキロほどのみずうみで、日本にっぽんだいひろさをもったものであります。
 日本にっぽんだいいち近江おうみのびわは、そのぐるりがほとんどやまですが、かすみうら関東平野かんとうへいやのまんなかにあるので、やまらしいやまは、ななはちはなれたきたかた筑波山つくばさんむらさきいろせているだけで、あとはどこをまわしても、なだらかなおかがほんのり、うすむらさきえているばかりであります。
 ですから、このみずうみ景色けしきは、平凡へいぼんといえば平凡へいぼんですが、びわのように、なつ、ぐるりのやまうえ夕立ゆうだちくもがわいたり、ふゆ銀色ぎんいろゆきひかったりすると、すこしすごいような景色けしきになるのとはちがって、春夏秋冬しゅんかしゅうとう、いつもおだやかなかんじにつつまれています。びわを、厳格げんかくなおとうさんとすれば、かすみうらは、やさしいおかあさんのようだともいえるでしょう。このみずうみ周囲しゅういには、土浦つちうら石岡いしおか潮来いたこ江戸崎えどさきなどというまち々のほかに、たくさんの百姓ひゃくしょうむらが、いちおき二里にりおきにならんでいます。だいむかし、人間にんげんなみのおだやかな海岸かいがんとか、かわきしとか、みずうみのまわりなどに一番いちばんさきすんだものですから、このおかあさんのようなやさしいかすみうらのまわりには、もちろんずっとだいむかしからひとがすんでいたのです。いまでも、方々かたがたから貝塚かいづかがほりだされたり、せきやいろんな石器せっき発見はっけんされたりするのでも、それがわかります。
 それで、百姓ひゃくしょうむらでもずいぶんふるい歴史れきしをもったむらがあり、何十なんじゅうだいつづいたかわからないような百姓ひゃくしょうが、方々かたがたのこっているわけです。
 林太郎りんたろうむらも、このふるい歴史れきしをもったむらのひとつでした。みずうみみなみきしおかうえにあって、戸数こすう五十ごじゅうばかりでした。また林太郎りんたろういえ何十なんじゅうだいつづいたかわからないという旧家きゅうかで、むら一番いちばんきたのはずれに、かすみうら見下みくだして、おおきなわら屋根やねをかぶっていました。
 しかし、旧家きゅうかというのはばかりで、いまでは、屋敷やしきまわりのおおきな杉林すぎばやしはきりはらわれ、米倉こめぐらはとりこわされ、うまもいないうまやと、屋根やねくさがぼうぼうにはえた納屋なやがあるきりの、貧乏びんぼう百姓ひゃくしょうとなっていました。おなむら百姓ひゃくしょう年々ねんねん貧乏びんぼうになっていきましたが、林太郎りんたろういえむら一番いちばん旧家きゅうかであるうえに、むかしは「名主なぬし」というのをつとめ、じゅうねんまえごろまではむらの、「総代そうだい」というのをやっていただけ、その貧乏びんぼうがひじょうにめだつのでした。
 林太郎りんたろうのおじいさんは、それを年中ねんじゅうにしていて、
「せめてどもでもだいぜいいたら、にぎやかでいいのだが、林太郎りんたろうひとりきりだから、よけいにいえなかがめいるばかりだ。」
といっていました。林太郎りんたろうはことし十一じゅういちさいで、小学校しょうがっこう年生ねんせいになっていましたが、おとうといもうともなく、まったくのひとつぶなのでした。あとは、おとうさんとおかあさんとおじいさんのさんにんきりでしたから、がらんとしたひろくらいえなかにいると、ひとはどこにいるかわからないほどで、まったく陰気いんきだったのです。

 さて、ひとりっというものは、わがままっのきかんぼうがそだつものですが、林太郎りんたろうはどっちかといえば、いくじなしのむしにそだちました。おじいさんがかわいがりすぎたせいだ、とおとうさんはよくいいましたが、そうばかりではなく、あんまり陰気いんきいえなかにそだったためかもしれません。とにかく林太郎りんたろうは、ちょっとしたことにもすぐめそめそとなきだすのでした。
 それにもうひとつこまったことは林太郎りんたろうはからだのわりにあたまでっかちで、それでくちわるむらどもらから、「ごろっこ」というあだをつけられていることでした。「ごろっこ」とはかわずのという意味いみで、あのあたまでっかちの「おたまじゃくし」のことです。むらどもらは、なにかというと、
「やあい、ごろっこめ。」
とはやしたてるのです。すると林太郎りんたろうは、すぐべそぐちになり、くやしそうになきだすのでした。
あたまがでかいは、えらいひとになるんだぞ。なくことはない。」
 おじいさんは、林太郎りんたろうがなきながらいえへかえってくるのをると、そういってそのあたまをなでるのでした。またおかあさんは、よる林太郎りんたろうをだいてねるたびに、そのあたま平手ひらてでなでながら、
林太郎りんたろうは、学校がっこうがよくできるので、みんながやっかんであんな悪口わるぐちをいうのだよ。どものあたまおおきいほうがいいんだぞ。みんなのあたまちいさすぎるんだぞ。」
と、やさしくいってきかせるのでした。
 実際じっさい林太郎りんたろう学校がっこう成績せいせきがよく、いままでにさんばんとさがったことはなかったのです。ただ、あたまおもいため、運動うんどうがへたで、ことにかけっくらになると、いつもびりっかすでした。で、おとうさんはよくこういうのです。
学校がっこうなぞはできなくてもいいから、かけっくらで一番いちばんになれ。いつまでたってもごろっこじゃ、百姓ひゃくしょうにもなれやしない。」
 そういわれると、林太郎りんたろうはまたくやしそうになきだします。するとおとうさんはまた、
「またなきやがる。乞食こじきにくれてやるぞ。」
と、どなりました。
 おじいさんとおかあさんは、あたまおおきいのをほめてくれるのに、おとうさんだけは、いつもそんなふうにいっては、つらくあたるので、林太郎りんたろうはおとうさんをこわがってすこしもなつきませんでした。ものしんがついてから、いちだっておとうさんにおんぶしたり、だかさったり、よる、いっしょにねたりしたことはなかったのです。
 そのうえ、林太郎りんたろうにはどうしてもおとうさんになじめないわけがありました。それはおとうさんが、ときどきよるおそく、おさけによっぱらい、ひとしょうまでわってかえってきて、一晩ひとばんちゅうおかあさんをいじめてなかすことでした。林太郎りんたろうはこわいので、ふとんのなかあたまをひっこめ、かめののようにちぢまっているのですが、それでもおとうさんのあらあらしいこえがきこえるのです。
 ふだんでもこわいこえをだすおとうさんですから、よっぱらってだす、そのあらあらしいこえには、なにかこわい動物どうぶつのほえこえみたいなところがあります。それが林太郎りんたろうにはにくらしくてにくらしくてなりませんでした。それにまたおかあさんをわけもなくいじめるのですから、たまらなかったのです。けれど、どうかすると、おとうさんはそのあらあらしいこえなかで、「林太郎りんたろうをどうする。」とか、「こうする。」とかいうことがありました。林太郎りんたろうはふとんのなかでそのことをきくと、からだちゅう、ぞくっとしました。それは、やっぱり自分じぶんあたまのことについていっているのだと、ひとりぎめにきめてしまうからでした。つまり自分じぶんは、「ごろっこ」のようにあたまでっかちなので、それがおとうさんとおかあさんとのあらそいのたねになるのだというふうにかんがえるからでした。
 これには林太郎りんたろうはすっかりまいって、ひとりあたまをかかえてべそぐちをしているばかりでした。そうしてちいさなむねなかで、おかあさんにすまない、といっているばかりでした。
さん
 それは、なつのはじめで、田植たうえのすんだころのあるよるでした。林太郎りんたろうは、みぎどなりのいえのおきぬさんというむすめにつれられて、みずうみのふちへほたるをとりにいったのでした。
 おきぬさんは、林太郎りんたろうからみれば、もう「およめさん」になれそうなむすめさんでしたので、ねえちゃん、ねえちゃんとよんでいました。おきぬさんもまた林太郎りんたろうおとうとのようにかわいがってくれるので、このひとだけには、おかあさんにもいえないことがいえるようながしていました。
 林太郎りんたろうは、おきぬねえちゃんのにつかまって、たんぼのあぜみちみずうみほうあるいていきました。つきがでていましたが、かすみにつつまれてほのしろえているだけでした。いくほどにかすみはだんだんふかくなりました。そしてみずうみきし土手どてまでいくと、湖面こめんはまるでゆめているように、とろんとかすんでいました。「かすみうら」というはこういうところからでたのにちがいありません。まったくかすみにつつまれたかすみうらほど、なごやかなやさしい自然しぜんはないでしょう。
 林太郎りんたろうはなんだかものがなしくなりました。ゆめのようなかすみのなかにいるせいか、それともおきぬねえちゃんにをひかれているせいか、どっちだかそれはわかりませんが、なんだかひとりでになきたくなってきたのです。うす浅黄あさぎしょくのかすみのなかに、ほたるがいくつもほのあおひかりをひいて、たかひくくとんでいましたが、林太郎りんたろうはそれをつかまえようともしません。ばかりか、ほたるのそのあおひかりまでが、にかなしくうつるのです。
林太郎りんたろうちゃん、どうしたの。」
 おきぬねえちゃんが、ふと林太郎りんたろうかおをのぞいてそういいました。
「…………。」
 林太郎りんたろうは、なんともこたえずかおをふせてしまいました。
「こんなとこあるいてるの、おもしろくないの。じゃかえろうか。」
「……ううん、かえりたくないよ。」
 林太郎りんたろうはやっと鼻声はなごえこたえました。
「そんなら元気げんきをだして、ほたるをとりなよ。そら、すぐそこを、すいすいととんでるじゃないか。」
「……ねえちゃん、おれ、おれ……にたいんだ。」
「……なあに?」
「おれ、にたいんだよ。」
林太郎りんたろうちゃん、なにいってるのさ。ゆめてるんじゃない!」
「だっておれ、あたまでっかちだろう。それでみんながわらうだろう。それでおとっつあんも、おっかさんをいじめるんだもの……」
 林太郎りんたろうは、おおきなおでこのしたちいさなかおをいかにもおもいあまったというふうにして、そういうのでした。そのようすが、おきぬねえちゃんにはちょっとおかしくもなったので、
林太郎りんたろうちゃんは、おばかさんだわねえ。」
といって、林太郎りんたろうかたをだいてやりました。と、林太郎りんたろうはおきぬねえちゃんのからだへ、おおきなおでこをおしつけて、うーん、うーんとむせびながら、
「おとっつあんは、おれのほんとのおとっつあんじゃないだろう。そうだい。だからおれのごろっことうらないで、あんなにおっかさんをいじめるんだろう。だからおらにたいんだ。」
と、いうのでした。
 林太郎りんたろうのおとうさんは、きのうのばんさけによってきて、林太郎りんたろうのことをいっては、このいえをでていけ、と、おっかさんをいじめたのでした。それがいま、林太郎りんたろうあたまなかにありありとかんでいるのでした。これにはおきぬねえちゃんもこまって、
林太郎りんたろうのおとっつあんはほんとのおとっつあんなのよ。ちがうのはおっかさんのほうなのよ。だから林太郎りんたろうちゃんがあたまでっかちだからといって、おとっつあんがおっかさんをいじめるわけはないのよ。」
と、いってきかせました。
 すると、これがまた林太郎りんたろうをひじょうにびっくりさせました。林太郎りんたろうはこわいかおでおきぬねえちゃんをにらみつけながら、きゅうにおおきなこえで、
「そんなことないや、そんなことないや! おっかさん、おれのおっかさんだい。」
とさけびたてました。
 これにはおきぬねえちゃんもはっとしました。わるいことをいったとおもいなおして、
「ええ、うそよ、うそよ。そんなことないの。ほんとにそんなことないの。」
つよくうちけして、
「だからままおやなんていうのはみんなうそなのよ。おとっつあんもおっかさんもほんとのおやなのよ。だから、林太郎りんたろうちゃんのあたまでっかちのことで、おとっつあんがおっかさんをいじめるわけもないの。ただ、どこのいえにもいろんな心配しんぱいごとがあるものだろう。それでおとっつあんとおっかさんがいいあいするんだろうけど、そんなことどもはらないふりをしていればいいのよ。」
と、しみじみいいきかせました。
 林太郎りんたろうは、こんどはいかりもせず、またなきもまず、ただだまりこんでしまいました。林太郎りんたろうには、自分じぶんかんがえていることがほんとうなのか、おきぬねえちゃんのいったことがほんとうなのか、わからなくなったのでした。
よん
 それからさんにちほどしたあさのことでした。おとうさんはらへ仕事しごとにでかけ、おじいさんはみずうみきしへ、「のっこみぶな」というのをつりにでかけたあとで、おっかさんはひとりでよそいきの着物きものにきかえ、ふろしきづつみひとつをもって、
林太郎りんたろう、おっかさんはむこうのへいってくるから、おとなしくっといで。」
したをむいたままいいました。
 むこうのというのは、おっかさんのおさとのことでした。林太郎りんたろういえ裏手うらておかからきたかたると、かすみうら入江いりえになっていて、そのむこうにひとつのむらがあり、そのむらにおっかさんのおさとがあるので、それで「むこうの」といっているのでした。
 おかあさんはいままでその「むこうの」へかえるときは、かならず林太郎りんたろうをつれていきました。だのにきょうにかぎってそんなことをいいだしたものですから、林太郎りんたろう顔色かおいろはみるみるわりました。
「おれもいくよ、おれもいくよ。」
 林太郎りんたろうはおかあさんのにぶらさがってそういいました。
「きょうはつれていけないの。」
 おかあさんはそっぽをむいていいます。
「なんでよ、なんでよ?」
「おとっつあんにしかられるから。」
 そういうと、おかあさんはいきなり土間どまへおり、裏庭うらにわへでていきました。林太郎りんたろうはもう夢中むちゅうになり、はだしのままおっかさんのあとをおいかけました。そうして、ひきつったようなこえでなきさけびだしました。
 おかあさんもそれにはこまりました。おかあさんはかきのにつかまってかんがえていました。そして林太郎りんたろうになにかいいそうにしましたが、それもいわないで、ただ、
「そんならつれていこ。」
とだけいって、林太郎りんたろうをとりました。
 おかあさんのおさとむらまでは、おかづたいに入江いりえをぐるりとまわっていけば、二里にりあまりありましたが、ふねでまっすぐに入江いりえよこぎっていけば、十四じゅうよんちょうしかありません。それにみずうみきしにすむひとたちは、おんなでもどもでもふねをこぐことはじょうずですから、おかあさんもおさとへかえるときは、いつも自分じぶんふねをこいでいきました。ふねは、このへんで「さっぱせん」というちいさなふねで、田植たうえをするときなどなくてならないものですから、どこのいえでもひとつぐらいはっていたのです。
 おかあさんは、そのさっぱせんのまんなかはやし太郎たろうをのせると、たけざおをとってするするとおしだしました。そのはいかにも初夏しょからしいお天気てんきで、おかうえ新緑しんりょくはほんのりかすみ、そらみずもふっくらとふくらみ、かわずはねむそうにないて、なんともいえないいい気持きもちでした。
 しかしおかあさんはだまりこくって、さおをあやつっています。林太郎りんたろうはぼんやりとゆくてのむらほうていましたが、そのあたまなかではこんなことをかんがえていました。
「やっぱりおれのあたまがでっかちなので、なにかこまったことがったんだな。」

 まもなくおっかさんのおさとのおうちがえてきました。若葉わかばがふっくらとしげった木々きぎのあいだに、おおきなわら屋根やねえ、それから米倉こめぐらしろかべえてきました。そのしろかべあさをうけて、あたたかそうにひかっていました。
 おっかさんはそれがえてくると、いつもにこにこして元気げんきよくふねをおしだすのでしたが、きょうはそのほうようともしません。したをむいたまま、たいぎそうにさおをあやつっているばかりでした。
 林太郎りんたろうかなしくなりました。それで、ふなべりからをのばして、水面すいめんしろいているすいれんのはなをむしってはすて、むしってはすてて、きそうになるのをがまんしていました。
 やがてふねは、米倉こめぐらしたきしへつきました。みずぎわにあそんでいた、たくさんのあひるどもが、があがあなきながらおよぎにげました。
 おっかさんは林太郎りんたろうをとっておかがると、いまわたってきた入江いりえほう見返みかえってためいきをつきました。それから米倉こめぐらまえとおって母屋おもやにわへはいっていきました。
 母屋おもやえんには、おっかさんのおっかさん、つまり林太郎りんたろうにとってはおばあさんがめがねをかけて針仕事はりしごとをしていましたが、林太郎りんたろうたちの姿すがたると、めがねをはずしながら、
「おやおや、よくきた。林太郎りんたろうもよくきたな。」
と、よろこんで、にこにこしながらいいました。
「きょうはおまえのうちは仕事しごとやすみかい。林太郎りんたろう学校がっこうがおやすみかい?」
と、きました。
 けれどもそのは、林太郎りんたろうのうちでは仕事しごとやすみでもなかったし、林太郎りんたろう学校がっこうがおやすみでもなかったので、ふたりともなんともこたえませんでした。
 おっかさんは、ってきたふろしきづつみをえんうえへおくと、おばあさんのそばへこしをかけて、ひくいこえでなにかはなししだしました。はなしているうちにおっかさんのかおはだんだんうつむいてきました。おばあさんは、うんうんといいながらいていましたが、やがておばあさんのかおしたをむいてしまいました。
 林太郎りんたろうは、自分じぶんいてはわるいことをはなしているのだ、とおもいました。自分じぶんのあたまでっかちのことをはなしているのだな、ともおもいました。それで、おっかさんのそばをそろそろとはなれて、米倉こめぐらほうへとぼとぼとあるいてきました。
ろく
林太郎りんたろうや、とおくへいくんじゃないよ。」
と、おっかさんがうしろからこえをかけました。
「うん。」
林太郎りんたろうはふりむきもしないでこたえて、さっきおっかさんとのってきたふねがつないである水際みずぎわほうへおりていきました。そこにはさっきのあひるどもが、やっぱりがあがあなきながら、いかにもおもしろそうにおよぎまわっていました。林太郎りんたろうはそれをぼんやりながら、自分じぶんはとうとうひとりぼっちになってしまったような気持きもちになりました。
 すると、ほうで、おん、おん、おんというなにかのなきごえがしました。ふりむいてみると、ちいさなまっしろなむくいぬがいました。ひつじのようにむくむくした、ののびた前足まえあしまえへつっぱり、くりくりした茶色ちゃいろをきょとんとあけて、わん、わんというよりは、おん、おんというようなこえでほえたてています。
 いぬ大好だいすきな林太郎りんたろうは、いままでなきそうにしていたかおをきゅうにめいかるくいきいきとさして、そのにしゃがみながら片手かたてをさしだし、ちょっちょっとしたをならしてよびました。が、むくいぬはかえってあとしざりしながら、おん、おんとほえたてます。林太郎りんたろうはそれをつかまえてやろうとおもい、がっていきました。と、むくいぬはこんどはむこうをむいてばらんばらんとにげだしました。あんまりきゅうにかけだしたので、まえへのめってころんとひとつもんどりをうって、それからあわてておきがり、またかけだしました。
 子犬こいぬというものはみんなあたまでっかちなものですが、そのむくいぬはわけてもでっかちあたまえました。それできゅうにかけだしたりするとのめるのでしょう。林太郎りんたろうはおかしくなって、
「やあい、でっかちあたまあ……」
と、どなってやりました。しかしそれは、自分じぶんむらどもらからしょっちゅういわれていることでした。林太郎りんたろうはへんな気持きもちになりました。そしてそのむくいぬがとてもなつかしくなりました。自分じぶんのきょうだいぶんのようながしてきました。
 それから林太郎りんたろうは、なんとかしてそのむくいぬなずけようとかんがえました。くちをとんがらしてへたな口笛くちぶえをふいてみたり、なにかたべるものをくれるようにせかけたり、いっしょにあそぼうというようにみちばたのくさうえにねころんでせたりしました。むくいぬは、もうにげようとはしませんが、でっかちあたまをくるくるまわしたりして、おどけるようなまねをしながらも、なかなかそばへよってきませんでした。
「おまえのはなんちゅうんだい? なしのいぬころかい? しろいからしろだろう。そうだ、おれがをつけてやるよ。しろこうとつけてやるよ。……しろこうや、こっちへこいよ。おれのでしにしてやるよ。でしでいやなら、おとうとにしてやるよ。」
 しろこうはにこっとわらったように林太郎りんたろうにはえました。それから前足まえあしをちょいとあげて、ぼく、うれしいな、というようなようすもしました。が、それでも、そばへはよってきません。
 と、母屋おもやのおにわからおっかさんが、
林太郎りんたろうや、おひるだよお……」
とよびました。林太郎りんたろう残念ざんねんそうにそのをひきあげました。
なな
 林太郎りんたろうは、いろりのある台所だいどころで、おばあさんとおっかさんのあいだにすわって、おひるのごはんをたべていました。すると、さっきのしろこうが、いつのまにかそこの土間どまへきていて、みんながごはんをたべているのを、さもうらやましそうに、しっぽをふりながら見上みあげていました。林太郎りんたろうはびっくりしてよろこび、
「やあ、しろこうだ、しろこうだ。」
と、のびがっていいました。
「おやおや。」
と、おばあさんもしろこう見下みおろして、
林太郎りんたろうのうちのかい?」
「ううん、さっき、ひとりであそんでいたから、おれのおとうとにしてやったんだよ。」
「それじゃ、いぬかな?」
いぬであるもんか。しろこうというなまえがついてるんだもの。」
「あのいぬが、自分じぶんでそういったのかい?」
「……うん、そういった……」
 おばあさんは、
「ああ、そうかよ。」
と、それからこえをあげてわらって、
「それじゃ、なにかたべさしてやろうかな。」
「うん。おれ、くわしてやるよ。」
 やがて林太郎りんたろうは、おばあさんが、ねこのおわんへもってくれたしるかけめしをもって、土間どまへおりていきました。しろこうはよっぽどおなかがすいているとみえて、もうにげだすどころか、ちいさなしっぽをふりちぎりそうにうちふりながら、がつがつとくいつきました。
 それから林太郎りんたろうとしろこうはすっかりなかよしになりました。しろこうはまったくのおとうとになったように、林太郎りんたろうのいくところはどこへでもついてきました。林太郎りんたろうはもう、ひとりぼっちになってしまったような気持きもちを、きれいにわすれてしまいました。
 林太郎りんたろうはしろこうをつれて、おものまわりをかけまわりました。米倉こめぐらのまわりもかけまわりました。入江いりえのふちのみちもいったりきたりしました。ときどきだきあげてやると、しろこうはあんまりよろこびすぎて、おしっこをもらしたりします。くさうえへねころんでふざけると、しろこう夢中むちゅうになりすぎて、林太郎りんたろうあしあとがのこるほどかみつきます。そんなとき、
「しろこうのばか。をつけろよ。」
 そういってかるくあたまをぶってやると、しろこうをしょぼしょぼさせて、ごめんね、とでもいうように林太郎りんたろうこうをしゃりしゃりなめたりします。
 林太郎りんたろうはどうしていいかわからないほど、しろこうがかわいくなりました。
 そのうちに、晩春ばんしゅんのながいもくれかけました。けれど林太郎りんたろうは、それもらずにしろこうあそんでいると、おっかさんがそこへでてきて、
林太郎りんたろう、もううちへかえりなよ。」
と、いいました。
「おっかさんもいっしょにかえるんだろ?」
「おっかさんはきょうはかえれないよ。そのかわりともさんをつけてやるから、いいだろう。」
 ともさんというのは、おばあさんのうちの作男さくおとこでした。
ともさんでは、いやだ、いやだ。」
「そんなこといわないで、きょうだけおとなしくかえっておくれ。でないとおかっさんがこまるから。」
「………」
「それじゃ、そのしろこうもいっしょにつれていきな。林太郎りんたろうにはしろこうというおとうとができたんだもの、もうさびしかないだろう。」
「………」
 林太郎りんたろうはしろこうをだきながら、ゆびのつめをかんでいるばかりです。おっかさんはおおきなためいきをついて、
こまったなあ。」
と、また、うつむいてしまいました。
 林太郎りんたろうは、うわでおっかさんのようすをしげしげとていましたが、なにか決心けっしんしたように、
「そんじゃ、あしたきっと、おっかさんもかえってくる?」
「あした……」
と、おっかさんはちょっといいつまったが、
「そう、あした、かえるよ。」
と、ちいさなこえでいいました。
 林太郎りんたろうはそれがまたになりましたが、とうとう、
「じゃ、おれきょうかえるよ。」
と、こたえました。
はち
 林太郎りんたろうは、しろこうをつれ、作男さくおとこともさんにふねをおしてもらって自分じぶんのうちへかえりました。そしてそのよるは、しろこう寝床ねどこ土間どまのすみへわらでつくってやって、自分じぶんはおじいさんといっしょにねました。
 つぎのあさはいつもよりはやきだして、しろこうをつれていえうらおかうえへのぼり、入江いりえほうていました。が、おっかさんはかえってきませんでした。林太郎りんたろうにちがくれるまで、なんとなくそのおかへきてみましたが、やっぱりだめでした。
 そうしてつぎのも、またそのつぎのもおっかさんはかえってきません。林太郎りんたろうはおじいさんに、なぜおっかさんはかえらないのか、といちにちさんよんいてみましたが、おじいさんは
「そのうちに、かえるで、おとなしくしてるだよ。」
というばかりでした。
 よるになるとしろこうも、ひとりでねるのはさびしいというように、くんくんなきたてます。すると林太郎りんたろうもたまらなくさびしくなって、おじいさんのむねかおをおしつけて、しくしくなきました。おとっつあんはときどき、
林太郎りんたろうはこっちへきてねるんだぞ。」
と、いいましたが、林太郎りんたろうはそんなことはいつもきこえないふりをしていました。
 あるよる林太郎りんたろうは、おじいさんとねながら、とうとういいだしました。
「おじいさんよ。おれ、あたまでっかちだから、それでおとっつあんはおっかさんをおんしちまったんだろう?」
「ばか。おまえがあたまでっかちだって、おっかさんのつみではないんだよ。」
「そんじゃ、おれがわるいんだろう。……そんじゃ、おれ……んじまえばいいんだろう。」
「こら、なにをいうだ。」とおじいさんは林太郎りんたろうをまじまじと見守みまもっていましたが、「よしよし、おじいさんがおっかさんをつれてきてやるから、もう余計よけいなことをかんがえるでないぞ。」と林太郎りんたろうむねなかへだきこみました。
 つぎのにちおじいさんは、「さっぱせん」にのって、「むこうの」へでかけていきました。そして夕方ゆうがたくらくなってからやっぱりひとりでかえってきて、
「おっかさんはからだがすこわるいでな、なおったらすぐかえるといってたよ。」
と、いいました。
 だが、それから半月はんつきたってもひとつきたってもおっかさんのほうからはなんのおとさたもありませんでした。
きゅう
 そのうちに夏休なつやすみがきました。しろこうは、つれてきたときよりさんばいおおきくなり、よるはよくいえばんをし、昼間ひるま林太郎りんたろうのいうことをよくいて、いっしょにふざけながらあそんでもおしっこをもらしたり、あしをひどくかむようなことはしなくなりました。
 それに、しろこうはひじょうにりこうで、林太郎りんたろう夕方ゆうがたなどさびしそうにしていたりすると、ぴったりと林太郎りんたろうのそばにすりついて、はなれませんでした。それはまったく林太郎りんたろうのきょうだいのようでした。
 それで林太郎りんたろうもいつか、このしろこうといっしょなら、ひとりではできないこともできるようながしてきました。そして林太郎りんたろうは、ある、ひとりではできないことを、しろこうといっしょにりっぱにしてしまいました。それは、しろこうを、れいの「さっぱせん」にのせ、自分じぶんふねをこいで、とうとうおっかさんのおさとまで、入江いりえわたってしまったのです。
 おさとのおばあさんもそれにはびっくりして、
「まあ、林太郎りんたろうは、ほんとうにひとりでふねをこいできたのかい。」
と、なんべんもきました。
 林太郎りんたろうは、さすがにすこ顔色かおいろわっていましたが、元気げんきよく、
「おれ、ひとりじゃないよ。しろこうとふたりだよ。」とこたえて、「おっかさんをむかいにきたんだよ。おっかさんはどこにいるの?」と、きました。
 おばあさんは、これはこまったことになったぞ、というかおをしていましたが、
「おっかさんはな、まだからだがよくならないので、土浦つちうら病院びょういんへいってるのだよ。よくなって退院たいいんしたら、じき林太郎りんたろうのとこへかえしてやるから、きょうはがまんしてかえっておくれ。」
と、やさしくいいきかせました。
 林太郎りんたろうは、くちびるをくいしばっていていましたが、
「うん。」
と、ひとことこたえたきりでした。
 さてその林太郎りんたろうはしろこうをつれて、土浦つちうら病院びょういんまでおっかさんをたずねていこうと決心けっしんしました。土浦つちうらまではかすみうらのふちをぐるりとまわって、ちかくあります。おとなは自転車じてんしゃいちにち往復おうふくしましたが、やっと十一じゅういちさい林太郎りんたろうが、それもちいさなあしでぽつぽつあるいて、まだいちあるいたことのないみちをいこうというのですから、それはずいぶんの冒険ぼうけんでした。が、林太郎りんたろうはおっかさんにいたい一心いっしんから、もうあぶないこともこわいこともわすれてしまったのでした。
一〇いちれい
 林太郎りんたろうはしろこうをつれ、土浦つちうらへむかってあるきだしました。左手ひだりては、松林まつばやし雑木林ぞうきばやしがつづいています。そこには、ひぐらし、みんみん、あぶらぜみなどがにぎやかにないています。右手みぎて青々あおあおとしたたんぼで、かぜがわたるたびにあおなみがながれます。たんぼのむこうはかすみうらで、それは、いかにもなつみずうみらしくきらきらとひかっています。
 林太郎りんたろうは、まれてはじめてあるみちですが、そういう景色けしきをながめながらあるいていると、そんなにさびしいともかんじませんでした。それに、土浦つちうらへいきさえすれば、おっかさんにあえるとしんじてもいるので。
 ただ林太郎りんたろうにとってすここまったことは、しろこうをおともにつれてきたのに、しろこうはおともらしく神妙しんみょうにしてついてこないことでした。しろこうもはじめてあるみちなので、いつものように横道おうどうへそれたり、えなくなるほどさきほうはしっていったりはしませんが、みちばたにたっていつまでもくんくん、はなをならしていたり、電信柱でんしんばしらがあるごとに、その根元ねもとへおしっこをかけたり、ほかのいぬ姿すがたをみつけるととおくからにらめていたり、ちっともおちついていないのです。林太郎りんたろうは、
「しろこう、ばか。」
「しろこう、げんこつくわせるぞ。」
「しろこう、おとなしくあるかねえと、おっかさんのとこへつれてってやらねえぞ。」
 などと、しょっちゅうどなりつけながらあるいていました。
 そのうちに、きらきらひかっていたかすみうらがだんだんうすむらさきにけむってきました。おかうえでなきしきっていたせみのこえもいつしかしずまり、かなかなのこえだけ、ちいさなかねをたたくようにきこえて、あたりはゆうもやにつつまれてきました。がついてみると、あんなにさわぎまわっていたしろこうも、林太郎りんたろう足元あしもとにすりつくようにして、とぼとぼとあるいています。
 林太郎りんたろうはきゅうに心細こころぼそくなりました。
「もう、どのくらいあるいたろうな。土浦つちうらはまだかしら。」
 そうおもってゆくてをみると、しろみちゆうもやのなかへきえて、そのさきそらにはふたみっつ、ろいほしひかりだしているばかり。ときどきすれちがうひともなんだか気味きみわるく、うしろからだしぬけに自転車じてんしゃはしりぬけたりすると林太郎りんたろうはぎょっとしました。そこで林太郎りんたろうは、こんどはやさしいこえでしろこうはなしかけました。
「しろこう、くたびれたかい。」
「しろこう、おなかがすいたかい。」
「しろこう、おっかさんのとこへいったら、うんとうまいものをくわしてやるよ。」
一一いちいち
 そうして林太郎りんたろうとしろこうは、どのくらいのみちあるいたろうか。ふとげるとはるか右手みぎてのほうに、たくさんの電灯でんとうが、まるで野原のはらいちめんにさきみだれたはなのようにきれいにともっているのがえました。
「ああ、土浦つちうらだ、土浦つちうらだ!」
 林太郎りんたろうはとびがってよろこび、
「やいしろこう、おっかさんのいるまちがめえるじゃねえか。」
 けれどしろこうはやっぱりとぼとぼとあるいています。林太郎りんたろうはそのしろこう両手りょうてたかくさしあげて、
「それろよ。あれだよ。すてきだろう。」
 林太郎りんたろうはすっかりもとづき、はしるようにあるきだしました。
 だが、まちあかりはすぐそこにえていながらなかなかとおいのです。林太郎りんたろうちかづいていけばいくほど、まちのほうでとおくへにげていくようにもえます。それで林太郎りんたろうは、はあはあいいながら夢中むちゅうすすんでいきました。そしてやっとまち入口いりぐちへついたときは、あしぼうのようになり、あたまはぽうーっとなっていました。しろこうもすっかりまいったとみえ、しっぽをおなかのしたへまきこみ、ひょろひょろあるいています。
 このまちあかりとおくからながらくるときは、林太郎りんたろうにはこのまちがおとぎばなし竜宮りゅうぐうのようにうつくしいところにおもわれたのでした。が、きてみるとそれどころか、ちいさなみせがごちゃごちゃとならんで、いやなにおいがして、むしあつくて、どこにもうつくしいところがありません。それに、ひとをふきとばしそうなサイレンをならしている自動車じどうしゃ往来おうらいいっぱいになってがたがたはしってくる乗合のりあい自動車じどうしゃ、うるさくベルをならしながらとびまわる自転車じてんしゃなどで、うかうかとあるいてもいられません。林太郎りんたろうはしろこうといっしょに幾度いくどとなく往来おうらいのすみっこにたちまっては、
「まったく、やんなっちゃうなあ。」
と、ひとりごとをいいました。
 しかしそんなことをしていたら、いつまであるいていてもおっかさんにうことなどできません。林太郎りんたろうはある荒物屋あらものや店先みせさきち、学校がっこうでならったていねいな言葉ことばきました。
土浦つちうら病院びょういんはどこですか。」
土浦つちうら病院びょういん? それだけじゃ、わかんねえよ。」
 荒物屋あらものやのことばはらんぼうです。
土浦つちうら病院びょういんだよ。」
「このでっかちあたま、土浦つちうらには、病院びょういんがいくつもあるんだからな、その名前なまえいてこい。」
 林太郎りんたろうはおずおずとその店先みせさきをさりました。林太郎りんたろうは、このまちへきて「土浦つちうら病院びょういん」とさえいえばすぐわかり、それでまたおっかさんにもえるものとばかりおもってきたのです。林太郎りんたろうこまったなとおもいました。が、ひょっとしたらあの荒物屋あらものやはなんにもらないのかもしれないとおもいなおしました。で、またしばらくあるくと、ある乾物かんぶつまえへたって、
土浦つちうら病院びょういんはどこでしょうか。」
と、きました。
「へえ?」と、乾物かんぶつのおかみさんはわらいながら、「おまえさん、どこからきたの。」
「……」林太郎りんたろうはそれにはこたえず、「おれのおっかさんのいる病院びょういんだよ。」
「おや。いぬころとふたありで、おっかさんにいにきたのかね。だけど土浦つちうら病院びょういんだけじゃわからないよ。なんという病院びょういんだえ?」
と、おかみさんはやさしくいいます。
 そういわれると林太郎りんたろうはなんだかすこかなしくなり、きゅうにおろおろこえで、
土浦つちうら病院びょういんというんだよ。そんな病院びょういんないのけ?」
「なるほど、それじゃ、土浦つちうら病院びょういんのことだろう。それならね、これをまっすぐにいってつきあたったら、みぎへまがっていくと、左側ひだりがわにあるのがそうだよ。りっぱな西洋せいようかんだからすぐわかるよ。」
 林太郎りんたろうは、ああよかったとおもいました。それでそのおかみさんへぼうしをぬいでていねいにおじぎをして、おそわったとおりのみちあるいていきました。
 まちはだんだんとにぎやかになり、ならんでいるみせもりっぱになり、あるみせには、あかあお電灯でんとうが、つばきのはないとへさしたようにならべてあって、蓄音機ちくおんきおおきなこえうたをうたっています。林太郎りんたろうもそのまえではしばらくまって、
「やっぱり竜宮りゅうぐうみたいなところもあるなあ。」と感心かんしんしたりしました。
一二いちに
 病院びょういんはすぐわかりました。林太郎りんたろうはおそるおそるその玄関げんかんへはいって、まっしろまる天井てんじょうおおきな電灯でんとうがともっているもとち、
「こんちは、……こんちは……。」
と、いいました。すると受付うけつけとかいてあるところのまどがあいて、
「もうよるだからこんばんはというもんだよ。」というこえがして、しろふくをきたわかおんなかおをだし、「なあに、くすりをとりにきたの。」
「ううん、おれのおっかさんいるけ?」
「ほっほほ。おれのおっかさんて、おまえさんなんという?」
林太郎りんたろう……。」
「やな林太郎りんたろうじゃわかんないよ。なに林太郎りんたろうというの?」
川並かわなみ林太郎りんたろうというの。」
川並かわなみ……? おまえさんのおっかさんだね。」
「うん。」
「そんなおかた、うちには入院にゅういんしていないわ。」
「うそだあ。いるっていったよ。」
「だっていないんだもの。うそなんかいやしないよ。」
「……ほんとにいないの。」
 林太郎りんたろうはうらめしそうににらみました。
「おまえさん、病院びょういんをまちがえたんだろ。このまえひだりへいくと、むこうがわにもひとつ病院びょういんがあるから、そこへいってごらん。」
 林太郎りんたろうは、しおしおとそこをでて、おそわった、つぎの病院びょういんへいってみました。が、そこにもおっかさんはいませんでした。林太郎りんたろうはそこでもまたべつの病院びょういんおそわって、また、そこへいってみましたが、やっぱりおなじことでした。そこでは、
病院びょういんらずにあるいたってわかりっこないから、おうちへおかえり、でっかちあたまさん。」
と、いわれました。
 林太郎りんたろうはもうかおげられないほどかなしくなりました。それでただもうあしのむいたほうあるいていきました。まちあかりがちかちかひかってえます。なみだなかにいっぱいたまっているのでそうえるのですが、林太郎りんたろうはそんなことはがつきません。ただ町中まちなかがなんとなくおそろしくえてきて、はやくちかちかひかあかりのないところへたいとおもいながらあるいていました。
 そのうちやっとくらとおりへでました。それをどこまでもいくと、ひろはらっぱへでました。そこはかすみうらのふちで、いちめんなつそうがはえしげっています。なつそうには夜露よつゆがしっとりとおりています。林太郎りんたろうはそのくさをふみながら、またあてどもなくあるいていきました。
「しろこう、どこへいったらいいんだよ?」
 林太郎りんたろうは、いつか足元あしもとにすりついてあるいているしろこうへ、そうはなしかけていました。
「なあ、しろこう、おっかさんは、どこにいるんだよ?」
「なあ、しろこう、たのむからおまえがさがしてきてくれよ。」
「しろこう、おらなんだかとおくなってきたよ。」
「しろこうゆめみたいだなあ。」
 そういっていたかとおもうと、林太郎りんたろうくさうえにふらりとすわってしまいました。そこはみずうみきしで、すぐしたみずです。林太郎りんたろうはそこにすわったまましばらくはふらふらしていましたが、やがてずるずるとすべって、もうすこしでみずなかへすべりこむところを、そこにいっカ所かしょちょっとしたくぼみがあり、林太郎りんたろうのからだはそのなかへぐあいよくすぽりとはまりました。
 林太郎りんたろうはそこで、むしのようにまるくなってねむってしまったのです。かわいそうに林太郎りんたろうは、おっかさんのおさとてから、みずいってきまずにちかくのみちあるきつづけ、このまちへきてもなにひとつたべずに、あっちこっちの病院びょういんをたずねまわったので、もうからだもあたまもへとへとにつかれてこんなところにゆきだおれてしまったのです。
 しろこう林太郎りんたろうとおなじようにまずわずですから、もうすこしでへたばりそうになっていました。が、林太郎りんたろうがそんなにたおれてしまったのをみると、これは兄貴あにき一大事いちだいじとわかったらしく、しっかりとりょうみみをたてて、林太郎りんたろうのそばにきちんとすわっていました。主人しゅじんのためにはいのちをすてて主人しゅじん危険きけんすくいぬがよくありますが、しろこうもまたそういう忠実ちゅうじついぬにちがいありません。といってしろこうは、そこにゆきだおれてしまった林太郎りんたろうをどうしてすくうのでしょうか。
一三いちさん
 こちらは林太郎りんたろうのおとっつあんです。おとっつあんはそのがくれても林太郎りんたろう姿すがたえないので、これはてっきりおっかさんのおさとへいったにちがいないとおもい、さっぱせんにのっておさとへいってみました。と、林太郎りんたろうはおひるすぎにきはきたが、すぐいえへかえっていったとおばあさんのはなしです。
「それじゃ、どこへいったろう?」
「ひょっとしたら、おっかさんにいたい一心いっしんで、土浦つちうらまでいったかもしれないぞ。」
「でも、あんなどもがひとりでいけるだろうか。」
「いやいやいったかもしれぬ。そういえばきょうの林太郎りんたろうはいつもとちがって、くちびるをくいしばってなにか決心けっしんしたようなかおで、このうちをていったからな。」
「しろこうもいっしょだったか。」
「ああ、いっしょだった。」
「そんならやっぱりいったかもしれねえ。よし、じゃこれからむかいにいってくる。」
「ああすぐいっておくれ。それからひとつたのみがあるが。」
と、おばあさんはをしょぼしょぼさしていいます。
「どんなことでしょう?」
「ほかでもないが、林太郎りんたろうはじぶんのあたまがでっかちなので、そのためにおっかさんはおまえさんのいえからされたのだと、おもっているのだから、な。それをよくかんがえてやっとくれよ。」
「ああ、よくわかりました。すみません。」
 おとっつあんはそこで、そのいえ自転車じてんしゃり、それにのって、もうチェーンがきれるほどペタルをふんで土浦つちうらはしっていきました。で、わずかいち時間じかんばかりでまちへはいると、林太郎りんたろうのおかあさんが入院にゅういんしている病院びょういんへ、いきせききってはいっていきました。
 林太郎りんたろうさんのおっかさんは、もう病気びょうきもよくなり、すこしはそとへもでられるようになっていましたので、おとっつあんがたずねたというしらせをうけると、ひとりで玄関げんかんへでていきました。おとっつあんはまず、
林太郎りんたろうがきているかね。」
と、きました。
林太郎りんたろうが? きていませんが……」
「きていない。ああそれじゃまいになっているのだ。」
「どうしたのです?」
 おっかさんも顔色かおいろをかえました。おとっつあんはみじかに、じつはこれこれだと、林太郎りんたろうがいなくなったわけをはなしました。するとおっかさんはもう涙声なみだごえになり、
林太郎りんたろうはわたしのではないのに、わたしをほんとのおやのようにしたってくれるのです。あんないいをまいにしてしまってはたいへんです。わたしもいっしょにさがしますから。」
と、そとようとします。
「いや、おまえは病人びょうにんだからむりをしないでおくれ。わしがひとりでさがす。きっとさがしだしておまえのところへつれてくるから、をもまないでっていておくれ。」
 おとっつあんはそういいおいて、また自転車じてんしゃにとびのり、まちなかはしりだしました。
 それからおとっつあんは、無我夢中むがむちゅう町中まちなかはしりました。が、どこにもそれらしい姿すがたえないと、まちはずれを、ひがしへもみなみへも、きたへも西にしへもでてみました。だが、それでもあたりません。
 おとっつあんはもうがくるいそうになりました。それで、まっくらなはらっぱへたりすると、おおきなこえをだして、
林太郎りんたろうやあー……林太郎りんたろうやあー……。」
と、どなりました。
 そのうちによるはふけてきました。おとっつあんはもうこえもかれはてて、林太郎りんたろうをよぶこともできなくなりました。
一四いちよん
 そうして、あるまっくらなみちをよろよろとはしっているときでした。どこからかいっぴきのしろいぬはしりよってきたかとおもうと、おとっつあんのあしへかみつくようにしてほえたてるのです。るとそれはしろこうではありませんか。おとっつあんは自転車じてんしゃからびおり、
「ああ、しろこうだ、しろこうだ。林太郎りんたろうはどこにいるのだ?」
 と、しろこうをだいてさけびました。するとしろこうは、かなしいような、うれしいようなこえで、くうーんくうーんとなきながら、自分じぶんのからだをおとっつあんのむねへすりつけて、それからまっくらなみちはしりだしました。
「ああ、そっちか。ありがとう、しろこう。ありがとう、しろこう。」
 おとっつあんはいいながら、自転車じてんしゃでそのについていきました。
 しろこうは、そのようにして、林太郎りんたろうがゆきだおれているみずうみきしへ、おとっつあんをりっぱに案内あんないしたのです。おとっつあんは、たおれている林太郎りんたろうをだきあげると、
林太郎りんたろうやあ……林太郎りんたろうやあ……。」
 こえかぎりよびました。林太郎りんたろうはそのこえでやっとをあけました。そして、おとっつあんだとると、
「おれ、もうんじゃうんだよ。」
と、いいました。
「ばかなことをいうでねえ。」と、おとっつあんは林太郎りんたろうのからだをゆすぶり、「おとっつあんがむかいにきただ。もう、だいじょうぶだからしっかりするんだぞ。」
「おれ、おとっつあんなんぞいらない。おっかさんだ、おっかさんだ……」
「だから、おっかさんとこへつれていくだ。それで、あしたは、おっかさんと林太郎りんたろうとおとっつあんとさんにんで、うちへかえるだから、しっかりするんだぞ。」
「そんじゃ、おっかさんの病院びょういんわかったの?」
「ああわかったとも。おっかさんも林太郎りんたろうのくるのを一生いっしょうけんめいにってるだ。」
「そんじゃ、おとっつあん、もう、おっかさんをいじめねえかよ。」
「だれがいじめるもんか。林太郎りんたろうがしろこうをかわいがるようにかわいがってやるだ。」
「おれがあたまでっかちでも?」
林太郎りんたろうあたまも、もうはあでっかちじゃねえだ。それ、しろこうだって、いぬころのときでっかちあたまだったが、いまはそうじゃねえだろう。林太郎りんたろうもしろこうとおんなじよ。」
 おとっつあんは林太郎りんたろうくさうえたせ、そのまえへしゃがんで、
「さあ、おんぶしなよ。おっかさんとこへいくだ。」
ってよ、おとっつあん。」
「どうするだ。」
「おとっつあんはばかだなあ。しろこうわすれてるよ。」
「ああそうか。」と、おとっつあんはしろこうあたまをなでて、
「しろこう、ありがとうよ。われのおかげで林太郎りんたろうたすかったぞ。林太郎りんたろうのおっかさんもおとっつあんもたすかったぞ。」
 しろこうもうれしそうにしっぽをふっています。林太郎りんたろうは、しろこうまえへしゃがんで、
「それ、しろこう、おんぶしなよ。」
「なるほど、そうか、そうか。」
 おとっつあんはそこで、しろこうをだきげて林太郎りんたろう背中せなかへのせ、その林太郎りんたろうをおんぶして、そうして自転車じてんしゃへのり、ちょうど曲馬きょくばだん曲芸きょくげいのようなかっこうで、元気げんきよくおっかさんのところへはしりだしました。(あきら10・2〜4)

あほうとり
小川おがわ未明みめい

 若者わかものは、ちいさいときから、両親りょうしんのもとをはなれました。そしてしょしょながあるいていろいろな生活せいかつおくっていました。もはや、幾年いくとせ自分じぶんまれた故郷こきょうへはかえりませんでした。たとえ、それをおもして、なつかしいとおもっても、ただ生活せいかつのまにまに、そのそのおくらなければならなかったのであります。
 もう、十七じゅうななはちになりましたときに、かれは、ある南方なんぽう工場こうじょうはたらいていました。しかし、だれでもいつも健康けんこう気持きもちよく、らされるものではありません。この若者わかもの病気びょうきにかかりました。
 病気びょうきにかかって、いままでのように、よくはたらけなくなると、工場こうじょうでは、この若者わかものに、かねはらってやとっておくことをこころよくおもいませんでした。そしてとうとうあるのこと、若者わかものひまをやって工場こうじょうからしてしまったのです。
 べつに、たよるところのない若者わかものは、やはりみずから、つとめるくちさがさなければなりませんでした。
 かれは、それからというものは毎日まいにち、あてもなく、あちらのまちこちらのまちとさまよって、しょくもとめてあるいていました。
 そらいろのうすあかい、晩方ばんがたのことでありました。かれは、つかれたあしをひきずりながら、まちなかあるいてきますと、あちらにひとがたかっていました。
 何事なにごとがあるのだろう? とおもって、若者わかものはそのひとだかりのしているそばにいってみますと、きたならしい少年しょうねんをみんながとりかこんでいるのであります。
「さあ、あかとりんでみせろ。」と、ひとがいいますと、また、あちらから、
「さあ、しろとりんでみせろ!」とどなりました。
 きたならしいふうをした子供こどもだまってっていました。
「どんなとりでもんでみせるなんて、おまえは、うそをつくのだろう? なんで、そんなことがおまえにできてたまるものか!」と、人々ひとびと口々くちぐちにいって冷笑あざわらいました。
 するとかみびた、顔色かおいろくろい、ちくぼんだ子供こどもは、じろじろとみんなのかおまわしました。
わたしは、けっして、うそをつきません。やまにいて、いろいろほかの人間にんげんのできないことを修業しゅぎょうしました。ほんとうに、みなさんがあかとりんでほしいならば、どうか、わたしに、今夜こんやまるだけのかねをください。わたしは、すぐにんでみせましょう。」といいました。
 群衆ぐんしゅうなかには、さけったおとこがいました。
「ああ、んでみせろ! もし、おまえがんでみせたら、いくらでも、ほしいほどのかねをやるから。」といいました。
 子供こどもは、うなずいて、そらあおぎました。くもはちぎれちぎれにたからかにんでいました。そして、にちがまったくれてしまうのには、まだかんがあったのです。
 たちまち、するど口笛くちぶえのひびきが子供こどもくちびるからこりました。子供こどもは、ゆびげてそれをくちにあてると、いきのつづくかぎり、きならしたのであります。
 このとき、あかみがかった、西にしそらのかなたから、いってんくろちいさなかげくもをかすめてえました。やがて、そのくろてんは、だんだんおおきくなって、みんなのあたまうわそらんできたのです。そして、あちらのまち建物たてもの屋根やねまりました。
 それは、夕暮ゆうぐかた太陽たいようひかりらされて、いっそうあざやかにあか毛色けいろえる、あかとりでありました。
「さあ、このようにあかとりんでまいりました。」と、子供こどもはいいました。
「あんなとおくでは、あかとりだかなんだかわからない。もっとちかく、あのとりんでみせろ!」と、さけったおとこさけびました。
 子供こどもは、ふたたびたからかに、口笛くちぶえらしました。すると、あかとりは、すぐみんなのあたまうえ電信柱でんしんばしらにきてまりました。
「おい、あのとりつかまえてみせろ。」と、このとき、ていたひとがいいました。
わたしには、あのとりつかまえることもできますが、今日きょうはそんなことをいたしません。」と、子供こどもこたえました。
「なんで、おまえはつかまえてみせないのだ?」
わたしは、ただあかとりをここへんだばかりです。」
つかまえてみせなければ、かねをやらないぞ。」と、群衆ぐんしゅう口々くちぐちさけびました。
あかとりんでみせろというだけの約束やくそくであったのです」と、子供こどもこたえました。けれどみんなは、口々くちぐち勝手かってなことをわめいて、承知しょうちをしませんでした。
つかまえてみせなけりゃ、かねをやらない。」と、さけったおとこもいいました。
わたしは、おかねはいりません。そのかわり、今夜こんやこのまちへ、くろとりをたくさんんでみせましょう。」と、子供こどもはいいました。
 くろとりという言葉ことばは、なにか不吉ふきつなことのように、みんなのみみかれたのです。けれど、だれもこころから、ほんとうにしんずるものはありませんでした。なんでおまえにそんなことができるものか? このあかとりんできたのは、偶然ぐうぜんだったろうといわぬばかりのかおつきをして、このきたならしい子供こども姿すがた見守みまもっていました。
 そのとき、だれか、小石こいしひろって、電信柱でんしんばしらいただきまっているあかとりがけて、げました。あかとりおどろいて、くもをかすめて、ふたたび夕空ゆうぞら先刻せんこくきたほうへと、んでいってしまいました。
 子供こどもは、しょんぼりとそこをりました。このあわれなさま若者わかものは、群衆ぐんしゅうにくらしくおもいました。自分じぶんこまっていたのですけれど、まだわずかばかりのかねっていましたので、そのかねなかから幾分いくぶんかを、子供こどもめぐんでやりました。子供こどもは、たいそうよろこんでいくたびもれいをいいました。そして、わすれまいとするように、じっと若者わかものかお見上みあげていました。
 そのばんのことであります。そらはいい月夜つきよで、まちうえあかるく昼間ひるまのようにらしていました。どこからともなく、口笛くちぶえこえこりますとたちまちのあいだに、くろとりが、たくさんつきをかすめて、四方しほうからんできて、まち家々いえいえ屋根やねまりました。
 まちひとたちは、みんながいて、このくろとりをながめました。そして、こんなとりが、どこからんできたのだろうとあやしみました。
 しかし、今日きょうかたまちで、あのきたならしいふうをした、かみののびた子供こどもが、みんなからからかわれていたさまひとたちは、あの子供こどもがだまされたために、復讐ふくしゅうをしたのだろうということをりました。なんというとりか、だれも、このくろとりっているものがありませんでした。そのとりは、からすよりか、かたちちいさかったのであります。そのとりは、だまっていました。そのうちに、また、いちのこらずよるのうちに、どこへかんでいってしまいました。まちひとたちは、なにかわるいことがなければいいがと、おそれていました。
「あのきたならしいふうをした乞食こじきは、悪魔あくまだ。つけしだいにひどいめにあわせて、このまちなかからはらってしまえばいい。」と、ある人々ひとびとはいっていました。
 すうにちのこと、若者わかものは、やとわれくちさがしながらあるいていますと、先日せんじつきたならしいふうをした子供こどもが、職人しょくにんたいおとこにいじめられているのをました。
「おまえは、どこから、このまちへなどやってきたのだ。このごろはまちにろくなことがない。火事かじがあったり、方々かたがたでものをぬすまれたりする。なんでも、口笛くちぶえ子供こどもがあやしいといううわさだが、おまえは口笛くちぶえくか? はやく、どこかへいってしまえ。」と、おとこ子供こどもをにらみつけて、むねのあたりをいて、あちらへしやっていました。
 子供こどもは、だまって、うつむいていました。これを若者わかものはそばへやってきました。
「かわいそうなことをするものでありません。この子供こどもは、あなたにわるいことをしましたか? 口笛くちぶえくということが、どうしてわるいのですか?」と、若者わかものは、職人しょくにんたいおとこをなじりました。
 職人しょくにんたいおとこは、いて、
「このは、悪魔あくまです。この子供こどもまちにはいってからというもの、ろくなことがない。」といいました。
「そんな理由りゆうのあるはずがありません。わたしは、それをしんずることができません。」と、若者わかものはいいました。
 職人しょくにんたいおとこは、かえ言葉ことばがなく、あちらにいってしまいました。
 まもなく、ろくにんれの乱暴らんぼうしゃがやってきました。そして、いきなり、きたならしいふうをしたあわれな子供こどもをなぐりつけました。
「おまえだろう、口笛くちぶえいて、よるちゅうに、くろとりんだりするのは? をつけたのも、おまえにちがいない。また、方々かたがた泥棒どろぼうにはいったのも、おまえにちがいない。」と、かれらは口々くちぐちにののしりました。
 このとき、子供こどもは、なんといって弁解べんかいをしても、かれらはききいれませんでした。そして、つづけざまにに子供こどもをなぐりつけました。これを若者わかものは、あまりのことにおもって、
「なぐらなくてもいいでしょう。口笛くちぶえいて、とりんだことと、火事かじや、泥棒どろぼうとが、なんの関係かんけいがあるのですか? おおぜいで、こんな子供こどもをいじめるなんてまちがってはいませんか。」と、若者わかものは、かれらの乱暴らんぼうめようとしていいました。
 かれらは、これをくと、かえってますますおこりました。
「なにもおまえのったことじゃない。おまえは、このちいさいわるやつ仲間なかまなのか? 生意気なまいきやっこだからいっしょになぐってしまえ!」といって、かれらは、若者わかものや、あしや、かおや、あたまを、かまわずおもうぞんぶんになぐりつけました。
 若者わかものはなからは、ながれました。そして、子供こども若者わかもの二人ふたりは、これらの乱暴らんぼうしゃから、ひどいめにあわされました。かれらは、おもうぞんぶんに二人ふたりをなぐると、
「さあ、さっさとはやくこのまちから、どこへでもいってしまえ。まごまごしていると、またつけて、こんどはゆるしておかないから。」といいのこして、これらの乱暴らんぼうしゃってしまいました。
 子供こどもは、若者わかものたすけられましたので、どんなにか、ありがたくかんじたかしれません。若者わかものが、自分じぶんたすけるために、はなからしたことをると、ただすまなくおもって、いくたびもれいもうしました。
「そんなに、おれいをいわれるとこまります。わたしは、良心りょうしんが、不正ふせいゆるさないために、たたかいましたばかりです。」と、若者わかものこたえました。
 二人ふたりは、とぼとぼとはなしながら、まちはずれて、あちらにあるいていきました。
「これから、あなたは、どこへおゆきなさいますか。」と、子供こどもは、若者わかものにたずねました。
わたしはいままで、ある工場こうじょうはたらいていましたが、病気びょうきになったために、その工場こうじょうからされました。そしてがなく、毎日まいにちやとわれくちさがしているのです。」と、若者わかものこたえました。
 すると、子供こどもは、
わたしは、やまにいたとき、口笛くちぶえいて、いろいろなめずらしいとりを、つかまえることをおぼえました。そのめずらしいとりいちってあちらのにぎやかなみなとにいって、かねのあるひとたちにれば、こまらずにらしてゆくことができるのです。しかし、とりをほんとうにかわいがるひとすくないのです。とりがかわいそうでなりませんから、とりってることはいたしません。わたしは、ひとりでさびしいときには、いままで、いろいろなとりんで、そのこえをきくことをたのしみにしました。また、わたしは、これから西にしにゆきますと、ひろいりんごはたけがあって、そこでは人手ひとでのいることをっています。そのりんごはたけぬしを、わたしは、まんざららないことはありません、その主人しゅじんに、わたしは、あなたを紹介しょうかいしましょう。そして、わたしも、あなたといっしょにはたらいてもいいとおもいます。これから、二人ふたりは、そこへいってはたらこうじゃありませんか。」といいました。
 若者わかものは、これをきいて、たいそうよろこびました。そして、二人ふたりは、西にしほうにあるりんごはたけをさしてたびをいたしました。
 二人ふたりは、りんごじゅ手入ていれをしたり、栽培さいばいをしたりして、そこでしばらくいっしょにらすことになりました。二人ふたりのほかにも、いろいろなひとやとわれていました。若者わかものは、かねや、ぎんに、象眼ぞうがんをするじゅつや、また陶器とうきや、いろいろなばこに、樹木じゅもくや、人間にんげん姿すがたけるじゅつならいました。
 りんごはたけには、朝晩あさばんとりがやってきました。子供こどもは、よく口笛くちぶえいて、いろいろなとりあつめました。そして、とり性質せいしつについて若者わかものおしえましたから、若者わかものは、人間にんげんや、自然しぜん彫刻ちょうこくしたり、またえがいたりしましたが、とり姿すがたをいちばんよく技術ぎじゅつあらわすことができたのであります。
 しかし、二人ふたりは、幾年いくとせかのあとに、またわかれなければなりませんでした。子供こどもは、青年せいねんになりました。そして、若者わかものとしをとりましたから、二人ふたりは、もっとひろなかていって、おもった仕事しごとをしなければならなかったからです。
わたしは、きたならしいふうをして、まちなかをうろついていたときに、あなたにたすけられました。あなたは、自分じぶんわすれて、わたしすくってくださいました。」と、その時分じぶん子供こどもであった青年せいねんはいいました。
「ほんとうに、もうおもせば幾年いくとせまえのことであります。わたしは、病気びょうきをしてしょくうしなっているときに、あなたにあって、このりんごばたけへつれられてきました。そして、ここで幾年いくとせ月日つきひごしました。わたしは、ここにきたがためにいろいろの技術ぎじゅつおぼえることができました。これから、また方々かたがたわたって、もっといろいろのことをったり、たいとおもいます。」と、当時とうじ若者わかものは、もういいはたらざかりになっていて、こうこたえました。
「おたがいに、このなかから、うつくしい、よろこばしいことをりましょう。わたしは、あなたが、わたしのために乱暴らんぼうしゃからなぐられて、ながされたことを一生いっしょうわすれません。」
「いえ、いつかも、いいましたように、けっしてあなたのためではありません。たとえそのひとがあなたでなくても、だれであっても、よわいものを、ああして乱暴らんぼうしゃがいじめていましたら、わたしは、良心りょうしんから、いのちしてたたかったでしょう。」と、むかし若者わかものはいいました。
「みんなが、そのような、ただしいかんがえをっていましたら、どんなにこのなかがいいでしょう? わたしは、このはなしをみんなにらしたいとおもいます。わたしは、めずらしいとりをあなたにあげますから、いつまでもってやってください。そして、わたしわすれずにいてください。」と、むかし子供こどもはいいました。
 口笛くちぶえ上手じょうずかれは、やまほうへはいっていきました。そして、どこからか、いちめずらしいとりつかまえてきました。
「なんというとりですか。」と、年上としうえ若者わかものがきくと、
「どうか、あほうとりというをつけておいてください。このとりをあなたにさしあげます。」と、としわか子供こどもこたえた。
 二人ふたりは、ついにみなみきたわかれました。
 それから、幾十いくじゅうねん……たったことでしょう。あるまちかいりて、としとったおとこが、とり二人ふたりでさびしい生活せいかつをしていました。
 おとこあたまかみ半分はんぶんしろくなりました。とりとしをとってしまいました。おとこは、とりえがくことや、象眼ぞうがんをすることが上手じょうずでありました。終日しゅうじつかい一間ひとま仕事しごとをしていました。その仕事場しごとばだいまえに、いちつばさながとりがじっとしてっています。ちょうど、それは鋳物いものつくられたとりか、また、剥製はくせいのようにられたのでありました。
 おとこは、よるおそくまで、障子しょうじはなして、ランプのした仕事しごとをすることもありました。なつになると、いつも障子しょうじけてありましたから、そとあるひとは、このへや一部いちぶ見上みあげることもできました。
 ちょうどとなりいえかいには、中学校ちゅうがっこうへ、おしえに博物はくぶつ教師きょうしりていました。博物はくぶつ教師きょうしは、よく円形えんけい眼鏡めがねをかけて、かおしてこちらをのぞくのであります。
 博物はくぶつ教師きょうしは、あごにひげをはやしている、きわめて気軽きがるひとでありましたが、いつも剥製はくせいとりを、なんだろう? ついぞたことのないとりだが、とおもっていました。おとこが、むずかしいかおをして仕事しごとをしているので、ついくちさずにいましたが、あるのこと、教師きょうしは、
「あれは、なんというとり剥製はくせいですか?」と、唐突とうとつにききました。
 したいて仕事しごとをしていたおとこは、となり屋根やねから、こちらをいて、みょうなおとこかおしてものをいったので、むずかしいかおげてみましたが、きゅう笑顔えがおになって、
「やあ、おとなり先生せんせいですか。さあ、どうぞ、そこからおはいりください。」と、おとこはいいました。
 おとこは、そのひとが、学校がっこう先生せんせいであるのを、まえからものこそいわなかったけれど、っていたのです。
「なんというとりですか? めずらしいとりですな。」と、先生せんせいは、はいろうともせずにたずねたのであります。
「あほうとりといいます。」と、おとここたえました。
「あほうとり?」といって、先生せんせいは、いたことのないなので、びっくりしたようにまるくしました。
「なんにしてもいい剥製はくせいですな。」と、先生せんせいは、ためいきをもらしました。
「いや、剥製はくせいではありません。きているのです。もうとしをとったので、いつもこうしてねむっています。」と、おとここたえました。
 先生せんせいは、不思議ふしぎなことが、あればあるものだと、ふたたび、びっくりしました。この先生せんせいもどちらかといえば、あまりひと交際こうさいをしない変人へんじんでありましたが、こんなことから、となりおとこはなしをするようになりました。
 あるあさ、あほうとりきました。おとこは、なにかあるな? とむねおもいました。
 はたして、となり先生せんせいがやってきました。そして、大事だいじあつかうから、ちょっとあほうとり学校がっこうしてくれないかとたのみました。おとこは、あほうとりをひとり手放てばなすのを気遣きづかって、自分じぶん学校がっこうまで先生せんせいといっしょについていきました。
 こんなことから、おとこは、多数たすう生徒せいとらにかって、むかしみなみのあるまちあるいているときに、子供こどもたすけたこと、それから、その子供こどもといっしょにはたらいたこと、子供こどもは、どんなとりでも自分じぶんともだちにすることができたこと、このとりは、その青年せいねんわかれるときにくれて、いままでなが月日つきひあいだを、このとり自分じぶんは、いっしょに生活せいかつをしてきたことなどを、物語ものがたったのであります。
 それから、正直しょうじきな「とり老人ろうじん」として、このまち付近ふきんには評判ひょうばんされました。このひとの、とり象眼ぞうがんは、きゅうに、名人めいじん技術ぎじゅつだとうわさされるにいたりました。
 くらい、よるのことであります。このとしとったおとこは、ランプのした仕事しごとをしていますと、きゅうにじっとしていたあほうとりばたきをして、奇妙きみょうこえをたてて、しつなかをかけまわりました。いままでこんなことはなかったのです。
「おまえは、でもくるったのではないか!」と、おとこは、とりかっていいました。けれど、とりは、なかなかおちつくようすはありませんでした。
先生せんせいに、きてみてもらおう。」と、おとこは、もうこのごろでは、したしくなった、となり先生せんせいんだのでありました。
とりは、ものにかんじやすいというから、今夜こんやわったことがあるのかもしれない。あるいは地震じしんでもな……をつけましょう。」と、先生せんせいは、しきりにさわとりながらいいました。
 はたして、そのよる、このまち大火たいかこりました。そして、ほとんど、まち大半たいはん全滅ぜんめつして、また負傷ふしょうしたひとがたくさんありました。
 このさわぎに、あほうとり行方ゆくえが、わからなくなりました。おとこはどんなにか、そのことをかなしんだでしょう。かれは、あとって、終日しゅうじつ、あほうとりかえってくるのをっていました。しかし、とうとう、とりかえってきませんでした。けむりかれて、んだものか、みなみ故郷こきょうに、げていったものか、いずれかでなければなりません。
わたしは、べつに、このまちにいなければならないではないのです。もう一度いちどとりのすんでいたくににいってみようとおもいます。」と、おとこは、先生せんせいにいいました。
「そうですか、そんなら、わたしも、あなたといっしょにいって、その口笛くちぶえ名人めいじんについて、めずらしいとり研究けんきゅうをいたします。」と、先生せんせいがいいました。
 こうして、おとこ先生せんせいは、たびかけました。とおくのそらに、しろくもただよっていました。さんにんった、どんなはなしを、たがいにむつまじくかたうでありましょう。

あるおとこうしはなし
小川おがわ未明みめい

 あるおとこが、うしおも荷物にもつかせてまちかけたのであります。
「きょうのは、ちとうし無理むりかもしれないが、まあけるか、かせてみよう。」と、おとこは、こころなかおもったのでした。
 うしうまは、いくらつらいことがあっても、それをくちしてうったえることはできませんでした。そして、だまって人間にんげんからされるままにならなければなりませんでした。
 うしは、そのおもいとおもいました。けれど、いっしょうけんめいにちからして、おもくるまいたのです。
 街道かいどうをきしり、きしり、うしは、くるまいてまちほうへとゆきました。あせは、たらたらとうしからだからながれたのでした。松並まつなみには、せみが、のんきそうにうたをうたっていました。せみには、いまどんなくるしみをうしあじわっているかということをりませんでした。野原のはらうええ、そよそよといてくるすずしいかぜに、こずえにまっていているせみは眠気ねむけもよおすとみえて、そのこえたかくなったり、ひくくなったりしていました。
 うしは、こころのうちで、せめてこのなかまれてくるなら、なぜ自分じぶんは、せみにまれてこなかったろうとうらやみながら、いっ一歩いっぽまずにくるまいたのであります。
 おとこは、手綱たづなさきで、ピシリピシリとうしのしりをたたきましたが、うしは、ちからをいっぱいしていますので、もうそのうえはやあしはこぶことはできませんでした。さすがに、おとこも、こころのうちでは、無理むりをさせているとおもったので、そのうえひどいことはできなかったばかりでなく、またそのかいがなかったからです。
 それに、真夏まなつのことであって、いつうしみちうえたおれまいものでもないとおもったから、よけいに心配しんぱいもしたのでした。
 街道かいどうなかほどに茶屋ちゃやがあって、そこでは、いつも、うまそうなあんころもちをつくって、みせならべておきました。おとこは、酒呑さけのみで、あんころもちはほしくなかったが、うしが、たいそうそれをきだということをいていましたから、やがて、そのいえまえへさしかかると、
「どうか、この荷物にもつ無事ぶじ先方せんぽうとどけてくれ。そうすればかえりにあんころもちをってやるぞ。」と、おとこは、うしにいったのであります。
 その言葉ことばうしにわかったものか、うしおもそうなあしどりをせいいっぱいにはやめました。そして、その午後ごごまち目的もくてきくことができたのであります。
 おとこは、そこで賃金ちんぎんを、いつもよりはよけいにもらいました。こころのうちでほくほくよろこびながら、うしにもみずをやり、自分じぶんやすんでから、かえりにいたのでした。
うしもたいそうだし、自分じぶんほねだが、おおんでめないことはないものだ。すこしこうして勉強べんきょうをすれば、こんなによけいにおかねがもらえるじゃないか……。」と、手綱たづないてあるきながらかんがえました。
 まちてから、田舎道いなかみちにさしかかったところに居酒屋いざかやがありました。そこまでくると、おとこは、うしまえやなぎにつないで、みせなかへはいりました。かれは、いのさかなでいっぱいやったのでありました。そして、いい機嫌きげんになって、そこからたのであります。
 そのあいだうしは、居眠いねむりをして、じっとっていました。うしつかれていたのです。あか々として、太陽たいようは、西にしそらかたむきかけて、くもがもくりもくりと野原のはらうわそらにわいていました。
 おとこは、うしいて、やがてあんころもちをっているみせまえへかかりますと、その時分じぶんから、ゴロゴロとかみなりりはじめました。
「あ、夕立ゆうだちがきそうになった。ぐずぐずしているとぬれてしまうから、今日きょう我慢がまんをしてくれな。明日あしたは、きっとあんころもちをってやるから。」と、おとこうしにいいました。
 うしは、だまって、したいてあるいていました。おとこは、けっしてうそをいうつもりはなかったのでしょう。すくなくもあわれなうしにはそうしんじられたのでした。
 くるおとこは、昨日きのうおなじほどのおもかせたのです。うしは、あせしたたらしてくるまきました。そのうち、あんころもちをみせまえへさしかかると、おとこは、ちょっとみせほう横目よこめて、
今日きょうは、かえりにあんころもちをってやるぞ。だから、はやあるけよ。」といいました。
 昨日きのうおな時分じぶんに、まちきました。そして、おとこは、昨日きのうおなじように、よけいにかねをもらいました。おとこは、ほくほくよろこんだのであります。このおとこは、よけいにかねつと、なんで忍耐にんたいして、居酒屋いざかやまえ素通すどおりすることができましょう。やはり我慢がまんがされずに、みせへはいって、たらふくみました。そのあいだうしそとにじっとしてっていました。
 おとこは、いい機嫌きげんみせからると、うしいてゆきました。
 やがて、あんころもちをみせまえへさしかかりました。
「なに、畜生ちくしょうのことだ。人間にんげんのいったことなどがわかるものか……。」と、おとこは、ずうずうしくもらぬかおをして、うしいて、そのまえとおぎてしまいました。そのとき、うしは、
「モウ、モウー。」と、なきました。
「さ、はやあるけ!」と、おとこは、しかりつけて、ピシリとうしのしりを手綱たづなちからまかせにたたきました。すると、いままで、おとなしかったうしは、きゅうに、たけりたって、おとこかくさきにかけたかとおもうと、ろくかんもかなたのなかへ、まりをばすようにんでしまったのです。
 かれは、かお泥田どろたなかにうずめてもがきました。そのまに、うしは、ひとりでのこのことあるいていえかえってゆきました。
 おとこは、ようやくなかからはいがると、どろまみれになってむらかえりましたが、あうひとたちがみんなあやしんで、どうしたかときましたけれど、さすがに、うしにうそをいって、復讐ふくしゅうされたとはいえず苦笑にがわらいしていました。
 かれは、いえかえってから、だまっているうしが、なんでもよくわかっていることをさとって、こころから自分じぶんわるかったことをうししゃしたといいます。

ある午後ごご
小川おがわ未明みめい


しんしていえまえ二軒にけんつづきの長屋ながやがあった。最初さいしょわたしにはただこんな長屋ながやがあるというくらいにしかおもわれなかった。
ある新聞しんぶんしゃにいる知人ちじんから毎日まいにち寄贈きぞうしてくれる新聞しんぶんがこのしててから二三日にさんにちとどかなかったので、わたしはきっと配達はいたつにんこのいえ分らわかないためであろうとおもった。しかしわたしには代価だいかおくってもらっているということが、わざわざハガキを本社ほんしゃ出し転居てんきょほうずるのを差し控さ ひかえさせた。なんとなればそうするのがあまり厚顔あつがましいようにかんじられたからであった。たゞわたしはどうかしてこのことだけを配達はいたつらせたいとおもった。
新聞しんぶん午前ごぜん四時よじごろになると配達はいたつされるのでつね家内かないのものがねむっているうちに隙間すきまかられてくのがれいであった。わたしはもしこの時分じぶんきていえそとみちうえっていたなら、偶然ぐうぜんにこの新聞しんぶん配達はいたつ通り過とお すぎるのをないとはかぎらないとおもったので、あるあさわたしはやきていえそとた。
まだうすぐらかった、あかつきかぜは、灰色はいいろくもやぶって、ひがしほうからよるはほのりけかゝっていた。まだみちうえひととおったはいもしなかった。天地てんちかぜくより、寂々せきせきとしておとがなかった。たか木立こだちいただきにあかつきかぜは、自然しぜんねむりをます先駆せんくさけびのようにかれた。わたし世間せけんおおくの人々ひとびとが、このよるからあかつきになろうとしている瞬間しゅんかん自然しぜん景色けしきを、自分じぶんごとくこうしてそとってしたしくものいくにんあろうと考えかんがた。……わたしあたらしいざい見出みいだすことが出来できるようにおぼえて観察かんさつおこたるまいとおもった。
このときはじめてこのニ軒にけん長屋ながや一軒いっけんが、けてあるのをおどろいた。もうこのいえとっくきているとおもわれたからだ。わたしときからこのいえにはどういう人々ひとびとんでいるだろうかとおもった。わたしただちに生活せいかつ奮闘ふんとうしている人々ひとびとだとかんがえた。なんとなればこんなにあさ早くからはや起きているのをると、おおくの人々ひとびとがまだ安眠あんみんしている時分じぶんにも、生活せいかつため働いはたらいているのであろうとかんじたからであった。
わたし新聞しんぶん問題もんだいよりも、此の方こ ほうおおくの注意ちゅういいた。してのちいえ注目ちゅうもくしたが、だこのいえあるじらしいおとこたことがなかった。時々ときどきいえまえにななつやっつの青白あおじろかおおんなが、のみおぶってっているのをた。つまがそのおんなながら、
んだひとかおだってあんなにあおくはない。』とったことがある。
なんでもかおきは、極端きょくたん腎臓じんぞうびょうかかっているような徴候ちょうこうらしくあった。それだのにこうして医者いしゃにも見せずにしかも幼児おさなごおもりをさしてくのは畢竟ひっきょうまずしいがためではなかろうか。ひと境遇きょうぐうによって自然しぜん奮闘ふんとうするちから強弱きょうじゃくがある。このちご果してはたせい保ちたも得ようか?あるしず午後ごごである。このいえから老女ろうじょこえ若いわかおんなこえとがきこえた。老女ろうじょこえひくかった。わかおんなこえげきしていた。
はやこの死んでしまえばいゝのだ。』と若いわかおんなこえ言った。つづいて子供こども泣くこえがした。ある正午ひるごろおとこ大きなおおこえはなしをしていた。おとこ帰るかえときに、
護国寺ごこくじほう出るには、どう行きます……』と言っおんなみち聞いていた。
『そんなら、しなてから……よろしければ……』とおんな言った。すべてのことがわたしには見当けんとうがつかなかった。
れからすうじつのちであった。わたし散歩さんぽからいえ帰っかえ来る長屋ながやまえ荷車にぐるまがあった。それにいろいろのしょ道具どうぐ載せられていた。小さなちい箪笥たんすもあった。しかしすべて一だい足りたのである。軒下のきしたにはやつれたおんなのみ負っ悄然しょうぜん立っくるまについて行くところであった。其のから、其のいえしまって貸家かしやとなった。何処どこ行ったか知らない。
『あののみは、だれだろうか?』とわたし考えかんがた。

ある()先生(せんせい)子供(こども)
小川(おがわ)未明(みめい)

 それは、(さむ)()でありました。(ゆび)のさきも、(はな)(あたま)も、(あか)くなるような(さむ)()でありました。吉雄(よしお)は、いつものように、(あさ)(はや)くから()きました。
「お(かあ)さん、(さむ)()ですね。」と、ごあいさつをして(ふる)えていました。
火鉢(ひばち)に、()がとってあるから、おあたんなさい。」と、お(かあ)さんは、もう、(あさ)のご(はん)支度(したく)をしながらいわれました。
 吉雄(よしお)は、火鉢(ひばち)(まえ)にいって、すわって()(あたた)めました。(いえ)(そと)には、(かぜ)()いていました。そして(ゆき)(うえ)(こお)っていました。
「いま、(あつ)いお(しる)でご(はん)()べると、(からだ)があたたかくなりますよ。」と、お(かあ)さんは、いわれました。
 そのうちに、ご(はん)になって、吉雄(よしお)は、お(ぜん)()かい、あたたかなご(はん)とお(しる)で、朝飯(あさめし)()べたのであります。
番茶(ばんちゃ)がよく()たから、(あつ)いお(ちゃ)()んでいらっしゃい。(からだ)が、あたたかになるから。」と、お(かあ)さんは、吉雄(よしお)の、ご(はん)()わるころにいわれました。
 吉雄(よしお)は、お(かあ)さんのいわれたように、いたしました。すると、ちょうど、汽車(きしゃ)()(かん)(しゃ)石炭(せきたん)をいれたように、(からだ)じゅうがあたたまって、(きゅう)元気(げんき)()てきたのであります。
 吉雄(よしお)は、学校(がっこう)へゆく(まえ)には、かならず、かわいがって()っておいたやまがらに、(えさ)をやり、(みず)をやることを(おこた)りませんでした。
 (よる)(なか)は、(さむ)いので、毎晩(まいばん)、やまがらのかごには、(うえ)からふろしきをかけてやりました。そして、学校(がっこう)へゆく時分(じぶん)に、そのふろしきを()ってやったのです。
 その()も、吉雄(よしお)は、いつものごとくふろしきを()けて、かごを()してやりました。そして、(えさ)をやり、(みず)()えてやってから、(とり)かごを、戸口(とぐち)(はしら)にかけてやりました。
 太陽(たいよう)が、いちばん(はや)く、ここにかけてある(とり)かごにさしたからであります。けれども、あまり(さむ)いので、(とり)は、すくんで、(からだ)をふくらましていました。やがて、太陽(たいよう)が、かごの(うえ)をさす時分(じぶん)には、元気(げんき)()して、あちらに()まり、こちらに()まって、そして、もんどり()ってよくさえずるでありましょうが、いまは、そんなようすも()られませんでした。
 しかし、(とり)がそうする時分(じぶん)は、吉雄(よしお)は、学校(がっこう)へいってしまって、教室(きょうしつ)にはいって、先生(せんせい)から、お修身(しゅうしん)や、算術(さんじゅつ)(おそ)わっているころなのでありました。
 どこか、(とお)いところで、(たこ)のうなる(おと)()こえていました。そして、(かぜ)が、すさまじく、すぎの()(いただき)()いています。その(かぜ)は、また、かごの(なか)のやまがらの(あたま)(ほそ)(ちい)さな()をも(なみ)()てました。すると、やまがらは、ますますまりのように、(からだ)をふくらませたのであります。
 吉雄(よしお)は、こうしている(あいだ)に、(えさ)ちょくの(みず)(こお)ってしまったのを()ました。(かれ)は、また(あたら)しい(みず)()えてやりました。(こお)ってしまっては、やまがらが、(みず)()むのに、(こま)るだろうと(おも)ったからです。
 このとき、ふと、吉雄(よしお)は、さっきお(かあ)さんがおいいなされたことから、
「やまがらにも、あたたかなお()をいれてやったら、(からだ)があたたまって、元気(げんき)()るだろう。」と、(おも)いつきました。そこで、(かれ)は、こんど(えさ)ちょくの(なか)に、お()をいれてきてやりました。
「さあ、お()をのむと、(からだ)があたたかになるよ。」と、吉雄(よしお)は、やまがらに()かっていいました。
 やまがらは、くびをかしげて、不思議(ふしぎ)そうに、(えさ)ちょくから()ちのぼる湯気(ゆげ)をながめていました。そして、吉雄(よしお)が、そこに()ている(あいだ)は、まだお()をば()みませんでした。
 吉雄(よしお)は、学校(がっこう)へゆくのが、おくれてはならないと(おも)って、やがて、かばんを(かた)にかけ、弁当(べんとう)()げて()かけました。
 吉雄(よしお)は、学校(がっこう)へいってから、(とも)だちといろいろ(はな)したときに、自分(じぶん)今日(きょう)くる(まえ)に、やまがらにお()をやってきたということを(はな)しました。
 すると、その(とも)だちは、たまげた(かお)つきをして、
(きみ)、やまがらはお()など、()ませると、()んでしまうぞ。」といいました。
「だって、(さむ)いじゃないか。お()()むと、(からだ)があたたまっていいのだよ。」と、吉雄(よしお)はいいました。
「お()なんかやれば()んでしまう。(きみ)金魚(きんぎょ)だって、お()(なか)へいれれば()んでしまうだろう?」と、相手(あいて)少年(しょうねん)は、いいました。
 吉雄(よしお)は、なるほどと(おも)いました。いくら(さむ)くたって、金魚(きんぎょ)をお()(なか)にいれることはできない。そのかわり、たとえ(みず)がこおっても、金魚(きんぎょ)は、()きていることを、(おも)ったのであります。
 吉雄(よしお)は、たいへんなことをしたと(おも)いました。大事(だいじ)にして、かわいがっていたやまがらを、自分(じぶん)(かんが)(ちが)いから、(ころ)してしまっては()りかえしがつかないと(おも)いました。けれど、どうしてもやまがらにお()をやったことを、まだ、まったく、(わる)いことをしたとは(おも)われませんでした。なんとなく、金魚(きんぎょ)場合(ばあい)とは、(ちが)ったような()もして、(うたが)われましたので、先生(せんせい)()いてみることにいたしました。
 吉雄(よしお)は、(いち)年生(ねんせい)で、もうじき()(ねん)になるのでした。(かれ)は、先生(せんせい)のいなさるところへゆきました。
先生(せんせい)、やまがらにお()をやっても、()にませんでしょうか!」といって、吉雄(よしお)先生(せんせい)()きました。
小鳥(ことり)に、お()なんかやるものはない。」と、()()ちの先生(せんせい)はいわれました。
 すると、このとき、()()ちの先生(せんせい)(となり)に、(こし)をかけていた、やさしそうな、やはり(おとこ)先生(せんせい)がありました。
 吉雄(よしお)は、その先生(せんせい)をなんという先生(せんせい)だか()りませんでした。
 やさしそうな先生(せんせい)吉雄(よしお)(かお)()て、(わら)っていられました。そして、
「やまがらにお()をやったんですか? どうしてお()をやったのです。」と()かれました。
「あまり、(さむ)いものですから、お()()んで(からだ)があたたかになるように、やったのです。」と、吉雄(よしお)はきまり(わる)げに(こた)えました。
「おもしろい。」といって、やさしそうな先生(せんせい)は、()()ちの先生(せんせい)(かお)()わして(わら)われました。吉雄(よしお)には、どうしておもしろいのか、その意味(いみ)がわかりませんでした。
小鳥(ことり)は、人間(にんげん)とちがって、お()()んだからって、(からだ)があたたまるものではない。」と、()()ちの先生(せんせい)はいわれました。
 吉雄(よしお)は、どうして、人間(にんげん)小鳥(ことり)とは、そう(ちが)うのだろう。やはりその意味(いみ)がわかりませんでした。
 このとき、やさしそうな先生(せんせい)は、吉雄(よしお)(ほう)()いて、
小鳥(ことり)は、(やま)(なか)や、(たに)や、(はやし)(あいだ)にすんでいるのです。そして、どんな(さむ)いときでも、(そと)(ねむ)っています。()まれたときから、お()()むように(そだ)てられてはいません。ですから、(さむ)いことも、(みず)()むことも平気(へいき)です。(さむ)(くに)()まれた小鳥(ことり)は、もう子供(こども)時分(じぶん)から、(さむ)さに()れています。あなたの心配(しんぱい)なさるように、(さむ)さに(おどろ)きはしません。」といわれました。
 吉雄(よしお)は、なるほどと(こころ)に、うなずきました。
 また、先生(せんせい)は、
(とり)や、(けだもの)は、()でものを()いたり、(みず)()かしたりすることは、()っていません。()でものを()たり、(みず)()かしたりするものは、人間(にんげん)ばかりでありますよ。」といわれました。
 吉雄(よしお)は、なにもかもよくわかったような()がしました。そして、先生(せんせい)たちのいなさる(しつ)から()ました。けれど、やはり(あたま)(なか)に、心配(しんぱい)がありました。
「やまがらが、いま時分(じぶん)()()んで、(した)()いてしまわないか。」と、(かれ)(おも)いました。
 もし、(した)()いてしまったら、きっといまごろは、やまがらは、(くる)しんで、()んでしまったかもしれない。こう(おも)うと、(かれ)は、()()でなかったのであります。
 吉雄(よしお)不安(ふあん)のうちに、修身(しゅうしん)時間(じかん)を、(いち)時間(じかん)()ごしました。そして、(やす)時間(じかん)になったときに、(かれ)は、いつも、はっきりと先生(せんせい)に、()われたことを(こた)える、小田(おだ)()かって、
「やまがらに、(ぼく)は、お()をやったんだよ。」と、吉雄(よしお)はいいました。
「お()をやったのかい。」と、小田(おだ)は、()(まる)くして()いました。
「やまがらが、お()()んだら、(した)()くだろうかね。」と、吉雄(よしお)は、小田(おだ)にたずねました。
「お()()めば、(した)()くさ。」
()ぬだろうね?」
「ああ、()ぬかもしれないよ。」
 吉雄(よしお)は、もう、じっとしていることができませんでした。さっそく、教室(きょうしつ)へはいって、荷物(にもつ)()って(かえ)支度(じたく)をしました。
(きみ)(いえ)(かえ)るの?」と、小田(おだ)が、そばにきてたずねました。
「ああ、(ぼく)(いえ)(かえ)って、やまがらにお()をやったのを、(みず)()えてくるよ。しかし、もう()んでしまったら、たいへんだね。」と、吉雄(よしお)は、いいました。
 すると、りこうそうな、()のぱっちりした小田(おだ)は、吉雄(よしお)(なぐさ)めるように、
(きみ)、もう()んでしまったらしかたがない。そして、いま時分(じぶん)は、お()は、こんなに(さむ)いんだもの、(みず)になっているよ。(かえ)ってもしかたがないだろう。」といいました。
 吉雄(よしお)は、なるほどと(おも)いました。そして、(かえ)るのをやめました。
 この(はなし)を、だれか()()ちの先生(せんせい)に、したものがあります。すると、先生(せんせい)は、みんなの(まえ)で、
小田(おだ)のいうことはよくわかる。(あたま)がいいからだ。そして、いつまでもお()が、あついと(おも)ったり、やまがらに、お()をやるようなものは、(あたま)がよくないからだ。」といわれました。
 このとき、吉雄(よしお)は、(かお)()()にして、どんなにか()ずかしい(おも)いをしなければなりませんでした。
 しかし、()()ちの先生(せんせい)のいったことは、かならずしも(ただ)しくなかったことは、ずっと(あと)になってから、吉雄(よしお)有名(ゆうめい)なすぐれた学者(がくしゃ)になったのでわかりました。

あるよるほしたちのはなし
小川おがわ未明みめい

 それは、さむい、さむふゆよるのことでありました。そらは、青々あおあおとして、がれたかがみのようにんでいました。一片いっぺんくもすらなく、かぜも、さむさのためにいたんで、すすりきするようなほそこえをたてていている、あきのことでありました。
 はるか、とおい、とおい、ほし世界せかいから、したほう地球ちきゅうますと、しろしもつつまれていました。
 いつも、ぐるぐるとまわっている水車すいしゃじょうくるままっていました。また、いつもさらさらといってながれている小川おがわみずも、まってうごきませんでした。みんなさむさのためにこおってしまったのです。そして、おもてには、こおりっていました。
地球ちきゅううえは、しんとしていて、さむそうにえるな。」と、このとき、ほしひとつがいいました。
 平常へいじょうは、大空おおぞらにちらばっているほしたちは、めったにはなしをすることはありません。なんでも、こんなような、さむふゆばんで、くももなく、かぜもあまりかないときでなければ、かれらは言葉ことばわしわないのであります。
 なんでも、しんとした、みわたったよるが、ほしたちには、いちばんきなのです。ほしたちは、さわがしいことはこのみませんでした。なぜというに、ほしこえは、それはそれはかすかなものであったからであります。ちょうど真夜中まよなか一時いちじから、ごろにかけてでありました。よるなかでも、いちばんしんとした、さむ刻限こくげんでありました。
「いまごろは、だれも、このさむさに、きているものはなかろう。木立こだちも、ねむっていれば、やまにすんでいるけものは、あなにはいってねむっているであろうし、みずなかにすんでいるさかなは、なにかのものかげにすくんで、じっとしているにちがいない。きているものは、みんなやすんでいるのであろう。」と、ひとつのほしがいいました。
 このとき、これにたいして、あちらにかがやいているちいさなほしがいいました。このほしは、終夜しゅうやした世界せかい見守みまもっている、やさしいほしでありました。
「いえ、いまきているひとがあります。わたしいっけんまずしげないえをのぞきますと、二人ふたり子供こどもは、昼間ひるまつかれですやすやとよくやすんでいました。あねのほうのは、工場こうじょうへいってはたらいているのです。おとうとのほうのは、電車でんしゃとおみちかくって新聞しんぶんっているのです。二人ふたり子供こどもは、よくおかあさんのいうことをききます。二人ふたりとも、あまりとしがいっていませんのに、もうなかはたらいて、まずしい一家いっかのために生活せいかつたすけをしなければならないのです。母親ははおやは、いてやすんでいました。しかし、ちちとぼしいのでした。あかぼうは、毎晩まいばんなかになるとちちをほしがります。いま、おかあさんは、このなかきて、火鉢ひばち牛乳ぎゅうにゅうのびんをあたためています。そして、もうあかちゃんがかれこれ、おちちをほしがる時分じぶんだとおもっています。」
二人ふたり子供こどもはどんなゆめているだろうか? せめてゆめになりと、たのしいゆめせてやりたいものだ。」と、ほかのひとつのほしがいいました。
「いや、あねのほうのは、おともだちと公園こうえんへいって、みちあるいているゆめています。はるなので、いろいろの草花くさばなが、花壇かだんなかいています。そのはななどを、二人ふたりはなっています。ふとんのそとているかおに、やさしいほほえみがかんでいます。このあねのほうのは、いま幸福こうふくであります。」と、やさしいほしこたえました。
おとこは、どんなゆめているだろうか?」と、またほかのほしがたずねました。
「あのは、昨日きのう、いつものように、停留ていりゅうじょうって新聞しんぶんっていますと、どこかのおおきないぬがやってきて、ふいに、子供こどもかってほえついたので、どんなに、子供こどもはびっくりしたでしょう。そのことが、あたまにあるとみえて、いまおおきないぬいかけられたゆめてしくしくといていました。無邪気むじゃきなほおのうえなみだながれて、うすくら燈火ともしびひかりが、それをらしています。」と、やさしいほしこたえました。
 すると、いままでだまっていた、えんぽうにあったほしが、ふいにこえをたてて、
「その子供こどもが、かわいそうじゃないか。だれか、どうかしてやったらいいに。」といいました。
わたしは、そのが、をさまさないほどに、こしました。そして、それがゆめであることをらしてやりました。それから子供こどもは、やすやすと平和へいわねむっています。」と、やさしいほしこたえました。
 ほしたちは、それで、二人ふたり子供こどもらについては、安心あんしんしたようです。ただあわれな母親ははおやが、このさむよるにひとりきて、牛乳ぎゅうにゅうあたためているのを不憫ふびんおもっていました。
 それから、しばらく、ほしたちは沈黙ちんもくをしていました。が、たちまち、ひとつのほしが、
「まだ、ほかに、はたらいているものはないか?」とききました。
 そのほしは、えない、運命うんめいをつかさどるほしでありました。
 下界げかいのことを、いつも忠実ちゅうじつ見守みまもっているやさしいほしは、これにこたえて、
汽車きしゃが、よるじゅうとおっています。」といいました。
 ほんとうに、汽車きしゃばかりは、どんなさむばんにも、かぜばんにも、あめばんにも、やすまずにはたらいています。
汽車きしゃとおっている?」と、盲目もうもくほしは、ききかえしました。
「そうです、汽車きしゃが、とおっています。まちからさびしい野原のはらへ、野原のはらからやまあいだを、やすまずにとおっています。そのなかっている乗客じょうきゃくは、たいていとおいところへたびをする人々ひとびとでした。このひとたちは、みんなつかれて居眠いねむりをしています。けれど、汽車きしゃだけはやすまずにはしりつづけています。」と、下界げかいのようすをくわしくっているほしこたえました。
「よく、そうからだつかれずに、汽車きしゃはしれたものだな。」と、運命うんめいほしは、あたまをかしげました。
「そのからだが、かたてつつくられていますから、さまでこたえないのです。」と、やさしいほしがいいました。
 これをくと、運命うんめいほしは、身動みうごきをしました。そして、こわろしくすごいひかりはっしました。なにか、自分じぶんにいらぬことがあったからです。
「そんなに堅固けんごな、のほどのらない、てつというものが、この宇宙うちゅう存在そんざいするのか? おれは、そのことをすこしもらなかった。」と、盲目もうもくほしはいいました。
 てつという、堅固けんごなものが存在そんざいして、自分じぶん反抗はんこうするようにかんがえたからです。
 このとき、やさしいほしはいいました。
「すべてのものの運命うんめいをつかさどっているあなたに、なんで汽車きしゃ反抗はんこうできますものですか。汽車きしゃや、線路せんろは、てつつくられてはいますが、その月日つきひのたつうちにはいつかはしらず、磨滅まめつしてしまうのです。みんな、あなたに征服せいふくされます。あなたをおそれないものはおそらく、この宇宙うちゅうに、ただのひとつもありますまい。」
 これをくと、運命うんめいほしは、こころよげにほほえみました。そして、うなずいたのであります。
 また、しばらくときぎました。そらかぜたようです。だんだんあかつきちかづいてくることがれました。
 ほしたちは、しばらく、みんなだまっていましたが、このとき、あるほしが、
「もう、ほかにわったことがないか。」といいました。
 ちょうど、このときまで、熱心ねっしんした地球ちきゅう見守みまもっていましたやさしいほしは、
「いま、ふたつの工場こうじょう煙突えんとつが、たがいに、どちらが毎日まいにちはやるかといって、いいあらそっているのです。」といいました。
「それは、おもしろいことだ。煙突えんとつがいいあらそっているのですか?」と、ひとつのほしは、たずねました。
 新開地しんかいちにできた工場こうじょうが、ならってふたつありました。ひとつの工場こうじょう紡績ぼうせき工場こうじょうでありました。そしてひとつの工場こうじょうは、製紙せいし工場こうじょうでありました。毎朝まいあさ汽笛きてきるのですが、いつもこのふたつは前後ぜんごして、おな時刻じこくるのでした。
 ふたつの工場こうじょう屋根やねには、おのおのたか煙突えんとつっていました。ほしれのしたさむそらに、ふたつはたかあたまをもたげていましたが、このあさ昨日きのうどちらの工場こうじょう汽笛きてきはやったかということについて、議論ぎろんをしました。
「こちらの工場こうじょう汽笛きてきはやった。」と、製紙せいし工場こうじょう煙突えんとつは、いいました。
「いや、わたしのほうの工場こうじょう汽笛きてきはやかった。」と、紡績ぼうせき工場こうじょう煙突えんとつはいいました。
 結局けっきょく、このあらそいは、てしがつかなかったのです。
今日きょうは、どちらがはやいかよくをつけていろ!」と、製紙せいし工場こうじょう煙突えんとつは、おこって、紡績ぼうせき工場こうじょう煙突えんとつたいっていいました。
「おまえも、よくをつけていろ! しかし、二人ふたりでは、この裁判さいばんはだめだ。だれか、たしかな証人しょうにんがなくては、やはり、いいあらそいができておなじことだろう。」と、紡績ぼうせき工場こうじょう煙突えんとつはいいました。
「それも、そうだ。」
 こういって、ふたつの煙突えんとつはなっていることを、そらのやさしいほしは、すべていていたのであります。
ふたつの煙突えんとつが、どちらの工場こうじょう汽笛きてきはやいか、だれか、裁判さいばんするものをほしがっています。」と、やさしいほしは、みんなにかっていいました。
「だれか、工場こうじょうのあたりに、それを裁判さいばんしてやるようなものはないのか。」と、ひとつのほしがいいました。
 すると、あちらのほうから、
「このさむあさ、そんなにはやくからきるものはないだろう。みんなとこなかに、もぐりんでいて、そんな汽笛きてきおと注意ちゅういをするものはない。それを注意ちゅういするのは、まずしいいえまれておや手助てだすけをするために、はやくから工場こうじょうへいってはたらくような子供こどもらばかりだ。」といったほしがありました。
「そうです。あのまずしいいえ二人ふたり子供こどもも、もうとこなかをさましています。」と、やさしいほしはいいました。
 それからあとも、やさしいほしだけは、した世界せかいをじっと見守みまもっていました。
 あねも、おとうとも、とこなかをさましていたのです。
「もうじき、よるけますね。」と、おとうとは、あねほういていいました。
 また、今日きょう電車でんしゃ停留ていりゅうじょうへいって、新聞しんぶんらねばならないのです。おとうと昨夜さくやいぬいかけられたゆめおもしていました。
「いま、じきに、製紙せいし工場こうじょうか、紡績ぼうせき工場こうじょうかの汽笛きてきると、なんだから、それがったら、おきなさいよ。ねえさんは、もうきてごはん支度したくをするから。」と、あねはいいました。
 このとき、すでに母親ははおやきていました。そして、ねえさんのほうがきて、お勝手かってもとへくると、
今日きょうは、たいへんにさむいから、もっととこなかにもぐっておいで。いまおかあさんが、ごはん支度したくして、できたらぶから、それまでやすんでおいでなさい。まだ、工場こうじょう汽笛きてきらないのですよ。」と、おかあさんはいわれました。
「おかあさん、あかちゃんは、よくねむっていますのね。」と、あねはいいました。
さむいから、くんですよ。いまやっとったのです。」と、おかあさんは、こたえました。
 ねえさんのほうは、もうとこにはいりませんでした。そして、おかあさんのすることをてつだいました。
 うえは、しろしもにとざされていました。けれど、もうそこここに、ひとうごがしたり、物音ものおとがしはじめました。ほしひかりは、だんだんとってゆきました。そして、太陽たいようかおすには、まだすこしはやかったのです。

おおかみをだましたおじいさん
小川おがわ未明みめい

 きたくにの、さむ晩方ばんがたのことでありました。
 ゆきがちらちらとっていました。うえにも、やまうえにも、ゆきもって、あたりは、いちめんに、しろでありました。
 おじいさんは、ちょうど、そのひる時分じぶんでありました。やまに、息子むすこがいって、すみいていますので、そこへ、こめや、いもっていってやろうとおもいました。
「もう、なくなる時分じぶんだのに、なぜいえへもどってこないものか、やま小屋こやなか病気びょうきでもしているのではなかろうか。」といって、おじいさんは、心配しんぱいをいたしました。
「どれ、ゆきがすこしやみになったから、おれっていってやろう。」といって、おじいさんはむらからかけたのでありました。
 やまへさしかかると、ゆきは、ますますふかもっていました。小屋こやくと、息子むすこ達者たっしゃ仕事しごとをしていました。
「おまえは、達者たっしゃでよかった。もうこめや、野菜やさいがなくなった時分じぶんだのに、かえらないものだから、病気びょうきでもしているのではないかと、心配しんぱいしながらやってきた。」と、おじいさんはいいました。
 息子むすこは、たいそうよろこびまして、
わたしは、明日あしたあたり、むらかえってこようとおもっていましたのです。」と、おじいさんにおれいをいいました。
 それから、にんは、小屋こやなかでむつまじくかたらいました。やがて、だんだん日暮ひぐちかくなったのであります。
「おとうさん、また、ゆきがちらちらってきました。このぶんではみちもわかりますまい。今夜こんやは、この小屋こやなかまっておいでなさいませんか。」と、息子むすこはいいました。
 たばこをいながら、のそばに、うずくまっていたおじいさんは、あたまりながら、
おれは、やりかけてきた仕事しごとがたくさんあるのだから、そんなことはしていられない。今夜こんやは、わらじをそくつくらなければならないし、あすのあさは、さんばかりこめをつかなければならん。」と、おじいさんはいいました。
「いま時分じぶん、おとうさんをかえすのは、心配しんぱいでなりませんが。」と、息子むすこは、あんじながらいいました。
 すると、おじいさんは、からからとわらいました。
おれは、おまえよりもとしをとっている。それに、智慧ちえもある。まちがいのあるようなことはないから、安心あんしんをしているがいい。」といって、おじいさんは、小屋こやかけました。
 みちは、もうゆきにうずもれて、どこがやら、はたけやらわかりませんでした。しかし、おじいさんはわか時分じぶんから、ここのあたりは、たびたびあるきなれています。あちらにえる、とおかたもりあてに、むらほうへとあるいてゆきました。
 このとき、あちらから、くろいものが、こちらにかってあるいてきました。もとより、いま時分じぶん人間にんげんが、あるいてこようはずがありません。おじいさんは、なんだろうとおもっていますと、そのうちにちかづきました。おじいさんは、からだじゅうみずびたように、びっくりしました。それは、おおかみであったからです。
 おじいさんは、はじめて息子むすこのいったことをおもしました。「おお、息子むすこのいうことをきいて、今夜こんやまってかえればよかった。」とおもったのです。しかし、いまは、どうすることもできませんでした。
 おじいさんは、じっとして、おおかみのちかづいてくるのをっていました。そして、いいました。
「おまえは、おれみたいなやせた、ほねかわばかりの人間にんげんっても、なんにもならないだろう。もっとふとった、うまそうな人間にんげんのところへ、おまえをつれていってやるから、おまえは、だまって、おれあとからついてくるがいい。おれは、そのふとったうまそうな人間にんげんを、いえそとしてやるから。」といいました。
 おおかみは、だまっていました。そして、おじいさんに、びつこうとはしませんでした。おじいさんは、自分じぶんのいったことが、おおかみにわかったものかと、不思議ふしぎおもいながら、なるたけおおかみのそばをさけて、や、はたけなか横切よこぎりながら、あるいていきましたが、そのあいだきた気持きもちもなく、むらをさしていそぎました。すると、ずっとあとから、くろいおおかみは、やはり、こちらについてくるのでした。
 おじいさんは、ふところにあるだけのマッチをすっては、をつけて、たばこをふかしながらあるいてきました。けだものは、みんなをおそれたからです。
 やっと、おじいさんは、むらのはずれにきました。そこには、猟師りょうし平作へいさくんでいました。
平作へいさく――はやろ、おおかみがきたぞ!」と、おじいさんはどなりました。
 平作へいさくは、じゅうって、いえそとはしました。そして、おじいさんのほうて、「あれか。」といって、くろいものをねらってちました。
 しかし、たまは、急所きゅうしょをはずれたので、おおかみは、ゆきうえおどがって、げてしまいました。
 おじいさんは、自分じぶん智慧ちえしゃだろうと、いえかえってから威張いばっていました。
 一方いっぽう息子むすこは、こんな晩方ばんがた、おじいさんをひとりでかえしたのを後悔こうかいしました。
「どうか、まちがいがなければいいが。」と、心配しんぱいをして、じっとしていることができませんでした。それで、小屋こやて、父親ちちおやあとったのであります。
 もう、あちらに、むらとうえるところでありました。くろおおきなおおかみが、まっしぐらに、うなりながらけてきました。そしておおかみは、人間にんげんあうと、すぐにびついて、ころしてしまいました。
 そのことをあとからって、おじいさんは、どんなになげいたかしれません。そして、息子むすこをなくした、おじいさんは、さびしくらしたのであります。

ひめさまと乞食こじきおんな
小川おがわ未明みめい

 おしろ奥深おくふかくおひめさまはんでいられました。そのおしろはもうふるい、石垣いしがきなどがところどころくずれていましたけれど、くちにはおおきなげんめしいもんがあって、だれでもゆるしがなくては、はいることも、またることもできませんでした。
 おしろは、さびしいところにありました。にぎやかなまちるには、かなりへだたっていましたから、おおい、人里ひとざとからとおざかったおしろなかはいっそうさびしかったのであります。
 おしろなかには、どんなきれいな御殿ごてんがあって、どんなうつくしい人々ひとびとんでいるか、だれもったものがなかったのです。旅人たびびとは、おしろもんとおぎるときに、あしめておしろのあちらをあおぎました。けれど、そこからは、なにもることができませんでした。
「なんでも、きれいな御殿ごてんがあるということだ。」と、一人ひとり旅人たびびとがいいますと、
うつくしいおひめさまがいられて、いい音楽おんがく音色ねいろが、よるひるもしているということだ。」と、また一人ひとり旅人たびびとがいっていました。
 こうして、旅人たびびとは、いろいろなうわさをしながら、そのおしろもんまえってしまったのであります。
 おしろなかには、うつくしい御殿ごてんがありました。そして御殿ごてん一室いっしつに、うつくしいおひめさまがんでいられて、毎日まいにちうたをうたい、いい音色ねいろをたてて音楽おんがくそうせられ、そして、まどぎわによりかかっては、とおくのそらをながめられて、物思ものおもいにふけっていられました。そのことはだれもることができなかったのです。
 おひめさまは、このおしろなかおおきくなられました。そして、このおしろうちしかおりになりませんでした。おしろなかには、おおきなはやしがありました。また、おおきなほりがありました。はやしなかには、いろいろなとりがどこからともなくあつまってきて、いいこえでないていました。またおほりや、いけなかには、めずらしいさかながたくさんおよいでいました。そのほか、御殿ごてんなかには、このなかのありとあらゆるめずらしいものがかざられてありました。けれどおひめさまは、もはや、そんなものをることにきてしまわれました。
「ああ、わたしは、このおしろなかにばかりいることはきてしまった。このおしろなかからそとてみたいものだ。」と、おひめさまはおもわれました。
 このことをおつきのものにはなされますと、おつきのものは、びっくりして、まるくしていいました。
「それはとんでもないことです。このおしろうちほどいいところは、どこへいってもありません。おしろそとますと、それはきたないところや、くらいところや、またわる人間にんげんなどがたくさんにいまして安心あんしんすることができません。おしろのうちほど、いいところがどこにありますものですか。」ともうしました。
 しかし、おひめさまは、だれがなんといっても、やはり、おしろそとて、なかというものをたいとおもわれました。
なかというところは、どんなところだろう。そこには、にぎやかなまちがあるということだ。そのまちへいったら、きっと自分じぶんらないおもしろいことがたくさんにあるに相違そういない。そして、いろいろなうたかれるにちがいない。どうかして、わたしは、そのなかたいものだ。」と、おひめさまはおもわれたのであります。
 はやしなかには、いろいろな小鳥ことりがきてさえずっていましたけれど、その小鳥ことりは、もはやおひめさまにはめずらしいものではなかったのです。しかるに、あるとき、とおみなみほうからわたってきたという、あかみどりあお毛色けいろをした、めずらしいとり献上けんじょうしたものがありました。
 おひめさまは、このとりが、たいそうにいられました。そして、自分じぶん居間いまに、かごにいれてけておかれました。小鳥ことりは、じきにおひめさまになれてしまいました。しかし、小鳥ことりも、自身じしんまれた、とおくにのことをときどき、おもすのでありましょう。かごのなかのとまりまって、とおくのあおい、くもれのしたそらをながめながら、かなしい、ひく音色ねいろをたててなくのでありました。するとおひめさまもかなしくなって、なみだぐまれたのであります。そして、やはり、あちらのそらていられますと、しろくもゆめのようにんでゆくのでありました。
「おまえは、なにをそんなにかんがえているの? しかし、おまえはこんなにとお他国たこくにくるまでには、さだめしいろいろなところをてきたろうね。まちや、うみや、みなとや、野原のはらや、やまや、かわや、まためずらしいふうをした旅人たびびとや、そのひとたちのうたうたなどをいたり、たりしてきたにちがいない。しかし、わたしは、そんなものをくこともることもできない。」
 おひめさまは、こういってなげかれたのであります。
 おしろうちには、さびしいあきがきました。つぎにのことごとくちつくしてしまうふゆがきました。いろいろなあかじゅくし、それがちてしまうとゆきりました。そして、しばらくたつとまた、若草わかくさをふいて、陽炎かげろうのたつ、はるがめぐってきたのであります。
 おしろうちには、はなみだれました。みつばちは太陽たいようのぼまえから、はな周囲しゅういあつまって、はねらしてうたっていました。ほんとうに、のびのびとした、いい日和ひよりがつづきましたので、おしろ門番もんばんは、退屈たいくつしてしまいました。どこからともなく、やわらかなかぜはなのいいかおりをおくってきますので、それをかいでいるうちに、門番もんばんはうとうとと居眠いねむりをしていたのであります。
 ちょうど、そのとき、みすぼらしいようすをしたおんな乞食こじきがおしろうちはいってきました。おんな乞食こじき門番もんばん居眠いねむりをしていましたので、だれにもとがめられることがなく、草履ぞうりおともたてずに、若草わかくさうえんで、しだいしだいにおしろ奥深おくふかはいってきたのであります。
 おひめさまは、おりから、あやしげなようすをしたおんながこちらにちかづいてくるのをごらんになりました。そして、よくそれをごらんになると、自分じぶんおなとしごろのうつくしいむすめでありました。おひめさまはこんなにうつくしいむすめが、どうして、またこんなにきたならしいようすをしているのかとあやしまれたのです。
「おまえは、だれだ?」と、おひめさまは、おたずねになりました。
 するとおんな乞食こじきは、わるびれずに、
「わたしは、まずしい人間にんげんです。おやもありませんし、いえもないものです。こうして諸方しょほうあるいて、べるものや、るものをもらってある人間にんげんなのでございます。」とこたえました。
 おひめさまは、そのはなしいていられるあいだに、いくたび、びっくりなされたかしれません。そして、このおんなが、乞食こじきであることをはじめておりになりました。
「おまえは乞食こじきなの?」と、おひめさまはおいになされました。
「さようでございます。」と、きたならしいようすをしたおんなこたえました。
ひめさまは、つくづくとおんな乞食こじきをごらんになっていましたが、ちいさな歎息たんそくをなされました。
「なんという、おまえのうつくしいでしょう。」とおっしゃられました。
 おんな乞食こじきは、おひめさまを見上みあげて、
「そんなに、わたしのがよろしければ、あなたに、をさしあげましょう。」ともうしました。
 おひめさまは、なおつくづくとおんな乞食こじきをごらんなされていたが、ちいさな歎息たんそくをなされて、
「まあ、なんというおまえのかみうつくしいのだろう。」といわれました。
 おんな乞食こじきは、ながい、くろかみでかきあげながら、
「わたしのかみが、そんなによろしければ、あなたにさしあげましょう。」ともうしました。
 おひめさまは、前後ぜんごのわきまえもなく、おんな乞食こじききつかれました。
「ああ、なんというおまえのこころはやさしいのでしょう。かみもみんなおまえのもので、だれもおまえからることができはしない。わたしがどうして、これをおまえからもらうことができましょう。わたしは、それをほしいとはおもいませんが、どうか、おまえのきている着物きものをおくれ。そして、おまえは、わたしの着物きものをきて、わたしのかわりとなって、しばらく、このおしろうちんでいておくれ。わたしは、おまえになって、ひろなかてきたいから……。」と、おひめさまは、おんな乞食こじきにむかって、ねんごろにたのまれました。
 おんな乞食こじきは、したいて、しばらくかんがえていましたが、やがてかおげて、
「おひめさま、わたしは、なんでもあなたのおっしゃることをきます。しかし、わたしみたいなものが、おひめさまのかわりとなっていることができましょうか。」ともうしました。
 おひめさまは、かるくうなずかれ、
「わたしがよく、侍女じじょたのんでおきます。そして、そんなにながくはたたない。じきにもどってくるから、どうかわたしのいうことをいておくれ。ぜひおねがいだから……。」といわれましたので、おんな乞食こじきは、ついにうなずいて、おひめさまのいうことをきました。
 おひめさまは、侍女じじょをおびになって、そのことをはなされますと、侍女じじょは、びっくりしてまるくしました。
「おひめさま、そんなおかんがえをおこしになってはいけません。どんなまちがいがないともかぎりません。」と、おいさめもうしましたが、おひめさまは、どうかわたしの希望きぼうをかなえさせておくれ、きっとそのおんかえすからといって、ついに、おんな乞食こじき姿すがたをやつされました。そして、しろちいでられることになりました。
 門番もんばんつけたら、またひと災難さいなんであろうと、おひめさまは心配しんぱいをなされましたが、門番もんばんはこのときまで、まだいい心地ここち居眠いねむりをしていましたので、乞食こじきのふうをしたわかおんなが、自分じぶんまえしのあしとおぎたのをまったくらなかったのであります。
 おひめさまは、往来おうらいうえられました。そのみちあるいてゆくと、どこまでもみちはつづいています。そして、ゆきつきるということがありませんでした。おしろうちは、いくらひろくても、いちにちなかには、まわりつくしてしまうことができますのに、往来おうらいはどこまでいっても、はてしがなかったのです。そればかりでない、青々あおあおとした野原のはらや、はなはたけなどをみぎひだりることができました。緑色みどりいろそらは、まろやかにあたまうえかって、とお地平線ちへいせんのかなたへがっています。春風しゅんぷうは、とおくからいて、とおくへっていきます。百姓ひゃくしょう愉快ゆかいそうにはたらいています。おひめさまは、なにをてもめずらしく、こころも、ものびのびとなされました。
「ああ、なかというものは、なんというたのしいところだろう。」と、おひめさまはおもわれました。そして、いままでおしろうちでしていた生活せいかつは、なんという窮屈きゅうくつ生活せいかつであったろうとおもわれました。
 あるところでは、やまられました。また、あるところでは、大河たいがながれていました。そのかわにははしがかかっていました。おひめさまは、そのはしわたられました。すると、あちらに、にぎやかないろいろな建物たてもののそびえているまちがあったのであります。この乞食こじきのようすをした、おひめさまにあった人々ひとびとなかには、どくおもって、おひめさまのがわってきて、
「どうして、おまえさんは、そんなにわかいのに乞食こじきをするのですか?」と、いたものもありました。
 おひめさまは、こういってかれると、なんといってこたえたらいいだろうかとまどわれましたが、
「わたしには、両親りょうしんもなければ、またいえもないのです。」と、いつか乞食こじきおんながいったことをおもしてこたえられました。
 すると、そのひとは、たいそうおひめさまをどくおもって、ぜにしてくれました。
 おひめさまは、旅費りょひなどは用意よういしてきたので、べつにおかねはほしくもなかったが、こうしてしんせつにらぬひとがいってくれるのを、あだにおもってはならないとおもって、ふかくおれいもうされました。
 よるになったときに、おひめさまは、みんな自分じぶんのようなまずしいようすをした旅人たびびとばかりのまる安宿やすやどへ、はいってまることになされました。そこには、ほんとうに他国たこくのいろいろな人々ひとびとまりわせました。そして、めいめいに諸国しょこくてきたこと、またいたことのおもしろいはなしや、不思議ふしぎはなしなどをかたって、よるかしました。また、それらのなかには、自分じぶんおなとしごろのうたうたいがいて、マンドリンをらして、いろいろなうたをうたって、みんなをたのしませていました。
 おひめさまはもとからマンドリンをくことが上手じょうずであり、また、うたをうたうことが上手じょうずでございましたから、自分じぶんも、明日あしたからは、うたうたいとなって、たびをしようとおもわれました。よるけて、太陽たいようが、はないたようにそらかがやきわたりますと、その宿やどまったすべての人々ひとびとは、おもおもいにたびをつづけて、っていってしまいました。おひめさまは、それをかなしいことにも、また、たのしいことにもおもわれました。そこで、自分じぶんは、すっかりうたうたいのふうをして、このまちって、さらにとおとおい、自由じゆうたびをつづけることになされました。
 おしろうちに、おひめさまのかわりになってのこったおんな乞食こじきは、そのからは、なに不足ふそくなくらすことができましたけれど、退屈たいくつでしかたがありませんでした。
「いまごろ、おひめさまは、どうなさっていられるだろう。はやかえってきてくださればいい。」と、おもっていました。
 おんな乞食こじきは、ふたたび、ままなからだになって、はな野原のはらや、うみえる街道かいどうや、若草わかくさしげ小山こやまのふもとなどを、たびしたくなったのであります。
 おんなは、はしらにかかっている小鳥ことりをとめました。その小鳥ことりは、おひめさまがかわいがっていられたうつくしい小鳥ことりでありました。小鳥ことりは、かごのなかでじっとしてかんがえています。おんなは、かおをかごのそばに近寄ちかよせました。
小鳥ことりや、おまえもまれたふるさとがこいしいだろう。さあ、わたしが、いまおまえを自由じゆうにしてあげるから、はやんでおゆき。」と、おんなはいいました。
 そして、おんなは、おひめさまの大事だいじにしていられた小鳥ことりを、はなしてやりました。あかと、みどりと、あおはねしょくをしたうつくしい小鳥ことりは、いいこえでないて、おしろうえっていましたが、やがてくもをかすめてはるかに、どこへとなくってしまったのであります。
 おひめさまは、あしにまかせて、いっても、いっても、はてしのないとおくへといってしまって、かえろうとおもっても、そこがどこやらまったくわからなくなってしまったのです。おひめさまは、自分じぶんくにをばたずねても、だれもそのっているひとはなかったのです。
「そんなくにがどこか、とおいところにあるとはいたが、わたしどもはいってみたことも、またはたしてほんとうにあるのかさえもりません。」と、人々ひとびとこたえました。
 おひめさまは、かなしくなりました。たとえこうしていることが、どんなに自由じゆうであっても、ふるさとのことをおもさずにいられなかったのです。おひめさまは、いまは、ふるさとをこいしくおもわれました。晩方ばんがたくもるにつけ、そらんでゆくとりかげるにつけ、ふるさとをおもしてはなみだにむせばれていたのであります。
 あるのこと、おひめさまは、うみえるみなとのはずれで、ひとりマンドリンをき、ふるさとのうたをうたっていられました。そこは、ずっとあるしまみなみはしでありまして、気候きこうあたたかでいろいろなたか植物しょくぶつが、緑色みどりいろしげっていました。おんなひとは、派手はでな、うつくしいがさをさして、うすい着物きものからだにまとってみちあるいています。おとこひとは、しろふくて、かおりのたかいたばこをくゆらしてあるいていました。
 おひめさまは、太陽たいようかがやいた、うみめんをながめながら、こころをこめてうたうたっていられました。そのときおひめさまは、れた、なつかしい小鳥ことりこえみみにされたのであります。
 それもそのはずのこと、おひめさまの大事だいじにされていた小鳥ことりは、かごをて、自由じゆうになりますと、よるひるたびをして、自分じぶんまれたみなみほうしまかえってきたのです。
 そして毎日まいにち、のどかなそらに、いさえずりながらあそんでいますうちに、あるのこと、したほうみなとで、御殿ごてんにいた時分じぶん、おひめさまのよくうたわれたうたと、そしてまさしく、なつかしいおなこえとをいたから、そばのにおりてみたのであります。
 すると、まちがいなくおひめさまでありました。小鳥ことりはすぐに、おひめさまがくにかえりたいとおもっても、その方角ほうがくも、またみちもわからなくて、こまっていられるのをさっしたのでありました。
「おお、きれいな小鳥ことりだこと、あのとりは、わたしのっていたとりとよくている……。」と、おひめさまは、ざとくそのとりつけると、おもわれました。
 小鳥ことりは、すぐにおひめさまのそばまでやってきて、なつかしそうにくびをかしげてさえずっています。
「おお、おまえは、まさしくわたしの大事だいじにしていた小鳥ことりなのだ。どうして、ここへやってきたの? わたしは、くにかえりたいとおもっても、みちがわからなくてこまっています。どうか、わたしをつれていっておくれ?」と、おひめさまは、小鳥ことりかってはなされました。
 それから、おひめさまは、小鳥ことりについて、そのんでゆくままに、たびをされたのであります。
 小鳥ことりが、ふねのほばしらのさきまっていたときに、おひめさまは、ふねられました。そして、はるばると波路なみじられてゆかれました。小鳥ことりきしがって、まっていたときに、おひめさまは、ふねからがられました。そして、そこにやすんでいたろばにられて、砂漠さばくなかぎられました。
 おひめさまは、そのみちは、自分じぶんのきた時分じぶんとおったみちでないので、ほんとうに、故郷こきょうかえることができるだろうかと、不安ふあんおもわれましたが、小鳥ことりがどこまでもついていってくれるのをたよりにたびつづけられていますと、あるのこと、おひめさまは見覚みおぼえのあるおしろもりが、あちらにそびえているのをごらんになりました。
「おお、わたしはおしろかえってきた!」と、おひめさまはおぼえずさけばれました。
 小鳥ことりは、「いま、あなたは、なつかしいふるさとにおかえりなったのです。あなたが、わたしをかわいがってくださった、ごおんかえすために、ここまで、あなたをおつれもうしました。」といわんばかりに、えだまってないていました。
「ほんとうに、ありがとう。」と、おひめさまは、なみだかがやいたひとみげて、小鳥ことりをじっとごらんなさいますと、小鳥ことりは、やっと安心あんしんをしたように、そらたかがって、どこへともなく、くもとおったのであります。
 ちょうどおひめさまが、おしろられてから、さんたびめのはるがめぐってきたのでありました。そのあいだに、どうしたことか、門番もんばん姿すがたえませんでした。おひめさまは、乞食こじきおんなのことがにかかりながら、おしろうちへとしずみがちにあゆみをはこばれました。
「まあ、おひめさま、おかえりでございますか。」と、侍女じじょは、おひめさまの姿すがたると、にいっぱいなみだをためてきつきました。
「おまえも無事ぶじでよかったね。そしてあのおんなはどうしました?」と、おひめさまもなみだをためてかれました。
 侍女じじょは、こえしのんできました。そして、
「おひめさま、まことにかわいそうなことでございます。去年きょねんはる御殿ごてんにおきゃくがありまして、ご宴会えんかいのございましたときに、殿とのさまから、おひめさまにうたをうたってうようにとのご命令めいれいがありました。あのおんなは、そんなうたらなければ、またいもできませんでした。それをらぬというわけにもいかず、その前夜ぜんや井戸いどなかげてんでしまいました。」ともうしました。
 おひめさまは、あのおんなが、自分じぶんがわりになったばかりにんだことを、たいそうかわいそうにおもわれました。そして、おんなげてんだという井戸いどのそばへいって、ふかく、ふかく、わびられますと、その井戸いどのそばには、濃紫こむらさきのふじのはなが、いまをりにみだれていたのであります。

くま車掌しゃしょう
木内きうち高音たかね

 わたし尋常じんじょうよんねん卒業そつぎょうするまで、北海道ほっかいどうにおりました。そのころは、尋常じんじょうよんねんまでしかありませんでしたから、わたし北海道ほっかいどう尋常じんじょう小学しょうがく卒業そつぎょうしたわけです。
 いまから、ざっと二十にじゅうねんまえになります。いまでは小学校しょうがっこう読本とくほんは、日本にっぽんなかどこへいってもおなじのを使つかっておりますが、その当時とうじは、北海道ほっかいどうようという特別とくべつのがあって、わたしたちは、それをならったものです。茶色ちゃいろ表紙ひょうしあおいとじいと使つかい、ちゅうかみ日本にっぽん片面かためんだけにをすったのをふたりにしてかさねとじた、じゅん日本にっぽんしき読本とくほんでした。そのなかには、内地ないちひとらない、北海道ほっかいどうだけのおはなしがだいぶっていたようです。(わたしたちは、本州ほんしゅうのことを内地ないち内地ないちと、なつかしがって、んでいました。)
 たとえは、くま納屋なやしのんで、かずしたのを腹一杯はらいっぱいべ、のどかわいたのでかわみずむと、さあ大変たいへんです。おはらうちで、かずみずってうんとえたからたまりません。くまは、とうとう破裂はれつしてんでしまったというようなおはなしっていました。かずがどんなにみずけるとえるものかは、お母様かあさまかたにおきになればよくわかります。
 ――わたしは、またもうひと読本とくほんなかにあったくまをありありとおもいだすことができます。それは、おおきなくま後足あとあしって、えださけをたくさんとおしたのをかついでいくところです。さけかわのぼってくるころになりますと、かわさけ一杯いっぱいになり、さけたがいに身動みうごきもできないくらいになることがあるのだそうです。そういうときをねらって、くまかわきしにでて、つめにひっかけては、さけしいだけります。それからえだって、さけあごとおし、それをかついであなかえろうとするのですが、さすがのくまもそこまではがつかないとみえ、えださきめておかないものですから、さけは、みち々、ひとつずりふたちして、ようやくあなかえったころには、えだいっひきのこっていない。そうしたくまあるいたあととおりかかったひとこそしあわせで、くまおとしたさけひろあつめさえすれば大漁たいりょうになるというおはなしでした。
 こんなふうですから、ふだんでもくまはなしは、よくみみにしました。きょうは郵便ゆうびん配達はいたつが、くま出会であってあぶないところだったとか、どこどこへくまがふいにて、をただいちちになぐころしたとか、そういったはなし度々たびたびきました。
 いえちちは、あたらしく鉄道てつどうくために、やまなか測量そくりょうあるいていましたので、そのたんびアイヌじん道案内みちあんないたのんでいました。アイヌじんは、そんな縁故えんこから、くまにくを、よく、わたしいえってきてくれたものでした。
 北海道ほっかいどうくまといえば、こんなにも縁故えんこふかいのです。しかし、かずべすぎたり、さけをおとしてあるいたり、猛獣もうじゅうながら、どことなく、くまには滑稽こっけいな、可愛かわいいいところがあるではありませんか。
 さて、つぎにわたしがおはなししようとおもうのは、北海道ほっかいどうにはじめて鉄道てつどうができたころのことで、いまからざっと四十よんじゅうねんまえになりましょうか。その当時とうじ、まだ二十にじゅうだい青年せいねんで、あの石狩平野いしかりへいやはし列車れっしゃ車掌しゃしょうとしてりこんでいた叔父おじからいたはなしなのです。以下いかわたしとか自分じぶんとかいうのは、叔父おじのことです。
 ――なにしろ、そのころ鉄道てつどうといったら、ひと足跡あしあとどころか、北海道ほっかいどう名物めいぶつからすさえも姿すがたせないような原野げんやひらいてとおしたのだから、そのさびしさといったらなかった。さびしいどころではない。すごいといおうか、なんといおうか、いってもいっても、両側りょうがわには人間にんげんよりもたかあしかやがびっしりとしげっているばかりで、人間にんげんくさいものなんかひとつもありはしない。まったく夕方ゆうがたなんぞ、列車れっしゃ車掌しゃしょうしつから、一人ひとりぼっちでそとながめていると、きたくもけないような気持きもちだった。そういうときには、かわそばへさしかかって、水音みずおとくだけでもうれしかった。――くまなども、はじめは、汽車きしゃるとみょうけだものがやってきたぐらいにおもったらしい。機関きかんしゃまえへのこのこげようともしないので、汽笛きてきをピイピイらしてやっといはらったというようなはなしもあった。
 さて、わたしが、くまと、列車れっしゃなかだい格闘かくとうをしたというはなしも、まあ、そんな時分じぶんのことなのだ。
 あきのことだった。終点しゅうてんのIえきからでる最終さいしゅう列車れっしゃ後部こうぶ車掌しゃしょうつとめることになったわたしは、列車れっしゃはじめばんあと貨車かしゃについた三尺さんじゃくばかりしかない制動せいどうしつりこんだ。制動せいどうしつというのはブレーキがあるからそういうので、車掌しゃしょうしつのことだ。自分じぶんはそこのかたこしかけへこしろすと、薄暗うすぐらいシグナル・ランプをたよりに、かた鉛筆えんぴつめ、日記にっきをつけた。つぎの停車駅ていしゃえきまでは、やくいち時間じかんもかかる。全線ぜんせん一番いちばんなが丁場ちょうばだった。日記にっきをつけてしまうと、することもなくなったので、まどからくらそとかしてた。くろ立木たちきが、かすかによるそらけてえて、時々ときどき機関きかんしゃが、あかせんえがいてたかひくる。かぜ加減かげんで、機関きかんのザッザッポッポッというおとが、とおくなったりちかくなったりする。全線ぜんせんちゅう一番いちばん危険きけん場所ばしょになっているきゅう勾配こうばいのカーブにさしかかるにはまだだいぶあいだがあるので、わたし安心あんしんしてまたこしろすと、いろいろと内地ないちいえのことなどをおもいだして、しみじみとした気持きもちになっていた。
 ――ふと、かおをあげてると、貨車かしゃとの仕切しきりにはまったガラスまどに、人間にんげんかおがぼんやりとうつっている。わたしは、それが、自分じぶんかおだということはっていながら、なんだかともだちでもできたようなにぎやかな気持きもちになって、しきりに帽子ぼうしひさしげたり、げたり、いからしてみたり、くちげてみたりして、ひときょうがっていた。おわりいには、シグナル・ランプをかおまえしてみたりした。(その当時とうじは、客車きゃくしゃにさえ、うすくら魚油ぎょゆとうをつけたもので、車掌しゃしょうしつはただ車掌しゃしょうつシグナル・ランプでらされるばかりであった。そのに、蝋燭ろうそく不時ふじ用意よういとして、いつもってはいたが。)で、シグナル・ランプをかおのそばへってきてると、自分じぶんかおは、くらいガラスのなかに、くっきりとかびすようにうつってえた。
 と、自分じぶんは、はなあたまに、煤煙ばいえんであろう、くろいものがべっとりとついているのをつけて苦笑くしょうした。ゆびさきつばをつけて、はなあたまこすりながら、わたしは、いままで自分じぶんかおにむけていたランプをくるりむこうへまわすと、ガラスにうつっていた自分じぶんかげえて、サーチライトのようないなずまかたちひかりが、さっと、ガラスまどをとおして、貨車かしゃ内部ないぶんだ。その貨車かしゃには丁度ちょうど石狩川いしかりがわでとれたさけんであったので、自分じぶんは、キラキラと銀色ぎんいろひかうろこやま予想よそうしたのだったが、ランプのひかりは、ただ、ぼんやりとやみのなかにとけこんでしまって、なんにもえない。おかしいなとおもったので、自分じぶんは、がってガラスまどにはなをつけるようにしてのぞむと、おどろいた。さけやまは、乱雑らんざつくずされ、みにじりでもしたように、滅茶滅茶めちゃめちゃになっているのだ。
 さけぬすまれるということは、その季節きせつにはよくあることなので、自分じぶんは、さけ泥棒どろぼう貨車かしゃなかまでらしたのかとおもうと、おもわず、むッとして、手荒てあら仕切しきりのくるまけて、あしんだ。もちろん、まだ泥棒どろぼう貨車かしゃなか愚図ぐずついていようとはおもわなかったけれど、用心ようじんのために、そばにあった信号しんごういたのを、右手みぎてち、左手ひだりてにランプをたかげて、用心深ようじんぶかすすんだ。
 くるま動揺どうようのために、ともすると、蹌踉そうろうけそうになるのを、じっとこたえて、ランプを片隅かたすみしつけると、おおきな大入道おおにゅうどうのような影法師かげぼうしがうしろのいたかべに一杯いっぱいうつった。ぎょっとして、見張みはると、不意ふいに、すみほうでピカッとひかったものがある。自分じぶん瞬間しゅんかん、ぞおっとして、すくんでしまった。ひかりものはふたつ。ランプのひかりをうけて、爛々らんらんんとかがやき、ぐるぐるとほのおのように渦巻うずまいている。
くまだ!」
 そうがつくと、自分じぶんかえって、一時いちじ落着らくちゃくいたくらいであった。どうしてくまなぞがはいりこんだものか、そんな疑問ぎもんいだ余裕よゆうもなく、自分じぶんは、ランプをったを、ぐいと、くまほうにさしだして、いっ退しりぞいて身構みがまえた。くまおそれる、ということを咄嗟とっさあいだにも、おもしたものとみえる。
「ううううううう………。」
 くま不意ふいをうたれておどろいたらしく、ひくうなこえをあげながら、じりじりと尻込しりごみをしはじめた。
「このすきに、げなければ………。」
 ふっとがついて、ランプをしつけたまま、あとずさりに退しりぞはじめると、その拍子ひょうしに、ひどくくるまがゆれて、自分じぶんあしもとのさけあしすべらして、ドシンと横倒よこだおしにされてしまった。くまも、それと一緒いっしょに、いやっというほど、おおきなからだかべばんにぶっつけたらしく、はげしくおこって、一層いっそうものすごうなこえをたてた。自分じぶんあわてて、おとしたランプをひろい、なおった。しあわせにもランプはえなかったが、それといっしょに自分じぶんは、列車れっしゃれいきゅう勾配こうばいかろうとしているなとかんじて、ひやりとした。自分じぶんは、ブレーキをかなければならないのだ。
 あとずさりをして、羽目板はめいたにぶつかってしまったくまは、のがみちのないことをさとったものか、すご形相ぎょうそうをし、きばしてかりそうな身構みがまえをした。自分じぶん夢中むちゅうでランプをしつけたまま、あとずさりに戸口とぐちちかづき、はたっていたほううしろへまわして戸口とぐちさぐってみると、ぎくっとした。いつのにかまっているではないか、いまの列車れっしゃ動揺どうようのために、ひとりでにまったのに相違そういない。けようと、あせっても、なにしろまえくまをひかえて、片手かたてうしろにまわしての仕事しごとだからこまった。くまはいよいよきばし、いまにもびかかろうという気勢きせいせている。
「いつものところで、ブレーキをかけることをおこたったら、列車れっしゃ脱線だっせんするかもわからない。けわしいがけ中腹ちゅうふくはしっている列車れっしゃは、それと同時どうじ数十すうじゅうしゃくしたいわんでいる激流げきりゅうに、墜落ついらくするよりほかはない。」
 そうおもうと、自分じぶんは、もうじっとしていられなかった。おそろしさもわすれて、いきなり、さけひろげると、それをくまほうげつけておいて、そのひまをあけようとあせった。
「うわう……。」
 ものすごさけごえ列車れっしゃ騒音そうおんにもまぎれずに、ひびわたった。ガタピシとっかかって、うごこうともしない。自分じぶんかえりざま、また、気違きちがいのようにランプをまわした。くまは、後足あとあしがったままあかいランプのひかりおびえてか、つめねこのように、バリバリとそばの羽目板はめいたつめをたてた。
 一息ひといきついた自分じぶんは、咄嗟とっさ上部じょうぶのガラスまどやぶろうとかんがえた。いきなり、うしろをくと、にしたはたぼうでガラスをくだいた。ガラガラとガラスの破片はへんおと気味悪きみわるひびいた。同時どうじくるったくま一声いっせいたかくうなると、自分じぶんがけてびかかってきた。あぶないところでなおった自分じぶんは、夢中むちゅうで、よこざまにからだげだした。その拍子ひょうしに、シグナル・ランプは、ガチャンとはげしいおとをたててこわれてしまった。
 生臭なまぐさい、べとべとしたさけなかいつくばっている自分じぶんの、うしろのほうで、くまはううううと、うなっている。さいわいに、くまつめにはかからなかったが、たったひとつののがれみちである窓口まどぐちを、くまのために占領せんりょうされてしまったのである。
 列車れっしゃは、くま自分じぶんとをしんくらやみの貨車かしゃなかめたまま、なにもらずに、どんどんとはしっている。すこ速度そくどゆるんできたようだ。自分じぶんは、また、ブレーキのことをおもして、ぞっとした。
「うううううう。」
 くまはきゅうにまた、ものすごいうなりこえをたてはじめた。さて、どうしたら、自分じぶん制動せいどうしつへもどることができるであろうか?
「うわう……。」
と、一声いっせいすさまじいうなこえをあげたとおもうと、いきなりびかかってきたくまはらしたを、よこもぐけるようにからだしたので、あぶないところで、自分じぶんくまつめにかかることだけはのがれることができたのだが、さて、すこ落着らくちゃくいてくると、おそろしさと不安ふあんとが、まえばいになって自分じぶんむねにおしよせてきた。
 たったひとつののがみちだとおもったガラスまどは、くまおおきなからだで、すっかりふさがれてしまったのだ。自分じぶんくまは、さっきとはまったく、あべこべになったわけだ。自分じぶんはまるでくまおりれられたようなものだ。
 さっきまでは、とにかくげられそうな希望きぼうがあった。まど両手りょうてをかけてさえしまえば、飛越とびこしだい要領ようりょうででも、どうにか制動せいどうしつへからだをはこぶことができるとおもっていた。それがだめだとなると、自分じぶんはまったくもう、どうしていいかわからなくなってしまった。自分じぶんいのちあぶないばかりでなく、車掌しゃしょうとして重大じゅうだい任務にんむをはたすことができない。非常ひじょう信号しんごう? ――そういうものがあればいいのだが、なにしろ、むかしの開通かいつうしてまもなくの鉄道てつどうなのだから、そういう用意よういがまるでないのだ。
 ともかく、じっとしてはいられないから、そろそろからだこしてみた。つんばいになると、さっきげだした、シグナル・ランプのこわれがジャリジャリとのひらにさわる。なまぐさいさかなのにおいにまじって、こぼれた石油せきゆがプンとはなをうつ。――なによりも大事だいじな、たったひとつの武器ぶきともおもっていたランプが、メチャメチャになってしまったのである。
自分じぶんはなにをってくまたたかったらいいだろうか?」
 そうおもうと自分じぶんはまったく絶望ぜつぼうしてしまった。――それでも自分じぶんは、ガラスのかけらでらないように用心ようじんしながら、そろそろとあたりをかきさがしてみた。なんというあてもない、ただ自分じぶんは、むちゅうでそんなことをしていたのだ。
「うわう……。」
 くまは、またうなこえをあげた。自分じぶんは、ぎょっとして、そちらをすかしたが、しんくらやみのなかで、よくはえないが、くま戸口とぐち前足まえあしをかけたまま、うごかずにいるようだ。
 自分じぶんは、そのときみょうなことをかんがえた。――いや、かんがえたことがらは、みょうでもなんでもないのだが、そんな、切羽詰せっぱつまった場合ばあいに、よくも、あんな、暢気のんきなことをかんがえだしたものだと、それがみょうなのだ。
 それは、自分じぶんいままでにいたくまについての、いろんなめずらしいはなしなのだ。そんなものが、つぎからつぎへとあたまかんできた。
 ……そのうちのひとつは、ふいにやまなかくまにでくわしたひとはなしだった。そういう場合ばあいに、んだりをするということはだれでもっている。しかし、これは、それにしてもものすごはなしだった。――そのひとは、やはり、どうすることもできず、仕方しかたなしにたおれていきころしていたのだそうである。くまが、あたまのそばへきて、自分じぶんまわしているのが、はっきりとわかる。かれは、まったくんだようになって、心臓しんぞう鼓動こどうまでもめるようにしていた。もっとも、そんなときにはかえって心臓しんぞうはドキドキとはげしくったことだろうが……。冗談じょうだんはさておき、ふん……さんふん……そのうちにくま気配けはいがしなくなったようにおもわれた。そのおとこは、もういいだろうとおもって、かすかにうすをあいてたのだそうだ。――その瞬間しゅんかん、ザクンと一打いちだおおきなくまが、かれのみぎがくからあたまにかけてちおろされた。おとこは、むちゅうでバネ仕掛しかけのようにとびがって、あとはどうしたのか自分じぶんにはわからない。ともかくそのおとこたすかったそうである。大方おおかたくまもふいをうたれてびっくりしたのだろう。しかし、をあいてるまでの時間じかんは、わずかいっぷんふんだったのだろうが、そのおとこには、どんなにながかんじられたことだろう。――
 つい、はなし横道おうどうにそれた。――しかし、くまといっしょに貨車かしゃなかめられたまま、自分じぶんはまったく、そんな、ひとはなしなどをおもしていたのだからみょうではないか。
「ごーっ。」
というひびきが、列車れっしゃ全体ぜんたいつつむようにとどろわたった。
鉄橋てっきょうだ。」
おもうと、自分じぶんはもうじっとしていられなかった。かわわたってからやくマイルのところがれい難所なんしょなのだ。機関きかんも、十分じゅうぶん速度そくどおとしはするが、後部こうぶのブレーキは、どうしてもかなければならないことになっている。が、速度そくどのついた列車れっしゃが、機関きかんしゃのブレーキひとつでさされないとすると、脱線だっせん転覆てんぷく……か。わずかさんりょうではあるが、混合こんごう列車れっしゃのことなので客車きゃくしゃ連結れんけつされている。その乗客じょうきゃくたちの運命うんめいは、まったく、自分じぶんひとりのうでにあるといっていい。
 自分じぶんは、あしみしめてがった。と、不意ふいめいかるいひかり一筋ひとすじまえはしって、くら車内しゃないにななめのせんおとしている。
つきだ……つきひかりだ!」
 貨車かしゃ横腹よこばらにあるおおきな板戸いたどの、隙間すきまれていましがたがったとおもわれるつきんでたのであった。自分じぶんは、なんというわけもなくいさみたった。つきひかり辿たどってると、さけやまにかけられたむしろさんまい足元あしもとちている。
「これだ。」自分じぶんは、とっさにおもった。「だ、だ。」
 自分じぶんは、あせりにあせって、ポケットのマッチをさがそうとしたところが、どうしてもがポケットにはいらない。もどかしくおもって、ぐッとをおしこもうとすると、ポキリとれたものがある。ると、それはろうそくではないか。――さっき、ころんだひょうしにポケットからとびだしたのを、むちゅうで、さぐりでつかんでいたものとみえる。
 三本みもといっしょにマッチをすると、自分じぶんはまずそれを蝋燭ろうそくうつした。――やぶれたガラスまど片手かたてんだまま中腰ちゅうごしっているくま姿すがたが、きゅうめいかるくらしされた。にわかにくまは、ギロギロとくるいだしそうにひかった。
 自分じぶんは、むしろけた。メラメラとがったとおもうと、湿しめがあるとみえて、すぐにちからなくえそうになる。
 くまは、ひくながうなりだした。それは、さっきまでえたようなこえとちがって、大敵たいてき出会であった場合ばあいに、たがいにすきねらってにらっているような、不気味ぶきみなものだった。
 こっちの火勢かせいよわければ、いまにもびかかろうかという気配けはいえた。
 自分じぶんは、さっき石油せきゆがこぼれたとおもうあたりに、あししたちているむしろしやり、ったいちまいえかけたむしろを、たてのようにからだまえにかざしながら、あしさきで、むしろ石油せきゆませようと、ごしごしとしたむしろつづけた。
 くまは、まだうなりながら、自分じぶんにらえている。
 っているむしろが、えないうちに、手早てばや自分じぶんは、ゆかむしろをひろいげた。
 石油せきゆみたのか、むしろかわいていたのか、今度こんどは、いきおいよく一時いちじにパッとえついた。
 この機会きかいはずしてはと、自分じぶんは、もう、おそろしさもわすれて――じつは、おそろしさのあまりだが――がるむしろを、丁度ちょうど、スペインの闘牛とうぎゅう使つかあかいハンケチのようにりながら、じりじりと前進ぜんしんした。
 はなさきでえるては、くま我慢がまんができなかったのだろう。どしんとおおきなおとひびかせて、うしろへ退いた。
 それと一緒いっしょに、またまどガラスのくだけるおとがした。くま自分じぶんはじめとおな位置いちもどったわけだ。すみかべばん背中せなかこすりつけて、ったくまは、まるでまねねこみたいな格好かっこうだった。(あとになってわかったことだが、くまは、ガラスまどんだ拍子ひょうし片手かたて怪我けがをしたので、自然しぜんそんなつきをしたのだ。)
 このとき、だしぬけに汽笛きてきが、ヒョーとった。くだりのカーブにかかる合図あいずなのだ。
 自分じぶんでも、よく、それが、みみにはいったとおもう。――自分じぶんは、なにもかもわすれて、うしろのガラスまどへ上半身じょうはんしんをつっこんだ。
 しかし、どうしてもあしがぬけない。にものぐるいでもがいているうちに、さいわいに、が、ブレーキのハンドルにかかった。
 自分じぶんは、ちゅうにぶらさがったままでちからをこめてハンドルをまわした。
 ……それから、あとのことは自分じぶんなにおぼえていない。
 すぐつぎえきで、自分じぶんこしからした火傷かしょうをして、気絶きぜつしているところをたすけられた。
 ころんだときに、ズボンのうしろにませたあぶらいたものらしいが、なるほど、しりっぺたをやしていたのだから、くまも、かなかったわけではないか。――ただ、このあいだ二十にじゅうふん三十さんじゅうふんのことが、自分じぶんにはじつじつながいことにおもわれてならない。
 くまは、わけなくなまられた。始発駅しはつえきで、さけみをおわって、めるすきはいんだものだろうが、なにしろひとりで汽車きしゃりこんだくまめずらしいというので、駅員えきいんたちが大事だいじっていたが、ねんあまりでんでしまった。

とんまのろく兵衛べえ
下村しもむら千秋ちあき

 むかし、あるむら重吉じゅうきちろく兵衛べえという二人ふたり少年しょうねんんでいました。二人ふたり子供こども時分じぶんからだいなかよしで、いままでいちだって喧嘩けんかをしたこともなく口論こうろんしたことさえありませんでした。しかし奇妙きみょうなことには、重吉じゅうきちからはなけるほどの利口りこうもの でしたが、ろく兵衛べえ反対はんたいなにをやらせても、のろまで馬鹿ばかでした。また重吉じゅうきちいえむら一番いちばん大金持おおがねもちでしたが、ろく兵衛べえいえむら一番いちばん貧乏びんぼうでした。それでいて二人ふたり兄弟きょうだいのようになかがいいのですから、むら人々ひとびと不思議ふしぎおもったのも無理むりはありません。ろく兵衛べえは、そのまれつきの馬鹿ばかのために、仲間なかまからしょっちゅうからかわれて、とんまのろく兵衛べえというあだをつけられていました。
「とんまのろく兵衛べえさん、かわ鰹節かつおぶしをつりにかねえか。」
「おまえとおとうさんは、どっちがさきにまれたんだい。」
 こんなことをわれても、ろく兵衛べえいかりもせず、にやにやわらっているばかりでした。それをている重吉じゅうきちはつくづくろく兵衛べえがかわいそうになりました。そしてどうしたらろく兵衛べえ利口りこうにして、金持かねもちにすることが出来できるかと、そればかりをかんがえていました。それで、
ろくさんは金持かねもちになりたくないかい?」とたずねると、ろくさんは、
「うん、なりてえよ。」とこたえます。
利口りこうになりたくないかい?」とたずねると、
「うん、なりてえよ。」とって、いつものようににやにやわらっています。
 あるのこと、重吉じゅうきちはなにをおもったか、おとうさんが大切たいせつにしまっていたものを、そっとして、台所だいどころ片隅かたすみにかくしてしまいました。するとお正月しょうがつて、おとうさんがそのものとこへかけようとすると、いつもしまってある場所ばしょ見当みあたりません。おとうさんはびっくりして、家中いえじゅうさがまわりましたが、どうしてもつかりません。おとうさんはよわってしまいました。これをすまして重吉じゅうきちはおとうさんのまえって、
「おとうさん、わたし友達ともだちろくさんはうらないがうまいよ。だからもののある場所ばしょをうらなわせてみてごらんよ。」といました。
 すると、おとうさんはわらいながら、
「なに、とんまのろく兵衛べえがうらなうって? これほどさがしてもつからぬものを、あんな馬鹿ばかにどうしてわかるものかえ。」とって、まるでってくれません。
「おとうさんちがうよ。おとうさんはまだろくへいまもるさんのえらいことをらないんだ。ろく兵衛べえさんはうらないにかけては日本一にっぽんいちなんだよ。」
 あまり重吉じゅうきちがまじめにるので、おとうさんもついそのになって、
「じゃひとつうらなわせてみようか。」といましたので、とんまのろく兵衛べえは、いよいよおとうさんのもののありかをうらなうことになりました。
「あのとんまのろく兵衛べえうらないがたったら、あしたからおてんとうさま西にしかららあ。」と、むら人々ひとびとわらいました。
 使つかいのものにつれられてろく兵衛べえは、重吉じゅうきちいえにやってました。そして座敷ざしきのまんなかちつきはらってすわり、勿体もったいぶってかんがえていましたが、やがてぽんとひざをたたいて、とんまに似合にあわないおごそかなこえいました。
みなさん、もののありかはわかりました。こちらです。」とって台所だいどころほうをゆびさしました。そこで重吉じゅうきちのおとうさんは、その台所だいどころのあたりをさがしますと、たしてものました。ろく兵衛べえは、もとより重吉じゅうきちからもののありかをおしえられていたのですから、こんなことはわけもないことだったのです。でも重吉じゅうきちのおとうさんはじ人々ひとびとは、そんなことはりませんから、ろく兵衛べえうらないにびっくりしてしまいました。そして、
ろく兵衛べえは、すばらしいうらないの名人めいじんだ。」ということがやがていえからむらへ、むらから城下じょうかへとひろがって、ろく兵衛べえ重吉じゅうきちのちょっとした悪戯いたずら半分はんぶんのはかりごとのために、うらないのだい先生せんせいになってしまったのです。
 ちょうどそのころ、そのくに殿様とのさまのお屋敷やしきにつたわっている家宝かほう名刀めいとうが、だれかのためにぬすまれました。これはまったくの一大事いちだいじですから、殿様とのさまくにちゅう命令めいれいくだして、盗人ぬすっとさがさせましたが、どうしてもつけることが出来できませんでした。
 そのころまたちょうど、ろく兵衛べえ先生せんせい殿様とのさまのおみみたっしました。そこで殿様とのさま早速さっそくろく兵衛べえ先生せんせいをむかえて、名刀めいとうのありかをうらなわせることになりました。
 さすがのろく兵衛べえもこれにはおどろきました。あんまり重吉じゅうきち悪戯いたずらがすぎたために、とんだことになったと、内心ないしんびくびくしていますと、やがて殿様とのさまから使つかいがやってて、ろく兵衛べえははるばると殿様とのさまのおしろにつれられてました。ろく兵衛べえ心配しんぱいでたまりませんでした。どうしてうらなったらいいのかまるで見当けんとうもつきません。
 さて、いよいよ明日あした登城とじょうして、殿様とのさま御前おまえうらないをするというばんです。ろく兵衛べえはまんじりともせずかんがえこんでいましたが、なんにもいいかんがえはかんでません。そのうちにあたまがぼんやりしてたので、ろく兵衛べえあたまをひやすつもりでにわほうきました。と、そのときいちひきむしろく兵衛べえおおきなはなあなへとびこんだのです。そこでろく兵衛べえは、ちまえの大声おおごえをはりげて、
「ハックショ、ハックショ。」とくさめをしました。ところがだしぬけに、えにししたなにうものがありました。ろく兵衛べえは、
「だれだっ。」とおうとしましたが、はななかがくすぐったいので、またおおきなくさめをしました。と、こんどは、えにししたからおろおろこえで、
「ハイ、白状はくじょういたします。じつわたし殿様とのさま名刀めいとうぬすんだものでございます。名高なだかうらないの先生せんせいがうらなうということをきいて、どんなものかとおもって、いままでここにしのんでいたのでございます。ところが、あなたさまわたしがここにしのんでいることまでうらなてて、ただいま『白状はくじょう白状はくじょう』ともうされました。名刀めいとうは、おしろうらのいちばんおおきなまつ根元ねもとにうずめてありますから、どうぞいのちだけはおたすくださいまし。」
 ろく兵衛べえはこりゃすてきなことをきいたとおもい、だいよろこびで盗人ぬすっとはそのままがしてやりました。
 つぎろく兵衛べえは、まれてからいちとおしたことのない礼服れいふくをきせられ、おしろ参上さんじょうしました。ひゃくじょうしきもある大広間おおひろまには、たくさんの家来けらいがきらほしのようにずらりとながれています。ろく兵衛べえはとんまですからあまりおどろきませんでしたが、それでもおどおどしながら殿様とのさま御前おまえ平伏ひれふしました。
ろく兵衛べえとはそのほうか。御苦労ごくろう御苦労ごくろう。」と殿様とのさまこえをかけました。
「さて、いえつたわる名刀めいとうのありかについて、そのうらないをそのほうもうしつける。まさしく名刀めいとうのありかをはんてるならば、ぞんぶんの褒美ほうびらすぞ。」
 ろく兵衛べえはこれをきくと、あたまをあげてピョッコリとあいさつをして、
「はい、はい、ありがとうございます。」とこたえ、それから勿体もったいぶってかんがえこみました。ずらりとならんでいる家来けらいたちは、せきばらいひとつせず、ろく兵衛べえ振舞ふるまいています。すると、やがてろく兵衛べえはひざをぽんとたたいて、
殿様とのさま、わかりました。おいえ名刀めいとうはたしかに、おしろのうらのいちばんおおきなまつ根元ねもとにうずめてございます。」ともうげました。
 そこで、家来けらいたちがさっそくそのまつ根元ねもとってますと、たして宝物ほうもつ名刀めいとうました。
 ところが殿様とのさまは、だいよろこびとおもいのほか、ことのほかの立腹りっぷくでありました。
「さてはそのほう、あらかじめ自分じぶんぬすみ、まつ根元ねもとにかくしいたものにちがいあるまい。不届ふとどきものやっこ!」
 こううや、殿様とのさまはそばのかたなってこうとしました。とんまのろく兵衛べえも、これにはおどろき、がたがたふるえしました。
 すると、かたわらにすわっていた家来けらいいちにんが、
おそれながらもうげます。当人とうにんはあだをとんまのろく兵衛べえとかもうし、まれつきの馬鹿ばかしゃのゆえ、かかるものをっては殿とのかたなのけがれ、いかがなものでしょうか、もう一度いちどそとのことをうらなわせて、それでたらずば殿とのまえにて拙者せっしゃふたつにいたしましては。」
 殿様とのさまも、これにも一理いちりがあるとおもいましたのか、さっそくろく兵衛べえつぎうらないにりかからせました。
 殿様とのさまはこんどは、のひらになにやらきました。そしてそののひらをかたくにぎって、いました。
「こりゃろく兵衛べえなんじ盗人ぬすっとでない証拠しょうこせるために、のひらにいた文字もじててみよ。うまくはんてたならば、のぞみどおりの褒美ほうびをとらせよう。はんじそこねたときは、なんじくびなんじどうにはつけてかぬぞ。」
 さあこんどこそ、ろく兵衛べえにものぐるいです。どうかしてかんがそうとしましたが、もとよりのろまでとんまなのですから、とうていかんがせません。のろまのとんまでなくとも、これをはんてることはちょっと出来できないことでしょう。ろく兵衛べえきゅうかなしくなりました。このまま自分じぶん殿様とのさまころされるのかとおもうと、なみだました。
「コラ! はやはんてんか。」と殿様とのさま催促さいそくしました。
 いよいよ絶体絶命ぜったいぜつめいです。これももとはといえば重吉じゅうきち悪戯いたずらからたことです。おもえば重吉じゅうきちうらめしくなりました。で、とうとうろく兵衛べえはおろおろこえで、
重吉じゅうきちさんがうらめしい。」とおうとしましたが、なみだが、こみげてて、
じゅう……じゅう……」とどもってしまいました。
「なに、じゅうだと。ろく兵衛べえ、でかしたでかした。」
 殿様とのさまはさっとをひろげて、そうさけびました。
 どうでしょう。殿様とのさまのひらには、たしかにじゅうといういてあったのです。ろく兵衛べえはびっくりするやら、ホッとするやら、ゆめのようながしてぼんやりしてしまいました。が、やがてたくさんの褒美ほうびをいただいて、よろこいさんでむらかえってました。
 それからはだれも、ろく兵衛べえをとんまのろく兵衛べえぶものはありませんでした。

(あめ)チョコの天使(てんし)
小川(おがわ)未明(みめい)

 (あお)い、(うつく)しい(そら)(した)に、(くろ)(けむり)()がる、煙突(えんとつ)(いく)(ほん)()った工場(こうじょう)がありました。その工場(こうじょう)(なか)では、(あめ)チョコを製造(せいぞう)していました。
 製造(せいぞう)された(あめ)チョコは、(ちい)さな(はこ)(なか)()れられて、方々(かたがた)(まち)や、(むら)や、また都会(とかい)()かって(おく)られるのでありました。
 ある()(くるま)(うえ)に、たくさんの(あめ)チョコの(はこ)()まれました。それは、工場(こうじょう)から、(ちょう)いうねうねとした(みち)()られて、停車場(ていしゃじょう)へと(はこ)ばれ、そこからまた(とお)い、田舎(いなか)(ほう)へと(おく)られるのでありました。
 (あめ)チョコの(はこ)には、かわいらしい天使(てんし)(えが)いてありました。この天使(てんし)運命(うんめい)は、ほんとうにいろいろでありました。あるものは、くずかごの(なか)へ、ほかの(かみ)くずなどといっしょに、(やぶ)って()てられました。また、あるものは、ストーブの()(なか)()()れられました。またあるものは、泥濘(ぬかるみ)(みち)(うえ)()てられました。なんといっても子供(こども)らは、(はこ)(なか)(はい)っている、(あめ)チョコさえ()べればいいのです。そして、もう、()(ばこ)などに用事(ようじ)がなかったからであります。こうして、泥濘(ぬかるみ)(なか)()てられた天使(てんし)は、やがて、その(うえ)(おも)荷車(にぐるま)(わだち)()かれるのでした。
 天使(てんし)でありますから、たとえ(やぶ)られても、()かれても、また()かれても、()()るわけではなし、また(いた)いということもなかったのです。ただ、この地上(ちじょう)にいる(あいだ)は、おもしろいことと、(かな)しいこととがあるばかりで、しまいには、(たましい)は、みんな(あお)(そら)へと()んでいってしまうのでありました。
 いま、(くるま)()せられて、うねうねとした(なが)(みち)を、停車場(ていしゃじょう)(ほう)へといった天使(てんし)は、まことによく()れわたった、(あお)(そら)や、また木立(こだち)や、建物(たてもの)(かさ)なり()っているあたりの景色(けしき)をながめて、(ひと)(ごと)をしていました。
「あの(くろ)い、(けむり)()っている建物(たてもの)は、(あめ)チョコの製造(せいぞう)される工場(こうじょう)だな。なんといい景色(けしき)ではないか。(とお)くには(うみ)()えるし、あちらにはにぎやかな(まち)がある。おなじゆくものなら、(おれ)は、あの(まち)へいってみたかった。きっと、おもしろいことや、おかしいことがあるだろう。それだのに、いま、(おれ)は、停車場(ていしゃじょう)へいってしまう。汽車(きしゃ)()せられて、(とお)いところへいってしまうにちがいない。そうなれば、もう()()と、この都会(とかい)へはこられないばかりか、この景色(けしき)()ることもできないのだ。」
 天使(てんし)は、このにぎやかな都会(とかい)見捨(みす)てて、(とお)く、あてもなくゆくのを(かな)しく(おも)いました。けれど、まだ自分(じぶん)は、どんなところへゆくだろうかと(かんが)えると(たの)しみでもありました。
 その()(ひる)ごろは、もう(あめ)チョコは、汽車(きしゃ)()られていました。天使(てんし)は、()(くら)(なか)にいて、いま汽車(きしゃ)が、どこを(とお)っているかということはわかりませんでした。
 そのとき、汽車(きしゃ)は、野原(のはら)や、また(おか)(した)や、(むら)はずれや、そして、(おお)きな(かわ)にかかっている鉄橋(てっきょう)(うえ)などを(わた)って、ずんずんと東北(とうほく)(ほう)()かって(はし)っていたのでした。
 その()晩方(ばんがた)、あるさびしい、(ちい)さな(えき)汽車(きしゃ)()くと、(あめ)チョコは、そこで()ろされました。そして汽車(きしゃ)は、また(くら)くなりかかった、(かぜ)()いている野原(のはら)(ほう)へ、ポッ、ポッと(けむり)()いていってしまいました。
 (あめ)チョコの天使(てんし)は、これからどうなるだろうかと、(なか)(たよ)りないような、(なか)(たの)しみのような気持(きも)ちでいました。すると、まもなく、幾百(いくひゃく)となく、(あめ)チョコのはいっている(おお)きな(はこ)は、その(まち)菓子(かし)()(はこ)ばれていったのであります。
 (そら)が、(くも)っていたせいもありますが、(まち)(なか)は、(にち)()れてからは、あまり人通(ひとどお)りもありませんでした。天使(てんし)は、こんなさびしい(まち)(なか)で、幾日(いくにち)もじっとして、これから(なが)(あいだ)、こうしているのかしらん。もし、そうなら退屈(たいくつ)でたまらないと(おも)いました。
 幾百(いくひゃく)となく、(あめ)チョコの(はこ)(えが)いてある天使(てんし)は、それぞれ(ちが)った空想(くうそう)にふけっていたのでありましょう。なかには、(はや)(あお)(そら)(のぼ)ってゆきたいと(おも)っていたものもありますが、また、どうなるか最後(さいご)運命(うんめい)まで()てから、(そら)(かえ)りたいと(おも)っていたものもあります。
 ここに(はなし)をしますのは、それらの(おお)くの天使(てんし)(なか)一人(ひとり)であるのはいうまでもありません。
 ある()(おとこ)(はこ)(ぐるま)()いて菓子(かし)()店頭(てんとう)にやってきました。そして、(あめ)チョコを三十(さんじゅう)ばかり、ほかのお菓子(かし)といっしょに(はこ)(ぐるま)(なか)(おさ)めました。
 天使(てんし)は、また、これからどこへかゆくのだと(おも)いました。いったい、どこへゆくのだろう?(はこ)(ぐるま)(なか)にはいっている天使(てんし)は、やはり、(くら)がりにいて、ただ(しゃ)(いし)(うえ)をガタガタと(おど)りながら、なんでものどかな、田舎道(いなかみち)を、()かれてゆく(おと)しか()くことができませんでした。
 (はこ)(しゃ)()いてゆく(おとこ)は、途中(とちゅう)で、だれかと(みち)づれになったようです。
「いいお天気(てんき)ですのう。」
「だんだん、のどかになりますだ。」
「このお天気(てんき)で、みんな(せつ)()えてしまうだろうな。」
「おまえさんは、どこまでゆかしゃる。」
「あちらの(むら)へ、お菓子(かし)(おろ)しにゆくだ。今年(ことし)になって、はじめて東京(とうきょう)から()がついたから。」
 (あめ)チョコの天使(てんし)は、この(はなし)によって、この(へん)には、まだところどころ()や、(はたけ)に、(ゆき)(のこ)っているということを()りました。
 (むら)(はい)ると、木立(こだち)(うえ)に、小鳥(ことり)がチュン、チュンといい(こえ)()して、(えだ)から、(えだ)へと()んではさえずっていました。子供(こども)らの(あそ)んでいる(こえ)()こえました。そのうちに(くるま)は、ガタリといって()まりました。
 このとき、(あめ)チョコの天使(てんし)は、(むら)へきたのだと(おも)いました。やがて(はこ)(ぐるま)のふたが(ひら)いて、(おとこ)ははたして(あめ)チョコを()()して、(むら)(ちい)さな駄菓子(だがし)()店頭(てんとう)()きました。また、ほかにもいろいろのお菓子(かし)(なら)べたのです。
 駄菓子(だがし)()のおかみさんは、(あめ)チョコを()()りあげながら、
「これは、みんな(じっ)(せん)(あめ)チョコなんだね。()(せん)のがあったら、そちらをおくんなさい。この(あた)りでは、(じっ)(せん)のなんか、なかなか()れっこはないから。」
といいました。
(じっ)(せん)のばかりなんですがね。そんなら、(みっ)(よっ)()いてゆきましょうか。」と、(くるま)()いてきた(わか)(おとこ)はいいました。
「そんなら、(みっ)つばかり()いていってください。」と、おかみさんはいいました。
 (あめ)チョコは、(みっ)つだけ、この(みせ)()かれることとなりました。おかみさんは、(みっ)つの(あめ)チョコを(おお)きなガラスのびんの(なか)にいれて、それを(そと)から()えるようなところに(かざ)っておきました。
 (わか)(おとこ)は、(くるま)()いて(かえ)ってゆきました。これから、またほかの(むら)へ、まわったのかもしれません。(おな)工場(こうじょう)(つく)られた(あめ)チョコは、(おな)汽車(きしゃ)()って、ついここまで運命(うんめい)をいっしょにしてきたのだが、これからたがいに()らない場所(ばしょ)(べつ)かれてしまわなければなりませんでした。もはや、この()(なか)では、それらの天使(てんし)は、たがいに(かお)見合(みあ)わすようなことはおそらくありますまい。いつか、(あお)(そら)(のぼ)っていって、おたがいにこの()(なか)()てきた運命(うんめい)について、(かた)()()よりはほかになかったのであります。
 びんの(なか)から、天使(てんし)は、(いえ)(まえ)(なが)れている(ちい)さな(かわ)をながめました。(みず)(うえ)を、(にち)(ひかり)がきらきら()らしていました。やがて()()れました。田舎(いなか)(よる)はまだ(さむ)く、そして、(さび)しかった。しかし(よる)()けると、小鳥(ことり)(れい)木立(こだち)にきてさえずりました。その()もいい天気(てんき)でした。あちらの(やま)あたりはかすんでいます。子供(こども)らは、お菓子(かし)()(まえ)にきて(あそ)んでいました。このとき、(あめ)チョコの天使(てんし)は、あの子供(こども)らは、(あめ)チョコを()って、自分(じぶん)をあの小川(おがわ)(なが)してくれたら、自分(じぶん)は (みず)のゆくままに、あちらの(とお)いかすみだった山々(やまやま)(あいだ)(なが)れてゆくものを空想(くうそう)したのであります。
 しかし、おかみさんが、いつかいったように、百姓(ひゃくしょう)子供(こども)らは、(じっ)(せん)(あめ)チョコを()うことができませんでした。
 (なつ)になると、つばめが()んできました。そして、そのかわいらしい姿(すがた)小川(おがわ)(みず)(おもて)(うつ)しました。また(あつ)日盛(ひざか)りごろ、旅人(たびびと)店頭(てんとう)にきて(やす)みました。そして、四方(よも)(はなし)などをしました。しかし、その(あいだ)だれも(あめ)チョコを()うものがありませんでした。だから、天使(てんし)(そら)(のぼ)ることも、またここからほかへ(たび)をすることもできませんでした。月日(つきひ)がたつにつれて、ガラスのびんはしぜんに(よご)れ、また、ちりがかかったりしました。(あめ)チョコは、憂鬱(ゆううつ)()(おく)ったのであります。
 やがてまた、(さむ)さに()かいました。そして、(ふゆ)になると、(ゆき)はちらちらと()ってきました。天使(てんし)田舎(いなか)生活(せいかつ)()きてしまいました。しかし、どうすることもできませんでした。ちょうど、この(みせ)にきてから、(いち)(ねん)めになった、ある()のことでありました。
 菓子(かし)()店頭(てんとう)に、一人(ひとり)のおばあさんが()っていました。
「なにか、(まご)(おく)ってやりたいのだが、いいお菓子(かし)はありませんか。」と、おばあさんはいいました。
「ご隠居(いんきょ)さん、ここには上等(じょうとう)のお菓子(かし)はありません。(あめ)チョコならありますが、いかがですか。」と、菓子(かし)()のおかみさんは(こた)えました。
(あめ)チョコを()せておくれ。」と、つえをついた、(くろ)頭巾(ずきん)をかぶった、おばあさんはいいました。
「どちらへ、お(おく)りになるのですか。」
東京(とうきょう)(まご)に、もちを(おく)ってやるついでに、なにかお菓子(かし)()れてやろうと(おも)ってな。」と、おばあさんは(こた)えました。
「しかし、ご隠居(いんきょ)さん、この(あめ)チョコは、東京(とうきょう)からきたのです。」
「なんだっていい、こちらの(こころざし)だからな。その(あめ)チョコをおくれ。」といって、おばあさんは、(あめ)チョコを(みっ)つとも()ってしまいました。
 天使(てんし)(おも)いがけなく、ふたたび、東京(とうきょう)(かえ)っていかれることを(よろこ)びました。
 あくる()(よる)は、はや、(くら)貨物(かもつ)列車(れっしゃ)(なか)()すられて、いつかきた時分(じぶん)(おな)線路(せんろ)を、都会(とかい)をさして(はし)っていたのであります。
 (よる)()けて、あかるくなると、汽車(きしゃ)は、都会(とかい)停車場(ていしゃじょう)()きました。
 そして、その()昼過(ひるす)ぎには、小包(こづつみ)宛名(あてな)(いえ)配達(はいたつ)されました。
田舎(いなか)から、小包(こづつみ)がきたよ。」と、子供(こども)たちは、(おお)きな(こえ)()して(よろこ)び、(おど)(あが)がりました。
「なにがきたのだろうね。きっとおもちだろうよ。」と、母親(ははおや)は、小包(こづつみ)(なわ)()いて、(はこ)のふたを()けました。すると、はたして、それは、田舎(いなか)でついたもちでありました。その(なか)に、(みっ)つの(あめ)チョコがはいっていました。
「まあ、おばあさんが、おまえたちに、わざわざ()ってくださったのだよ。」と、母親(ははおや)は、(さん)(にん)子供(こども)(ひと)つずつ(あめ)チョコを()けて(あた)えました。
「なあんだ、(あめ)チョコか。」と、子供(こども)らは、(くち)ではいったものの(よろこ)んで、それをば()()って、(いえ)(そと)(あそ)びに()ました。

 まだ、(さむ)い、早春(そうしゅん)黄昏(たそがれ)(かた)でありました。往来(おうらい)(うえ)では、子供(こども)らが、(おに)ごっこをして(あそ)んでいました。(さん)(にん)子供(こども)らは、いつしか(あめ)チョコを(はこ)から()して()べたり、そばを(はな)れずについている、(しろ)(いぬ)のポチに()げてやったりしていました。その(なか)に、まったく(はこ)(なか)(から)になると、一人(ひとり)(から)(ばこ)(みぞ)(なか)()てました。一人(ひとり)は、(やぶ)ってしまいました。一人(ひとり)は、それをポチに()げると、(いぬ)は、それをくわえて、あたりを()びまわっていました。
 (そら)(いろ)は、ほんとうに、(あお)い、なつかしい(いろ)をしていました。いろいろの(はな)()くには、まだ(はや)かったけれど、(うめ)(はな)は、もう(かお)っていました。この(しず)かな黄昏(たそがれ)がた、(さん)(にん)天使(てんし)は、(あお)(そら)(のぼ)ってゆきました。
 その(なか)一人(ひとり)は、(おも)()したように、(とお)都会(とかい)のかなたの(そら)をながめました。たくさんの煙突(えんとつ)から、(くろ)(けむり)()がっていて、どれが(むかし)自分(じぶん)たちの(あめ)チョコが製造(せいぞう)された工場(こうじょう)であったかよくわかりませんでした。ただ、(うつく)しい()が、あちらこちらに、もやの(なか)からかすんでいました。
 青黒(あおぐろ)(そら)は、だんだん()がるにつれて(あか)るくなりました。そして、()()には、(うつく)しい(ほし)(ひか)っていました。

一房ひとふさ葡萄ぶどう
有島ありしま武郎たけお

 ぼくちいさいときくことがきでした。ぼくかよっていた学校がっこう横浜よこはまやまというところにありましたが、そこいらは西洋せいようじんばかりんでいるまちで、ぼく学校がっこう教師きょうし西洋人せいようじんばかりでした。そしてその学校がっこうきかえりにはいつでもホテルや西洋人せいようじん会社かいしゃなどがならんでいる海岸かいがんとおりをとおるのでした。とおりのうみいにってると、真青まっさおうみうえ軍艦ぐんかんだの商船しょうせんだのがいっぱいならんでいて、煙突えんとつからけむりているのや、ほばしらから万国旗ばんこっきをかけわたしたのやがあって、がいたいように綺麗きれいでした。ぼくはよくきしってその景色けしき見渡みわたして、いえかえると、おぼえているだけを出来できるだけうつくしくえがいてようとしました。けれどもあのきとおるようなうみ藍色あいいろと、しろ帆前船ほまえせんなどの水際みずぎわちかくにってある洋紅ようこうしょくとは、ぼくっている絵具えのぐではどうしてもうまくせませんでした。いくらえがいてもえがいても本当ほんとう景色けしきるようないろにはえがけませんでした。
 ふとぼく学校がっこう友達ともだちっている西洋せいよう絵具えのぐおも しました。その友達ともだちはり西洋せいようじんで、しかもぼくよりふたくらいとしうえでしたから、身長しんちょう見上みあげるようにおおきいでした。ジムというそのっている絵具えのぐ舶来はくらい上等じょうとうのもので、かるはこなか十二種じゅうにしゅ絵具えのぐちいさなすみのように四角しかくかたちにかためられて、二列にれつにならんでいました。どのいろうつくしかったが、とりわけてあい洋紅ようこうとは喫驚びっくりするほどうつくしいものでした。ジムはぼくより身長せいたかいくせに、はずっと下手へたでした。それでもその絵具えのぐをぬると、下手へたさえがなんだかちがえるようにうつくしくえるのです。ぼくはいつでもそれをうらやましいとおもっていました。あんな絵具えのぐさえあればぼくだってうみ景色けしき本当ほんとううみえるようにえがかいてせるのになあと、自分じぶんわる絵具えのぐうらみながらかんがえました。そうしたら、そのからジムの絵具えのぐがほしくってほしくってたまらなくなりました。けれどもぼくはなんだか臆病おくびょうになってパパにもママにもってくださいとねがになれないので、毎日まいにち々々その絵具えのぐのことをこころなかおもいつづけるばかりで幾日いくにちがたちました。
 いまではいつのころだったかおぼえてはいませんがあきだったのでしょう。葡萄ぶどうぶどうのじゅくしていたのですから。天気てんきふゆまえあきによくあるようにそらおくおくまですかされそうにれわたったでした。僕達ぼくたち先生せんせい一緒いっしょ弁当べんとうをたべましたが、そのたのしみな弁当べんとう最中さいちゅうでもぼくこころはなんだか落着おちつかないで、そのそらとはうらはらにくらかったのです。ぼく自分じぶん一人ひとりかんがえこんでいました。だれかががついてたら、かお屹度きっとあおかったかもれません。ぼくはジムの絵具えのぐがほしくってほしくってたまらなくなってしまったのです。むねいたむほどほしくなってしまったのです。ジムはぼくむねなかかんがえていることをっているにちがいないとおもって、そっとそのかおると、ジムはなんにもらないように、面白おもしろそうにわらったりして、わきにすわっている生徒せいとはなしをしているのです。でもそのわらっているのがぼくのことをっていてわらっているようにもおもえるし、なにはなしをしているのが、「いまにろ、あの日本人にっぽんじんぼく絵具えのぐるにちがいないから。」といっているようにもおもえるのです。ぼくはいやな気持きもちになりました。けれどもジムがぼくうたがっているようにえればえるほど、ぼくはその絵具えのぐがほしくてならなくなるのです。
 ぼくはかわいいかおはしていたかもれないがからだこころよわでした。そのうえ臆病者おくびょうもので、いたいこともわずにすますようなたちでした。だからあんまりひとからは、かわいがられなかったし、友達ともだちもないほうでした。ひる御飯ごはんがすむとほか子供こどもたち活溌かっぱつ運動うんどうじょうはしりまわってあそびはじめましたが、ぼくだけはなおさらそのへんこころしずんで、一にんだけ教場きょうじょう這入はいっていました。そとがあかるいだけに教場きょうじょうなかくらくなってぼくこころなかのようでした。自分じぶんせきすわっていながらぼく時々ときどきジムのテイブルほうはしりました。ナイフで色々いろいろないたずらきがりつけてあって、手垢てあか真黒まっくろになっているあのふたあげると、そのなかほん雑記ざっきちょう石板せきばん一緒いっしょになって、あめのようないろ絵具えのぐばこがあるんだ。そしてそのはこなかにはちいさいすみのようなかたちをしたあい洋紅ようこう絵具えのぐが……ぼくかおあかくなったようながして、おもわずそっぽをいてしまうのです。けれどもすぐまたよこでジムのテイブルほうないではいられませんでした。むねのところがどきどきとしてくるしいほどでした。じっとすわっていながらゆめおににでもいかけられたときのようにばかりせかせかしていました。
 教場きょうじょう這入はいかねがかんかんとりました。ぼくおもわずぎょっとして立上たちあがりました。生徒せいとたちおおきなこえわらったりったりしながら、洗面所せんめんじょほうあらいにかけてくのがまどからえました。ぼくきゅうあたまなかこおりのようにつめたくなるのを気味悪きみわるおもいながら、ふらふらとジムのテイブルところって、半分はんぶんゆめのようにそこのふたげてました。そこにはぼくかんがえていたとおり雑記ざっきちょう鉛筆えんぴつばことまじって見覚みおぼえのある絵具えのぐばこがしまってありました。なんのためだからないがぼくはあっちこちをまわりしてから、だれていないなとおもうと、手早てばやくそのはこふたけてあい洋紅ようこうとの二色にしょく取上とりあげるがはやいかポッケットのなか押込おしこみました。そしていそいでいつも整列せいれつして先生せんせいっているところはしってきました。
 僕達ぼくたちわかおんな先生せんせいれられて教場きょうじょう這入はいめいめい々のせきすわりました。ぼくはジムがどんなかおをしているかたくってたまらなかったけれども、どうしてもそっちのほうをふりくことができませんでした。でもぼくのしたことをだれのついた様子ようすがないので、気味きみわるいような、安心あんしんしたような心持こころもちでいました。ぼく大好だいすきなわかおんな先生せんせいおっしゃることなんかはみみ這入はいりは這入はいってもなんのことだかちっともわかりませんでした。先生せんせい時々ときどき不思議ふしぎそうにぼくほうているようでした。
 ぼくしか先生せんせいるのがそのかぎってなんだかいやでした。そんなふう一時間いちじかんがたちました。なんだかみんなみみこすりでもしているようだとおもいながら一時間いちじかんがたちました。
 教場きょうじょうかねったのでぼくはほっと安心あんしんして溜息ためいきをつきました。けれども先生せんせいおこなってしまうと、ぼくぼくきゅう一番いちばんおおきな、そしてよく出来でき生徒せいとに「ちょっとこっちにおいで」とひじところつかまれていました。ぼくむね宿題しゅくだいをなまけたのに先生せんせいゆびさされたときのように、おもわずどきんとふるえはじめました。けれどもぼく出来できるだけらないりをしていなければならないとおもって、わざと平気へいきかおをしたつもりで、仕方しかたなしに運動うんどうすみれてかれました。
きみはジムの絵具えのぐっているだろう。ここにたまえ。」
 そういってその生徒せいとぼくまえおおきくひろげたをつきしました。そういわれるとぼくはかえってこころ落着おちついて、
「そんなもの、ぼくってやしない。」と、ついでたらめをいってしまいました。そうすると三四人さんよにん友達ともだち一緒いっしょぼくそばていたジムが、
ぼく昼休ひるやすみのまえにちゃんと絵具えのぐばこ調しらべておいたんだよ。ひとつもくなってはいなかったんだよ。そして昼休ひるやすみがんだらふたくなっていたんだよ。そしてやすみの時間じかん教場きょうじょうにいたのはきみだけじゃないか。」とすこ言葉ことばふるわしながらいかえしました。
 ぼくはもう駄目だめだめだとおもうときゅうあたまなかながれこんでかお真赤まっかまっかになったようでした。するとだれだったかそこにっていた一人ひとりがいきなりぼくのポッケットにをさしもうとしました。ぼく一生懸命いっしょうけんめいにそうはさせまいとしましたけれども、多勢たぜい無勢ぶぜいとてもかないません。ぼくのポッケットのなかからは、るマーブルたまだま(いまのビーたまだまのことです)やなまりのメンコなどと一緒いっしょふたつの絵具えのぐのかたまりがつかされてしまいました。「それろ」といわんばかりのかおをして子供こどもたちにくらしそうにぼくかおにらみつけました。ぼくからだはひとりでにぶるぶるふるえて、まえ真暗まっくらになるようでした。いいお天気てんきなのに、みんなやすみ時間じかん面白おもしろそうにあそめぐっているのに、ぼくだけは本当ほんとうこころからしおれてしまいました。あんなことをなぜしてしまったんだろう。りかえしのつかないことになってしまった。もうぼく駄目だめだ。そんなにおもうと弱虫よわむしだったぼくさびしくかなしくなってて、しくしくとしてしまいました。
いておどかしたって駄目だめだよ」とよく出来できおおきな馬鹿ばかにするようなにくみきったようなこえって、うごくまいとするぼくをみんなでってたかって二階にかい引張ひっぱってこうとしました。ぼく出来できるだけくまいとしたけれどもとうとうちからまかせにきずられて梯子段はしごだんのぼらせられてしまいました。そこにぼくきな受持うけもちの先生せんせい部屋へやへやがあるのです。
 やがてその部屋へやをジムがノックしました。ノックするとは這入はいってもいいかとをたたくことなのです。なかからはやさしく「お這入はいり」という先生せんせいこえこえました。ぼくはその部屋へや這入はいときほどいやだとおもったことはまたとありません。
 なにきものをしていた先生せんせいはどやどやと這入はいって僕達ぼくたちると、すこおどろいたようでした。が、おんなくせおとこのようにくびのところでぶつりとったかみみぎなであげながら、いつものとおりのやさしいかおをこちらにけて、一寸ちょっとくびをかしげただけでなに御用ごようというふうをしなさいました。そうするとよく出来できおおきなまえて、ぼくがジムの絵具えのぐったことをくわしく先生せんせいいつけました。先生せんせいすこくもった顔付かおつきをして真面目まじめにみんなのかおや、半分はんぶんきかかっているぼくかおくらべていなさいましたが、ぼくに「それは本当ほんとうですか。」とかれました。本当ほんとうなんだけれども、ぼくがそんないやなやつだということをどうしてもぼくきな先生せんせいられるのがつらかったのです。だからぼくこたえるかわりに本当ほんとうしてしまいました。
 先生せんせいしばぼくつめていましたが、やがて生徒せいとたちむかってしずかに「もういってもようございます。」といって、みんなをかえしてしまわれました。生徒せいとたちすこものらなそうにどやどやとしたりていってしまいました。
 先生せんせいすこしのあいだなんともわずに、ぼくほうかずに自分じぶんつめつめていましたが、やがてしずかにってて、ぼくかたところきすくめるようにして「絵具えのぐはもうかえしましたか。」とちいさなこえおっしゃいました。ぼくかえしたことをしっかり先生せんせいってもらいたいので深々ふかぶかうなずいてせました。
「あなたは自分じぶんのしたことをいやなことだったとおもっていますか。」
 もう一度いちどそう先生せんせいしずかにおっしゃったときには、ぼくはもうたまりませんでした。ぶるぶるとふるえてしかたがないくちびるを、みしめてもみしめても泣声なきごえて、からはなみだがむやみにながれてるのです。もう先生せんせいいだかれたままんでしまいたいような心持こころもちになってしまいました。
「あなたはもうくんじゃない。よくかったらそれでいいからくのをやめましょう、ね。ぎの時間じかんには教場きょうじょうないでもよろしいから、わたしわたくしのこのお部屋へやらっしゃい。しずかにしてここにらっしゃい。わたし教場きょうじょうからかえるまでここにらっしゃいよ。いい。」とおっしゃりながらぼく長椅子ながいすながいすにすわらせて、そのときまた勉強べんきょうかねがなったので、つくえうえ書物かきものげて、ぼくほうていられましたが、二かいまどまでたかあがった葡萄ぶどうつるから、一房ひとふさ西洋せいよう葡萄ぶどうをもぎって、しくしくときつづけていたぼくひざうえにそれをおいてしずかに部屋へやきなさいました。
 一時いちじがやがやとやかましかった生徒せいとたちはみんな教場きょうじょうきょうじょうに這入はいって、きゅうにしんとするほどあたりがしずかになりました。ぼくさびしくってさびしくってしようがないほどかなしくなりました。あのくらいきな先生せんせいくるしめたかとおもうとぼく本当ほんとうわるいことをしてしまったとおもいました。葡萄ぶどうなどはとてもべるになれないでいつまでもいていました。
 ふとぼくかたかるくゆすぶられてをさましました。ぼく先生せんせい部屋へやへやでいつのにか泣寝入なきねいりをしていたとえます。すこやせて身長しんちょうたか先生せんせい笑顔えがおせてぼくおろしていられました。ぼくねむったために気分きぶんがよくなっていままであったことはわすれてしまって、すこはずかしそうにわらいかえしながら、あわててひざうえからすべちそうになっていた葡萄ぶどうふさをつまみげましたが、すぐかなしいことをおもしてわらいもなに引込ひっこんでしまいました。
「そんなにかなしいかおをしないでもよろしい。もうみんなはかえってしまいましたから、あなたはおかえりなさい。そして明日あしたはどんなことがあっても学校がっこうなければいけませんよ。あなたのかおないとわたしわたくしはかなしくおもいますよ。屹度きっとですよ。」
 そういって先生せんせいぼくのカバンのなかにそっと葡萄ぶどうふされてくださいました。ぼくはいつものように海岸かいがんどおりを、うみながめたりふねながめたりしながらつまらなくいえかえりました。そして葡萄ぶどうをおいしくべてしまいました。
 けれどもつぎるとぼく中々なかなか学校がっこうにはなれませんでした。おなかいたくなればいいとおもったり、頭痛ずつうがすればいいとおもったりしたけれども、そのかぎって虫歯むしばほんいたみもしないのです。仕方しかたなしにいやいやながらいえましたが、ぶらぶらとかんがえながらあるきました。どうしても学校がっこうもん這入はいることは出来できないようにおもわれたのです。けれども先生せんせいわかれのとき言葉ことばおもすと、ぼく先生せんせいかおだけはなんといってもたくてしかたがありませんでした。ぼくかなかったら先生せんせい屹度きっとかなしくおもわれるにちがいない。もう一度いちど先生せんせいのやさしいられたい。ただその一言ひとことがあるばかりでぼく学校がっこうもんをくぐりました。
 そうしたらどうでしょう、まずだい一にっていたようにジムがんでて、ぼくにぎってくれました。そして昨日きのうのことなんかわすれてしまったように、親切しんせつぼくをひいてどぎまぎしているぼく先生せんせい部屋へやれてくのです。ぼくはなんだかわけがわかりませんでした。学校がっこうったらみんながとおくのほうからぼくて「泥棒どろぼうのうそつきの日本人にっぽんじんた」とでも悪口わるぐちをいうだろうとおもっていたのにこんなふうにされると気味きみわるほどでした。
 二人ふたり足音あしおときつけてか、先生せんせいはジムがノックしないまえに、けてくださいました。二人ふたり部屋へやなか這入はいりました。
「ジム、あなたはいい、よくわたしわたくしのったことがわかってくれましたね。ジムはもうあなたからあやまってもらわなくってもいいとっています。二人ふたりいまからいいお友達ともだちになればそれでいいんです。二人ふたりとも上手じょうず握手あくしゅをなさい。」と先生せんせいはにこにこしながら僕達ぼくたちむか あわせました。ぼくはでもあんまり勝手かってぎるようでもじもじしていますと、ジムはいそいそとぶらげているぼく引張ひっぱしてかたにぎってくれました。ぼくはもうなんといってこのうれしさをあらわせばいいのかわからないで、ただはずかしくわらほかありませんでした。ジムも気持きもちよさそうに、笑顔えがおをしていました。先生せんせいはにこにこしながらぼくに、
昨日きのう葡萄ぶどうはおいしかったの。」とわれました。ぼくかお真赤まっかにして「ええ」と白状はくじょうするより仕方しかたがありませんでした。
「そんならまたあげましょうね。」
 そういって、先生せんせい真白まっしろなリンネルの着物きものにつつまれたからだまどからのびさせて、葡萄ぶどう一房ひとふさもぎって、真白まっしろまっしろいひだりうえこなのふいた紫色むらさきいろふさせて、細長ほそなが銀色ぎんいろはさみで真中まんなかからぷつりとふたつにって、ジムとぼくとにくださいました。真白まっしろひら紫色むらさきいろ葡萄ぶどうつぶかさなってっていたそのうつくしさをぼくいまでもはっきりとおもすことが出来できます。
 ぼくはそのときからまえよりすこしいいになり、すこしはにかみでなくなったようです。
 それにしてもぼく大好だいすきなあのいい先生せんせいはどこにかれたでしょう。もう二度にどとはえないとりながら、ぼくいまでもあの先生せんせいがいたらなあとおもいます。あきになるといつでも葡萄ぶどうふさ紫色むらさきいろいろづいてうつくしくこなをふきますけれども、それをけた大理石だいりせきのようなしろうつくしいはどこにもつかりません。

おに退治たいじ
下村しもむら千秋ちあき

いち
 あたま少々しょうしょう馬鹿ばかでも、うでっぷしさえつよければひとあたまっていばっていられるようなむかし時代じだいであった。常陸ひたち八溝山やみぞさんというたかやまふもとむら勘太郎かんたろうというおとこがいた。今年ことし十八じゅうはちさいであったが、あたま非常ひじょうによくって、寺子屋てらこやおそわるきそろばんはいつも一番いちばんであった。なにかんがえてもなにをしてもひとよりずばぬけていた。しかしその時代じだいにいちばん必要ひつよううでっぷしのちからがなかった。からだちいさくうであしはひょろひょろしていて、自分じぶんよりいつつもむっつも年下としした子供こどもとすもうをっても、たわいもなくばされてしまった。
 だから勘太郎かんたろう人前ひとまえるといつもちいさくなっていなければならなかった。勘太郎かんたろうかられば馬鹿ばかとしかおもわれないおとこが、ただ腕力わんりょくがあるばかりに勘太郎かんたろうをいいようにきまわしていた。勘太郎かんたろうはそれをはらうちでずいぶんくやしがりながらも、どうすることも出来できなかった。
 勘太郎かんたろうむらからじゅうちょうばかりはなれたところ光明寺こうみょうじというてらがあった。やますこのぼりかけたふか杉森すぎのもりなかにあって、真夏まなつ日中にっちゅうでもそこは薄寒うすらさむいほどくらくしんとしていた。このてらには年寄としよった住職じゅうしょく小坊主こぼうずいちにんんでいたが、住職じゅうしょくはついにんでしまい、小坊主こぼうずはそんなところにいちにんではんでいられないとって、むらげててしまった。
 それからよんねんあいだ、そのてられるままにまかせて、きつねむじなとなっていたが、それではこまるというので、むらひとたちは隣村りんそんてらからいちにんわかぼうさんをんでてそこの住職じゅうしょくとした。するとじゅうにちもたたないうちに、その住職じゅうしょく姿すがたをくらましてしまった。やっぱりわかいからいちにんではおそろしくてんでいられないのだろうとむらひとおもい、今度こんど五十ごじゅうぐらいのおぼうさんをそとてらからたのんでてそのてらまわせた。が、このおぼうさんはじゅうにちとたたぬうちにんでしまった。いやんだのではなくあたまだけのこしてどう手足てあしほねばかりになってころされていたのであった。おおかたなにかのけだものわれてしまったのだろうとむらひとたちはった。
 さんにんのおぼうさんがそとてらからたのまれてた。このおぼうさんはもと武士ぶしであったので、今度こんどけだもの餌食えじきになるような意気地いくじなしではなかろうと、むらひとたちは安心あんしんしていた。
 ところがろくにちしてこのぼうさんは、左腕さわんをつけところからなにかにられて、ながしながらむらげてた。
「どうしたのだ、何奴なにやつわれたのだ。」とむらひとたちはよってたかってきいた。
おにだ。あのてらにはおにんどる。くちみみまでけているあおおにあかおになんひきもいて、おれをこんなわしたのだ。」とぼうさんはくるしそうないきをしながらはなした。
 それをいたむらひとたちもびっくりしてしまった。
よんねんあいだ、あのてらにしといたので、そのあいだおにどもがをくったのだろう。」
「そうだ。最初さいしょ坊主ぼうず姿すがたえなくなったのも、番目ばんめ坊主ぼうずほねばかりになってんでいたのも、かいおににやられたのだ。えらいことになったものだ。」
 むらひとたちはそうはなった。このうわさはすぐに方々かたがたつたわったので、もうだれもこのてら住職じゅうしょくになろうというものがなくなってしまった。

 むらひとたちはいをやって相談そうだんをした。そして結局けっきょくむらひとなかで、てらおにどもを退治たいじしたものをてら住職じゅうしょくにしようということになった。そのてらには村中むらなかはたけわせたほどの田畑たはたがついているので、もちろんこのてら住職じゅうしょくになりたがらないものはいちにんもなかった。そればかりでなく、おに退治たいじしてみんなのまえでいばってやりたいというちから自慢じまん度胸どきょう自慢じまん若者わかものだいぜいいた。そこでみんなでくじをいて、くじにたったものが一番いちばんさきおに退治たいじかけることになった。ところで弱虫よわむし勘太郎かんたろうもそのくじを仲間なかまはいろうとすると、みんなはをたたいてわらいながら、
勘太郎かんたろうおに退治たいじをするとよ、ねずみねこりにくよりひどいや。阿呆あほもあのくらいになると面白おもしろいな。」とった。
 勘太郎かんたろうはくやしくてたまらなかったが、仲間なかまはいることはあきらめてしまった。
 くじにたったおとこ新平しんぺいというわか力持ちからもちのおとこだった。りょうって穴熊あなぐまりにしたことのあるおとこで、むらでも指折ゆびおりの度胸どきょうのいいおとこであった。新平しんぺいはもうてら自分じぶんのものにしたようなつもりで、大鉈おおなた一打いちだこしにぶちんだだけで、ともしがる若者わかものどもを尻目しりめにかけながらやまてらかけてった。
 が、新平しんぺい翌日よくじつがた、おしり背中せなかにくをさんざんにやぶられ、いのちからがらかえってた。新平しんぺいおどろきのあまり、んだようになって、おに退治たいじ様子ようすはなすことさえ出来できなかった。
 そこで度目どめのくじきがおこなわれて今度こんど力造りきぞうというおとこがくじにたった。このおとこむら一番いちばん強者つわもので、あるときむら一番いちばんつようし喧嘩けんかをして、そのうしかくをへしり、あばらぼね蹴破けやぶって見事みごとたおしてしまったことのあるおとこであった。だからむらひとたちもあのおとこおこなったら、さすがのおにどももどてっはらっこぬかれたり、くびたまっこかれたりしてしまうだろうとはなった。
 ところが、このおとこ退治たいじかけたつぎあさ片足かたあし半分はんぶんられ、おまけにはなみみほおっぺたまでかみられて、おいおいきながらべたをうようにしてかえってた。
 それをむらひとたちは、はじめはわれもわれもとおに退治たいじきたがったのに、いまはだれいちにんそれをすものもなかった。
「あのおとこでさえあんなにあってたんだから、おれなんか問題もんだいにならない。」と弱音よわねくものもた。
 もうだれもくじきをしようとはしなかった。
 このとき弱虫よわむし勘太郎かんたろうが、
「だれもけないなら、おれがおこなって立派りっぱ退治たいじしてせよう。」とした。
 それをいていたむらひとたちは、またわらした。
「おまえ出来できたら、このあついのにゆきるよ。」
「いやそのゆきたい。ひと退治たいじしてもらいたいもんだ。」
「おまえからだじゃおにべでがあるまいが、おにわないよりましだろう。ひと御馳走ごちそうをしてやるさ。」
 むらひとたちはてんでにそんなことをっては勘太郎かんたろうをひやかした。けれど勘太郎かんたろうはすましたかおをして、
馬鹿力ばかぢからさえあればおに退治たいじ出来できるとおもっているのがおかしいよ。おれはそんなちからはないからうでっぷしで退治たいじしようとはおもわん。まぁこのあたまひとつで首尾しゅびよくやっつけてせるさ。」といった。
「おまえ退治たいじ出来できたら、さんねんがあいだまずわずできてせる。」
「おまえ退治たいじ出来できたら、おれはみずなかにもぐってみっいてせる。」
「おまえ退治たいじ出来できたら、おひるまえのうちに江戸えどまでさん往復おうふくしてせる。」
 みんな勝手かってなことをって勘太郎かんたろうをからかったが、勘太郎かんたろうはそんなことはみみにもれず、じたくをすると獲物えものひとたずに光明寺こうみょうじかけてった。
 すべて怪物かいぶつは、ひるのうちはどこかに姿すがたかくしていて、よるになってあらわれてるものだということをっていたので、勘太郎かんたろうはまずあかるいうちにてらいて、どこかに自分じぶんかくしておこうとかんがえた。
 てらまでのみちにはなつそうがぼうぼうとえて、勘太郎かんたろうちいさいからだめるほどであった。山門やまとところからは杉森すぎもりくらいほどにしげり、おくくにしたがってはだがひやりとするようなさむかぜながれるようにいてた。大木たいぼくこずえからはあめっていないのにしずくがぽたりぽたりとれ、かぜもないのにこずえうえほうにはコーッというもりおとがこもっていた。
 やがててら本堂ほんどうへついた。おおきな屋根やねち、ひろ回廊かいろうかたむきかけ、ふとはしらいがみ、るから怪物かいぶつみそうなありさまに、勘太郎かんたろうはじめはうす気味ぎみわるくなった。しかしぐっと胆力たんりょくをすえて、本堂ほんどうなかはいってみた。そしてちゅう様子ようすくまなく調しらべた。それから廊下ろうかつづきの庫裡くりほうはいってった。そこもあめり、たたみくさり、天井てんじょうにはあながあき、そこらちゅうがかびくさかった。勘太郎かんたろう土間どまがりかまちのところにある囲炉裏いろりところおこなってみた。と、自在鉤じざいかぎかっているもとには、つい昨夜さくや焚火たきびをしたばかりのようにあたらしいはいもり、えだえさしがらばっていた。さらによくるとその炉端ろばたには、とり羽根はねや、けだものや、人間にんげんほねらしいものがらばっていた。
「なるほど、おにどもはってたえものをこの囲炉裏いろりいてうのだな。それじゃひとつ、このうえ天井てんじょうかくれて今夜こんや様子ようすてやろう。」
 勘太郎かんたろうはそうひとりごとをって、それから土間どまはしらをよじのぼって、ちょうど炉端ろばたがぐあいよくえるあなのあいている天井てんじょううえかくれた。
さん
 やがてれた。れるとみじかなつよるはすぐけていった。一寸いっすんさきえないくらてらなかはガランとして物音ものおとひとつしない。勘太郎かんたろういきころし、いまいまかとおにどものるのをっていた。
 するとよるちゅういちころであろうか。本堂ほんどうほう廊下ろうかあるおおきな足音あしおとがきこえてた。その足音あしおとすくなくもはちほんじゅうほんぐらいのあしみならすおとであった。もなくその足音あしおとは、勘太郎かんたろうかくれている天井てんじょうした炉端ろばたちかづいた。そしてどさりと炉端ろばたにあぐらをかくおとがする。えだおとがする。しかしくらなので勘太郎かんたろうはただみみ様子ようすをきくよりそとはなかった。
 と、同時どうじ囲炉裏いろりにはがめろめろとした。勘太郎かんたろう天井てんじょうあなをつけてしたのぞはじめた。めろめろとしたあかほのおは、炉端ろばたすわっているよんひきおにかおらした。土間どま正面しょうめん旦那だんなすわっているのがおに大将たいしょうであろう。こしのまわりにけだものかわいてだいあぐらをかいている。くち両端りょうたんからあらわれているきばほのおらされてきんきばのようにひかっている。勘太郎かんたろう一目ひとめて、なるほどこいつぁうっかりかかったら、あたまからひとかじりにやられそうだとおもった。
 家来けらいさんひきおに大将たいしょうほどおおきなきばえていないが、ひかるところをただけでも勘太郎かんたろうからだちゅうがすくむような気持きもちになった。勘太郎かんたろうは、ぴったりと天井てんじょうはらばったまま身動みうごきもせず、じっとした様子ようすていた。
 もなくおにどもははなしはじめた。まず家来けらいおにがいった。
今夜こんやみたいに不猟ふりょうなことはねえ。はらがへってやりきれねえよ。」
「ほんとにろくなばんじゃねえ。ひといっぴきつかまえなかった。はらむしがグーグーるわい。」とほか家来けらいあいつちった。
 すると大将たいしょうおにがみんなを見回みまわして、
「そのうちにむら若者わかものがやってる。ちついてっていろ。」とった。
「いや親分おやぶん、いくら人間にんげん馬鹿ばかだって今夜こんやるようなことはあるまい。もうこりてるはずだよ。」
「ところがきっとる。人間にんげんというやつは、自分じぶんたちが世界せかい一番いちばんつよいものだとおもっているんだからしようがない。村中むらじゅうやつらがみんなわれてしまうまでやってるにちがいないよ。」と大将たいしょうおに大将たいしょうだけにえらそうなことをいった。
「そりゃそうだな。ちからもろくにないうえに、知恵ちえりないとてるんだから人間にんげんもかわいそうなもんだ。」と家来けらいおにってはなたかくした。
「ところで人間にんげんがおれたちよりよわいとなると、世界中せかいじゅうでおれたちよりつよいものはなにだろう。」といままでだまってしていた家来けらいおにった。
なにもないよ。おれたちのてき世界中せかいじゅうにないんだよ。」とほか家来けらいがいばったかおをした。
「いや、ひとつあるよ。たったひとつおれたちよりつよいものがいる。」と大将たいしょうおにがまじめなかおをしていった。
なにだろう。」
「さぁなにだろう。」
「わからないかね。それは人間にんげんどもにわれているにわとりというけものだ。」
にわとり! はじめてだな。だが、いったいそれがどうしてそんなにつよいんだね。」
「それはこうだ。そのにわとりというやつはトッテクーとくのだ。ってうといたら最後さいご、どんなものでもってってしまうのだ。おそろしいやつだ。」
「なるほどそんなごえをするやつほかにはいない。そいつぁよっぽどつよやつだろう。」
 このはなし天井てんじょういていた勘太郎かんたろうは「しめた」とおもった。するとそのとき大将たいしょうおにはな天井てんじょうけてもがもがさせながら、
なんだかひとくさいぞ。」とした。
 ぐずぐずしていたら、あべこべにってわれるとおもった勘太郎かんたろうは、そこで寺中じちゅうひびくようなこえりあげて、
「トッテクー……」とさけんだ。
 さぁたいへん、おにどもはあわてふためきながらした。家来けらいいちひき土間どまへもんどりってころこしってしまった。ひき家来けらいはしらあたまをぶつけてあたまはちをぶちってしまった。大将たいしょうおに旦那だんなから一足飛いっそくとびに土間どまりようとして、囲炉裏いろりにかけた自在鉤じざいかぎはなあなっかけてしまった。すると、
にわとりにつかまった。ああ……にわとりにつかまった。」とさけびながら、もう手足てあしうごかそうともせず、自在鉤じざいかぎにぶらりとぶらがってしまった。
 勘太郎かんたろうはらかかえてわらいながら天井てんじょうからりてて、大将たいしょうおにってしまった。勘太郎かんたろうおにはなあなっかかっている自在鉤じざいかぎをそのままにして、のこりのつな両手りょうてをうしろにまわしてしばりあげ、さきあるかせながらむらかえってた。
 いままで勘太郎かんたろうをはずかしめた村中むらなかひとたちは、これを勘太郎かんたろうまえにみんな両手りょうてをついてあやまり、勘太郎かんたろうえら手柄てがらをほめた。そして勘太郎かんたろう一番いちばんつよえらいものとしてあがめたてまつった。
 勘太郎かんたろうてら住職じゅうしょくとなり、には知徳ちとくすぐれた名僧めいそうとなったということである。

牛女うしおんな
小川おがわ未明みめい

 あるむらに、たかい、おおきなおんながありました。あまりおおきいので、くびをれてあるきました。そのおんなは、おしでありました。性質せいしつは、いたってやさしく、なみだもろくて、よく、一人ひとり子供こどもをかわいがりました。
 おんなは、いつもくろいような着物きものをきていました。ただ子供こども二人ふたりぎりでありました。まだとしのいかない子供こどもいて、みちあるいているのを、むらひとはよくたのであります。そして、おおおんなでやさしいところから、だれがいったものか「牛女うしおんな」とづけたのであります。
 むら子供こどもらは、このおんなとおると、「牛女うしおんな」がとおったといって、めずらしいものでもるように、みんなして、うしろについていって、いろいろのことをいいはやしましたけれど、おんなはおしで、みみこえませんから、だまって、いつものようにしたいて、のそりのそりとあるいてゆくようすが、いかにもかわいそうであったのであります。
 牛女うしおんなは、自分じぶん子供こどもをかわいがることは、一通ひととおりでありませんでした。自分じぶん不具ふぐしゃだということも、子供こどもが、不具ふぐしゃだから、みんなにばかにされるのだろうということも、父親ちちおやがないから、ほかにだれも子供こどもそだててくれるものがないということも、よくっていました。
 それですから、いっそう子供こどもたいする不憫ふびんがましたとみえて、子供こどもをかわいがったのであります。
 子供こどもおとこで、母親ははおやしたいました。そして、母親ははおやのゆくところへは、どこへでもついてゆきました。
 牛女うしおんなは、おおおんなで、ちからも、またほかのひとたちよりは、いくばいもありましたうえに、性質せいしつが、やさしくあったから、人々ひとびとは、牛女うしおんな力仕事ちからしごとたのみました。たきぎをしょったり、いしはこんだり、また、荷物にもつをかつがしたり、いろいろのことをたのみました。牛女うしおんなは、よくはたらきました。そして、そのかね二人ふたりは、その、そのらしていました。
 こんなにおおきくて、ちからつよ牛女うしおんなも、病気びょうきになりました。どんなものでも、病気びょうきにかからないものはないでありましょう。しかも、牛女うしおんな病気びょうきは、なかなかおもかったのであります。そしてはたらくこともできなくなりました。
 牛女うしおんなは、自分じぶんぬのでないかとおもいました。もし、自分じぶんぬようなことがあったなら、子供こどもをだれがてくれようとおもいました。そうおもうと、たとえんでもにきれない。自分じぶん霊魂れいこんは、なにかにけてきても、きっと子供こどもすえ見守みまもろうとおもいました。牛女うしおんなおおきなやさしいなかから、大粒おおつぶなみだが、ぽとりぽとりとながれたのであります。
 しかし、運命うんめいには牛女うしおんなも、しかたがなかったとみえます。病気びょうきおもくなって、とうとう牛女うしおんなんでしまいました。
 むら人々ひとびとは、牛女うしおんなをかわいそうにおもいました。どんなにいていった子供こどものことにこころらたろうと、だれしもふかさっして、牛女うしおんなをあわれまぬものはなかったのであります。
 人々ひとびとあつまって、牛女うしおんな葬式そうしきして、墓地ぼちにうずめてやりました。そして、のこった子供こどもを、みんながめんどうをそだててやることになりました。
 子供こどもは、ここのいえから、かしこのいえへというふうにうつわって、だんだん月日つきひとともにおおきくなっていったのであります。しかし、うれしいこと、また、かなしいことがあるにつけて、子供こどもんだ母親ははおやこいしくおもいました。
 むらには、はるがき、なつがき、あきとなり、ふゆとなりました。子供こどもは、だんだんんだ母親ははおやをなつかしくおもい、こいしくおもうばかりでありました。
 あるふゆのこと、子供こどもは、むらはずれにって、かなたの国境こっきょう山々やまやまをながめていますと、おおきなやまはんはらに、はは姿すがたがはっきりと、しろゆきうえくろしてえたのであります。これをると、子供こどもはびっくりしました。けれど、このことをくちしてだれにもいいませんでした。
 子供こどもは、母親ははおやこいしくなると、むらはずれにって、かなたのやまました。すると、天気てんきのいいれたには、いつでも母親ははおやくろ姿すがたをありありとることができたのです。ちょうど母親ははおやは、だまって、じっとこちらをつめて、うえ見守みまもっているようにおもわれたのでありました。
 子供こどもは、くちして、そのことをいいませんでしたけれど、いつか村人むらびとは、ついにこれをつけました。
西にしやまに、牛女うしおんなあらわれた。」と、いいふらしました。そして、みんながいて、西にしやまをながめたのであります。
「きっと、子供こどものことをおもって、あのやまあらわれたのだろう。」と、みんなは口々くちぐちにいいました。子供こどもらは、天気てんきのいい晩方ばんがたには、西にし国境こっきょうやまほうて、
牛女うしおんな! 牛女うしおんな!」と、口々くちぐちにいって、そのはなしでもちきったのです。
 ところが、いつしかはるがきて、ゆきえかかると、牛女うしおんな姿すがたもだんだんうすくなっていって、まったくゆきえてしまうはるなかばごろになると、牛女うしおんな姿すがたられなくなってしまったのです。
 しかし、ふゆとなって、ゆきやまもりさとるころになると、西にしやまに、またしても、ありありと牛女うしおんなくろ姿すがたあらわれました。むら人々ひとびと子供こどもらはふゆあいだ牛女うしおんなのうわさでもちきりました。そして、牛女うしおんなのこしていった子供こどもは、こいしい母親ははおや姿すがたを、毎日まいにちのようにむらはずれにってながめたのであります。
牛女うしおんなが、また西にしやまあらわれた。あんなに子供こどもうえ心配しんぱいしている。かわいそうなものだ。」と、村人むらびとはいって、その子供こどものめんどうをよくてやったのす。
 やがてはるがきて、あたたかになると、牛女うしおんな姿すがたは、そのゆきとともにえてしまったのでありました。
 こうして、くるとしも、くるとしも、西にしやま牛女うしおんなくろ姿すがたあらわれました。そのうちに、子供こどもおおきくなったものですから、このむらからほどちかい、まちのある商家しょうかへ、奉公ほうこうさせられることになったのであります。
 子供こどもは、まちにいってからも、西にしやまこいしい母親ははおや姿すがたをながめました。むら人々ひとびとは、その子供こどもがいなくなってからも、ゆきって、西にしやま牛女うしおんな姿すがたあらわれると、母親ははおやと、子供こどもじょういについて、かたったのでありました。
「ああ、牛女うしおんな姿すがたがあんなにうすくなったもの、あたたかになったはずだ。」と、しまいには、季節きせつうつかわわりを、牛女うしおんなについて人々ひとびとはいうようになったのでした。
 牛女うしおんな子供こどもは、あるとしはる西にしやまあらわれた母親ははおやゆるしもけずに、かってにその商家しょうかからして、汽車きしゃって、故郷こきょう見捨みすてて、みなみほうくにへいってしまったのであります。
 むらひとも、まちひとも、もうだれも、その子供こどものことについて、そののことをることができませんでした。そのうちに、なつぎ、あきって、ふゆとなりました。
 やがて、やまにも、むらにも、まちにも、ゆきってもりました。ただ不思議ふしぎなのは、どうしたことか、今年ことしにかぎって、西にしやま牛女うしおんな姿すがたえないことでありました。
 人々ひとびとは、牛女うしおんな姿すがたえないのをいぶかしがって、
子供こどもが、もうまちにいなくなったから、牛女うしおんな見守みまも必要ひつようがなくなったのだろう。」と、かたいました。
 そのふゆも、いつしかぎてはるがきたころであります。まちなかには、まだところどころにゆきえずにのこっていました。あるよるのことであります。まちなかおおきなおんなが、のそりのそりとあるいていました。それを人々ひとびとは、びっくりしました。まさしく、それは牛女うしおんなであったからであります。
 どうして牛女うしおんなが、どこからきたものかと、みんなはかたいました。人々ひとびとはそのもたびたび真夜中まよなかに、牛女うしおんながさびしそうにまちなかあるいている姿すがたたのでありました。
「きっと牛女うしおんなは、子供こども故郷こきょうからていってしまったのをらないのだろう。それで、このまちなかあるいて、子供こどもさがしているのにちがいない。」と、人々ひとびとはいいました。
 ゆきがまったくえて、まちなかにはあとをもめなくなりました。木々きぎは、みんな銀色ぎんいろをふいて、よるもうすあかるくていい季節きせつとなりました。
 あるよるひと牛女うしおんなまちくら路次ろじって、さめざめといているのをたといいます。しかしその、だれひとり、また牛女うしおんな姿すがたたものがありません。牛女うしおんなはどうしたことか、もはやこのまちにはおらなかったのです。
 そのとし以来いらいふゆになっても、ふたたびやまには牛女うしおんなくろ姿すがたえなかったのであります。
 牛女うしおんな子供こどもは、みなみほうゆきらないくにへいって、そこでいっしょうけんめいにはたらきました。そして、かなりの金持かねもちとなりました。そうすると、自分じぶんまれたくにがなつかしくなったのであります。くにかえっても、母親ははおやもなければ、兄弟きょうだいもありませんけれど、子供こども時分じぶん自分じぶんそだててくれたしんせつな人々ひとびとがありました。かれは、そのひとたちや、むらのことをおもしました。そのひとたちにたいして、おれいをいわなければならぬとおもいました。
 子供こどもは、たくさんの土産物みやげものと、おかねとをって、はるばると故郷こきょうかえってきたのであります。そして、むら人々ひとびとあつくおれいもうしました。むらひとたちは、牛女うしおんな子供こども出世しゅっせをしたのをよろこび、いわいました。
 牛女うしおんな子供こどもは、なにか、自分じぶん事業じぎょうをしなければならぬとかんがえました。そこでむらひろ地面じめんって、たくさんのりんごのえました。おおきないいりんごのむすばして、それを諸国しょこくそうとしたのであります。
 かれは、おおくのひとやとって、肥料ひりょうをやったり、ふゆになるとかこいをして、ゆきのためにれないようにをかけたりしました。そのうちにはだんだんおおきくびて、あるとしはるには、ひろはたけいちめんに、さながらゆきったように、りんごのはなきました。太陽たいよう終日しゅうじつはなうえあかるくらして、みつばちは、あさからにちれるまで、はななかをうなりつづけていました。
 初夏しょかのころには、あおい、ちいさな鈴生すずなりになりました。そして、そのがだんだんおおきくなりかけた時分じぶんに、一時いちじむしがついて、はたけ全体ぜんたいにりんごのちてしまいました。
 めいくるとしも、そのめいくるとしも、おなじように、りんごのちてしまいました。それはなんとなく、子細しさいのあるらしいことでありました。むらのもののわかったじいさんは、牛女うしおんな子供こどもかって、
「なにかのたたりかもしれない。おまえさんには、こころあたりになるようなことはないかな。」と、あるとき、きました。牛女うしおんな子供こどもは、そのときは、なにもそれについておもすことはありませんでした。
 しかし、かれひとりとなって、しずかにかんがえたとき、自分じぶんまちからて、とおかたへいった時分じぶんにも、母親ははおや霊魂れいこん無断むだんであったことをおもいました。また、故郷こきょうかえってきてからも、母親ははおやのおはかにおまいりをしたばかりで、まだ法事ほうじいとなまなかったことをおもしました。
 あれほど、母親ははおやは、自分じぶんをかわいがってくれたのに、そして、んでからもああして自分じぶんうえまもってくれたのに、自分じぶんはそれにたいして、あまり冷淡れいたんであったことに、こころづきました。きっと、これはははいかりであろうとおもいましたから、子供こどもは、ねんごろに母親ははおや霊魂れいこんとむらって、ぼうさんをび、むら人々ひとびとび、真心まごころをこめて母親ははおや法事ほうじいとなんだのでありました。
 めいくるとしはる、またりんごのはなしろゆきのごとくきました。そして、なつには、青々あおあおみのりました。毎年まいとしこのころになると、わるむしがつくのでありましたから、今年ことしは、どうか満足まんぞくむすばせたいとおもいました。
 すると、そのとしなつ日暮ひぐかたのことであります。どこからとなく、たくさんのこうもりがんできて、毎晩まいばんのようにりんごはたけうえびまわって、わるむしをみんなべたのであります。そのなかに、いちぴきおおきなこうもりがありました。そのおおきなこうもりは、ちょうど女王じょおうのように、ほかのこうもりをひきいているごとく、えました。つきまるく、ひがしそらからのぼばんも、また、黒雲くろくもそとくらばんも、こうもりは、りんごはたけうえびまわりました。そのとしは、りんごにむしがつかずよくみのって、予想よそうしたよりも、おおくの収穫しゅうかくがあったのであります。むら人々ひとびとは、たがいにかたらいました。
牛女うしおんなが、こうもりになってきて、子供こどもうえまもるんだ。」と、そのやさしい、じょうふかい、心根こころねあわれにおもったのであります。
 また、つぎの、つぎのとしも、なつになると、いちぴきのおおきなこうもりが、おおくのこうもりをひきいてきて、りんごはたけうえ毎晩まいばんのようにびまわりました。そして、りんごには、おかげでわるむしがつかずによくみのりました。
 こうして、それからよんねんあとには、牛女うしおんな子供こどもは、この地方ちほうでの幸福こうふくうえ百姓ひゃくしょうとなったのであります。

(いぬ)(ふえ)
芥川(あくたがわ)龍之介(りゅうのすけ)

8:55 2013/08/11
(いち)

 (むかし)大和(やまと)(くに)葛城山(かつらぎさん)(ふもと)に、髪長(かみなが)(ひこ)という(わか)木樵(きこり)()んでいました。これは(かお)かたちが(おんな)のようにやさしくって、その(うえ)(かみ)までも(おんな)のように(なが)かったものですから、こういう名前(なまえ)をつけられていたのです。
 髪長(かみなが)(ひこ)は、(だい)そう(ふえ)上手(じょうず)でしたから、(やま)()()りに()(とき)でも、仕事(しごと)()()()()には、(こし)にさしている(ふえ)()して、(ひと)りでその(おと)(たの)しんでいました。するとまた不思議(ふしぎ)なことには、どんな鳥獣(ちょうじゅう)草木(くさき)でも、(ふえ)面白(おもしろ)さはわかるのでしょう。髪長(かみなが)(ひこ)がそれを()()すと、(くさ)はなびき、()はそよぎ、(とり)(けだもの)はまわりへ()て、じっとしまいまで()いていました。
 ところがある()のこと、髪長(かみなが)(ひこ)はいつもの(とお)り、とある(たい)(ぼく)()がたに(こし)(おろ)しながら、余念(よねん)もなく(ふえ)()いていますと、たちまち自分(じぶん)()(まえ)へ、(あお)勾玉(まがたま)沢山(たくさん)ぶらさげた、(あし)(いっ)(ほん)しかない大男(おおおとこ)(あらわ)れて、
「お(まえ)(なか)(ふえ)がうまいな。(おれ)はずっと(むかし)から山奥(やまおく)洞穴(どうけつ)で、神代(かみよ)(ゆめ)ばかり()ていたが、お(まえ)()()りに()(はじ)めてからは、その(ふえ)()(さそ)われて、毎日(まいにち)面白(おもしろ)(おもい)をしていた。そこで今日(きょう)はそのお(れい)に、ここまでわざわざ()たのだから、(なに)でも()きなものを(のぞ)むが()い。」と()いました。
 そこで木樵(きこり)は、しばらく(かんが)えていましたが、
(わたし)(いぬ)()きですから、どうか(いぬ)一匹(いっぴき)(くだ)さい。」と(こた)えました。
 すると、大男(おおおとこ)(わら)いながら、
(たか)(いぬ)一匹(いっぴき)くれなどとは、お(まえ)()(ぽど)(よく)のない(おとこ)だ。しかしその(よく)のないのも感心(かんしん)だから、ほかにはまたとないような不思議(ふしぎ)(いぬ)をくれてやろう。こう()(おれ)は、葛城山(かつらぎさん)(あし)(ひと)つの(かみ)だ。」と()って、一声(ひとこえ)(たか)口笛(くちぶえ)()らしますと、(もり)(おく)から(いっ)(ぴき)(しろ)(いぬ)が、落葉(おちば)蹴立(けた)てて()けて()ました。
 (あし)(ひと)つの(かみ)はその(いぬ)()して、
「これは()()げと()って、どんな(とお)(ところ)(こと)でも()()して()利口(りこう)(いぬ)だ。では、一生(いっしょう)(おれ)(かわ)りに、大事(だいじ)()ってやってくれ。」と()うかと(おも)うと、その姿(すがた)(きり)のように()えて、()えなくなってしまいました。
 髪長(かみなが)(ひこ)(おお)(よろこ)びで、この(しろ)(いぬ)(いっ)しょに(さと)(かえ)って()ましたが、あくる()また、(やま)()って、何気(なにげ)なく(ふえ)()らしていると、今度(こんど)(くろ)勾玉(まがたま)(くび)へかけた、()(いっ)(ほん)しかない大男(おおおとこ)が、どこからか(かたち)(あらわ)して、
「きのう(おれ)(あに)きの(あし)(ひと)つの(かみ)が、お(まえ)(いぬ)をやったそうだから、(おれ)今日(きょう)(れい)をしようと(おも)ってやって()た。(なに)()しいものがあるのなら、遠慮(えんりょ)なく()うが()い。(おれ)葛城山(かつらぎさん)()(ひと)つの(かみ)だ。」と()いました。
 そうして髪長(かみなが)(ひこ)が、また「()げにも()けないような(いぬ)()しい。」と(こた)えますと、大男(おおおとこ)はすぐに口笛(くちぶえ)()いて、(いっ)(ぴき)(くろ)(いぬ)()()しながら、
「この(いぬ)()()べと()って、(だれ)でも背中(せなか)()ってさえすれば百里(ひゃくり)でも千里(せんり)でも、(そら)()んで()くことが出来(でき)る。明日(あした)はまた(おれ)(おとうと)が、(なに)かお(まえ)(れい)をするだろう。」と()って、(まえ)のようにどこかへ()()せてしまいました。
 するとあくる()は、まだ、(ふえ)()くか()かないのに、(あか)勾玉(まがたま)(かざ)りにした、()(ひと)つしかない大男(おおおとこ)が、(かぜ)のように(そら)から()(くだ)って、
(おれ)葛城山(かつらぎさん)()(ひと)つの(かみ)だ、(あに)きたちがお(まえ)(れい)をしたそうだから、(おれ)()げや()べに(おと)らないような、立派(りっぱ)(いぬ)をくれてやろう。」と()ったと(おも)うと、もう口笛(くちぶえ)(こえ)(もり)(じゅう)にひびき(わた)って、(いっ)(ぴき)(ぶち)(いぬ)(きば)をむき()しながら、()けて()ました。
「これは()めという(いぬ)だ。この(いぬ)相手(あいて)にしたが最後(さいご)、どんな(おそろ)しい鬼神(おにがみ)でも、きっと(ひと)()みに()(ころ)されてしまう。ただ、(おれ)たちのやった(いぬ)は、どんな(とお)いところにいても、お(まえ)(ふえ)()きさえすれば、きっとそこへ(かえ)って()るが、(ふえ)がなければ()ないから、それを(わす)れずにいるが()い。」
 そう()いながら()(ひと)つの(かみ)は、また(もり)()()をふるわせて、(かぜ)のように()(のぼ)ってしまいました。

()

 それから四五(しご)(にち)たったある()のことです。髪長(かみなが)(ひこ)(さん)(びき)(いぬ)をつれて、葛城山(かつらぎさん)(ふもと)にある、(みち)三叉(みつまた)になった往来(おうらい)へ、(ふえ)()きながら()かかりますと、(みぎ)(ひだり)両方(りょうほう)(みち)から、弓矢(ゆみや)()をかためた、二人(ふたり)(とし)(わか)(さむらい)が、(たくま)しい(うま)(またが)って、しずしずこっちへやって()ました。
 髪長(かみなが)(ひこ)はそれを()ると、()いていた(ふえ)(こし)へさして、叮嚀(ていねい)におじぎをしながら、
「もし、もし、殿様(とのさま)、あなた(がた)一体(いったい)、どちらへいらっしゃるのでございます。」と(たず)ねました。
 すると二人(ふたり)(さむらい)が、(かわ)(がわ)(こた)えますには、
今度(こんど)飛鳥(あすか)大臣(おおおみ)(さま)御姫(おひめ)(さま)()(ふた)(かた)、どうやら鬼神(おにがみ)のたぐいにでもさらわれたと()えて、一晩(ひとばん)(うち)()行方(ゆくえ)()れなくなった。」
大臣(おおおみ)(さま)(たい)そうな()心配(しんぱい)で、(だれ)でも御姫(おひめ)(さま)(さが)()して()たものには、(あつ)()褒美(ほうび)(くだ)さると()(おお)せだから、それで我々(われわれ)二人(ふたり)も、()行方(ゆくえ)(たず)ねて(ある)いているのだ。」
 こう()って二人(ふたり)(さむらい)は、(おんな)のような木樵(きこり)(さん)(びき)(いぬ)とをさも莫迦(ばか)にしたように見下(みくだ)しながら、(みち)(いそ)いで()ってしまいました。
 髪長(かみなが)(ひこ)()(こと)()いたと(おも)いましたから、早速(さっそく)(しろ)(いぬ)(あたま)()でて、
()げ。()げ。御姫(おひめ)(さま)たちの()行方(ゆくえ)()()せ。」と()いました。
 すると(しろ)(いぬ)は、(おり)から()いて()(かぜ)(むか)って、しきりに(はな)をひこつかせていましたが、たちまち()ぶるいを(ひと)つするが(はや)いか、
「わん、わん、()(あねえ)(さま)御姫(おひめ)(さま)は、生駒山(いこまやま)洞穴(どうけつ)()んでいる(しょく)(しん)(じん)(とりこ)になっています。」と(こた)えました。(しょく)(しん)(じん)()うのは、(むかし)()(また)大蛇(おろち)()っていた、途方(とほう)もない悪者(わるもの)なのです。
 そこで木樵(きこり)はすぐ(しろ)(いぬ)(ぶち)(いぬ)とを、両方(りょうほう)(がわ)にかかえたまま、(くろ)(いぬ)背中(せなか)(またが)って、(おお)きな(こえ)でこう()いつけました。
()べ。()べ。生駒山(いこまやま)洞穴(どうけつ)()んでいる(しょく)(しん)(じん)(ところ)()んで()け。」
 その(ことば)(おわ)らない(うち)です。(おそろ)しいつむじ(かぜ)が、髪長(かみなが)(ひこ)(あし)(もと)から()(おこ)ったと(おも)いますと、まるで(ひと)ひらの()()のように、()()(くろ)(いぬ)(そら)()(のぼ)って、青雲(せいうん)(むこ)うにかくれている、(とお)生駒山(いこまやま)(みね)(ほう)へ、真一文字(まいちもんじ)()(はじ)めました。

(さん)

 やがて髪長(かみなが)(ひこ)生駒山(いこまやま)()()ますと、(なる)(ほど)(やま)中程(なかほど)(おお)きな洞穴(どうけつ)(ひと)つあって、その(なか)(きん)(くし)をさした、綺麗(きれい)御姫(おひめ)(さま)一人(ひとり)、しくしく()いていらっしゃいました。
御姫(おひめ)(さま)御姫(おひめ)(さま)(わたし)御迎(おむか)えにまいりましたから、もう()心配(しんぱい)には(およ)びません。さあ、(はや)く、()父様(とうさま)(ところ)()(かえ)りになる()仕度(したく)をなすって(くだ)さいまし。」
 こう髪長(かみなが)(ひこ)()いますと、(さん)(びき)(いぬ)御姫(おひめ)(さま)(すそ)(そで)(くわ)えながら、
「さあ(はや)く、()仕度(したく)をなすって(くだ)さいまし。わん、わん、わん、」と()えました。
 しかし御姫(おひめ)(さま)は、まだ()()(なみだ)をためながら、洞穴(どうけつ)(おく)(ほう)をそっと(ゆび)さして()()せになって、
「それでもあすこには、(わたし)をさらって()(しょく)(しん)(じん)が、さっきから御酒(ごしゅ)()って()ています。あれが()をさましたら、すぐに()いかけて()るでしょう。そうすると、あなたも(わたし)も、(いのち)をとられてしまうのにちがいありません。」と仰有(おっしゃ)いました。
 髪長(かみなが)(ひこ)はにっこりほほ()んで、
(たか)()れた(しょく)(しん)(じん)なぞを、(なん)でこの(わたし)(こわ)がりましょう。その証拠(しょうこ)には、(いま)ここで、(わけ)なく(わたし)退治(たいじ)して御覧(ごらん)()れます。」と()いながら、(ぶち)(いぬ)背中(せなか)(ひと)つたたいて、
()め。()め。この洞穴(どうけつ)(おく)にいる(しょく)(しん)(じん)(いち)()みに()(ころ)せ。」と、(いさ)ましい(こえ)()いつけました。
 すると(ぶち)(いぬ)はすぐ(きば)をむき()して、(かみなり)のように(うな)りながら、まっしぐらに洞穴(どうけつ)(なか)へとびこみましたが、たちまちの(なか)にまた()だらけな(しょく)(しん)(じん)(くび)(くわ)えたまま、()をふって(そと)()()ました。
 ところが不思議(ふしぎ)(こと)には、それと同時(どうじ)に、(くも)()まっている(たに)(そこ)から、一陣(いちじん)(かぜ)がまき(おこ)りますと、その(かぜ)(なか)(なに)かいて、
髪長(かみなが)(ひこ)さん。難有(ありがと)う。この()(おん)(わす)れません。(わたし)(しょく)(しん)(じん)にいじめられていた、生駒山(いこまやま)(こま)(ひめ)です。」と、やさしい(こえ)()いました。
 しかし御姫(おひめ)(さま)は、命拾(いのちびろ)いをなすった(うれ)しさに、この(こえ)(きこ)えないような()容子(ようす)でしたが、やがて髪長(かみなが)(ひこ)(ほう)()いて、心配(しんぱい)そうに仰有(おっしゃ)いますには、
(わたし)はあなたのおかげで命拾(いのちびろ)いをしましたが、(いもうと)今時分(いまじぶん)どこでどんな()()って()りましょう。」
 髪長(かみなが)(ひこ)はこれを()くと、また(しろ)(いぬ)(あたま)()でながら、
()げ。()げ。御姫(おひめ)(さま)()行方(ゆくえ)()()せ。」と()いました。と、すぐに(しろ)(いぬ)は、
「わん、わん、()(いもうと)(さま)御姫(おひめ)(さま)笠置山(かさぎやま)洞穴(どうけつ)()んでいる土蜘蛛(つちぐも)(とりこ)になっています。」と、主人(しゅじん)(かお)見上(みあ)げながら、(はな)をびくつかせて(こた)えました。この土蜘蛛(つちぐも)()うのは、(むかし)神武(じんむ)天皇(てんのう)(さま)()征伐(せいばつ)になった(こと)のある、一寸法師(いっすんぼうし)悪者(わるもの)なのです。
 そこで髪長(かみなが)(ひこ)は、(まえ)のように()(ひき)(いぬ)小脇(こわき)にかかえて御姫(おひめ)(さま)(いっ)しょに(くろ)(いぬ)背中(せなか)(またが)りながら、
()べ。()べ。笠置山(かさぎやま)洞穴(どうけつ)()んでいる土蜘蛛(つちぐも)(ところ)()んで()け。」と()いますと、(くろ)(いぬ)はたちまち(そら)()(のぼ)って、これも青雲(せいうん)のたなびく(なか)(そび)えている笠置山(かさぎやま)()よりも(はや)()(はじ)めました。

(よん)

 さて笠置山(かさぎやま)()きますと、ここにいる土蜘蛛(つちぐも)はいたって(わる)()()のあるやつでしたから、髪長(かみなが)(ひこ)姿(すがた)()るが(はや)いか、わざとにこにこ(わら)いながら、洞穴(どうけつ)(まえ)まで(むか)えに()て、
「これは、これは、髪長(かみなが)(ひこ)さん。遠方(えんぽう)御苦労(ごくろう)でございました。まあ、こっちへおはいりなさい。(ろく)なものはありませんが、せめて鹿(しか)(なま)(ぎも)(くま)(はらみ)()でも御馳走(ごちそう)しましょう。」と()いました。
 しかし髪長(かみなが)(ひこ)(くび)をふって、
「いや、いや、(おれ)はお(まえ)がさらって()御姫(おひめ)(さま)をとり(かえ)しにやって()たのだ。(はや)御姫(おひめ)(さま)(かえ)せばよし、さもなければあの(しょく)(しん)(じん)同様(どうよう)(ころ)してしまうからそう(おも)え。」と、(おそろ)しい(いきお)いで(しか)りつけました。
 すると土蜘蛛(つちぐも)は、(ひと)ちぢみにちぢみ(あが)って、
「ああ、()(かえ)(もう)しますとも、(なん)であなたの仰有(おっしゃ)(こと)に、いやだなどと(もう)しましょう。御姫(おひめ)(さま)はこの(おく)にちゃんと、(ひと)りでいらっしゃいます。どうか()遠慮(えんりょ)なく(なか)へはいって、()つれになって(くだ)さいまし。」と、(こえ)をふるわせながら()いました。
 そこで髪長(かみなが)(ひこ)は、()(あねえ)(さま)御姫(おひめ)(さま)(さん)(びき)(いぬ)とをつれて、洞穴(どうけつ)(なか)へはいりますと、(なる)(ほど)ここにも(ぎん)(くし)をさした、可愛(かわい)らしい御姫(おひめ)(さま)が、(かな)しそうにしくしく()いています。
 それが(ひと)()容子(ようす)(おどろ)いて、(いそ)いでこちらを御覧(ごらん)になりましたが、()(あねえ)(さま)()(かお)一目(ひとめ)()たと(おも)うと、
()(あねえ)(さま)。」
(いもうと)。」と、二人(ふたり)御姫(おひめ)(さま)一度(いちど)両方(りょうほう)から()けよって、(しばら)くは(たがい)()()ったまま、うれし(なみだ)にくれていらっしゃいました。髪長(かみなが)(ひこ)もこの気色(けしき)()て、(もら)()きをしていましたが、(きゅう)(さん)(びき)(いぬ)背中(せなか)()逆立(さかだ)てて、
「わん。わん。土蜘蛛(つちぐも)畜生(ちくしょう)め。」
(にく)いやつだ。わん。わん。」
「わん。わん。わん。(おぼ)えていろ。わん。わん。わん。」と、()(ちが)ったように()()しましたから、ふと()がついてふり(かえ)えると、あの狡猾(こうかつ)土蜘蛛(つちぐも)は、いつどうしたのか、(おお)きな(いわ)で、(いち)()(すき)もないように、(そと)から洞穴(どうけつ)入口(いりぐち)をぴったりふさいでしまいました。おまけにその(いわ)(むこ)うでは、
「ざまを()ろ、髪長(かみなが)(ひこ)め。こうして()けば、貴様(きさま)たちは、一月(ひとつき)とたたない(なか)に、ひぼしになって()んでしまうぞ。(なん)(おれ)(さま)計略(けいりゃく)は、(おそ)()ったものだろう。」と、()(たた)いて土蜘蛛(つちぐも)(わら)(こえ)がしています。
 これにはさすがの髪長(かみなが)(ひこ)も、さては(いっ)ぱい()わされたかと、一時(いちじ)口惜(くちお)しがりましたが、(さいわ)(おも)()したのは、(こし)にさしていた(ふえ)(こと)です。この(ふえ)()きさえすれば、鳥獣(ちょうじゅう)()うまでもなく、草木(くさき)もうっとり()()れるのですから、あの狡猾(こうかつ)土蜘蛛(つちぐも)も、(こころ)(うご)かさないとは(かぎ)りません。そこで髪長(かみなが)(ひこ)勇気(ゆうき)をとり(なお)して、()えたける(いぬ)をなだめながら、一心不乱(いっしんふらん)(ふえ)()()しました。
 するとその音色(ねいろ)面白(おもしろ)さには、悪者(わるもの)土蜘蛛(つちぐも)も、追々(ついつい)(われ)(わす)れたのでしょう。(はじめ)洞穴(どうけつ)入口(いりぐち)(みみ)をつけて、じっと()()ましていましたが、とうとうしまいには夢中(むちゅう)になって、一寸(いっすん)()(すん)大岩(おおいわ)を、(すこ)しずつ(わき)(ひら)きはじめました。
 それが(ひと)一人(ひとり)(とお)れるくらい、(おお)きな(くち)をあいた(とき)です。髪長(かみなが)(ひこ)(きゅう)(ふえ)をやめて、
()め。()め。洞穴(どうけつ)入口(いりぐち)()っている土蜘蛛(つちぐも)()(ころ)せ。」と、(ぶち)(いぬ)背中(せなか)をたたいて、()いつけました。
 この(こえ)(きも)をつぶして、一目散(いちもくさん)土蜘蛛(つちぐも)は、()()そうとしましたが、もうその(とき)()()いません。「()め」はまるで(いなずま)のように、洞穴(どうけつ)(そと)()()して、(なに)()もなく土蜘蛛(つちぐも)()(ころ)してしまいました。
 (ところ)がまた不思議(ふしぎ)(こと)には、それと同時(どうじ)(たに)(そこ)から、一陣(いちじん)(かぜ)()(おこ)って、
髪長(かみなが)(ひこ)さん。難有(ありがと)う。この()(おん)(わす)れません。(わたし)土蜘蛛(つちぐも)にいじめられていた、笠置山(かさぎやま)(かさ)(ひめ)です。」とやさしい(こえ)(きこ)えました。

()

 それから髪長(かみなが)(ひこ)は、二人(ふたり)御姫(おひめ)(さま)(さん)(びき)(いぬ)とをひきつれて、(くろ)(いぬ)()(また)がりながら、笠置山(かさぎやま)(いただき)から、飛鳥(あすか)大臣(おおおみ)(さま)()(いで)になる(みやこ)(ほう)へまっすぐに、(そら)()んでまいりました。その途中(とちゅう)二人(ふたり)御姫(おひめ)(さま)は、どう()(おも)いになったのか、()自分(じぶん)たちの(きん)(くし)(ぎん)(くし)とをぬきとって、それを髪長(かみなが)(ひこ)(なが)(かみ)へそっとさして()()きになりました。が、こっちは(もと)よりそんな(こと)には、()がつく(はず)がありません。ただ、一生懸命(いっしょうけんめい)(くろ)(いぬ)(いそ)がせながら、(うつく)しい大和(やまと)国原(くにはら)(あし)(した)見下(みおろ)して、ずんずん(そら)()んで()きました。
 その(なか)髪長(かみなが)(ひこ)は、あの(はじ)めに(とお)りかかった、()(また)(みち)(そら)まで、(いぬ)(すす)めて()ましたが、()るとそこにはさっきの二人(ふたり)(さむらい)が、どこからかの(かえ)りと()えて、また(うま)(なら)べながら、(みやこ)(ほう)(いそ)いでいます。これを()ると、髪長(かみなが)(ひこ)は、ふと自分(じぶん)大手(おおて)(がら)を、この二人(ふたり)(さむらい)たちにも()かせたいと()(こころ)もちが()って()たものですから、
()りろ。()りろ。あの(みっ)(また)になっている(みち)(うえ)()りて()け。」と、こう(くろ)(いぬ)()いつけました。
 こっちは二人(ふたり)(さむらい)です。折角(せっかく)方々(ほうぼう)(さが)しまわったのに、御姫(おひめ)(さま)たちの()行方(ゆくえ)がどうしても()れないので、しおしお(うま)(すす)めていると、いきなりその御姫(おひめ)(さま)たちが、(おんな)のような木樵(きこり)(いっ)しょに、(たくま)しい(くろ)(いぬ)(またが)って、(そら)から()(くだ)って()たのですから、その(おどろ)きと()ったらありません。
 髪長(かみなが)(ひこ)(いぬ)背中(せなか)()りると、叮嚀(ていねい)にまたおじぎをして、
殿様(とのさま)(わたし)はあなた(かた)()(わか)(もう)してから、すぐに生駒山(いこまやま)笠置山(かさぎやま)とへ()んで()って、この(とお)()(ふた)(かた)御姫(おひめ)(さま)()(たす)(もう)してまいりました。」と()いました。
 しかし二人(ふたり)(さむらい)は、こんな(いや)しい木樵(きこり)などに、まんまと(はな)をあかされたのですから、(うらやま)しいのと、(ねた)ましいのとで、(はら)()って仕方(しかた)がありません。そこで上辺(うわべ)はさも(うれ)しそうに、いろいろ髪長(かみなが)(ひこ)手柄(てがら)()()てながら、とうとう(さん)(ひき)(いぬ)由来(ゆらい)や、(こし)にさした(ふえ)不思議(ふしぎ)などをすっかり()()してしまいました。そうして髪長(かみなが)(ひこ)油断(ゆだん)をしている(うち)に、まず大事(だいじ)(ふえ)をそっと(こし)からぬいてしまうと、二人(ふたり)はいきなり(くろ)(いぬ)背中(せなか)へとび()って、二人(ふたり)御姫(おひめ)(さま)()(ひき)(いぬ)とを、しっかりと(りょう)(わき)(かか)えながら、
()べ。()べ。飛鳥(あすか)大臣(おおおみ)(さま)のいらっしゃる、(みやこ)(ほう)()んで()け。」と、(こえ)(そろ)えて(わめ)きました。
 髪長(かみなが)(ひこ)(おどろ)いて、すぐに二人(ふたり)へとびかかりましたが、もうその(とき)には大風(おおかぜ)()(おこ)って、(さむらい)たちを()せた(くろ)(いぬ)は、きりりと()()いたまま、(はるか)青空(あおぞら)(うえ)(ほう)()(のぼ)って()ってしまいました。
 あとにはただ、(さむらい)たちの()りすてた()(ひき)(うま)(のこ)っているばかりですから、髪長(かみなが)(ひこ)()(また)になった往来(おうらい)のまん(なか)につっぷして、しばらくはただ(かな)しそうにおいおい()いておりました。
 すると生駒山(いこまやま)(みね)(ほう)から、さっと(かぜ)()いて()たと(おも)いますと、その(かぜ)(なか)(こえ)がして、
髪長(かみなが)(ひこ)さん。髪長(かみなが)(ひこ)さん。(わたし)生駒山(いこまやま)(こま)(ひめ)です。」と、やさしい(ささや)きが(きこ)えました。
 それと同時(どうじ)にまた笠置山(かさぎやま)(ほう)からも、さっと(かぜ)(わた)るや(いな)や、やはりその(かぜ)(なか)にも(こえ)があって、
髪長(かみなが)(ひこ)さん。髪長(かみなが)(ひこ)さん。(わたし)笠置山(かさぎやま)(かさ)(ひめ)です。」と、これもやさしく(ささや)きました。
 そうしてその(こえ)(ひと)つになって、
「これからすぐに(わたし)たちは、あの(さむらい)たちの(あと)()って、(ふえ)をとり(かえ)して()げますから、(すこ)しも()心配(しんぱい)なさいますな。」と()うか()わない(なか)に、(かぜ)はびゅうびゅう(うな)りながら、さっき(くろ)(いぬ)()んで(おこな)った(ほう)へ、(くる)って()ってしまいました。
 が、(すこ)したつとその(かぜ)は、またこの()(また)になった(みち)(うえ)へ、(まえ)のようにやさしく(ささや)きながら、(たか)(そら)から(くだ)して()ました。
「あの二人(ふたり)(さむらい)たちは、もう()(ふた)(かた)御姫(おひめ)(さま)(いっ)しょに、飛鳥(あすか)大臣(おおおみ)(さま)(まえ)()て、いろいろ()褒美(ほうび)(いただ)いています。さあ、さあ、(はや)くこの(ふえ)()いて、(さん)(びき)(いぬ)をここへ()()びなさい。その(あいだ)(わたし)たちは、あなたが()出世(しゅっせ)(たび)(だち)を、(はずか)しくないようにして()げましょう。」
 こう()(こえ)がしたかと(おも)うと、あの大事(だいじ)(ふえ)(はじ)め、(きん)(よろい)だの、(ぎん)(かぶと)だの、孔雀(くじゃく)(はね)()だの、香木(こうぼく)(ゆみ)だの、立派(りっぱ)大将(たいしょう)(よそお)いが、まるで(あめ)(あられ)のように、(まぶ)しく()(かがや)きながら、ばらばら()(まえ)()って()ました。

(ろく)

 それからしばらくたって、香木(こうぼく)(ゆみ)孔雀(くじゃく)(はね)()背負(せお)った、神様(かみさま)のような(かみ)(なが)(ひこ)が、(くろ)(いぬ)背中(せなか)(またが)りながら、(しろ)(ぶち)()(ひき)(いぬ)小脇(こわき)にかかえて、飛鳥(あすか)大臣(おおおみ)(さま)御館(おやかた)へ、(そら)から()(くだ)って()(とき)には、あの二人(ふたり)(とし)(わか)(さむらい)たちが、どんなに(あわ)(さわ)ぎましたろう。
 いや、大臣(おおおみ)(さま)でさえ、あまりの不思議(ふしぎ)()(おどろ)きになって、(しばら)くはまるで(ゆめ)のように、髪長(かみなが)(ひこ)凜々(りり)しい姿(すがた)を、ぼんやり(なが)めていらっしゃいました。
 が、髪長(かみなが)(ひこ)はまず(かぶと)をぬいで、叮嚀(ていねい)大臣(おおおみ)(さま)()じぎをしながら、
(わたし)はこの(くに)葛城山(かつらぎさん)(ふもと)()んでいる、髪長(かみなが)(ひこ)(もう)すものでございますが、()(ふた)(かた)御姫(おひめ)(さま)()(たす)(もう)したのは(わたし)で、そこにおります()(さむらい)たちは、(しょく)(しん)(じん)土蜘蛛(つちぐも)退治(たいじ)するのに、(ゆび)(いっ)(ぽん)でも()(うご)かしになりは(いた)しません。」と(もう)()げました。
 これを()いた(さむらい)たちは、(なに)しろ(いま)までは髪長(かみなが)(ひこ)(はなし)した(こと)を、さも自分(じぶん)たちの手柄(てがら)らしく吹聴(ふいちょう)していたのですから、二人(ふたり)とも(きゅう)顔色(かおいろ)()えて、相手(あいて)(ことば)(さえぎ)りながら、
「これはまた(おも)いもよらない(うそ)をつくやつでございます。(しょく)(しん)(じん)(くび)()ったのも(わたし)たちなら、土蜘蛛(つちぐも)計略(けいりゃく)()やぶったのも、(わたし)たちに相違(そうい)ございません。」と、(まこと)しやかに(もう)()げました。
 そこでまん(なか)()った大臣(おおおみ)(さま)は、どちらの()(こと)がほんとうとも、()きわめが()つきにならないので、(さむらい)たちと髪長(かみなが)(ひこ)()見比(みくら)べなさりながら、
「これはお(まえ)たちに()いて()るよりほかはない。一体(いったい)(まえ)たちを(たす)けたのは、どっちの(おとこ)だったと(おも)う。」と、御姫(おひめ)(さま)たちの(ほう)()いて、仰有(おっしゃ)いました。
 すると二人(ふたり)御姫(おひめ)(さま)は、一度(いちど)()父様(とうさま)(むね)()すがりになりながら、
(わたし)たちを(たす)けましたのは、髪長(かみなが)(ひこ)でございます。その証拠(しょうこ)には、あの(おとこ)のふさふさした(なが)(かみ)に、(わたし)たちの(くし)をさして()きましたから、どうかそれを御覧(ごらん)(くだ)さいまし。」と、(はずか)しそうに()()いになりました。()ると(なる)(ほど)髪長(かみなが)(ひこ)(あたま)には、(きん)(くし)(ぎん)(くし)とが、(うつく)しくきらきら(ひか)っています。
 もうこうなっては(さむらい)たちも、ほかに仕方(しかた)はございませんから、とうとう大臣(おおおみ)(さま)(まえ)にひれ()して、
(じつ)(わたし)たちが(わる)だくみで、あの(かみ)(なが)(ひこ)(たす)けた御姫(おひめ)(さま)を、(わたし)たちの手柄(てがら)のように、ここでは(もう)()げたのでございます。この(とお)白状(はくじょう)(いた)しました(うえ)は、どうか(いのち)ばかりは()(たす)(くだ)さいまし。」と、がたがたふるえながら(もう)()げました。
 それから(さき)(こと)は、(べつ)()(はな)しするまでもありますまい。髪長(かみなが)(ひこ)沢山(たくさん)()褒美(ほうび)(いただ)いた(うえ)に、飛鳥(あすか)大臣(おおおみ)(さま)()婿(むこ)(さま)になりましたし、二人(ふたり)(わか)(さむらい)たちは、(さん)(びき)(いぬ)()いまわされて、ほうほう御館(おやかた)(そと)()()してしまいました。ただ、どちらの御姫(おひめ)(さま)が、髪長(かみなが)(ひこ)()(よめ)さんになりましたか、それだけは(なに)(ぶん)(むかし)(こと)で、(いま)でははっきりとわかっておりません。
(大正七年十二月)

ふるいはさみ
小川おがわ未明みめい

 どこのおいえにも、ふるくから使つかれた道具どうぐはあるものです。そしてそのわりあいに、みんなからありがたがられていないものです。えいちゃんのおうちのふるいはさみもやはりそのひとつでありましょう。
 えいちゃんの、いちばんうえのおねえさんがちいさいときに、そのはさみでがみったり、また、お人形にんぎょう着物きものつくるために、あかぬのむらさきぬのなどをるときに使つかいなされたのですから、かんがえてみるとずいぶんふるくからあったものです。
 その時分じぶんにはこんなくろいろでなく、ぴかぴかひかっていました。そしてもよくついていてうっかりすると、ゆびさきをったのであります。
「よくをつけて、おつかいなさい。おててをりますよ。」と、おかあさんが、よく、ご注意ちゅういなさったのでした。
 おねえさんは、おちついた性質せいしつで、お勉強べんきょうもよくできたほうですから、めったに、このはさみでゆびさきをるようなことはしませんでした。使つかってしまえば、はこなかに、ちゃんとしまっておきました。
 おねえさんが、まだじゅう十一じゅういちのころです。あるのこと、
「あれ、なあに。」と、ふいにおかあさんにききました。
「なんですか。」と、おかあさんは、おわかりになりませんでした。
「アカギタニタニタニって?」
「あああれですか、はさみ、ほうちょう、かみそりとぎという、とぎさんですよ。」と、おかあさんはおわらいになりました。
わたしっている、はさみといでもらっていい。」と、おねえさんがききました。
 このときの、アカギタニタニタニがいつまでもおいえわらばなしたねとなりました。
「ほら、アカギタニタニタニがきましたよ。」と、とぎさんが、まわってくると、おかあさんがわらっておっしゃいました。それからいくたびこのはさみは、とぎさんのにかかったでしょう。
 おねえさんは、女学校じょがっこう卒業そつぎょうなさると、おはりのけいこにいらっしゃいました。そのときには、このはさみは、もう、そんなやくにたたなかったので、あたらしい、もっとおおきなはさみをおもとめになりました。そして、いままでのはさみは、平常へいじょう、うちのひと使つかようとされてしまいました。けれど、ちょうど、えいちゃんのうえにいさんが、いたずらざかりであって、このはさみで、ボール紙をったり、またたけなどをったりしたのです。
 けれど、はさみは、不平ふへいをいいませんでした。あるときは、縁台えんだいうえわすれられたり、またつめたいいしうえや、まどさきにかれたままでいたことがありました。そんなときは、さすがにさびしかったのです。
「はやく、おいえへはいらないと、らぬひとにつれられていってしまうがな。」と、ほしひかりをながめて心細こころぼそおもったことがありました。
「また、はさみがえませんが、どこへいったでしょう。」と、あくるあさ、おかあさんが、つめをろうとして、はさみがつからないので、こうおっしゃいました。
「きのうまで、はこなかにはいっていたんですよ。また、太郎たろうさんが使つかって、どこかへわすれたのでしょう。」
 ねえさんは、方々かたがたおさがしになりました。そして、子供こどもたちがあそぶごもんいしうえいてあったのをつけなさいました。
「まあ、こんなとこにいてあって、よくひとひろわれなかったこと。」
 そういって、おねえさんは、子供こども時分じぶんからのはさみをなつかしそうに、ごらんなさいました。すると、った記憶きおくがつぎつぎとかんできたのです。
ながくあるはさみね、だいじにしなければならないわ。」
 おねえさんは、なくならないように、あかいひもをはさみにおつけになりました。
 しかし、はさみは、もうとしをとって、たいしたやくにはたちませんでした。
れない、はさみだなあ。」と、太郎たろうさんが、かんしゃくをこしてたたみうえしても、はさみは自分じぶんれないのをよくっていましたから、がまんをして、あきらめていたのであります。そしてこのごろは、げたの鼻緒はなおてたり、つめをったりするときだけにしか使つかわれなかったけれど、としとったはさみは、わかいころ、おじょうさんが人形にんぎょう着物きものをつくるときに、うつくしい千代紙ちよがみや、がみったり、また、おかあさんが、お仕事しごとをなさるときに使つかわれた、いくつかのはなやかなおもかべて、せめてものなぐさめとしていたのでした。
 あるときのことです。いつもの、とぎさんがやってくると、
「アカギタニタニタニがきた、はさみといでもらっていいでしょう。」と、太郎たろうさんは、おかあさんにいいました。とぎさんのことを、いつか、アカギタニタニタニとしてしまったのでした。
 おかあさんが、いいとおっしゃったので、とぎさんにたのむと、おじいさんは、しみじみとはさみをながめて、
「もう、ふるくなって、こしがよわくなりましたから、といでもそうれませんよ。」といいました。人間にんげんおなじように、はさみのこしがまがって、よわってしまったのでした。
 ちょうどその時分じぶん、いちばんちいさいえいちゃんが学校がっこうがりました。そして学校がっこう手工しゅこうにはさみがいることになりました。
えいちゃんがっていくのに、ちょうどあぶなくなくてこのはさみがいいでしょう。」と、おかあさんが、あかいひものついているはさみをおしになりました。
 はさみはまたふでれのなかにいれられて、そのえいちゃんのおともをすることになりました。おうちひとはこのはさみならとみんな安心あんしんしていました。なんでもすべてふるくからのものには、こうしたあい安心あんしんしたしみがあるものです。

最後さいごの一まい

The Last Leaf

オー・ヘンリーさく
結城ゆうきひろしやく

 ワシントン・スクエア西にしにあるしょう地区ちくは、道路どうろ狂っくる たように入り組んい く でおり、「プレース」と呼ばよ れる区域くいき小さくちい 分かれわ ておりました。この「プレース」は不可思議ふかしぎ角度かくど曲線きょくせん描いえが ており、一、二かい自分じぶん自身じしん交差こうさしている通りとお があるほどでした。かつて、ある画家がかは、この通りとお 貴重きちょう可能かのうせい持っも ていることを発見はっけんしました。例えばたと かみやキャンバスの請求せいきゅうしょにした取り立てと た 考えかんが てみてください。取り立てと た は、このみち歩き回っある まわ たあげく、ぐるりともとのところまで戻っもど てくるに違いちが ありません。一セントも取り立てると た ことができずにね。
 それで、芸術家げいじゅつかたちはまもなく、奇妙きみょう古いふる グリニッチ・ヴィレッジへとやってきました。そして、きた向きむ まどと十八世紀せいき切りき つまとオランダふう屋根裏やねうら部屋へや安いやす 賃貸ちんたいりょう探しさが てうろついたのです。やがて、彼らかれ は しろめせいのマグやこんろ付きつ 卓上たくじょうなべを一、二、六ばんがいから持ち込みも こ 、「コロニー」を形成けいせいすることになりました。
 ずんぐりした三かい建てだ 煉瓦れんが造りづく 最上階さいじょうかいでは、スーとジョンジーがアトリエを持っも ていました。「ジョンジー」はジョアンナの愛称あいしょうです。スーはメインしゅうの、ジョンジーはカリフォルニアしゅう出身しゅっしんでした。二にんは八ばんがいの「デルモニコのみせ」の定食ていしょく出会いであ 芸術げいじゅつと、チコリーのサラダと、ビショップ・スリーブの趣味しゅみがぴったりだとわかって、共同きょうどうのアトリエを持つも ことになったのでした。
それが五月ごがつのことでした。十一月じゅういちがつ入るはい と、冷たくつめ 見えみ ないよそ者 ものがそのコロニーを巡りめぐ 歩きある はじめました。そのよそ者 もの医者いしゃから肺炎はいえん呼ばよ れ、こおりのようなゆびでそこかしこにいるひと触れふ ていくのでした。この侵略しんりゃくしゃひがしたんから大胆だいたん歩きある まわり、なんにんもの犠牲ぎせいしゃ襲いかかりおそ  ました。しかし、狭くせま 苔むしこけ た「プレース」の迷宮めいきゅう通るとお ときにはさすがのかれ足取りあしど 鈍りにぶ ました。
 肺炎はいえん騎士きしみち精神せいしん満ちみ ろう紳士しんしとは呼べよ ませんでした。いき荒くあら にまみれた持っも 年寄りとしよ のエセしゃが、カリフォルニアのそよ風 かぜ血の気ち け薄くうす なっている小柄こがら婦人ふじん相手あいて取ると などというのは フェアプレイとは言えい ますまい。しかし肺炎はいえんはジョンジーを襲いおそ ました。その結果けっかジョンジーは倒れたお 自分じぶん描いえが てあるてつのベッドによこになったまま少しすこ 動けうご なくなりました。そして小さなちい オランダふうまどガラスごしに、となりにある煉瓦れんが造りづく いえなにもないかべ見つめみ つづけることになったのです。
 あるあさ灰色はいいろ濃いこ まゆをした多忙たぼう医者いしゃがスーを廊下ろうか呼びよ ました。
助かるたす 見込みみこ は  そう、十に一つですな」 医者いしゃは、体温計たいおんけい水銀すいぎん振りふ 下げさ ながら言いい ました。「で、その見込みみこ はあのが『生きい たい』と思うおも かどうかにかかっている。こんなふう葬儀そうぎがわにつこうとしてたら、どんなくすりでもばかばかしいものになってしまう。あのお嬢さん じょう は、自分じぶんはよくならない、と決めき ている。あのなにこころにかけていることはあるかな?」
「あのは  いつかナポリわん描きえが たいって言っい てたんです」とスーは言いい ました。
描きえが たいって?  ふむ。もっとばいくらいのあることは考えかんが ていないのかな  例えばたと おとこのこととか」
おとこ?」スーは びあぼんのつるおとみたいな鼻声はなごえ言いい ました。「おとこなんて  いえ、ないです。先生せんせい。そういうはなしはありません」
「ふむ。じゃあそこがネックだな」医者いしゃ言いい ました。「わたしは、自分じぶんちからのおよぶ限りかぎ のこと、科学かがくができることはすべてやるつもりだ。でもな、患者かんじゃ自分じぶん葬式そうしき来るく くるまかず数えかぞ 始めはじ たら、くすり効き目き め半減はんげんなんだよ。もしもあなたがジョンジーに、ふゆにはどんな外套がいとうそで流行るはや のか、なんて質問しつもんをさせることができるなら、望みのぞ は十に一つから五に一つになるって請け合うう あ んだがね」
医者いしゃ帰るかえ と、スーは仕事しごと部屋へや入っはい 日本にっぽんせいのナフキンがぐしゃぐしゃになるまで泣きな ました。やがてスーはスケッチブックを持ちも 口笛くちぶえでラグタイムを吹きふ つつ、むね張っは てジョンジーの部屋へや入っはい ていきました。
 ジョンジーはシーツをかけてよこになっていました。しわ一つもシーツに寄せるよ ことなく、かおまど向けむ たままでした。ジョンジーが眠っねむ ていると思いおも 、スーは口笛くちぶえをやめました。
 スーはスケッチブックをセットすると、雑誌ざっし小説しょうせつ挿絵さしえをペンとインクで描きえが はじめました。若いわか 作家さっか文学ぶんがくみち切り開くき ひら ために雑誌ざっし小説しょうせつ書きか ます。若きわか 画家がか芸術げいじゅつみち切り開くき ひら ためにその挿絵さしえ描かえが なければならないのです。
 スーが、優美ゆうびうまのショーようのズボンとかた眼鏡めがね主人公しゅじんこうのアイダホしゅうカウボーイのために描いえが ているとき、低いひく こえすうかい繰り返しく かえ 聞こえき ました。スーは急いいそ でベッドのそばに行きい ました。
 ジョンジーは大きくおお 開いひら ていました。そしてまどそとながらかず数えかぞ て  逆順ぎゃくじゅんかず数えかぞ ているのでした。
「じゅうに」とジョンジーは言いい 少しすこ のちに「じゅういち」と言いい ました。それから「じゅう」「く」と言いい 、それから「はち」と「なな」をほとんど同時にどうじ 言いい ました。
 スーはいぶかしげにまどそとました。なに数えかぞ ているのだろう? そこにはくさもなく わびしいにわ見えるみ だけで、煉瓦れんがいえなにもないかべは二十フィートも向こうむ なのです。根元ねもとふしだらけで腐りくさ かかっている、とても、とてもいつたがその煉瓦れんがかべなかほどまで這っは ていました。冷たいつめ あきかぜは つたの吹き付けふ つ て、もうはだか同然どうぜんとなったえだ崩れくず かかった煉瓦れんがにしがみついているのでした。
「なあに?」スーは尋ねたず ました。
「ろく」とジョンジーはささやくようなこえ言いい ました。「早くはや 落ちお てくるようになったわ。三にちまえひゃくまいくらいあったのよ。数えかぞ ているとあたま痛くいた なるほどだったわ。でもいまは簡単かんたん。ほらまた一まい。もう残っのこ ているのは五まいだけね」
なにが五まいなの? スーちゃんに教えおし てちょうだい」
葉っぱは よ。つたの葉っぱは 最後さいごの一まい散るち とき、わたしも一緒いっしょ行くい のよ。三にちまえからわかっていたの。お医者いしゃさんは教えおし てくれなかったの?」
「まあ、そんな馬鹿ばかはなし聞いき たことがないわよ」スーはとんでもないと文句もんく言いい ました。「いつたの葉っぱは と、あなたが元気げんきになるのと、どんな関係かんけいがあるっていうの? あなたは、あのつたをとても大好きだいす だったじゃない、おばかさん。そんなしょうもないこと言わい ないでちょうだい。あのね、お医者いしゃさんは今朝けさ、あなたがすぐによくなる見込みみこ は  えっと、お医者いしゃさんが言っい たとおりの言葉ことば言えい ば 「一に十だ」って言うい のよ。それって、ニューヨークで電車でんしゃ乗るの とか、建設けんせつちゅうのビルのそばを通るとお ぐらいしか危なくあぶ ないってことよ。ほらほら、スープを少しすこ 飲んの で。そしてこのスーちゃんをスケッチに戻らもど せてね。そしたらスーちゃんは編集へんしゅうしゃにスケッチを売っう てね、病気びょうきのベビーにはポートワインを買っか てね、はらぺこの自分じぶんにはポークチョップを買えるか でしょ」
「もう、ワインは買わか なくていいわ」まどそと向けむ たまま、ジョンジーは言いい ました。「ほらまた一まい。ええ、もう、スープもいらないの。残りのこ は たったの四まい暗くくら なるまえ最後さいごの一まい散るち のをたいな。そしてわたしもさよならね」
「ジョンジー、ねえ」スーはジョンジーのうえにかがみ込んこ 言いい ました。「お願い ねが だから閉じと て、わたし仕事しごと終わるお までまどそとないって約束やくそくしてくれない? このは、明日あしたまでに出さだ なきゃいけないのよ。描くえが のに明かりあ がいるの。でなきゃよけを降ろしお てしまうんだけど」
部屋へやでは描けえが ないの?」とジョンジーは冷たくつめ 尋ねたず ました。
「あなたのそばにいたいのよ」とスーは答えこた ました。「それに、あんなつたの葉っぱは なんかてほしくないの」
終わっお たらすぐに教えおし てね」とジョンジーは言いい 閉じと 倒れたお ぞうのように白いしろ かおをしてじっとよこになりました。「最後さいごの一まい散るち のをたいの。もう待つま のは疲れつか たし。考えるかんが のにも疲れつか たし。自分じぶんがぎゅっと握り締めにぎ し ていたものすべてを放しはな たいの。そしてひらひらひらっと行きい たいのよ。あの哀れあわ で、疲れつか 木の葉こ はみたいに」
「もうおやすみなさい」とスーは言いい ました。「ベーアマンさんのところまで行っい て、年老いとしお 穴倉あなくら隠遁いんとんしゃのモデルをしてもらわなくっちゃいけないの。すぐに戻っもど てくるわ。戻っもど てくるまで動いうご ちゃだめよ」
 ベーアマン老人ろうじんはスーたちのしたの一かい住んす でいる画家がかでした。六十は越しこ ていて、ミケランジェロのモーセのあごひげが、カールしつつもりかみサチュロスのあたまからしょうおにからだ垂れ下がった さ ているという風情ふぜいです。ベーアマンは芸術げいじゅつてきには失敗しっぱいしゃでした。四十年間ねんかん絵筆えふでをふるってきましたが、芸術げいじゅつ女神めがみころものすそに触れるふ ことすらできませんでした。傑作けっさくをものするんだといつも言っい ていましたが、いまだかつてをつけたことすらありません。ここすう年間ねんかんは、ときおり商売しょうばい広告こうこく使うつか へたな以外いがいには まったくなに描いえが ていませんでした。ときどき、プロのモデルを雇うやと ことのできないコロニーの若いわか 画家がかのためにモデルになり、わずかばかりの稼ぎかせ ていたのです。ジンをがぶがぶのみ、これから描くえが 傑作けっさくについていまでも語るかた のでした。ジンを飲んの でいないときは、ベーアマンは気むずかしいき   小柄こがら老人ろうじんで、だれであれ、軟弱なんじゃくやつに対して たい はひどくあざ笑い わら 自分じぶんのことを、階上かいじょう住むす 若きわか 二人ふたり画家がか守るまも 特別とくべつなマスチフしゅ番犬ばんけんだと思っおも ておりました。
 ベーアマンはジンのジュニパーベリーの香りかお をぷんぷんさせて、階下かいか薄暗いうすぐら 部屋へやにおりました。片隅かたすみにはなに描かえが れていないキャンバスが画架がか乗っの ており、二十五ねんものあいだ傑作けっさく最初さいしょ一筆いっぴつ下ろさお れるのを待っま ていました。スーはジョンジーの幻想げんそうをベーアマンに話しはな ました。この世 よに対する たい ジョンジーの関心かんしんがさらに弱くよわ なったら、彼女かのじょ自身じしんが一まい木の葉こ はのように弱くよわ もろく、はらはらと散っち てしまうのではないか…。スーはそんな恐れおそ もベーアマンに話しはな ました。
 ベーアマン老人ろうじんは、赤いあか をうるませつつ、そんなばかばかしい想像そうぞうに、軽蔑けいべつ嘲笑ちょうしょう大声おおごえ上げあ たのです。
「なんだら!」とベーアマンは叫びさけ ました。「いったいぜんたい、葉っぱは が、けしからん つたから散るち から死ぬし なんたら、ばかなこと考えかんが ているひとがいるのか。そんなのは聞いき たこともないぞ。あほ隠居いんきょののろまのモデールなんかやらんぞ。何でなん らそんなんたらつまらんことをあののあたまに考えかんが させるんだら。あのかわいそうなかわいいヨーンジーに」
病気びょうきがひどくて、からだ弱っよわ ているのよ」とスーは言いい ました。「高熱こうねつのせいで、気持ちきも 落ち込んお こ でて、おかしな考えかんが あたまがいっぱいなのよ。えーえ、いいわよベーアマンさん。もしもわたしのためにモデルになってくれないなら、しなくて結構けっこうよ。でも、あなたはいやな老いぼれお  の  老いぼれお  のコンコンチキだわ」
「あんたもおんなってわけだ」とベーアマンは叫びさけ ました。「モデールにならんとだれ言っい たらんか。いいかね。あんたと一緒いっしょぎょうくったらさ。モーデルの準備じゅんびはできてると、三十ふんものあいだ言おい うとしたったらさ。ゴット! ここは、ヨーンジーさんみたいな素敵すてきお嬢さん じょう 病気びょうき寝込むねこ ところじゃないったら。いつか、わしが傑作けっさく描いえが たらって、わしらはみんなここをていくんだら。ゴット! そうなんだら」
 じょうかい着いつ たとき、ジョンジーは眠っねむ ていました。スーはよけをまどのしきいまで引っ張りひ ぱ おろし、ベーアマンをべつ部屋へや呼びよ ました。そこで二にんはびくびくしながらまどそとのつたを見つめみ ました。そして一言ひとことこえ出さだ ず、しばし二にんしてかお見合わせみあ ました。ひっきりなしに冷たいつめ あめ降り続きふ つづ 、みぞれまじりになっていました。ベーアマンは青いあお シャツをて、ひっくり返し  かえ たなべを大岩おおいわたて、穴倉あなくら隠遁いんとんしゃとして座りすわ ました。
 つぎあさ、一時間じかんねむったスーが覚ますさ と、ジョンジーはどろんとした大きくおお 開いひら て、降ろさお れたみどりよけを見つめみ ていました。
よけをあげて。たいの」ジョンジーはささやくように命じめい ました。
 スーはしぶしぶ従いしたが ました。
 けれども、ああ、打ち付けるう つ あめ激しいはげ かぜ長いなが よるあいだ荒れ狂っあ くる たというのに、つたのが一まい煉瓦れんがかべ残っのこ ておりました。それは、最後さいごの一まいでした。くきのつけねは深いふか みどりで、ぎざぎざのへりは黄色きいろがかっておりました。その勇敢ゆうかんにも地上ちじょう二十フィートほどのたかさのえだ残っのこ ているのでした。
「これが最後さいごの一まいね」ジョンジーが言いい ました。「昨晩さくばんのうちに散るち 思っおも ていたんだけど。風の音かぜ おと聞こえき ていたのにね。でも今日きょう、あの散るち 一緒いっしょに、わたし死ぬし 
「ねえ、お願い ねが だから」スーは疲れつか かおまくらほう近づけちか 言いい ました。「自分じぶんのことを考えかんが ないっていうなら、せめてわたしのことを考えかんが て。わたしはどうしたらいいの?」
 でも、ジョンジーは答えこた ませんでした。神秘しんぴ満ちみ 遠いとお 旅立ちたびだ への準備じゅんびをしているたましいこそ、この世 よ最ももっと 孤独こどくなものなのです。という幻想げんそうがジョンジーを強くつよ とらえるにつれ、友人ゆうじん地上ちじょうとのきずなは弱くよわ なっていくようでした。
 ひる過ぎす 、たそがれどきになっても、たった一まい残っのこ た つたのは、かべをはうえだにしがみついておりました。やがて、よる来るく とともに北風きたかぜ再びふたた 解き放たと はな れる一方いっぽうあめまど打ち続けう つづ 低いひく オランダふうのひさしからは雨粒あまつぶがぼたぼたと落ちお ていきました。
 ちょう明るくあか なると、ジョンジーは無慈悲むじひにも、よけを上げるあ ようにと命じめい ました。
 つたのは、まだそこにありました。
 ジョンジーはよこになったまま、長いなが ことそのていました。やがて、スーを呼びよ ました。スーはチキンスープをガスストーブにかけてかき混ぜ ま ているところでした。
「わたしは、とても悪いわる だったわ、スーちゃん」とジョンジーは言いい ました。「なにかが、あの最後さいご散らち ないようにして、わたしがなに悪いわる ことを思っおも ていたか教えおし てくれたのね。死にし たいと願うねが のは、つみなんだわ。ねえ、スープを少しすこ 持っも てきて、それからちゅうにワインを少しすこ 入れい たミルクも、それから  ちがうわ、まずかがみ持っも てきて。それからまくらなんわたし後ろうし 押し込んお こ で。そしたらからだ起こしお て、あなたが料理りょうりするのがられるから」
 それから一時間じかんたって、ジョンジーはこう言いい ました。
「スーちゃん。わたし、いつか、ナポリわん描きえが たいのよ」
 午後ごごにあの医者いしゃがやってきました。帰り際かえ ぎわ、スーも廊下ろうかました。
五分五分ごぶごぶだ」と医者いしゃはスーの細くほそ 震えふる ているをとって言いい ました。「よく看病かんびょうすればあなたの勝ちか になる。これからわたしはしたかいにいるべつ患者かんじゃなければならん。ベーアマンと言っい たな  画家がか、なんだろうな。この患者かんじゃ肺炎はいえんなんだ。もう高齢こうれいだし、からだ弱っよわ ているし、急性きゅうせいだし。かれほうは、助からたす んだろう。だが今日きょう病院びょういん行っい て、もう少し すこ らくになるだろう」
 つぎ医者いしゃはスーに言いい ました。「もう危険きけんはない。あなたの勝ちか だ。あと必要ひつようなのは栄養えいよう看病かんびょう  それだけだよ」
 その午後ごご、スーはベッドのところにました。ジョンジーはそこでよこになっており、とても青くあお 全くまった 実用じつようてきじゃないウールのショルダースカーフを満足まんぞくげに編んあ でおりました。スーは、まくら何もかもなに  全部ぜんぶまとめて抱きいだ かかえるように回しまわ ました。
「ちょっと話しはな たいことがあるのよ、しろねずみちゃん」とスーは言いい ました。「今日きょう、ベーアマンさんが病院びょういん肺炎はいえんのためお亡くなりな  になったの。病気びょうきはたった二にちだけだったわ。一にちあさした自分じぶん部屋へや痛みいた のためどうしようもない状態じょうたいになっているのを 管理かんりじんさんが見つけみ たんですって。くつふくもぐっしょり濡れぬ ていて、こおりみたいに冷たくつめ なっていたそうよ。あんなひどいばんにいったいどこに行っい てたのか、はじめは想像そうぞうもできなかったみたいだけど、まだ明かりあ のついたランタンが見つかっみ  て、それから、もと場所ばしょから引きずり出さひ  だ れたはしごが見つかっみ  たのよ。それから、散らばっち  ていたふでと、みどり黄色きいろ混ぜま られたパレットも。それから、 ねえ、まどそとてごらんなさい。あのかべのところ、最後さいごの一まいのつたのて。どうして、あのかぜ吹いふ てもひらひら動かうご ないのか、不思議ふしぎ思わおも ない? ああ、ジョンジー、あれがベーアマンさんの傑作けっさくなのよ  あのは、ベーアマンさんが描いえが たものなのよ。最後さいごの一まい散っち よるに」

秋空あきぞられて
吉田よしだ甲子太郎きねたろう

 いち
「まったくでござんす、親方おやかた御覧ごらんとおりのせっぽちじゃござんすが、これで案外あんがいきもだまはしっかりしてますんで。いままでってましたふねでも、こいつぐらい上手じょうずにマストへのぼるやつはなかったそうでござんす。まるでさるみたいなやっこだなんていわれてたくらいで――たかいところの仕事しごとにはもっていの餓鬼がきです。どうでしょう、ひとつあっしと一緒いっしょにリベット(びょううち)のほうへでも、ためしにお使つかいんなってはいただけねえでしょうか」
 ガラガラ、ガラガラとウィンチ(まきあげ)の廻転かいてんするおと、ガンガンと鉄骨てっこつたた轟音ごうおん、タタタタタとリベット(びょう)をひびき、それにけないように、石山いしやま平吉へいきちわがにもなく怒鳴どなるような大声おおごえ一息ひといきおわると、心配しんぱいそうなをして監督かんとくかおのぞんだ。なかなか仕事しごとはないし、出来できることなら自分じぶんもとではたらかせたい――そうおもうと平吉へいきちは、どうしても一生懸命いっしょうけんめいにならずにいられなかった。
 監督かんとく腕組うでぐみをしたままの姿すがたで、平吉へいきちならんですこえみふくんで自分じぶんほうっている少年しょうねんうつした。息子むすこ一男かずおえみふくんでいたのは、父親ちちおやのいうことをいていると、つまりはこの自分じぶん父親ちちおや自慢じまんしていることになるのがおかしかったからである。
 なるほど、一男かずお十七じゅうななという年齢ねんれいにあわせては、小柄こがらなばかりでなくせているほうだった。しかし、潮風しおかぜにやけたその面魂つらだましいには、どこかしっかりしたところがあった。すこ茶色ちゃいろがかったしずかなひとみ、きちんとむすんだくちびる、どっちかというと柔和にゅうわかおたてだったが、まゆのあたりにけぬえて、かお全体ぜんたいめていた。それになによりも監督かんとくおどろかしたのは、こんな場所ばしょっていながら、その少年しょうねんこしつきがすこしもふらついていないことだった。にもこわがっているらしいおどおどしたいろはまるであらわれていない。
 いまさんにんおとこ立話たちばなしをしている場所ばしょは、地上ちじょうから二十五にじゅうごメートルもはなれた空間くうかんだ。足場あしばがわりに鉄骨てっこつはりうえわたしただけのなんまいかのいたうえっているのだった。したのぞけば、地下ちかしつをつくるためにりさげられた地底ちていまで三十さんじゅうメートルはあるだろう。よほどれたものでも、なにかにつかまらなければがくらくらしてのぞいてはいられないたかさだ。
 監督かんとくはあらためて一男かずお少年しょうねんかおなおした。平然へいぜんとしている。わざと平気へいきかおをしているのではない。
「ひょっとすると親爺おやじのいうのはうそではないかもれない」
 監督かんとくはそうおもった。それにかれ全体ぜんたいいちなん様子ようすったのだ。監督かんとく満足まんぞくそうなつきでそれがかる。
 そこで平吉へいきちはすかさずもう一度いちどたのんだ。
岸本きしもとさん、たのみます。使つかってみてやってくださいよ」
 監督かんとくは、「うん」と曖昧あいまい返事へんじをしてなおかんがえている様子ようすだったが、やがてかんがえがきまったとえて、平吉へいきちにいいつけた。
山田やまだんでてくれ」
 山田やまだというのは平吉へいきちくみ職工しょっこうあたまだった。
 山田やまだると監督かんとくいちなんをひきあわせた。
石山いしやませがれだそうだ。このあいだ見習みならいいちにんいるようにっていたが、使つかってやったらどうだ」
 平吉へいきちいちなんおもわず山田やまだかおつめた。このひと返事へんじひとつで運命うんめいがきまるのだ。
 ずばぬけてたか山田やまだは、見下みくだすようにいちなんながめていたが、遠慮えんりょなしにはっきりこたえた。
「こんな子供こどもじゃやくちません。いれるだけ無駄むだです」
「だが、山田やまださん、ちいさいけど――」
 平吉へいきちがせきんでいかけるのを監督かんとくがとめた。
石山いしやま山田やまだがいけないというものをやとうわけにはかないよ。じかに使つかうのは山田やまだなんだからな」
 平吉へいきちいちなんくちをつぐまなければならなかった。
 山田やまだは、じつ自分じぶん知合しりあいいちにんいれたかったのだ。おり監督かんとくたのもうとおもって、まず見習みならいいちにんいるということをほのめかしておいたのだ。いちなんをここでやとったら自分じぶん計画けいかく駄目だめになってしまう。
 ちょっとのあいだよんにんまずいおもいでつっっていた。
石山いしやまどくだが仕方しかたがない。さア、にんとも仕事しごとにかかってくれ」
たいらさん、わるくおもわないでくれ。このとしじゃまだ無理むりだよ」
 山田やまだがまずった。
 石山いしやま親子おやこ監督かんとくれいって、そのるほかなかった。
 
 十七じゅうななといってもいちおとこは、両親りょうしんのおかげ中学校ちゅうがっこうかよわせてもらっている幸福こうふく少年しょうねんたちのように、呑気のんきではなかった。こん自分じぶん仕事しごとつからなければ、いえがどんなにこまることになるかということがちゃんとかっていた。
 だからいまことわられたことをかなしむ気持きもちは、あるい父親ちちおや平吉へいきち以上いじょうだったかもれない。
 一男かずおいちねんはんほどまえから、近海きんかい航路こうろ貨物かもつせん水夫すいふをしていた。としとしだからむろん給仕きゅうじんだのだが、ふね補助ほじょ機関きかん設備せつびした帆船はんせんだったため、その身軽みがるなところを見込みこまれて、箇月かげつとたたないうちに水夫すいふ採用さいようされた。実際じっさいかれぐらいらく々とマストにのぼってをあやつることの出来でき水夫すいふはなかった。どんなにかぜいてもマストがしなうほどれようが、かれ平気へいき軍歌ぐんかをうたいながらそのてっぺんではたらいた。かれふねじょうくらしをすこしもつらいとはおもわなかった。みなから快活かいかつ性質せいしつあいされながら、自由じゆうおとこらしいその仕事しごとをむしろたのしんでいた。それに水夫すいふになってからは給料きゅうりょうもよく、いえへも十分じゅうぶんきんおくることが出来できた。
 ところが、九月くがつなかころ大荒おおあらうみをのりってふね大阪おおさかこうはいったとき一通いっつう電報でんぽうかれけていた。
 「ハハ ビヨウキ カエレ」
 かれわかれをしんでくれる大勢おおぜい兄貴あにきぶんたちをふねのこして、くらおもいで大阪おおさかえきから汽車きしゃった。
 夕方ゆうがた本所ほんじょのごみごみしたまちの、とある路地ろじおくにある、うみうえでもいちにちとしてわすれたことのないなつかしいはいると、すぐしたいもうと十五じゅうごになるすみが、ぜんかけきながらしてた。
 おくろくじょう薄暗うすぐら電灯でんとうしたている母親ははおやまくらもとへいちなんすわると、にんおさな弟妹ていまいたちがものめずらしげにかれをとりかこんだ。
 はは病気びょうき脚気かっけだった。あし醤油しょうゆたるのようにむくみ、心臓しんぞうくるしがった。無理むりをして御飯ごはんごしらえ、洗濯せんたくから大勢おおぜい子供こどもたちの世話せわまで、このあいだまでつづけてたのだが、いまではっていることも出来できなかった。すみが工場こうじょうつとむをやめてははかわりにはたらくほかなかった。だが、そうなると母親ははおやはすっかりよわくなって、ここ半月はんつきぐらいのあいだ毎日まいにちいちなんのことばかりした。はじめは相手あいてにしなかった主人しゅじん平吉へいきちも、さすがに病人びょうにん心持こころもち可哀かわいそうになった。それほどにいたがっている一男かずお一目ひとめわせてやったら、あるい病気びょうきはやくなおるのではあるまいかとおもわれした。
 それで、電報でんぽうつことになったのだ。
一男かずおか、よくかえっててくれた」
 そそけかみあたまをあげて、はは幾日いくにちゆめえがきつづけた一男かずおかおを、じっとながめた。なみだ一滴いってき、やつれたほおつたって、まくらぬのぬらした。
「もう大丈夫だいじょうぶぼくどこへもきはしませんよ」
 一男かずおむね一杯いっぱいになっておもわずそうった。かれはなおくほうへんいたくなってるのをかんじた。
 だが、一男かずお突然とつぜんひょうきんなかおいもうとのすみのほうへふりむけた。
「ところで船長せんちょう、おかえりはまだかい」
船長せんちょう?」
 あっにとられているいもうとをからかうように一男かずおはつづけた。
「わが石山いしやままる船長せんちょうさ。おとっつぁんはまだかってんだよ」
「まア、にいさんたらおいえふねいちしょにして――」
ふねさ、ふねだとも、荒波あらなみいさましくふねだよ。――だが、この機関きかんちょうはらってるんだがなア」
「もう、おとっつぁんもかえ時分じぶんよ」
「そうか、じゃ水夫すいふども、甲板かんぱん掃除そうじだ」
 一男かずおのちひかえたおとうといもうとりかえった。
「あっちの部屋へや綺麗きれいにしろよ」
「ようし、甲板かんぱん掃除そうじだ」
「あたち、水夫すいふよ」
 ちいさなおとうといもうとたちはきゅう元気げんきになって、がやがやのぼった。
 しばらくぶりでこのまずしいいえにもえみかえってた。病人びょうにんはまだしりなみだのたまったままのかおで、くちびるみをかべていた。
「さア、おかあさんも元気げんきしたと――、もう大丈夫だいじょうぶですよ。じきなおります。ぼくがきっとなおしてせます」
 このいちなん言葉ことばが、母親ははおやには、医者いしゃ保証ほしょうされたよりたのもしくひびいたのであった。
 おぜんるまでには父親ちちおやかえってた。玄関げんかんけん居間いま四畳半よじょうはんに、平吉へいきちろくにん子供こどもたちが食卓しょくたくかこんですわると、ふね食堂しょくどうよりもっと窮屈きゅうくつだった。発育はついくざかりのおとうといもうと次々つぎつぎ茶碗ちゃわん様子ようすは、出帆しゅっぱん準備じゅんびをするときよりもっとせわしなかった。一男かずおはそのなかちちから母親ははおや病気びょうき様子ようすをきいた。
 いのちには別状べつじょうはあるまいが、ながくかかるだろうという医者いしゃたてだった。てばかりいるせいか、ものべたがらないのがこまるということだった。
 一男かずおは、いえおくるほかに、しょうづかいを倹約けんやくしてめておいたきん父親ちちおやまえへおいた。いままでは、医者いしゃのいうとおりにもなかなか出来できなかったらしい。
「これで出来できるだけの養生ようじょうをさせてげてください」
 平吉へいきちだまっていつまでも息子むすこかおていた。
 翌日よくじつからいちおとこは、だれわずらわさずに母親ははおや看護かんごいちにん引受ひきうけた。病人びょうにんのあるいえともえず、あかるい笑声しょうせいえなかった。そのためかどうか、おそらく一男かずおかえってたという安心あんしんのせいもあったのだろう、はは病気びょうきはほんのすこしずつよくなってくようにえた。
 しかし、石山いしやま一家いっかは、いつまでこうしているわけにはかなかった。すみが工場こうじょうかせいできんはいらなくなった。いちなん送金そうきんなくなったわけだ。そのうえ病人びょうにんのために不断ふだんよりは余計よけい費用ひようがかさむのだ。
 あるばん子供こどもたちがろくじょうほう寝静ねしずまったとき平吉へいきち一男かずおとはながいこと相談そうだんした。いまいちなんふねってうみるようなことをすれば、また病人びょうにんはわるくなるにきまっている。だが一男かずおいまのように看護かんごかわりをしていたのでは、病人びょうにん薬代くすりだいおろか、べいだいもつづかないのだ。
 翌日よくじついちおとこ父親ちちおやについて、かれいまはたらいている建築けんちくじょうおこなってることになったのであった。
 さん
 平吉へいきちいちなん板張いたばりはずれへれてって、監督かんとくをむけてった。
こまったな」
「なんかつかるよ、おとっつぁん」
 いちなんにもこれというとうはなかったけれども、わざとかえすようにかれこたえた。
 平吉へいきち監督かんとく背中せなかられているのをかんじた。はや自分じぶん仕事しごとにかからなければならない。ゆっくり相談そうだんしているひまはないのだ。
「じゃ、今夜こんやかえってから相談そうだんすることにしよう。をつけてかえれよ」
 平吉へいきちはさっきから人待顔ひとまちがおにすぐまえくだっていたふとくさりさきかぎかる右足みぎあしをかけてくさり全身ぜんしんたくした。ウィンチをおとはげしくきこえて、くさりげた起重機きじゅうきさいふく平吉へいきちを、蜘蛛くもいとにぶらくだった蜘蛛くものように空中くうちゅうげた。それから起重機きじゅうきはグーッとまわって、平吉へいきちからだいままでのところより五六ごろくメートルたか屋上おくじょうてつはりうえにぽとりとくだした。するとほとんかんをおかずに、そこからてつびょうむリベット・ハンマー(びょうつち)のおとがタタタタタときこえはじめた。いちなんにはのせいかそのおとが、ほかのおとより元気げんきがないようながした。
 よし、かえりに新聞しんぶんって広告こうこく就職しゅうしょくぐちをさがしてやろう。つけるといったらつけずにはおかないから――
 一男かずおは、縦横じゅうおうげられた鉄材てつざいあいだから、とおんだそらはなった。上総かずさ房州ぼうしゅう山波さんばがくっきりと、んだような輪廓りんかくせている。品川しながわうみかんでいるお台場だいばが、ひとふたみっつ、いつむっならんで緑色りょくしょく可愛かわい置物おきもののようだ。銀座ぎんざしばあたりのまち小人こびととうのようだし、芝浦しばうら岸壁がんぺき碇泊ていはくしている汽船きせんはまるで玩具おもちゃだ。すぐちかくの日比谷公園ひびやこうえんは、飛行機ひこうきから見下みくだすように、たちじゅ建物たてものしつぶされたようにひらったくえる。
 かぜがさわやかにいていた。
「なアに、なんとかなるさ。ならなきゃしてせるまでだ」
 かれきゅうにはればれとした気持きもちになって、シャツのえりをはだけてにちにやけたむねした。まるでうみかえったようだ。
 そのとき、うしろにっていた岸本きしもと監督かんとくは、一男かずお無造作むぞうさあるしたのをて、はっとした。少年しょうねんいままでっていた板張いたばりからはずれると、ことさらに平均へいきんをとる様子ようすもなく、両足りょうあしをならべてはばもないてつはりつたって、ひょいとビルディングの一番いちばん外側そとがわになっているてつけたあしをのせた。そこでかれはポケットにつっんだまんま、した二十五にじゅうごメートルのところをしろながれている大通だいつう見下みくだした。自動車じどうしゃ自転車じてんしゃ往来おうらいでもながめているのだろう。かれ無心むしんにいつまでも見下みくだしている。
 監督かんとく大声おおごえしたくなったのを、やっとのことで我慢がまんした。あしはずしたらどうするというのだ。かれはそのときいちなんをひきずりたおしてなぐりつけたいほどじりじりすると同時どうじに、また一方いっぽうでは、その面憎つらにくいまでちつきはらったきもだまふとさに、おもうさま拍手はくしゅおくりたくなったのだった。
「うむ、たいしたきもだ。しいもんだな」
 岸本きしもと監督かんとくのどおくでひとりうめいた。
 そのうち、あたりにはたらいている職人しょくにんたちのうちにも、なんにんかそのあぶないところにっている一男かずお姿すがたづいたものがあった。彼等かれらはその姿すがたづくといちしょにもうをはなすことが出来できなかった。仕事しごとをつづけることもわすれて、あっにとられてつめたっきりになってしまった。ややうつ加減かげん一男かずおちいさい姿すがたは、はるかにあおわたった帝都ていと大空おおぞらにくっきりとかんで、銅像どうぞうかなんかのように微塵みじんうごきそうにない。ている職人しょくにんたちの膝頭ひざがしらがかえってがちがちうごきはじめてた。そしてどのこころなかにも、「えらい!」と大声おおごえ怒鳴どなってやりたいような気持きもちうごきはじめた。
 そのとき、まったく不意ふいに――とているほう連中れんちゅうにはおもえたのだ――少年しょうねんあたまげると、くるりとむかいえて、ぶらぶらと監督かんとくのいるほうかえってた。みなはらうちではらはらしていたことなんか、かれはまったくらないのだ。あらしのうみふねのマストにのぼって仕事しごとをすることにくらべれば、ガッチリげられた鉄骨てっこつはりうえあるくことなどは、それがたとえどんなにたかかろうと、なにでもないことだ。
 いちなんがもう一度いちど板張いたばりうえかえってて、「お邪魔じゃましました」と挨拶あいさつしてからまるで平地ひらちあるくような様子ようすきゅう段階だんかいりて姿すがたを、監督かんとくのこしそうな見送みおくっていた。
 よん
 まがまがって細々こまごま地獄じごくそこまでつづきそうな階段かいだんを、一男かずお平気へいきで、ポケットへれたまま、きょろきょろよそをしながらゆっくりりてった。だが、かれかいぶんほど階段かいだんりたときだった。あたりのさわがしい物音ものおときぬけて、ガーンと鉄材てつざい鉄材てつざいにぶつかるこわしい音響おんきょうつよ鼓膜こまくをうった。あたましんまでひびいてた。けたたましい人声ひとごえきこえたようなもした。一男かずおちどまってうえほう見上みあげた。
 がつくと、仕事場しごとばちゅう物音ものおと一斉いっせいにとまっていた。さっとかぜいて一切いっさい物音ものおとをさらってってしまったあとのようだ。へん気味きみわるくしずまりかえっている。そのなかから監督かんとくさけこえがハッキリきこえてた。
「あいつをめろ! もどせ! いま子供こどもめるんだ!」
 だれかが、どたんどたんと階段かいだんりてきたるらしく、かすかな震動しんどういちなんからだつたわってた。
「おい、きみ!」
 ややはなれたところからばれてかえった一男かずおに、あおざめた監督かんとくかおてつわくあいだから自分じぶん熱心ねっしんつめているのがうつった。
もどってくれ! 故障こしょうだ、怪我けがじんだ」
 なんにんかの職人しょくにんたちが一度いちどにどっと監督かんとくのまわりへったが、先頭せんとうっていたのはいちなんだった。かれはあっというに、もう、さっきまでいたななかい板張いたばりゆかうえ監督かんとくならんでっていた。
 監督かんとくって、あたまうえ見上みあげた一男かずおかおからもえた。
 十五じゅうごメートルもあろうかとおもわれる、途方とほうもなくおおきなてつはりが、起重機きじゅうきから、わずかにいちほんくさりあやうはすささえられて、ふらりふらりとさがっているのだ。どうした間違まちがいか、もういちほんくさりはずれたのだ。その拍子ひょうしに、人夫にんぷたちのたぐりせていた引綱ひきづなも、彼等かれらからぐいっとってゆかれて、すべりちてしまったのだ。平均へいきんうしなったそのてつはりは、いまにもずるずるとすべって、骨組ほねぐみだけのはちかいけんのそのだい建築けんちくを、てっぺんからぶちいて、がらがらとちてきそうだった。
 はやくなんとかしなければ――だが、そのとき一男かずお少年しょうねんおもわずぐっとつばをのみんだ。かれいちにん職工しょっこう一番いちばんたかはりうえにまたがったまま、ぐったりとうつぶしているのをつけしたのだ。はずれたくさりのさきが、おおきくれるときかれあたまったものに相違そういない。かれあきらかにうしなっている。そのうえかれまたががっているはり片端かたはしは、さしんであった支柱しちゅうからぐいとはずれている。ったくさりはずれた途端とたんこんはすにぶらくだっているあのはりが、その職人しょくにんまたががっているはり衝突しょうとつしたのだ。あのガーンというおそれしい音響おんきょうは、そのときいちなんみみったのであった。かめのように空中くうちゅうくびっているあのおおきなはりが、かれっているはりにもう一度いちどゴツンとでもれてろ! 一男かずおをつぶった。
 
 だが、岸本きしもと監督かんとくはさすがにちつきをとりもどして、機敏きびんあたまはたらかせていた。いまこそいちなん使つかときだ! 大人おとながのればあのはりちる。だが子供こどもなら……そうだ、いちなんなら大丈夫だいじょうぶだ。
きみ怪我けがじんたすけにってくれ。たのむ!」
 その言葉ことばよりはやく、いちなんくつんだ。監督かんとくにしたつなかれくびにかけた。最初さいしょふといのを、つぎほそいのを。
「いいか、さきに、怪我けがじんはりへしばりつけるんだ。それからあのふらふらしている鉄材てつざいふとほうつなをかけてい。ちついてやれ。はずしたらおしまいだぞ。あわてるなよ」
 一男かずおは、うえにらみながらきしほん監督かんとく言葉ことばいていた。かった。あそこでああして、ここでこうして――かれ仕事しごと手順てじゅんを、もう一度いちど自分じぶんはらへたたみんだ。ふかいきをのみんで、ぐっとむねった。よし! かれくだっているロープにびついた。まったくさるだった。するすると一男かずおからだしばたあいだにのぼってった。そして気絶きぜつしたひとたおれているはり支柱しちゅうまれているかくがとどくと、ぐいと一度いちどからだまるめてやんわりとはりうえうつった。りょうはかすかにふるえていた。うしなっているひとからだまでははちメートルある。りょうはば十二じゅうにセンチにもりない。そしてあしした三十さんじゅうメートルもあるうつろの空間くうかんだ。
だまってろ! やることはかってるんだ」
 だれかがしたから指図さしずしようとしたとき岸本きしもと監督かんとくひくこえさえた。
 一男かずおはじっと怪我けがじんをつけたまんま、じりじりとすすんだ。かれは、時々ときどきはりのゆるぎをめるためにちどまらなければならなかった。
 いつのにかかぜつよくなっていたらしい。いちなん鳥打帽とりうちぼうがさっとかぜきあげられて、いがぐりあたまむきしになったときには、熱心ねっしん見物人けんぶつにんたちはしらずうめいた。帽子ぼうし鉄骨てっこつにぶつかりぶつかりながくかかってちてった。
 さんメートル、メートル、一男かずおうしなっているひと接近せっきんしてった。これからがあぶないところだ。片一方かたいっぽう支柱しちゅうだけでやっとささえられているはりだ、ぐんとはずれたらそれまでだ。
 あといちメートル――。
 みな一度いちどいきをついた。一男かずおはゆっくりとはりうえをつき、やがてはりうまのりになって、まず自分じぶんからだ安定あんていさせた。が、それからの仕事しごと手早てばやかった。かれほそほうつなくびからはずすと、んだようになっているひとからだにのりかかって、機敏きびんなわをかけた。あっというに、怪我けがじんからだはりにしっかりとむすびつけられていた。
 見上みあげている連中れんちゅうは、ここでなんとかこえがかけたかった。だが、岸本きしもと監督かんとくはすぐに様子ようすさっしてみなせいした。
「まて、あいつがなんとかいうまでだまっていろ」
 しかし、一男かずおくちもきかず、みんなのほうようともしなかった。かれにはまだ仕事しごとのこっていた。だいいち怪我けがじん様子ようすをたしかめなければならない。それから、起重機きじゅうきくさりからあやうくぶらさがっている物騒ぶっそうはりに、たくみ引綱ひきづなをしばりつけなければならないのだ。
 一男かずお怪我けがじん背中せなかをつき、戦闘帽せんとうぼうがた帽子ぼうしをぬがせた。そしてのぞんだかれうつったものは意外いがいにも職工しょっこうあたま山田やまだかおだった。ニベもなくさっき自分じぶんことわったあの職工しょっこうあたまかおだった。なんともいえぬ厳粛げんしゅくなものがかれむねった。いのちにかかわるようなひどい怪我けがではありませんように――かれいのるような気持きもち丁寧ていねい山田やまだあたま調しらべた。ていない、ほねくだけている様子ようすもない。どうもつよたれたためにうしなっているだけのことらしい。よかった、よかった。――と、かれ右足みぎあし足場あしばをさぐり、左足ひだりあして、そろそろこしかしはじめた。ているひとたちは今度こんどはぐっといきをつめた。一男かずお真直まっすぐにたってからゆっくりむかいをかえた。しずかにしずかに、はりのゆるぎをころしながら、もとほうきかえす。すすときよりもくばっている様子ようすだ。右手みぎてをのばした。だい支柱しちゅうのところまでもう二三にさんだ。ああ、きついた。かれ右手みぎてはしっかりと支柱しちゅういだきかかえたのだ。そして、一男かずおははじめてみなほう見下みくだして、った。おそれしいような歓呼かんこがあがって、すぐやんだ。一男かずお猶予ゆうよなくつぎ仕事しごとにとりかかったからである。
 だが、あとの仕事しごとらくだった。重々おもおもしく々しくれまわっているてつはりにはなんなく引綱ひきづなむすびつけられた。そして一男かずおのこったつなのたまを、監督かんとく中心ちゅうしんむらがっているひとたちの真中まんなか手際てぎわよくくだした。何十なんじゅうほんかの夢中むちゅうでそれをつかんだ。これで引綱ひきづな完全かんぜんにつけられたわけだ。はなづらは、しんすぐちても差支さしつかえのない場所ばしょしずかにきよせられた。
 おおきなバケット(おけ)をさげた起重機きじゅうきがぐうっとのぼっていちなんはなさきでとまった。かれがひょいとそれにりうつると、今度こんどはバケットがはりにしばりつけられた怪我けがじんのそばへってった。もう危険きけんなふらふらしたくさりにつられた鉄材てつざいがわきへのけられていたから平気へいきでそばにれるのである。いちなんかぜのようにはやうごいて職工しょっこうあたまをしばってある細引ほそびきをほどいて、そのぐったりしたからだりょううでいだいた。からだおもさで、かれはバケットのなかでよろめいた。起重機きじゅうきはすぐにバケットをぐうっとうえちあげ、ゆるくみぎほう廻転かいてんしはじめた。
 そのときいままで職工しょっこうあたまをのせていたりょうささえきれなくなって、がらがらとあっちにぶつかりこっちにぶつかり、真逆様まっさかさま墜落ついらくしてった。ているひとたちのかみはさかった。
 にんせたバケットが自分じぶんとうまえまでさがってとき監督かんとくをはじめ板張いたばりゆかうえっている人々ひとびとは、にもあらず、一斉いっせい歓声かんせいをあげた。そのなか平吉へいきちこえもまじっていた。かれ監督かんとくとならんで、バケットのなか山田やまだいだいているせがれかお一心いっしんつめていた。平吉へいきちにはなみだがあふれていた。
 それをるといちなんなにかぐっとこみげてて、わけのからないなみだほおつたって、いだいているひとかおちた。と、きゅういだいている山田やまだからだおもくなったようながした。かれがぽっかりをあけたのだ。かれはまず不思議ふしぎそうにいちなんかおた。それからあたりをきょろきょろまわしていた。
がつきましたか」
 いながらいちおとこ山田やまだをバケットのそこたせた。
 その瞬間しゅんかんひらめくように山田やまだあたまには一切いっさいかった。
きみは、きみは――くんぼくたすけてくれたのか。き、きみが――」
 山田やまだ両手りょうていちなん両手りょうてをしっかりとつかんでいた。その様子ようすてみんなはもう一度いちど物凄ものすごほどこえまんさいさけんだ。
 一男かずおなにかに感謝かんしゃしたいようながしてをつぶった。いままでていたちちかおが、すうっとははかおかわった。まぶたのうらでははかおはうれしそうにわらった。
 秋空あきぞらたかわたり、つよかぜさからうように、とびいちピンとつばさって悠々ゆうゆうえがいていた。

わらわなかった少年しょうねん
小川おがわ未明みめい

 あるのこと、学校がっこう先生せんせいが、生徒せいとたちにかって、
「あなたたちはどんなときに、いちばんおとうさんや、おかあさんをありがたいとおもいましたか、そうかんじたときのことをおはなししください。」と、おっしゃいました。
 みんなは、をかがやかして、をあげました。最初さいしょにさされたのは、竹内たけうちでありました。
わたしが、病気びょうきでねていましたとき、おとうさんは毎晩まいばんめしあがるおきなさけもおみになりませんでした。そして、おかあさんは、ごはんもあまりめしあがらず、よるもねむらずにまくらもとにすわって、こおりまくらのこおりがなくなれば、とりかえたりしてくださいました。ぼくは、コツ、コツとこおりくだけるおとをきいて、しみじみとありがたいとかんじました。」と、こたえました。
 先生せんせいは、これをきくと、おうなずきになりました。ほかの生徒せいとたちも、みんなだまって、おとなしくきいていました。そのつぎに、さされたのは、佐藤さとうでありました。佐藤さとうが、ちあがると、みんなは、どんなことをいうだろうかと、かれかお見守みまもっていました。
ぼくも、やはり竹内たけうちくんとおなじのであります。いおうとおもったことを、竹内たけうちくんがみんなはなしてくれました。」
 佐藤さとうこたえは、ただそれだけでありました。先生せんせいは、こんど、小田おだをおさしになりました。かれは、くみじゅうでの乱暴らんぼうしゃでした。そればかりでなく、いえ貧乏びんぼうとみえて、いつもやぶれたふくて、やぶれたくつをはいてきました。くつしたなどは、めったにはいたことがないのです。みんなの視線しせんは、たちまち、小田おだかおうえあつまったのはいうまでもありません。
 かれは、がると、
わたしのおかあさんは、おかねのないときは、自分じぶんのだいじなものもって、ぼくのためにいろいろなものをってくださいます。そんなとき、わたしはじつにすまないとかんじます。」といいました。すると、先生せんせいは、
「いろいろなものとは、どんなものですか。」と、おききになりました。小田おだは、そのこたえにこまったらしく、しばらく、うついてだまっていましたが、やっとかおげると、
ぼく月謝げっしゃや……また、どこかへ帽子ぼうしをなくしたときには、おかあさんは、自分じぶん着物きものって、ってくださいました。」と、こたえました。
 この言葉ことばは、みんなにすくなからず動揺どうようをあたえました。なかには、また、くすくすわらうものさえありました。しかし、先生せんせいが、わらうものをおしかりなさったので、すぐにしずかになったけれど、小田おだは、そのとき、みんなから、なんだか侮辱ぶじょくされたようながして、かおあかくなりました。
 そのとき、ひとりとなりならんでこしをかけている北川きたがわだけは、わらいもしなければ、じっとしてまゆひとつうごかさず、まじめにきいていました。小田おだは、こころなかで、かれ態度たいどをありがたくおもったのです。
 小田おだのおとうさんは、もうんでしまって、ありませんでした。ひとりおかあさんが、手内職てないしょくをして、母子ぼしは、その、そのまずしい生活せいかつをつづけていました。
 かれは、学校がっこうからかえると、今日きょうのおはなしをおかあさんにしたのでした。そのあったことは、なんでもかえってからおかあさんにはなすのがつねでありました。これをきくと、おかあさんは、
「あんまり、おまえがいえのことを正直しょうじきにいったものだから、みんなにわらわれたのですよ。」と、なみだをためて、おっしゃいました。
「おかあさんが、ぼくのために、自分じぶん大事だいじになさっているものもなくして、ってくださるのを、ぼくがありがたくおもっているといって、いけないのですか。」
「いえ、正直しょうじきにいって、すこしもわるいことはないんですけど……。」
 こういって、おかあさんは、またをおふきになりました。
「だが、おかあさん、わらったやつもあったけど、わらわないものだってありましたよ。わらったやつは、こんどなぐってやるのだ。」と、小田おだが、いいました。
「そんなことをしてはいけません。おまえが、乱暴らんぼうだから、みんなが、こんなときにわらうのです。どちらがただしいかわかるときがありますから、けっして、そんな乱暴らんぼうをしてはいけません。」と、おかあさんは、おいましめになりました。
 小田おだは、かんがえていましたが、
「ねえ、おかあさん、いつか、いえあそびにきたことのある、北川きたがわくんなどは、だまってきいていましたよ。」といいました。
「よくもののわかる、おりこうなおさんですね。」と、おかあさんは、いって、また、なみだをおふきになりました。
 それから、さんにちしてからです。小田おだは、学校がっこうへゆく途中とちゅうで、あちらからきた、北川きたがわくんにぐうしました。かれは、今年ことしから学校がっこうがったという、ちいさなおとうとといっしょでありました。
「おはよう。」
「いっしょにいこうよ。」
 たがいに、こえをかけって、さんにんが、ならんであるきました。そして、学校がっこうもんをはいったときであります。
「ひとりで、パンがえる?」と、北川きたがわくんが、まって、やさしくおとうとかおをのぞくようにして、きいていました。
 ちいさなおとうとは、だまって、うなずきました。
「もし、おかねとしたら、にいさんのところへいってくるのだよ。」と、北川きたがわくんは、いっていました。
 兄弟きょうだいたない小田おだは、このなかのいいにんのようすをて、こころからうらやまずにはいられなかったのです。
ぼくたち、おかあさんが、かぜをひいてねているので、今日きょうは、弁当べんとう