最初(明治初年)、日本に伝えられたテニスは硬式テニス(硬球と呼ばれていた)でした。
当時は、硬球の輸入が不自由であったので、国内で製造されたゴム・ボールを代用として、
かろうじてテニスの形態を残すことができました。これがソフトテニス(軟球と呼ばれていた)の
始まりなのです。その後、大正年間に入るとともに、ようやく硬式テニスは各所に行われるようになり、
デビス・カップ国際試合にも参加して、一流テニス国としての日本の名声を上げるに至りました。(大正10年)
その頃から、各大学、大会社の硬球熱も高まり、硬式テニスへの転向が多くなって、日本のテニス界は、
硬・軟両立の形で、2つのスポーツを持つことになったのです。