9月にホンダJULIOを購入した。
白と水色(APPLEコンピューターのiMacのインディゴを思い浮かべて欲しい。)の
スケルトンのボディで、限定版の原付である。
この原付は大学に通うために買ったのだが、私の好奇心を満たすために動くこととなった。
私はまず、近所をその原付で走り回った。
「この道はどこに通じているんだろう。」とか、「どこに何の店があるのか。」とか、
走りたいままに探究心とJULIOをつれ、暇な時は常にどこかへ行っていた。
ある時は、海を見に、またある時は、祖父に会いに、どこへ行くにも原付に乗っていき、
私の行動範囲はどんどん広がっていったのである。
ある連休のこと。
何を思ったか、突然実家へ帰りたくなった、原付で、である。
思いついたら即実行の私は、朝(?)3時に起床した。
そして、4時に大阪の家を出発したのである。
高槻に到着した。まだまだ秋だったのに、やはり早朝はかなり冷えた。
体を暖めるためにガソリンスタンドに寄った。
ついでに満タンにしてもらった。
ジュリオは、6リットルガソリンがはいるが、実家へ辿り着くまでに
果たして何回入れなければならないのか、不安だった。
ちょっと暖まってから、とりあえず京都に向かって出発した。
さあ、つづいてやってきたのは京都。
京都はびっくりするほど道が広かった。
早朝であったことも重なって、ほとんど車も通っていなかったため、
いつもは道路の左端を細々と走っている我がジュリオも、
このときばかりは四車線もある道路のまん中を思いっきり走った。
とってもいい気分であったのは言うまでもない。
そして、東寺の五重塔と清水寺に朝の挨拶をして今度は大津に向かって走り出した。
大津に到着する。
滋賀県には、日本最大の湖、『琵琶湖』があることを御存じだろうか?
私は偶然にも琵琶湖で朝日をみることができた。
原付を停めて、琵琶湖のそばのコンビニでコーヒーを飲んで少し休憩した。
このへんでやっと半分を越えたくらいだろうか。
気合いを入れなおして、サングラスを装着して、再び走り出した。
大津からがしんどかった。
疲労もでてくるし、もう近いだろうと勝手に思い込んでいたため、
なかなかでてこない米原や岐阜の名前にあせりをすこし感じはじめた。
それでも草津や守山や近江八幡といった、よく通る駅の名前を頼りに辛抱強く走った。
やっと彦根に到着した。家を出た時から胃にはコーヒー(しかもブラック)
しか入れていないことに気付き、朝食をとることに決める。
そこで、以前から憧れていた、『朝マック』をしようと心に決め、
国道沿いに開いているマクドナルドを探しつつ走った。
探すとなかなか見つからないもので、かなり苦労した。
やっとの思いで発見し、ジュリオをとめて店内にはいる。
スマイル¥0を注文してもいないのに、あふれんばかりの笑顔。
朝のマクドナルドの店員はなぜこんなにもさわやかなのか疑問に思った。
20〜30分くつろいでから、ラストスパートをかける勢いで出発した。
彦根から米原、関ヶ原など懐かしい地名を横目に、実家へむかって走る。
生まれ育った土地を自転車ではなく、原付で走るというのは、
また違った楽しみがあることに気付いた。
家まであと数百mというところで思わぬハプニングが起こった。
家族をどう驚かそうかといろいろ考えていたところに、
うちの両親がむこうから仲良く歩いてきたのだ。
最後の最後で「やられたぁ」と思った。
しかし、両親は思ったよりもかなり驚いている様子で、私は満足した。
今回の旅は、私の親友のJULIO君がいたからこそ成り立ったもので、
150kmも文句一ついわず頑張ってくれた彼にありがとうを言いたい。
どれだけかかるかわからなかった時間も、5、6時間だと判明し、
給油はなんと一回でいいことがわかった。
電車で帰ることを考えれば、約6分の1にお金を節約できるのだ。
(ただし時間は倍かかるが)
冬は、雪や道路の凍結を考えて電車に頼ることになるが、
また夏になったらJULIOと共に実家へ帰ろうと思う。
そして次はもっと違うところへ旅をしたいと思う。
私は忘れていたのだ。帰りがあるということを…。
皆さんはご存じであろうか?
『行きはよいよい 帰りは恐い』という歌を。
全くこの通りになってしまった、大阪への旅。
ここでは「つらかった」とだけ言っておこう。