プラスチックの黎明期


産業廃棄物のコールタールから生まれた, 
はじめてのプラスチック「フェノール樹脂」

 17世紀のヨーロッパには,アジア諸国の特産物である陶磁器,絹,茶,綿布
やインジゴ(藍染料)などが,イギリス東インド会社などを経由して輸入されて
いた。中でもインド産の美しく染色されたインドキャラコはドレス,シーツや
カーテンなどに利用され,ヨーロッパ人の人気を集めていた。イギリスは,こ
のインド綿に対抗する綿製品の製造のため,西インド諸島のプランテーション
で安い奴隷の労働力を使い,綿と藍の栽培をはじめる一方,本国では動力つき
紡績機の開発に努めた。
 イギリスでは,ダービーのコークス製鉄法(1708年),コートのかくはん式精 錬法(パドル法,1784年),ワットの蒸気機関とクランク装置(1775,1781年) やモーズリーらによる精度の高い自動旋盤や工作機械などの発明がつづき,18 世紀はじめからの水力を動力とする紡織機が,18世紀末には蒸気力を動力とす る紡織機をもつ機械制の紡績工場が登場するまで発展していた。この結果,他 の欧米諸国よりも一足はやくイギリスは,石炭と鉄鋼・機械工業を基盤に,綿 織物産業の工業化が確立し,圧倒的な経済力と技術力をもつこととなった。
 さらに,イギリスでは,家庭用(都市ガスとして)や工業用の燃料となってい た大量の石炭を,効率的に織物産地や都市に運ぶため,道路の改修や運河の開 設などが行われていたが,トレシビックとスチーブンソンによる蒸気機関車の 発明後,ストックトン−ダーリントン間(1825年),マンチェスター−リバプー ル間(1830年)に鉄道が開通し,1850年にはほぼイギリス全土に鉄道網がおおう にまでに発達した。
 産業の隆盛とともに,石炭を乾留してコークスをつくる際に,茶褐色から黒 色の粘ちょうな廃液(コールタール)の処理が問題となってきた。一部は防腐剤 として使われていたが,大半はそのまま河川にたれ流され,大きな環境問題に なっていた。産業革命の後発国であるフランス,ドイツやアメリカなどでも同 じであった。ベルセーがコールタール液からクレオソートを分離し,木材の防 腐法(ベセル法)を考案(1838年)し,当時需要の大きかった鉄道用枕木の防腐剤 としての用途が見いだされたのを契機に,コールタール液の分析が盛んに行わ れるようになった。
 ホフマン[独]は,1850年頃から精力的にコールタール液を蒸留して化学分析 を行い,アニリンやベンゼン(1845年)などの分離に成功した。弟子のパーキン がインジゴに代わる人工染料モーブ(アニリン紫ともいう)の合成にはじめて成 功(1856年)した後,コールタールの研究は染料,解毒剤,消毒剤や香料などの 新しいコールタールの用途を見いだすとともに,有機化学を大きく発展させた。 さらに,コールタール液からルンゲにより分離(1834年)され,かつ同じ分離液 のアニリンからも合成に成功(フント,1848年)されたフェノールが,はじめて のプラスチック(合成樹脂)であるフェノール樹脂の誕生(ベークランド,1907 年)にも関係しているのである。

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