プラスチックが歴史年表にはじめて登場したのは,ルニョー[仏]によるポリ
塩化ビニール粉末の発見である(1835年)。しかし,彼の発見した粉末は熱分解
しやすく,製品化までには至らなかった。製品化された最古のプラスチックは,
1851年のエボナイトで,つづき1868年のセルロイドとなるが,天然ゴムやセル
ロースという天然の高分子を原料とするため半合成品といえる。完全なる合成
品,すなわち,小さな分子を原料として合成された最初のプラスチックとして
は,フェノール樹脂(1907年)になる。これら3つのプラスチックの誕生は,ど
のような原理に基づいて化合物ができているかという理論が確立される前ので
きごとであり,プラスチックの黎明期といえる。
エボナイトは天然ゴムの劣化と軟化を防ぐために偶然に見出された加硫ゴム
に由来し,セルロイドは1860年代に象牙製ビリヤード玉の代替品を探し出した
者にかけられた賞金1万ドルを目的に,きわめて錬金術的な手法で,あらゆる
ものを混ぜ,練り,焼きなどを行った中から生み出されたものである。しかし,
発明された製品は,いずれもすぐれた性能をもったものばかりで,長い間さま
ざまな用途に使われるとともに,新しい材料開発を促す力となった。特に,セ
ルロイドは,加熱すると軟らかくなり,人形,おもちゃ,文具などの成形品か
ら写真や映画のフィルムにと,どのような形にも加工することができ,第二次
大戦後の約80年間にわたり,花形のプラスチックであった。しかし,原料のニ
トロセルロースが火薬にも使われる,極めて燃えやすい欠点をもつため,今日
では他のプラスチックに代替されている。
ハイトラーとロンドンの量子力学に基づた共有結合についての理論が発表さ
れたのは1927年である。また,高分子化合物は小さな分子の集合体ではなく,
シュタウディンガーによる非常に多数の小分子が結合(重合)した化合物である
という説が,実用化されてまもないX線構造解析や彼自身の高分子化合物溶液
の粘度測定などの結果によって実証されたのは1930年である。これらの理論に
基づき,はじめて高分子化合物を合成したのはカロザースである(ポリアミド
のナイロン66の合成,1934年)。
ナイロン66の合成と相前後して,ユリア樹脂(1920年),ポリ塩化ビニル
(1927年),低密度ポリエチレン(1933年),ポリスチレン(1935年),メラミン
樹脂(1938年)などと,すぐれた性質をもつプラスチックが合成・工業化され,
プラスチックの第一期黄金期ともいえるが,開発されたプラスチックは当時お
もに軍需用として使われた。エボナイト,セルロイドやフェノール樹脂が,天
然樹脂に代わる代替品として,広く一般市民におもちゃや文具などとして使わ
れたのと大きく異なっている。開発当時,第一次大戦と第二次大戦と世界規模
の戦争時代であり,天然ゴム,絹や石油など有用な天然資源の貿易が制限され
ていたためであろうか。
第一期黄金期に開発されたポリ塩化ビニルは,石炭(コークス)と石灰石それ
に水から得られるアセチレンと,食塩の電気分解による水酸化ナトリウム製造
の副生成物である塩素を原料につくることができ,第二次大戦中・後の物不足
であった時代であっても合成することができた。しかも,生成物は,燃えにく
く,耐薬品性や耐候性にすぐれ,可塑剤を混ぜることで硬い成形品から柔軟で
薄いフィルムやシートにまで自由に加工することができ,多種多様な製品に応
用することができる万能プラスチックであった。しかし,戦後,よりすぐれた
耐熱性や耐久性をもつプラスチックが開発されると,新しいプラスチックにそ
の地位を譲った。
戦後開発されたポリカーボネート(1956年),ポリアセタール(1956年)やポリ
イミド樹脂などは,高い機械的強度をもち金属材料に代わる新材料である。従
来のプラスチックと違い,機械部品としての用途を開拓した,高い性能をもつ
新しいタイプのプラスチック(エンジニアリングプラスチックという)の登場な
のである。さらに,ガラス,ゴムや繊維などのプラスチック以外の材料と組み
合わせることで,プラスチックのもつ性能を向上させるという手法をとる複合
化技術も取り入れられて,プラスチックの用途が日用品から自動車,航空機,
船舶などにも及ぶ,構造材料としての地位を確立した時期であり,プラスチッ
クの第二期黄金期である。
プラスチックの黎明期では石炭を乾留した廃液であるコールタールが,第一
期黄金期では石炭がそれぞれプラスチックの原料であったが,この第二期黄金
期では戦後大きく発展した石油が石炭に代わる新たなプラスチックの原料にな
った。このように,生産される商品の供給量と低い価格を保証するために,化
学工業への原料には,各時代のエネルギー(燃料)資源の廃棄物(コールタール
など)や余剰物(石炭や石油など)が回されてきた。これは,より新しい材料
を開発しようとする化学者や企業家たちの高い意欲があったからである。この
新しい材料の開発をめざす化学者の情熱や,生産される商品の供給量と低い価
格を維持しようとする企業家の努力は,今後ともつづくであろう。
エンジニアリングプラスチックが開発される一方,プラスチック生成時に化
学反応を利用して適当な官能基をプラスチック中に付けることで,各種の化学
反応性や電気伝導性や発光性などの物理変化性をもたせた,特別な機能をもつ
プラスチックが開発されてきた。代表的なものに,海水の真水化はもとより,
上水から純水を得るのに広く利用されているイオン交換性樹脂がある。これは,
ポリスチレン樹脂にスルホン酸基(-SO3H)やカルボン酸基(-COOH)などの酸性基
を付けて,樹脂表面で樹脂中のH+と溶液中の陽イオンとを交換させる。同じく,
樹脂にアミノ基(-N(CH3)2)などの塩基性基を付けて,溶液中の陰イオンを樹脂
表面に取り込み,水酸化物イオン(OH-)を放出する機能をもたせた樹脂である。
機能性プラスチックの中でも,光反応性をもつ官能基を付けた感光性プラス
チックは,集積回路の製造に不可欠なものである。電子部品の製造には,この
ような機能性プラスチックを含めたエンジニアリングプラスチックが使われて
おり,今日のコンピュータの発達を支えてきたのである。このコンピュータの
発達とフロンティア軌道理論をはじめとする各種量子化学理論によって,化学
反応性を予測することがほぼ可能となり,新しい材料開発の手法(分子モデリ
ング法など)となりつつある。この手法を使って,より高い機能をもったプラ
スチックが開発されつつあり,プラスチックの用途を電子部品から生医学材料
の分野にまで拡大しつつある今日は,第三期黄金期といえる。
以上のとおり,プラスチックの誕生史は化学が学問として確立し,発展して
きた歴史でもある。
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