少年法改正の社会問題

Claims-Making Activities to the Juvenile Law

氏名 奥田 倫久

キーワード クレイム申し立て活動(claimes-making activities)、問題経験(problematic experiences)、構築主義(constructionism)


 本稿は、「少年犯罪被害当事者の会」の中心人物であるT夫妻へのインタビューおよび関連資料の収集を通して、少年法改正の社会間題の誕生と成立の過程を跡づけたモノグラフである。本稿では同じく法改正を扱った社会学的事例研究として、草柳千早による夫婦別姓の社会問題の研究を参考にした。草柳は、人が「問題らしきもの」を経験することを「問題経験」と定義する。筆者はこの概念を援用し、異議を申し立てる人は「問題経験」をどのように「利用資源」として蓄積し、それをどう語るのかを明らかにした。

 第1章では、本稿の事例を考察する上で援用した社会問題の構築主義を論じた。構築主義は「社会問題の定義活動をおこなう人々のクレイム申し立て活動を観察する」という視点をわれわれに提示する。しかしその意味では、人々がクレイムを申し立てない限り社会問題は在り得ないということになる。筆者は、これまで構築主義が扱うことを意識的に避けていた社会問題の前史にまで注目することにより、その乗り越えを試みた。

 第2章から第4章までは、夫妻が展開した少年法改正を訴える社会問題の過程を時間軸に沿って描いている。第2章では夫妻の子どもが遭遇した事件の日から、夫妻自らが置かれている状況のなかで噴出したさまざまな不満を周囲にぶつけている期間を描いた。この時、夫妻にとっての少年法という法律はいくつもある不満の一つにすぎなかった。

 第3章では、夫妻の活動が、あるフリーライターによってマスメディアの遡上にあげられ、それを契機に同じ「間題経験」をした少年犯罪被害者遺族たちが集まって少年法に訴えていくグループを結成するに至るまでを描いている。このグループの初会合によって夫妻は自分たちの目指すものは少年法を改正することであると定義付ける。

 第4章は、夫妻がグループの代表として率先して少年法改正を訴え、その舞台を法制定をおこなう場に移し、法曹界、国会を巻き込んでやがて改正案の成立を達成するまでを描いたものである。この局面において夫妻は、一連の運動を展開することそれ自体が、亡くなった息子との関わりであると意味付けていく。

 終章では、革柳の夫婦別姓の社会問題と筆者の少年法改正の杜会問題とを比較検討した。草柳の扱った事例においては法制定の舞台に問題が移行したときに切り捨てられる「問題経験」が存在することを明らかにした。一方で筆者が扱った事例においては、夫妻が少年法に異議を申し立てるときはいつも、彼らが経験した問題を背景として語られていた。ここから本稿では、少年犯罪の被害者遺族がクレイム申し立て活動をおこなっていくなかで、「自分たちの経験」のみにこだわり新たな知識を身につけることを避けたという戦略が、結果として少年法改正案のなかに被害者の権利獲得をもたらすことに寄与したと論じた。