「いじめ」の実践的行為の観察可能性

On the Observability of Practical Actions of "Ijime"

氏名 大辻 秀樹

キーワード いじめ(Ijime)、シカト(Shikato)、会話分析(Conversation Analysis)


 本稿の目的は「いじめ」を具体的な相互行為の次元でとらえ、「いじめ」の実践的手法の実態解明をめざすことである。先行研究に「いじめ」を実践のレベルで調査研究しているものが皆無に等しいため、本稿はその足掛かりを付ける試験的な研究といえる。その具体的例証として、中心的に扱うのは「シカト」という現象である。筆著が小学校学級での参与観察中に収集した会話データをサックスらが開発した会話分析の手法を参考に解読し、「シカト」の実践的行為を観察、記述することが本稿の主要な目的である。

 第1章では、「従来の「いじめ調査研究の視座と本稿の視座」と題して、第1に「いじめ」の先行研究が抱えてきた定義の困難という間題をとりあげた。先行研究は「いじめ」を見えにくいものと自明視し、具体的行為にではなく、いじめられる者の主観のなかに基礎をもつ現象とみなしてきた。そのため「いじめ」の定義は人々の主観によって左右されるという困難を持つ。対して本稿では、見えにくいことを前提とせず具体的行為の次元で「いじめ」を直接観察する。第2に、いじめの見えにくさに焦点を当て、最も見えにくい手口といわれる「シカト」について先行研究が指摘してきた特徴をまとめ、第3章で「シカト」の会話データを分析する準備作業を行った。

 第2章では、「『いじめ』のエスノグラフィー」と題し、第1に、「シカト」を含めた様々な手口でいじめられた花子という女児に対するいじめの全体像を描きだした。花子をいじめるのは、かつては花子が所属していた春子を中心とする女児集団である。花子は「シカト」「うわさ話」「ドッチボールでの集中攻撃」「靴隠し」などのいじめを受けた。第2に、いじめの動機について取り上げた。春子らが筆者に訴えた動機は「ストーカー」というものであった。これは花子が、春子らに仲良くするように強要するという含みがある。第3に、「シカト」の会話データの形式的特微について触れた。この会話データはそもそも同クラスのA子に関して筆者が先の女児集団にインタビユーを試みたものである。この形式的枠組みを利用して「シカト」が行われることを指摘した。

 第3章では、「『シカト』の実践的行為の観察可能性」と題し、第1に、花子がいじめられる直前の会話データの分析を通して、花子が所属していた女児集団のやりとりの特徴を共に語る仲間として描きだした。第2に、「シカト」の会話データの分析を通して、春子らによる排除を偽装する実践および筆者が気づかずに排除に加担する実践を観察した。第3に、花子がどのように「シカト」に対処しているのかを観察した。共通の話題を共に語ることを通して通常のメンバーに復帰しようとする花子の戦略を描きだした。また、その戦略自体が「シカト」を覆い隠す要素になっていることを指摘した。