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Yves Meyer 氏による前書き

ウェーブレット解析は古典的窓フーリエ解析と相補うものとして定義できる. 古典的窓フーリエ解析の目的は信号の局所的な周波数成分を測ることであり, 他方ウェーブレット解析の目的はこの信号を拡大したものを異なった解像度で比較することである. 窓フーリエ解析の構成要素は, 平行移動する窓をかけたサインやコサイン(波)である. 通常,それらは時間-周波数原子 (time-frequency atom) と呼ばれる. ウェーブレット解析においては, 窓はすでに振動していて,マザーウェーブレット (mother wavelet) と呼ばれる. このマザーウェーブレットにはサインやコサインをかけたりはしない. その代わりに, 任意の平行移動 (translation) と伸張 (dilation) とが施される. これがマザーウェーブレットがウェーブレット解析の構成要素である 他のウェーブレットを生成する方法である. 上で拡大と呼んだのは,これらの伸張のことであり, 構成要素は時間-スケール原子 (time-scale atom) と呼ばれる.

フーリエ解析,窓フーリエ解析,ウェーブレット解析は同じ処理方法に基づいている. これら 3 つの場合, 関数を分析 (analysis) することは, 帰するところ,この関数と使われている時間-周波数原子あるいは時間-スケール原子とのすべての相関を計算することである. 合成 (synthesis) はこれらの構成要素があたかも正規直交基底であるかのごとくに誤差なく得られる.

数値解析学者や画像処理を行う人々の間で共通に知られていた経験則は スケールの逆数が周波数であるということである. 小さいスケールは大きな周波数に対応し, 大きいスケールは小さい周波数に対応する. さらに言えば,非常に異なったスケールは独立した(つまり,余剰でない)情報を 供給すべきであるという経験則である. ウェーブレット解析はこの民間信仰とでも呼ぶべきものに 非常に明確な意味を与える試みであると定義できよう.

ウェーブレットは統一された科学の分野としての地位を与えられる前から, 数学,物理学,信号処理あるいは画像処理,数値解析に暗に存在していた.

純粋数学において, 標準的フーリエ級数展開の欠点を克服するために 3 つのアルゴリズムが考案された. これらの欠点とは, 関数の大きさや滑らかさを測ろうとするときに直面する問題である. たとえば, 2 次の評価に基づく最も単純なノルムなら, 容易にフーリエ係数から引き出すことができるが,Lp 評価や Hp 評価が問題になるや否や, フーリエ係数はこの問題に対して答えてくれない. 答えることができるアルゴリズムは, ハール基底 (Haar basis) (1909) あるいはフランクリン正規直交系 (Franklin orthonormal system) (1927) あるいはリトルウッド-ペーリー理論 (Littlewood-Paley theory) (1930) を伴っている. これらは過去に正しい道具であることがはっきりしていたものである.

後になって, カルデロンの再生公式 (Calderon's reproducing identity) (1960) と原子分解 (atomic decomposition) (1972) が, たとえば,ハーディ空間のような別の関数解析的設定で広く使われた. リトルウッド-ペーリー理論と原子分解は共に, Calderon と Zygmund およびその学派によって作られた作用素論の 1 分野で基本的な役割を果たす. その分野は, カルデロン-ジグムント理論 (Calderon-Zygmund Theory) として知られている. ウェーブレットが普及するほんの少し前に, J.O. Stromberg はこの精密な道具を適用して, バナッハ空間の幾何学で名高い問題, すなわちハーディ空間 H1 の特定の無条件基底の存在問題を 解決した.

信号処理や画像処理においても, 同様の平行する進展が標準的窓フーリエ解析から始まり, カルデロンの再生公式のある種の離散化で最高潮に達した. 実際, D. Gabor (1946) は時間-周波数原子 (time-frequency atom) を音声信号処理に導入した. Croisier, Esteban, Galand は信号処理においてサブバンド符号化 (subband coding) を創り出し (1975), そのほんの少し後に Burt と Adelson は画像処理においてピラミッドアルゴリズム (pyramidal algorithm) を考案した (1982). D. Marr は, 人間の視覚とコンピュータの視覚の両方は, ある意味で現実に使われている ``回路の配線 (wire)'' の違いにはよらずに, 似たようなアルゴリズムに基づいていることを確信していた. これら特定のアルゴリズムは, 2 次元信号のウェーブレット変換のゼロ交差 (zero-crossing) と関係する (1982). 数値解析においては, ウェーブレットはスプライン (spline) 近似に関係する. ウェーブレットが流行する前に V. Rokhlin はいわゆる多極アルゴリズム(multipole algorithm) を創り出した. この細分化スキームはコンピュータグラフィックスで基本的な役割を果たす.

最後に数理物理にもどろう.コヒーレント状態 (coherent state) は量子力学で基本的である.場の量子論における繰り込み (renormalization in quantum field theory) は発散積分から有限の値を導き出すために必要である. これはリトルウッド-ペーリーの技法のある種の変形に基づいており, 主として,K. Wilson, K. Gawedzki-A. Kupiainen, J. Glimm-A. Jaffe, G. Battle-P. Federbush らが発展させた.

それ故,ウェーブレットはいくつかの科学の分野で暗に存在していたのだが, たとえば, リトルウッド-ペーリー理論と Burt-Adelson のピラミッドアルゴリズムが同じことを言っているなどということは誰も知らなかった. 大統一は衝撃的事件であり, 多くの人たちは未だにそれを受け入れていない. この統一はおとぎ話が本当になったようなものであり,この主題が直ちに人気があるようになった理由もわかる. 大統一は, ウェーブレットの原形がすでに使われていた異なる分野での発見的方法と知恵とを融合する科学の 1 分野を確立した. この統一は何人かの人々の努力により可能になったのである. その中で特に,Alex Grossmann と Stephane Mallat の名前を挙げておこう.

私は Antoni Zygmund と多くのことを議論した鮮明で郷愁のような記憶を持っている. 彼は自分が夢見ていた問題ならなんでも私に質問して試験したものだった. 彼は私の答を静かに待った. そして多くの場合愚かであった私の論評を笑って聞いていた. 最後に彼は私の間違った視点を訂正しようとしばしば試みた. R.R. Coifman と G. Weiss そして彼らの共同研究者が, いわゆる原子分解 (atomic decomposition) プログラムに着手したときにもそうだった. Zygmund は Weiss がしていたことについて私の意見を求めた. Zygmund は直ちにこの真剣な努力の適切性を悟ったのだが, 私は少し長い時間がかかった.

しかしながら, Zygmund が原子分解が信号解析に関連があることを推察していたとはとても思えない. 名高い作曲家で指揮者の Pierre Boulez と彼の協力者たちが Rita Streich の歌唱によるモーツアルトのアリアのコンパクト原子分解を求めようと決めたことを, Zygmund が知ったら驚いたことだろう. Boulez と彼の協力者たちは(時間-スケール)ウェーブレットではなく,(時間-周波数)波形を使っていたのだ.

さて,本書について述べよう. 本書はウェーブレットについて書かれたありきたりの本ではない. 著者のひとりが原子分解の先駆者のひとりなのだから, この独特な本は際立っている. ウェーブレットについて語るのに他の誰がより適しているだろうか. 原子分解は信号処理や画像処理の核心なのだ.

著者の Eugenio Hernandez と Guido Weiss の注意深い書き方はよく知られており, 本書はこの主題を非常に近づきやすいものにしたいという著者達の願いを反映している. 本書は Weiss と彼の学派が推進してきた 精密で強力しかも洗練された数学のすべての愛好者に称賛されるだろう.

本書は多くの新しく感動的な結果を含んでいる. 最近では,ウェーブレットを多重解像度解析から導くというのが趨勢である. この方法では本書で議論されているような基本的な問題を扱うことはできないし, そのような問題は本当に重要なのである. たとえば本書では,ウェーブレットのフーリエ空間での局所化について 完全に細部まで議論している. これは別の著書では無視されてきたことである. 読者もこの優れた著作を,私が楽しんだのと同じぐらい楽しむことを希望している. そして原稿を読ませてもらったことを著者に感謝する.

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