Szondiana Hokusetsica

「天地否」をめぐって

石橋 正浩

 「天地否」。この卦が最近の本会のあり方に少なからぬ影を落としているような気がしてならない。そもそもは第12回大会で筆者が易の発表をした際にウルトラスーパー顧問が擲銭法で得た卦なのであるが,私を含め参加者にとっては,この卦がウルトラスーパー顧問の手を通して現れたということにかなりのインパクトをうけている。最近投稿もさかんなのであえてしゃしゃりでる必要もないのであるが,やはり外界が動くと内界もつられて動いてしまうもの。一次性の運動形体複合になるか否かはともかく,少しキーボードを叩いてみることにしたい。

 「天地否」は乾(陽)が上卦に,坤(陰)が下卦に位置する卦であり,一見バランスのとれた卦に見えるのだが,易経的には陰と陽がまったく交わることなく何物をも産み出さない卦とされる。卦の説明も,「否の人にあらざる。君子の貞に利あらず。大往き小来る」(否は人道の常ではない。君子が正道を守っても何の利益も得られない。君子は駆逐され小人が勢いを得る)となる。これだけを読むと短絡的な解釈をしてしまいたくなるのもわからないでもないが,それこそが小人的態度なのであろう。そのような時であってもなお「あくまで正を守って天の時を待つほかない」とされる。
 また,本文には続けて「象に曰く,天地交わらざるは否なり。君子以て徳を倹(おさ)め難を辟(さ)く。栄するに禄を以てすべからず。」とある。簡単に言えば,こういったときには君子は自分の能力を内に隠しておくことで小人の嫉妬を買わないようにすることとなるだろうか。

 ここで,第14回大会を巡っての相澤氏ならびに内田氏の論とからめていくと少しだけ面白いことになってくる。14回大会では因子のダイナミズムについてのdiscussionが一つのtopicだったわけだが(特にd因子),この天地否は易学的に言う「消長卦」の一つをなしている。具体的には純陽の「乾為天」から純陰の「坤為地」,そこから再び「乾為天」へという流れを旧暦の12ヶ月に対応させた場合,7月の卦に相当する(ちなみに乾為天は4月,坤為地は10月にそれぞれ相当する)。旧暦の7月と言えば太陽暦で言えば概ね8月であろうか。そう,真夏である。真夏と陰とは一見結びつきにくいように感じられるが,卦から理解すると半分は陰の季節なのである。
 こうした卦のダイナミズムを考えてみると,あながち「天地否」も捨てたものではない。むしろ,ソンディ学的に言う

0 → ± → +/− → +!/−! → 0

のサイクルと重ね合わせてみれば,「晴れの日もあれば雨の日もある」くらいの理解もできようというものである。テストで言えば1つの所見に一喜一憂するだけでないものが見えてくるかもしれない。それはまさに,「われわれが乗せられているもの」である。

 ただし,少なくとも事業拡大のときではないらしい。「坤為地」までの時期を栄養補給に充て,陽に転じだすのを待つのも一手であろう。その意味で,先だっての14回大会は規模はともかく心理的にはかなりの大イベントとなるであろう15回大会へ向けての栄養補給だったのかもしれないし,総会のすべりようはある意味で「小人になるなよ」という警鐘だったのだろうかなどと勝手なことを考えてみたりもする(ちょっとp+!か)。

 ちなみに,勝手ながら「第15回大会に向けて我々のとるべき態度は」ということで卦をたててみた。得られた卦は「水風井(すいふうせい)」(1・3・6爻が変爻)。易経では「井。邑を改めて井を改めず。喪うなく得るなし。往くも来るも井井たり。ホトンド至らんとして,亦たいまだ井にツリイトせず。その瓶(つるべ)を羸(やぶ)る。凶なり。」。卦意は「事をなすのに旧来のままを改めないようにせよ。そうすれば,得もないが損もない。進退しても変わらない。一方,気をつけて最後まで努力せよ。井戸に届く前に釣瓶が壊れてしまうようでは凶である」。もうしばらくは慎ましくしときなさいということやね。

[参考]
 平木場泰義『易学大事典』 東京堂出版
 本田済『易』(朝日選書1010) 朝日新聞社

(2003/03/30;2003/03/31改稿)

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