『幼児の語りことばの発達―― 再話調査を通して ――』 |
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指導教官 | 早川 勝廣 |
構 成 員 | 山中 陽子 高橋 洋子 山川 未記子 吹野 美帆 |
話しことばは、生活の中で日常行動を支える“対話ことば”と、その日常行動をひとつの経験として語る“語りことば”とに分けて見ることができる。対話ことばの獲得は親との一対一のコミュニケーションの中で果たされていく。しかし語りことばは保育所や幼稚園などの集団生活の中で育っていくものである。
幼児期の子どもたちが自分の生活や経験をどのように語ることができるようになるかに興味を持った。そこで、年齢によってその語る能力にどのような差が見られるのかを、3歳児、4歳児、5歳児を対象に、物語の再話調査を通して明らかにしていくことにした。
(1)調査目的 | 物語の再話によって、幼児の物語構造の獲得状況を調べ、年齢ごとの語りことばの形成について知る。 | ||||||||||||||||
(2)調査対象 |
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(3)調査場所 | 八尾市立 西郡保育所 | ||||||||||||||||
(4)調査日 | 平成11年7月28日〜30日 | ||||||||||||||||
(5)調査資料 |
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(6)調査内容 | 〈手順〉
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ことばは、媒体の違いによって大きく二つに分けられる。
「語りことば」は保育所や幼稚園のような集団生活の中で必要となり、その習熟も迫られることとなることばである。皆の前で体験を話させられたり、意見を求められたりする。“語る”ということばをうまく使うことに慣れていない子どもに語らせようとする矛盾の中で、子どもたちは困惑しながらも状況に適応していこうとする。それではどのように適応し、どのようにして「語りことば」を習得していくのだろうか。
子どもは、先生に「皆の前で話させられる」時、まず〈まねる〉ことから始める。模倣する為には、モデルが必要である。そのモデルの一つはまず“先生の話し方”であり、もう一つは“物語”である。絵本の読み聴かせを通して、子どもはお話の世界に出会う。子どもの中には、“あの物語のように自分の体験を語ればいいのだ”と気づく子が出てくる。表現と理解の関連学習を、子どもたちなりにやり始めるのだ。『幼児のお話づくりは、TV、ドラマなどの既知の物語の「模倣」からはじまり、その模倣物語に自分を登場させたりする「空想物語」に移り、そして自分の「現実」の体験を物語化する、というように発展する』
物語を理解するには、ことば表現(叙述)をたどりながらストーリー(展開)を読み取り、並行してストーリーを同時的な全体像へと組み立てなおしていかねばならない。この組み立てなおしに必要なのが物語構造である。
物語構造とは、「その物語がどういうものであるか」についての知識構造のことを言い、様々な枠組みが想定されるが、ことがらをできごと全体の中に布置し、関係づけて組織化するには、物語を成立させる基本的な二つ一組の〈対〉の枠組みを獲得する必要がある。例えば「目標/達成」「欠如/充足」「課題/解決」「障害/克服」などが挙げられる。
これらの二項に「方法・戦略・魔法・呪術」といった第三の項を加えることによって、お話・物語の原型が成立するのである。つまりこの三項関係の枠組みは物語の最小構造といえる。この三項関係の枠組みを獲得する事によって、多くの物語を理解する事が可能になる。
私たちは『ちいさなひつじフリスカ』にこの枠組みを適用して、物語の理解度を調査した。
*『ちいさなひつじフリスカ』あらすじ*
いつまでも体の小さいフリスカは仲間にからかわれていました。 だから体を大きく見せる努力を繰り返しますが、うまくいきません。 そんなある日、おおかみに食べられそうになった仲間のひつじたちを、フリスカはその体の小さいのを利用して助けました。 それからフリスカをからかうものは誰もいなくなりました。 |
物語の再話に影響を与えているのは、“記憶力”と、記憶力を支える“理解力”の二つの要因である。これらは相互に関連しているものであるが、より影響が大きいのは物語の理解によるものであると考えた。そこで今回の調査では、記憶力ではなく、物語の理解力を対象として以下の分析を行った。
3歳児 | 幼児の発話は、調査者の質問に促され誘導される形で成される単発的なものである。 |
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4歳児 | 幼児の発話は文脈として成り立ち、“語り”的なものになりつつある。 |
5歳児 | 幼児の発話は、語るという行為として成立しているので、調査者の質問は幼児の発話のきっかけに過ぎず、うなずき程度にとどまっている。 |
* 3歳児の再話内容は調査者との対話的なものである。(幼児は聞き手の反応を待った後、ことばを発する。)4歳児以降では、徐々に語るという言語活動ができるようになっている。
≪時間処理≫
3歳児 | 場面を点々と発話するにとどまり、お話の時間的な流れが全くみえてこない。 |
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4歳児 | 自分の心に強く残ったと思われる場面を思いつくままに次々と発話する。部分的な時間の流れは把握しているが、全体的なひとつの流れとしては完全には成り立たない。 |
5歳児 | お話をはじまりからおわりまで全体的なひとつの流れとして捉え、発話できる。 |
文節数 | ||
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平均値 | 最高値 | |
3歳児 | 9 | 29 |
4歳児 | 31 | 66 |
5歳児 | 38 | 80 |
*幼児の再話量を文節数で数えると上記のようになる。文節数は3歳から4歳で急激に増加し、4歳と5歳では大きな差はない。
再話量が3歳児から4歳児で増加しているのは、3歳児の再話は単語的なもの(「ヒツジ」「カンダ」「ナイテル」など)であるのに比べて、4歳児の再話はセンテンスとして成立(「チイサイ ヒツジサンナ オオカミノナー シッポ カンダ」など)しているからである。5歳児では更にそのセンテンスに物語の状況を詳しくする要素(「ユウガタニ ナッタトキニナー」「ヒツジタチ キヅカンデナー」「オシリノ ホウニ マワッテナー」など)が加わっている。
3歳までの子どもは、二極構造で物事を理解している。しかし、4歳になると、その二極構造を関係づけた階層構造で理解できるようになる。物語の登場人物の関係把握にもその差が現れてくると考えられる。そこで、三つの登場人物の把握と、「フリスカとおおかみ」、「フリスカとひつじたち」という二つの組み合わせ、またこの二つを関係づけた「フリスカ‐ひつじたち‐おおかみ」という組み合わせの把握状況を年齢ごとに見ることにした。
その結果、幼児の再話における登場人物それぞれの認識は、主人公である“フリスカ”が、どの年齢においても最も高い。続いて“おおかみ”の認識、“ひつじたち”の認識と、その割合は低くなっていくのだが、“おおかみ”の認識は主人公と対峙する、インパクトの強いものとして認識されるため、このような認識の割合の差を出したものであろう。
この階層構造処理能力によって、4・5歳児のお話の理解力は高まっていくのであろう。
≪物語構造の理解≫
*『ちいさなひつじフリスカ』の物語構造
目標 | ………… | みんなの仲間に入りたい | |
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障害 | …… | 体が小さい | |
方法 | …… |
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克服 | …… | 仲間に認められる | |
達成 | ………… | 仲間に入ることができた |
*これはストーリーの展開を成す物語の根幹部分。物語にはこのストーリー展開部分に肉付けする付加要素が加えられ、成立している。
以下の数値は幼児がどの程度物語構造を理解し、それに沿った再話ができたかを調べたものである。
(分析基準)
物語構造を理解できている | …… | ストーリー展開要素を十分に再話できた。 |
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ほぼ理解できている | …… | ストーリー展開要素を、不十分だが再話できた。 |
一部理解できている | …… | 再話されたそれぞれの要素に関連性はあるが、ストーリー展開要素としては成立しない。 |
・物語構造を理解できた幼児の割合
3歳児 | 4歳児 | 5歳児 | ||
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6% | → | 41% | → | 53% |
35%増 | 12%増 |
3歳児から4歳児では、急激に割合が増加していることがわかる。
それに比べ4歳児から5歳児ではほとんど変化がない。
・物語構造をほぼ理解できた幼児の割合
3歳児 | 4歳児 | 5歳児 | ||
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24% | → | 22% | → | 11% |
2%減 | 11%減 |
割合の増減からみると、あまり変化はない。 しかしここで、各年齢ごとの全体量における“ほぼ理解”の割合は、3歳児から4歳児で急激に減少していることがわかる。
再話調査で見られた結果から、3歳児、4歳児、5歳児の言語の発達状況を見ることができる。3歳から4歳にかけては、量的にも質的にも調査データに顕著な増加が見られたが、4歳から5歳までの増加は少ない。つまり、物語構造を理解する力は3歳から4歳にかけて急激に伸びていることがわかる。3歳から4歳にかけては言語の獲得の激しい時期であり、ひととおりの“語る”という活動に必要な機能を獲得していく段階であると考えられる。4歳になるまでにさまざまな機能を身につけ、4歳の壁をこえるとそのあとは、機能を充実させ、運用するという段階になる。
このように、発達の状況が変化(機能の獲得から運用へ)するのは、脳の発達と大きな関わりがあると考えられる。
*脳の発達は細胞構造の面から見ると、三段階に分けられる。
第1段階(生後〜3歳まで) | 脳細胞の突起の連結が成人の6割まで完成 |
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第2段階(4・5歳〜7歳) | 脳細胞の突起の連結が成人の8割まで完成 |
第3段階(10歳まで) | 脳細胞の突起の連結が成人の9.5割まで完成 |
*脳の働きとしての発達の面から見ると、次の二段階となる。
第1段階(生後〜3歳まで) | 生まれてから発達すべき、示された脳細胞の配線図のとおりに発達が進む。 =模倣をするための脳細胞 *外→内への取り入れの時期、つまり新しいことばをそのままそっくり習得する時期。 |
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第2段階(4・5歳〜10歳) | 示された脳細胞の配線図そのままではなく、自分で考え自分でするという活動を伴う発達が進む。 =自己を認識し、自主的意欲的に行動させる細胞 *内→外への開放の時期、つまり自分の中に習得したことばを理解し、取捨選択して活用していく時期。 ⇒ここではじめて自分の心の内容を伝達することばの能力が成立する。 |
大脳 | 古い皮質 | 本能と情動を司る |
新しい皮質 | 知識・感情・意志を司る |
ことばの発達は大脳の新しい皮質の部分で行われている。
〈大脳新皮質〉
前頭連合野 |
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それ以外の領域 | 情報処理機能
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これまで見てきたように、3歳までの言語発達と、4歳以降の言語発達の状況の差は、大脳の前頭連合野の発達が深く関わっていることが明らかである。4歳以降で発達する前頭連合野では、大きく見て自己の認識(他者の認識)と時間の認識が育ってくる。
この二つが前頭連合野で成熟することによって、言語の発達は、機能の獲得から機能の運用に広がっていくものと考えられる。これが、4歳の壁をこえるということなのだ。
1.自己の認識 | 3歳児までは自分と他者との関係認識が十分にできず、自己中心的なものの見方をする。4歳以降で自己と他者の認識を獲得し、相手の立場と自分の立場が違うということを認識することができる。(物事を客体化して捉えることができ始める) =自分はその事柄の外に立って事象の関連付けができる。(物事の客体化) |
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2.時間の認識 | 3歳児までは、その時期に発達している大脳の後ろの領域を使用して、空間の認識(目に見えるものを準拠する鍵になる場所として、それとの関係で上下左右を決めることができる。)はできるのだが、目に見えるものがなく、準拠する鍵になるものがない時間の認識はできない。これは時の体験がまだ十分に身についていないこともあるのだが、4歳以降、前頭連合野の発達によって徐々に獲得されていくものである。 系統づけができる ・数字がわかる ・時間がわかる =順序性の認識(きのう・きょう・あしたの認識) |
物事の客体化と順序性の認識ができるようになると(これができるのが4歳から)、物語のストーリーを把握することができる。これは物語構造が理解できるということであり、物語構造理解の段階を踏んで幼児の語りことばは形となっていくということである。
脳の発達という面からみると、4歳から語りことばは形成されはじめ、5歳ではほぼ完全な形で獲得されると考えられる。しかし、私たちの調査では5歳児の語りことばの獲得状況は5割程度と、私達の予想に反する低いものとなった。これはこの調査の際、ほとんど、または全く話をしなかった幼児が多数存在したためである。特に4・5歳児に、話せなかった子どもが多くみられたが、その子達は決して物語が理解できていないために話せなかったのではなく、別の原因があったのである。なぜ話せなかったのか。私達は、幼児の心理から考察してみた。
* みられている「自分」−公的自己
2歳までには、鏡の中の像を自分だ、と十分に理解できるようになる。この自己像の発見は、自分というものを、客体として捉えることができるようになったことを意味し、自分は「こんなモノ」だという認識を持つ。これに、他者とのやりとりが加わってくると、今度は「他者の目に映る自分」を発見する。自分というものは、自分がみるだけ(私的自己)ではなく、他人からみられている(公的自己)ものだということに気づく。このことは、子どもが自分のしたことに「当惑」や「はにかみ」、「テレ」などを示すことからわかる。人からみた自分、人の目に映る自分に気づくと、自分の行動をそれと照らし合わせ、それがずれている時に当惑やテレを感じるのである。このような当惑は、3歳ではまだわずかであるが、4・5歳頃から急に増えて行く。はにかむのも、やはり他人の目に映じている自分に気づいているからである。
*自分の世界づくりの始まり
他者に対する接近のしかたには、幼いころから個人差がみられ、いわゆる引っ込み思案の子もあれば、誰とでもすぐに仲良くなれる子もあるが、慣れてさえしまえば、その子なりに自由にふるまえるものであった。ところが、4歳を過ぎるころになると様子が変わり、活動によっては妙に引っ込み思案になったりするので、大人にはとても奇妙に見える。「てれている」とか「恥ずかしがっている」ように見えたりする。特に、新しい経験を始めることに対して、臆病ともみえる慎重さを示す。3歳児が、何にでも挑戦していたのとは、とても対照的である。何が彼らにそうさせているのか。
それは、これから始めようとしている、活動の結果についての、行動の見通しをもつようになることと、その結果が、周囲の人々から、評価され得るものかどうかの、予測が立てられていることの、二つが基盤になっていると考えられる。行動の主体としての「自分」を意識し、「やれる自分」、「認めてもらえる自分」を確認しているのである。一方で、新しい活動に興味がある「やりたい自分」も意識されている。「やりたい自分」と「できそうにもない自分」に気づき、踏み出せないでいるのである。つまり、4歳児の「しりごみ」や「はにかみ」は、自分を取り囲む世界についての理解が進むと同時に、その中に位置づくものとして、「自分」というものを捉えるようになってきたことの根拠とも言えるのである。
以上の文献にもあるように、私達は、4・5歳児の話せなかった原因を、「当惑」「しりごみ」「はにかみ」といった心理状況にあったと考えた。
この再話調査を行うにあたって、私達は一週間、3歳児・4歳児・5歳児クラスと、三つのクラスに別れて幼児に接してきた。しかし、調査を行う際、条件をそろえるために、それぞれの受け持ちではないクラスにおいて調査を担当することにした。また、調査者と被験児一人という、一対一の場面を設定した。つまり、不慣れな人物と、一対一の場面で話をするという、子どもたちにとって普段は体験したことのない、新鮮で特異な状況が作られていた。そのため、いつもはよく話す子どもでも、恥ずかしそうにして話せなかった例が多くみられた。こうした子どもたちも調査結果の資料では、「物語構造が理解できなかった」とされているが、実際には理解できていた可能性がある。
「見られている自分に気づいて、恥ずかしがる」ということは、「行動している自分を眺めている自分を意識している」ということである。このように、自分を認知することができるという認知発達の節目も、やはり4歳頃であり、4歳過ぎという年齢は様々な発達の節目にあたるということが改めて確認できた。
「言語形成と物語構造」(論文) | 早川勝廣 | ||
『ことばの誕生‐うぶ声から五才まで』 | 昭和43年8月20日第1版 | 岩淵悦太郎 | 日本放送出版協会 |
『ピアジェの児童心理学』 | 1966年7月10日第1版 | 波多野完治 | (株)国土社 |
『生活科授業の創造と実践』 | 平成5年3月14日第1版 | 松本勝信 | 現代教育社 |
『講座 幼児の生活と教育 3.性と感情の発達』 | 1994年6月7日第1版 | 高木和子 | 岩波書店 |
『子どもの「自己」の発達』 | 1983年 | 柏木惠子 | 東京大学出版会 |
『幼児の言語と教育』 | 昭和44年5月30日第1版 | 高橋 巌 | 教育出版センター |
『幼児の表現生活』 | 昭和46年11月30日第1版 | 村田孝次編 | 朝倉書店 |
『幼児の言語発達』 | 昭和43年1月30日第1版 | 村田孝次 | 培風館 |
『ことばの獲得』 | 1972年8月1日第1版 | D・マクニール /佐藤方哉 訳 | 大修館書店 |
『幼稚園期の言語発達』 | 1972年 | 村田孝次 | 培風館 |