おもしろい論文を書こう (その3)
もう、あなたには時間がない。まともな論文にまとめるためには、先行研究調査が不可欠と言われているが、どうしたものだろうか。
テーマに関してどんなことがこれまで言われてきたのか? 先行研究の調査は、本来、研究の出発点であるとされている。
文学研究のような研究蓄積のある分野では、専門の文献書誌があって、これまでの研究業績が体系的に分類、整理されている。そうでない比較的新しい問題を扱
う場合も、大阪教育大学のばあいであれば、たとえば、MAGAZINEPLUS などの書誌検索ツールを使って先行研究にあたるべきである。
これまでの研究業績すべてに目を通すのは、一人前の研究者ですらほとんど不可能である。だから、これまでの研究の動向をまとめ、主要文献を解説した ガイドブックなども出ている。
しかし、卒業論文を書くのに、そこまで目を通せというのは、酷だと、(わたし個人としては)思う。
で、まあ、でたとこ勝負。テーマに関係しそうで、なんとなくこれ、おもしろそうじゃない? と思った本をとりあえず読んでみよう。
最初の一冊は、早ければ早いほどいい。遅くとも、4回生になる前には、読んでおこう。およそ、あなたが選んだテーマにどんな問題があるのか、がぼん やりとでも頭に入っていればそれでいい。メモをとっておくならば、なおさらいい(ただし、最初から、細かくメモろうとすると息が切れる)。
たとえ4回生の前半は、就職活動で頭が一杯。卒論までとても手がまわらないということになっても、頭になにか残っていれば、それなりに考えるもので ある。面接の待ち時間に、読んだことを思い出してみる。心にひっかかったことを考えてみる。別のことをしていても、「アッ。あれはこういうことだったのか な」と思いつくようなことが、ひょっとするとあるかもしれない。
とにかく早い時期に、基本文献を一冊読んでおいて、就職活動期をまったくの空白に しないことがポイントである。
読書量の不足を補う応急手段としては、これまで授業でやってきたことを、うまく利用するということがある。ノート、テキスト、レポートなどで、使い
物になりそうなものを拾い読みしてみるだけで、意外におもしろい論点が見つかるかもしれない。
ただし、一年生の授業で提出したレポートをそのまま書き写すのでは、情けない。もう一度手を入れて、三年前にはとても書けなかったような文章に練り直そ
う。
注意セヨ。いずれにしても、参考文献一冊だけでは論文にならない。なんとか、時間を見つけて、関連の文献を読み比べてみる作業は、どうしても必要で ある。
先行研究をもれなく調査することができないにしても、読むことのできた数少ない文献は、正確に理解するように努力しよう。どういう論旨で、なにを主張しているのかがクリアに判るように、でき るだけ自分のことばを使ってまとめよう。
ここで、注意すべきことが三つある。
1. できるだけ、自分のことばに直す、つまり、読んだ文献の文
章をむやみやたらに引用しない努力をしよう。
2. 読んだ文献の文章と、自分の文章を厳格に区別しよう。つまり、他
人の文章をそのまま論文に使うばあいは、「」で、くくって、注をつけ、どこから引用したのか出典を示さなければならない(注のつけ方は、ドイツ語圏資料室
の執筆要綱を見ると判る)。
3. 読んだ文献にどんなテーゼが提示されているのか、ということとならんで、どんな観
点から、どんな文脈で、それが主張されているのかに注意しよう。
1と2について。
「自分のことば」というのは、当然ながら、いつも友だちとおしゃべりするときのあの言葉ではない。論文には論文にふさわしい書き言葉がある。
本当は、これまで三年間の大学の授業の中で、そういう言葉を自由に使えるくらいになっているべきであるが、しかし、そうでない人も慌てることはない。とにかく、みようみまねで、論文らしい文章を書いて、「自分のことば」にしてしまおう。
一ページ書いたら、キリのいいところで声を出して、読んでみる。読んでいるうちに、なんとなく、自分の文章のリズムのようなものが決まってくる(は
ず?)。ちょっと、調子がおかしいと思ったら、要注意。参考文献の文体に引きずられていないかチェックしよう。
特に、異文化関係の研究は、翻訳が多い。わけのわからない翻訳語はなるべく使わないように心がけよう。どうしても使わなければならないときは、前後関係か
ら意味を考え、別のことばをあてたり、説明を加えたりする。
引用は、しっかりキメなければ、意味がない。この一文が、この文献のキモだ! と
いう箇所を狙って引用する。
もちろん、地の文章、つまり、あなたの文章は、その極めつけの引用文に負けないくらい光ってなければならない!
ついでに、引用には、大きく分けると二種類あることを知っておくのもいいかもしれない。
一つは、他者の独特な言い回しを引き合いに出す場合。これは短いフレーズに引用符をつけて地の文に埋め込むことが多い。
もう一つは、他者の記述を俎上に載せて、解釈したり、批判したりする場合。この場合は、自分の論述をいったん中断して、独立したスペースに、長い一節をそ
のまま提示することもある。あまりにも長すぎると思ったら、前後関係を自分のことばで要約して引用文を短くする。要は、問題の箇所にぴったりとハイライト
を当てることである。
言葉を選ぶのも、たいへん忍耐の要る作業だ。とことん突き詰めて、と言いたいところだが、それでは先に進めない。しかし、どうしてもここはキメた い! という箇所がかならずいくつかあるはずだ。そういうところでは、辞書などを使っ て、納得できる言葉を捜そう。
いくつかのキーワードを除いて、繰り返しは避ける。同じようなことを書くばあいも、違う表現を使うべきである。
3について。
あなたは、先行論文とはなにかちょっと違ったことを主張したいところだ。しかし、先行論文を書いているのは、大抵のばあい、その分野の専門家
である。正面からかかっていったのでは、とても太刀打ちできない(といって、最初からムヤミに畏れることはないが)。
大体、世の中いくら不正がまかり通っているといったって、一般に認められている学説が、100パーセント出鱈目ということはまずない、と考えたほう がいい。
ならば、どうやって、あなたは新しい論点を提示することができるのだろうか?
だれかがなにかを主張するときには、その人は、なんらかの観点に立って、主張しているのである。ある観点に立てば、アメリカのイラク侵攻は、正義で ある。しかし、それが不正であるような別の観点も当然、ありえるだろう。
あなたがさし当たって考えなければならないのは、アメリカのイラク侵攻が正義であるか、否かではない。あなたがまず、しなければならないのは、どう いう観点に立ったとき、それが正義なのか、どういう観点に立ったとき、それが不正なのかを整理することである。
他人の論文を読むときは、テーゼとともに、そのテーゼにどんな観点が前提にされて
いるのかに注意しよう。
そして、あなたが論文を書くときには、「たしかにこの観点からみるならば、こういう結論になるかもしれないが、別の観点からみるならば、こういう見方もで
きる」という解決を探ってみよう。
わたしは、学生時代に相対性理論を教えてもらったことがある。中身はすっかり忘れてしまったが、いまだに覚えていることが一つだけある。アインシュ タインの理論は、物理的な宇宙観をまったく書き換えるものだったが、凄いのは、ある一定の範囲内(つまり、地球的な規模)では、ニュートンの力学とまった く一致するというのであった。
反論するのではなく、少しズラして問題を見直してみることが大切だ。
さて、残る問題は、どうやって自分の主張を論証するのか? ということである。
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