独和辞典を読む

2003年の追記は、こちら。

 アポロン独和辞典(第三版一刷 2002年4月 = AP.)、アクセス独和辞典(第一版五刷 2002年3月 = AC.)、クラウン独和辞典(第三版一刷 2002年2月 = CR.)を読み比べてみた。
(それにしても、なんでドイツ語タイトルをつけないんだろう。『ダス・ヴォルト』とかいうのでは、やっぱり売れないのかな?)。

 なぜこの三冊かといえば、2002年の春、見本として我が家に送られてきたのがこの三冊だったという、まあ偶然の理由です。また、言うまでもないことですが、わたしは三冊の独和辞典をすみからすみまで読んだわけではありません。ここに書いた以外にも、特筆すべきことがあるかもしれません。ドイツ語初級程度の文法をマスターした人なら(今さらの感なきにしもあらずでしょうが)、もうかなり辞書が「読める」のではないかと思います。おもしろい発見があれば、どうぞお知らせください

 わたしの意図は、三冊の独和辞典を批判的に検討しようとかいうことではありません。わたしは辞書の専門家でもありませんし、常に学習辞書をチェックしているわけでもありません。今回、読み比べてみてあらためて思ったことは、三冊それぞれに特色があり、ドイツ語学習者のためにいろいろな工夫がこらされている、というごく平凡な事実でした。

   1. 前置詞 in の説明

ドイツ語の in は英語と同じように、「なか」という意味だが、あとに続く(代)名詞が3格か4格かによって意味がちがってくる。4格ならば方向、「なかへ」という意味になるし、3格ならば場所、「なかで」という意味になる。まあ、この程度のことは辞書を調べなくてもわかるように、よく覚えておきたいところだが、三冊の辞書はそれぞれどんな説明をしているだろうか。

AP.

ア (どこに)[3格と] ・・・の中に、・・・のなかで。

という説明に絵がついている。4格の方も同様である。

イ (どこへ)[4格と]・・・の中へ。

絵では、矢印で、ここで問題になっているのが、方向であることを表している。 これだけの説明ではなんのことかよく分からないが、一度、文法の授業を受けたことがある人なら、この程度の説明で十分だと思う。

ついでながら、4格の例文に Ich fahre in die Schweiz. があり、さらに、nach Frankreich fahren という言いまわしとの使い分けが説明されている。

CR.

囲み記事として、AP. とほぼ同様の説明があり、例文、絵がつけられている。ただし、CR. の囲み記事には、空間・方向の用法だけではなく、in という前置詞の主な用法(時間、状態・様式、着用、動作名詞との結合)すべて示されている。

in die Schweiz は本文のなかに例文が挙げられ、さらに注として、nach Italien (München) との使い分けが説明されている。

AC.

囲み記事で、発音記号を示した後、

[3・4格支配]
・・・の中に<で> ・・・の中へ
Mutter ist in der Küche. (3格)
母さんは台所にいる
Mutter geht in die Küche. (4格)
母さんは台所へ入っていく
・「場所」を表す時は3格支配、「方向」を表す時は4格支配

といった具合に、意味、例文、文法の説明が入る。

さらに、定冠詞、代名詞の融合形の記述がある。im (=in dem) など。

in die Schweiz fahren の用例は、nach を調べると出てくるが、in の項目では説明がない。

   2. 成句 auf Grund の扱い。

AP.

auf の部分が太字、Grund が斜体になって、例文として呈示されている。(なお、最後の 2 は、実際はもちろんもっとかっこよくつけられていて、Aussage が2格であることを示している。)

auf Grund einer Aussage2  証言にもとづいて

AC.

成句は、Grund の記事のあとにまとめられている。

たいへん、見つけやすいが、例文はついていない。ついでながら、ここでは、2格がつづく場合にならんで、von + 3格の場合もあることが示されている。
ただし、成句としてまとめられているのは、前置詞 + Grund という形だけで、たとえば、

den Grund zu 3格 legen
...3  の基礎を置く

といった用例は、語義解説の中に入れられている。ちょっと判りづらい区別である。

CR. も、AC. と同じ扱い。例文もついている。

   3. 前つづり um

前つづりに関しては、AC. の扱いが独特である。

AC.

囲み記事にして、分離前つづりの場合と、非分離前つづりの場合、それぞれに、意味、um- 動詞の3基本形を挙げている。
特に、非分離動詞の項目には、

この ge- が落ちることに注意!

と、なかなか詳細な説明がある(一般に、AC. は文法的な説明が入念である)。

たしかに初級学習者にとっては、分離、非分離の前つづりの処理は厄介な問題であろうが、しかし、これもやはり文法規則として覚えるべき事柄で、辞書で調べるようなことではないような気もする。

注意すべきは、文法ではなく、意味である。接頭辞とか接尾辞だとかは、なんとなく見落としがちだが、使い方を知っていればとても役に立つ。

中級以上のレベルの文献を読むとなると、5万語程度の辞書では見出し語になっていない単語が出てくる。しかし、辞書にないからといって、諦めてはいけない。ドイツ語は、複合語が多いので、基本的な語彙を知っていればある程度、意味を類推することができる。接頭辞や接尾辞も類推の重要な手がかりになる。

たとえば、umfließen という単語が見つからなかったら、 まず、fließen を調べてみよう。
umfließen は、fließen 「流れる」に um- がついて、「まわりを流れる」だ。同じum- のついた umfahren(迂回する), umfliegen (周りを飛ぶ)といった単語なら辞書にも載っている。

というわけで、本当は、AC. の囲み記事で取り上げられていない接頭語(rück-, ur-, weg- など)や、接尾語(-heit, -logie, -tum など)にも大いに注意を払うべきなのだ。

AP.

分離・非分離の前つづりの扱いは、実にそっけない。しかし、よく見ると、一通りの意味はおさえているようである。

CR. もAP. とほぼ同じ。

ついでながら、um- には、「喪失」の意味がある (umkommen, umbringen) が、AC. CR. は省略している。

また、非分離で他動詞化するという説明は、AC. にはあるが、AP. CR. にはない。

   4. 重要語

AC.

5万4千語のうち、1500語を最重要語、4500語を重要語としている。最重要語には「単語カード式囲み記事」がついている。まあ、この程度の単語は覚えなさい!ということなのだろう。

AP.

5万3千語のうち、1500語を最重要語、3500語を重要語としている。650語には、「会話にも使える平易な文」が掲げられている。
しかし、単語によっては、文章で覚える必要のないようなものもあると思う。

たとえば、auf 4格 sich freuen といった熟語は、文章で覚えた方がいいだろう。

Ich freue mich auf die Ferien.
私は休暇を楽しみにしています。

だが、どうせなら、

Ich freue mich über die Ferien.

という言い回しも覚えておきたいところだし、

また、Freund のような名詞は、

Das ist mein Freund Peter.
こちらは私の友人のペーターです。

という文章で覚える必要はないような気がする。

AC. AP. の囲み記事は、いわば単語帳のようなものだと考えればいい(多分)。
そこに掲載されている単語はぜひ覚えて欲しいものばかりである。しかし、CR. の囲み記事は、ちょっと意味が違う。

CR.

見出し語6万4千語のうち、650語を最重要語、2110語を基本語、3510語を第二次基本語としている。

語義説明が長い単語には、囲み記事として、語義をまとめて例文とともに表示している。
したがって、Freund や freuen は最重要語ではあるが、囲み記事はない。
見出し語 da には、本文に先立って、5項目にわたるコンパクトな要約がついている。

囲み記事は語義全体を概観しているのであって、覚えるべき意味だけを取り出しているのではない。
一つの単語の個々の意味を全体の関連の中で考えたり、あるいは、囲み記事を、後に続く本文のインデックスのように使って、必要な項目だけ本文の記事を読むといったことができる。

   5. 記号

AC.

普通用いられる、再帰4格、とか、物の3格、とかいう表示だけではなく、場所、方向、様態、状態、期間、時刻、時間、数量、時期、文、といった記号を用いて、どんな文要素が用いられるのかを示している。

例えば、denken では、

[ 機能 + über + 4格 / 機能 + von + 3格 ] [・・・4・3を・・・と ] 判断する、考える

となっていて、さらに例文が挙げられている。

Wie denken Sie über meinen Vorschlag?
あなたは私の提案についてどのようにお考えになりますか?

Er denkt gut <schlecht> vor ihr.
彼は彼女のことを良く <悪く> 思っている

AP.

über 人・事4 (または von 人・事3)... denken 人・事4(または 人・事3)について・・・と考える、判断する

となっていて、同じような例文がつづく。

AP. で、・・・のところが、AC. では、機能という記号で説明されているのである。ただ、少なくとも私は、機能と言われてもよく判らない。いずれにしても、例文が重要なのだ。

CR. もAP. とほぼ同様である。

   6. 関連語

類語の表示は、単語の暗誦、あるいは、言葉の微妙な使い分けを調べる時、非常に便利である。
たまたま目についた項目で比べてみる。

    freuen

AC. では、関連語として、gefallen, froh (traurig) sein, erfreuen が挙げられている。

AP. なし。

CR. なし。

    schön

AC. なし。

AP.

schön (見て・聞いて)美しい、快い  hübsch (かわいらしくて)きれいな attraktiv (身のこなしなどが)魅力的な  niedlich (清楚でデリカシーがあり)かわいらしい。

CR. なし。

それはそれとして、CR. の語義説明はなかなかおもしろい。 schön の項目には、 eine schöne Seele についての記述がある。

    verstehen

AC.

begreifen 理解する erkennen わかる、認識する fassen 理解する、把握する einsehen 悟る、理解する kapieren (口語)理解する missverstehen 誤解する

AP.

verstehen 「理解する」という意味で最も一般的な語。 begreifen (他と関連づけて)理解する、把握する einsehen (誤りなどを)悟る、(理由などが)わかる fassen (雅)理解する、把握する。(ふつう否定文で用いられる)。 Ich kann seinen plötzlichen Tod nicht fassen. 私は彼の突然の死を受け入れることができない。

AP. には、類語記事の索引がついている。

CR.

関連語としてまとめられてはいないが、個々の語義ごとに、矢印で begreifen auslegen を指示している。

   7. 発音カナ表記

AP.

小文字、ひらがな、カタカナ、太字、細字を使い分け、表示がおもしろい。なんだか楽譜を見ているようだ。

「発音について」で説明されているところによれば、「重要語」には発音記号が併記されているということだが、よく見ると、複合語にも発音記号がつけられている場合がある。たんに意味的な重要性にしたがって、発音記号を併記する語を選んでいるわけではなさそうである。

AC.

単純なカタカナ表記。赤で印刷された重要語に発音記号が併記されている。

CR.

AP. や AC. と違って、基本的に、発音記号を使用。重要語にのみ、カナ表記が付されている。
カナ表記には、AP. のような工夫がある。

   8. 和独

どの辞書にも、和独の単語集がついている。ちょっとした和文独訳ならこれで十分だろう。

AP.

4000語 

楽しみ das Vergnügen, die Freude, der Spaß. //〜を楽しみにする sich4 auf 人・事4 freuen.
楽しむ [〜をして] sich4 [mit 事3] vergnügen (unterhalten*); [〜を] 物・事4 genießen*

ちなみに、* は、不規則変化動詞のシルシである。

AC.

3200語

楽しみ das Vergnügen, der Spaß
楽しむ genießen*; sich4 vergnügen

AC. には、いくつかの単語に、例文がついている。

CR.

楽しみ Freude 女;(娯楽)Vergnügen 中
楽しむ genießen; sich4 freuen

AP. がやや丁寧か。いずれにせよ、和独でドイツ語を探し出して満足してはいけない。もう一度、独和で調べ、例文を読むべきである。

   9. その他、気がついたこと。

    AOK

CR. (ドイツの)地域健康保険組合

AP. AC. 地域疾病金庫

    der grüne Punkt

AP.

grün の項目に記載あり。また、付録の「環境用語」の項目には、少し詳しい説明がある。

グリーン・ポイント。このマークがついたごみは、回収されてリサイクルされる。再生ごみの回収費をメーカーに負担させ、効率よく回収するためにデュアルシステム・ドイチュラント社が考え出した制度。

付録の専門用語集はそれなりに役に立つが、単純なアルファベト順ではないので、ちょっと調べづらい。

AC. なし。

CR.

grün の項目に記載あり。写真によって、具体的にどんなマークなのかがわかる。さらに、DSDシステムを簡単に紹介している。

    *****

CR. は、数字によって、動詞を不規則変化表にリンクしている。
これは、仏和辞典ではごく普通ではあるが、独和辞典ではめずらしい。どんな派生的な動詞にも数字がついていて、変化表に載っている基本語を探し出すことができる。

    *****

AP. と AC. の付録には年表がついているが、いずれも日本語。ドイツ語併記ならば、とても便利だと思う。

    *****

同じ二色刷りとはいえ、どちらかといえば AC. のレイアウトは派手。AP. CR. は地味。特に、CR. は文字がギッシリ詰まっているような印象を受ける。大きさは三冊ともほぼ同じだが、ページ数は、AC. が1815ページ、AP. は1891ページ、CR. は1827ページ。

どれをとるかは好みの問題だと思う。


2003年の追記


2003年春に、白水社から 『フロイデ独和辞典』 という独和辞典がでた。

見出し語75000。4000円。

二色刷り。たとえば、再帰代名詞や、よく結びつく前置詞も赤で強調されているので、見やすい。ただし、類書に比べて、ちょっと、字が小さいような気がする。

この辞書の最大の特徴は、文化的な解説が充実していることだと思う。

赤の菱形マークの後の記述は参考になることが多い。

たとえば、 Danaergeschenk, Danaidenarbeiteit の項目を見よ。

語源の解説なども充実している。たとえば、人名の Daniel の項目には、ヘブライ語で、「神は裁く」の意という説明がある。ただし、辞書には (hebr. ,Gott richtet') とあるだけなので、初級学習者は読み飛ばしてしまうだろう。

また、文法的な説明も丁寧である。たとえば、 genug の項目には次のような記述がある。

(誤)ein genug großer Koffer (正しくは ein genügend großer Koffer 十分な大きさのスーツケース)

ただし、初級文法を手取り足取り解説するという辞書ではない。

図解は少ない。

たとえば、Hakenkreuz の項目には、「(Swastika) 鉤(かぎ)形十字架」「(ナチスのシンボルとしての)鉤十字、ハーケンクロイツ」という記事の他に、「古来幸福と救済のシンボルとして使われた」という文化的な解説がある(他の辞書にはない)。しかし、実際に、鉤十字がどんな形をしているのは図示されていない。

本文中の挿し絵とは別に、巻末に「図解小事典」もあるが、Giebel の絵はなかった。

付録には、この他「聖人暦」もある。かなりマニアックな記事である(わたしは、大天使の Michael が薬剤師の守護聖人だということを知って、満足)。

それにしても、「ドイツ歌曲選」というのは、どういうコンセプトなのだろうか?

全体として、ドイツ文化にかなり強い関心のある学習者を想定して作られているという印象を受けた。


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